政策共創の場No.6 2026.01.29 気候変動を巡る意見の相違対立を巡る論点整理 この記事は分で読めます シェア Tweet 神田玲子 NIRA総合研究開発機構主席研究員 前田裕之 NIRA総合研究開発機構「政策共創の場」プロジェクトプロジェクト・パートナー リード文気候変動を巡っては、2015年のパリ協定で定められた1.5度目標(産業革命前から温度上昇をその範囲内に抑える)の実現に向け、各国の取り組みを加速させる必要があるとの主張がある一方で、その取り組みが後退する兆候もみられる。国連は2035年に向けた温室効果ガス削減目標の提出を各国に求めていたが、締約国の提出は6割程度にとどまっている。また、米国は、2025年12月に開催されたCOP30に欠席し、その後、パリ協定から再離脱した。こうした国際的な足並みの乱れの影響もあり、日本国内においても、気候変動政策の進め方や根拠に対する疑問の声が出ている。NIRA総合研究開発機構が、専門家に聞きたい内容について一般の方を対象にアンケート調査を行ったところ、気候変動問題について、次のような質問が寄せられた。・脱炭素社会の具体的方策はどの程度めどが立っているのか。また、そのための科学的・経済的な課題、および対応策はどのようなものか。・世界は脱炭素社会をあたかも正義のように標ぼうしはじめているが、果たしてそうなのか。一部の利害と結びついているように感じてならない。そこで本稿では、これらの問いを踏まえ、気候変動を巡って立場の異なる2つのレポートを取り上げ、論点は何かを整理する。キーワード:気候変動、米国エネルギー省、炭素の社会的費用、気候モデル、IPCC(International Panel on Climate Change) 全文を読む (2.1MB) INDEX はじめに 1.CO₂濃度が気温に及ぼす影響の大きさ 2.太陽活動の影響 3.近年の異常気象 4.将来シナリオ 5.温暖化による社会的炭素費用(SCC)の金額 6.その他 都市で測定されるデータのバイアス 海面水位の変化 おわりに はじめに 2025年7月、米国エネルギー省の気候ワーキンググループが、「米国の気候に対する温室効果ガス排出の影響に関する批判的レビュー(A Critical Review of Impacts of Greenhouse Gas Emissions on the U.S. Climate)」と題するレポートを公表した(以下、米国エネルギー省レポート)。2025年3月末、クリストファー・ライト米国エネルギー長官は、気候科学分野の5人の専門家を招集し、エネルギー政策決定に関連する気候科学の問題について、主流のコンセンサスに批判的な視点からレポートの作成を依頼した。同レポートはこれを受けて取りまとめられたものである。このレポートは、「二酸化炭素(CO₂)による温暖化は、一般に考えられているほど経済的な損害をもたらさず、むしろ過度に積極的な排出削減策は、利益よりも害を及ぼす可能性がある」と結論づけている。 その公表から1か月後の2025年8月、米国エネルギー省レポートに対する反論として、気候・地球を専門とする85人の科学者らが公的コメントを取りまとめ、政府に提出した。「米国エネルギー省レポートに対する気候専門家レビュー(Climate Experts’ Review of the DOE Climate Working Group Report」と題する反論レポート(以下、CEレビュー)では、米国エネルギー省レポートは引用文献に偏りや誤引用があること、データに対する解釈が恣意的であること、既存の科学的・経済的コンセンサスから逸脱していることなどを指摘している。 本稿では、対立する2つの立場のレポートを基に気候変動に関する両者の相違を整理する*。以下の項目を取り上げる。 ● CO₂濃度が気温に及ぼす影響の大きさ ● 太陽活動の影響 ● 近年の異常気象 ● 将来シナリオ ● 温暖化による社会的炭素費用(SCC)の金額 ● その他 1.CO₂濃度が気温に及ぼす影響の大きさ CO₂濃度が気温に及ぼす影響の大きさを議論する際に用いられる代表的な指標として、平衡気候感度(ECS: Equilibrium Climate Sensitivities)がある。これは、大気中のCO₂濃度が産業革命前の約2倍になった場合に、地球の平均気温が最終的にどれだけ上昇するかという指標である。IPCC第6次評価報告書では、このECSの「可能性が高い範囲」を2.5~4.0℃としている。 