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II 市民と政策立案者を結ぶシンクタンクの役割


はじめに

 日本の市民セクターは、ここ5年で急速な進歩を遂げている。特定非営利活動促進法の成立、施行を契機に、日本における市民セクターに対する理解と共感は、これまでにない高まりを見せた。特に、マスコミ、地方公共団体、企業市民としてのあり方を模索する営利組織など、さまざまなセクターからの注目を浴びながら、市民セクターはその存在感を増し、自らの果たすべき役割について理解を深めてきた。

 しかしながら、この5年間で社会状況はどのように変わったのであろうか。市民セクターは、社会課題を解決するセクターのひとつとしてあらゆる場面で期待されてきた。高齢化問題や環境問題といった差し迫った社会課題への解決主体として、あるいは地域経済の活性化、雇用の受け皿といった、経済社会での新興勢力として、そして、地域の政策立案形成過程のドラスティックな変革をもたらす救世主として。

 それぞれの期待の中で一定の成果を上げていることは認めてもよいであろう。しかし「政策立案形成」という観点で言えば、市民セクターはその力を十分に生かしきれているのであろうか。


市民と政策、その実情

 特定非営利活動促進法を例に挙げる。この法律は議員立法で制定され、その立案過程においては、「シーズ=市民活動を支える制度を作る会」をはじめとして、たくさんの市民活動関係者が精力的な提言提案を行ってきたことは記憶に新しい。

 三重県では、特定非営利活動促進法の施行に伴う条例作りの際に、多数の市民団体で構成される「みえNPO研究会」を組織し、市民参加を前提とした公開の場で条例作りに取り組んだ実績がある。「みえNPO研究会」には当初200人を超す市民の参加が得られたが、この数字はこうした法制度の整備について、市民が強い関心と大きな熱意を持っていたことの現れである。

 このような動きに端を発し、政策立案形成過程、法制度の整備に際して、市民の参画を前提とした場作りが各地で行われている。その中で、もっとも現代的かつ象徴的なのは、インターネットを中心とした情報ネットワークの活用である。この取り組みのトップを切ったのは、1996年に実験を開始した「藤沢市市民電子会議室」である。地域の課題について市民が自由に議論できる場として、インターネット上に電子会議室という場を用意し、そこでの議論は、市民代表からなる運営委員会によって最終的に市政への提案という形でまとめられる。議論の過程についてはすべてがネット上で公開されており、市民は自由に閲覧することができる。当初は、認知度の低さ、参加者不足、コミュニケーションツールの利用の難しさ等があり、離陸までには長い時間がかかったが、地道な取り組みが功を奏し、今では高いアクティビティを見せており、市民間で活発な議論が行われている。市民が政策立案形成過程に参画するための、最適な環境が形成されていると言えよう。

 こうした動きに追随する自治体も一気に増加し、最近では、県政レベルでオフィシャルかつシステマティックに取り組んだ、「三重県民e-デモクラシー(以下:eデモ)」が注目を浴びている。

 問題は、こうした「政策立案形成過程への市民参画のユートピア」がどのように利用されているかという実態である。

 eデモの発言状況を見てみよう。eデモは、新規形成されたインターネットコミュニティの最近の例としては非常に珍しく、開始当初から高いトラフィックを維持している。例えば、「わがまちをより豊かにするために」と銘打たれた電子会議室では、実質4カ月間で、240近くの発言を得た。しかしながら興味深いことに、県内のいわゆる有力といわれる市民活動関係者のほとんどはこの会議室に参加していない。他の市民活動ネットワークにおいて、電子的なコミュニケーションを日常的に行っているにもかかわらず、登録すら行っていないのである。

 また、発言者の固定化も顕著である。こうしたオンラインによるコミュニティの形成過程では、発言者固定化の問題は避けられないテーマであるが、特に問題となるのは、オンライン上で行政関係者と特定市民との一対一のやり取りが中心となってしまうこと。広く参画を保証された場ではなく、一部の市民の意見表明と質問(あるいは詰問)の場として認知されてしまうことである。 eデモでは、そうした状況に陥らないような工夫(エディターによる議論の整理)が行われているものの、一対一のやり取りに流れがちな傾向が見受けられるのが現状である。その結果、政策立案形成過程における、一般市民の新たなる参画の機会と興味が徐々に失われていくことになる。

