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NIRA政策レビュー

先送り許されぬ社会保障・税の一体改革

NIRA政策レビューNo.55 2012/01発行
伊藤 元重(NIRA理事長)、土居 丈朗(慶應義塾大学経済学部教授)、八代 尚宏(国際基督教大学教養学部客員教授)

■ 問題提起 「先送り許されぬ社会保障・税の一体改革」 伊藤 元重(NIRA理事長)
■ 視点1  「社会保障の安定財源確保と財政健全化を同時達成させる方策」 
        土居 丈朗(慶應義塾大学経済学部教授)
■ 視点2  「真の社会保障・税一体改革を」             
       八代 尚宏(国際基督教大学教養学部客員教授)
解説解題  太田 哲生(NIRA総括主任研究員)
参考資料


 ユーロ危機は、安定的な財政運営を行う上で、市場の信頼が極めて重要であることを示した。日本政府が抱える債務の発散を防ぎ、市場の信頼を維持するため、社会保障と税を一体的に改革することは避けて通ることのできない課題である。しかし、負担増への反対は根強く、改革が着実に実行されるかは依然として不透明な状況にある。
 本号では、政府が現在取り組む社会保障・税の一体改革の意義や問題点、改革の先送りがもたらす影響、今後さらに取り組むべき社会保障改革のあり方等について論じている。

 本誌編集主幹で、解説解題を執筆してきた加藤裕己氏におかれましては、病気療養中のところ、去る1月21日にご逝去されました。謹んでご冥福をお祈り申し上げます。

概要(PDF版)      全文(PDF版)

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問題提起 「先送り許されぬ社会保障・税の一体改革」
                伊藤 元重(NIRA理事長)


債務の発散を防ぐために
 財政運営には市場との対話が求められている。財政運営に問題や不安があれば、市場は国債を売りに出る。これで国債の利回りが上昇するようだと、財政の金利負担が重くなる。財政運営がさらに困難になるのだ。
 こうした状況が加速化したのが、今のギリシャである。市場はギリシャの財政破綻への懸念を強めている。そうした状況では市場では誰もギリシャの国債を購入しようとはしないだろう。国債の金利は極端なまでに上昇し、ギリシャの財政運営はますます困難になっている。
 ギリシャで起きていることは極端であるとしても、イタリア、ポルトガル、スペインなど、欧州の多くの国で、同じような悪い循環が始まっている。また、格付け機関が欧州の多くの国の格付けを引き下げたことが、問題をさらに困難にしている。市場からの信用を失った国は市場からの資金調達能力が低下し、財政健全化を実行する能力も低下してしまうのだ。
 日本がギリシャと同じであるわけではない。同じ欧州でも、財政問題が懸念されているイタリアやスペインは、ギリシャに比べたらはるかにまともな状況である。ただ、ギリシャの教訓は重要だ。少しでも市場の信頼を失うようであれば、財政状況はあっという間に坂を転がり落ちてしまう。
 今のタイミングで日本政府が社会保障と税の一体改革を打ち出し、消費税率を引き上げようとしているということの意義は大きい。もちろん、消費税率を10%に引き上げたからといって、高齢化の中での財政問題が根本的な意味で解決するわけではない。また、今回の社会保障制度の改革案についても、中途半端な所や問題点は多々ある。
 しかし重要なことは、政府が財政健全化にしっかりと取り組む意志と能力があることを示すことだ。政府が打ち出した今回の改革案が実現するかどうかは、国会での議論や国民がそれをどう判断するのかにかかっている。場合によっては、国会での議論がまとまらず解散総選挙になる可能性も取りざたされている。その場合には、国民の投票によって改革案の是非が問われることになる。改革への意志と能力というのは、この国民の判断まで含んだものである。
 市場が日本の財政状況を判断する際における重要なポイントは、政府の債務を収束安定させることができるのか、それとも債務が発散してしまうのか、という点にある。債務の収束安定あるいは発散のプロセスでは、消費税率の引き上げなど財政健全化策のタイミングが重要である。改革を先送りすれば、それだけ債務の収束安定が困難になる。
 いま、市場は静かだ。政府債務が大幅に膨らみ続けているにも関わらず、国債の利回りは低水準を維持している。当面の安定感を買われて日本国債に資金が逃げこんでいること、そしてデフレの下で支出を抑えた企業や家計の膨大な貯蓄資金が金融市場に流れ込んでおり、それが国債購入に向かっているからだ。
 しかし、不安定化をあおる要因がないわけではない。一つは欧州の財政危機だ。欧州の混乱が日本の金融市場に波及しないという保証はない。もう一つは、電力危機や資源価格の高騰などで日本の輸入額が増大して、日本の貿易収支が赤字を出していることだ。経常収支が赤字になるようなことがあれば、日本の債務は日本の貯蓄が支えるという構図に揺らぎが出てくる。市場がこの動きをどう受け止めるのか注目される。

