北太平洋学術交流会議北海道「懸賞論文」コンテスト
最優秀賞
北太平洋地域協力の枠組み構築に向けて:対話から行動へ
−自治体協力を通じた世界市民の創造−吉田 均![]()
1、問題意識(注1)
現在北太平洋地域は、世界的にみて多国間協力機構がほとんど機能しない空白地帯となっている。特に北東アジアでは、関係6カ国(中国、北朝鮮、日本、モンゴル、韓国、ロシア)が全て参加している多国間協力機構は国連以外に存在せず、新たな地域協力機構に対する需要は極めて高い。
このような状況下で90年代以降、多くの協力構想が提案されたにも関わらず、そのほとんどが実現しなかった。その理由は、例えば北東アジア協力を事例とすれば、協力の発想は斬新であるものの、A)協力実現のための予算源調査が不十分であるか、B)職権を持った政府機関の計画や議会活動を無視するなど、実現性に欠ける構想が多かったためと思われる。
我々は、90年代の協力構想の多くが実現性に欠けていたため、この地域に対する人々の関心と自信を失わせ続けたことを決して忘れてはならない。なぜならその責任の一端は、我々研究者にあるためである。予算源や実施主体の特定なしに、夢のような協力構想を提唱した、もしくはそのような協力構想を十分に検討できなかった我々研究者の責任は非常に重い。
したがって今後の協力構想は、小さくても確実に実現できることで自信を回復させ、多くの地域住民を巻き込むことで関心を再度喚起し、この地域に対する世界の信頼を取り戻すことができるものでなければならない。つまりA)協力のための有望な予算源を持ち、B)多国間で職権を持った政府関係機関や議員を取り込むことができる主体を探すことが重要となる。
本稿では、地域住民に直接影響を与える地方自治体(注2)が、北太平洋地域で地域協力機構を樹立する際、最も重な国際主体(international actor、注3)であるとの仮設に立っている。そこでこの仮説を検証するため、まず欧州における自治体協力の理論的背景に触れ、次いで北東アジアにおける自治体協力の現状とその新たな財源について概観する。そして最後に、北太平洋地域で地方自治体に期待可能な国際的役割と自治体協力を推進する意義について考えていく。
2、欧州における地方自治体の役割
(1)歴史的経緯
欧州では、第二次世界大戦後、姉妹都市交流を戦後処理と地域統合のための外交手段として活用してきた。戦争中欧州では、北太平洋地域以上に、隣国そして市民同士で、血で血を洗う悲惨な殺戮を経験した。そして政府の努力だけでは戦争が防げなかった経験から、欧州の平和的安定と経済発展のためには、市民レベルでの相互理解が不可欠であるとの結論に達し、姉妹都市交流を政策手段として活用するようになる。
欧州の姉妹都市交流は、戦後処理政策の一貫としてはじまる。まず第二次世界大戦によって深い溝が生まれたドイツとフランスの間で、戦争による憎しみを打ち消し、市民レベルでの相互理解と友好親善を深めるために開始される。ついで1958年欧州経済共同体の設立にあたり、加盟国市民の相互理解と地方自治の促進のため姉妹都市交流が推進される。その後1960年代には東西冷戦緩和に向けたソ連・東ドイツなど東欧諸国との相互交流の促進のため、70年代には欧州共同体への新加盟国アイルランド・スペイン・ポルトガルなど、周辺諸国との統合促進手段として活用される。そして80年代に入り、中欧諸国での民主化支援と欧州連合設立に向け、連帯意識を生み出すための手段として、姉妹都市提携が奨励されていく。
さらに80年代以降、欧州諸国は、地方自治体に対して国際条約により部分的ながら国際主体としての法的地位を与えるようになる。その背景には、補完性の原理に基づく地方分権の推進と、それによる国際関係の変化があげられる。森田朗氏は、現代社会における補完性の原理を次のように定義している。「行政サービスは、最も市民に身近な政府が優先的にこれを執行することを原則とし、身近な政府が執行できないときは、その直上の広域政府がそれを担い、その広域政府も執行できない事務について、はじめて国が担うものとする(注4)」。つまりこの原理は、従来の公>私、または政府>都道府県>市町村という優先順位を逆転させている。現代ヨーロッパでは、同原理がA)地方分権とB)地域統合に関する基本原則として採用されており、EUでの国際条約にも明文化されはじめている。それにともない国際関係においても地方自治体の役割が重要視され始めているのである。