これに対して、米国エネルギー省レポートでは、この値は過大となっている可能性があり、それは計測モデルに問題があるためと指摘している。図1は、米国エネルギー省レポートに掲載されたものであり(Figure 4.1)、最新世代の気候モデルごとの平衡気候感度の推定値を比較した結果を示している。 図1 気候モデルごとの平衡気候感度(ECS)の推計値 (出所)米国エネルギー省レポート(p.27)から抜粋。 これをもとに、米国エネルギー省レポートは以下の点を指摘する。 第1に、大規模な気候モデルによって推計されるECS値にはモデル間で大きなばらつきがみられ、これ自体が「気候モデルの不確実性」を示している。第2に、気候モデルがECS値の決定に適していないという認識が高まっており、IPCC側も、第6次評価報告書では気候モデルの数値のみに依拠していない。第3に、IPCCが主として参照しているCMIPというシミュレーションモデルのプロジェクト(最新版はCMIP6)で試算された結果よりも、実際の観測データは低い傾向にある。 これに対する気候変動の専門家による反論は、以下のとおりである。 第1に、米国エネルギー省レポートでは、気候変動モデルと観測データに乖離が存在するかのように見せているが、それは誤解を招くと指摘する。IPCC第6次評価報告書などで示された最新の科学的枠組みは、単一の手法に依存するものではなく、気候モデル、歴史的観測、古気候再構成(注1)という3つの独立したエビデンスを統合するアプローチを採用している。したがって、「モデルを根拠としたECSの値は信頼できない」とする考え方は、科学界の現状を正しく反映していないと反論している。 第2に、米国エネルギー省レポートは、低いECSを支持する文献のみを恣意的に引用し、反証となる膨大な先行研究やIPCC第6次評価報告書の合意的結論を無視していると指摘する。特に、エアロゾル強制力やパターン効果といったECS評価に影響する不確実性要素を軽視しており、低ECS仮説を強調するための恣意的選択(cherry-picking)が行われていると批判している(注2)。 第3に、米国エネルギー省レポートで、ECSという長期的で不確実な指標に過度に焦点を当てすぎることで、気候政策や短期的な温暖化予測により適切な指標を無視していると指摘する。たとえば、パリ協定では、累積CO₂排出量に対する過渡的気候応答を示す指標であるTCRE(Transient Climate Response to Cumulative CO₂ Emissions)が科学的基盤となっている。こうした指標は、米国エネルギー省レポートでは、ほぼ議論されていないと批判している。 第4に、気候変動の専門家は、近年の記録的な高温傾向にも言及する。昨今の気温上昇は、すでにパリ協定の1.5℃を超過しているともいえ、これまでの評価が過小評価になっている可能性を示唆するものであるとする。そのうえで、米国エネルギー省レポートは、その問題について触れていないと批判する。関連個所 米国エネルギー省レポート, pp. 25-31. CEレビュー, pp. 95-115. 2.太陽活動の影響 太陽活動が気候変動や異常気象に及ぼす影響を巡っても、米国エネルギー省レポートと気候変動の専門家との間には見解の相違がみられる。米国エネルギー省レポートは、IPCCが太陽活動の影響を過小評価していると批判したうえで、近年の温暖化は主として太陽放射照度の変動による可能性があり、人為的活動に伴うCO₂排出が異常気象に及ぼす影響については不確実性が高いことから、確定的な結論を導くことはできないと指摘している。 具体的には、学界において明確な合意が得られていないにもかかわらず、太陽総放射量(TSI: Total Solar Irradiance)の変化による影響を、IPCCが過小評価しているとする。特に、1989年から1991年にかけて、スペースシャトル・チャレンジャー号事故に伴う観測データの欠損期間をどのように補完するかによって、分析結果が大きく異なり得るという。また、19世紀前半には火山噴火による寒冷化効果が存在しており、1900年以前における人為的影響は限定的であることから、自然要因と人為的要因を明確に分離することは困難であるとしている。これらを根拠として、米国エネルギー省レポートは、気候変動の専門家が地球温暖化における人為的要因の寄与を過大評価していると強調している。 これに対し、気候変動の専門家は、人為的活動に伴うCO₂やその他の温室効果ガスの排出が、近年の地球温暖化の主たる要因であると反論している。