楡井誠
東京大学大学院経済学研究科教授/NIRA総合研究開発機構上席研究員
宇南山卓
京都大学経済研究所教授/NIRA総合研究開発機構上席研究員
片桐満
法政大学経営学部市場経営学科准教授/NIRA総合研究開発機構上席研究員
小枝淳子
早稲田大学政治経済学術院教授/NIRA総合研究開発機構上席研究員

概要

 日本では経済の低成長が続く一方で高齢化により社会保障給付額は拡大し、政府債務の累増は日本経済の未来に不安を投げ掛けている。現実的な経済の見通しを置いた本稿の推計によれば、政府・日銀の政策が現状のまま維持される仮定した「ベースライン推計」では、基礎的財政収支(プライマリーバランス)の赤字が継続するため、国・地方の純債務残高は発散する。
 このような状況に、世論は悲観に傾きがちであるが、本稿では、穏やかな金利環境を期待できれば、現実的な負担、そして経済成長につながる制度改革で十分に対応できることを示す。2060年時点でPBをゼロにするために毎年GDP比で0.12%の増税を想定すれば、純債務残高の対GDP比は184%で安定する。仮にこの税収増の分を全世帯が均等に負担した場合、 2060年度時点での負担増は勤労者世帯で月2万8千円、高齢者世帯で月2万円と推計される。
 今後考えうる財政リスクは、①PBの赤字が継続する可能性があること、②金利水準が成長率よりも低い状況が続くこと(これは財政改善につながる)、③金利が成長率を上回る可能性があること、である。③の例として、低金利とデフレの状況への後戻りやレア・イベントによる国債の格下げなどが考えうる。また、TFP成長率を0.5%上げることで、2060年時点での総債務残高の対GDP比率を19.3%下げることができる*

INDEX

 パンデミック以後の世界的なインフレショックの中で、日本のインフレ率は明確にゼロを上回って推移している。日本銀行の異次元緩和政策の解除によって「金利ある世界」に回帰したことや、賃金伸び率の回復、日経平均株価の史上最高値更新に象徴されるように、2024年の日本経済は、30年にわたる停滞からの脱却に期待が高まっている。その反面、「福祉元年」といわれる1973年から半世紀を経て、想定以上の高齢化や経済の低成長に見合わない医療・介護給付の矛盾は、政府債務の累増として表出し、日本経済の未来に不安を投げ掛けている。

 本稿では、今後の日本経済を長期的に展望し、国民経済の推移と政府財政の見通し、および留意すべきリスクと挑戦すべき課題について考察する。最初にいくつかの前提をおいた上で経済財政の長期的な推計を示したのち、財政再建に必要な負担の分配について世帯別の推計を示す。次に、財政上の注意すべきリスクを検討する。中でも、政府債務の持続可能性を決める主要因は、プライマリーバランス(注1)(基礎的財政収支、以下PB)に加えて金利・成長率差であるので、金利が成長率を上回って推移する可能性について吟味する。最後に、生産性向上と少子化対策の重要性を指摘し、それが財政に持つ含意を検討する。

日本経済の「ベースライン推計」2025~2060

 まず、人口動態と経済成長について現実的な見通しをおいた上で、政府・日銀の財政金融政策が現状のまま維持された場合を想定したマクロ経済の長期的な推移を、「ベースライン推計」として定量的に示す。

 前提とする基礎的条件は、①人口減少の継続、②生産性の低い伸び、③金利が成長率を大きく上回らないこと(r-g=0)である。その上で、④日銀の金融政策によって2%インフレ目標が長期的に達成され、財政は現状の政策が維持されることを仮定する。ただし、これらの基礎的条件の仮定は、議論のベースとして設定したものであり、以下で示す推計結果は、蓋然性が高いと我々が考える予測値ではないことに注意されたい。

 ベースライン推計結果の概要は次のように要約できる。まず、GDP成長率は、人口減少を反映して推計期間中は実質で0.05%にとどまる。労働力人口1人あたり所得は、生産性向上を反映して従来程度の0.75%で成長する。ただし平均年齢の上昇によって、介護・医療などの非市場部門消費が現実最終消費に占める割合は、現在の20%から10%ポイント程度高まる(注2)。金利と成長率が長期的に等しいという想定の下で、現在の歳入・歳出構造を変えない場合、政府純債務の対名目GDP比率は発散経路をたどる。

