NIRALogo

III 政策形成過程における地方公共団体とシンクタンクの関係

高知県知事
橋本大二郎
財団法人高知県政策総合研究所理事長
星野 進保


財団法人高知県政策総合研究所の誕生

橋本 10年前に最初の選挙に出たときのキャッチフレーズとして、「脱官僚を目指す」という表現を使いました。これまでの官僚型の行政、役所的なものの考え方から抜け出した新しい行政を目指してみたい、そんな思いを込めたのですが、その具体的なアイデアのひとつがシンクタンクでした。1992年の設立ですから、財団法人高知県政策総合研究所(以下、高知政策総研)も10年が経過したことになります。

 役所の中にも県の将来を計画する企画部門のセクションがありますが、現実的なことを言えば、そういう部署もさまざまな事業を担当していますから、県の将来や今後の課題への対応策などについて、十分な時間と余裕を持って考えることはなかなかできません。特に地方を取り巻く状況については、今はもちろんのこと、10年前も大きく変わりつつありましたので、日常の業務の中で5年先、10年先を考えながら研究するのは難しい。併せて従来からの役所の発想では、こういう法律や通達がある、といったことで行き詰まったり、あるいは市町村との兼ね合いが難しいなど、まず壁のほうを先に考えてしまう。

 規制や取り決めにとらわれずに、どうあるべきかを考え、また世の中の流れに対して「高知県」という体をどう変えていくかということについて、率直に意見を出していただくことが必要ではないか。そんないろいろな思いを込めて、高知政策総研をつくり、星野理事長に舵取りをお願いしたわけです。

星野 橋本知事から言われたことは、いまだに2つ覚えています。1つは、今日のことではなくて明日、将来のことを考えてほしいということ。もう1つは、県庁の職員の頭を柔らかくしてほしい、もう少し物事を柔軟に考えるようなトレーニングをしてほしい、ということでした。

 行政というのはどうしても過去の積み上げ、つまり過去から現在を見て行政を遂行するわけですが、シンクタンクは未来から現在を見る。ですから、過去から見る目と未来から見る目がうまく合えばいいし、しかも高知県という具体的なエリアがあって、そこでのさまざまな問題を通して活動できるのはおもしろいと思いましたので、お引き受けしました。また高知政策総研には、県の職員をはじめ、銀行や電力会社といった民間企業の若いスタッフがおります。将来性のある職員が民間の方々と一緒に1つのテーマを考えることで、少人数でも知事の狙いどおりの人材を育成できると思いますし、10年が経過しましたが、考え方もかなり柔軟になって県庁の行政に寄与しているのではないかと自負しています。

 さらに言えば、机の上だけで研究しているのがシンクタンクではありません。県内の経済界の方々や市町村長さんと互いに知恵を出し合ったり、あるいはまた議会の先生方と政策論議をするといった機会をつくる努力をしています。地方のシンクタンクの良さは、地域の住民と直接話し合う場、フォーラムをつくれることだと思っています。政策というのは、価値観を含めて、ひとつのものを主張していくことですから、それは地域と一体化することでしかないと考えています。


未来から現在を発想する

左 星野進保 氏と右 橋本大二郎 氏 橋本 政策についての検討や研究は社会科学の分野ですが、社会科学でも自然科学でも、仮説を立て、また一定の条件というものを踏まえて結論を導いていくという過程においては客観性が必要ですから、シンクタンクが県庁内にあろうが、外にあろうが同じことだと思います。しかし、どのような仮説を立てるのか、またそこから出てきた一定の法則性を、地域づくりにどう活用するかという点については、まさに主観的でなければならない。そういう意味で、政策は方法論、法則性という意味では客観的であるべきですが、どういう仮説を立てるか、出てきたものをどう活用するかというところは、まさに主観的なイメージ、感性が求められる。

 従来の役所的発想では、客観性ということを、例えば市町村おしなべて公平だというような、結果としての公平平等性に置き換えてきた。市町村に差がついても構わないからやってみようとか、手を挙げたところに思い切って重点投資をしてみよう、という発想は客観的ではないと考えてきたのではないか。従来の発想を一度捨てて、思い切った仮説を立てその結果を活用していくという意味で、私はシンクタンクが外側に存在することが必要ではないかと思うのです。

