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I 政策形成過程における日本のシンクタンクの役割

株式会社電通顧問・電通総研研究所長
福川 伸次

政策形成過程の変遷

 戦前の日本は、明治維新以後、西欧諸国を追って近代国家を目指して、官僚中心の政策形成の体制を作り上げた。第二次大戦後の日本は、民主主義体制に転換して、新憲法の下で国会を国権の最高機関と位置付け、議院内閣制が実施され、今日に至っている。

 戦後の日本経済の復興と発展をめぐる政策は、主として行政が担ってきた。戦後しばらくの間は、物資や価格が統制され、外貨割当てや外資規制も実施された。1950年代後半になると、日本経済は自立基盤を固め、経済統制も徐々に廃止され、60年代以降、貿易および資本の自由化を進めながら、高度成長期を迎えることになる。その間、日本の産業国際競争力を強化するため、産業構造ビジョンの提示、税制、金融による産業体制の整備、地域開発のためのインフラの整備、産業技術力の向上、産業公害の防止などの諸政策が実施されてきた。

 日本は、1970年代になると国際収支の黒字基調が定着し、米国に次いで世界第2の経済大国に成長した。そして、80年代には欧米諸国との間で貿易摩擦が一層激しさを増し、日本経済の開放化をめぐって、構造改革が大きな政策課題となった。

 この間政治面では、1955年体制といわれた自由民主党と社会党の二大政党の体制が出現したが、経済界の支援を受けた自由民主党による独占的な政治体制が続いた。

 当時の政策形成は、諸官庁が民間の経済動向などを調査して政策を立案し、与党の自由民主党の政務調査会などと協議して、予算編成、法案の作成へと具体的な手段を講じていった。"霞ヶ関"と称せられた行政官庁は、大シンクタンクとして作動したのである。

 1990年代になると、こうした行政中心の政策形成に徐々に変化が現れた。永年政権の座についていた自由民主党は、度重なる汚職や政策の行き詰まりから分立が起こり、政権の座を一時野党に譲り、その後政権に復帰したものの連立を余儀なくされた。

 一方、主要官庁にも汚職が起こり、経済政策の失敗が重なり、行政への信頼が一挙に落ちた。しかも、80年代から始まった情報化、その後のIT革命による市場重視の傾向は、日本にも規制緩和と小さい政府を求め、これに抵抗する行政に社会の批判が高まった。

 こうした世論を背景に、政治が政策形成の主導力を握り、行政改革と規制緩和を押し進めた。さらに欧米にならって情報公開制度や政策評価などの手法も取り入れられた。しかも民間においては、NGOなどの非営利団体の政策形成への参加も活発になった。

シンクタンクの意義と日本の現状

 戦前にもシンクタンクに類する機関は存在していたが、戦後シンクタンクが設立されるようになったのは、1960年頃である。当時は、銀行や証券会社の調査部門が独立したものが多かった。

 私は、シンクタンクとは「民主主義社会を健全に運営するために、科学的、学際的な分析手法に基づいて社会の諸事情を解析し、創造的な思考を用いて政策や経営改善の提言を行い、および政策の展開や企業経営を評価する機関」と定義づけている。私の定義によれば、政府から独立していて、未来指向で、政策指向で、理論研究指向であることがシンクタンクの重要な要素となる。

 NIRAの『シンクタンク年報』の調査対象機関をみると、1990年度にはシンクタンクは約190であったが、2000年度には332に達している。そのうち、46.5%が営利法人の形式を、52.6%が公益法人の形式をとっている。事業内容からみると、63%のものが研究事業を主体としており、他はシステム開発やコンサルタントなど他の事業を兼ねている。研究事業の内容をみると、経済分析や都市開発、地域開発に重点をおくものが多い。規模別にみると小規模のものが多く、研究員が19人以下のものが全体の75.3%も占めている。米国人の研究員の割合は、0.2%にすぎない。シンクタンクのレベルを上げるには、行政や企業経営などの幅広い経験を積んだ研究者がいることが望ましいが、現状ではその移動は欧米のシンクタンクに比べるとかなり低い。