社会保障と税の改革は長期戦
 日本は今後、長期にわたって高齢化への対応を進めていかなければならない。1950年生まれの団塊の世代の最後の人たちが75歳となるのは、 2025年である。この時期以降は、日本の医療費が本格的に増えていくだろう。
 今回の社会保障と税の一体改革は、これから長く続く改革の最初の一里塚に過ぎないともいえる。消費税率10%だけで、ますます厳しくなる財政負担を支えることは不可能だ。年金の支給開始年齢を引き上げていくことも必要となるだろう。もちろん、そうした負担と給付の調整を拙速に進めようとしても、国民の合意を得られるものではない。時間をかけて粘り強く改革を続けていくしかない。そうした意味でも、早い段階から先を見据えた論議を進めていく必要がある。
 多くの識者が指摘しているように、今回の社会保障改革は十分なものとはいえない。どこまでを国民が負担し、どこまでを政府が保障するのか、より突っ込んだ議論が必要である。
 政府が当初まとめた改革案では、国民の高額療養費負担を軽減するために、外来診療のたびに患者が100円を窓口負担に上乗せして支払う「受診時定額負担」の制度を導入することが盛り込まれていた。病院や診療所に行くたびに100円とられるが、それが財源となって、いざというときの高額療養費負担を軽減してもらえるのだ。
 残念ながらこの制度の導入は見送られた。医療機関に行くたびに100円支払わなければいけなくなることによって国民負担が増える、と反対の声があがったからだ。こうした問題は、これからもいろいろな形で出てくるだろう。社会保険を通じて「大きなリスク」から個々人の生活を守るために、国民はそれなりの負担を覚悟しなくてはいけない。すべてを税財源で賄おうとすれば、税負担は際限なく上昇してしまう。それが国民にとって好ましいものとは思われない。
 NIRA対談シリーズ の中で東京大学の吉川洋教授が指摘したように、「賢く効率的」な医療制度や年金制度を構築していくことが、是非とも必要になる。
 今回の改革案では本格的な議論を避けたが、今後ますます重要性を帯びてくる問題は、年金の支給開始年齢の引き上げである。日本の国民の平均寿命が長くなっていけば、それだけ一人の人が一生のうちに支給される年金の額は増えていく。65歳から年金が出るとして、 75歳で死亡する人に比べて、85歳で死亡する人では、生涯年金支給額は2倍になる。
 毎年支払われる年金の額が変わらなければ、国民としては年金支給額が2倍になったという感覚は持てないだろう。しかし、国民の寿命が長くなっていくということは、一人当たりの生涯年金支給額が確実に増えていくということである。
 こうした変化に対応するためには、年金の保険料負担を大幅に上げるか増税を続けるという歳入側からの対応か、あるいは支給開始年齢を引き上げて、生涯の支給額が無尽蔵に拡大するのを防ぐかの2つの対応しかない。どちらも重要であるが、後者の対応なしに全体のつじつまを合わせることは不可能である。
 年金の支給開始年齢を引き上げることは、国民すべての人生設計に大きな影響を及ぼすものである。シニア層の雇用の場を確保するなど、雇用面での対応も必要となる。そうした改革を実行するためには、それなりの時間が必要であろうし、国民の覚悟も求められる。今回の改革の論議を起点として、そうした長期的な課題についての国民的論議が高まっていくことを期待したい。

