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第1部 政策形成過程における人材育成とその課題

III シンクタンクにおける人材育成−日米のシンクタンクの経験から−




はじめに

 日本とアメリカのシンクタンクの違いについては、すでにさまざまな形で紹介されているが、「人材育成」という言葉にはあまりお目にかかれない。私も折に触れ、日米のシンクタンクの違いを紹介したことはあるが、「人材育成」には触れてこなかった。一言でシンクタンクの「人材育成」といっても、大きく2つの意味がある。1つは「シンクタンク内における人材の育成」であり、もう1つは、シンクタンクが広く行う「外部人材の育成」である。

 本稿では主に前者にスポットを当てながら、かつアメリカ側からの人材育成を中心に紹介し、最後に日米の違いについて若干の考察を行うものである。

 ただ、私はすでに日本を離れて長いので、必ずしも日本のシンクタンクの事情に精通しているとは言い難い。またアメリカのシンクタンクは千差万別であるため、いくつかの事例を知っているだけでは語れないことも承知の上である。こうしたことを念頭に置かれた上で、読み進めていただければ幸いである。 アメリカのシンクタンクが置かれた、人材育成に関する基本的状況

 アメリカにおいて、「シンクタンク」といわれる機関は実に多種多様である。例えば、著名人たちが集まって政策提言を行う機関から、社会への教育、啓蒙を行う機関、研究をベースに運動展開する機関、純粋にテーマ別の基礎的な政策研究を行っている機関、コンサルタント型の機関、こうした機能を総合的に持つ機関、そして大学の研究センター等々、さまざまな機関がそれぞれの分野で活動している。

 そしてシンクタンクの独立性を保つために、運営資金の多くを広く個人や企業の寄付に頼っている。そのため、多くのシンクタンクが、寄付が税控除の対象となるノンプロフィットの資格を得ている。代表的なシンクタンクであるブルッキングス研究所の年間収入の約45%は各種の献金と助成から成っており、また、スタンフォード大学が設立したフーバー研究所はその収入の40%が一般からの献金である。一般市民、企業からの資金、また財団の基金運用の収益金などは、通常、使途を外部から制限されないため、研究機関はその資金で独自の政策研究を行うことが可能となる。

 しかし一方で、こうした独立性を保つために個人や企業からの寄付金集めを行うのは簡単なことではない。助成研究を得るために研究プロポーザルを毎週のように送るなどしているのである。日本に比べれば、研究助成財団は豊富であるが、競争も激しい。常に新しい独創的なアイデアを出し、研究費を確保する必要があり、いくつものプロポーザルを次々に書く必要がある。日本的に考えれば、プロポーザルを書ける人材を育てる必要があるということであろうが、アメリカでは、シンクタンクの側に「育てる」という発想はほとんどない。「書ける人材」を採用するのである。

 多くのシンクタンクにとって、その財政事情は常に逼迫しており、そのため看板研究員は別にして、一般の研究員の給与は常に低く抑えられている。その分研究員の自由度も高いが、厳しい財政事情の中では研究員を育てるという発想にはならない。研究員自らが、シンクタンクにとって必要な人材となるよう努力するのである。

シンクタンクにおける研究員の人材育成

 アメリカの大部分のシンクタンクは、研究員の資質向上のための人材育成プログラムは持っていない。あるとすれば、コンピュータやソフトウエアなどの更新に伴う習得研修、シンクタンクに必要なコンピュータを使った基礎的な統計・分析の手法を学ぶ研修、あるいは管理部門の人材の会計・財務システムの研修などがあるが、日本でいう、いわゆる資質向上のための研修はほとんどないと言っても過言ではない。

 しかし実際には、研究員は、さまざまな方法、手段で自らを磨いている。磨かなければステップアップできないのである。アメリカでも有数のシンクタンク、アーバン・インスティテュートには、研究員が毎年、「自分はこの1年、どのような能力を身に付け、研究員として自らがどれだけ資質向上したか」を自己申告する制度がある。その申告を受け、ディレクターが査定し、次年度の雇用、給与に反映させるのである。

