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NIRA政策提言ハイライト

市場経済と民主主義の間の緊張感の高まり

NIRA政策提言ハイライト 2013/5発行

政策の軸足が定まらないEU
 EU経済は、2013年1~3月期を含めて6四半期連続のマイナス成長を記録し、戦後最長の不景気の真っただ中にいる。なかでも、イタリア、ポルトガル、スペインなど巨額の財政債務を抱える国では、EUによる支援と引き換えに緊縮財政をとるべきか、あるいは雇用の安定を優先した景気重視をとるべきかで大きく揺れている。
 イタリアでは2月下旬の総選挙後、発足までに2ヶ月を要したレッタ新内閣は、それまでのモンティ前首相が推進してきた構造改革路線から成長路線への転換を図っている。他方、ポルトガル、スペインでは、保守系の両首相は歳出削減、増税、構造改革の緊縮財政を維持しているが、野党からの大きな批判にさらされている。
 財政再建の道筋をつけようとすることは、市場の信認を得るために必要な政策であることはいうまでもない。しかし、緊縮財政は、年金給付や公務員賃金の削減策等を伴うため、結果的に国民の不安を高めてしまう。近年の欧米の状況をみても明らかなように、市場の論理が民主主義(平等)よりも優先されてしまうことに対する人々の不満を押さえ込むことはできなくなっている。

「自律と連帯」の好循環
 本来、市場経済の源泉は競争であり、競争がもたらすダイナミズムによって成長が生まれる。こうした市場のダイナミズムのなかで生活する人々は、ダイナミズムから生じる将来の不確実性から逃れることはできず、景気後退時に人々の不安が高まることは避けられない。こうした市場の不安定性に対して、民主主義は、人々の不安を和らげる役割を担ってきたといえる。所得の高い人から低い人への所得移転は、民主主義に基づいた人々の合意があるからこそ可能となるものであり、まさに福祉国家は、セーフティネットを整備することで、人々の不安を和らげることに成功した。
 ところで、市場経済は、人々が市場で自分の欲しいものを選択し購入する場である。そこでは、人々が自分の判断に基づいて決定するという、「自律」がその基盤となる。他方、民主主義は、人々が共通のリスクを互いにどのように支え合うのか、という「連帯」を基本とする。そう考えると、「市場経済と民主主義」という二つの概念は、「自律と連帯」という言葉で再定義することが可能となろう。
 NIRAでは、2011年に、「自律と連帯」をキーワードに、昨今のさまざまな分野の動向について整理した。そこでは、自律と連帯は相互補完的な関係にあり、両者を結びつけ、好循環を形成することが重要だと述べた。つまり、市場で自律的に生きている人が多数を占めることが連帯の前提であり、自律した人々の存在により何かリスクが生じた時に支えあうことが可能となる(自律→連帯)。また、困った状況に一旦陥った場合でも、失業保険、職業訓練など支えあう制度があるからこそ、市場で所得を得て再び自律することが可能となる(連帯→自律)。このように、自律と連帯は相互補完的に作用するものであり、それが循環するような強固な仕組みを構築することが重要となる。これは、福祉国家が実現したように市場経済と民主主義が相互補完的な関係を形成しているという言葉で置き換えることもできる。

市場経済と民主主義の間の緊張感の高まり
 しかしながら、現代においては、市場経済と民主主義の関係は、大きく変容しつつある。グローバル化、IT化の下で、市場経済の変化のスピードが速まり、かつ不安定性なものとなっている。時間をかけて合意形成を図る熟議に基づく民主主義は、グローバル化、IT化によって早まる変化のスピードに適応できていない。さらに、市場競争によって人々の間の平等性が崩れつつあるが、今のところ、民主主義は人々の不安を鎮めることへの道筋を示せていない。この点については、2013年5月15日付の日本経済新聞「経済教室」の牛尾治朗NIRA会長「『中核層』軸に信頼社会築け-財政再建・負担増の先に-」でも論じられている。
 日本ではデフレ脱却のための3つ目の矢である成長戦略策が活発に議論されている。そのこと自体は全く問題ない。むしろ、より積極的に進めるべきものと考える。しかし、人々の間の連帯を支える年金・医療といった社会保障制度、さらには民主主義制度のあり方についての見直しがなければ、その効果は大幅に減じてしまう。人々がリスクを取ることができない、あるいは政治的なコミットメントが希薄であるために企業や働く人が第一歩を踏み出せないことになってしまう。そうなれば、日本経済は混迷を深めることになろう。こうした認識に立ち、前述の記事では、市場経済と民主主義の新しい日本型モデル構築の必要性を説いている。










神田玲子 NIRA研究調査部長

<リンク>
『中核層』軸に信頼社会築け-財政再建・負担増の先に-」牛尾治朗 NIRA会長(2013年5月13日/日本経済新聞 経済教室)
時代の流れを読む-自律と連帯の好循環-」(2011年4月/NIRA研究報告書)

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