企画に当たって

現代民主主義にとって大きなチャレンジ

宇野重規

NIRA総合研究開発機構理事/東京大学社会科学研究所教授

KEYWORDS

オープンガバナンス、バラク・オバマ米大統領、透明性・参加・協働、政府の情報公開、市民からの政策提案、民主主義の深化

透明性・参加・協働がカギとなる

 「オープンガバナンスの時代」が到来しつつある。本特集では、研究者や政策を推進する中央官庁の担当者に加え、具体的な実践を展開する自治体の首長やNPO(非営利組織)のリーダーの意見を集めている。「オープンガバナンス」をたんなる構想や掛け声に終わらせず、具体的に社会実装させていくために、その現状を探ることが目的である。

 「オープンガバナンス」とは何か。この言葉が広く知られるきっかけになったのは、東京大学の奥村裕一教授が指摘しているように、バラク・オバマが大統領に就任したその初日に示した3つの原則である。オバマによれば、政府に求められているのは、「透明性(transparency)」、「参加(participation)」、そして「協働(collaboration)」である。この原則の下、たんに政府の情報が公開されるだけでなく、利用可能なデータとして提供されることで、市民自らが現状の分析や政策課題の提案をしていくことがポイントである。内閣官房の犬童周作参事官は、そのキーワードとして、「官民データの共用(=共有・活用)」を指摘している。背景にあるのは、もはや政府だけの力で公共サービスを提供することは困難であり、中央と地方、政府と民間の壁を越えた協力が不可欠になりつつあるという認識であろう。

民主主義の深化に向けて

 このような「オープンガバナンス」が、民主主義の深化に資するものであることは間違いない。これまで政治参加という場合、主として想定されるのは選挙を通じた、主権者としての意思表明であった。その場合、現状の分析や政策課題の提案は、政党や行政の役割とされた。もちろん、市民の側からの提言が否定されるわけではないが、政策形成の中心的担い手はやはり政治家や官僚であった。これに対し、「オープンガバナンス」の発想では、市民が選挙を介さず、中央・地方の政府に対して直接的に政策を提案する可能性が示される。「透明性」という場合も、たんに情報を公開するにとどまらず、具体的な政策形成のプロセスや、その根拠付け自体を透明化することが念頭に置かれる。

 このことは、行政の側にとっても、メリットをもつ。何より、なぜこの政策が必要なのか、そのコストとメリットを市民に理解してもらうことで政策の正当性が強化されるからである。熊谷俊人千葉市長は、情報を開示して選択肢を示すことで、市民自らが「経営者」としての感覚をもつようになることを、自らの経験に基づいて論じている。また、ITを通じて市民から直接的に情報を得ることで、業務の効率化や簡素化も実現される。海外では、道路や街灯の故障を市民から通報してもらうことで、行政の側で迅速な対応が可能となる事例が報告されていたが、熊谷市長が「ちばレポ」の事例を紹介しているように、日本でもようやくこれを実行する自治体が出てきたことが注目される。

 とはいえ、インターネットの発達が、自動的に市民の政治参加を促すわけではない。コード・フォー・ジャパンの関治之代表理事は、行政と民間の壁を越境した人材づくりを提唱している。民間からIT人材を起用し、市民の間におけるITに対する理解を深め、市民自ら行政に働きかけていく意欲と知識を身に付けていくことがその目的である。このような人材があってこそ、「オープンガバナンス」が実現する。行政の側で、より質の高い情報やデータを、より使いやすい形で市民に提供し、市民の側でも政府を「自分たちが、自分たちのコストで支え、運営している」という意識をもつという好循環を支えるためにも、人材の育成が大切であろう。

 もちろん、ITの活用の仕方が一様である必要はない。とくに自治体の場合、それぞれの地域ごとに、歴史的に積み上げてきた取り組みがある。そのような過去からの市民参加の実践を、人口減少が進むなか、ITに代替させられるところは代替させ、その上で現代化を図ることが重要である。宇部市の久保田后子市長は、県立医大の疫学データを基盤として、「産・官・学・民」でばいじん公害に取り組んだ「宇部方式」の事例を紹介している。「オープンガバナンス」という言葉が登場する前から存在した「宇部方式」を、新たなIT技術によって現代的に展開しようとしている点が注目される。

新しいガバナンスの構築について 5人の識者はどう考えているか
(※文字の大きさは、インタビューで識者が使用した頻度を示している。)

