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III 市民生活とシンクタンク

特定非営利活動法人NPOぐんま代表理事
熊倉 浩靖

地方シンクタンクをめぐる業務環境の変化

 前世紀の末に、地方シンクタンク協議会設立15周年記念の『地域研究交流』49号にも書かせていただいたが、昨今、計画づくりの一括受託という形での調査研究委託が減少している。直接的には財政逼迫を受けての自治体部局による計画の内成化が理由と見られるが、その底で大きな変化が起きているように感じられる。

 反対に増えてきたのは、アドバイザーという形でのコーディネーター業務の依頼である。市民参加の不可避性に伴って市民間、市民・行政間の進行・調整役、「翻訳者」が必要になってきたためらしい。単発的なシンポジウムやフォーラムでの座長役・進行役は従来も少なくなかったが、継続して市民参加を促し、市民と行政の協働のための座回しを任せられるケースが急増している。そのありようも実に多様になってきている。

 一括受託、計画を作って終わりという業務に比べて、その単価は決して高くない。研究所にこもっての作業でもない。市民監視のもとで能力が問われる、いささかしんどい業務である。しかし、市民の方々と共に社会を創っているという実感、感動が自らを支える。この方向が21世紀における地方シンクタンクのひとつの行き方ではないか。

 だが、こうした新しい業務に携わるにつれ、行政ばかりが縦割りなのではなく、むしろ市民(団体)同士の方がよほど縦割りであること、地方シンクタンクといえども、市民生活や人々が地域に暮らし合うためのコーディネーターとしては十分な役割を果たしてこなかったことが痛感されだし、突然の表舞台に戸惑っているシンクタンクも少なくない。

「強兵なき富国」の道、成功ゆえの行き詰まり

 そうした事態に直面して、シンクタンカーなら必ず目にしている2つの基本文書を改めて読み直し熟慮する必要を感じているのは私だけではなかろう。

 1998年3月閣議決定された新しい全国総合開発計画「21世紀の国土のグランドデザイン」と、2001年6月発表の地方分権推進委員会「最後の訴え」である。

 まず「21世紀の国土のグランドデザイン」が計画の背景として挙げた国土をめぐる4つの大きな転換に注目しよう。価値観・生活様式の多様化、地球時代、人口減少・高齢化、高度情報化時代の4つである。本当に価値観や生活様式が多様化しているのか、それほど我々は主体性を持っているのかははなはだ疑問だが、この転換を自治体側から見れば、人口は増えずお金もなく、だがニーズは高まる「三重苦の時代」が始まったと言える。なぜ、そんな事態になったのだろうか。端的に言えば成功ゆえの行き詰まりである。

 戦後一貫して追求してきた「強兵なき富国の道」、個人も組織もひたすらに所得を上げて豊かになっていくという戦略が成功ゆえに行き詰まったということである。

 いささか乱暴にまとめれば、私たちの社会・国家は、この150年間において2回にわたって実に鮮明なnational goal(国家・国民目標)を提示、設定し、それを達成することによって破綻・行き詰まりに直面するという経験を繰り返してきた。

 第1回は150年前の第1次開国に際しての国家・国民目標の設定である。当時の国家リーダーたちは欧米諸列強に伍することのできる少なくともアジアにおいては唯一の帝国(主義国家)になることを求めた。ちなみに「大日本帝国」は、明治維新以前の万延元(1860)年の日米修好通商条約で用いられており(厳密には同年を安政7年として署名)、尊王・佐幕を問わない共通の国家・国民目標であった。そして、それは達成されていく。評価を別とすれば、わが国がアジア唯一の帝国主義国家となったこと自体は否定できない。

 しかしその達成は、達成ゆえの矛盾・衝突に逢着した。1つはアジア・太平洋の覇権をめぐる帝国同士の争闘戦つまり太平洋戦争である。2つは植民地化した朝鮮・中国、東南アジアの人々の民族自決との衝突である。これが大東亜戦争の真実である。そして、わが国はこの2つの衝突に2つながら敗北した。第1回の達成ゆえの行き詰まりである。