図2は、IPCC第6次評価報告書第1作業部会報告書(政策決定者向け要約)に掲載されているものであり、気候モデルを用いて人為的強制力と自然強制力を分離した分析結果を示している。この分析によれば、自然強制力のみでは、観測されてきた歴史的な地球平均気温の上昇を説明することはできないとしている。気候変動の専門家は、米国エネルギー省が根拠として引用する一部論文について、その分析手法やデータ処理に問題があるとの指摘がなされている点を強調する。また、太陽活動や火山活動の影響は自然要因としてすでに考慮されており、気候モデル、物理的な「痕跡(fingerprints)」など、複数の独立した証拠を統合した包括的評価に基づく結論であると主張している。 図2 人為的活動が地球温暖化に与えた影響 (出所)IPCC第1作業部会報告書(政策決定者向け要約)図SPM.1(p.6)から抜粋。 加えて、陸域および海洋の炭素循環プロセスが大気中CO₂濃度に及ぼす影響についても、両者の見解は分かれている。米国エネルギー省レポートでは、陸域および海洋によるCO₂吸収速度について、モデル間で評価にばらつきはあるものの、1959年以降、全体として増加しているとする。人為的に排出されたCO₂の約50%は、植生の成長や海洋によって吸収されており、自然吸収源の緩和効果を重視している。 これに対し、気候変動の専門家は、気候変動の進行に伴い、自然の炭素吸収源によるCO₂除去の割合が将来的に低下する可能性を指摘している。吸収源が取り込む割合が低下すれば、より多くのCO₂が大気中に残留することとなり、将来の排出がもたらす温暖化効果は一層強まると考えられるとしている。 関連個所 米国エネルギー省レポート, pp. 11-13, 17-20. IPCC第1作業部会報告書(政策決定者向け要約), p. 6. CEレビュー, pp. EPA-3, 56-58, 62-66. 3.近年の異常気象 近年の異常気象の影響を巡っても、米国エネルギー省レポートと気候変動の専門家の間の見解が分かれている。米国エネルギー省レポートは、利用可能な歴史的観測記録に基づけば、ほとんどの異常気象について、統計的に有意な長期的な傾向は確認されていないと指摘する。これに対して、気候変動の専門家は、気候変動が自然災害の発生やその特性に影響を及ぼしていると指摘する。 米国エネルギー省レポートでは、統計的に信頼性の高い観測記録はおおむね約130年程度に限られており、この比較的短い期間では、異常気象の増加傾向を明確に把握することは困難であるとする。例えば、ハリケーンについて、同レポートは大西洋で発生したハリケーンの頻度を1920年以降のデータに基づいて図示している(図3)。これによれば、ハリケーンの発生頻度は年ごとの変動が大きいものの、こうした変動は海面水温や海面気圧の変動といった自然の内部モードによるものであり、気候変動との直接的な関連は認められないと結論づけている。 図3 北大西洋のハリケーンの発生頻度 (注)赤は大規模ハリケーン、青は通常のハリケーンの頻度。(出所)米国エネルギー省レポート(p.50)から抜粋。 これに対して、気候変動の専門家も、「ハリケーンの発生頻度が増加しているという明確なトレンドは認められない」との点については、米国エネルギー省レポートの見解に同意している。実際、IPCC第6次評価報告書第1作業部会(WG1)の報告書においても、ハリケーンの発生頻度に関して顕著な長期的傾向は確認されていないことが記載されている。 しかしその上で、気候変動の専門家は、問題の本質は発生頻度ではなく、1件当たりの被害規模の変化にあると指摘する。すなわち、米国エネルギー省レポートは、近年の観測において、ハリケーンが以前と比べて急速に発達し、より多量の降雨を伴う傾向がみられること、その結果として被害の規模や影響が拡大しているという点を十分に考慮していないと批判している。こうした傾向を示した近年の査読付き研究成果が十分に参照されていない点において、両者の立場は対立している。 以下に示すのは、IPCC第6次評価報告書に掲載された関連図表(図4)である。同図では、メキシコ湾周辺地域において、暴風雨の発生期間が長期化するとともに、その移動速度が低下する傾向が示されている。 図4 地球温暖化に伴う暴風雨の変化 (出所)第1作業部会報告書Fig.11.20(p.1,586)を抜粋。 関連個所 米国エネルギー省レポート, pp. 46-52. IPCC第1作業部会報告書, pp. 1585-1586. CEレビュー, pp. 2, 167. 