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II 政策形成とシンクタンク−日米比較を中心に−

NIRA理事・日本経済新聞社編集局国際部長
小池 洋次

はじめに

 シンクタンクが注目されるのは、政策形成を補完し、場合によっては主導する主体としてであろう。もちろん、社会の複雑化や技術革新によって、政策形成により専門性が求められるようになったことも、背景のひとつとして挙げることができる。だが、こと日本においては、これまでの政策形成過程の限界ないし問題点が多くの知識人や政策当局者によって明確に認識されるようになっており、その変革を進めるうえでの有力なアクターとしてシンクタンクが位置付けられていることが重要であろう。政策形成過程の変革という視点を持たなければ、シンクタンク論は表層的なものに終わってしまうことをまず指摘しておきたい。では、シンクタンクの先進国ともいえる米国ではそれはどのような役割を果たしているのか、シンクタンクが社会的にみてどういう意味を持っているのか、日本とはどこが違うのか。以下、日米比較を軸に、政策形成におけるシンクタンクの役割を考えてみたい。

シンクタンクの機能と役割

 シンクタンクはもともと、第二次世界大戦時、米国で使われた軍事用語で、戦略の立案を目的とした組織を指していた(注1)。その後、政策を研究する機関や組織についてもシンクタンクと呼ぶようになったといわれている。その定義はさまざまだが、ここでは非政府部門で公共政策にかかわる組織と、広くとらえることにしたい。

 米国を訪れた者がまず驚かされるのは、シンクタンクの数の多さである。一般的には、首都ワシントンだけで百以上、全米で千以上のシンクタンクが活動しているといわれている。大学やメディア、民間企業、法律事務所、さらに勉強会の類いも加えれば、公共政策に何らかの関係を持つ組織はそれこそ無数に存在することになろう。その活動のあり方に着目して分類し、類型化することは可能である(注2)。ただ、1つのシンクタンクがいくつもの機能を持っており、類型化がそれほど意味を持つとは思えない。

 社会的な認知度が高く、そして大きな影響力を持つことも米国のシンクタンクの特徴であろう。ブルッキングス研究所、ヘリテージ財団、外交評議会などは世界的に知られた存在である。多くのシンクタンクが非営利で独立した民間の組織であることも忘れてはなるまい。では、その機能と役割にはどのような特徴があるのだろうか。

 第1に、政策提言を頻繁に行い、そして、その提言が具体的なことであろう。各シンクタンクはさまざまなテーマでセミナーやシンポジウムを開催し、また報告書やニューズレターを出して、政策に関するアイデアや提言を試みる。シンクタンクでは実際に政策形成に携わった元政府高官が研究員として活動している。したがって、アイデアや提言は現実に即しており、政策の立案、遂行に携わる現役も、無視するわけにはいかない。

 第2に、人材のプールとして機能していることである。米国にはいわゆる政治任命制度があり、民間や学界から多くの人々が政府入りするが、シンクタンクは政府への人材供給機関としての役割を果たしているのである(注3)。典型的な例は、共和党系シンクタンクのアメリカン・エンタープライズ・インスティテュート(AEI)で主任研究員を務めたリンゼー氏がブッシュ政権発足後、経済担当の大統領補佐官という要職に就いたことであろう。シンクタンクを舞台に安保問題について提言してきたアーミテージ氏は現在、国務副長官を務めている。前述のように、高官らは退官後、再びシンクタンクに戻って活動することも少なくない。シンクタンクはいわば、人材の供給源であると同時に、受け皿の役割を果たしているのである。広くとらえれば、政府高官とシンクタンクが連動する形で政策形成過程を担っており、政府部門と非政府のシンクタンクが一大政策ネットワークを形成していると言っていいだろう。

