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NIRA政策レビュー

医療を再生する道を探る

NIRA政策レビューNo.61 2013/07発行
伊藤元重(NIRA理事長)、 印南一路(慶應義塾大学総合政策学部 教授)、 川渕孝一(東京医科歯科大学大学院 教授)、 上 昌広(東京大学医科学研究所 特任教授)、 村上智彦(NPO法人ささえる医療研究所 代表)、 松田晋哉 (産業医科大学医学部 教授)

 日本の医療は高齢社会に持ちこたえられるのか。これまで、様々な政策メニューが提示されながらも、遅々として進まない制度改革に、危機感を抱いている人は多い。本号の識者からは、患者の自己決定権を認めるべき、患者は医療への過度な依存から脱却すべきとの主張があった。また、データ活用により「医療の見える化」に取り組むべき、ニーズに合った医療を提供する仕組みの構築が必要との意見が提示された。

「改革の戦略」が必要だ
 伊藤元重(NIRA理事長)


識者に問う
 「これからの医療に必要な改革とは」

 高齢化が進行するわが国では、医療の崩壊に対する危機感が高まっている。
 目指すべき医療の姿とは何か、そのために必要な取組とは何か。
 医療政策の研究者、医療の第一線で活躍される識者に聞いた。

                              *以下、記事中の敬称は略

1 「一律の医療給付は限界だ
   印南一路 慶應義塾大学総合政策学部 教授

2 「地域別に医療・介護の見える化を
   川渕孝一 東京医科歯科大学大学院 教授

3 「医師が失業しないのはおかしい
   上 昌広 東京大学医科学研究所 特任教授

4 「医療への過度な依存から脱却を
   村上智彦 NPO法人ささえる医療研究所 代表

5 「医療情報を、統一した方法でデータ化せよ
   松田晋哉 産業医科大学医学部 教授
             

                           インタビュー実施 :2013年4~5月
                           聞き手:豊田奈穂(NIRA主任研究員)

印刷版    English
 *印刷版「識者に問う」では、各識者の意見のエッセンスを抽出し、見開きの記事にまとめています。

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「改革の戦略」が必要だ
 伊藤元重(NIRA理事長)


共通するのは強い危機感
 今回の政策レビューに掲載されている識者の発言に共通するのは、日本の医療に対する強い危機感である。日本の医療が厳しい状況に直面していることは多くの人が感じていることだろうが、専門家の方々に明確に指摘されることで、日本の医療制度が抱える深刻な問題が改めて浮き彫りになったと思う。
 「今後、日本は高齢化と人口減少が同時進行する。・・・今の制度がそのままでもつのか、全く楽観はできない。」(印南氏)。「後世へのツケで帳尻を合わせなければならないほどまで壊れてしまった。もう利害関係者間で空理空論を重ねる余裕はない」(川渕氏)。「こんなおかしなことが起きているのは、患者のニーズに合った医療を提供する仕組みがないからだ。…利権と閉塞感を生んでいる」(上氏)。「感情論と医学的事実を混同すべきではない。子や孫、次世代に多額の借金を作りながら、感情に流されてはならない」(村上氏)。
 政府でも医療制度の改革についていろいろな議論が重ねられている。しかし、政治的な利害関係の制約があるため、議論の範囲が狭い分野に限定されてしまっている。議論されること自体がタブーとされる問題もある。残念ながら、大胆な改革の議論を行うことが許されていないのだ。しかし、医療が抱えている深刻な構造問題を解決するためには、より踏み込んだ大胆な改革を実行に移していくしか道はない。
 そのためには、まずは民間の場で、専門家を交えて大胆な改革案をきちっと議論することが重要だ。そしてそこでまとめられた大胆な改革案を世の中に発信していき、国民の間で危機感と改革案のあるべき姿を共有しなくてはいけない。政治の場、あるいは政府の政策決定の場でも、必ずそうした大胆な議論の必要に迫られる時期が、近い将来、すぐに来る。