4.将来シナリオ IPCC第5次評価報告書では、複数の前提条件に基づき、将来の気候変動について複数のシナリオを示している。そのうちの1つが、RCP8.5というシナリオである。これは、1900年から2100年にかけて約5℃の温暖化をもたらす濃度の水準まで温室効果ガスが排出されることを想定したものだ。 米国エネルギー省レポートは、このRCP8.5が、しばしば「現状維持シナリオ」として扱われている点を問題視している(注3)。RCP8.5は、本来、低確率であるが高排出となるケースを想定したシナリオであり、現状維持ベースラインとして使用されることは著しく誤解をされると批判している。米国エネルギー省レポートによると、2010年~2020年までに発表された16,800本の科学論文がRCP8.5を使用しており、そのうち約4,500本がRCP8.5を「現状維持」の概念と結びつけているとしている。メディアによって誤解を招く報道に繋がり、その結果、気候影響に対する警戒感が生まれていると懸念を表明している。 これに対して、気候変動の専門家は、これは条件を設定した場合の将来像を示したものであり、現状の延長線上で実現するものではないと主張している。あくまで、どのような社会経済的条件や排出経路を仮定するかに依存するシナリオの1つにすぎないとしている。また、メディアによる報道の影響などには言及していない。 こうした米国エネルギー省レポートに現れている批判は、トランプ大統領の演説からも読み取ることができる。2025年9月の国連でのスピーチで、気候変動問題に対して次のように発言した。「1989年、国連の専門家は、2000年までに気候変動は地球規模的なカタストロフィをもたらすと予測したが、何が起きただろうか。・・・地球温暖化は、人類史上最大の詐欺だと私は思う。・・・国連やその他の組織が-往々にして悪意を持って-行った予測は、すべて間違っていた。愚かな者たちによる予測は、自国に莫大な損失をもたらし、成功の機会すら奪った。」 こうした発言も、専門家が提示する複数ある予測シナリオの認識が本来の意図と異なって受け止められているということであれば、受け手の誤解が大きな社会的な影響を与える可能性がある。関連個所 米国エネルギー省レポート, p. 15. CEレビュー, p. 55. 5.温暖化による社会的炭素費用(SCC)の金額 炭素を1トン排出したときに、将来にわたって発生する気候変動による損害を現在価値に換算し、ドル金額で示したものを、炭素の社会的費用(SCC: Social Cost of Carbon)という。SCCの推計値を巡っては、米国エネルギー省レポートと、気候変動の専門家の間で大きな認識の違いがある。米国エネルギー省レポートでは、約0~20ドル/tCと主張するのに対して、気候変動の専門家は、近年の研究ではSCCの値は高くなる傾向にあり、包括的なSCC調査による最新の更新値が283ドル/tCに達することに言及している。 図5は、CEレビュー(2025)に掲載されたものであり、温暖化による炭素の社会的費用(SCC)に関する既存研究を、費用水準別に集計した結果である。横軸はSCCの上限値(ドル/tC)を示し、これは「1トンの炭素(約3.67トンC)の排出がもたらす社会的損害額」を意味する。縦軸は、その範囲に属する研究が学術文献全体に占める割合を示している。棒の色は、米国エネルギー省レポートが採用した研究(オレンジ色)と、米国エネルギー省レポートが無視・除外した研究(青色)を区別している。 図5 既存論文の炭素の社会的費用別の分布 (出所)CEレビュー(p.392)から抜粋。 この図から、気候変動の専門家は、米国エネルギー省レポートの研究引用傾向について採用研究の範囲が極めて限定的であると問題視している。採用文献群が分布全体の左端、すなわち、低い炭素の社会的費用を示す領域に集中しており、文献の恣意的な選択(cherry-picking)の可能性を示唆する。その結果として、「気候変動の経済的損害は小さい」「排出削減の必要性は限定的である」とする結論を裏付ける構造になっていると指摘している。 もっとも、この問題は引用論文の偏りがあるというものだ。だが、そもそもSCC推計値自体が研究で大きく乖離しており、その背景にはいくつかの要因がある。 第1に、ECSの値を小さく設定すれば、温暖化による被害も小さい評価となる。第2に、被害関数については、温度上昇に対して線形で捉えるか、あるいは、非線形で捉えるかで推計結果は大きく異なる。