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NIRA政策提言ハイライト

これからの経済の成長と公正を考える

NIRA政策提言ハイライト 2012/02発行

日本が切り拓くべき「フロンティア」とは
 政府の国家戦略会議は、 日本が切り拓いていく新たなフロンティアを提示し、中長期的に目指すべき方向性をビジョンとして策定することを目的として 「フロンティア分科会」を設置した。「繁栄・幸福・叡智・平和」の4つの部会において、成長戦略や格差社会の是正、外交・ 安全保障のあり方などを検討し、本年半ば頃を目途に策定する「日本再生戦略」に反映していくとしている。
 日本が現在の閉塞状況から脱却し、新たなフロンティアを開拓するためには、多くの分野でこれまでの政策の延長線上にはない、 大胆な政策イノベーションを実現することが求められる。以下、最近のNIRAの研究成果の中から、経済・ 社会政策に関するいくつかの報告書を取り上げ、そのエッセンスを紹介することにより、 今後の日本が切り拓くべき新たなフロンティアを展望する。

市場競争の強化を通じた成長力の向上
 『何が日本の経済成長を止めたのか?』 (星岳雄、アニル・カシャップ)は、日本を取り巻く閉塞感を取り除き、 経済が再び力強い成長を回復するために必要な政策転換のあり方について提言を行っている。
ota1  報告書は主要先進国における1人当たりGDPの成長率と水準の趨勢的な関係を検証した上で、 日本の成長率減速の一定程度はキャッチアップ型成長の終焉や高齢化等に伴う必然的なものであるが、 それだけでは説明できない格差も存在しており、依然として経済成長を続けることは可能であるとしている(図1)。 報告書はそのような格差が生じた要因を主に1990年代以降の政策の失敗――不良債権処理の遅れとゾンビ企業の温存、 規制緩和の遅れ、金融・財政政策の失敗など――に求めている。すなわち、 これらの政策は非効率な資源配分を通じて企業間の競争を歪め、 優良企業の成長を阻害し、 成熟経済の下でのイノベーションや生産性向上に必要な「創造的破壊」の機能を停止させた。
 その上で、日本が経済成長を続けるためには、過去停滞を経験した後に立ち直った国々と同様に大胆な政策転換を行うことが必要であり、 生産性を向上させる上で重要な政策に焦点を置き、明確な目標を掲げつつ改革を断行することが必要であるとしている。さらに、 こうした政策により非効率な既存企業の退出や労働力の再配置などが必要となるが、このような痛みについては、 社会的セーフティネットを拡充することにより対処するべきであるとしている。
 こうした主張に対しては、90年代以降の政策が経済安定化に果たした役割や改革に伴う痛みをやや過小評価しているのではないか、 といった議論もあり得るところではある。しかし、閉塞感に覆われた日本経済にダイナミズムを取り戻すためには、 市場競争の強化こそが重要であるという点については、今後さらに強調されてしかるべきであると思われる。

適切なセーフティネット構築による公平感の確保
 市場競争の強化は経済の効率化を促す一方で格差拡大などの副作用ももたらすことから、 効率性と公平性をいかに両立させるかが課題となる。このためには、星・ カシャップが指摘する通り社会的セーフティネットを拡充することが必要となるが、具体的にどのような制度設計とするのかが問題となる。『 「市場か、福祉か」 を問い直す』(チャールズ・ユウジ・ホリオカ、神田玲子他)は、「個人」が過重なリスクを負担する社会から、「社会」 が公平にリスクを負担する社会へのシフト(「リスクの社会化」)によって日本経済の展望を切り拓く べきとした上で、 そのための制度設計のあり方を議論している。
ota2  報告書は先進諸国におけるリスク負担のあり方を、①市場メカニズムによる分配を重視する 「自由主義レジーム」(アメリカなど)、②政府による所得分配を重視する「社会民主主義レジーム」(スウェーデンなど)、 ③家庭や企業など伝統的組織による共同扶助を重視する「保守主義レジーム」(フランスなど)の大きく3つに分類した上で、 日本は政府による所得再分配機能が相対的に弱く、 家族や企業などによる共同扶助を重視している点において自由主義レジームと保守主義レジームとの折衷型としての特徴を有していると分析している(図2)。 しかし日本型レジームにおいては、自由主義と保守主義それぞれのレジームとしてのリスク負担機能が未完結であるが故に、 リスクシェルターとしての共同体(家族や企業など)から外れた個人にリスクがしわ寄せされていると指摘している。
 今後、企業間の国際競争の激化や核家族化・単身化などが進む中で、共同体に一層のリスク負担を負わせることには限界がある。 このため報告書は今後の日本が目指すべきリスク負担の方向性として、 保守主義レジームから脱却して社会の全ての構成員が普遍的かつ公平にリスクを分かち合う社会を構築するとともに、 市場メカニズム重視によって経済成長を通じたリスク軽減を重視するべきであるとして、 自由主義レジームと社会民主主義レジームの折衷型に移行すべきであると提言している。
 なお、以上のようなリスクの社会化を行うためには、政府による所得再配分、とりわけ税財源による公助の果たす役割が重要となるが、 これは既に厳しい状況にある日本の財政にさらなる負荷を与えることになる。このため報告書は、給付を行うに当たっては、「ターゲティング」 の考え方に基づき、真に保障を必要とする人に限定した再分配を行うことなどをあわせて提言している(ターゲッティングについては、 政策提言ハイライト『社会保障と財政再建の両立に向けて、 自助・共助・公助の範囲の見直しを』も参照)。