 以下では、①〜④の前提条件について、具体的にどのような数字を設定するべきか、その詳細を検討する。

①人口減少と社会保障給付の増加

 もし仮に出生率が今すぐ回復したとしても、出産人口(15~49歳女性人口)はすでに減少傾向にあり、出生数の増加が労働力人口に反映されるのには時間がかかる。したがって、推計期間にわたって人口減少と高齢化が継続することは、大きく変えることのできない与件である。このような人口動態は、長期的には就業者数の減少と社会保障費(介護・医療・年金給付)の増大を意味する。

 国立社会保障・人口問題研究所(2023)の推計によれば、2020年から2060年までに総人口は年平均-0.68%で減少する(出生中位・死亡中位)。労働政策研究・研修機構(2024)の推計では、労働力率が2022年の62.5%から2040年には64.4%に上昇すると予想されるものの、労働力人口(注3)は2025〜2060年度に年平均-0.70%で減少する。

 他方、社会保障費のうち年金は、年金財政検証(2019)の値を基に試算を行い、また、医療費と介護費は高齢者増加によるコスト増を考慮して推計した。図1で示したとおり、社会保障費給付額の対GDP比は、2060年度には22.8%に達し、2024年度よりも約4%ポイント上昇することが見込まれる。ベースライン推計ではこれらの値を所与とする。

図1 社会保障給付額の長期的推移

(注)2022年度~2060年度の計数は推計値。給付額のうち、年金の推計値については、社会保障給付費収支表、年金財政検証のケースⅤ(所得代替率50%を維持した場合)を基に試算。また、医療介護の推計値については、高齢者数の増加と1人当たりの費用増によって、給付費の増加を見込んでいる。詳細は、巻末付表を参照されたい。
(出所)国立社会保障・人口問題研究所「社会保障費用統計」

②生産性の低成長

 国民の平均的豊かさと再分配の原資を規定するものは生産力である。日本の限られた経済資源を最大限に活かすべく、生産性を高める努力が官民で続けられているが、生産性が今後急に高まるといった想定は現実的でない。ベースライン推計では、今までたどった経路が今後も続くと現実的に見込み、推計期間中の全要素生産性の成長率を0.5%とおく。この値は主要先進国の下限に近い。

③成長率に等しい金利水準(r-g=0)

 人口動態と生産性の停滞に加え、金利が成長率と等しい水準(r-g=0)に収束することを仮定する。ここで金利とは安全金利のことを意味し、指標として10年国債金利を用いる。r-g=0の仮定は、近年、先進国の金融市場における長期国債金利が低下傾向にあることを反映している(トマ・ピケティが格差拡大の条件としたr>gのrは資本リターンなので、異なるrであることに注意する)。

 長期的にr-g=0に収束することを仮定した上で、資産価格モデル(注4)を用いて10年国債金利の今後の経路を推定する。このモデルでは、金利の長期的な均衡水準が1.8%ポイント上昇していくと仮定すると、長期的に10年国債金利が名目GDP成長率と平均的にほぼ等しい水準に収束する。これは、日銀の「2%インフレ目標」が長期的に達成される下で、インフレ期待が次第に切り上がるという想定に対応する。

 このモデルは、様々な年限の国債金利とマクロ変数(実質GDP成長率とインフレ率)を組み込み、金利の実効下限を考慮に入れた期間構造モデルである。サンプル期間1990年Q1~2023年Q4のデータからモデルパラメーターを推定した上で、成長率とインフレ率のベースライン推計と整合的になる金利経路を推定する。ベースライン設定における推定金利経路を図2に示す。経路は起こる確率に応じて色分けされている。債務経路を計算するにあたっては、2060年にr-g=0が達成されるパーセンタイルでの金利経路を用いるが、図2に見るように、実現し得る金利パスにはかなり大きな幅があることに留意が必要である。

図2 ベースライン推計の10年金利の長期的推移

(注)モデルから10,000回発生させた金利経路の5パーセンタイルから95パーセンタイルの範囲を示す。実線はその平均値。

④財政金融政策

 人口、生産性、金利の想定に加えて、政府・日銀の財政金融政策が現状のまま維持された場合を考える。ベースライン推計では、インフレ期待の緩やかな上昇を通じて、日銀の目指す2%物価上昇率が長期的に達成されるとする。税と社会保障保険料が現在の水準(対GDP比)で固定される結果、2060年度のPB赤字はGDP比4.1%になる(注5)と想定する。

