翁百合
NIRA総合研究開発機構理事/日本総合研究所理事長

概要

 2021年の法律改正において、後期高齢者(75歳以上)医療費の自己負担割合の引き上げが決定した。国民はこの改正を、実のところ、どう受け止めているのだろうか。
 NIRA総合研究開発機構は、経済・社会のテーマに関する「世論」が、熟慮や熟議を経ることでどのような軌跡をたどるのか、を調査した。その中で、人びとは社会保障の問題に高い関心を示し、過半数の人が後期高齢者の自己負担の引き上げに賛成した。多くの国民にとって、社会保障の問題は、現在または将来の自分事として考えやすく、不安を持っているようだ。ただし、個人の状況によって賛否が分かれる点も留意しなければならない。人びとに受け入れられる医療政策を策定するためには、少数派の意見にも配慮しながら、世代を超えて納得できるやり方を探ることが極めて重要である。
 手がかりになるのは、人びとの認識に見られた共通点だ。医療制度の持続可能性に対する懸念、医療費の無駄の削減といった効率性への認識、そして最も注目されるのが、医療費の負担割合を「年齢」で区切ることへの不満である。年齢ではなく負担能力で考えるべきだ、という「応能負担」の考え方が大きな支持を集めている。今後、「負担の分配」を考えていかなければならない中で、国民の合意を形成するためのアジェンダを提起する。

INDEX

 NIRA総合研究開発機構では、2回のアンケート調査(以下[熟慮]とする)とオンラインインタビュー形式での議論(以下[熟議]とする)を組み合わせて、様々な重要な課題について議論を喚起するプロジェクトを実施している*。本稿では、本プロジェクトで最初に課題を提起した、「後期高齢者医療費の自己負担割合の引き上げ」という個別テーマに対する国民の意見や関心についてわかってきたことを取りまとめる。

* プロジェクトでは、社会・経済に関する4つのテーマを選び、モニター登録型インターネット調査、およびオンライン座談会を実施した。インターネット調査は2回に分けて行われ、第1回目は、属性などの基本的情報や政策についての意見を調査した。第2回目では、人々の考えがどのように変化するかを調べるため、意見の異なる専門家(近藤克則氏、小塩隆士氏、西沢和彦氏)の論考を読んだ上で第1回調査と同じ質問に再度回答してもらった。これを熟慮型調査という。他方、第1回目の回答者のうち12名が同席する、Zoomを用いたオンラインでのインタビューを実施した。インタビューでは、熟慮型調査と同じ識者の意見を読み、また、互いの意見を聞き合った上で意見変化を観察した。これを熟議型調査という。調査方法・結果の詳細については、谷口将紀(2022)「人びとが受け入れ可能な政策ビジョンとは-熟慮・熟議型調査から考える(1)-」NIRAオピニオンペーパーNo.60、および川本茉莉(2022)「後期高齢者医療をめぐる熟慮・熟議型調査」NIRAワーキングペーパーNo.2を参照されたい。

社会保障は国民の関心が高く、自己負担の引き上げ賛成が過半である

 まず、1回目のアンケート調査で、政府に優先的に取り組んでほしい課題をたずねたところ、「年金・医療・介護」は26.8%を占め、最も優先すべき政策として挙がってきた。社会保障問題は、多くの国民にとって、現在、または将来の自分事として考えやすく、不安を持っているテーマであることが明らかになった(図表1)。