第3に、時間割引率が低いほど、将来発生する損害の現在価値は高く評価される。 このうち、被害関数に関しては、米国エネルギー省レポートと気候変動の専門家との認識の違いが顕著である。第1に、CO₂が有する肥料効果や植物の緑化効果をどの程度見込むかという点である。米国エネルギー省レポートでは、これらの効果を比較的大きく評価しているのに対し、気候変動の専門家は、CO₂の肥料効果は限定的であり、植生への緑化への影響についても地域差が大きく、その効果を大きくみることは問題だと指摘している。第2に、温暖化による影響の範囲である。米国エネルギー省レポートでは、温暖化による死亡リスクに注目しているが、気候変動の専門家は、熱中症、高齢者や妊婦への負担、食の安全や栄養不足、気候と関連した感染症に与える影響など幅広い社会的コストを考慮する必要があると指摘している。第3に、リスクと不確実性の扱いである。米国エネルギー省レポートは、テールリスクを含めて、コスト試算の損害分布を十分に評価していないのに対して、気候変動の専門家は、リスク管理の観点からは全体の分布を考慮すべきだと指摘している。 また、時間割引率の設定を巡って両者の立場は異なる。時間割引率が低いほど将来のコストの現在価値は高い水準となる。米国エネルギー省は、低い割引率を採用することで環境投資が過度に評価され、その結果、環境以外の投資が阻害される可能性があることを指摘する。これに対して、気候変動の専門家は、米国エネルギー省レポートの時間割引率は過度に高いと考えている。時間割引率については、日本の経済学者の宇沢弘文氏は、特に公共事業や環境政策における時間割引率の適用について、将来世代の利益を適切に評価し、持続可能な社会を維持するためには、単純な市場原理に基づく割引率ではなく、社会的・倫理的な配慮に基づいた社会的割引率を採用すべきであると主張した。関連個所 米国エネルギー省レポート, pp. 116-128. CEレビュー, pp. 391-409. 6.その他 都市で測定されるデータのバイアス 米国エネルギー省レポートは、気温データの多くが人の居住地域、特に都市部で収集されている点を踏まえ、都市におけるヒートアイランド(UHI: Urban Heat Island)効果によるバイアスが完全には除去されていない可能性があると指摘している。同レポートでは、このUHI効果により、気温上昇の推定値に10%以上のバイアスが生じている可能性があると主張している。これに対し、IPCCは、統計的手法を用いてUHI効果を補正・除去していると説明しているものの、その補正手順が十分であるかどうかについては、さらなる検証が必要であるとの見解を示している。 これに対して、気候変動の専門家は、複数の研究成果に基づき、ヒートアイランド効果によるデータのバイアスは、地球全体の気温上昇傾向に対して無視できるほど小さいとの見解を示している。この結論は、複数の独立した証拠によって支持されているとされる。第1に、主要な気温データセットはいずれも、既知の観測バイアスを考慮するよう補正が施されている。第2に、こうした補正済みデータセットの結果は、農村部の観測点のみを用いた場合であっても、ほぼ同程度の温暖化率を示している。第3に、衛星による観測データは、地上観測所ネットワークと観測期間が重なる範囲において、同程度の温暖化率を示しており、UHI効果の影響が限定的であることを示唆している。関連個所 米国エネルギー省レポート, pp. 11, 20-21. CEレビュー, pp. EPA5-6, 66-67. 海面水位の変化 米国エネルギー省レポートは、1900年以降、世界の平均海面水位が約8インチ上昇していることを示したうえで、これを地球温暖化の影響と直ちに結び付けることには慎重であるべきだと論じている。その根拠として、第1に、米国周辺では気候変動とは直接関係しない著しい局所的な地盤沈下が確認されていること、第2に、IPCC第6次評価報告書で示された将来予測と比較すると、実際の海面上昇率が予測値を下回っていること、第3に、米国の潮位観測データにおいて、歴史的な平均海面上昇率を上回る明確な加速が確認されていないことを挙げている。 これに対し、気候変動の専門家は、米国エネルギー省レポートが、米国沿岸における現在および将来の海面水位の上昇について十分な検討を行っていない点を指摘している。また、IPCCの予測値よりも低い水準でしか海面が上昇していないとする根拠や、海面上昇の加速が確認できないとする根拠が示されていないとして批判している。