利用方法

日本を動かす知をつなぎ、政策課題を論じ、ビジョンを提示するシンクタンク

トップ > 研究の成果と課題の発信 > わたしの構想 > 令和改革

わたしの構想

令和改革

わたしの構想No.42 2019/6発行
識者:田中明彦(政策研究大学院大学 学長)、辻井潤一(産業技術総合研究所 人工知能研究センター 研究センター長)、増田寛也(東京大学公共政策大学院 客員教授(元総務大臣・前岩手県知事))、小黒一正(法政大学経済学部 教授)、菅沼 隆(立教大学経済学部 教授)
*原稿掲載順
企画:谷口将紀(NIRA総研 理事、東京大学大学院法学政治学研究科 教授)

令和改革
三〇年ぶりに新元号が施行となり、令和の時代が始まった。
新時代を考えると、不安定化する国際情勢、少子高齢社会の一層の進展、衰退する地方都市など、これからの日本を取り巻く状況は厳しいといわざるを得ない。この機会に、新しい時代の課題をあらためて整理し直し、向こう二〇年を視野に、日本が直面する重要課題は何か、その課題に対してどう行動していくべきなのかを考える。

 わたしの構想No.42「令和改革」PDF    ■ 英文版PDF

 企画に当たって
谷口将紀(NIRA総研 理事、東京大学大学院法学政治学研究科 教授)
「政治こそが平成最大の積み残し―政党政治を立て直し、真の課題「解決」先進国へ」

Keywords……………国際政治・経済の構造変化、第四次産業革命、人口減少、地方のあり方、財政の持続可能性、ポリシー・ミックスの追求、王道を行けなかった平成の政治

 識者に問う
「令和改革」

向こう二〇年を見据えた重要課題は何か。
わが国はどう取り組むべきなのか。

1 田中明彦 政策研究大学院大学 学長
  「「ゼロサム的な競争」の時代
  Keywords……ポジティブサムからゼロサム競争へ、新しい冷戦、広範な国々との連携強化と日米同盟の維持、国の活力

2 辻井潤一 産業技術総合研究所 人工知能研究センター 研究センター長
  「AI との協働で得られた知見を生かせ
  Keywords……AI 開発の日本モデル、AI との協働、日本の強み、個人の尊厳、現場の意見

3 増田寛也 東京大学公共政策大学院 客員教授(元総務大臣・前岩手県知事)
  「“Governance as a Service” で共生社会を成熟させる
  Keywords……地域社会の担い手不足、テクノロジーの活用、GaaS、行政サービスの一元的提供、住民自治の確立

4 小黒一正 法政大学経済学部 教授
  「医療版マクロ経済スライドで高齢化を乗り切る
  Keywords……財政健全化、妥当性のある財政の長期推計、独立財政機関、持続可能な社会保障制度、医療版マクロ経済スライド

5 菅沼 隆 立教大学経済学部 教授
  「労使共同で「イノベーティブ福祉国家」の構築を
  Keywords……社会変動・技術革新に対応する福祉国家、フレキシキュリティ、労使の自主的枠組みでイノベーション誘発

インタビュー実施:2019 年3 月~4月
インタビュー:井上 敦(NIRA 総研研究コーディネーター・研究員)
川本茉莉(同)、渡邊翔太(同)、ほか

このページのトップへ

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


 識者が読者に推薦する1冊(推薦図書リストはこちらから)

田中明彦氏
田中明彦〔2017〕『新しい中世―相互依存の世界システム』講談社学術文庫

辻井潤一氏
辻井潤一〔2018〕「日本の人工知能」『AI 白書2019』(独立行政法人情報処理推進機構 AI 白書編集委員会(編))KADOKAWA、2018 年12 月、pp. 342-350.

増田寛也氏
増田寛也・冨山和彦〔2018〕「「ローカルマネジメント法人」の創設が日本を救う」『中央公論』2018 年10 月号、pp. 180-188.