例えば1980年には、欧州評議会と欧州地方自治体会議が、越境的自治体間協力の推進のための法的枠組みとして、「地方自治体あるいは地方当局の越境的協力に関するヨーロッパ枠組み条約」を調印している。また85年には欧州評議会閣僚会議で、「ヨーロッパ地方自治憲章」が採択され、地方自治体の国際的な連合権と国際協力の権利を保証する。そしてその精神は、92年の「欧州連合条約」、さらに現在進行中である「世界地方自治憲章」制定に向けた活動につながっていく。
(2)国際条約における事例
では次に欧州において地方自治体は、国際条約で如何なる国際活動が認められているのかを、「ヨーロッパ地方自治憲章」の第10条地方自治体の連合する権利をサンプルに考えてみたい(注5)。
A)第10条1項:「市町村は、その職務、権限の行使に際し、共同歩調を取ったり、共通利害を有する職務を遂行するため、法律の範囲内において、他の市町村と協力し、協同組織を結成する権利を有する。」
B)第10条2項:「市町村が共通の利益の保護と増進を目的とする連合体に所属する権利は、各国において承認されねばならない」
C)第10条3項:「市町村は、法律によって定められた条件の下で、他国の市町村と協力する権利を与えられるものとする」
つまり第10条では、はじめに地方自治体に対して国内外で連合する権利を与えることで(第10条第1項・第2項)、地方自治体を国際主体として承認している。次いで各国での法律による範囲内との条件付ではあるが、国際協力をする権利を州などの広域自治体のみならず市町村まで認めているのである(第10条第3項)。このような条文が作られた背景には、この条約が締結された1985年当時、オランダやドイツなど一部の国以外では、地方自治体の国際協力に対する法的権利が不明確であったことがあげられる。このような状況を克服するため、本憲章では地方自治体を、国家を超え必要なネットワークを形成し協力しあう、開放体系のシステムを持つ国際主体として想定している。この点が後にEU建設に向けて、重要な役割を果たしていくことになるのである。
3、北東アジアにおける地方自治体の国際活動
(1)北東アジアにおける自治体協力
北太平洋地域、特に北東アジアは、世界的にみて国家間での多地域間協力や経済統合がほとんどない空白地帯である。したがって北東アジアを事例とすれば、地方自治体による国際活動の役割を容易に確認することができる。
同地域では、欧州のように国際条約で地方自治体の権利が保障されることはなかったが、地方自治体の国際協力が、多地域間および2地域間で展開されて、北東アジアでの相互理解と経済発展に大きく寄与し、セイフティーネットとしての役割を果たしてきた。以下では、北東アジアに焦点を絞り、1)多地域間協力と2)2地域間協力に分け、その代表的事例と特徴を概観する(注6)。
1)多地域間協力
日本では、1980年代に入り局地交流圏構想が生まれる。局地交流圏構想とは、地方自治体レベルでの国際交流と地域振興を促進するため、例えば環日本海経済圏などのように、多国間にまたがる地理的なブロックを設定し交流圏の形成を目指す国際政策をさす。90年代以降の主なものをあげれば、北海道や札幌市での文化技術交流を中心とした北方圏交流・北方都市交流、そして東北・北陸・中国地域など日本海沿岸での地域振興を念頭においた環日本海経済圏構想、さらに山口県および九州北部での環境協力を中心とした環黄海圏構想などがある。これらの構想において地方自治体は、多くの協力事業を立ち上げ、国際事務局を設置し、国際機関を誘致するなど、活発な活動を展開してきた。その1例を「北東アジア地域自治体連合」でみると次のとおりである。<北東アジア地域自治体連合>
