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シンクタンクの動向2006 【動向編】

ヒアリング調査−シンクタンク経営者に聞く(3)

 (財)高知県政策総合研究所
  元理事長 星野 進保 氏

 高知県政策総合研究所(以下、高知政策総研)は、2005年3月、その12年以上にわたる活動の歴史に終止符を打った。橋本大二郎高知県知事からの強力なコミットメントを得て設立されたシンクタンクは、どのような経緯で廃止へと至ったのか、また、今後求められるシンクタンク像とは一体何かといったテーマを中心に、設立当初より理事長の任にあった星野氏に話を伺った(橋本知事と星野氏の対談については、NIRA『シンクタンク年報2003』に収録されているシンクタンクの動向「政策形成過程における地方公共団体とシンクタンクの関係」を参照されたい)。なお、星野氏は第3代NIRA理事長を務めた人物でもある。

――廃止までの経緯
 高知政策総研は、人材育成・交流や官民協働を通じて、県政における柔軟な思考と県全体の将来を見据えた政策提言の2点を実現することを念頭に設立された。設立当時に県庁から出向してきた職員は現在、県庁に戻り中堅として大いに活躍している。しかも、こうした流れは出向者が交代するごとに脈々と引き継がれていきました。つまり、設立から10余年を経て、高知政策総研の理念は県政の中枢へと着実に浸透してきたといえます。確かに、地方自治体の財政難も廃止に至った一因だが、こうした実績を振り返ると、設立当初の目的は、そのかなりの部分を達成できたのではないだろうか。こうした判断から、引き際よく、廃止するというより前向きに幕を閉じることにしました。

――高知政策総研がこれまで果たしてきた役割
 高知政策総研が活動してきたこの10年余は、広い意味で、同時に地方分権への過渡期でした。この期間に、新たな時代への切り替えとして、人材育成、発想の転換、地元・現場に立脚する姿勢、フラットな全員参加型の仕掛けづくりを県政全体に定着できたことは、高知政策総研の誇りです。例えば、高知政策総研に出向した県職員は、市町村に行っても「勉強させてください」という姿勢を貫く。彼らは行政だけでなく、民間やNPOを巻き込んで盛んに議論する。高知県の県職員には、市町村の要望に機能的に対応するための権限が与えられる。このように、「個別」の特性とその周囲を支えるネットワークを活かしながら、今後の方向性を見据えていくことが必要でしょう。

――地方シンクタンクが進むべき方向性
 初めて地方シンクタンク協議会に出席した際、「東京のシンクタンクよ、さようなら。地方のシンクタンクよ、こんにちは。」というスローガンを作ったのをよく覚えています。当時、地方のシンクタンクには発言の機会がまだ少なく、そうした場にも十分慣れていなかった。当時、地方には彼らが発信できるメディアもほとんどなく、また悪いことに、地方シンクタンクを軽視する風潮すらあった。その後、彼らの事業の質も徐々に向上し、地方シンクタンク協議会も着実に経験を重ねつつあります。こうした地方シンクタンクが育たなければ、日本社会の真の分権化は進まないのではないでしょうか。市町村合併が加速化し、地方は中央官庁に依存せずに地方独自の政策プログラムを積極的に策定していかなければならない時代が到来しつつあることはほぼ間違いありません。この点、地方シンクタンク協議会に属する機関は現在もいろいろと苦労が絶えないと思いますが、あと10年もすれば、その社会的な役割を立派に果たすものと信じています。

――シンクタンクに求められる将来像
 行政側も、経済界だけでなく住民にも目を向けながら、時には演出家、時には縁の下の力持ちとして、その役割を変化させつつあります。また、人々のニーズや政策の当事者の多様化に伴い、やろうと思ったことがすぐにできるという面白い時代でもあります。こうした中で、地域性を無視した政策の雛形パッケージを繰り返しているだけでは、日本のシンクタンクの地位は「シンク(sink)」してしまうだろう。現実をしっかりと見据えた上で、自分たちが本当にやりたいこと、社会全体において今やるべきこと、そのための仕掛けづくりを「シンク(think)」することが求められていると思います。

(2005年11月17日実施)


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