NIRA総合研究開発機構

 世界の分断が深まる中、何をどう選択していくのか。NIRA総研では、2023年1月に「日本と世界の課題2023―歴史の転換点に立ち、未来を問う」を公表、総勢111名の専門家にご寄稿いただいた。これについて今回、改めてテーマ別に分類したページを作成し、【識者氏名順】【テーマ別】と2種類の方法で検索が可能となったので、ぜひ活用いただきたい。

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INDEX

テーマ別

1. 分断深まる世界

中西寛 分断強まる世界で求められる日本の自立した国力

   

京都大学大学院法学研究科教授

 2010年代後半から国際政治の分断傾向が本格化し、米中対立の先鋭化、新型コロナ・パンデミック、そしてロシアのウクライナ侵略などによって国際相互依存関係の分断はさらに加速している。2023年もこの傾向が国際政治の基調をなすだろう。とりわけ経済面でこの分断の影響は深刻となることが予想されるが、影響の方向性を予測する事は困難である。2022年には分断が急激なインフレをもたらし、欧米諸国は金融引き締めによるインフレ退治を優先させた。2023年も引き続きインフレ傾向が続く可能性がある一方で、急速な金利上昇や中国のコロナ感染拡大によって世界経済が深刻な不況に陥る可能性、さらにはインフレと不況の同時発生というスタグフレーションに陥る可能性もある。
 このように予測困難な状況のなかで日本に求められるのは自由貿易体制とアメリカによる拡大抑止という戦後日本の平和と繁栄の基本前提すら変化する可能性を排除せず、自立性を質的に向上させる諸方策である。年末に閣議決定されたいわゆる安保3文書で示された基本方針は安全保障・防衛面での自立性を強化する方策として評価できる。しかし今日の国力はDIME、すなわち外交(diplomacy)、情報(informational)、軍事(military)、経済(economy)などからなる。日本は外交力、情報力、経済力においても分断する世界の中で持ちこたえて未来への運命を切り開く力を必要とする。こうした力の涵養について方策を練ることが2023年の課題になるだろう。

白波瀬佐和子 危機の時代の全世代協働-将来世代を熟慮する価値共有

   

東京大学大学院人文社会系研究科教授

 日本を含む世界が危機の時代にあって強調したいのは、日本が国を越えて貢献し、存在感を増すことができるかの瀬戸際にきているということである。ひと一人・一人の存在を中核的に位置付ける「人間の安全保障」という考え方がいかに重要であるかと共に、その実現には困難を伴うこともまた思い知らされ、無力感にさえ苛まれる。しかし、手をこまねいて傍観するわけにはいかない。新型コロナウィルス感染拡大は未だ収束が見えず、国々の公衆衛生、医療体制の違いが明らかになった。世の中の分断が進行している中弱い立場にある者らに諸問題が集中している不条理から目をそらすことはできない。
 世界で最も高齢化した日本において、若年層への優先的配慮と投資が未来に向かって不可欠である。旧態依然とした年功序列的枠組みの下では、柔軟な発想や新たな価値は生まれない。しかし、若年層だけに、さまざまなリスク対応を委ねるわけにもいかない。コロナ禍で露呈した長期にわたるジェンダー格差をはじめ、今ある諸問題を生んだのはわれわれ大人世代である。異なる年齢層、ジェンダー、国籍、障害の有無、といった多様な背景をもつ者と協働してこそ、新たな価値を生みだすことができる。そのためには、特定世代への優先的投資の実行と共に、多様な経験知、専門知、を有する者らを巻き込んだ全世代活用の仕組みが必要だ。幼い子世代のみならず、未だ生を受けていない将来世代がマイナスからの人生をスタートするような禍根を残してはならない。様々な利害が交差する時代や世代を超え、将来に向かっての価値を共有し、協働することなしに今の危機は克服できない。未来に向けたゲームチェンジの英断が今ほど求められる時はない。

西條辰義 「存続」可能な社会のデザイン

   

