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NIRA政策提言ハイライト

IoT時代の制度づくり

NIRA政策提言ハイライト 2017/12発行

特許関連のADR制度の導入が見送られた
 NIRAわたしの構想No.32『第四次産業革命に挑む』(2017年11月)にもあるように、日本は急速に進む技術革新を活かすための制度づくりを進める必要がある。多様なモノ、企業がネットワークで繋がるIoT時代には、知財関連の紛争も増加する。政府は2017年6月公表の成長戦略に、知的財産関連の裁判外紛争解決手続き(ADR)制度の整備を盛り込み、知財関連紛争の迅速な解決によるイノベーションの促進をめざすとした。しかし、2017年12月、特許庁は制度設計上の複数の課題があるとして、特許法改正による特許関連ARD制度の導入を見送ると発表した。

IoT時代の複雑化する特許関連問題
 そもそも政府が知財関連ADR制度導入を目指したのは、日本では知財訴訟に多額の資金と時間が必要で、中小企業が泣き寝入りしているという問題意識があったからだ。そうした状況は知財関連訴訟数の少なさからも明らかだ(グラフ参照)。そして、訴訟負担の大きさがイノベーション活動自体の委縮も招いている。
 しかし、知財関連ADR制度を導入しても中小企業の泣き寝入り問題は部分的にしか解決しないことが判明した。IoTで相互に繋がるための共通基盤技術を「標準技術」というが、そこには特許の効力の残っている「標準必須特許*」が多数含まれようになっている。この「標準必須特許」を巡る知財紛争には、特許料に関してだけでも、従来からみられた①特許権者が法外な特許料を課す「パテント・ホールドアップ」だけでなく、②特許の利用者が特許料の支払いを拒みフリーライダーとなる「FRANDホールドアップ**」がある。ところが、ADR制度では、①のようなケース、つまり特許の利用者側からの損害賠償請求しか扱えない。すなわち、IoT時代には中小企業が標準必須特許の特許権者であることも増えると考えられるが、②のケースで中小企業が特許権者としてフリーライダーに損害を受けたとしても、請求権自体をもたないことになってしまう。
 もう一つの制度設計上の大きな課題は、ADR制度による紛争解決に向けた合意形成がIoT時代には簡単ではないことである。従来、「標準技術」は主に通信事業関連の産業内で設定され、利用されるものであった。「標準必須特許」の特許料を巡り紛争になっても、当事者同士が同じ産業内におり、相互の知財戦略も似ているために、“合理的で公平な”特許料の水準がどれくらいかについて共通認識を形成しやすかった。そのため相互が持つ特許のクロス・ライセンス締結などで特許料支払を相殺させ最終的な解決が図られることも多かった。しかし、IoT時代には、通信情報産業だけではなく、自動車産業、あるいは製薬産業など、知財戦略が全く異なる産業との間で「標準必須特許」の特許料と利用許諾を巡って紛争が生じる可能性が高い。しかし、情報通信産業と製薬産業など知財戦略が大きく異なる産業間では“合理的で公平な”特許料設定と特許許諾のあり方についての考えの隔たりは大きく、合意形成は容易ではない。

IoT時代に中小企業のイノベーションを促進する制度を考えよ
 これら2つの課題などから、知財関連ADR制度を導入しても実効性の限界が大きく、導入見送りは仕方がないのは確かである。特許庁は、今回、知財関連ADR制度の導入を断念するかわりに、「標準必須特許」の特許料設定・利用許諾に関する交渉の指針や判定制度を導入していく予定である。しかし、特許庁が指針や判定基準を示すだけでは、具体的な紛争解決に大きく貢献することはなく、結局は訴訟に持ち込むしか紛争解決の手段はない状況は改善されないと思われる。つまり、中小企業の泣き寝入り問題の解消やイノベーションの促進にはつながらない。中小企業が制度の隙間に落ち込み、本来発揮できるはずの活力を削がれるようなことがない、そしてIoT時代に合った制度の整備が求められている。


* 古くは、「標準技術」には特許が切れた汎用技術が使われていたが、現在の「標準技術」は、パテントプールと言われるように、①多数(ときには数百)の技術の集合体であり、かつ②特許の効力が残っている新技術が多数含まれるようになっている。②のような技術を「標準必須特許」とよぶ。
** 「標準必須特許」の特許権者が特許料を非常に高く設定したりすると、実施者側の負担が大きすぎ、「標準技術」全体の利用が進まない(本文中の①のケース「パテント・ホールドアップ」)。そこで、パテントプールの関係者の間で「標準必須技術」の特許権者はFRAND(全ての実施者(特許の利用者)に対して公平で非差別的で合理的な特許料を課して特許利用を許諾するという条件)を宣言するよう、国際標準化機関(ISOなど)が定めるようになっている。「FRANDホールドアップ」は、FRAND宣言下に行われたはずの「標準必須特許」の特許料設定がFRAND条件に合致しない(特許料の水準が“合理的”でない)と主張して、実施者が特許料支払いを拒むもの。こうしたフリーライダーは、大企業の場合もあるが、中小企業・ベンチャー企業(特に新興国の)の場合も多い。

<参考文献>
NIRAわたしの構想No.23『第四次産業革命に挑む』(2017年11月)



森直子(研究コーディネーター・研究員)

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