医療の「見える化」で医療資源の配分の適正化を
 医療資源には限りがある。しかしその一方で、高齢化によって、医療資源に対するニーズはますます増えていく。したがって、医療資源の適正配分を進めていくことが一層重要となる。多くの人が日本の医療に危機感を持っているのは、医療資源の配分の歪みが大きくなっていることを認識しているからだ。
 資源配分を正すためには、まず医療の現状を知らなくてはいけない。川渕氏の言葉を借りれば、「各自治体のデータを積み上げて定量分析を行い、地域の特性にあった制度設計」をすることが求められる。「地域ごとに医療・介護の可視化を加速することで、利害関係者や地元住民を動かす」ことができるはずだ。医療の見える化は問題を正しく認識する手段であると同時に、それを社会で共有し意思決定をする手段であり、説得の手法であるのだ。
 松田氏も、こうした見える化の手法の実用化を進める一人だ。「一部の自治体では、患者のレセプトを…データ化し、分析することを試みている」のだ。こうしたデータを使うことは、「地域間での傷病構造の違いや需給バランスを把握するのに非常に有益」であり、「個々の病院や医師に機能転換などの判断を促したり、国や自治体が政策手段により病院や医師を効果的に誘導」することができる。
 松田氏の手法は政府の経済財政諮問会議でも取り上げられ、関心を集めている。比較的低コストで患者のレセプトをデータ化し、それを医療の見える化に活用できるからだ。ただし、自治体間の比較など医療情報の分析を効率的に行うためには、「レセプトをデータ化する際の方法を、全国で統一した設定にする」ことが必要となる。政府もすでに医療の見える化の重要性を認識している。低コストで導入可能な松田氏の手法のようなものを早急に採用し、医療資源の適正配分に向けての起爆剤にすることが期待される。

一律の医療給付は限界
 また、印南氏は「患者自身が治療を選択し、決定する自己決定権」の重要性を指摘する。画一的で規制にがんじがらめで縛られている現在の医療制度は、医療の現場をゆがめてしまっている。
 たとえば今後ますます大きなテーマとなるだろう終末期の延命医療について、印南氏はそれを年齢などによって画一的に「国が制限すべきではない」とする。患者は延命医療を受ける権利が認められるかわりに、「そのための費用は、本人が希望したのだから、自分で負担することになるだろう」と主張している。そして「国の責務は人々への十分な情報の提供や教育」にあるという。
 一律の医療給付は、ともすると国民の選択の意欲をそぐ結果になる。規制と管理で縛られた医療ではなく、国民自身が積極的かつ柔軟に医療や健康維持に関わる仕組みを強化していくことが必要であることは明らかだ。
 村上氏は、これを「医療の社会化」という視点から論じている。在宅医療や訪問介護を中心に考えられたものだが、こうした医療・介護の重要性を指摘する専門家は多い。村上氏の言葉を借りれば、「医療は、医師だけが担うものではない。病院内で閉じていた医療が、地域に開放されること」に積極的に取り組んでいかなければならない。「正しい知識を持つ、自立した賢い患者に、地域の人がつなが」る。そうした地域社会における医療のあり方は、NIRAが取り組んできた「まちなか集積医療」(注)の考え方と共通する点が多い。
 医療の現場に選択の自由と自立した患者の声をより強く反映させるということは、他方で医師に対してより強い自己責任を求めることをも意味する。上氏は「医師が失業しないのはおかしい」という。先進国の中では際立って医師の数が不足している現状を放置しておくということでよいのだろうか。上氏は「医学部の設置を自由にして医療人材の数を増やし、競争を通じて医療の質を高める。そうなれば、質の悪い医師は失業する」と指摘する。
 これは他の分野では当たり前のことが、医療の世界では通用しない。しかし、今や、医療の世界で前提となっている「配給的」な思想を、根本から見直す時期に来ている。