 一方で、市民側の政策提言・提案能力そのものについても疑問がある。例えば、「テーマ公募会議室(市民が議論したいテーマを提案する会議室)」という電子会議室でも、市民側からの提案は必ずしも定められたルールに基づいて行われているわけではない。何の合理的理由もなく、自らの意見表明のみの発言に終始してしまい、行政側の誘導により提案として整理されるようなケースも散見される。

 こうした「政策立案形成への市民参画の場において」「実際の活動を行っている人々が参画せず」「一部の市民の意見表明の場にとどまり」「その提案能力は必ずしも洗練されていない」という傾向は、何もオンライン上に特徴的なことではない。実際のさまざまな政策立案形成過程において、日常的に見られることである。eデモの現況は、それを象徴的に示しているに過ぎない(図1)。私たちの社会は、こうした1つの市民社会の構造を内包してしまっているのである。

図1 政策提案の場に見られる関係性

図1 政策提案の場に見られる関係性


市民社会の構造改革に必要な機能

 では、市民社会の構造改革のために必要な要素とは何であろうか。市民社会の構造的欠陥を引き起こすいくつかの要因について検討してみる。

 第1に、そもそも政策情報が市民に届いていない点に問題がある。これについては、行政側の情報提供の方法、そして、市民側の情報を得ようという意識の双方に問題があると言える(図2)。行政側は限られたチャネルで一方的に情報提供を行うのが常で、チャネルの拡大と、情報を理解しやすくデザインする能力に欠けている。そのため政策情報を市民が得ることによるインセンティブが何か、わかりづらくなりがちだ。一方で、市民側はそもそも政策情報に触れる機会が少なく、インセンティブが不明確であるため、情報を入手しようという熱意に欠ける。

図2 市民に届かない政策情報

図2 市民に届かない政策情報

 高度情報化社会にあって、われわれの接する情報量は10年前に比べて飛躍的に増大している。しかもその内容は非常に多様で、クオリティのレベルもまちまちであるため、自分が本当に望む情報にたどり着くことは困難である。そうした状況下では、地域の政策情報が埋もれてしまうことは仕方ないことであり、一部の、いわば「行政オタク」的な人にしか政策情報が届かないという現実が生まれていくのである。

 運良く政策情報が伝わったとしても、今度は、市民の側の政策に対する態度の表明方法の問題が出てくる。責任ある市民に求められるのは、政策に対する提案・提言活動への取り組みであることは、一般的に認知されており、例えばNPOの活動を語る上で、その社会的使命としてアドボカシーがあることに異論を唱える人はほとんどいない。しかしながら、提案・提言と、説得力の無い意見表明との差がすべての市民に理解されているわけではないのである。

 政策提言・提案を考える際の論拠となる「評価」は、本来、提言・提案と表裏一体のものである(図3)。しかし、政策提言・提案活動において、その論拠が、市民の単なる「思い」「気持ち」であることも多い。既存の政策や行政活動に対する情報を収集した上で評価を行い、それを論拠として提案・提言活動を行う、という一連の流れを実行することは、残念ながら多くの市民にとって、まだまだ高いハードルであるのが現実のようだ。地域で活動を行っているNPOにおいてもその傾向は強く、いわんや、普段地域活動に関係を持たない市民にそれをいきなり要求することは酷であろう。

図3 表裏一体な政策評価と立案

図3 表裏一体な政策評価と立案

 さらに、提言・提案を表明する方法も極めて大切である。単独のNPOあるいは一個人が、良質な提言・提案を行ったとしても、発信者の資質いかんでは、それがゆがめられて発信されることもある。文章の論旨が明確でない、プレゼンテーションで個人の経験、感情の表明を優先させる、最初からケンカ腰で話をしてしまう。これでは中身は良くても説得力が無い、という結果に終わってしまう。