高知工科大学フューチャー・デザイン研究所所長

 皆さんは、2022年、ドイツのエレマウで開催されたG7のコミュニケをご覧になっただろうか。コミュニケの前文は、ウクライナ支援とロシア制裁が中心である。もちろん、分野別の課題では、気候変動を含む環境、経済、社会、健康などがある。ただし、ロシア・ウクライナ戦争後の世界の平和については何の言及もない。
 私たちは、世界の首脳に何を期待するのだろうか。目先のウクライナ支援とロシア制裁のみではなく、彼らに平和な世界のビジョンをデザインしてほしいと願っているのではないのか。G7の事前会合にThink7(T7)がある。ここで、G7で議論すべき課題や方向を提案する。私たちは、ドイツのG7に向けてT7に「フューチャー・デザイン:人類の存続のために」を提出した。世界の首脳が、たとえば、2050年の仮想将来大統領、仮想将来首相などになって、2050年の世界をデザインし、そこに行くためには今何をすれば良いのかを討議することの提案である。ただ、採択はされなかった。
 Foreign Affairsをご存じだろうか。アメリカの外交問題評議会が発行する政治雑誌で、2022年9月で100周年となった。100周年記念号の巻頭論文がオックスフォード大学のマカスキル教授の「歴史の始まり」である。遠い将来まで人類が存続するなら、今の私たちは、やっと歩けるようになった幼児である。ところが、私たちは、気候変動、核戦争、パンデミックなどで、人類そのものを滅ぼしかねない。このようなカタストロフィを乗り越える社会のデザインをしよう、歴史は始まったばかりだから、と主張なさっている。
 2023年のG7の開催地は広島である。世界の首脳には、人類の存続をかけて平和な世界のデザインをしてほしい。

参考文献
Macaskill, W. (2022). The Beginning of History: Surviving the Era of Catastrophic Risk. Foreign Affairs, 101, 10.

嘉治佐保子 「失望した人々」が大多数になるとき

   

慶應義塾大学経済学部教授

 民主主義の危機と言われる。いわゆるポピュリストの当選という現象は世界中で生じている。「あなたは変わる必要がない、人種や宗教や嗜好が違う人を見下して排除することで自分を肯定し、古き良き母国を取り戻そう。」このようなメッセージを発する候補者に、人は、どのようなときに投票するのだろうか。ひとつの答えは、経済・社会のありかたに失望し、このようなメッセージにしか希望を見いだせなくなったときである。
 例えば、米国。オバマ大統領が当選した時、人権・民主主義・法の支配を信ずる人たちは世界中で歓声を上げ、一部では「ポスト・レイシャル・ソサエティ」という言葉さえ囁かれた。しかし今となっては明らかなように、産業構造の転換が求められる中で失業し、合成オピオイド薬物中毒で家族や友人を失い、「給仕でない黒人がホワイトハウスにいること」を苦々しく思う人たちが、確実に存在し続けた。彼らにとってオバマ大統領の8年間は、逆の考え方をする人々にとってのトランプ大統領の4年間と同様、「悪夢」だったのである。
 世界を覆うポピュリズムの流れを変えることはできるのか。さきの米国中間選挙の結果は、ひとたび極端を経験した後の「揺れ戻し」とZ世代の役割を示唆している。
 日本においては、「失望した人々」はまだ大多数でない。しかし、金利上昇・物価上昇・円安が続けば、この状態の維持が困難になることに疑いの余地はない。そうなったとき、日本は真価を問われることになる。

片上慶一 分断が深まる2023年-「修復」に向け日本が果たす役割

   

株式会社国際経済研究所理事長

 2022年は、ロシアによるウクライナ侵略という激震が走り、平和と繁栄が達成されると夢見たポスト冷戦構造が瓦解し、新たな均衡状態が如何なるものか見えないまま年を越すこととなった。2023年は、新たな均衡状態への模索が続く不透明な年になる。ただ、はっきりしていることもある。
 ウクライナ戦争の帰趨に拘わらず対ロ制裁が解除されることは当面なく、世界は制裁に参加する西側先進諸国、ロシア、及び、ロシアとの関係を維持する中国、イラン、インドを含むグローバル・サウス諸国とで分断された状態が続く。
 更に、中国式現代化モデルを提示し欧米主導の世界秩序に挑戦する中国の動きは、民主主義対権威(専制)主義の対立を現実のものとさせている。
 また、最先端の技術を巡る米中の対立が激化し、米国の同盟国を巻き込んだ形で世界がハイテク分野で分断された状態になり、また、各国が自国ファーストを追求し(自国産業優先の産業補助金等)、歪められた国際経済秩序が生じる恐れがある。
 「分断」の修復に向け、グローバル・サウスとの関係では、民主主義や人権といった価値を前面に出す対決的な接し方、ハイテク分野では、米中間のデカップリングが安全保障上の必要最小限を超えた規制となること等を変えていくことが重要な第一歩となろう。
 今年、日本は、G7の議長国として、また、国連非常任理事国として、重要な役割を果たす機会が与えられているといえる。