図表1 「もっとも優先的に取り組んでほしい政策」の回答

(注)n=4,238
(出所)NIRA総研(2021)「第3回中核層調査」から筆者作成

 また、2021年の法律改正において、後期高齢者医療費の自己負担割合の引き上げが決定したことについて意見を聞いた。年収が200万円以上の後期高齢者は、従来、医療費の自己負担は原則1割であったが、2022年10月からこれを2割に引き上げることに対する意見である。この引き上げについては、66%が賛成という結果となり、過半の人たちが賛成していることがわかった(図表2)。オンラインインタビュー形式での熟議でも、ほとんどの人が引き上げを支持した。ただし、1回目のアンケート調査から、1か月半の期間を置いた2回目の調査では1回目に意見を保留していた人たちの中で、いろいろな情報に接してより考えを深めた結果、「どちらかといえば反対」と答える人たちが増え、「反対」が20%を大きく超えた(前掲図表2)。このように、後期高齢者医療や財政の状況などは「話せばわかる」といった単純な話ではなく、やはり個人の置かれている状況等によって賛否が分かれる問題であるということが印象づけられた。さらに、年齢別に賛否を分析すると、近い将来負担が増える高齢者は自分事として捉える結果、引き上げに反対が多く、若年・中年層は賛成が多いことも確認できた(図表3)。

図表2 「窓口負担の引き上げ」への賛否

(注)熟慮型調査の参加者(n=239)の回答変化
(出所)川本茉莉(2022)「後期高齢者医療をめぐる熟慮・熟議型調査」 NIRAワーキングペーパーNo.2

図表3 「窓口負担の引き上げ」への賛否(年代×世帯年収別)

(出所)図表2と同じ

 このように10月から実現する2割負担への引き上げについては、おおむね賛成のほうが多い。しかし、様々な意見があり、今後の高齢化に向けた負担の議論について、国民が同意できる共通点を見つけ、少数派の意見にも配慮しながら、世代を超えて納得できるやり方を探ることが、極めて重要であることが示唆される。

 次に、反対派の懸念について検討する。まず、反対派の懸念として、アンケート調査による[熟慮]を通じて明らかになったことは、高齢者にとっての医療費負担の重さ、さらに病気になっても受診を控えてしまう可能性があること、年収200万円では生活していくうえで厳しい、といった点である。こうした懸念は個人が直面する状況によって大きく異なってくる。オンラインでの議論による[熟議]でわかったのは、持病がある、寝たきりで様々な手続きができないといった、特に困難を抱えている人が反対していることであった。また、[熟慮]でも、高齢者の中でも低所得者に抵抗があることがわかった(前掲図表3)。ただし、75歳以上の人たちは1割負担であり、医療費の負担感は小さいこともわかった(図表4)。さらに、高齢者で年金生活の親が、中高年の子の面倒を見ている(「8050問題」)といった問題を抱えているなど、負担を感じており、所得だけではわからない個別事情があることも浮き彫りになった。

図表4 「医療費の負担感」への回答(年齢別分布)

(出所)NIRA総研(2021)「第3回中核層調査」で実施した高齢者医療に関するアンケート結果から筆者作成

 一方、多くの人が認識する共通点として浮かび上がったこともある。まず、最大の共通点としては、負担能力を「年齢」で区切ることへの不満である。やはり、高齢化社会になり、年齢ではなく、負担能力で考えるべきだ、という「応能負担」への支持が大きく、この点については、今後「負担の分配」を考えていかなければならない状況の中で、重要な切り口であることが確認できた(図表5)。

図表5 「参考になった識者の意見」への回答

(注)識者については上記*参照。母数は熟慮型調査の参加者n=239。

明らかになった共通点

 そこで、アンケート調査の熟慮およびオンライン議論での熟議による調査の結果、明らかになった調査対象者の問題意識の共通点について、3点を取り上げる。それぞれについて、熟議と熟慮で明らかになった点を紹介すれば以下のとおりである。
・ 持続可能性についての認識:現役世代の負担が大きすぎて、医療制度が維持できなくなることへの
  危機感は多くの人びとで共有されている。
 [熟議]財政が厳しくなり国民皆保険制度の維持が難しくなる
 [熟慮]現役世代の負担が重荷となっており、現役のみが負担する仕組みには限界がある
・ 公平性についての認識:「応能負担」を多くの人が支持している。
 [熟議]高所得者が累進負担をすることで応能負担にすればよい
 [熟慮]応能負担は健康および社会格差の是正につながり、世代間の不公平感も和らげる
     負担能力のない人の負担引き上げは、応能負担に反している
・ 効率性についての認識:医療費の無駄に批判的な人は多い。
 [熟議]高齢者は自己負担が小さいので安易に受診しすぎている
 [熟慮]必要とする人に、支援が直接届くように、効率化すれば、高齢化社会の下でも政府の規模
     を小さく抑えることは十分に可能(注1)