 また、良い提言・提案を、多数の市民の意見として発信できるかどうかも重要である。昨今地域において市民間のネットワークが多数誕生しているが、多くの場合、相互互助的に利用されたり、あるいは情報交換の場として活用されてもネットワークそのものが提言・提案の主体となることは少ない。1人の意見より10人の意見のほうが説得力を持つことは自明であるが、情報発信のためのネットワーク活用戦略について、市民はなかなか消化しきれていない。

 こうしたさまざまな問題点が絡み合い、「政策立案形成過程への参画」という市民社会における重要な機能の部分で、構造的欠陥が生じてしまっている。果たしてこの状況は改善できないのであろうか。

コミュニティ・シンクタンクの役割

 このような状況を一挙に解決できる可能性があるのが、地域密着型のコミュニティ・シンクタンクの存在とその機能であろう。前述した状況の多くは、提言・提案活動における「専門性」というテーマに集約することができる。多くの市民は、自らの活動には関心が高くとも、提言・提案活動そのものに関心を持っているわけではない。そこで、その能力を持つ可能性の高いコミュニティ・シンクタンクが市民と連携して、政策提案・提言活動をサポートする機能を担っていけばよいのである。

 こうしたコミュニティ・シンクタンクに求められる資質としては、以下の4点が挙げられる(図4)。

図4 コミュニティシンクタンクに求められる資質

図4 コミュニティシンクタンクに求められる資質

(1) は、政策と市民をつなぐ上で最も基本的な機能であるといえる。無論、行政側も、情報発信戦略を変えてきており、より市民に理解しやすい形で情報を伝えるべく努力しているが、その情報発信戦略はあくまで行政が主体であり、トランスレートの部分に行政が強く関与すると、恣意的な情報トランスレートが行われる可能性も出てくる。利害関係を超えた立場で政策情報をトランスレートし、市民が理解しやすい内容で集約し、政策情報の再発信を行えるのは、シンクタンクのほかにはない。

 (2) こうして伝えられた情報をもとに、政策立案および評価を行う過程における指導や協働もシンクタンクの大切な役割だと考えられる。市民側が、説得力のある政策立案を行えるような政策関連情報や、評価ツールの提供、論理性を保った立案内容の保証等、シンクタンクに求められる仕事は多い。必要最小限のサポートもあれば、積極的に提案、提言をオーガナイズしていく状況も考えられるが、いずれにしても地域の一員であるというスタンスを最大限生かし、場合によってはリーダー的な存在で政策立案活動に参画することも必要となるだろう。

 (3) さらには、情報発信戦略の組み立て、ロジカルな内容をよりわかりやすくするプレゼンテーションの技術、地域メディアを含めたメディア戦略、多くの市民の意見として情報発信を行うための提案・提言活動のネットワーク化など、一NPOでは担うことが難しい専門性の高い機能もシンクタンクに期待される役割であると考える。

 (4) そしてこれらの活動を行う主体としての責任を果たすために、「自らの考え、スタンスを明確にし、地域に関して持っている意見を、地域分析、地域評価という形で地域社会に示していくこと」が、何よりも大切である。

 シンクタンク、という看板だけで、人々から信頼を勝ち取ることは難しい。看板だけで、手放しで人々からの信頼を得てしまうような状況は、そもそも健全ではない。市民が、どのシンクタンクを信頼し、自らの提案・提言活動のパートナーとして選び、協働していくか。選択基準となるのは、シンクタンク側から発信された情報である。地域における複数のシンクタンクが、「市民の信頼」というマーケットの中で競争し、切磋琢磨していくような姿こそ、シンクタンク業界に期待される未来像であり、それは健全な市民社会の実現のために欠かすことができない環境なのである。

 地域のシンクタンク=コミュニティ・シンクタンクは、社会を変える力の中で、重要な役割を果たす歯車のひとつとして活躍できる可能性がある。営利、非営利を問わず、シンクタンクが新たなる地域像の具現化を目指して、自らの未来像を再構築する時代が来ているといえよう。

(構成/NIRA政策研究情報センター)

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