●1  NIRA対談シリーズ第67回『社会保障の改革は「賢い効率化」と「応分の負担」で』(2011年12月)。

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視点1 「社会保障の安定財源確保と財政健全化を同時達成させる方策」
                土居 丈朗(慶應義塾大学経済学部教授)


社会保障・税一体改革素案の評価
 野田内閣は、1月6日に「社会保障・税一体改革素案」を取りまとめた。その中で、消費税率を2014年4月に8%、2015年10月に10%に引き上げることとし、消費税収(国分)は全額を年金、医療、介護、少子化対策に充て社会保障目的税化すること、軽減税率は設けず、低所得者対策は給付付き税額控除で行うことなどを明示した。
 確かに、この素案の通り実行できれば、社会保障の機能強化・機能維持を図りつつ、2010年6月に閣議決定された「財政運営戦略」に定められている2015年度段階での財政健全化目標の達成に資するものとなろう。その点では評価できるものである。
 しかし、素案取りまとめの過程で、前掲の消費税率引き上げの時期を当初の提案より半年遅らせることとした代償は大きい。消費税は税率1%につき年間で約2.5兆円の税収が得られるとされる。したがって、半年遅らせたということは、 2014年度では3.75兆円(=2.5兆円×3(%ポイント)÷2)2015年度では2.5兆円(=2.5兆円×2(%ポイント)÷2)の税収減を意味する。内閣府「経済財政の中長期試算」(2011年8月)によると、今後のマクロ経済の動向を慎重シナリオ(実質成長率が1%強で推移)と想定した場合、2015年度には名目GDPは513.8兆円だから、対GDP比で約0. 5%に相当する収入の喪失となる。その分だけ、財政収支の改善が滞る恐れがある。「財政運営戦略」の財政健全化目標の達成のためには、さらなる努力が求められる。
 さらに、この素案にも記されているように、財政健全化への取り組みの道のりは長く、社会保障制度の持続可能性を確保しつつ「財政運営戦略」で定めた2020年度までに基礎的財政収支を黒字化する財政健全化目標を達成するためには、素案に記された取り組みだけでは足らず、追加的な対応が必要となってくる。したがって、団塊世代が75歳以上となり、これまで以上に医療や介護の給付が増大することが予想される2020年代以降を見据えた社会保障制度改革と財政健全化の取り組みが、より一層重要となる。今般の一体改革においては、社会保障の「重点化・効率化」よりも「充実」が目立つが、今後のことを考えれば社会保障給付の重点化・効率化を通じたさらなる抑制策が不可欠となろう。

どれだけ収支改善が必要か
 もはや財政健全化の先送りは許されない。今後必要とされるわが国の財政健全化の取り組みは、少なくとも現在ある財政赤字を解消し、既発の公債を円滑に消化・流通できるようにして、過度に高い金利を課されないようにすることが求められる。財政要因で金利にプレミアムが上乗せされる状況になれば、わが国の民間企業の社債・借入れや住宅ローンにおける金利も高止まりし、経済活動を圧迫してしまう。
 その意味では、財政健全化は、抱える政府債務が対GDP比でみて発散しないようにする程度に取り組むことが少なくとも必要である。その観点から言えば、現時点では財政が破綻していない状態であって、将来のある時点に政府債務対GDP比が現時点と同じ水準に戻ることが予見されるならば、財政は破綻しない(持続可能である)とする見方で分析する手法が活用できる。Doi, Hoshi and Okimoto (2011)は、この考え方を用いて日本の財政の持続可能性について分析した。この分析の趣旨は、今般の財政悪化の影響などを踏まえつつ、政府債務の持続可能性を担保する政府収入(対GDP比)がどの程度の大きさになるかを明らかにするものである。これにより、現状の政府収入(対GDP比)との比較で、将来政府債務残高(対GDP比)が発散しないようにするために(国民の負担が)必要となる政府収入(対GDP比)の大きさが、政策的に実行可能な水準であるか否かを示すことができる。
 Doi, Hoshi and Okimoto (2011)では、経済成長率を2%と設定し、金利を2%から6%までを想定して推計している。ただし、経済成長率を2%以外に設定して分析しているが、結果に大差はない。人口予測は、国立社会保障・人口問題研究所(社人研)の「将来推計人口(2006年12月推計)」の出生中位死亡中位推計を用い、社会保障支出の将来予測は、社会保障改革集中検討会議「社会保障国民会議における検討に資するために行う医療・介護費用のシミュレーション」(2008年10月)と、厚生労働省「国民年金及び厚生年金に係る財政の現況及び見通し-平成21年財政検証結果-」等、 2009年に公表された年金の財政検証・財政再計算を用いた。こうして推計される医療・介護・年金の給付支出を「社会保障支出」とし、それ以外を「非社会保障支出」、その合計を「政府支出合計」としてその対GDP比を示したのが、図である。非社会保障支出は、若年1人当たりGDP成長率で増加すると仮定した(図表1)。
 そして、2105年末の政府債務対GDP比が、2010年末の政府債務対GDP比と同水準に維持できることをもって「財政を持続可能にする」とみなし、政府支出が先のように予測される下で財政の持続可能性を担保するに足る政府収入対GDP比がいくらであるかを推計した。その結果は、表に示されている。経済成長率が2%と想定される時に標準的な金利水準は4%と見込まれることから、その場合と直近の政府収入対GDP比と比較してみよう。2010年の政府収入対GDP比は32.9%である。したがって、この分析結果は、今後約100年間にわたり、毎年度対GDP比で約11%の政府収入の確保が必要であることを意味する(図表2)。