小黒一正氏
『James M. Buchanan, Richard E. Wagner〔1977〕Democracy in Deficit: The Political Legacy of Lord Keynes, New York: Academic Press
(ジェームズ・M・ブキャナン、リチャード・E・ワグナー〔2014〕『赤字の民主主義―ケインズが遺したもの』大野一(翻訳)、日経BP クラシックス)

菅沼 隆氏
山崎史郎〔2017〕『人口減少と社会保障―孤立と縮小を乗り越える』中公新書

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


 企画に当たって

谷口将紀(NIRA総研 理事、東京大学大学院法学政治学研究科 教授)
「政治こそが平成最大の積み残し―政党政治を立て直し、真の課題「解決」先進国へ」

 元号制度、とりわけ「一世一元の制」を採ることによって、日本人はdecade(一〇年)ほど短過ぎず、されどcentury(世紀)ほど長過ぎもしない、ちょうどよいタイムスパンで世界や国、社会の来し方行く末に思いを深める機会を得られる。そこで、令和第一号となる今回の「わたしの構想」では、一つのテーマをさまざまな角度から論じる従来の特集とは少し趣を変えて、これから日本が取り組まねばならない諸課題とその解決策を俯瞰してみたい。

世界共通の課題とは
 新時代を生きるわれわれの前に立ちはだかる難関には、世界共通の課題と日本独自の課題がある。
 共通の課題の第一は、国際政治・経済の構造変化である。経済発展により自信を深めた中国とアメリカの対立の本質は、現在表面化している貿易摩擦にとどまらない、テクノロジーひいては軍事的覇権をめぐる競争にある。アメリカの同盟国かつ中国の隣国という立ち位置にある日本が採るべき針路について、政策研究大学院大学の田中明彦学長は、環太平洋パートナーシップに関する包括的及び先進的な協定(CPTPP)や日本・EU経済連携協定(EPA)のように、自由主義的な国際秩序が通用する領域をできる限り広くしておく一方で、安全保障については日米関係を軸に同盟関係を維持すべきと説く。
 第二の共通課題は第四次産業革命、ソサイエティ5・0などと呼ばれる技術革新、中でも人工知能(AI)の開発戦略である。この点について、産業技術総合研究所の辻井潤一人工知能研究センター長によると、政府による国民監視の要素が強い中国や、GAFAと呼ばれるIT企業がけん引し利益優先のアメリカのAI開発戦略とは異なり、個人の尊厳尊重や現場の意見の活用に一日の長がある日本には、人間とAIの協働作業を通じて新たな技術社会を生み出すチャンスがある。

日本特有の課題とは
 一方、日本に特有、あるいは日本が世界に先駆けて直面する課題の第一は、人口減少である。特に地方は現在進行形で状況が深刻化しつつあり、二〇五〇年には居住地域の五割で現在と比べて人口が半減するともいわれている。こうした人口減少時代の地方のあり方について、東京大学の増田寛也客員教授・元総務大臣は、これまでのような「団体自治」の原則を緩和して、「非常に公的な性格が強い、でも自治体ではない、法人のような組織」が公的サービスの相当部分を提供するGovernance as a Service(GaaS)による課題解決を提唱している。
 財政の持続可能性も、課題解決先進国・日本の最たる難題である。平成期の日本では、社会保障支出の対GDP比が急増した一方、国民負担率の対GDP比の増加はごくわずかに抑えられた結果、GDPの二〇〇パーセントを超える巨額の政府債務残高を抱えるに至った。極めて厳しい現実を前に、法政大学の小黒一正教授は、経済見通しが政治的な動機により楽観的に傾くのを防ぐための独立財政機関の設置と、人口構成などを鑑みて、七五歳以上を対象とする後期高齢者医療制度の診療報酬の伸びを抑える「医療版マクロ経済スライド」の導入を提案する。
 ここまで見たとおり、それぞれの課題は独立したものではなく、互いに関連している。こうした観点からもう一つ考慮に入れるべきは、産業の新陳代謝を通じた経済成長を促しつつ人々の生活を保障するポリシー・ミックスの追求である。立教大学の菅沼隆教授は、デンマークで行われている「フレキシキュリティ」を参考にして、社会保障政策・産業政策・教育政策などの有機的な連携によって労働市場を流動化しつつ(フレキシビリティ)も、生活が保障される(セキュリティ)の仕組みを整える必要性を主張している。