その上で、複数の研究に基づき、米国における海面水位の上昇は長期的にみて持続的に加速しているとする分析結果を紹介している。関連個所 米国エネルギー省レポート, p. 75. CEレビュー, pp. EPA-9, 247. おわりに 以上では、米国エネルギー省の意見と、それに対する85人の専門家による反論レポートをもとに、主な意見の対立点を整理した(表6)。科学的な視点で大きく異なるのは以下の点である。 まず、CO₂の濃度と地球温暖化との関係を示す平衡気候感度(ECS)の評価である。米国エネルギー省レポートは、観測値との乖離を理由に気候モデルを過大評価とみなし、低いECSがより現実的であると主張する。一方、気候変動の専門家は、気候モデル、歴史的観測、古気候再構成という複数の独立した証拠を統合することで気候感度を評価しており、米国エネルギー省レポートは低ECSを強調するための恣意的な選択が行われていると指摘する。 次に、太陽光などの自然要因と人為起源要因の寄与の評価である。米国エネルギー省レポートは、自然変動の重要性を強調し、太陽活動の影響に関する研究成果を引用するが、気候変動の専門家は、観測された温暖化の主因が人為起源であることは強く支持されると反論している。 こうした見解の違いは、両者のSCCへの見方の違いにも反映される。米国エネルギー省レポートは、SCCを低く見積もり、一方で、気候変動の専門家は高く見積もることとなる。これらの違いは、科学的なエビデンスの扱い、不確実性の考慮、テールリスクの扱い、時間割引率のスタンスの違いに現れている。 また、排出シナリオの妥当性、ハリケーンなどの異常気象の認識、都市ヒートランド効果などの個別の課題についても見解が分かれる。米国エネルギー省の見解は、その根拠が明確に示されていない、あるいは、数少ない論文に依拠している点は否めず、結論の危うさがある。 以上見てきたように、気候変動の問題は、長期的な課題であり、科学的な知見と政策判断が密接に関連しており、どの立場を取るかによって議論を混乱させている例といえる。特に、解決すべき課題が不確実性を含む場合には、政策当局者による政治的な意図が介在しやすい。政策の成果が表れるのはかなり先の話であり、政治的には先送りしがちな政策となりやすい。それを防ぐには、科学的な根拠が政策者の意図によって歪められてはならない。時に、政治と科学との間の緊張感が生じるが、社会の発展を目指すのであれば、科学的根拠に基づいて将来予測や政策コストに関する認識を共有したうえで、政策合意に向けた努力を継続する必要がある。 表6 2つのレポ―トで対立する論点とそれぞれの主張 参考文献Chen, D., Rojas, M., Samset, B. H., Cobb, K., Diongue Niang, A., Edwards, P., Emori, S., Faria, S. H., Hawkins, E., Hope, P., Huybrechts, P., Meinshausen, M., Mustafa, S. K., Plattner, G.-K., & Tréguier, A.-M. (2021). Framing, context, and methods. In V. Masson-Delmotte et al. (Eds.), Climate change 2021: The physical science basis. Contribution of Working Group I to the Sixth Assessment Report of the Intergovernmental Panel on Climate Change (pp. 147–286). Cambridge University Press. https://doi.org/10.1017/9781009157896.003. Climate Working Group. (2025). A critical review of impacts of greenhouse gas emissions on the U.S. climate. Department of Energy. Dessler, A. E., & Kopp, R. E. (Eds.). (2025). Climate experts’ review of the DOE Climate Working Group