 少子高齢化と人口減少、災害対策、まちづくりや地域づくりなどはすべての自治体に共通する課題である。これらはいずれも、「オープンガバナンス」によって状況を改善することが可能な課題でもある。その意味で、「オープンガバナンス」の実現は日本社会にとって喫緊の課題である。さらに、「オープンガバナンス」の実践を加速化することによって、現代的な民主主義を深化させることは、代表制民主主義を超えた民主主義のポテンシャルを実現していくことにもつながる。このような「オープンガバナンス」によって日本社会に共通する社会的課題に取り組んでいくことが、現代民主主義にとって大きなチャレンジとなるであろう。

識者に問う

行政と市民の新しい連携の場をどのように構築できるか。21世紀のガバナンスをどのように構想すべきか。

行政と市民の「協働」で実現する「新しいデモクラシー」

奥村裕一

東京大学公共政策大学院客員教授

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新しいデモクラシー、市民参加型社会、デザイン思考、オープンガバメント覚書

 昨今の内外情勢を見るとデモクラシーの近代的価値観に揺らぎすら感じられる。この流れを食い止めるには、社会に対する不満の解消としてのデモクラシーから、自ら責任ある社会をつくり上げる「新しいデモクラシー」に転換していくことが望ましい。

 まず、市民は社会の合意形成に責任をもって関わり政策や社会課題に自主的に取り組む経験を積んで公共の大切さを自らのものにする必要がある。同時に行政をより開かれたものにし、「市民参加型社会」によるガバナンスつまりオープンガバナンスを築くことだ。行政はオープンデータだけにとどまらず、市民と行政の協働をめざさなければいけない。行政は始めから完璧な公共サービスや政策をつくろうとするのではなく、まずは「プロトタイプ(原型)」を示し、利用する人びとの反応をよく見て手直ししながら完成に近づけていくというデザイン思考の考え方を取り入れるべきだ。市民も自分たちの意見発信により、政策がよりよくなっていくことが実感できれば、主体的に地域のことを考えるようになっていく。「市民も変わる」「行政も変わる」の旗印のもと、行政は「透明」になり市民は「参加」をめざし両者が「協働」する。この3つがオープンガバナンスの原則である。デジタル時代を背景に実現可能となった「新しいデモクラシー」といえるだろう。

 2009年にオバマ前アメリカ大統領が示した「オープンガバメント覚書」をきっかけに、この動きは世界的に広がった。オープンガバメントやその一部のオープンデータは行政発の色彩が強いが、オープンガバナンスは市民も主役である。日本でも全国で259の自治体がオープンデータに取り組み、一方、牧之原市(静岡県)のように市民との協働から入っている自治体もある。

 しかし、地域によって取り組みにかなり温度差があるのが実情だ。首長や職員がイニシアチブを取って熱心に進めている自治体もあるが、これを属人的な取り組みではなく、持続性のある仕組みにしていかないといけない。市民の側でも、オープンデータの活用がアプリの開発などにとどまれば、市民の公共参加とはいえないだろう。データや情報の扱いにたけているエンジニアと、地域の課題解決に目覚めた市民が広がって連携することで、オープンデータからオープンガバナンスへ発展できる。

識者が読者に推薦する1冊

Daniel Lathrop, Laurel Ruma〔2010〕"Open Government" O’Reilly Media, Inc.

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行政と市民の新しい連携の場をどのように構築できるか。21世紀のガバナンスをどのように構想すべきか。

官民がデータを共用、協働して諸課題を解決

犬童周作

内閣官房情報通信技術(IT)総合戦略室内閣参事官(総括)

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官民データの共用(=共有・活用)、データの組み合わせ、官民データ活用推進基本法

 スマホ、IoT(モノのインターネット)やAI(人工知能)の普及が社会変革をもたらしつつある。変革のキーワードは「官民データの共用(=共有・活用)」である。

 人やモノがネットでつながり、個人、企業等が情報の発信や収集・分析等を容易にできる時代になっている。多種多様なデータがネット上を流通する時代には、「単独のデータ」では価値がなくても、他の分野のさまざまな「データの組み合わせ」により付加価値を高め、新しいサービスや製品の開発等につなげていくことが可能である。

 すでに、住民のレセプト・健康診断結果の解析による生活習慣病の予防や、災害時における自治体や住民のSNS情報の共用による救助や生活支援、自動運転技術の開発に向けた複数のメーカーによる3D道路地図の作成等、「官民データの共用」の事例が出始めている。