「PBゼロシナリオ」2025~2060

 ベースライン推計ではPB赤字が継続するため、r-g=0の想定の下では債務対GDP比が発散してしまう。その場合、いずれかの時点で大幅な歳出削減や増税、インフレ率の急騰などの調整が避けられず、そうした状況に陥ることは望ましいとは言えない。そこで、債務が安定するケースを示すために、PBがゼロ近傍で推移するという内閣府試算(注6)が、長期にわたって継続する「PBゼロシナリオ」を考える。そこでは、2060年度のPBをゼロにするため機械的にGDP比0.12%に相当する増税が2026年度から毎年実施され、2060年度に増税が終わると仮定する。これは消費税でいえば2060年度に19~20%程度に到達して停止するペースである(注7)。税率20%は欧州主要国の付加価値税の標準的水準である。

純債務対GDPでみる試算結果

 中央・地方政府の総債務残高は、2022年度末で1,378兆円、対GDP比243%である(注8)。政府の債務状況を見るとき、中央・地方政府のほか、社会保障基金を含めた一般政府を見る場合があり、日本銀行まで含めた統合政府を考えることもある。社会保障基金には中央・地方政府から公費が投入されており、日本銀行から中央政府には国庫納付金があるため、3つの勘定は関連している。

 日銀のバランスシートについては、非伝統的金融緩和を経て現在は膨張した水準にある。今後「2%インフレ目標」が達成されて利上げが行われた場合、日銀の資産の毀損や追加的な財政負担が発生する可能性も指摘されている。もっとも、いつどの程度の損失が発生するかなど不確実性は大きい。そのため、本稿では日銀の資産に関する追加的な財政支出は発生しないまま「2%インフレ目標」が達成されると想定する。

 また、社会保障基金には2022年度末で309兆円の金融資産がある。それは、将来の公的年金給付が、「マクロ経済スライド」によって抑制をしても保険料収入を超えてしまう部分の見合い資産となっている。一方で、医療・介護給付は、今後も対GDP比で増大することが見込まれている(図1)。その分は、公費投入の増額によって賄われ、中央・地方政府が負担する社会保障費の対GDP比は35年間で8.8%から12.5%に上昇すると想定する。つまり本推計では、医療・介護給付の増大を中央・地方政府に負担させた場合の債務推移を考える。

 中央・地方政府の債務の持続可能性を考える際には、政府が資産を保有していることも考慮する必要がある。そのうちインフラなどの実物資産は行政サービス執行に必要で換金性に乏しいが、証券や外貨準備などの金融資産は取り崩すことが可能である。そこで本稿では、政府の債務から流動性の高い保有金融資産を差し引いた純債務の対GDP比が安定することを「財政の持続可能性」と呼ぶ。本稿で債務GDP比というときには、特にことわらない限り、この純債務の対GDP比率を指す(注9)

 図3にベースライン推計とPBゼロシナリオにおける債務GDP比の推移を示す。現行の税・社会保険料負担を変更しないベースライン推計では、PB赤字が続くことから、債務GDP比は発散経路をたどる。一方、毎年GDP比0.12%分を2060年度まで増税したPBゼロシナリオの場合は、債務GDP比が184%で比較的安定する。

図3 ベースラインシナリオとPBゼロシナリオの債務対GDP比の長期的推移

(注)2022年度以降は推計値。ここでの債務は純債務残高。ベースラインシナリオ、及びPBゼロシナリオの試算や純債務残高の算出方法については、巻末資料を参照されたい。
(出所)内閣府「国民経済計算」

非市場部門と市場部門のトレードオフ

 PBゼロシナリオでは毎年GDP比0.12%相当のPB改善を35年間継続することを仮定した。これを、例えば以下のような選択肢を組み合わせて達成することが考えられる。

1 直接税率や社会保険負担率の引き上げ
2 消費税率の引き上げ
3 医療・介護給付増大の抑制

 これらの選択肢が経済に与える影響は、さまざまな観点で異なる。その中でも最も大きな違いは、1、2と3の間にある。1、2の選択肢は、生産・消費のセクター間配分には直接の影響を与えず、世帯間での分配を変化させるだけである。一方、3の「給付増大の抑制」は、医療・介護セクターの生産・消費水準に影響を与え得る。