もはや増税は不可避
 もちろん、経済成長に伴う税の自然増収は期待できるが、税収弾性値は科学的に見て1.1前後であるから、得られる自然増収は、対GDP比で、2020年代でも1%弱、2040年頃で約2%、 3%を超えるのは2060年頃となる。したがって、対GDP比で約11%の収入確保には到底及ばない。
 さらなる歳出削減は求められるが、図で示した政府支出からどれだけ削減できるかが鍵となる。そう見れば、もはや消費税率を10%にするまででは収まらない。前掲した数%の自然増収は期待するとしても、税率1%で対GDP比約0.5%の税収が期待できるという消費税は、税率を少なくとも15%にする(すなわち今より対GDP比で5%の収入増)ことは不可避な状況にあると言えよう。
 税率引上げが遅れれば、21世紀後半にはここで想定した以上のさらなる税率引上げが必要となる。我が国の経済成長を阻害しないためにも、早期の財政健全化が求められる。


 図表1 政府支出の将来予測






















図表2   財政を持続可能にする政府収入対GDP比
      (2011~2105年で同じ税率にした場合)












[参考文献]
Doi, Hoshi, and Okimoto (2011) “Japanese Government Debt and Sustainability of Fiscal Policy,” Journal of the Japanese and International Economies vol.25, no.4, pp.414-433.

土居 丈朗(どい・たけろう)
大阪大学経済学部卒。1999年東京大学博士(経済学)取得。専攻は公共経済学、財政学。2009年より現職。最近の著作に、『日本の税をどう見直すか』(2010年)日本経済新聞出版社、ほか多数。

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視点2 「真の社会保障・税一体改革を」
            八代 尚宏(国際基督教大学教養学部客員教授)