 わが国は先進国のなかでも未曽有(みぞう)のスピードで超少子高齢社会に突入しつつあり、これに伴うさまざまな課題への効率的かつ効果的な対応が求められている。

 とくに、人口減少が著しい地域では、今後、行政だけで地域の諸課題に対応することは困難になるため、行政と住民、自治会、地元企業等がデータを共用し、解決策を見いだす、官民協働の仕組みが一層、必要になるだろう。将来的には、官民問わず、皆が協力して公共的なサービスを担う社会になっていくのではないか。

 現在、政府は「官民データの共用」を促進するため、個人等の権利利益の保護やセキュリティーの確保を図りつつ、政府や自治体のオープンデータの促進や、いわゆる情報銀行やデータ取引市場の検討を行なっている。

 今後、政府や自治体では、行政の透明性の向上や住民等の行政参加を促す観点からも、データ等の明確な根拠に基づく政策立案(エビデンス・ベースト・ポリシー・メーキング)が基本的な方向となっていくだろう。

 また、企業もデータを囲い込むのではなく、業界の垣根を越えて共有することが、新しいサービス開発や、防災や健康医療をはじめとする公共価値の向上につながる、という意識改革が必要である。

 2016年12月、「官民データ活用推進基本法」が成立した。官民双方でのデータの共用を後押しし、オープンガバナンスのさらなる推進につなげていきたい。

識者が読者に推薦する1冊

松元崇〔2016〕『「持たざる国」からの脱却―日本経済は再生しうるか』中公文庫

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行政と市民の新しい連携の場をどのように構築できるか。21世紀のガバナンスをどのように構想すべきか。

自治体は民間IT人材の活用で「組織の壁」を壊せる

関治之

一般社団法人コード・フォー・ジャパン代表理事

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地域コミュニティー×IT、越境人材づくり、地元のスタートアップ

 コード・フォー・ジャパンでは、「地域コミュニティー×IT」というコンセプトで、地域で活動する人びとにIT活用という新しい見方を提供している。具体的には、各地域でのIT活用を推進するコミュニティーづくりや、企業のIT人材を自治体へ派遣する「越境人材づくり」といった事業を展開している。

 行政のIT活用に加えて、地域住民がITに対する理解を高めることが課題解決に不可欠だと考えている。行政側と住民側の双方に働きかけることが必要だ。東日本大震災直後にITを使った情報支援サイトを開設したが、そのときに、行政のITシステムの在り方に疑問を感じ、いまの活動を始めた。

 行政のIT活用を進める上で大きな課題となるのが「組織の壁」だ。オープンデータの活用を自治体主導で行なおうとしても、IT部門は地域住民の課題に直接的に対応する部署ではなく、ニーズから遠いためシステムを現場に落とし込む戦略を描くのが難しい。そのような中で、企業が主導的にシステムを導入しようとすると、ソリューションありきで、地域不在になりがちだ。われわれが実施している「越境人材づくり」では、企業の人が自治体内で働くことで、自治体と企業双方に新しい見方をもたらし、壁を壊す良いきっかけとなっている。

 地域でオープンガバナンスを進めていくときにキーポイントとなるのが、「データ活用」「オープンソース活用」「起業家育成」の3つである。データをきちんと活用して政策をつくるという、企業であれば当たり前のことを自治体でもできるようにする。また、各自治体が別々にゼロからシステムをつくるのではなく、オープンソースを活用して他の自治体のものを再利用すれば、業務も予算も効率化できる。さらに、行政の調達に大手ベンダーではなく地元のスタートアップが参画できるように仕組みを変える。3つの考え方を軸に、地域に持続可能なビジネス、雇用が生まれれば、地域の自立につながっていく。

識者が読者に推薦する1冊

山崎亮〔2016〕『縮充する日本―「参加」が創り出す人口減少社会の希望』PHP新書

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行政と市民の新しい連携の場をどのように構築できるか。21世紀のガバナンスをどのように構想すべきか。

市民を「経営者」にする―政策の選択肢をオープンに

熊谷俊人

千葉県千葉市長

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政策の選択過程、経営者の自覚、優先順位、子ども医療費助成制度、ちばレポ

 オープンガバナンスでは、政策を決める選択肢を情報として示し、市民との対話で、要望が実現できない理由を説明することが大事だ。政策の選択過程が見えるようになれば、市民は「経営者」のように市政に関心をもつようになる。経営判断の情報がない平社員は会社の行方に興味をなかなかもてないが、経営の意思決定に関わるようになれば、主体的に考えるはずである。市民にも「経営者」としての自覚をもってもらうことが大切だ。