 第3に、米国のシンクタンクのオーガナイザーとしての機能にも注目すべきかもしれない。特定のテーマについて現職の議員、政府職員、学者、ジャーナリストを結集してプロジェクト・チームを組織し、議論の結果を報告書にまとめるというような機能である。フォーラムの場を提供する役割と言ってもいいだろう。例えば、外交評議会はその時々の政権にとって重要と思われる外交テーマでスタディー・グループを設置することが多い。筆者もアジア・スタディー・グループや日米安保スタディー・グループへの参加を求められたが、前者の議長の1人がカーター政権で財務長官を勤めたブルメンソール氏、また後者ではアーミテージ氏とブラウン元国防長官が共同で座長を務めた。その議論は極めて実際的であり、提言は具体的であった。

 第4に、シンクタンクが現実の政策形成・決定過程を監視し、評価する機能も持つということである。政府の政策に対して代替案を提示できること自体が、現実の政策の問題点を把握し批判することなしにはできないであろう。政策を立案し、遂行する立場からすれば、常にシンクタンクのチェックと批判を覚悟しなければならないということである。より有効な政策形成へのモメンタムはこの点にも求めることができるであろう。

 第5に、米国のシンクタンクが幅広い層に支持されていることである。各シンクタンクの財務状況をみると、運営資金のかなりの部分が寄付や会費によって賄われていることに気がつくであろう。これは、米国のボランティアの伝統にまでたどって理解する必要があることだが、こうした幅広い支持がシンクタンクの影響力の源泉であることは疑いない。

 翻って、日本でもシンクタンクという名で呼ばれる研究機関・組織は数多いが、独立、非営利のシンクタンクの数は限られる。また、人材プールや受け皿としての機能をほとんど持たない。公共政策に関して現実的な政策提言をし、そして一定の影響力を行使できるかというと、米国に比べた力量不足は否めない。「日本で最大のシンクタンクは官僚機構」といわれるように、日本の場合、政策形成過程は官僚によって独占されてきた。結論から言えば、政策形成過程の独占状況を変えること、具体的には政治任命制度の導入などにより、官民の人材移動を常態化することで、政策形成にかかわる情報を広く官民で共有する状況を作り出さなければ、シンクタンクをいくら作ってみても、少なくとも米国のように影響力を持ち得ない。もちろん、シンクタンクの活動が日本において意味がないというわけではない。その活動が広がっていけば、多くの人々が政策形成に関心を持つようになり、そのことが政策形成過程の変革につながっていくかもしれない。ただ、日本におけるシンクタンクの活動や影響力を米国並みに引き上げるには、同様にさまざまな制度や慣行を変える必要があるということである。また、「お上意識」という言葉が象徴するように、政策は政府に任せ切ってしまうという空気が日本にはなお強い。したがって、政策形成過程の変革、そしてシンクタンクの発展は、国民意識の変革を伴わざるを得ないであろう。

シンクタンクの今日的意味

 シンクタンクは優れて米国的といわれる。民主主義の表れとしての多様性や多元的価値の尊重、批判的精神、ボランティアの伝統など、米国社会の特質が強く反映されているという意味で、シンクタンクは確かに米国的ということができるであろう。少なくとも、非政府部門で、独立・非営利の研究組織が米国で発展しやすいとは言える。

 では、日本にとってはどういう意味があるのだろうか。前述のように、シンクタンクの誕生、そしてシンクタンク論の隆盛という現象は、現在の政策形成システムの制度疲労と裏腹の関係にある。現在のシステムが問題を抱え始めているからこそ、それを克服するひとつの方法としてシンクタンクによる政策研究と提言、代替案の提示が求められていると言っていい。これまでの官僚が独占する政策形成システムは高度成長期のような社会の目標が一定という時代、単線的な発展期においては妥当であったかもしれない。だが、技術革新やネットワーク化の急進展といった大きな構造変化を前に、対応が困難になっているとは言えないか。官僚という一極が政策形成過程を支配する構造は、変化に弱いことは疑いない。状況の変化に対応して政策を機敏に変えていくのは官僚機構にとって容易ではない。官僚組織では継続性こそが優先されるからである。政策に関して官民の競争状況を作り出さなければならない。