 まず、選択肢3について考察する。マクロ経済における生産活動は、市場で価格が決まり取引量が決定する市場部門と、政府が価格や供給量に強く関与する非市場部門に分けることができる。GDP統計では両部門の消費の合計を「現実最終消費」と呼んでいる。非市場部門消費の代表が医療・介護サービスであり、医療・介護保険制度を通じて、政府がその規模に影響を与えている。

 高齢化に伴い、非市場部門消費が現実最終消費に占める割合は、図4でみるように、1994年度の14.7%から2022年度には21.2%まで増加した。今後も現在と同じ制度が維持されるとすると、ベースライン推計では2060年度までにさらに10%ポイント程度上昇する。消費全体の10%は、2020年の実績で言えば「娯楽・スポーツ・文化」と「外食・宿泊サービス」の合計に相当する規模である。

 非市場部門の拡大は、より多くの労働力が非市場部門に従事することを意味する。それは市場部門の労働供給制約を強め、市場部門の消費財生産を抑制する要因になる。その意味で、医療・介護給付の変更は、市場部門と非市場部門のトレードオフの問題であり、特定の財の支出シェアを選択する問題である。

 通常、家計による消費の選択は市場価格をみて意思決定される。しかし非市場部門では、社会保険制度に基づく価格設定やサービス供給体制に消費量が大きく影響されるため、ニーズにあった技術革新や効率化を実現するのは難しい。公的保険の対象を、真に必要な医療・介護サービスに絞り込み、効率的に提供することによって、経済はより多くの資源を市場部門に投入できる。

図4 市場・非市場部門別の消費

(出所)内閣府「国民経済計算」

 他方、選択肢の1と2では、「誰が」負担するかが大きく異なっている。特に、現役世代と退職世代の負担構造が大きく異なる。選択肢ごとに、PBゼロに必要な現役世代・退職世代の負担を、一定の仮定の下で試算したものが表5である。所得と税について、現役世代は2022年の家計調査の勤労者世帯の数値を、また、高齢者世帯は同家計調査の年金・恩給を受給している無職世帯の数値を利用した。税や社会保険料の詳細な構造は考慮せず、必要な財源をすべて現役世代が負担するケース(選択肢1)と、全世代が均等に負担するケース(選択肢2)を示す(注10)

表5 勤労者世帯と高齢者世帯の収入と税・保険料負担

(注)総務省「家計調査」(2022年)を基に算出。2040、60年の計数はPBゼロシナリオで仮定したデフレータで実質化した。( )内の数値は、対収入、あるいは対年金給付費の割合を示す。また、世帯人員については2022年度から2060年度にかけて、勤労者世帯は2.6人から2.5人へ、また、高齢者世帯は1.9人から1.8人になると試算した。千円未満を四捨五入している。

 PB改善のないシナリオでも、税・社会保険料は2060年度までに増加(2022年価格で勤労者世帯あたり月額4万5千円の負担増)が見込まれているが、所得増加とほぼ比例的であり、所得に占める税・社会保険料の割合(負担率)はほぼ横ばいである。

 しかし、PBゼロシナリオでは、大幅な負担増が避けられない。現役世代だけが負担する選択肢1では、2060年度の現役世代は所得の6.1%の追加負担(同4万6千円の負担増)が必要であり、負担率は現在の20.3%から25.4%まで上昇する。さらに、分析では考慮していないが、労働への過度な課税は現役世代の勤労意欲を減退させ、経済活動を低下させる可能性もある(注11)。このように考えると、現役世代のみに荷を負わせるのは大きな負担となる。

 一方、選択肢2では、2060年度時点で退職世代も2万円の追加負担を担うことで、現役世代の追加負担は所得の3.7%(同2万8千円)に抑えられる。2040年度時点では、現役世代に月額1万円、退職世代に8千円負担増と負担の増加ペースは緩やかであり、現在の高齢者に急激な変化をもたらすものではない。将来の退職世代は現在の現役世代であるため、高齢期の負担の減少幅が小さくなる構図となるため負担感は抑制できる。

 選択肢3の給付抑制や、非市場部門の効率化をできる限り進めながら、なお足りない部分を見据え、幅広い世帯が社会保障を共に担う姿になるべく早く移行することが必要である。