合意形成のために議論すべきアジェンダ

 以上のように、医療制度の持続可能性についての懸念や、年齢で負担の多寡を考えるのではなく応能負担であるべきという意見は多く共有できること、また医療費の無駄を省くべきという点についても、多くの人びとで問題意識を共有できることがわかった。これら3点が、合意形成のための一歩となり得ると考えられる。

 ただし、応能負担を重視すべきとの意見は、後期高齢者の負担増への賛成派にも反対派にもみられた。現状で医療制度が維持できないという懸念が共有されている以上、能力に応じて負担を増やすことには多くの人が合意できると言える。ただ、意見を分けるのは「適正な応能負担」とは何か、ということであろう。負担を免れる「都合のよい理屈」として、応能負担という言葉が使われる可能性には留意する必要もある。適正な応能負担の在り方について、現在は所得だけがその基準となっているが、それだけでは必ずしも納得が得られるとは限らない。

 この点、既に指摘しているが、扶養家族の存在、身体の状況といった、生活上どうしても必要な支出がある場合には所得だけでよいのか、といった課題もありそうに思われる。もう1つ大きなポイントは、例えば、フローの所得のみならず、金融資産や持ち家といった資産にも着目することが考えられる。後期高齢者になると、所得は年金などに限られており、むしろ生活の豊かさを分けるのは、資産の大きさであり、自宅があり、貯蓄を取り崩すことができるかどうか、ということが大事になってくる。現状では、マイナンバーは金融資産にほとんど付番されていないため、金融資産の把握は難しい。しかし、一定の基準を決め、それ以上の金融資産を持っているかどうかを把握したうえで、応能負担を決めるという工夫はできないだろうか。こうしたことも「適正な応能負担」を考えていくうえで必要な検討事項となりそうである。

国民の声に応える

 以上のように、後期高齢者医療費の自己負担割合の拡大について、議論をしたところ、国民の意見や関心が少しずつ見えてきた。いわば、サイレントマジョリティーともいうべき、こうした個別課題に静かに関心を持っている人たちの意見を吸い上げて、長期的により良い政策の在り方をどう進めていくかを考えることは、重要である。

 少子高齢化のスピードを考えると、2022年10月からの後期高齢者医療費の自己負担割合の引き上げは、社会保障制度の持続可能性を維持するための一里塚でしかない。自己負担割合の見直しだけでなく、医療提供体制や医療保険制度の在り方など、もっと抜本的な仕組みの改革が欠かせない。

 医療制度や財政制度の持続可能性は、国民の不安を解消するために極めて重要な政策課題である。こうした不安にこたえるためにも、政府は医療制度や財政制度についての厳しい状況について、率直で丁寧な説明を行い、そのためにどういった改革が必要なのかを説明し、国民の不安にこたえることが求められている。その際に、そういった点について国民がどのような問題意識を持っているかを把握して、政策を丁寧に実現していくことが欠かせないだろう。

翁百合(おきな ゆり)

NIRA総合研究開発機構理事、日本総合研究所理事長。京都大学博士(経済学)。著書に『金融危機とプルーデンス政策』(日本経済新聞出版社、2010年)など。金融審議会委員、産業構造審議会委員等を務める。

引用を行う際には、以下を参考に出典の明記をお願いいたします。
翁百合(2022)「高齢者の医療費負担増を人びとはどう受け止めているか-熟慮・熟議型調査から考える(2)-」NIRAオピニオンペーパーNo.61


脚注
1 詳しくは、谷口将紀(2022)「人びとが受け入れ可能な政策ビジョンとは-熟慮・熟議型調査から考える(1)-」NIRAオピニオンペーパーNo.60を参照されたい。

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