大胆な議論をタブー視してはいけない
 日本の人口は急速に高齢化していく。5年後、10年後の日本社会の光景は、いまとは全く違ったものになっているだろう。それは日本経済全体の光景というだけでなく、大都市と地方都市の違いなど、多様な形でその変化が明らかになってくる。
 今のようなペースで社会保障改革を行っていたのでは、5年後、10年後には大変なことになる。今回インタビューした方々も含めて、専門家は皆そう感じているはずだ。それにも関わらず改革は遅々として進まない。このような展開で、近い将来、医療財政が崩壊するようなことがあれば、それによってもっともダメージを受けるのは医療の現場である。そうしたことがあってはいけない。
 国民の多くが問題点の深刻さと緊急性を今よりもっと明確に認識し、より積極的に大胆な改革の議論に参加することが求められる。議論するだけでなく、可能な改革は少しでも早く導入していく。医療の見える化などは、すぐに進めることができる改革であり、そしてそれを進めていくことによって改革全体のスピードを速めていくことが可能となるのだ。「実現可能な解決策を速やかに実行する」(川渕氏)ことが求められる。
 日本の医療制度改革は、財政健全化を抜きに議論することはできない。財政危機に直面するギリシャやスペインなどの医療の現場が、大変な事態になっていることを想像してみてほしい。日本でそうしたことが起きてはならない。
 健全な医療制度を構築することなくして、日本社会の健全性を維持することは不可能だ。そして日本経済が危機に陥れば、医療制度も崩壊の危機となる。そうしたことにならないように、大局観を持った医療制度改革が必要となる。可能なところから着実に改革に着手し、改革の幅を広げていき、そして国民すべてが積極的に改革に参加していくように導いていく、「改革の戦略」を描いていく必要がある。今回のインタビューでは、そうした改革の戦略策定のための重要な示唆を多くいただいたと思う。

注:医療福祉サービスの水準を都市計画で規定するとともに、持ち株会社型の医療法人を認めることにより、アクセスが容易な地域のまちなかに医療・福祉施設を集積させ、病院の機能分担・連携、経営再編を促そうという提案。

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識者に問う1 「一律の医療給付は限界だ」
 印南 一路 慶應義塾大学総合政策学部 教授


最後まで、患者が選び、決定すべきだ
―――  これから日本は超高齢社会を迎えます。医療政策はどうあるべきでしょうか。
印南   憲法上、自己決定権は人権中の人権とされている。だから、患者の人権の中で最も重要なのは自己決定権だ。治療を選択し、決定するのも、患者自身であるべきだ。例えば、75歳になったら延命医療をやめるべきだという議論も一部にあるが、国が年齢で一律に決めるべきでない。仮に、終末期に患者が延命医療を望むならば、その希望は叶えられるべきで、それを国が制限すべきではない。どのような状態で生きるのか、自らの価値観、生命観に基づいて選択する権利(Living Will)を議論し、最終的には法制化すべきだと私は考えている。もちろん、患者が選択し、決定するためには、徹底的に情報開示が行われることが前提だ。人々に十分な情報を提供し、必要な教育をすることが、国の責務だ。

―――  費用はどう考えればよいのでしょうか。
印南   医療保険は国民の相互扶助で成り立っているのだから、その適用には当然限度がある。延命医療をしてほしいというならば、その権利は認めるべきだが、自分で受けたいと決めたのだから、その費用は自己負担することになる。自己負担と組み合わせることで自由に治療が受けられるようにするべきだ。

高齢社会にむけて、医療保険制度の見直しを断行すべき
―――  公的な保障と、私的な費用負担という、公私の役割分担の考え方を明確にしていくということですか。
印南   そうだ。私は、医療をその目的(内容・機能)によって、救命医療と自立支援医療に分けられると思っている。救急医療やがん治療のような救命医療を、医療保険の優先的な対象範囲とすべきだと考えている。救命医療の保険給付率は現行の7割から8~9割に引上げるほうがよい。一方、救命に直接関わらない自立支援医療は、優先順位を考えて弾力的に設定するべきだ。マッサージや痛み止めなどは、給付対象から外したり自己負担を増やしたりすることも考えられる。
 今後日本は高齢化とともに人口が減少する。一方、新しい医療技術がどんどん開発され、医療保険に導入されている。現在の制度が財政的にもつのか、私は悲観的だ。重要なのは、財政を優先し一律に給付率などをカットするのではなく、保障内容を優先するというルールだ。救命医療の保障は優先され、自立支援医療の保障は財政と相談する方がよい。
 医療政策の目的は、良質な医療を国民にあまねく提供することだ。医療保険制度の見直しは、政治的に、あるいは実務上も困難な部分はあるが、近い将来、現在の制度がもたなくなり、そのときに保険給付率の一律削減や年齢や所得で区切って給付対象を変えることにするよりもはるかによい。

