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I 代替的政策形成機関としてのシンクタンクの役割
NIRA会長・富士ゼロックス株式会社代表取締役会長
小林陽太郎
日本のシンクタンクの現状
(1)シンクタンクとは
NIRAの『シンクタンク年報2002』には、338機関に及ぶ日本国内のシンクタンクに関するデータが掲載されている。その特徴、専門分野、設立背景、組織理念などは正に多様である。シンクタンクを論ずるにあたり、改めて、何をもってシンクタンクと呼ぶのかを確認しておく必要があろう。
シンクタンクの定義は、広義と狭義に分けると、おおむね以下のような定義となる。
広義:「政策に関する調査研究を行う団体」
狭義:「非営利の、民間の、独立した政策研究団体で、政策形成に影響力を持つもの」また、「代替的政策助言機関(APAO)」という観点から分類した研究もある。ブルッキングス研究所のケント・ウィーバー氏とスタンフォード大学のポール・ステアーズ氏による分類で、3つのカテゴリーに分かれる。
(1) 政府や議会などに近い立場で政策提言を行うもの
(2) 臨時有識者会議、省庁シンクタンク、政党シンクタンクなどの中間機関
(3) 学術シンクタンク、アドボカシー・シンクタンク、NPOなどシビル・ソサエティに属するもの上記の狭義のシンクタンクをAPAOの分類に当てはめると、(3)のシビル・ソサエティに属するものに該当すると思われる。また、広範な識者が日本の政策形成に関して必要なシンクタンクとして議論の俎上にあげるのは、多くの場合、狭義のシンクタンクすなわちシビル・ソサエティ系のAPAOである。本稿でも、主にこれらのシンクタンクについて論じてみたい。
(2)日本のシンクタンクの現状
さて、日本のシンクタンクの現状はどうなっているのだろうか。8年前の著作であるが、アーバン・インスティチュート編『政策形成と日本型シンクタンク』(1994年)にある鈴木崇弘氏の記述によると、日本のシンクタンクについて、「広義のシンクタンクは多数存在するが、狭義のシンクタンクは存在しない」「営利シンクタンクの58%が出資者の投資および資金提供の観点から見て企業傘下にあり、親企業の影響下にある」「非営利のシンクタンクの多くは政府省庁に強く帰属するか、もしくは人的構成、財政面、管理方式の面から政府の強い支配化にある」、としている。
また、前述のウィーバー氏とステアーズ氏による国際比較においても、日本は米・英・独などの国と比較すると、APAOの機能はどのカテゴリーにおいても弱いが、特にシビル・ソサエティ系において弱いと指摘している。
もっとも、鈴木氏の指摘する非営利シンクタンクの独立性に関しては、『シンクタンク年報2002』のデータに見られるように、シンクタンクとその設立母体の関係が希薄化し、独立性を強める傾向もないわけではない。しかし、欧米のシンクタンクとの比較において日本のシンクタンクの現状を考えると、94年に指摘された状況については、基本的に変わっていないというのが、多くの識者の実感に近いのではないだろうか。
日本の政策形成過程の特徴と問題点
さて、55年体制と呼ばれる戦後日本の政策形成過程について概観すると、以下のような特徴を指摘することができる。
(1)特徴
- 官主導による政策立案
議院内閣制を採る他の国でも同じ傾向がうかがえるが、日本の場合はその傾向がどの国より強いとされている。
- 族議員と官庁の協力・牽制関係
族議員は政策形成の官独占を弱める役割も担ったが、票を背景にした利益・圧力団体の代理の色合いが濃い。
- 審議会による民間の専門的知見の反映
官界に欠けている専門知識を民間から広く補給する、すなわち政治を民意に基づいて運営し、国民に公平な行政を行うことを本来の目標としているが、実体は官僚や利益・圧力団体の「隠れ蓑」とも言われている。これらの特徴は、経済復興という国家目標と物質的豊かさを求めた国民個々のニーズに整合性があり、かつ、東西冷戦という固定的で一種安定した国際情勢下においては、成功し過ぎるくらい成功をもたらしたと言えよう。実際、経済の高度成長によりパイが拡大する中の利害調整の方法としては、誠に有効なプロセスであった。
しかし、経済の成熟、人口の高齢化、冷戦の終焉に伴う国際秩序の流動化など、日本を取り巻く諸情勢・環境が激変し、従来の経済社会システムを全面的に見直す必要に迫られている現在の日本においては、これらの特徴がかえって問題を深刻化させている。以下のような問題が指摘できよう。