北東アジア地域自治体連合は、環日本海地域の交流発展と平和への寄与を目的に設立された、北東アジアでは最大の自治体連合である。現在は、日本、中国、モンゴル、韓国、ロシアの5か国から36自治体が参加しており、A)総会にあたる北東アジア地域自治体会議、B)実務委員会(部局長級会合)、C)事業やプロジェクトを推進する5つの分科委員会(経済通商、文化交流、環境、防災、一般交流)が組織されている。なおこの分科委員会では、慶尚北道が経済通商分科委員会、富山県が環境分科委員会と一般交流分科委員会、島根県が文化交流分科委員会、兵庫県が防災分科委員会のコーディネーターとしてイニシアチブを発揮している。例えば富山県は、同連合のコーディネート自治体として、「北西太平洋地域海行動計画(日本海・黄海を対象とした環境協力)」や「NEAR人材育成アクションプログラム」、「日本海学(日本海およびその周辺地域に関する地域研究)」などの数多くの協力事業を展開している。うち環境保全での地域協力では、富山県が環日本海環境協力センターを設立し、また研究機関や地元企業と連携することで、多くの多地域間および2地域間事業を実施している。また富山県は、同センター内に、国連環境計画の北西太平洋地域海行動計画の本部事務局と地域活動センターの2機関を誘致し、多地域間環境協力の拠点として共同研究と国際協力を積極的に推進するなど、国際的発言力を強化している(注7)。
2)2地域間協力
北東アジアの地方自治体は、2地域間でも特筆すべき自治体協力を展開してきた。本節では、その事例として国交がなく国家レベルでの交流が非常に困難な北朝鮮と、社会主義体制崩壊による政治経済的混乱と領土問題でゆれるロシアをあげ概観する。<対北朝鮮>
日本でもよく知られていないことだが、地方自治体レベルでは、1972年新潟市長を代表に青森、山形、新潟、富山、金沢、舞鶴など19市が参加して、「日朝友好貿易促進日本海沿岸都市会議」が設立され交流が保たれてきた。同会議は30年間、北朝鮮との友好親善、貿易促進、情報交換のため、年1回の総会を継続的に開催し、日朝間で数少ない交流窓口となってきた。しかし残念ながら核開発疑惑や拉致問題などにより、世論の反発に押され6市が相次いで脱会したため、2003年より休会を余儀なくしている。だが個別の動向をみると、同会議のメンバーである境港市は、戦前戦後を通じて国際航路により交流が盛んであった北朝鮮の元山市と、1992年に日本で初めて姉妹都市提携に調印し、松葉ガニの初輸入など水産物を通じた経済交流の促進をしてきた。さらに中国の姉妹都市である琿春市も加え多国間で、「魚の絵合同児童画展」などを開催するなど、市民レベルでの交流・協力を展開してきた。以上の実績を評価され、2002年に同市は、北朝鮮政府より「親善勲章第二級」を授与されている。また同市のある鳥取県も「北東アジア地域国際交流・協力地方政府サミット」に北朝鮮代表を招聘するため、訪朝し北朝鮮政府、咸鏡北道、羅先市などに働きかけをしている。今後、厳しさを増していく中で如何に交流を維持できるか、その真価が問われる時期を迎えている。
<対ロシア>
対ロ交流の最も有名な事例としては、92年に設立された「北海道とロシア連邦極東地域との経済協力に関する常設合同委員会」があげられる。「サハリン大陸棚石油・天然ガス開発プロジェクトに関する協力」など、企業経営者、交通アクセス、農林水産業、天然資源、経済情報システムにわたる多角的な協力事業が実施されている。また北海道は、サハリン州とも「北海道とサハリン州との経済交流促進プラン」を策定し、経済、交通、水産、林業分野での協力を推進している。このように北海道は、ロシアと領土問題で直接の利害関係を有するにもかかわらず、対立ではなく、協力による相互理解の道を選んだことは注目に値する。以上は、北太平洋での地域協力を考える上で大変重要な示唆に富んでいるといえる。また市レベルでは、1970年に新潟市長を代表幹事に「日ソ沿岸市長会(現在は日ロ沿岸市長会)」が設立されており、現在日本側が24市、ロシア側からは18市が参加している。同会は、日本海沿岸都市とロシア極東シベリア地域の都市との友好親善と経済協力を拡大するために設立され、今日に至る30年余、国家間での対立とは距離をおき、経済・観光に関する相互協力や渡り鳥に関する国際会議など、多くの分野での交流と協力を行っている。