医療・福祉施設の体系をスリム化せよ
―――  医療制度を維持するために、ほかに必要なことは何でしょうか。
印南   医療・福祉施設体系のスリム化による効率的な医療供給体制づくりも必要になる。医療から福祉までを眺め渡せば、急性期医療、回復リハビリテーション、医療療養、介護療養、老健(介護老人保健施設)など、多数の種類があり、機能が重複している。このような棲み分けが行われていないままの状態で、医療を効率的に供給するために連携を図るという議論がなされているが、これだけ施設の種類があっては、名目上の連携はできても、実質的な意味での連携は無理だ。さらに、医療・福祉施設が全部一つになってしまえば良いという議論もあるが、その前に、まず、施設体系を3種類くらいに整理しスリム化を図ることが必要だ。連携の必要性そのものを減らすことも考えるほうが、効率的だと考えている。

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識者に問う2 「地域別に医療・介護の見える化を」
 川渕 孝一 東京医科歯科大学大学院教授


実行できる解決策から着手していくべきだ
―――  医療制度改革で、 重要なことは何でしょうか。
川渕   医療を日本の成長分野として育成すべきだと思う。しかし、医療費の大半は税金や、保険料で賄われており、医療の産業化だけでは財政再建の解決策にはならないと思う。
 わが国の医療・介護保険制度は、日本の歴史や文化に育まれた「助け合い」の精神に根ざしてきた。 しかし、80年代の英国のように、自分を助けてもらうことばかりが当然視され、保険給付もあまりに気前が良すぎた。その結果、後世へのツケで帳尻合わせをするような状態にまで制度が壊れてしまった。これに対して、わが国と類似する国民皆保険制度を導入した韓国では、今や日本を反面教師としている。保険の給付制限をしたり、電子カルテを活用したりして、日本の二の舞を避けようとしているのだ。
 今一度、国民皆保険制度がスタートした時の原点に立ち返り、制度を守らなければならない。医療費を適正化し、制度を持続可能なものにすることが急務だ。もう議論している暇はなく、日本は構造改革のタイムリミットに入っていると思う。実現可能な解決策を速やかに実行することが必要だ。

地域特性を踏まえた制度設計が必要
―――  医療制度改革が進まない原因は何でしょうか。
川渕   ヘルスケアリフォームという言葉は、どこの国も唱えるが、なかなか進まない。最終的には政治決断が必要になる。わが国でも「政治のリーダーシップが問われる」などとよく言われているが、議会制民主主義のもとで、さらに衆参両議会のねじれもあって、なかなか決められない状況にある。
 かつては、霞ヶ関の官僚がリードして、全国一律に制度設計を行ってきた。しかし、ラフなマクロデータを基にして描かれたグランドデザインでは、地域の実情に合わなくなっている。その結果、各自治体や病院が具体的に何を行動すればよいか、自分たちのやるべきことがわからない事態を生んでいる。
 いまは、ミクロのデータを積み上げて定量分析を行い、その結果に基づく制度設計が望まれる。例えば、我々の研究室でデータ分析をして、空しい「出前ワークショップ」を行った徳島県では、最近、地域を大きく3つに分けて、徳島モデルを構築しようと動きが出ている。「8つに細分化しては」という我々の提言とは全く逆の方向だが、こうした各地域での取組は評価される。