膨張する社会保障関係費への歯止め
 野田佳彦政権で長年の課題であった社会保障・税一体改革が動き出したことは評価できるが、不十分な点も多い。消費税増税の是非が大きな政治対立となっているが、今後も債務を増やし続ける選択肢は存在せず、また効果的な歳出削減プランを伴わない増税論議もあり得ない。
 2011年12月半ばに公表された厚生労働省の社会保障改革案には、三つの大きな問題点がある。第一は、更なる給付増とささやかな負担増とを組み合わせ、その差額を消費税で補うという論理では、今後、際限なき増税が必要とされる。第二に、年金の支給開始年齢の引き上げ等、社会保障費の抑制に有効な改革を検討課題として先送りしている。第三に、基礎年金の財源に目的消費税を充てる等、抜本的な改革案は検討対象にすら掲げられていない。最後に、社会保障と税制の改革案が、各々、担当省によって別個に発表されるプロセス自体が、「社会保障と税の一体改革」の名称からかけ離れている。
 2010年の日本の財政赤字(一般政府ベース)はGDPの7.8%であり、OECDによれば、その内の6.5%は景気が好転しても解消されない構造的赤字である。こうした大幅な財政赤字が90年代初から20年間も持続していることが、先進国の内でも突出したGDPの2倍以上の政府債務残高の大きな要因である。日本の財政規律をここまで緩ませた主因は、一般会計の社会保障関係費にある。社会保険制度は、本来、給付を保険料で賄うことが原則だが、それでは負担が重過ぎるとして一般会計からの補助金が注ぎ込まれてきた。景気停滞で税収や保険料収入が低迷するなかで、高齢者の増加とともに膨らむ社会保険給付とのギャップが年々拡大し、それが赤字国債という後代世代への負担で賄われている。
 こうした状況を改善することが消費税引き上げの目的であるが、仮に5%の消費税増税分を全て注ぎ込んでも13.5兆円に過ぎず、 2011年度一般会計の基礎的赤字額(国債費除く)の22.7兆円にも及ばず、一時的な効果しか期待できない。現在の財政問題は増税だけでは解決せず、それと一体的に膨張を続ける社会保障関係費(29兆円)を抑制するための改革が必要とされる。

世代間所得移転の抑制と、高齢者世代内での所得再分配の強化が改革の基本
 改革の前提として、社会保障の主たる受給者である高齢者世帯の実情を正しく認識する必要がある。年金を受給する65歳以上の高齢者世帯の平均所得は375万円(「所得再分配調査」2008年)で、一人当たりでは243万円と一般世帯(197万円)を上回っている。年々豊かになる勤労者と比べて高齢者は一律に貧しいという高度成長期の常識はもはや通用しない。もっとも、高齢者内での所得や資産格差は、他の年齢層と比べて著しく大きいことが特徴である。こうした点を考慮すれば、勤労世代から高齢世代への所得移転の抑制と、高齢者世代内の所得再分配の強化が改革の基本的な方向となる。
 先の社会保障改革案では、高所得層の年金抑制と低所得層の年金充実が盛り込まれている。しかし、高齢者層の所得・資産格差の大きさを考慮すれば、年金制度の枠内だけにとどまるのではなく、高所得層の年金課税の優遇措置の見直し等、税制と一体的な所得再分配として実施される必要がある。
 しばしば「社会保障改革の中身は負担増や給付の削減のみで、国民にとってのメリットがない」といわれる。これには過去30年間に男女平均で5歳伸びた平均余命(65歳時点)により年金や高齢者医療の生涯受給額が自動的に増えたことが考慮されていない面もある。その意味では、年金の支給開始年齢を平均寿命の伸長に合わせて引き上げ、年金の給付と負担を均衡させることが基本となる。年金支給年齢は、米国や独では67歳への引き上げが予定されているが、日本では2025年に65歳という遅さである。世界でトップ水準の平均寿命の日本では、 70歳支給を目指すとともにペースを速める必要がある。
 もっとも1950年前後に生まれた団塊の世代には、すでに一部年金受給が始まっており、今後の支給開始年齢引き上げの影響はほとんど受けない。この巨大な人口の瘤の世代については、給付の引き下げが必要となる。元々、法律で規定されていた物価変動に年金給付を連動させるスライド制度が議員立法で停止されていた効果は累計で7兆円にも達している。また、勤労世代人口の減少や平均余命の延びに合わせて給付額を調整するマクロ経済スライドも発動されていない。これらのすでに用意されている年金財政の安定化装置の発動が急務とされている。