 例えば、高速道路の公団民営化を進める委員会は、ある意味で臨時のシンクタンクのようなものだと思います。しかし実際は、過去からの積み上げで高速道路をどう見るかという議論をしている。高速道路の建設が始まって以来の料金プール制、借金、そしてそれが国民の貯蓄を目減りさせているのではないかという疑問、こうしたことにどう答えるかという、言ってしまえば財務省的な考え方から出てきた、つまり霞が関の中から出てきた委員会ではないでしょうか。日本では高度経済成長を一気に進めるのに、一般財源が使えなかったために、便法として利用料金を使う手法が編み出されたわけです。高速道路は無料であるべきだし、そのことが国際競争力で問題視されている日本の物流コストについてこたえていくことにもなると思うのです。現在の高速道路をどうやって無料化するのか。そのためには当然新しい税金なども必要になると思いますが、ただ新しい税金を加えるのではなくて、道路特定財源の見直しと重ねて、未来のあるべき姿から考えていく委員会をつくれば、もっと躍動的で、構造改革という名にふさわしいのではないかと思います。

 同じように県の中から発想して問題に答えようとすると、これまでの積み重ねでの処理法や解決法になって、それ以上のものには踏み出せない。未来から見るという発想からこそ、いろいろなアイデアも生まれてくるのではないでしょうか。

 例えば高知政策総研から、「日本列島総四万十化」という考え方が出てきました。四万十川という地域を、地域資源や自然資源を活用した新しいモデル地域としてとらえ、これからの時代に合ったライフスタイルを提案するというもので、これは国が計画した多自然居住地域などともパラレルの関係を持つものだと思います。縦割りの、分離した考え方ではなく、四万十地域全体、またゾーニングも含めた考え方が出てきたことで、県庁の職員も刺激を受け、そういう中から、四万十川条例ができたわけです。

 過去からの積み上げからの問題処理ではなくて、未来から見てどうするかということを投げてもらい、それをまた具体化をしていく。県議会の皆さんからは「見えない、見えない」と言われるけれども、県庁とシンクタンクの関係について言えば、心理的に刺激を受けた職員がずいぶん増えていると思います。


地方分権と地域シンクタンクの役割

星野 日本のシンクタンクについては400〜450ほどあると思いますが、そのほとんどが中央官庁、または地方、県、市町村の下請けでしょう。何かのtankではあってもthinkしていない。アメリカのシンクタンクは、「アドボカシー」といって政策提言や政策論争をやります。アメリカ社会と日本社会は違いますが、アメリカではさまざまな階層の人々とシンクタンクが連合を組んで、ひとつの流れをつくっていく。例えば共和党政権ができるときには、そうした連合軍ができる。もちろん地方行政、州の政治も同じです。その中で、ひとつの問題点を提起していくのがシンクタンクである。日本も、これから地方分権になると、県ベースで言うと大統領制ですから、似たようなことが起こり得る。そうなると、現状とは違ったシンクタンクの役割が出てくるでしょう。

 高知政策総研の大きなメリットは、下請けではないということです。資金はいただいていますが、水平関係にある。そういう意味でも、この高知政策総研は、地方分権が定着した20年、30年後には、本当のシンクタンクという評価を受けると思うのです。

 まだ中央集権から分権への変わり目ですが、市民団体やNPOなどがいろいろな形で参加して、政策論争をするようになるでしょう。「政策マーケット」と私は言っていますが、政策を提示することによってトップが決まるというシステムが一番望ましい。そういう時代にもうじき来るのではないでしょうか。

橋本 地方分権が具体化し、県レベルで言えば、住民参加型の行政が大きな変化として出てくる中で、シンクタンクの役割はどう変化するのか。外側から県に対していろいろな刺激を与えるという面でも、これまではまちづくりや、福祉、交通、わが県で言えば中山間の問題といった分野ごとの政策提言であったと思います。