―――  ミクロのデータを積み上げるというのはどういうことなのでしょうか 。
川渕   各自治体の特徴や疾病、患者の行動をデータにして見せていく、ということだ。やっぱり、地域ごとのデータを用いて、「今はこういう状況ですが、この部分をこう改善すれば、救急車のたらい回しは減ります、医師も疲弊しないですよ」と具体的に見せていかないと、いくら一般論で国の危機的状況を説明しても誰も聞いてくれない。
 例えば、2008年に11回以上たらい回しにあった人は922人もいたが、その過半数が東京都だった。しかし、救急隊が現場に到着し、搬送した後、そうした人たちがどうなったのか、かつては一気通貫でみることができず、転帰(治癒や死亡など、病気やケガの治療の経過および結果)に関する一定のフィードバックがなされることがなかった。それが「救急医療の見える化」を通じて、どの部分の何を改善するのか、誰がもっと頑張らなければいけないのかが明らかになる。さらにその改善で、どのくらいお金が浮くのかもわかってくれば、実情に合った医療の制度設計がしやすくなり、医療費の効率化や適正化にもつながるだろう。

医療・介護の「見える化」で、改革の原動力に
―――  医療制度改革がタイムリミットにきている中で、改革を前に進めるために今、何ができるのでしょうか。
川渕   ICTやビッグデータなど情報ツールの力を借りて、地域ごとに医療・介護の見える化を加速することが必要だ。すでに長年、医療制度改革の議論は行われており、多くの識者が実行すべき改革案を何度も提示してきた。それにも係わらず、現状は何も変わっていない。医療の可視化を図ることで、利害関係者や地元住民をエビデンスを使って説得する。徒労かも知れないが、問題を抱える地域にエビデンスを持って入り込んで、一生懸命に訴えていけば、少しは日本を動かすことができるのではないか 。一定のデータを定量分析して、仮説を立てて、その結果や知見を地元の人たちに訴え、ディベートする。残された時間は少ない。いまこそ、こうした作業を本気ですべきだ。

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識者に問う3 「医師が失業しないのはおかしい 」
 上 昌広 東京大学医科学研究所 特任教授


患者のニーズにあった医療を提供する
――― 日本の医療制度で、最も大きな問題は何だとお考えですか。
   医療費の効率化を問題にする人が多いが、そこが本質的な問題なのではない。その前に何のために、だれのために効率化をしなければならないかを考えなければいけない。世界でも有数の裕福な日本でも、医療ニーズの多い神奈川県での人口あたりの医師数は、中所得国のトルコ並の水準だ。他方で、ドラッグラグなどの問題もある。こうしたおかしなことが起きるのは、量的、価格的な規制によって、患者のニーズに合った医療を提供する仕組みになっていないからで、そこが問題だ。

価格の自由化を進めよ

――― 規制はどのような問題を引き起こしているのでしょうか。
   まず、価格規制から話すと、価格設定をどうするかは経済活動の肝のはずなのに、日本では、医療の価格は中央の審議会で診療報酬制度として一括管理されており、適正な価格付けでなくとも是正されない。それが利権と閉塞感を生んでいる。市場に任せられるところは任せ、供給者を増やして競争を促し、価格を適正化していく。まず、医療機関が購入する薬剤や機器の価格は自由にすべきだ。ただし、患者に対する医療の価格については工夫が必要だ。継続的な治療を必要とする医療は保険でカバーするが、例えば1回の治療で終わる医療などは、付随的な部分の価格を自由に競争させ、払いたい人が払いたい額を支払うようにする。また、多くの人が対象となる健康診断などの供給体制と価格で、自由に競争する部分を拡大することも考えられる。