 率直に言って日本のシンクタンクは、特定の企業、企業集団、或いは行政機関や地方公共団体のバックアップによって設立されたものが多い。シンクタンクとは、学術研究機関、行政、企業、それにジャーナリズムの機能を兼ねるものであり、中立、公正で、理論に基づいた政策研究や戦略提言が期待されるが、日本ではそうした役割を果たすものは、必ずしも十分に育っているとは言い難い。

21世紀の政策形成への課題

 国の基本的な方向の選択は、いうまでもなく政治の役割である。国の安全保障政策、経済システム、予算編成の骨格などがそれである。議院内閣制をとる以上、そうした基本政策は政党が政策綱領として練り上げて、選挙で信を問い、その結果、多数を得た政党が国会の信認を得て内閣を編成し、内閣はその信認の下で行政を展開することになる。

 行政の各機関は、その内閣の方針の下で予算や法律を公平、迅速、適確に執行する役割を担う。もちろん、その執行の過程で取得した知見に基づいて選択肢とその効果の予測を示して、政治および国民に選択を求めることは当然期待されるところである。

 今後、経済運営について行政の事前指導が減少し、法律を中心としたルールによる事後監視が中心となることを考えれば、司法の役割が高まることはいうまでもない。

 民主主義の成熟のためには、国民の政策形成への参加が不可欠である。とかく日本では「観客民主主義」といわれるように、国民の政治への参加意識が低いが、今後、社会の利害の調整がますます複雑になり、不確実性が増大していくことを考えると、社会を運営するにあたっては、各界各層の参加意識を高めていく必要がある。

 最近、パブリックコメントの手法が定着しつつあるが、さらに進んでNGOなどシビルソサイエティの政策形成過程への参加を拡大していく必要がある。

 21世紀には、日本は重大な政策課題に直面することになる。

 第1に、国内の経済成長力が低下する。日本経済は、バブル崩壊後、せいぜい1%程度の成長にあえいでいるが、今後も大きな成長は望めない。世界同時不況の中で、当面、ダウンスパイラルに陥ってしまう恐れさえある。

 最近、日本の製造業の東アジアなどへの海外移転が急速に進み、貿易収支が赤字になる危険さえある。国内の高コスト構造が残っている以上、企業がコストの安い海外に移ることは当然であるが、日本としてはそれを是正して日本の投資市場として魅力を高め、国内に新しい知的なサービス産業を興さない限り、成長と雇用の機会を失うことになる。

 日本では少子高齢化が確実に進行する。それは、貯蓄率を低下させ、投資を減退させ、若手労働力の不足を招き、財政収支を悪化させ、金融市場を不安定にし、世代間の摩擦を激化させることにつながる。少子高齢化のマイナスの影響を防ごうとするならば、女性や高齢者の労働市場への参加促進、技術革新による生産性の向上、出生率を高める社会環境の整備、それに外国人労働者の一定の導入などを総合的に展開する必要がある。

 第2に、財政構造がますます悪化する。今日の日本の国の債務残高は、国内総生産の130%にも及び、先進国では最悪の状態にある。今後、社会の高齢化で社会福祉の財政負担が増加するし、成長力が低下すれば、その改善は決して容易ではない。もしそれが解決できなければ、国債の格付けが低下し、金利の上昇に追い込まれる。

 第3に、社会の求心力を高める方途を明らかにしなければならない。成長力が低下すれば当然に利害の対立を生む。少子高齢化で2050年には、労働者2人で高齢者1人を支えることになるが、現行制度では世代間の対立を招く。電通総研の価値観国際比較調査(2000年度)によれば、日本人は、道徳、倫理、雇用、治安、教育、国際政治力、経済競争力など、多くの点で悪い方向に向かっていると認識している。しかも、政治のリーダーシップに欠けている。これでは社会の合意形成は難しい。

 第4に、社会の創発力の低下に対応しなければならない。日本が成長力を維持するためには技術革新力の充実が不可欠であるが、それを高めるには相当政策努力が必要である。

 私は、21世紀にはSMILEテクノロジー(System、Material、Information、Life Science、Environment)が新しい技術革新を先導するものと考えているが、その技術革新を成功させるには、研究費の充実、研究環境の整備、産学の共同研究、海外との共同プロジェクト、外国研究者の招聘などの施策を総合的かつ有機的に展開していかなければならない。さらに、創造力をはぐくんだ教育改革も不可欠である。