対外開放を通じた成長フロンティアの拡大
 これからの日本の成長を国内の視点だけで考えれば、 先行き厳しい話が多くならざるを得ないが、成長著しいアジアの中で日本経済を捉え直せば、もう少し明るい展望を描くことも可能であろう。 国際貿易論で用いられるグラビティ・モデルによれば、各国間の貿易量は、それぞれの距離が近いほど、 経済規模が大きくなるほど拡大する傾向が強いとされる。地理的に近いアジア諸国の急速な経済成長は、 他の主要国と比べて低水準にある日本の貿易依存度を飛躍的に高め、成長のフロンティアを拡大するチャンスでもあるはずだ。 ota3
 『アジアを「内需」 に』(柳川範之)は、アジアの中間所得者層(世帯可処分所得5,000 ドル以上35,000 ドル未満)の人口が、今後10 年程度でほぼ倍増するとの推計をもとに、アジア市場を重視した戦略構築の必要性を強調している(図3)。 そのためには、日本が内需・外需の二分法から脱却し、アジアを「内需」と呼べるほどの強い結びつきと連携関係を持つことが必要であり、 アジアの潜在的市場規模を活用した国際的な規格・制度の標準化(制度のハーモナイゼーション)を通じて、 日本とアジアが相互に成長を遂げていくべきであると提言している。
 『東アジアの地域連携を強化する』 (伊藤元重 他)も同様の観点から、アジアの近隣諸国との貿易量を輸出・輸入の双方向において拡大し、 国内産業の大規模な構造転換を図ること、さらに日中韓、TPPを含む複数のチャネルを通じて経済連携を進め(マルチトラック)、アジア・ 太平洋地域全域を巻き込んだ自由貿易圏を形成することなどを提言し、バブル崩壊後内向きとなってしまった日本の経済社会を、 対外開放を通じて変革していくべきであると主張している。

「現状維持」 を超えて思い切った改革の実行を
 今後このような方向での改革を進めていくことについては、 そもそも論として改革に伴う痛みが大きすぎるといった反対が予想されるほか、総論としては賛成であっても各論、 制度設計のところで議論が紛糾することは必定であると思われる。経済が停滞しているとはいっても、 多くの人々は日本の現状にある種の居心地の良さを感じている面もあることから、このような反応はある意味で当然なのかも知れない。しかし、 高齢化や人口規模の縮小が続く中で現状を維持すれば、「茹でガエル」のように徐々に衰退していくか、ある日突然急激な調整を迫られて、 より大きな痛みを被る可能性が高い。このようなシナリオを回避し、中長期的に経済の成長や公正を実現していくためには、 余力のある今のうちに、思い切った改革を実行することが重要である。

(注)図3の推計値は、報告書『アジアを「内需」に』 の分析をモノグラフで再推計したものである。

太田 哲生 前NIRA総括主任研究員

<リンク>
・『何が日本の経済成長を止めたのか?』(NIRA研究報告書/2011年1月)
 (http://www.nira.or.jp/pdf/1002report.pdf)  
・『「市場か、福祉か」を問い直す-日本経済の展望は「リスクの社会化」で開く-』
 (NIRA研究報告書/2010年3月)
 (http://www.nira.or.jp/pdf/0906report.pdf)  
・『アジアを「内需」に-規格・制度の標準化で-』(NIRA研究報告書/2009年10月)
 (http://www.nira.or.jp/pdf/0903report.pdf
 『アジアの「内需」を牽引する所得層』(NIRAモノグラフシリーズNo.31/2010年6月)
 (http://www.nira.or.jp/pdf/monograph31.pdf)  
・『東アジアの地域連携を強化する』(NIRA研究報告書/2010年9月)
 (http://www.nira.or.jp/pdf/1001_2report.pdf

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