財政リスクの検討

 以下では財政上の注意すべきリスクについて述べる。政府債務対GDP比は、分子が債務残高の平均金利(r)とPB赤字によって増大し、分母は経済成長率(g)で増える。したがって債務GDP比を決定する鍵はPBとr-gである。「r-g=0」の仮定の下では、既存債務の利払いの増加はGDP成長と相殺する。PBゼロの見通しと合わせると、債務GDP比は高位(184%)で安定に向かうことになる。内閣府試算のベースラインケースでもr-gは期間平均(2025~2033年度)で0.1%であり、本試算とそれほど変わらない。しかし、より大きなr-g>0を想定した場合と比べると、本試算の前提は楽観的な見通しとなっている。以下では、ベースライン推計やPBゼロシナリオの前提を吟味することによって、財政の長期的なリスクを検討する。

①PB赤字の継続

 債務GDP比が安定するためには、PBがゼロになることが前提であり、その前提が成り立つためには、前項で挙げたような給付抑制や税・保険料の増額といった、痛みを伴う改革が必要となる。これまでも財政健全化の目標としてPB黒字化が掲げられてきたが、2000年代に入って1度も達成されていない。過去の財政運営を考えると、PB赤字が今後長期にわたって継続するリスクが考えられる。例えば、社会保障費増大の抑制が想定通りに進まないケースや、防衛費の増加や少子化対策拡充の財源確保が行われない、補正予算編成の慢性化を止められないなどである。ベースライン推計が示すように、たとえr-g=0という楽観的な見通しの下でも、PB赤字が続けば債務GDP比は発散する。

②r-g<0の可能性

 一方で、国債金利が成長率よりも低い状況(r-g<0)が続くのであれば、一定のPB赤字があっても債務GDP比は発散しない(Blanchard 2019)。これは、成長率が金利を上回る分だけ、PB赤字による債務増加を許容する余地が生じるためである。近年世界的に安全金利が低下しているが、その理由として国債保有に一定の利便性(コンビニエンス・イールド)が発生していることが挙げられる。日本においても、長寿高齢化を背景にした家計の安全資産需要が強く、国債金利を押し下げる一因になっている。

 PB赤字を続けながらも債務GDP比を安定化することがr-g<0によってできたとしても、r-gを無理に低く抑えることが経済全体にとって望ましいかどうかは別問題である。安全資産需要の高まりを背景に、低い実質利回りの国債を金融機関が自発的に保有する限りにおいては、低利回りは政府の提供する安全資産サービスの対価とみなすことができる。しかしそれ以上に国債を保有させるためには、保有し続ける動機を金融機関に与える必要が出てくる。

 例えば、プルーデンス政策の一環として、金融機関が自国国債を保有するインセンティブを高めるような政策を導入すれば、政府の利払いを低く抑えることが原理的には可能である。こういった「金融抑圧」が仮に行われた場合、それは金融機関への事実上の課税であり、金融機関への課税は債権者である預金者への資産課税とみなせる。金融抑圧の社会的コストが財政再建のコストと比べて小さいのかどうかについては、慎重な議論が求められる。

 金利を低く抑えつける政策の作用として物価上昇と自国通貨の減価がある。物価上昇には、債務GDP比を一時的に軽減する効果がある。短中期的に、インフレ率の上昇に対して国債の平均利回りは緩やかにしか上昇せず、多くの政府債務が名目債務であることからインフレ率が上昇しても残高に変化がない一方、分母の名目GDPはインフレ率の上昇によって即座に増え始めるためである。ただし、この低下は「フリーランチ」ではなく、国債と貨幣の所有者に対して一時的に発生する「インフレ税」である。そして金融抑圧と同様、その社会的コストが財政再建のコストと比べて小さいのかどうかについては、慎重な議論が求められる。また、低金利政策は通貨安を招く。それによって資本流出リスクが高まれば、そもそも低金利環境を維持することが困難になり、rがgを越えて大きく上昇することが避けられない。

③r-g>0のリスク

 ベースライン推計ではr-g=0を仮定しているが、r-g>0が続くことで財政の持続が困難になる可能性がある。特に、人口減少とマイナス成長が続く中、低金利とデフレの状況に後戻りするシナリオが考えられる。この場合、ゼロ金利制約の存在により、r-g>0が慢性化する恐れがある。

 また、レア・イベントがr-g>0を引き起こすシナリオもある。リーマンショックやコロナ危機では、マイナス成長による名目GDP低下に加え、大規模な財政支出が実施されてPBが悪化した。これにより、すでに高位にある債務GDP比はさらに悪化し、リーマンショック時には13%超、コロナ危機時には20%超増加した(注12)