橋本大二郎 氏  しかしこれからは、地方の経営について住民の意識も問いながら考えていくのが、シンクタンク機能の果たす役割ではないでしょうか。と言いますのも、交付税、国庫支出金の見直しがなされれば、本県で言えば当然手取りの額は少なくなる。手取りの額が増えるのはおそらく東京都だけでしょう。ただ逆に、交付税や国庫支出金におけるさまざまな関与やヒモ付きの規制が取り払われるのであれば、必要ではないのにワンセットで付いてきた事業、あるいは規格に合わせざるを得ない工事などを、それぞれの地域の判断でできれば、たとえ手取りが何百億減ったとても、本当の意味での行政サービスとしての事業量を減らさずに、進めることもできるのではないか。もちろんフローとして落ちるカネの効果の問題はあります。しかし、ストックとして考えれば、サービスの質を落とさずにやることは十分可能ではないかと思います。

 ハードの事業だけではなくて、福祉の面でもそうです。特別養護老人ホームの廊下は何メートル、間取りはこれ、という規格についても、地方が安全性を確保し、責任をとってやればいいと思うのです。そういう面で自由になれば、少ない金額でもできる仕事はたくさんあるし、地方が独自性を出していくためにもそのほうがいい。最初の5年ぐらいは大変でも将来的にはいいのではないか。

 県民参加ということで言えば、高知政策総研の10年の積み重ねもあって、これまでとは違う考え方や仕事の仕方を経験した職員がさまざまな形で活躍しています。例えば行政システム改革室で県民参加の新しい仕組みづくりの中核になる者、あるいは、高知県で取り組んでいる水源涵養税という新しい形の税に取り組んでいるプロジェクトリーダーも高知政策総研に出向していた職員です。一定の税の形をつくって、それをもとにパブリックコメントを求めながら、住民と一緒につくり上げるという作業をしています。さらには、佐川町、越知町、仁淀村、池川町、吾川村という5町村の頭文字を取ったSONIA(高吾北地域)の市町村合併にあたって、この地域に張りついて、シンクタンク(Think Tank)で学んだことをドゥタンク(Do Tank)として実践し活動している職員もいます。

 高知政策総研で学び、またそこで感じ取ったことを基に、予算と紙で補助金を差し上げるのではなく、自らが動き、かかわることで行政を動かし、成果を出していくという仕事をしている。こうした人材を育てるということも、シンクタンクの果たすもうひとつの機能ではないかと思います。

星野進保 氏 星野 知事は大統領であるわけですが、われわれは大統領府ではない。だから、知事が具体的に行動する政策について、いちいちドラフトすることはできません。大統領を助けるのは大統領補佐官といった人々ですが、アメリカの場合にはシンクタンクにいた人が大統領府に行くといった仕組みができている。高知政策総研の場合は、専務理事がまさに補佐官です。県庁のことをよく知っているからこそ、知事の要望に対しても基本的な齟齬が起きない。客観性の有無ということではなくて、互いによく理解していて、問題点に対しても常に情報交流がある。ここが重要なのです。

 一方で、政策決定、政策立案について重要な役割を担っている議会との関係では、いつも知事さんにご迷惑ばかりかけています。第一に予算を通していただかなければならないし、シンクタンクが何の足しになっているのかと必ず聞かれますから。

橋本 議会でももっと踏み込んだ政策提言ができるように、シンクタンク機能を持たなければならないと思います。外国の場合には、個人でもまた会派としても、条例や法案を何本提出するかが勝負だという意識で仕事をしている。数打てばいいというものではありませんが、実効性のある、意味のある法案や条例案、あるいは事業を提案する機能を、議会にも身に付けていただきたい。そのための政策の補助員もいますが、高知政策総研なども活用していただいて一体感ができれば、さらに良いのではないか。議会には、シンクタンクの果たす役割についてもう少し理解していただきたいですね。

 私は、高速道路はすぐにみんなが活用できてその効果もわかる即効薬的な意味合いがあるけれども、港は実際に使う人は限られているし、その効果はジワジワとしか出てこない、つまり漢方薬のようなものだとよく言います。県の仕事というのは、理念的にはすぐ効くことを目標としたものですが、漢方薬のようにジワジワと効いてくるという仕事も県全体の中では必要なことではないか。高知政策総研で言えば、人材養成がそうですし、未来から見て今何をすべきかを考えていく、こうした知的な刺激を与えてくれる存在は必要です。即効薬だけを飲んでいると副作用も出てきて、やがて体力そのものを失うことになるのではないか。比喩的に言えば、そういうものの見方とか考え方を、もっともっと議会の方にも持っていただきたい。それは自分たちの説明責任にもかかわることですが、議会との関係でいえば、それを思います。