 その反省のもとに第2回目の国家・国民目標が立てられる。いわゆる戦後復興だが、そこで選択された国家・国民目標が「強兵なき富国の道」、池田隼人首相の言葉に象徴される、個人も組織もひたすらに所得を上げて豊かになっていくという戦略であった。

 軍事力ではなく、世界がのぞむ安くて便利で壊れにくい製品を提供することによって国も国民も富んでいくという戦略は確かに世界に受け入れられた。1980年代にはJapan as Number 1とまで評された。しかし、ここでもまた成功、達成ゆえの矛盾・衝突に直面する。先進国同士ではいわゆる経済摩擦が生じた。わが国を目標とした中進国・開発途上国からは追い上げられる。技術は移転可能だから当然の事態である。

 さらにもっと大きな問題が生じた。資源・エネルギー制約、環境問題である。いくら便利だからと言って資源・エネルギーを野放図に消費してよいのか、大量生産・大量廃棄を永続・拡大してよいのか、多様大量な廃棄物は地球の浄化力を明らかに超えてしまった。特別な悪意や失政の結果ではなく成功ゆえの逢着ゆえに事態は深刻である。

 ひたすらの所得向上はまた所得向上以外のすべての事柄を国や自治体に委ねる構造と一体となって初めて機能してきたが、ひたすらの所得向上、右肩上がりの税収が行き詰まることによって、行政だけですべての住民ニーズにこたえることができなくなってきている。

 これが現在の姿である。行き詰まりは生活実感として私たちに襲いかかっているが、国家が第3番目の国家・国民目標を提起できなくなっている点に深刻さがある。

 「強兵なき富国」の道、行政・企業の二輪体制が行き詰まり、国家=行政任せ、企業=経済依存だけでは立ち至らなくなっているとすれば、自己決定・自己責任が不可避となってくる。しかし、一人だけ、一組織だけ、一地域だけではどうにもならないこともたしかである。ここから「多様な主体の参加と地域連携」あるいは「協働」という考え方が出されてきた。このことを訴えているのが地方分権推進委員会の「最後の訴え」である。

自己決定・自己責任の原理に基づく協働社会、publicとシンクタンク

 曰く。「地方自治とは、元来、自分たちの地域を自分たちで治めることである。地域住民には、これまで以上に、地方公共団体の政策決定過程に積極的に参画し自分たちの意向を的確に反映させようとする主体的な姿勢が望まれる。…自己決定・自己責任の原理に基づく分権型社会を創造していくためには、住民みずからの公共心の覚醒が求められる。…地方公共団体の関係者と住民が協働して本来の『公共社会』を創造してほしい」。

 こうした「訴え」をもって報告がしめくくられることは極めて異例なことだが、この「訴え」には、分権型社会づくりの段階が進んだことが象徴されている。

 第1に、課題の中心が、国権限の地方自治体への移譲から、地方自治体自身の地域経営へと移ったことを明確にし、第2に、地方分権の主体はひとり地方自治体にとどまらず、住民と行政の協働にあることを提起しているからである。

 「協働」はpartnershipの訳語として1990年代から使われるようになったが、それぞれが自らの位置と役割を自覚し責任を果たし合いながら社会を維持する仕組み、考え方である。その課題は行政だけに与えられているわけではない。むしろ市民の側にこそ求められていると言ってもよい。そこで改めて考えるべきはpublicという言葉である。

 publicを公共と訳したのは山縣有朋だそうだが(福沢諭吉は「みんな」と訳した)、publicといえば行政と捉えがちだったことへの深い反省が求められている。私自身まことに恥ずかしい話だが、publicには市民(citizen)と行政(administration)の両者が共に意味されていることを友人のアメリカ人に指摘されるまでまったく意識していなかった。

 最近耳にすることの多い「private public partnership」の意味は、利潤・営利を原理とするprivate company(民間企業)がcitizen(市民)とadministration(行政)からなる公益・公共を原理とするpublic sectorとpartnershipを組んで社会の問題を解決することにある。営利と公益という異なる原理間だから協働なのである。