 一般に、債務状況の悪化は国債の格下げを通じて金利を恒常的に上昇させ得る。日本国債の格付けは90年代後半以降、低成長に加えて高水準の債務や財政健全化の遅れなどを理由に、複数回にわたって引き下げられてきた。現在のソブリン格付けで日本は中国と同等の評価を受けている。今後さらなる格下げが起こると、金融機関を含む日本企業の格下げなど負の波及効果が懸念される。

 さらに、資金繰りの論点も重要である。2010年以降、借換債の発行額が毎年100兆円を超えることが常態化している。コロナ禍を経た2023年末時点で1年未満に生じる国債(国庫短期証券を含む)の元本支払い負担はGDPの40%を超える状況にある。債務危機には「予言の自己成就」という側面がある。いったん返済が不安視されると、貸し手がいなくなり、実際に返済できなくなる。金利の正常化とGDP縮小が進む中で、高位の債務を続けることには一定のロールオーバーリスクを伴う。

 格下げなどによって金利が1%上昇すると債務の推移がどう変わるのかを見るため、PBゼロシナリオの金利に機械的に1%上乗せして試算した。図6に示すように、債務GDP比は発散経路をたどり、2060年までにPBゼロシナリオから66%ポイント増加する。これはr-g>0の威力を示して余りある。金利が成長率を上回って推移したら、財政を持続させる術はPB黒字以外にない。

図6 シナリオ別に見た純債務対GDP比の長期的推移

(注)「PBゼロ+金利1%シナリオ」は、PBゼロシナリオの金利水準を1%分引き上げた場合である。また、「PBゼロ+低物価上昇率シナリオ」は、PBゼロシナリオの想定する物価水準を1%分引き下げた場合である。さらに、「PBゼロ+成長シナリオ」は、PBゼロシナリオのTFP上昇率を0.5%分引き上げた。詳細は、巻末付表・資料を参照されたい。

 長期にわたる財政持続性のためには、平時にはないリスク、例えば大きな自然災害や安全保障上の危機にも耐えられる債務水準を考える必要がある。ベースライン推計が示しているのは、平均的にr-g=0が実現するという比較的に楽観的な想定の下でも、債務GDP比を安定させるためには平均的なPBゼロが必要であり、かつ、高止まりした債務水準にはいくつかの重要なリスクが伴うということである。さらに、r-g<0であっても、債務残高が大きくなりすぎるとコンビニエンス・イールドが逓減し、一定の閾値以上では財政余力がなくなる可能性が示されている(Mian et al. 2023)。将来の危機時に対応できる財政余力を持つためには、平時におけるPBを改善しておく必要がある。

経済成長のインパクト

 財政問題を議論すると、増税や社会保障給付削減など、政府部門に関心が集中するのが通例だ。しかし銘記すべきは、債務の安定化にとって、民間部門の経済成長の実現が政府部門と同様に重要だという点である。Reinhart and Sbrancia(2011)は、歴史上、高水準に達した債務GDP比を低下させ得る要因として、PB改善やデフォルト、インフレによる実質債務の低下に加え、経済成長を挙げている。

 経済成長は、r-gのgを引き上げるとともに、PB改善を容易にすることで財政持続可能性に寄与する。ただし、物価上昇による名目成長率上昇は、長期的には、名目金利を同じだけ上昇させるため債務GDP比に中立的であり、国民の経済厚生にも直接寄与しない。経済厚生に重要なのは実質経済成長である。

 実質経済成長率は生産性と労働人口の成長率で決まる。ベースライン推計では、全要素生産性成長率を0.5%、労働力成長率を-0.70%とし、その結果として実質経済成長率を0.05%とした。こうした停滞の予想を上回るような生産性と労働人口の伸びを実現できれば、r-gは短中期的に低下することになる。

 生産性成長率0.5%という前提は内閣府試算のベースラインに対応するが、同試算は中間的な参考ケースとして1.1%という値も挙げている。また、深尾(2023)によれば、直近の生産性成長率は0.6%と推定されるのに対し、上位推計値は0.9~1.2%とされている(注13)。そこで、生産性成長率が1%で推移し、PBをゼロとした「成長シナリオ」の推計は図6に示したとおりである。推計によれば、生産性成長率の0.5%上昇によって長期の債務GDP比は19.3%低下する。

