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第1部 政策形成過程における人材育成とその課題

II 分権時代の自治体における政策形成と人材育成




はじめに

 長い議論を経て、2000年4月に地方分権一括法が施行された。自治体は、自己決定権の拡大をふまえるとともに、ますます深刻化する財政危機の中で地域の行政課題に的確に対応するためには、これまでとは違った政策形成に真剣に取り組む必要に迫られている。同時にそれを担う人材育成のありようも問われている。地方分権時代における政策形成と人材育成の方向を見定めたい。

自治体における政策形成の質的転換

(1)総合計画の落とし穴
 いま、さまざまな自治体の悩みの根源に横たわっていることは、右肩下がりの時代になったにもかかわらず、これまでの右肩上がりの論理と運営システムが続いていることである。高度成長期以来長く続いてきた右肩上がりにふさわしい論理と運用システムでは、これからの圧倒的な右肩下がりの時代を乗り切ることはできない。

 これまでの総合計画は、人口フレームにしろ、何かにつけて成長路線で描かれてきた。まだまだ多くの自治体では、従来から描いてきた成長ビジョンを引きずったまま、右肩下がりのフレームを打ち出せずに内心悶々としている状況である。従来型の総合計画は次のような落とし穴にはまっているといえる。

 右肩上がりの時代にはそれにふさわしい形でまとめられていた総合計画も、いまや右肩下がりの時代にふさわしいものに再構築しなければならない。そのためには「政策形成の質的転換」が求められるのである。

(2)共有したい「改革のこころ」と実行
 政策形成の質的転換につながるポイントは何か。それは、まず何よりも次に掲げる「改革のこころ」を皆で共有することであり、さらにその改革のこころを着実に実行に移していくことである。

 これらの「改革のこころ」が根底になければ、どんなことを試みても、役所の根強い形状記憶現象に埋没してしまい、政策形成の質的転換は困難なのである。

自治体職員の意識改革と役割変革

 役所は、常に百点満点を求める議論をしがちである。「この案は満点でないから時期尚早、しばらく待とう」という議論が政策形成の強力な抵抗勢力となっていることが少なくない。理想家を装いながら実は政策形成阻害者になっているのである。これまでの行革は、こういう役所の病理現象をどちらかといえば温存したままの取り組みであったと言える。右肩下がりの時代では、この「役所の病理現象の絶えざる治癒」に踏み込む決意がいる。踏み込まないと改革ができないのである。したがって、こうした役所の組織文化(風土)の改革、職員の意識改革が取り組むべき主要なテーマになってくる。

 行政評価を運用していくことで職員の意識はどのように変わるのだろうか。

 まずは、「安定感から不安定感へ」である。職員の意識構造の特徴としては安定志向が圧倒的であるが、行政評価で達成すべき成果目標を数値化して表明することにより、これまでにない不安定感を味わうこととなる。しかし、この不安定感こそが意識改革であり、結果的には仕事の推進力になる。

 次には、「役所起点から住民起点へ」である。職員は10年、20年と長く役所で仕事をするうちに自己本位、つまり役所起点の判断になってしまうのが通常である。行政評価はその評価基準として住民起点の成果を問うことを強いる。住民起点は、職員にとって理屈の上では理解していても体質的に肉付けされた実感が薄く、不愉快な異物とも言うべきものなのである。これが職員の行政評価に対するアレルギーのもととなっている。この異物感を取り除き、アレルギー反応を解消することが意識改革となる。

 さらには、「情報断絶から共同責任へ」である。「私は知らない」「私は聞いていない」というセリフほど役所で威力のあるものはない。だから「しません」「しなくていい」ということである。ところが行政評価はいまや公開が当たり前になっている。公開されてしまうと、「読んでいないあなたが悪い」「知らないあなたが悪い」という共同責任の世界へいっきに移行してしまう。単に職員だけでなく、議員も住民も同じように、共同責任へ意識改革を強いられるのである。

 以上、行政評価は主にこの3方向への意識改革をもたらすものと考えることができる。

 職員は政策情報を握り、政策を作り出し、それを実施している。良くも悪くも政策形成から実施までその大部分にタッチしている。右肩上がりから右肩下がりへの大転換に的確に対応するためには、この多くのことをこなしている職員の意識が変わり、役所の風土が変わることにより政策を質的に転換させていくことが求められている。役所・職員が先んじてそのことに取り組むことが現実的には有効な戦略なのである。

 分権の時代とは、それぞれの地域がそれぞれの価値観を見つけ出し、その実現に取り組む時代である。まず役所が自己評価を行い、その結果を公表し、住民との議論を経て、新しい価値観を見つけながら「共有された目標」に成熟させていく。このプロセスの中で果たす職員の役割は大きい。まさに実行のとき、職員の役割はこの作業にまず取り組み始めることである。しかし、一般的に役所の病理現象は依然として根強いものがあるだろう。評論することには長けているが実行が伴わないことが多い。新しい政策提案、改革改善案は、あっという間に問題点の指摘事項で埋め尽くされてしまう。こういう流れに対して私は「見ているよりまず跳ぼう」と呼び掛けてきた。改革のこころがあったら跳べる。こころがない人は跳べない、跳べないから評論する。道具に難癖をつけて踏み込もうとしない人、こころと実行なき評論家は去るべきである。