専業主婦が「働くと損をする」仕組みの見直しを
 働く女性の増加の下で、 1000万を超した共働き世帯に比べて800万弱の全く働いていない専業主婦の年金問題も、長らく放置されてきた。世帯主の保険料は、被扶養者の有無にかかわらず、同じ給与であれば同一である。これは単身者や共働き世帯と比べて不公平なだけでなく、 20歳以上の学生の保険料は扶養者負担という規定とも矛盾している。厚生労働省案では世帯主所得を専業主婦と按分すると見なしているが、実質的な負担増なしに済ませる解決策はあり得ない。
 現行の第3号被保険者の支払っていない保険料の総額は毎年1.8兆円に達している。また、これは「働くと損をする」仕組みでもあり、就業しても資格を失わない範囲でしか働かないため、高齢化で保険料負担者が持続的に減少する中で、貴重な労働力の無駄遣いとなる。
 仮に、民主党の年金改革案のように、基礎年金の財源を目的消費税で賄う仕組みを導入すれば、国民年金の未納問題の究極的な解決となるとともに、上記の問題は一挙に解決される。それにもかかわらず、社会保険料方式を死守したい厚生労働省により無視されている。

家庭医の普及により医療機関の役割分担を
 医療保険についても、厚生労働省案では、高額療養費の対象範囲の拡大等、給付増の政策が先行し、一律100円の受診時定額負担は見送られた。今後、年金以上に給付が増えることが見込まれている医療費について、そのための保険給付を重病の時と日常の医療のいずれに重点を置くかという選択肢は避けられない。もっとも患者負担額の引き上げは、大きな抵抗を生む割には、過去の例から見ても医療費の抑制効果は小さい。高齢者の多様な医療ニーズに応えつつ、医療資源の効率的な配分を図るための切り札は、欧州主要国や豪州等で実施され、大きな効果を上げている家庭医の普及である。高度機能病院に外来患者の集中を招くフリーアクセスが国民皆保険体制の本質といった誤解を解き、家庭医中心の診療所と、それを経由した高度医療を担う病院という役割分担を図る仕組みの構築が、真の医療改革といえる。

社会保障の構成を見直し、セーフティネットの充実を
 日本の社会保障の大きな問題点は、所得再分配効果が小さいことにある。しばしば市場競争の行き過ぎが所得格差拡大の要因といわれるが、所得再分配前の段階では、日本はいぜんOECDの内ではジニ係数でみた格差の小さな国である(図表1)。しかし、社会保障の再分配機能が他国よりもはるかに弱いために、再分配後の格差は他国よりも相対的に大きくなってしまう(図表2)。これは社会保障費に占める年金や医療等の水平的な所得再分配の比重が著しく大きく、最低生活保障や福祉のための支出が抑制されていることが大きい。こうした社会保障費の構成を維持したまま単にその規模を拡大するのではなく、年金や医療費の膨張を抑制する一方で、給付付き税額控除等による最低所得保障強化の仕組みを導入することで社会的セーフティネットの充実を図るべきである。
 「ムダをなくしてから増税」といわれるが、最大の無駄は、聖域として放置されている社会保障費にある。際限のない財政赤字の拡大と将来世代への負担の先送りを防ぎ、長期的な視点に立った整合的な社会保障と税の一体改革を実現するためには、与党内や厚生労働省ではなく、官邸に首相直属の組織を設けて、過去の経緯にとらわれない改革案を作成することが必要である。




八代 尚宏(やしろ・なおひろ)
国際基督教大学教養学部卒。メリーランド大学経済学博士。労働経済学・日本経済論専攻。上智大学教授、日本経済研究センター理事長、国際基督教大学教養学部教授等を経て、2011年4月より現職。最近の著作に『成長産業としての医療と介護― 少子高齢化と財源難にどう取り組むか』(共編著)[2011]日本経済新聞出版社 、『新自由主義の復権 - 日本経済はなぜ停滞しているのか』[2011]中公新書、ほか。

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解説解題   太田 哲生(NIRA総括主任研究員)