 一般に実質経済成長率の上昇に際して、資金需要は高まり、国内市場で成立する長期金利は上昇すると考えられる。しかし、国債金利が成長率にどの程度反応するかを見積もるのは難しい。資本リターンに比べ国債金利は、金融政策の影響も強く受ける。政策によって金利を成長率に見合わない水準に押さえ付ければ、前節で論じたような、無理にr-g<0を発生させるコストに直面する。

 一方で、本推計において成長が債務GDP比の改善に寄与するのは、金利が成長率の上昇に遅れて追随すると推計されているためである(図7)。この推計によれば、生産性成長率の0.5%ポイント上昇は、リーマンショックやコロナ危機によって被った財政悪化を相殺する規模の債務GDP比改善に貢献する(注14)

図7 成長シナリオにおける10年国債金利と成長率の長期的推移

(注)成長シナリオの試算方法については、巻末資料を参照されたい。

 生産性成長は、基本的には個々の企業におけるイノベーションの積み重ねで起こる。イノベーションの起こし方に奇策はなく、経済の実力を高めるための努力と挑戦を各方面で息長く続けるほかないが、それは経済厚生と財政にとって重要な帰結を持つ。

 生産性成長よりもさらに難度は上がるが、労働力人口の回復も同じくらい大きなインパクトを財政の持続可能性にもたらす。それは、債務GDP比の分母が国の経済規模であり、労働力人口はそれに直結するためである。さらに、老年人口に対する労働力人口比の上昇は、社会保障給付の対GDP比を減少させてPBを改善する。

より長期の目標

 ベースライン推計では、低生産性成長と人口減少を2060年までに変えることのできない趨勢とした。しかし、この2つを変えるのが不可能だということではない。むしろ、生産性と人口こそが腰を据えて取り組むべき課題である。その両方の課題に作用する核心に、人々が「いかに生き、働くか」を規定する労働市場がある。労働市場改革と人的資本政策は、長年にわたる構造改革が積み残してきた課題である。

 経済成長の主役が物的資本から人的資本に移行する中、労働市場に期待される機能は二重化している。1つには、雇用の流動性を高める要請がある。現代の経済成長の源泉である情報化と国際化をうまく取り込めなかった理由の1つに、硬直的な雇用制度が挙げられる。能力を発揮したい労働者と挑戦したい企業をマッチさせる仕組みが機能していない。

 もう一方に、家計の生活を保証する制度としての労働市場が求められている。労働市場は、人々が自由に自らの暮らしを立て、社会に貢献することを可能にする場である。しかし、長時間労働や賃金停滞といったこれまでの労働条件が、子育て環境を劣化させ、人口の未来に影を落としている。

 家計にとって労働市場は、スプリングボードであり、セーフティネットである。一見相容れないように見えるこれらの要請は、手入れの行き届いた労働市場が応え得るものである。ベースライン推計において、2060年まで変えることのできない与件とした人口減少と低生産性成長を、長期において変える可能性を秘める政策が労働市場改革である。

 このような考察は、本稿で考えた長期よりもさらに長い「超長期」の目標につながっている。ベースライン推計の人口減少を延長すれば、いずれ日本列島に人はいなくなってしまうことになる。しかし、社会の存続のためにこそ財政はある。社会の持続可能性という超長期の目標に対して、労働市場改革を通じた長期経済成長の姿はどのように整合するのだろうか。ここで時計の針を1世代戻してみよう。

 バブル絶頂期の日本が、それほど良い社会ではなかったことを思い起こさせる一節がある。1991年に政治学者の王滬寧は、当時の米国が日本の「集団主義、無私無欲、権威主義的」な経済体制に打ち負かされつつあると記した。その後、彼は中国共産党の開発独裁の政策思想を主導することになる。彼が記したのはしかし、昭和の日本の姿である。当時の体制ではキャッチアップ後のイノベーションを果たすことができず、経済成長も持続可能ではなかったことを、今の我々は知っている。昭和が遺した労働市場はまた、自由な社会に生きる多様な人々の再生産を可能にする働き方を許すような、包摂的なものでもなかった。

 過去30年間、日本のマクロ経済指標は確かに停滞した。一方で、日本社会はこの30年間で不可逆的に変化した。これから社会に参入してくる新世代にとっては、多様な生き方・働き方が認められるべきことなのは当然のことになっている。時代に合わせた労働市場改革を続けていくことができれば、日本経済の創造性が花開くのはまさにこれからであろう。