医療人材の地域偏在を解消し、医療崩壊を防ぐ
――― 医療供給体制の量的規制とは何を指しているのでしょうか。そして、医療供給の不足や医療崩壊を解決するにはどうしたらよいのでしょうか。
   ここでいう量的規制とは、医学部の新規設置に対する規制のことだ。この規制のために、医療供給の絶対量が不足しているのに解消できない。また、この医療供給体制の不足の内実は、地域偏在の問題だ。歴史的に医学部は西日本に偏在し、首都圏など東日本では少ない。そのため医療人材の数も西高東低で、需要の多い首都圏では不足してしまい、医療崩壊が起きている。一部の既得権者にとって、今のような状態は都合が良いのかもしれないが、患者の視点に立って医療の質を考えれば、早急に解消する必要がある。規制緩和によって医学部の設置を自由にし、需要のある地域で医療人材の数を増やして、競争が起きる状態までにすることが必要だ。実際、ノーベル賞をもらった山中伸弥先生もそうだが、人材の数が多く、競争している西日本の方が良い人材を生み出している。大学病院の医師1人当たりの過去3年分の臨床論文の本数も東日本と西日本では全然違う。大阪や福岡が強いのは、怠けていると病院が倒産すると思って必死になっているからだ。そうすることで、今までは供給不足の中で淘汰されずに生き延びてきた質の悪い医師が失業し、結果的に医療の質も向上する。

資金が循環する微細な仕組みが必要
――― 規制緩和をさらに進めていくときに、留意すべき点はありますか。
   日本では、価格や医療人材の数が統制され、多くの規制がかかっていることで、再生医療など先進医療の進歩も阻害されている。すでに、再生医療や承認薬では、アメリカや韓国に対して日本は負けている。しかし、他方で、基本的に自由競争になっている自由診療の分野、生殖医療などを見れば、日本は世界で高い水準を保ち続けている。そして、患者のニーズに合った医療を提供できている。ここが重要だ。そのうえで、患者が受けたい医療に払いたい人が支払う結果、資金が他の分野にも循環し、税金を使わずとも日本の医療全体の技術・質が向上するような、微細な仕組みをつくる必要がある。

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識者に問う4 「医療への過度な依存から脱却を」
 村上 智彦 NPO法人ささえる医療研究所代表


感情論と医学的事実を混同するな
―――  日本の医療費が膨れ上がっている原因はどこにあるのでしょうか。
村上   医療費の増大は高齢化で仕方のない部分もある。しかし、今の医療が過剰に行われている点に問題があるのも事実だ。例えば、「不安だから薬が飲みたい」、頭をちょっと打っただけで「心配だからCTをとって欲しい」とむやみに医者にかかる。しかし、CTを1回撮ると、1万円近くかかる。本当にそれは必要なのか。そんなことをいうと可哀想だと言う声もあるが、それは、単に感情論で、患者自身の不安という感情と医学的事実を混同しているにすぎない。
 医療費の大部分は、保険料で賄われている。その保険料は、現在、自分の子や孫、次の世代に借金してようやく成り立っているものだ。借金しておいて、自分は不安だから仕方ない、というのは間違いだ。また、医療保険制度は相互扶助で成立するもので、だからこそ厳正にルールを守っている人に提供されるべきものだ。その意味で、患者も自立して、賢くならなければならない。自分がなんで薬を飲んでいるのか、どのような治療を受けているのか、基礎的な健康づくりとして何をしなければいけないのか、そうした基本的なことは自ら勉強しなければならない。禁煙や禁酒、生活習慣を改めず、自分から健康を維持する努力をしない人までも公的保険制度で面倒をみていく必要はない。

「医療の社会化」で、地域への医療の開放を
―――  公的保険制度を維持していくためにも、これからの医療とはどのようにあるべきでしょうか。
村上   医療だけを特別視してはいけない。これからは、限られた財源の中で医療制度を維持して、子や孫の代に残していかなければならない。医療費抑制という点からも、いま推進されている在宅医療や訪問看護は良いツールとなる。在宅医療では、訪問看護師や介護士、口腔ケアをする歯科衛生士、薬剤師、ボランティアなどの多様な職種が連携して患者をサポートする。
 医療は医師だけが担うのではない。これまで病院内で閉じていた医療に、多様な人々が関わることで地域に開放されることになれば、医師だけが担ってきた役割が分担され、医師不足も解消する。さらに、医師にかかってきた費用を抑制できれば、その分で介護師の人数も、待遇も充実させることができる。私は、これを「医療の社会化」と呼んでいる。