 最近の生命科学の進歩は、遺伝子組み替えやクローンの技術の開発によってついに人間を造るところまできた。技術は一体どこまで神の領域に踏み込むべきか。人間は技術をどのように制御するかも問われることになる。

 第5に、地球環境問題の解決に取り組まなければならない。自然の脅威を克服し、生活の利便を求めて人類は技術と産業を開発してきたが、今やそれが地球資源の限界を露呈させ、自然の循環機能を超えるところまできた。我々は、産業システムとライフスタイルを根本的に改め、大量生産、大量消費、大量廃棄のシステムを効率生産、有効消費、大量循環へと転換することが求められている。

 第6に、日本がグローバリゼーションのシステムに貢献する途を見いださなければならない。IT革命の進行は政治、経済、社会の各側面で確実にグローバリゼーションの傾向を加速する。米国で起った同時テロ事件は、我々に新しいタイプの脅威の発生と、それに対応する安全保障メカニズムの確立を迫っているといえる。日本はこれまで国際秩序を利用する態度に終止してきたが、今後は、政治、経済、社会、の各分野の秩序の形成と運営に係っていく必要があるが、その具体策が問われているのである。

シンクタンク機能への期待

 政策形成メカニズムをめぐって、政治を中心に行政、民間経済界、NGO、市民団体、ジャーナリズムなどが参画していくとなると、シンクタンクへの期待は大きくなる。特に、政権交代可能な状況が出現すると、各政党が各分野を包含した政策パッケージを提示して、国民の選択を求めることとなるので、シンクタンクの役割はますます重要となる。

 私のシンクタンクへの第1の期待は、政策形成論議を活性化することにある。日本の政策形成は、行政と政治の間で進められ、政治の場においても、政党間、政党内の話し合いと妥協で決定することが多かった。それが、有権者に政治離れの政策をもたらす原因でもあった。有権者の政治参加を促すためにも、人々の意見を政策に反映させるためにも、政策論議を活性化させることが何よりも大切である。

 第2の期待は、全体最適選択への貢献にある。21世紀には複雑な利害がからみ、また、トレードオフとなる現象が多く現れる可能性がある。経済成長と環境保全をどのように両立させるか、経済のグローバル化と文化の多様性をどのように調和させるか、企業の利益追求と社会価値をどう関係付けるか、こうした問題を解決するために、シンクタンクが先見性とバランスを考えた全体最適の選択に貢献することを期待したい。

 第3に、社会の合意形成を支援することにある。価値観が多様化し、多くの人が政策に関与する社会においては、社会の合意形成がかなり難しくなる。政府、行政、企業、NGO、市民団体など、それぞれの立場の異なる主体の間で一定の合意を得るには、問題の十分な分析と説得する根拠がなければならない。例えば、原子力発電所やゴミ焼却場の建設はその典型である。合意形成を図る手法開発はその有力な支援となる。

 第4に、海外のシンクタンクとネットワークを形成することにある。米国や欧州では、優れた研究活動を実施しているシンクタンクが多く、日本とのネットワークを持ちたいという希望が多い。集団安全保障政策の展開、自由貿易地域の設定、e-コマースの普及、地球環境の保全など国際ネットワークが必要な課題は多い。そうしたネットワークは、日本からの発信力を高め、日本の知的水準への信頼度を示す上でも有効である。

 第5に、データバンク、知識バンク、アイデアバンクの機能を果たすことにある。シンクタンクが多くの有益なデータを持ち、知識を蓄え、アイデアを発信していくことは、日本の社会の中に政策意欲や知的好奇心を高める上で有効である。政府も行政の情報公開に踏み切り、企業も国際ルールに沿って財務状況などの公開を進めている。

 21世紀の日本の将来は、シンクタンク機能にかかっているといっても過言ではない。民主主義を定着させ、市場経済を進化させ、人間性を高揚させるよう、シンクタンクがその機能を高めていくことを心から期待したい。


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