 伊藤理事長による問題提起においては、ギリシャに端を発したユーロ危機の日本への教訓は、市場からの信用を一旦失うと、安定的な財政運営や財政健全化へ向けた取り組みが急速に困難化することであり、日本もこのような問題と決して無縁ではないと警鐘を鳴らしている。その意味において、今のタイミングで日本政府が社会保障と税の一体改革(以下「一体改革」)を打ち出し、消費税率を引き上げようとしていることの意義は大きいと一定の評価をしている。この点については、土居教授と八代教授も同様の見解を示している。
 しかし各論者が述べているように、今回の一体改革には様々な問題点があることも事実である。土居教授が指摘するように、素案とりまとめの過程で消費税率引き上げの時期が当初案より半年遅れたことにより、政府が掲げる2015年度時点における財政健全化目標の達成のためには更なる努力が必要となった。また、2020年度までに国・地方の基礎的財政収支を黒字化するという次の段階の目標を達成するためには追加的な対応が必要であるが、現時点では具体的な道筋は示されていない。さらに、八代教授が指摘するように、効果的な歳出削減プランを伴わないまま社会保障の拡充を行えば、今後、際限のない増税が必要となる。今回の素案をたたき台として、今後の社会保障を支えるための負担のあり方、給付の重点化・効率化のあり方について、さらに踏み込んだ検討を行うことが求められる。
 財政の持続可能性に関して伊藤理事長の問題提起では、市場の信用を維持する上で重要なポイントは、政府債務が発散することを防ぎ、収束安定させることができるかどうかにあるとし、消費税率の引き上げなど財政健全化策のタイミングが重要であるとしている。改革の先送りは債務の収束安定を困難とし、財政破綻のリスクを高めるからだ。
 この「政府債務が発散することを防ぐ」ためにはどの程度の負担が必要かという点に関して、土居教授は自身の共同研究の分析結果を紹介している。それによると、長期的に日本の政府債務のGDP比が発散しないようにするためには、成長率2%、金利水準4%という標準的なケースにおいて、今後約100年間にわたり、毎年度対GDP比で約11%の政府収入を確保することが必要となる。このため、政府債務の発散を防ぐためには、一体改革に盛り込まれた消費税率の10%への引き上げだけでは不十分であり、税率を少なくとも15%(対GDP比で約5%の政府収入の増加)にすることは不可避であると論じている。
 また伊藤理事長は、増大する社会保障給付を保険料や税負担の引き上げだけで賄うことには限界があることから、「賢く効率的」な社会保障制度を構築していくことが必要とした上で、具体例として将来における年金の支給開始年齢の引き上げや、医療費の自己負担の増加(「受診時定額負担制度」の導入)の必要性について言及している。
 これを受けて八代教授は、勤労世代から高齢世代への所得移転の抑制と高齢者世代内の所得再分配の強化が社会保障制度改革の基本的な方向であるとした上で、年金支給開始年齢の70歳への引き上げや高所得層の年金課税の優遇措置の見直し、物価スライドやマクロ経済スライドによる年金財政の安定化機能の発動、家庭医の普及による病院間で役割分担を図る仕組みの構築などが必要であると論じている。また、OECD諸国における所得再分配前後のジニ係数の比較を通じ、日本の社会保障は所得再分配機能が小さいことが問題であるとした上で、水平的な所得再分配を担う年金や医療費の膨張を抑制し、給付付き税額控除等による最低所得保障強化の仕組みを導入することで社会的セーフティネットの充実を図るべきと提言している。
 このように、一体改革を巡る論点は多岐にわたるが、高齢化が加速する中で限られた財源を最大限に有効活用するためには、社会保障の「選択と集中」を通じて、真に必要とされる対象に給付を重点化することが不可欠である。受益の削減や負担の増加を求める改革は政治的には常に難しい。また、国民生活への影響を考えれば、しっかりとした制度設計を行い、その実施もある程度の時間をかけて段階的に行う必要がある。しかし、市場からの信用を維持し、そして何より次世代への責任を果たすためには、どんなに困難な改革であっても粘り強く実現していく必要がある。政府と国民の財政健全化への意志と能力が今まさに問われている。

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参考資料[PDF]

図表1 社会保障・税一体改革のポイント












図表2 消費税5%引き上げによる税収の使途


図表3 国・地方の財政見通し















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≪関連頁≫

社会保障の改革は『賢い効率化』と『応分の負担』で
(対談シリーズ第67回/2011年12月)
 ゲスト:吉川 洋 東京大学大学院経済学研究科教授、聞き手:伊藤 元重 NIRA理事長


※本誌に関するご感想・ご意見をお寄せください。 E-mail: info@nira.or.jp

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