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第1部 政策形成過程における人材育成とその課題

I 大学教育課程における人材育成

構想日本 代表 加藤 秀樹 構想日本
代表

加藤 秀樹

構想日本 代表 加藤 秀樹 構想日本
政策アナリスト

近藤  学


 本稿では、まず日本の政策形成における問題点を整理した上で、政策形成能力に秀でた人材の育成機関として期待されている大学のあり方について論じてみようと思う。

日本の政策形成における問題点

(1)あるべき論の欠如
 家庭、学校、社会などわれわれの日常生活の中で多くの問題が噴出しており、これまでの政治、経済、社会の仕組みを変える必要が喧伝されているが、そのためには過去のしがらみから脱却し、長期的な視点に基づいて“日本はどうあるべきか”を徹底的に考えることがまず必要である。それを十分にふまえた上で、具体的な政策が立案されるのが本来の姿である。

 ところが、現在巷にあふれている政策のほとんどが対症療法や外国ものの輸入で、世の中がどうあるべきかというビジョンの裏打ちを欠いている。

 政治家は景気対策など目先の問題に追われ、自由な発想や長期的な視点に基づいた議論ができなくなっている。

 一方、官僚はこれまで積み重ねられてきた制度に足をとられて、身動きができなくなっている。例えば、国から地方に国税の一定割合が配分される地方交付税制度は、改革の必要性が強く叫ばれているが、細部にわたって精密に作り上げられているがゆえに、大きく変えることが非常に難しい。

 現在のような時代にこそ、日本の将来のために何をしないといけないかという“あるべき論”を純粋に考えることが重要だ。

(2)現場との遊離
 わが国の政策形成における次の問題点は、政策を立案する部署が現場から遊離しているということである。例えば、霞ヶ関という組織の中では、社会が抱えるさまざまな問題の所在を十分に認識することが難しい。

 「構想日本」はさまざまなプロジェクトを行っているが、そのひとつに税・財政プロジェクトがある。これは国・地方の税制と財政システムを抜本的に組み替えるのが目的だが、提言を作成する前提として、地方自治体と共同で個々の歳出が必要か不要か、必要であれば本来どこが行うべきかという仕分け作業を実施しており、これまで7つの県と2つの市で、職員らとすべての予算項目を仕分けてきた。

 仕分けの際には、住民にとってどのような形がベストかを考える必要があるのだが、作業の過程で自治体職員がこれまで現場をいかに意識してこなかったかが浮き彫りになっている。

 個々の現場で起こる小さな変化が積み重なって、時代の大きな流れがかたち作られる。現場がわからないと、変化の先を見据えた実効性のある政策を立案できない。したがって、政策立案に携わる者にとっては、現場との行き来がとても大切である。

(3)人材の層の薄さ
 われわれの社会が抱える今日的な課題を解決するために、適切な政策立案へのニーズが洪水のように押し寄せている。これまでの政策形成は主として官庁が担ってきたが、前述した理由から現在は十分対応できていない。

 「構想日本」は、こうした問題意識の下、政策市場に競争を持ち込み、より国民の利益にかなった政策づくりに貢献するために活動している。

 しかし、そこで見えてきたのは霞ヶ関の外で政策形成の技能を持った人材の層が薄いということである。これは、政策形成を生業としてやっていける場所がごく限られていることが原因として大きい。

 政治家は、政策形成に直接かかわることのできる職業だが、選挙という高いハードルがある。政策秘書は多くが政策形成に関する高い意欲を持っているが、そのことに集中できている状況にはない。

 地方自治体の職員は、権限と財源の両面で国のコントロール下にあるため、政策形成の技能を十分に持っているとは言い難い。

 また、かつて期待されていた民間シンクタンクは、銀行や証券会社など金融機関の子会社が多く、高い独立性を有したところがほとんどない。例えば、銀行の不良債権処理の問題や、日銀の金融政策、さらには景気対策について、中立的な立場からの積極的な政策提言をしにくい環境にある。さらに、経営上の事情で官庁などからの受託に多くの人員を投入せざるを得ず、政策提言のベースとして必要な研究を行う余裕がなくなっているため、独自の政策を提言することは難しい。

 つまり、現在は、政治家、霞ヶ関の官僚、地方自治体の職員、政策秘書、シンクタンクの研究員等のいずれもが、政策形成のために必要な何らかの資質や条件を欠いてしまっている。

 政策形成能力に優れた人材の育成機関として、大学の果たすべき役割は高まっているため、以下では、そうした観点から大学のあり方について考えてみたい。

大学のありかた

(1)一般教養を軽視するな
 真に優れた政策を示す際には、“どのような社会を目指すのか”という理念もセットで打ち出す必要がある。そうした理念がなければ、いくら格好の良い政策を提示しても意味がない。

 例えば、企業を取り巻く税制や会計制度にアメリカ流のグローバル・スタンダードを導入すべきという主張がある。しかし、地元に密着した中小零細企業に、果たしてその必要があるのだろうか?