紙面の問題で、本稿ではわずかな協力事例しか紹介できないが、90年代以降、地方自治体の国際協力には、次の4つの特徴がみられる。
A)地方自治体による単独事業ではなく、NGO、研究所、教育機関、企業などがかかわる、地域社会全体としての国際協力が主流となりつつある。
B) 環境保全・地域振興・人材育成など、そのほとんどが地方自治体の業務領域での「公共財」に関する技術とノウハウの移転であり、ソフト面の協力で重要な役割を担い始めている。
C)施設の建設や高額機器の提供などハード面での協力は、ほとんどが小規模なもので、その数量も非常に少ない。
D)農業や環境保全での共同研究など、援助国である日本と被援助国である発展途上国の双方に利益がある協力も実施されている。
4、日本における自治体協力の予算源
では次に、地方自治体の国際協力に関する予算源について考えていく。なぜならはじめに述べたように、予算源を持たない主体による国際協力は実現可能性が極めて乏しいためである。
(1)地方自治体の独自予算の動向
まず日本の地方自治体の国際関係予算について概観する。90年代より日本政府、特に総務省(旧自治省)が、地方交付税をベースに大規模な国際関係予算を地方自治体にも配分するようになる。全地方自治体の国際関係事業費(単独事業のみ)は、当初予算分で1989年には402億円であったが、95年のピーク時には1200億円に膨らみ、89年比で約3倍に拡大している。その後、日本経済の停滞もあり1000億円台で推移しており、2001年現在1078億円となっている。ちなみにこの金額は、日本政府の外務省予算の7分の1に匹敵する。このうち国際協力費は、94年以降70〜80億円で推移している。これは日本政府のODA との比較では150分の1に過ぎないが、オーストリア政府の国際協力予算と比較すると10分の1、ルクセンブルク政府との比較では半分の規模に達している。つまり予算面からみれば、わが国は地方自治体の国際協力が非常に活発な地域であり、世界的なイニシアチブを発揮できる可能性があるといえる。
しかし今後、この財源となっている地方交付税は、地方制度改革にともない廃止され、その代替予算も大幅に縮小される可能性が高い。したがって将来地方自治体は、地方制度改革と財政再建のため、独自予算による国際協力費を削減していかざるを得ない状況にある。
(2)ODA予算の動向
しかし上記の地方交付税のように、地方自治体の規模により比例配分される予算にとは逆に、公募による国際協力予算は急増している。なぜならODA改革にともないODA予算による地方自治体との協力予算が大幅に増えているためである。そこで以下では、ODA改革のうち、自治体関連での改革に焦点を絞り、A)政府、B)国会、C)国際協力関係機関に分け、その動向を概観する。
A)政府の変化:
内閣府(旧経済企画庁)では、1998年に「経済協力政策研究会」が「経済協力の一層の改革に向けて」を発表し、地方自治体などとの連携推進・評価システムの確立・情報公開の徹底など、新たな方針を提唱する。また同年外務省でも、「21世紀に向けてのODA改革懇談会」が、最終報告書を発表し、一括委託方式の採用など、自治体側の要望も取り込んだ双方向の協力関係を提唱する。以上の報告を受け、1999年に小渕総理が「政府開発援助に関する中期政策」を閣議決定し、地方自治体との連携により国民参加型の国際協力を促進し、地方自治体の利益にも配慮した効果的支援や情報提供を開始することになる。以上の動向は、現在検討中の「ODA大綱」でも、その方針が生かされており、今後の展開が注目される。B)国会の変化:
1998年「参議院国際問題に関する調査会(第4期)」が、ODAに関する20項目提案とODA基本法の骨子を含む最終報告書をまとめ、簡単ではあるが地方自治体との連携強化を提言する。これを受け初めて自民党内にODA基本法検討プロジェクトチーム(山本一太座長)が設置され、同法の検討作業が開始される。なお、同チームが中間発表した「ODA基本法案骨子(山本試案)」には、「地方自治体、民間援助団体等との連携、必要な調整を図る」という項目が検討対象として含まれている。C)国際協力関係機関の動向:
1999年、国際協力事業団が大改組され、新たに国内事業部が創設された。これにともない外務省「ODA改革懇談会」が提言した一括委託方式を採用し、地方自治体やNGOとの連携が強化されつつある。草の根技術協力事業、プロジェクト方式技術協力などのプログラムにより、環境保全・医療保健・人材育成など社会開発分野で、地方自治体との連携事業が急速に増加している。また2001年から国際協力銀行も、自治体連携による円借款実施のための調査研究を開始すると同時に、公募により北九州市などと環境保全での連携円借款を開始している。今後は、提案型案件形成調査などを通じて、地方自治体との連携事業を強化する方針をとっている。以上の状況を総合すると、今後地方自治体の規模により比例配分される予算は減少を免れ得ないが、それとは正反対に公募のODA予算は急増していくもとの思われる。したがって全ての地方自治体に薄く広く配分するのではなく、よい企画と実績を擁する自治体に重点配分することになる。この変化は、地方自治体の国際協力にも競争原理を導入することを意味し、質の向上に大きく貢献するものと思われる。
5、地方自治体連合をコアとする協力機構の実現に向けて:
(1)結論
では最後にまとめとして、北太平洋地域で地方自治体に期待可能な国際的役割と自治体協力を推進する意義について考えたい。第2節で述べたように、欧州では補完性の原理に基づき、個人に近い行政機構に高い優先順位を与え地方分権を推進することで、多元的な国際主体を発展させてきた。この多元的な国際関係への変化は、さらに重要な変化を誘発する。それは、複数の国家が国際協力を論じる際、その行動の基準とする利益、つまり国益を分化させたのである。従来国益は、国家制度を強く意識した国家益と、実体である住民を重視する国民益という2つの視点、すなわち二元論で理解されてきた。そして原則的には民主主義が機能していれば、国家益と国民益は多くの部分で合致すると考えるのが通説であった。だが、今日世界を覆う変化は、旧態依然たる二元論では国益を理解できなくしつつある。それは、国際機関ではしばしば人類益が国家益に優先するかたちで議論され、さらに国家益の部分集合で一地方の利益を代表する地域益が影響力を強めているためである。つまり現在国益は、国際主体の多元化にともなって、人類益・国家益・地域益・国民益の4つ視点から考える必要が生まれている。
ヨーロッパは、これらの4つの利益にしたがって国際主体を多元化しつつあり、従来の国家主体である国際機関・中央政府に加え、新たに非国家主体である地方自治体・NGO・企業などを、個人の利益が反映されやすい国際主体として登場させている。以上における地方自治体の役割は、冒頭で述べたように補完性の原理に基づき、住民に最も近い行政組織として地域住民の利益を国際関係に反映させていくことであった。したがって地域益は、中央政府に代表される国家益の補完ではなく、最終的には地域住民である個人益に還元されることが、その価値基準として求められてきた。