report. https://doi.org/10.22541/essoar.175745244.41950365/v2. Intergovernmental Panel on Climate Change. (2021). Summary for policymakers. In V. Masson-Delmotte et al. (Eds.), Climate change 2021: The physical science basis. Contribution of Working Group I to the Sixth Assessment Report of the Intergovernmental Panel on Climate Change (pp. 3–32). Cambridge University Press. https://doi.org/10.1017/9781009157896.001. Intergovernmental Panel on Climate Change. (2023). Climate change 2023: Synthesis report. Contribution of Working Groups I, II and III to the Sixth Assessment Report of the Intergovernmental Panel on Climate Change. IPCC. https://doi.org/10.59327/IPCC/AR6-978929169164. 引用を行う際には、以下を参考に出典の明記をお願いいたします。(出典)NIRA総合研究開発機構(2026)「気候変動を巡る意見の相違―対立を巡る論点整理―」政策共創の場No.6 脚注 * 本稿のとりまとめに際し、宇田川淑恵研究コーディネーター・研究員より、情報収集および事実確認の面で協力を得た。 * 本稿のとりまとめに際し、宇田川淑恵研究コーディネーター・研究員より、情報収集および事実確認の面で協力を得た。 1 氷床コアに閉じ込められた空気や氷の同位体組成、海洋堆積物、樹木年輪などの自然記録を用いて、直接観測できない過去の気温・海水温などを推定し、過去の気候変動を時系列として再構成する方法。 1 氷床コアに閉じ込められた空気や氷の同位体組成、海洋堆積物、樹木年輪などの自然記録を用いて、直接観測できない過去の気温・海水温などを推定し、過去の気候変動を時系列として再構成する方法。 2 前者のエアロゾル強制力は、大気中に浮遊する微粒子(例えば、化石燃料が燃焼したときに放出される目に見えない物質)が太陽光を反射・吸収し、また、雲粒を小さくすることで生じる冷却効果を、また、後者のパターン効果は、温暖化が進行する地域(空間分布)が異なると、その温暖化が地球全体の放射収支に与える影響や、過去データから推定される気候感度(ECS)の値自体が変化する現象を意味する。どちらも、将来をどう見込むかによって、ECSの数値に影響を及ぼすことになる。 2 前者のエアロゾル強制力は、大気中に浮遊する微粒子(例えば、化石燃料が燃焼したときに放出される目に見えない物質)が太陽光を反射・吸収し、また、雲粒を小さくすることで生じる冷却効果を、また、後者のパターン効果は、温暖化が進行する地域(空間分布)が異なると、その温暖化が地球全体の放射収支に与える影響や、過去データから推定される気候感度(ECS)の値自体が変化する現象を意味する。どちらも、将来をどう見込むかによって、ECSの数値に影響を及ぼすことになる。 3 RCPとは、代表濃度経路(Representative Concentration Pathwayの略。)IPCC第5次評価報告書ではRCP2.6, RCP4.5, RCP6.0, RCP8.5の4つのシナリオを示している。 3 RCPとは、代表濃度経路(Representative Concentration Pathwayの略。)IPCC第5次評価報告書ではRCP2.6, RCP4.5, RCP6.0, RCP8.5の4つのシナリオを示している。 シェア Tweet 関連公表物 脱炭素社会実現に向けたグリーンジョブの推進 大久保敏弘 日本のエネルギー政策は何を目指すべきか 宇田川淑恵 前田裕之 脱炭素社会 実現への道のり 翁百合 橘川武郎 奥田久栄 松村敏弘 貞森恵祐 デービッド・ロー © 公益財団法人NIRA総合研究開発機構※本誌に関するご感想・ご意見をお寄せください。E-mail:info@nira.or.jp 研究の成果一覧へ