 国民各層が持つ知識や識見を政策形成の場に生かすという視点からも、現在のシステムには限界があろう。米国では、シンクタンクというチャンネルを通じて民間の知恵が公共部門に生かされてきた。政策は国民各層に多大な影響を与える。その意味では、政策形成に多くの人々が関心を持ち、そして自らの知恵や識見を生かすというのは当然のことであろう。むしろ、政策という公共の利益にかかわる問題を事実上官僚が独占していることこそが問題であった。政策形成過程を国民のものとすることこそが肝要であり、シンクタンクはそのための有力なツールになるということである。

 米国では1990年代に経済が急回復し、10年に及ぶ好調さを持続した。かつて最悪といわれた経済が見事に再生した理由のひとつは、情報通信の発展によるネットワーク経済の進展を民間も政府も巧みにつかみとり、経営や政策に生かしていったことであろう。一言で言えば、大きな世界経済構造の変化に政府も民間も即応できたということである。政策形成システムについて言えば、民間の知恵や知識を生かしたからこそ、90年代に入ってからの変化の意味を理解し、その時代にふさわしい政策を打ち出せた。日本の場合、米国とは対照的に経済不振が続き、経済界は自信喪失状況にある。仮に日本で多様な識見とアイデアを政策に生かせるシステムがあれば、世界経済構造の変化をすばやく理解し、それに即応する政策を打ち出せたのではないだろうか。優れた提言能力を持ち、政府部門に大きな影響力を持つシンクタンクが求められるゆえんである。

 グローバル化の時代に大競争が求められているのは企業分野だけではない。政府部門も同様であろう。よりよい政策をいち早く打ち出さなければ、国の将来も危うい。いわば、政策に関する国際競争が起きているのである。政策形成過程に国民各層の英知を結集し、さまざまな政策アイデアを提示し実行することが求められているのである。政策形成分野で米国が先行しているとすれば、そのシステムを日本に合わせて取り入れることに何ら躊躇することはない。シンクタンクによる多様な政策案の提示は、米国による一種のグローバル・スタンダードになりつつあると言えるかもしれない。この分野で日欧諸国は米国型をひとつのモデルとして政策形成過程を変え、その中でシンクタンクを位置付けていくことになろう。

 日本ではシンクタンクは一種の揺籃期にある。あるいは過渡期と表現すべきかもしれない。企業や官庁の一部あるいは関係組織としての政策研究機関が数多く誕生し、現在は非営利・独立の、日本では新しいタイプのシンクタンクが続々と創設されている。規模は小さく、資金的にもゆとりの乏しいシンクタンクが多いが、一部は現実の政策に影響を与えつつあり、その可能性は必ずしも悲観すべきものではない。

 基本は日本の政策形成システムの変革であり、そのためのシンクタンクの発展という視点が欠かせない。この視点が欠落したままでは、シンクタンクのためのシンクタンク論で終わってしまう。「知の産業」を育てるというだけでは、不十分なのである。この原点に立ち返りつつ、シンクタンクの活動が日本にとっても重要であることを国民各層が理解しなければならない。政策形成に国民すべてが関与するのは当然である。そうした意識をどの程度持つかによって、シンクタンクの発展の如何も決まるのではなかろうか。


(注1)ジェームズ・スミス『アメリカのシンクタンク』(ダイヤモンド社、1994年)6ページ
(注2)米デューク大学のクロフォード・D・ダッドウィン教授は非政府研究機関について、(1)独立した組織、(2)政府に依存した組織、(3)多くのメンバーを有する組織、(4)エリート・サポート・クラブ、(5)学者のネットワーク、の5つに分類(下河辺淳監修『政策形成の創出市民社会におけるシンクタンク』第一書林、1996年、26〜27ページ)。また鈴木崇弘、上野真城子両氏は(1)フォーラム型、(2)人材プール型、(3)教育・啓蒙型、(4)行動型、(5)研究機関型、(6)プロジェクト指向型、(7)コンサルティング型、に分類している(鈴木崇弘、上野真城子『世界のシンク・タンク』サイマル出版会、1993年、29〜31ページ)。
(注3)米国の政治任命制度については拙著『政策形成の日米比較』(中公新書、1999年)参照。


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