 それは、ある意味では近代欧米的な、ある種成熟した民主主義の課題である。私たちの社会にあっては、その前のcitizen(市民)とadministration(行政)の協働、真のpublic、地方分権推進委員会の言葉を借りれば「公共社会」づくりが課題である。

 従来、社会基盤の整備だけでなく、教育も福祉もゴミやし尿の処理も、所得向上に直接につながらない課題はすべて税金を納めることを通して行政に委ねることが当然とされてきたからである。また、どちらかと言えば、発言し行動する市民は行政にも企業にも批判的だったが、これからは、三者がそれぞれの構造や長所・短所を認め合いながら、手を携えていく必要があるからである。そうしなければ社会が維持できなくなっているのである。

 自治体側から言えば、政策の立案・実施・評価の全過程において、従前とは質を異にする市民参加が求められ出したということである。しかもその際、高度な情報通信技術と既存資産の徹底した利・活用を図り、グローバル・スタンダードを実現していく必要がある。

いま、地方シンクタンクにかけられている新たな期待と役割

 しかし、今まで、市民も企業も行政もそれぞれの系列だけで成功してきたゆえに、多様な主体間の話し合いさえ不要で、「参加と連携」の呼びかけに多くの主体が困惑しているのが現状かもしれない。この状況が閉塞を生んでいる。逆に、これを突破していけるなら、新たな経済活性化の動きも芽生えてくる。

 とりわけ地方においては、企業原理だけでは立ち至らない側面が多く、また、伝統的な社会組織や慣習が、桎梏にも新たな協働の核にもなりうる中途半端な存在のまま市民・行政の前にぶら下がっている。地域地域の伝統・慣習をまさにrenovation(再生)させながら、自然と社会の多様な循環をつくっていくことが、大都市部以上に求められている。

 そこで、NPO(特定非営利活動法人・市民公益団体)に注目が集まっている。例えば、今年3月中間報告がまとめられた国土交通省都市・地域整備局市街地整備研究会は「市民の協力と参画を得てまちづくりを推進するため、大都市等の防災上危険な密集市街地を対象として、都市整備の事業着手以前の段階から住民等の主体的なまちづくり活動を活性化する必要がある。このため、住民主体のまちづくり協議会の設立促進やNPO組織の活用、まちづくりに係る各種の専門家派遣を行える仕組みを構築するとともに、これを奨励するための支援措置を拡充すべきである」と提案している。これは、大都市を例とした一例にすぎず、新聞報道等によれば、市民参加の様々な方法が模索されている。

 しかし、多くのNPOは多様な主体のひとつにすぎない。NPOをもひとつの主体として、多様な既存公益団体、地縁組織を再活性化させ、共にその地域にふさわしい市民社会を生み出すコーディネーターとしての役割が地方シンクタンクに期待され出した。

 時にこうしたシンクタンクはコミュニティ・シンクタンクとも呼ばれることがあるが、機動性・市民性と自治体を超えて活動できる広域性、外からの視点ではなく内発的・内在的視点から提案、活動することが強く求められている。先の市街地整備研究会の協議でも行政と住民の「両方に対して客観的にものを言う立場」を期待されている。

 しかし、わが国では、上記のような形でシンクタンクが本格的に地方の行政と市民の確立・再生に取り組んだ事例はまだ十分ではない。(地方)シンクタンクといえども、与えられた国家・国民目標を基準とした地方自治体の相談相手にとどまっていたからである。

 その新たな期待、役割にどうこたえていけるか。私とNPOぐんまが多少なりともかかわった事例だけでも、道路整備や区画整理・文化財保存などの具体課題に関し行政・地域住民・専門家や専担的NPOとの間での課題解決に向けた会議の運営・決定事項の広報、市民提案型都市再生方策のとりまとめ(行政・住民が対等な立場で参加するための調整)、IT産業等のベンチャー支援や裾野形成、環境活動・生涯学習活動の展開支援などが挙げられる。

 もっと豊かな経験を持っているシンクタンクも少なくないだろう。だが、そこで大切なことは、どこかに基準がある、手本があると考えるのではなく、市民と共に考え、模索し、経験を蓄積していく、まさにシンクタンクになっていくことが要請されている。


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