 そうした申告ができるようにするために、一部にはオン・ザ・ジョブでの習得もあるが、自費でコンファレンスに参加したり、エクステンション・カレッジ(社会人向けの専門的な技術、ノウハウを身につける大学・大学院)の講座を受講するなどして、自分をシンクタンクの研究員としてブラッシュアップするのである。シンクタンクが用意したプログラムで研修を受けるといった環境では決してない。

 ただ、コンファレンスなどへの参加については、自らがかかわるプロジェクトに関連するものであれば、ディレクターに申告して、その費用負担を交渉することは可能である。もちろんその場合、単に参加するだけでなく、そこで報告などを行うということであれば、より費用負担をしてもらえる割合は高い。

 私が所属するニューヨーク行政研究所(Institute of Public Administration: IPA)では、このコンファレンスに参加することが最大の研修になっている。しかしアメリカでは、コンファレンスへの参加費はべらぼうに高く(通常最低でも500ドル前後、高いものは1000ドル近い)、仕事に関係するものであれば別だが、そんなに多くの派遣を行うことはできないのが現状である。したがって、仕事以外のものは自費参加ということもしばしばである。だが、たとえ自費参加でも、コンファレンスで得る情報と人的ネットワークは研究員にとって大変貴重であり、それが財産となるからこそ、皆積極的かつ真剣に参加するのである。

人材育成に寄与するフェローシップ・プログラムと大学

 大学のエクステンション・カレッジの講座やコンファレンスへの参加は、シンクタンクに勤めながらできる自己研鑽の機会であるが、休職、もしくは退職して自己研修するシステムがある。1つはフェローシップ・プログラムで、もう1つは奨学金を受けて大学に行く場合である。共にシンクタンクが資金を負担するものではないが、シンクタンク側は推薦状を書くなどして積極的にサポートしている。

 最も多いのがフェローシップ(特別奨学金)で、全米の財団、大学、一部のシンクタンクでもフェローシップ・プログラムを持っているところがある。ある一定期間(数カ月のものから2〜3年のものまで)、個人が財団や大学、シンクタンク等から資金提供を受けるというもので、金額も多種多様であるが、若い人材を対象に、年間換算2万5000〜3万5000ドルくらいの資金提供を行っている。

 内容としては、決められた研修プログラムに沿って研修を行うものから、申し込みに際して自ら申告するもの、大学で勉強するもの、政府機関やノンプロフィットの団体で実務経験を積むものなど、実に多様である。フェローシップを取って、副大統領のオフィスで無給で働くというような例もある。もちろんこれらは、シンクタンク人材の資質向上のみに資するものではなく、さまざまな分野の人々が利用できるものであり、さらにはアメリカ人のみならず、広く世界から人々を集めて研修を行っているフェローシップも多くある。

 アメリカ全体でどのくらいのフェローシップ・プログラムが存在しているのかについては明確なデータはないが、国内に絞ってインターネットで検索すると、約30万件のヒットがあった。この中には、重複や明らかにシンクタンクに関係の無さそうな分野もあるので、最初の100件について内容をチェックしたところ、重複を除き約半数が関連しそうなフェローシップであった。したがって、少なく見積もっても3分の1の10万件程度は、シンクタンク人材に関連するフェローシップではないかと推察できる。つまり、それだけ多様な自己研鑽の場が用意されているということである。

 大学のフェローシップもこの10万件の中に含まれているが、フェローシップ制度を活用して大学で一定の研究を行うという例も多くある。研究内容やそこで培った人的ネットワークは個人の大きな財産となる。

 またアメリカでは、連邦政府をはじめ、さまざまな団体が大学で学ぶための奨学金を用意している。こうした奨学金や自己資金で大学院に通い、さらなる自己研鑽を行う例は非常に多い。例えばニューヨークのコロンビア大学の建築・都市計画大学院では、学生の80%以上が社会で働いた経験を持っている。不景気な時ほどこの割合は高くなるとのことである。仕事が暇な時に、奨学金や貯めたお金で大学院に行って、自分を高めようとするのである。自己資金を使ってでも大学院で自己研鑽する姿勢には驚かされる。しかし、それも多様な奨学金制度があればこそ可能になっていることであり、エクステンション・カレッジよりもより体系的な勉強をすることが可能である。