令和こそは、政党政治を立て直し、王道の政策遂行を
 五人の識者は、各分野を代表するエキスパートであり、その問題意識はこれまでも広く社会に共有され、提起された解決策も奇を衒うものではなく、むしろ通説と呼ばれるべき堂々たる所見である。それにもかかわらず、こうした王道を行けなかった政治こそが、平成最大の積み残しではなかろうか。ポピュリズムのごとき極論を除けば、それぞれの識者の提言に関する政策の選択幅は限られている。フレキシキュリティを例に取れば、政策目的を共にしつつ、労働市場の柔軟化=経営側の論理に重きを置くか、生活保障機能の充実=労働側に軸足を据えるか、いわば富士山に登るのに静岡側と山梨側のどちらからアプローチするかの違いに過ぎない。
 それならば与野党それぞれの拠って立つ価値観の差を残しつつも、大きな方向性を分かち合いながら結果を出せるように、政党政治の立て直しを追求すべきである。そのためには「産学官金労言」「老壮青」の粋を結集して、危機意識を共有する超党派の議員と連携しつつ、国民的議論を喚起し、政治と民間の両面から与野党による責任ある取り組みをサポートする仕組みも必要になろう。
 課題先進国・日本を、課題「解決」先進国にして次の時代に引き渡せるか。令和を生きる私たち一人ひとりの覚悟が問われている。

谷口将紀(たにぐち・まさき)
NIRA総合研究開発機構理事。東京大学大学院法学政治学研究科教授。博士(法学)(東京大学)。専門は政治学、現代日本政治論。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 識者に問う
向こう二〇年を見据えた重要課題は何か。
わが国はどう取り組むべきなのか。

1 田中明彦 政策研究大学院大学 学長
「「ゼロサム的な競争」の時代」


 平成は、世界の高い成長を背景に、各国が互いに利益を得る「ポジティブサム」の三〇年であった。しかし、令和は「ゼロサム的な競争」、つまり、一方の利益が他方の損失を生む時代となる可能性が高い。これまでは、中国の経済発展は世界経済の成長にも寄与するという認識が世界にあった。しかし、競争の軸は「新しい冷戦」ともいえる米中関係に移行、それが世界経済全体を減速させ、経済の縮小を通じて、ゼロサム的な競争の要素を強める。米中の対立は、貿易不均衡や先端技術の競争のみならず、政治や統治の仕組みの根本的な問題まではらんでいる。究極的には安全保障の問題であり、対立の解消は容易ではない。
 日本は世界の平和と成長から利益を得てきた国で、その阻害要因は小さい方がよい。国益を考えれば、今後は、アメリカに限らず、ヨーロッパ、オーストラリア、インドをはじめ、広範な国々との連帯、経済の取引、情報流通を強化していく必要がある。たとえ米中摩擦が深刻化しても、自由主義的な国際秩序が通用する領域をできる限り広くしておく。その意味で、日本がアメリカ抜きのTPP、日欧のEPAの発効を進めたことは評価できる。
 欧米で保護主義の傾向が強まる中、自由主義に基づく国際秩序を維持するためには、できれば日本が先導役になることが期待される。他方、米中の状況や朝鮮半島情勢などを考えると、日米関係を軸にした安全保障の確保、同盟関係の堅持は、自国の防衛力の維持と同様に、日本にとって引き続き重要である。自由主義秩序の維持の先導役となり、また、日本の安全保障を確保するには、国としての力、活力がやはり必要だ。
 そのためには、まず、多様な人材を活用する。女性や高齢者、そして外国人材が活躍しやすい基盤、共生の仕組みをつくることが求められる。加えて、世界の科学技術、特に米中摩擦の主戦場である情報技術の競争に、日本がキャッチアップし、リードしていくことが、世界での発言権や主導権をつかむ上で重要になる。情報技術競争での立ち遅れは、日本の安全保障と民主主義を脅かすことに他ならない。

田中明彦(たなか・あきひこ)
国際政治学者。世界のあり様を、客観的な知見に基づき、独自の視点で大局的に分析する。マサチューセッツ工科大学政治学部大学院卒業(Ph.D.、政治学)。東京大学東洋文化研究所長・教授、東京大学理事・副学長、国際協力機構理事長等を歴任、二〇一七年より現職。国連UNHCR協会理事長等を兼務。『新しい「中世」』(日本経済新聞社、一九九六年)でサントリー学芸賞、『ワード・ポリティクス』(筑摩書房、二〇〇〇年)で読売・吉野作造賞。二〇一二年、紫綬褒章を受章。