 本稿では、日本経済と財政の長期見通しを考察した。高水準の政府債務と人口減少を前にして、世論はともすれば悲観に傾きがちである。しかし、穏やかな金利環境を期待できれば、現在の財政の置かれた状況に対して、現実的な負担で対処していくことは十分可能である。その上で、家計の安心と企業の飛躍を可能にするための制度改革を、着実に継続することにこそ注力すべきである。

参考資料


Oliver Blanchard(2019)“Public Debt and Low Interest Rates”, American Economic Review, VOL.109, No.4 April.
Junko Koeda and Bin Wei(2023)“Forward Guidance and Its Effectiveness: A Macro Finance Shadow-Rate Framework” Working Paper 2023-16, October 2023, Federal Reserve Bank of Atlanta.
Atif Mian, Ludwig Straub, and Amir Sufi(2024)“A Goldilocks Theory of Fiscal Deficits”, Working Paper.
Carmen M. Reinhart and M. Belen Sbrancia(2011)“The Liquidation of Government Debt”, NBER.
厚生労働省(2019)「将来の公的年金の財政見通し(財政検証)」
国立社会保障・人口問題研究所(2023)「日本の将来推計人口(令和5年推計)」
内閣府(2024)「中長期の経済財政に関する試算」
深尾京司(2023)「日本の潜在成長率向上に何が必要か:JIPデータベース2023を使った分析」独立行政法人経済産業研究所, RITEI Policy Discussion Paper Series 23-P-028
労働政策研究・研修機構(2024)「2023年度版労働力需給の推計(速報)―労働力需給モデルによるシミュレーション」

引用を行う際には、以下を参考に出典の明記をお願いいたします。
(出典)楡井誠・宇南山卓・片桐満・小枝淳子(2024)「人口減少下の日本経済と財政の長期展望―2060年の家計の姿を描く―」NIRA総合研究開発機構

脚注
* 本稿の分析は、NIRA総研研究員・研究コーディネーターの鈴木壮介、竹中勇貴、渡部春佳が協力した。
1 税収と税外収入の合計額から政策的経費(歳出から、国債の元本返済や利子の支払いに充てられる国債費を除いた額)を差し引いた額のこと。
2 消費については、別途、長期のマクロモデルを使ってシミュレーションを行った。後述の「非市場部門と市場部門のトレードオフ」での非市場部門の消費動向は、同モデルで推計された。
3 労働政策研究・研修機構(2024)の「成長率ベースライン・労働参加漸進シナリオ」を参考にした。ただし、推計では2040年までの値しかないため、2041年以降の労働力率は2040年と同率とした。
4 詳細はKoeda and Wei(2023)のMF-SRTSM0モデルの記述を参照されたい。なお、金利の長期的な均衡水準とは、リスク中立過程における短期金利の長期的な均衡水準(モデルのrinfQパラメター)を指す。
5 付表3では小数点第1位で四捨五入しているため、PB赤字額対GDP比は4%となっている。
6 内閣府「中長期の経済財政に関する試算」(2024)を意味する。
7 GDP比0.12%の増税を2060年度までの35年間実施すると、GDP比で4.2%の収支改善が見込まれる。他方、消費税率1%の引き上げは、対GDP比で0.55%の増収となるが(2021~22年度、2017~18年度の比較から算出)、政府が購入する財・サービスへの支出が0.07%増加することから、収支の改善効果は、0.48%となる。消費税率への換算は、4.2%を0.48%で除して算出した。
8 ここでの総債務残高は、国民経済計算を参照しており、普通国債・地方債・交付税特別会計借入金以外の各種債務含む。
9 純債務残高の定義については、巻末資料2を参照されたい。
10 本試算では年金支給について所得代替率50%が維持されることを想定し、公的年金の切下げは考慮しない。
11 家計調査ベースの推計は家計の負担のみを捉えたものであり、選択肢1で発生する雇用主の負担は捉えられていないことにも注意が必要である。
12 リーマンショック時の計数は2008年度と2009年度の差、コロナ危機時の計数は2019年度と2022年度の差である。計数は、内閣府「中長期の経済財政に関する試算」(2014年1月)に掲載されている国の公債等残高を使用。
13 深尾(2023、表2)の2015~2019、ケース1、ケース2から、労働の質向上をTFP成長率に換算して加えたもの。
14 図6の成長シナリオは、PBゼロシナリオと比較すると、2040年度では債務対GDP比は14.4%、2060年度では同19.3%改善すると試算される。

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