だが地方自治体が代表する地域益は、単なる地方もしくは地域住民個人の利益に留まらない。なぜなら地方自治体が地域の構成員に公平に個人益を保障し、かつその地方自治体同士が協力し合う場合、世界規模での安定的生活環境が必要となり、人類益である民主主義・地方分権・環境保全などが推進されなければならないためである。つまり今後、地方自治体における国際協力を、世界的な規模での公平な個人益を確立させるために活用すれば、地域協力を阻害する体制や発展段階の違いを超え、共通利益に基づく地域協力が構築可能となるのである。以上をさらに進めて考えると、現在進行している地方自治体の国際主体化とその協力の拡大は、ポストモダン社会に向け、地域を統合し世界市民を創造するための一過程であるといえる。ここに地方自治体の国際協力が持つ、歴史的な重要性がある。
このような変化は、本稿の対象地域である北太平洋地域、特に最も危険な北東アジアにも不完全ではあるが及んでいる。第3節の北東アジアでの自治体協力で論じたように、中央政府レベルでの協力が最も難しい北東アジアにおいて、地方自治体は重要な国際主体の1つとして、多くの地域協力機構を設立し、環境保全・地域振興・人材育成分野で「公共財」に関する技術とノウハウの移転を行ってきた。そして第4節のODA改革で述べたように、日本政府や国会もこの5年、ODAによる自治体協力を推進するため、政府系国際協力機関を改組し、多くの連携プログラムを準備してきた。すなわち結論としていえることは、北太平洋において地域協力を構築する場合、地方自治体は既に多くの実績を有し、第1節で論じた協力実現のための2条件、すなわちA)協力のための予算源を持ち、B)多国間で職権を持つ政府部局や議会を取り込める主体であるといえる。以上により本稿の仮説、すなわち地域協力機構を樹立する際、地方自治体が重要な国際主体であることが立証できる。また我が国の問題点は、北太平洋協力でイニシアチブを発揮する場合、地方自治体が重要な国際主体であるにもかかわらず全く活用しなかった点にあると結論付けられる。
(2)今後の課題
では最後に日本の地方自治体が、北太平洋での地域協力を推進する上で、今後直面するであろう2つの課題を指摘し本稿を終える。
A)地方自治体の国際的権利を保障する国際条約の制定(注8)
第1の課題は、地方自治体の国際的権利を保障する条約の制定である。北太平洋地域でも欧州のように、地方自治体の連合権と国際協力権を保障するため、「ヨーロッパ地方自治憲章」に類似した条約の制定が必要となる。欧州では、1985年の「ヨーロッパ地方自治憲章」の制定後、同憲章をさらに世界規模に拡大するため、「世界地方自治憲章」の制定運動がはじまる。現在「世界地方自治憲章」は、「世界都市・地方自治体協会」と、「人間の居住に関する国連会議(UNCHS.通称HABITAT)」が共同して準備しており、国連総会で公布することを目標に関係国との調整作業を続けているが、アメリカと中国などの反対にあい協議は難航している。
以上の状況に対して我が国では、2000年12月、全国知事会・全国都道府県議会議長会・全国市長会・全国市議会議長会・全国町村会・全国町村議会議長の地方6団体が、「世界地方自治憲章について(意見)」と題する意見書を政府に提出し、同憲章の速やかな制定を強く要請している。また政府レベルでも2000年11月「地方分権推進委員会第226回審議」、2002年3月「第14回地方分権改革推進会議」、2002年5月衆議院「憲法調査会」などで同憲章に関する肯定的議論が交わされており、日本政府も同憲章の制定に賛成の方向で意見の取りまとめをしている 。
しかし日本にも問題が存在する。それは補完性の原理が、我が国では不完全に導入されためである。例えばODAにおける地方自治体の役割は、政府のODA政策を補完するという視点が中心であり、住民に近い行政組織として住民の利益を保全するという視点が軽視されているなど、公の場での更なる議論が必要とされている。
B)多地域間協力のための自治体連合の設立(注9)