このページのトップへ

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


向こう二〇年を見据えた重要課題は何か。
わが国はどう取り組むべきなのか。

2 辻井潤一 産業技術総合研究所 人工知能研究センター 研究センター長
「AI との協働で得られた知見を生かせ」


 AIとの協働で得られた知見を次の技術開発に生かし、新しいステップに進む。これが目指すべき日本モデルだ。情報技術の分野では、アメリカのIT企業は世界を席巻し、また、中国は巨大な国内マーケットを拠点として大きな産業を生み出している。これに対抗して、日本はどのようなAI戦略を採るか。AI技術の開発における日本の立ち位置が問われている。
 AIの開発は、どういう社会を作るかという人々の価値観や文化、地域の特徴と切り離せない。中国で開発されたAIは、公的な監視の要素が強く、日本の社会には馴染まない。また、GAFAと呼ばれる巨大なIT企業がけん引するアメリカの開発は、利益優先となりがちだ。他方、「個人の尊厳」を最大限優先する日本やヨーロッパの開発は、人々の監視でも、利潤偏重でもなく、人々を助け見守るためのAI活用へと向かうだろう。とりわけ日本人は、人間を越えるものがあることを肯定する意識がある。AIもパートナーとして付き合えばいいという考え方を自然に受け入れている。AIの優れたところを学び、人間もAIを教育するという協働作業は得意なはずだ。
 データがGAFAに牛耳られるというが、そんなことはない。IoTを使えば、いくらでも現場のデータを集められるし、医療や介護などの公的データは日本の方が集めやすい。日本の現場では、「こうしたらもっとよくなるのでは」と枠を破るようなクリエイティブな議論が盛んだ。本来、クリエイティビティは、特別な才能のある研究者や芸術家だけではなく、一般の人、現場の人たちが持っているものだ。製造現場では、勘と経験の熟練技術を自動化するために、技術者とAIがやり取りする。AIとの協働作業で得られた現場の意見を技術開発に生かす。その中で、自動化の適用範囲は広がり、さらに新しい技術が生まれてくる。
 こうした「個人の尊厳」や「現場の意見」といった文化的、社会的な強みを持つ日本は、そう悪くないAIの未来をつくることができると信じている。

辻井潤一(つじい・じゅんいち)
知能情報学、特に自然言語処理の研究で先駆的な業績を上げ、テキストマイニングの新たな手法開発などで国際的にも高い評価を得ている。専門分野は、AI、テキストマイニング、計算言語学、機械翻訳、言語処理学。京都大学大学院修了。工学博士。京都大学助教授、マンチェスター大学教授、東京大学大学院教授、マイクロソフト研究所アジア(北京)首席研究員等を経て、二〇一五年より現職。マンチェスター大学教授兼任。国際計算言語委員会会長。紫綬褒章受章。受賞多数。