シンクタンクのフェローシップ・プログラム等による人材の育成

 アメリカの大手シンクタンクでは、大口寄付された資金の一部もしくは全部を使って、フェローシップや類似のプログラムを構築し、若手人材の育成を行っているところが多くある。この場合の若手人材は、基本的には広く公的に募集するものであり、必ずしもシンクタンクの人材を対象にしているものではない。

 国際戦略研究所(Center for Strategic & International Studies: CSIS)には、アブシャイアー・稲盛リーダー養成学校(The Abshire−Inamori Leadership Academy)という、世界の若い研究者たちを対象にした研修プログラムがある。このプログラムは、1年間を通じてセミナーやさまざまな能力向上のためのセッション、リーダーとなるための会話術、そして全体を見渡し、議論をまとめ整理していく能力養成などについての研修を行うものである。日本の稲盛和夫氏がプログラム構築に資金貢献しているため、この名前がついている。もちろんCSISの職員でも選抜されれば参加できるし、他のシンクタンク職員も参加できるが、基本的には広く海外も含め、シンクタンク職員以外、例えばさまざまな機関で働くインターンなど、多様な人々が応募してきている。期間中はサラリーが与えられる。私の所属するIPAでも、わずかな金額であるが、ニューヨーク大学大学院に在籍する学生に、調査などに要する資金援助を行っている。

 このようなプログラムが、先のフェローシップのように数多くある。アメリカのシンクタンクの多くは、その独立性、公益性から、こうした社会に寄与するプログラムを構築、実施しており、シンクタンクの若手研究職員たちは、自分がやりたいと思うプログラムを選んで応募できるようになっている。

日本のシンクタンクにおける人材育成

 日本では、アメリカと異なり、各シンクタンクが大なり小なり研修制度を有している。その代表的なものは、国内外への留学制度や視察派遣研修制度であり、また、さまざまな団体が行う研修プログラムやセミナーへの参加制度、大学の研究室への派遣やコース受講の制度もある。いずれも、シンクタンクが制度として、あるいは慣習的なものとして持っているものが多い。

 日本の場合には、もともと、フェローシップのようなプログラムが少ないので、そういう問題自体はあまり起こっていないが、研究員が自由にフェローシップなどを取ってきて個人的に研修に参加するということは通常難しい。雇用もまだそれほど流動化しておらず、それをしようとすると退職せざるを得ないこともしばしばである。社会の中にそういうシステムがまだ構築されていないので、シンクタンクが組織として制度を持たざるを得ないのかもしれない。

おわりに

 日米のシンクタンクにおける人材育成システムを比較すると、研究員を中心に見た場合、受け身的なシステムが日本で、アメリカは能動的であると言える。日本は、研究員が能動的に人材育成のプログラムを探そうと思っても、選択の幅が非常に限られている。選択の幅が限られているからこそ、逆にシンクタンクの側がそれを用意しなければならないという事情もある。最近、日本の大学が、社会人を対象に都心部でエクステンション・カレッジを開講し始めている。一部のシンクタンクでは、こうしたエクステンション・カレッジを受講するにあたって、シンクタンク側が費用負担する例もあるようだが、多くの場合は、個人参加で、それを支援する社会的なシステムはまだ整っていない。

 逆に、アメリカのシステムは、シンクタンクがその環境を用意するのではなく、社会が環境を用意し、シンクタンクの職員は、その環境の中から自分に合ったシステムを選択できるという状況になっている。もちろん競争は厳しいが、むしろ問題意識は先鋭化し、シンクタンク研究員としての資質は向上する。そしてシンクタンクの側は、研究員がそうしたプログラムに参加できるよう、側面支援を惜しまない。

 私は常々、人材は「育てる」ものではなく「育つ」ものであるという認識を持っている。そのためには、人材が育つ「土壌」と「環境」が重要である。日本の人材育成システムは、もっと人材が育つ土壌と、環境の整備が必要ではないかと思う。


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