(2)問題点
- 官僚も族議員も共に、縦割り行政や狭い利益の代表といった問題を内包しており、結果として、政策が部分最適に陥っている。
- 政策形成過程が不透明で閉鎖的なため、評価や監視が十分行えない。
- 情報が官僚や一部の与党政治家に独占されているため、有効な代替政策が形成されない。
- 政府・与党案への賛否以外に政策の選択肢がなく、与党への対抗上、野党が反対連合を作っても、その反対理由に一貫性がない。
- 一部の利害を超えた大胆な政策実験とその評価が実施できないため、抜本的改革が進まない。
- 以上の状況により、国民の政治に対する疎外感、無力感が大きくなり、民主主義の基盤を損ないかねない。
こうした状況を打破するためにも、政策形成過程において政府・与党の政策に対する代替案が提示され、国民の選択が可能となるような、より成熟した民主主義が求められるようになっているのである。もちろん、こうした時代の要請に日本の政治がまったく何もこたえられなかったわけではない。1993年以降の重要な政治情勢の動きは、錆付いた古い日本システムをゆっくりではあるが、動かし始めた。主な動きとして、以下のようなものが挙げられる。
(3)日本政治における1993年以降の主な動き
- 小選挙区制の実施
政権交代の可能性が高まったが、いまだ政策本位による政党再編が実現していない。
- 脱冷戦イデオロギー
安全保障面での非現実的な主張が影を潜めた。
- 中央省庁改革
内閣・首相権限(発議権など)が強化され、内閣主導政治という議院内閣制のあるべき姿に一歩近づいた。
- 情報公開法の施行
官による情報独占に風穴を開ける法律だが、運用面でその実効性が問われる。
- NPO法の施行
非政府の立場で公共にかかわる団体が、官庁の管理監督から離れて設立できるようになった。ただし、まだ揺籃期にあり、実力・影響力面で弱小である。
- 小泉首相のリーダーシップ
経済財政諮問会議の活用、与党事前審査を通さない発議、内閣人事における派閥の影響力排除など。政策形成プロセスの革新として今後継続させることができるか。日本経済にとっての1990年代は「失われた10年」と呼ばれているが、政治的には大きな転換期であったと言える。しかし皮肉な言い方をすれば、政治がそのタイミングを効果的に使って大きな変化をもたらすことができなかったからこそ、経済も停滞したのだとも言えよう。
シンクタンクに期待される役割と求められる資質
上記の日本政治における積み残し課題を解決していくためには、多くの識者が指摘するように独立・民間・非営利のシンクタンク設立・強化が効果的だと考えられる。では、代替的政策形成機関としてシンクタンクが担うべき役割と、その任務を果たすための資質はいかなるものであろうか。
(1) 期待される役割
まず、期待される役割を政策の発信相手ごとに分けて考えると、以下のようになる。
- 代替政策の提示
議員とスタッフ、政府関係者、学者、有識者に対し政策の選択肢を提供する。
- 政府の政策に対する評価と行政の監視
議員とスタッフ、政府関係者、学者、有識者に対し、現行政策の評価・提言および、行政による政策運用の評価・提言を行う。
- 高度に専門的な政策を国民に対して解説
広く国民に対し、政策の持つ意味などを解説し、仲介者・教育者の役割を担う。さらには、政策を軸にした政界再編が未完の状態にある日本の状況においては、以下のような役割も期待したいところである。
- 社会ビジョンや政策の軸の提示
冷戦後のイデオロギー不在・総中道化で、国民は政策の明確な選択軸を持っていない。不完全な政界再編で二大政党制もいまだ実現していない。社会ビジョンなどは本来政治が示すべきものだが、価値観・社会観を異にする複数のシンクタンクが、独自の社会ビジョンとそれを実現する諸政策のパッケージを提示し、二大政党制の政策理念軸を先取りすることにより、政界再編の促進に大きな役割を果たすことができるのではないか。(2)求められる資質
シンクタンクが政策形成機関としての影響力を持ち、こうした役割を果たしていくためには、政策立案に直接かかわる議員や官僚のみならず、当該分野の専門家・研究者、さらには政策に関心を持つ一般市民などから、政策に関するプロフェッショナルとしての信頼を勝ち取ることが何より必要である。そのためには、シンクタンクはいくつかの資質を兼ね備えることが求められる。
- 高い研究成果の質