このページのトップへ

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

向こう二〇年を見据えた重要課題は何か。
わが国はどう取り組むべきなのか。

3 増田寛也 東京大学公共政策大学院 客員教授(元総務大臣・前岩手県知事)
「“Governance as a Service” で共生社会を成熟させる」


 令和の時代には、地方の生産年齢人口の減少は加速し、地域社会の担い手不足が顕著となる。二〇五〇年には、居住地域の五割は人口が半減以下に、なかでも二割は無居住地域に陥り、過疎、インフラの老朽化、交通弱者などの問題が深刻化する。しかし、地域のハンディと思われていた課題の多くは、テクノロジーを貪欲に取り入れていくことで解消される。
 例えば、交通弱者の「移動」の問題は、Mobility as a Service(MaaS)と呼ばれる、自動運転技術を駆使した移動サービスにより、解決し得るだろう。MaaSは、公か民かの運営主体を問わずに「移動」を一元的なサービスとしてとらえるという新たな概念である。自動運転を使ったライドシェアやオンデマンド・バスなど多様なサービスを一体的に提供できれば、交通弱者である高齢者の活動の範囲は格段に広がるはずだ。
 この概念を、行政サービスのあらゆる分野で具現化していくこと、いわば“Governance as a Service(GaaS)”を実現していくことが必要だと考えている。住民にとって必要な行政サービスを一元的に提供できれば、その主体は国だろうが、自治体だろうが、あるいは公的な民間組織だろうが、問わない。公的なサービスのかなりの部分は、「非常に公的な性格が強い、でも自治体ではない、法人のような組織」が提供する時代が来るのではないか。GaaSが実現すれば、国から独立した地方公共団体が自らの意志と責任のもとで自治体運営を行うことを目的としてきた「団体自治」は、その役割を終える。
 これからは、地域の公共サービスを維持する「住民自治」をいかに確立していくかが、より重要になる。事業者が減るバス事業、金融などの地域サービスは、独占企業体を認めて維持するしかない。その代わりに、住民や自治体の代表が積極的に経営に関与し、料金が不当に高くないか監視していく。コミュニティー機能を強化し、自分たちで支え合いながら地域を良くしていくという共生社会が、今までよりも重視される。地方公務員の働き方も流動性を高め、「午前は公務をこなし、午後は別の仕事をする」ことを認めたらよい。共生社会を成熟させるには、情報の透明性を高め、住民参加によるコミュニケーションを深める場を持ち続けることが、地道だが結局は早道だ。

増田寛也(ますだ・ひろや)
公共政策、現代行政を専門分野とする。岩手県知事や総務大臣として政策現場で地方の現実課題に尽力。地方活性化に向けた現実的で具体的な提言は、政策形成に影響を与えている。東京大学法学部卒業後、建設省(現 国土交通省)入省。岩手県知事、総務大臣、内閣府特命担当大臣などを経て、現職。野村総合研究所顧問兼任。日本創成会議座長。まち・ひと・しごと創生会議メンバー。著書『地方消滅―東京一極集中が招く人口急減』(中公新書、二〇一四年)で第八回新書大賞を受賞。

このページのトップへ

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

向こう二〇年を見据えた重要課題は何か。
わが国はどう取り組むべきなのか。

4 小黒一正 法政大学経済学部 教授
「医療版マクロ経済スライドで高齢化を乗り切る」


 人口減少・少子高齢化が進む中、日本の財政問題は深刻さを増している。一九九〇年代初頭のバブル崩壊以降、財政赤字が恒常化し、債務残高は増加の一途をたどってきた。新たな時代に財政健全化を進めるにあたり、将来のマクロ経済や財政の姿を慎重かつ堅実に見通した、信頼性の高い推計を前提に、改革議論を行う必要がある。しかし内閣府の中長期試算では、低成長のベースラインケースでも、二〇二八年度の名目成長率が一・五%と、ここ約二〇年間の平均名目成長率〇・四%と比べて高い値となっている。経済見通しが政治的な動機により楽観的に傾くのを防ぐため、先進各国では、政治から一定の距離を置いて機能する独立財政機関を創設している。イギリスの財政責任庁やオランダの経済政策分析局、アメリカの議会予算局(CBO)などが代表的だ。日本でも同様の機関を創設してオーソリティーを持たせ、妥当性のある財政の長期推計を出すことが必要だろう。
 歳出をどう抑制するかも重要だ。あと数年で団塊の世代が後期高齢者となり、高齢化が一層進展していくため、今の制度では社会保障給付費の伸びは避けられない。一人当たり医療費は高齢になるにつれて増加するにもかかわらず、高齢者の窓口での負担割合は現役世代より低いので、医療給付費の大幅な増加が想定される。当然、消費税を上げていく必要性があるが、同時に、持続可能な社会保障制度の構築も考えねばならない。
 そこで、人口高齢化などの経済社会情勢に応じて年金の給付水準を自動的に調整するマクロ経済スライドを参考にし、「医療版マクロ経済スライド」の導入を提案したい。人口構成などを鑑みて、七五歳以上を対象とする後期高齢者医療制度の診療報酬の伸びを抑え、医療費のGDP比を一定水準に落ち着かせる仕組みだ(注)。このメカニズムを入れることで、保険医療財政を安定化できる。患者の自己負担は診療報酬に比例するため、窓口での実質的な負担が増えることはない。一方で、診療報酬の伸びが抑えられることに対し医療機関から反発が起きるかもしれない。しかし技術革新により経費部分を削減すれば、医療費のほぼ半分を占める人件費は圧縮しなくてもすむ。医療のICT化や効率化で医療コストを下げることは可能であり、政府はその環境整備を行うべきだ。