高知政策総研に期待すること

橋本 高知政策総研については、仕事の仕方や手法で「さらに」ということは特段ありません。人を育て、人脈を広げていくことが、シンクタンクの一番の、大きな目標であり、成果物のひとつだと思いますので、それを着実に続けていただきたいですね。

 県の職員に関しては、間違いなくこの10年間、そういう形で交流をしてきたことが大きな成果として現れています。彼らがチームリーダーとなって目に見える形で仕事をしている。また、さまざまな企業から来てくださる方々が、一企業のビジネスを超えて社会貢献に関与できるような社員に育っていただければ、県全体、ひいては四国全体のお役に立てると思います。

 そして、地方の経営に対してもぜひ考えていただきたい。県というものは今でさえ中二階的な存在ですので、その中二階を集めた道州制が必要かどうかはよくわかりません。市町村合併がどう進んで、基礎自治体がどの程度の数になり、どのような経営になっていくかにかかわると思いますので、何とも言えませんが、そう簡単になくなるものではないでしょう。次の形が道州という方向ならばそれに対してどう対応すべきかについて、各県レベルでも話を始めていますが、こうした動きとも連動して、一緒に考えていただくテーマになってきたと思っています。

星野 確かに一番大きなテーマは、これから日本全体において制度が変わるということだと思います。「失われた10年」と言われますが、失われたのではなくて、今一生懸命に次を探そうと思ってもがいている。もがいているときに一体何が可能性としてあるのかということを、地方から提案していくというのは大事なことです。明治維新にしても地方の藩から出てきたわけで、中央から出たわけではない。考えてみると、なるほど、今絶好のチャンスなのかなと、改めて教えていただきました。

橋本 私が知事になったころ、いろいろな計画づくりに、「豊かさ」「安らぎ」といった形容詞がたくさんついていました。しかしその形容詞は、計画をつくり、実行する側がつけるものではなくて、それを実行した後、その対象である県民なり地域住民なりに感じていただくものであるはずです。単なるキャッチフレーズではない。こうしたものを切り取って、スリムにして、先ほどの客観性で言えば、抽象的な言葉ではなく、客観的な積み重ねでものを考えていくことが必要ではないかと思うのです。一方で、主観的な部分については「ふれあい」や「豊かさ」といった抽象的な名前では何もできないわけですから。思い切った発想、感性というものが求められるわけで、言葉による装飾、修飾でつくり上げるのではなくて、読む者、聞く者に知的なインパクトを与えるということが、シンクタンクには望まれるのではないでしょうか。

星野 この夏、高知政策総研の若い人たちと一緒に県西を訪れましたが、テーマは「月火水木金土」なのです。海水から塩をつくる、廃材から炭をつくって苗の土壌改良に利用するといった県土資源を使ってさまざまな試みをやっている人がたくさんいる。

 重化学工業時代は、鉄鉱石と石炭で鉄をつくり、その鉄で自動車をつくるという発想でした。この50年間、日本国土の資源が何かということを忘れてきた。ところが地球環境問題、資源エネルギー問題といったことがきっかけになって、もう一度国土の資源を思い直し、あるいは自分の生活や、この土地に存在することの意味を考え直してみると、海や森がどれほどわれわれの生活に恵みを与えてくれているかがわかる。

 人工的な社会資本整備で、道路や鉄道をつくるということも必要ですが、空気や水、表土といった自然社会資本についてもう一度きちんと考え、自然の循環の中で自らがどう生活するのか、ということが非常に大事だということを勉強しました。地方分権によって各地域の経営が問われるわけですが、自然資源にはおカネにかえられないパワーがあるということも改めて感じました。

 高知政策総研でもその辺りを念頭に置いて、政策研究を進めると同時に、人材育成や人的ネットワークにもさらに注力していきたいと思います。

(構成/NIRA政策研究情報センター)

NIRALogo
トップページ
 
[ 戻 る ]

Copyright (c) National Institute for Research Advancement (NIRA)
Copyright (c) 総合研究開発機構 (NIRA)