当該シンクタンクが、その専門あるいは複数の専門分野において学術的知見に裏付けられた研究を行い、その研究成果が高く評価されていることである。そういう評価を得るためには、優秀な研究者の確保、内外の政策関連機関とのネットワーク、包括的・長期的視点からの研究実績などが求められる。
- 政府や特定の利益団体からの独立性
政府や特定の利益団体からの外部圧力によって、そのシンクタンクの政策理念がゆがめられないだけの、財政的・人事的基盤を持っている必要がある。いかに第一のrequirementとしての「高い研究成果の質」という条件を満たしていても、そのスタンスが特定の利害と結び付いていると思われることは、幅広い信頼を得る上でマイナスとなろう。
- 優れた情報発信力
研究成果を政策立案にかかわる人々、当該政策に関心を持つ人々に広く知らしめる情報発信力が求められる。情報発信力には、情報の受け手の知的バックグラウンドや情報アクセス方法などの事情を勘案して、卓越した表現力と伝達手段を駆使する必要がある。
シンクタンク強化に向けて必要な環境
上記の資質を獲得し、期待される役割を果たすためには、シンクタンク側の自助努力はもちろん不可欠であるが、そういう意思を持つシンクタンクを支援していく、社会経済的環境を整備することも、同様に重要である。日本に本格的な代替的政策形成機関としてのシンクタンクを育て上げるために、官民双方のイニシアティブが求められる。以下、シンクタンクを育て上げるために必要とされる環境整備のうち、重要と思われるいくつかの点について述べてみたい。
(1)独立性を保てるだけの財政基盤の提供
独立性の確保には、財政基盤の確立が特に重要である。また、実際に独立しているかという事実とともに、外部からそういう印象を持たれるかどうかが国民の理解を得る上で重要であり、独立性確保のためのかなり厳しい組織運営が求められる。
財政基盤に関しても、既にいくつかの提言がなされている。例えば、上野真城子氏は、資金源として以下の3形態を示した上で、民間の寄付献金や政府の研究契約を当てにできない現状を鑑みると、大型の基金を得るか、公共もしくは民間の補助金を受ける必要があると指摘している。
[上野氏による資金源の分類]
「大型基金型」:大型基金を備えているかもしくは自由裁量のきく資金が大半を占める型
上野氏の指摘は、現実的で妥当であると評価できる。ただし、中長期的に考えれば、個人による献金を奨励する寄付税制面などの手を今のうちから打つことによって、幅広い国民が日本の民主主義の基盤を直接支えていく風土を作り上げることは、より大きな意義を有することも銘記すべきである。
「献金/会員制型」:個人、法人、財団からの寄付を求める型
「契約/市場競争型」:研究契約を政府官庁その他の機関から取る一方、研究を市場に出して民間財団からの支援を受ける型
(2)政策研究人材の育成と流動化
研究の質は、とりもなおさず研究人材の質による。公共政策に関する教育体制をさらに充実させ、内外に開かれた厚い研究人材市場を形成することは、研究人材の質の向上に資するものであろう。日本の大学には、純粋に学術的であることを良しとし、政策研究を低く見る傾向がある。こうした意識を変えつつ、シンクタンク―政府―大学―民間企業などの間で政策に精通した人材の交流を活性化する必要がある。そのためには、雇用制度・処遇面、社会保障面、研究員の社会的ステータス面などのさまざまな対策が必要だと考えられる。
(3)政府による情報公開の徹底
霞が関は日本最大のシンクタンクと呼ばれるが、その何よりの基盤は情報アクセス面の優位性にある。政府外にあって政策形成を行うシンクタンクにとって、政府の持つ広範かつ詳細な情報は、その成果の質を決める重要な資源である。しかしながら、情報公開法施行後の運用や、さまざまな諮問会議に対する情報提供にまつわる最近の報道から判断すると、官僚の情報囲い込み体質は、一朝一夕には改善しそうもない。民間シンクタンクが効果的な代替政策を立案する上で、政府の積極的な情報公開への取り組みが求められる。 代替政策形成型のシンクタンクを強化することは、日本の民主主義を強化することにほかならない。そのための環境を整備していくことは、まさに、われわれ国民一人ひとりの責任として認識されるべきであろう。シンクタンクが資金、人材、情報という重要な資源を獲得しやすくするためにも、民間企業や個人が自らのイニシアティブでこれを支援していく環境整備が極めて重要な課題になっている。
(構成/NIRA政策研究情報センター)
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