(注)医療サービスの対価として、診療行為ごとに決められている診療報酬を、前年度の水準から一定の割合(調整率)を差し引いた額に改定する。調整率は、現役世代の人口減や平均余命の伸び、経済情勢などを勘案して定める。それにより、高齢化などによる医療費の自然増加が抑制される。

小黒一正(おぐろ・かずまさ)
人口動態と財政・社会保障や、世代間公平性を巡る問題が主な研究領域。専門分野は公共経済学。経済学博士。一橋大学大学院博士課程修了。大蔵省(現 財務省)入省後、大臣官房文書課法令審査官補、関税局監視課総括補佐、財務総合政策研究所主任研究官等を歴任。一橋大学准教授等を経て、二〇一五年より現職。厚生労働省「保健医療二〇三五」など、政府委員も多く務める。著書に『預金封鎖に備えよ―マイナス金利の先にある危機』(朝日新聞出版、二〇一六年)他。

このページのトップへ

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

向こう二〇年を見据えた重要課題は何か。
わが国はどう取り組むべきなのか。

5 菅沼 隆 立教大学経済学部 教授
「労使共同で「イノベーティブ福祉国家」の構築を」


 二〇世紀に成立した福祉国家は、国民生活を保障することを目的とした。だが、今後の福祉国家は、社会変動に柔軟に対応し、技術革新にも貢献できなければならない。北欧の福祉国家は、二一世紀に入り「イノベーティブ福祉国家」に転換しつつある。その一つデンマークは、高度福祉国家を維持しつつ、イノベーションを通じた持続的な経済成長を実現しており、豊かで社会的格差も小さく、国民の幸福度も高い。
 デンマークがイノベーティブ福祉国家に転換できた理由の一つとして、フレキシキュリティ(flexicurity)を挙げることができる。これは、離職・転職がしやすいという労働市場の柔軟性(flexibility)と、労働者への手厚い社会保障制度(security)が両立しているシステムである。例えば、失業手当は二年間、失業前賃金の九〇%が保障され、手厚い。
 フレキシキュリティを可能にしている基盤に、労使関係がある。労働組合と経営者団体が共同して、労働市場の枠組みを形成している。例えば、職業ごとの標準的な労働条件を、労使が話し合って自主的に決めることで、社会の変化に応じた迅速な調整を可能としている。また、職業訓練プログラムも労使が共同で開発し、戦略的に新しい職業、仕事を創出している。こうした労使の自主的な枠組みが、一人ひとりの能力を高め、新しい仕事に挑戦しようという意欲を生み、イノベーションにつながっている。失業しても、所得が中断せず、また職業訓練を受けて再就職できる可能性が非常に高いため生活に不安がない。まさに、社会保障と、教育や産業政策が融合されている好事例だ。
 日本では、労使が共同する枠組みができておらず、労使関係がイノベーションを誘発する仕組みになっていない。これは、労使とも職業別の労働組合の経験がなく、会社中心の労使関係から脱却できていないことに原因がある。終身雇用・年功序列・企業別組合といった伝統的な日本的雇用慣行は二一世紀になって徐々に崩れてきているが、新しい労使関係の秩序が形成されていない。イノベーティブな福祉国家にふさわしい労使関係の構築に向けて、労使ともに議論を開始するべきである。

菅沼 隆(すがぬま・たかし)
グローバル化と人口高齢化の中で、福祉国家の持続可能性を研究。社会保障制度の再構築や、福祉国家を支える経済政策・財政のあるべき姿について考察を進める。専門分野は経済政策、デンマーク社会政策。経済学博士。東京大学大学院修了。信州大学助教授、立教大学助教授等を経て、二〇〇五年より現職。二〇一七年~二〇一九年三月まで立教大学経済学部長を務めた。著書に『戦後社会保障の証言―厚生官僚120時間オーラルヒストリー』(共編著、有斐閣、二〇一八年)他。


このページのトップへ

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

©公益財団法人NIRA総合研究開発機構
編集:神田玲子、榊麻衣子、川本茉莉、北島あゆみ、山路達也、新井公夫

※本誌に関するご感想・ご意見をお寄せください。
E-mail:info@nira.or.jp

このページのトップへ