 ソニーが時価会計制度を真っ先に導入したのは、多国籍企業だからである。多国籍企業は世界中のマーケットを相手にしており、また世界中の投資家から資金を調達している。したがって、彼らを納得させるにはアメリカ流のルールで自社の財務状況を公開しなければならない。

 一方、ほとんどの中小零細企業は世界を相手に商売をしているわけではないし、海外の投資家から資金を調達することもない。したがって、税制や会計制度など、大企業と中小零細企業のルールは違うのが当たり前だと思う。

 もしグローバル・スタンダードを中小零細企業にも適用すべきというのであれば、その場合、一体、地域社会は具体的にどのような姿になるのかをきちんと示す必要があろう。グローバル・スタンダードのベースとなる理念を理解せずにいくら叫んでも空虚に響くだけである。

 われわれの社会には、さまざまな価値観や考え方を持つ人々がいる。また、ある特定の政策を実施することによって、経済的な利益を得る人もいれば、反対に損害を被る人もいる。政策を立案する際には、さまざまな価値観や考え方を持つ人々、および政策の実施によって損害を被る人々をうなずかせるだけの説得力ある理念がなくてはならない。

 そのためには、専門とは直接結び付かない一般教養を充実させ、“世の中はいかにあるべきか”、また“人としてどう生きるべきか”を学生のうちから考えることが不可欠である。文化や価値観の違いを意識せず、単に先進諸国の例だけを引っ張ってくるような、形のみを重視した教育ではいけない。

(2)体系的な学問の効用を再認識せよ
 政策のあり方を根本から研究するために、政策研究に特化した新しい学部や学科が1990年代に入って次々と設立された。90年4月の慶應義塾大学総合政策学部はその嚆矢である。さらに、その後、相次いで政策関係の大学院研究科が設けられ、独立大学院大学も創設された。

 こうした動きの背景には、それまでの縦割り型の学部、学科組織では、急増する政策ニーズに十分対応できないとの問題意識があった。

 個々の政策は多くの分野と接点がある。例えば、年金制度改革の問題は、社会保障の分野のみならず、予算や税制といった財政の分野とも深く関係しているし、積立金の運用の問題を通じて金融にも大きな影響を与える。また、企業の保険料負担の問題もあるので、企業経営とも結び付いている。したがって、縦割りを排し自由な発想で考えなければ優れた政策をつくることは不可能というわけである。

 確かにこの問題意識はその通りなのだが、ただ、その前にやっておかなければいけないことがある。それは物事を論理的に考える力や分析力を養うことだ。こうしたバックグラウンドを身につけておかなければ、自由な発想は勝手気ままな単なる思いつきになってしまう。結局、大学がカルチャーセンター化し、学生は根なし草になってしまうことにほかならない。

 従来型の学問はこれまで縦割りと批判されてきたが、きちんとした体系ができているので、論理的な思考力や分析力を身に付けるためには効果的な側面を持っている。真に自由な発想を可能にするためには、何か1つでもいいから従来型の体系的な学問をきちんと修めておく必要があろう。

(3)実務者の経験を活用せよ
 実務経験者の知見をできるだけ多く採り入れる必要もある。これまでの政策形成は、霞ヶ関を中心とする行政機関の独壇場であった。なぜそうだったかというと、それは霞ヶ関の中央省庁など行政機関のみが、現実の社会で生じるさまざまな要望に対応して実際に政策を立案、遂行する立場にあったからである。そして長年にわたる政策立案と遂行の蓄積によって、国会や民間との政策形成能力に歴然とした差がついたからである。

 特に霞ヶ関の政策形成過程は、これまで内部の官僚にしかわからないブラック・ボックスと言われてきた。それは、内部の者が得る知識には経験の反復を通じて得られる暗黙知が含まれており、官僚機構では日々の職務を通じてその暗黙知が伝えられていくからである。

 政策が実際に日の目を見るためには、多くのハードルを越えなければならない。これまで行政機関に偏重していた政策立案を、民間などでも担えるようにするためには、この暗黙知を移転することが不可欠である。

 したがって人材育成に際しては、霞ヶ関などの行政経験がある者による現実の政策形成過程のケーススタディーや追体験型の教育が必要である。

 必要な実務経験者は霞ヶ関などの行政経験者に限らない。社会、経済、科学の複雑化と高速化に伴い、単なる何でも屋では意味のある政策を作れなくなりつつある。

 わが国の大学では近年、専門家教育が盛んになりつつある。政策形成にあたっては具体論が必要不可欠であり、現場の最前線で日々活動している実務者でなければ改革すべき個別具体的な課題を実感できない。その意味で、政策研究の学部では、今後、専門家教育を行う学部と連携していくことが望ましい。

 一般教養の充実によって理念を語れる素地をつくること、従来型の学問をきちんと修めることによって論理的に考える力と分析力を養うこと、実務経験者の知見を十分に採り入れることによって現場の重要性を認識すること、以上の3点が大学が政策形成において役割を果たし得る人材を輩出するための条件である。


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