 自治体行政は、今、ガバメントから新しいガバナンスへ向けて、大きくパラダイムシフトしなければならないのである。

自治体行政のパラダイムシフト
項 目従来型の行政これからの行政
行政体利害調整型・事業官庁目的達成型・政策官庁
国との関係中央依存型自律型
意思決定前例主義・根回し成果志向・オープンな議論
組織機構・運営縦割り組織・上意下達責任・権限を一元化した組織・業績管理
情報独占・守秘公開・提供・共有、説明責任
職員の視線対中央省庁対住民
タックスイーターの立場タックスペイヤーの立場
供給者主体(プロダクト・アウト)住民主体(マーケット・イン)
財政予算主義決算主義
人的資源同質化・ゼネラリスト個性重視・スペシャリスト
求められる人材像順法主義・指示どおり地域価値重視・自己責任


人材育成の抜本的見直しと学習的職場風土の形成

 このように自治体行政のあり方が変革を迫られているとすれば、当然人材育成のありようも変革しなければならなくなる。深刻な財政危機の中、地方自治の担い手となる自律する政策自治体の実現がより一層求められていることに対応すべく、研修体系を抜本的に見直す必要がある。新しい研修体系において大きくシフトさせたいポイントは、次の3つであろう。

 具体的には、職階制を基本にした研修科目を縮小または廃止し、受講必須の研修から、自己の意志、責任による選択受講、自主的な研修にシフトする。管理者研修も年1回講演を聞くだけといったお決まりの形を廃し、マネージャーとしての政策形成能力、意志決定能力、実行能力を高める研修を重視する。職員には若い時から自分の役所でのキャリアを継続的に描かせて、そのキャリアに必要な能力をつけさせるように研修メニューを用意する等々である。

 これまで一般的に行われてきた研修は、一定の年数や階層に達した職員を一堂に集めた全庁的な横並びの研修が主体であり、その内容も個々の業務に直結しない画一的なものが多かった。それは、法を順守し、国や上司などの指示どおりに動く画一的、均質な職員を育てるには有効な研修であったが、地域の価値観を大切にしながら住民志向、成果志向の政策を展開できる創造的な発想を養い、自ら考え行動できる人材を育成する上では逆機能となってしまうのである。

 政策自治体を担う人材を育成するためには、職員がナレッジやスキルを共有化して相互に学び合う学習環境づくりが重要となる。従来の上司・先輩による知識習得型・経験型の研修や管理能力向上型の研修よりも、政策を立案する政策形成型の研修、未開発の分野に職員の英知とエネルギーを発揮させる協働型研修を重視すべきである。このように研修を構築し直し、時間をかけながら成功体験を積むことによって、やっと役所の中に学習的職場風土が醸成されるだろう。この風土が育っていかなければ、いくら制度改革やシステム導入を図ってもうまく機能せず、ゆくゆくは形骸化してそのねらいは達成されなくなるのは目に見えているのである。相互に学び合う職場風土の形成は、自治体において取り組むべき役所の組織文化改革の大きな柱となっているのである。

政策形成の協働へ

 上記のような課題解決に向けた改革が進展したにしても、所詮役所内で終始する政策形成には、次のような限界を認めざるを得ない。

 この点では、地域シンクタンクも同じような閉塞感の中にあるように思われる。地域シンクタンクは、1970年代に設立されたものが多い。当時、大都市への人口集中も沈静化し、国土の均衡利用を図る三全総の定住圏構想がまとめられ、その流れが契機となって、地方独自の活性化努力を求める「地方の時代」の到来が語られた。地域シンクタンクはまさにこの動きに対応するものであり、この時代は生産重視の地域開発をテコにした量的発展を求める動きであったといえよう。

 いま、中央集権型行政システムの制度疲労や少子高齢化社会の進展、地球環境問題の深刻化、さらに財政状況の悪化などから構造改革の必要性が叫ばれ、地域政策に質的転換が求められている。機関委任事務が廃止され、国と地方の関係を対等・協力と規定し、国の画一的な基準や縦割り行政にとらわれない政策自治体の確立が問われる時代に入っている。このような本格的な地方分権時代においては、地域に根差した住民起点の政策が求められ、自治体の内外に政策形成を支援する仕組みが不可欠となってきている。

 その意味において、住民・NPO・企業などと行政や地域シンクタンクがネットワークしながら政策形成を行っていく協働の場がなければ対応できなくなってきたと言える。情報の共有など政策情報の総合化が求められるとともに、政策形成スキルの共有を進めて、政策形成の基盤を今一度構築し直すことが喫緊の課題になってきているのである。


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