第2の課題は、多地域間協力のための自治体連合の設立である。自治体ODA制度の更なる拡充のため、梶原岐阜県知事が提言している、国際協力自治体連合のような多地域間協力のための自治体協会の設立が望まれる。第3節で論じたように、現在日本にも自治体連合による中間組織は数多く存在している。しかし残念ながら、北東アジア地域自治体連合など、交流地域別の中間組織は多く存在するものの、欧米にみられる国際協力に特化した中間組織は、日本独自のものとしては存在しない。日本にあるのは国際環境自治体会議(ICLEI)のアジア太平洋事務局(東京都)など、国際的自治体連合の地域事務局のみである。また日本の中間組織は、対象国別に分かれているため、職能別にみると交流・協力・情報収集など異なる事業分野が混在しており、事業企画や評価といった専門的技能をもった職員も確保されていない。欧米では、地方自治体協会などがNPO形態で中間組織を作り、そこを自治体共通の受け皿として、中央政府などから国際協力に関する業務委託や助成事業をまとめて請け負うケースが複数存在する。日本でも、このように国際協力専門の部局を持ち、プログラムオフィサーや研究者といった専門家を雇用し、政府関係機関や助成財団・企業などとの連携協力を促進するため、自治体が協力して専門性の高い中間組織を設立する必要がある。
また長期的に、もし国際協力のための自治体連合が設立できた場合、国際的な求心力と発言力を持つため、国連NGOとしての認定やアジア太平洋経済協力会議(APEC)での自治体分会としての位置付けなど、地方自治体も国際主体として世界的に認知される環境を、戦略的に準備していく必要がある。ちなみに国連NGOとは、一定の条件を満たしたNGOを、国連会議への参加団体として認定する制度で、現在3つのカテゴリーで約890団体が認定されており、その1部には文書提出権も認められている。約200の地方自治体が共同で設立したICLEIも、国連NGOとして認定されており国連との連携協力を実施している。我々は、既に先例があることを忘れてはならない。
<注釈:参考文献は注に記載した>
注1、 本稿をまとめるにあたって、東京工業大学の橋爪大三郎教授と東京経済大学の劉進慶名誉教授より、多くのアドバイスをいただいた。ここに改めて両教授に深謝申し上げる。 注2、 北太平洋では、地方自治体や地方政府など、多くの種類の地方行政機構が存在する。しかしここでは、便宜上これらの地方行政機構を一括して地方自治体と表記する。 注3、 本稿では、国際主体(international actor)を「国際的に自ら認識・評価・決定・実行する能力もつもので、組織として一定期間存続し、他の単位と相互作用し影響を与えあうもの」と定義する。 注4、 森田朗.2002.「分権化と国際化」.松下圭一・西尾勝・新藤宗幸編.『自治体の構想1 課題』.岩波書店,39頁。 注5、 同憲章の邦文訳は次による。山内健生.2000.「グローバル化する「地方自治」(1)―「サブシディアリティの原理」・その理念と現実」.『自治研究』(第76巻第9号),115頁。 注6、 本節は、拙稿「北東アジアの多国間・多地域間協力の現状」、環日本海経済研究所(編)『北東アジア経済白書2003』、新潟日報事業社(2003年9月予定)をベースに、一部修正し引用した。詳細は同書を参考。 注7、 活動内容については、次を参照。吉田均、2003年、「循環型社会のための自治体国際協力」、小泉格(編)『日本海学の新世紀3、循環する海と森』、角川書店、179〜180頁。 注8、 世界地方自治憲章の詳しい分析については、拙稿.2003年.「地方自治体の外交活動に関する理論的考察―国民参加型協力の新たな展開に向けて―」.『国際開発学研究』(2003年10月予定).勁草書房を参照。 注9、 自治体連合の詳細については、拙著.2001年.『地方自治体の国際協力ー地域住民参加型のODAを目指してー』.日本評論社の第3章・第6章を参照。
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