 千葉市の「子ども医療費助成制度」は小学3年生まで保護者負担額は300円だが、それを無料にしてほしいという要望が出た。しかし、その財源を使えば、対象を6年生まで引き上げることができ、さらに、保護者負担を500円に引き上げれば、中学生まで対象を拡大することができる。こうした情報を示すと、多くの方が負担額を引き上げても中学生まで拡大することを選んだ。自分たちの税金の使い道とその優先順位について、行政側は選択肢とそのメリット・デメリットを示せば、住民が自分で考えられるようになる好事例だ。

 ただ、千葉市のような大きな都市では、市長や市当局と市民との直接対話、情報提供には限界がある。このため、ツイッターなどICT(情報通信技術)を利用してコミュニケーションを図っている。市民がスマートフォンで施設や道路の破損を撮影、アプリで市に伝えることで市役所が迅速に対応できる「ちばレポ」も広く市民に利用してもらっている。

 ICTを用いれば、市役所の業務も大幅に効率化できる。これまでは市役所内の行政コストしか算定されていなかったが、市民や事業者側の手間やコストも考慮すべきだ。千葉市では市で管理している道路網図をネットですべて公開したことにより、事業者が役所へ行ったり問い合わせをする必要がなくなった。私はこれを市民や事業者に「時間を返す」行革と呼んで進めている。

識者が読者に推薦する1冊

Shintaro Eguchi〔2013〕「オープン化の先にある社会とは?―熊谷俊人千葉市長が見据える未来の都市とガヴァメント」『WIRED』コンデナスト・ジャパン

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行政と市民の新しい連携の場をどのように構築できるか。21世紀のガバナンスをどのように構想すべきか。

オープンガバナンスでめざす「新しい宇部方式」

久保田后子

山口県宇部市長

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オープンデータ、協働のまちづくり、プラットフォーム、新しい宇部方式

 宇部市は山口県内でいち早く、2014年12月にオープンデータに踏み切った。スマートフォンなどモバイルデバイスで使いやすいように、観光や地域資源、健康福祉、交通、行財政など31種類(2016年11月現在)のデータを公開している。このデータを活用して、ごみ収集の確認アプリ、公共施設や野外彫刻のマップなどが利用できるようになった。

 健康づくり、ごみの減量などの市民に身近な問題は市民と行政が一緒に取り組むと解決しやすい。行政が市民にわかりやすくデータを公開し、市民と課題を共有することで、協働のまちづくりを進めることができ、その結果として、行政の質や市民サービスの向上につながる。

 宇部市は半世紀以上も前に、山口県立医科大学(現山口大学医学部)の疫学データを基に「産・官・学・民」の協働でばいじん公害対策に取り組んだ「宇部方式」(※)の実績がある。市民も防じんのための植樹に取り組み、「緑化運動」、「花いっぱい運動」、そして「宇部を彫刻で飾る運動」へ発展した。まだオープンガバナンスという言葉がないころから、市民が力を合わせてまちづくりをしようという「宇部の精神(こころ)」をもっていた。こうした市の歴史があるからこそ、市民とデータを共有し課題解決に取り組むことの意義を理解し合える。

 情報ビジネスは世代を超えて起業・創業がしやすい分野といわれている。行政データとICTの活用により新たな市民サービスが生まれ、情報ビジネスの振興につながる可能性が高い。市内には山口大学工学部や宇部工業高等専門学校があり、技術系の学生が多くいるが、卒業とともに市外・県外に就職してしまい、若者の流出が続いている。データとICTの活用による情報ビジネスの振興は、その歯止めになると考える。

 産官学民などの多様な主体が参加できるプラットフォームをつくり、データとICTを活用したオープンガバナンスの推進により、魅力ある豊かなまちづくりと、新たなビジネス・産業の創出へつなげる。それが宇部市のめざす「新しい宇部方式」である。

※宇部方式
 宇部市の石炭は灰分が多く、工場は多量のばいじんを排出していた。1949年から山口県立医科大学が疫学データを収集、それを基に企業、行政が対策を取るだけでなく、市民も防じんのため街路樹を植えるなどして参加。1997年、国連環境計画(UNEP)から「グローバル500賞」を授与された。

識者が読者に推薦する1冊

野瀬善勝〔2000〕『エコロジカルな地域づくり 宇部方式―公害追放と生活習慣病予防の決め手』近代文芸社

引用を行う際には、以下を参考に出典の明記をお願いいたします。
(出典)NIRA総合研究開発機構(2017)「オープンガバナンスの時代へ」わたしの構想No.28

ⓒ公益財団法人NIRA総合研究開発機構
編集:神田玲子、榊麻衣子、川本茉莉、新井公夫
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