「ささえる医療」の実現で、地域の活性化へ
―――  医療の社会化は、私たちに何をもたらしてくれるのでしょうか。
村上   患者は不安だ、不安だと言うけれども、多くの場合、そのときに受けたいのは高度な最先端医療ではなくて、患者の不安をわかってくれる医療であることが理想なのだと思う。とくに、高齢期は寿命との戦いになり、若者とは話の次元が異なる。
 それには、看護師や介護士をはじめ、地域の人々がつながり、患者に寄り添うことが必要だ。また、患者自身も自分の病気、身体の状態をよく理解し、どう過ごすのか、ある意味、「覚悟を持って過ごす」ということも学んでいく必要がある。しかも、医師は診察室を出て、患者のもとに自ら足を運び、最後の砦としてそこに係わる全ての人たちを後方から支援するというあり方に変換していくべきだ。その結果、みんなが求める安心を提供する良い医療ができてくる。
 さらに、そうした「ささえる 医療」に転換することは、町づくりにもつながる。例えば、がん末期の患者さんの所に、「終末期であっても可能な限り良い状態で過ごせるように」と近所のパン屋さんが体に優しいオーガニックのパンを届けに来てくれる。患者の生活の質の向上という意味では、これも患者へのケアの一種だろう。 全てが病院という箱の中で閉じていた医療を地域の中に流していけば、患者の生活の質も改善され、地域活性化に貢献する。地域の人が係わることで新しい産業も生まれ、雇用の創出にもつながる。 

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識者に問う5 「医療情報を、統一した方法でデータ化せよ」
 松田 晋哉 産業医科大学医学部 教授


医療資源が地域で偏在している
―――  医療制度における大きな問題は何だとお考えですか。
松田   一番の問題点は、医師や医療機関など、医療資源の地域間の配置の悪さ、偏りだ。厳然としてあるこの地域間格差を何とかしないといけない。しかし、日本では医師の自由開業が認められているし、多くは民間病院だから、偏在していることを理由に強制的に配置や機能の転換を行うことはできない。

医療情報を有効利用せよ
―――  それでは、医療資源の偏在を解消するために、何ができるのでしょうか。
松田   地域のどこで、何が足りないのか、あるいは余っているのかという情報を具体的に提示することにより、医師や病院が自らの判断で、自分達が提供する医療サービスや施設の機能を需給バランスに応じて修正できる仕組みを作っておくことが必要だ。それを実現させるには、Diagnosis Procedure Combination(診断群分類)の考え方が有効だと思っている。
 DPCは、患者を病名と医療行為の組合せで分類する方法だ。既に一部の自治体では、この分類に基づいて患者のレセプトをデータ化している。現在はこの分類は大学病院などの急性期入院の支払時に利用されて、医療費の「見える化」に寄与しているが、この分類手法を使うことで、地域間での傷病構造の違いや、必要とされている医療と患者の数のバランスを把握することができる。個々の病院や医師は、自分たちが得意とする診療分野が何かといった情報が見えるようになることで、機能転換や需要の多い診療分野への進出などを自主的に判断できるようになる。また、国・自治体は、診療報酬体系や補助金などの政策を使って、医療機関を効果的に誘導することも可能になるのではないか。

データ化する際の方法を標準化せよ
―――  そのために、いま最もすべきことは何ですか。
松田   当面の課題はレセプトをデータ化する際の方法を全国で統一することだ。都道府県、医療機関、保険組合ごとにその方法が異なっていると、全体像の把握や相互の比較が煩雑になってしまう。横につなげることも難しくなる。それぞれの利害対立を越えて官民で協力して、方法論の標準化を進めることができれば、様々な分析が容易になるし、医療計画への反映も促進される。
 日本の医療情報は、世界でも類のない高い価値を持っている。例えば、がんの新薬を高齢者にも収入の過多に関係なく投与できている国は日本ぐらいだ。それが平均寿命やQOL(生活の質)などにどのような影響を与えているか、そうした情報は世界の医療技術の進歩にとっても有益だ。基盤となる方法を統一し、標準化すれば世界にも類を見ない知的財産になるはずだ。


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