谷本有香 「Inclusive Capitalism」という挑戦

   

Forbes JAPAN Web編集長

 「欲深き人の心と降る雪は、積もるにつれて道を失う」。
 幕末から明治の武士・幕臣の高橋泥舟の言葉だ。
 人々の欲深き心が生み出した、歪んだ資本主義の結露のごとく発生したリーマンショックを迎えたあたりから、私たちは真剣にポスト資本主義の姿を模索してきた。
 あれから10年以上の歳月が流れ、私たちはその新しい姿を、新しいそれに代わる言葉を見出すことはできたか。
 SDGsという言葉がここまで浸透し、自然の理にかなう美しい経営やあり方が注目されているのはそのひとつの証左たるところだろう。
 誰かが勝てば、誰かが必ず負けるというゼロサムゲーム。しかも、勝者はほんの一握りの人間で、多くの者たちは知らずのうちに資本主義の中で負け組として苦難を受け入れなければならない。そんな偏った、不健全な二項対立の世界はもう終わりにしよう。
 では、来るべき世界は、時代はどんなものなのか。
 私たちForbes JAPANは「Inclusive Capitalism」というコンセプトを打ち出し、展開している。それは、これまでの強欲的で合理主義的な経済的システムへのアンチテーゼである。
 経済合理性や市場システムから離れたところで生き、暮らしている者たちを包括し、共感を生み出す社会にする。人だけでない。私たちのステークホルダーはまた、地域であり、自然であり、地球でもあるはずだ。
 もちろん、それらを全て包摂し、全体最適を考えることはたやすいことではないだろう。
 しかし、その強き姿勢や志向性を持つことができるか。
 それが、今、企業にも国民にも、更には国にも問われているのではないか。

辻井潤一 サイバー空間と社会の分断

   

国立研究開発法人産業技術研究所フェロー・人工知能研究センターセンター長

 コロナ禍の3年間、人間活動のおおきな部分がサイバー空間へと移行した。会議、ショッピング、娯楽といった活動がサイバー空間に移動し、リモート勤務も常態化しつつある。この3年間は、我々の生活様式を不可逆的に変化させた。
 再開された国際会議も、リモートでの参加が可能なハイブリッドとなり、地域を超えた研究者間の打ち合わせも、時差を調整しながらの実時間のビデオ会議へと移行した。物理的制約のないサイバー空間では、同じことが実空間で行うよりもはるかに容易に、かつ、迅速に行える。
 ただ、サイバー空間は、実空間から乖離した虚の空間である。情報の伝達の主要手段である言語は、言語化の過程に解釈する個人の見方、価値観が介入する。人は、様々な要因が関与する現実を特定の見方や価値観で解釈し言語化する。また、画像や動画も、ある瞬間を特定の視点から切り取る。特定の瞬間や視点の選択に個人の見方、価値観が入り込む。さらに画像・動画の編集、修正もごく一般にできるようになった。特定の視点、価値観で切り取られた膨大な「情報」が、サイバー空間に流通し共有される。
 サイバー空間の肥大化は、人工知能技術の進展とともに、多大な便宜と経済効果をもたらしてきた。その一方で、特定の価値観に従って情報を自律的に選択、加工、提供する人工知能技術は、虚の空間のサイバー空間をさらに不安定化し、チェンバー効果に象徴される社会の分断化を引き起こしている。多様な価値観を尊重し、同時に、サイバー空間の虚偽性やサイバー空間の分断化(Fragmentation)をどのように制御していくかが大きな課題となる。「人間中心の人工知能技術」という枠組みの中で、個々の人間の価値の多様性を最大限尊重しつつ、分断を回避する社会的な合意を形成する制度設計と技術とが、今後の重要な課題となる。

岩下直行 デジタル化がもたらした新しい金融包摂問題

   

京都大学公共政策大学院教授

 金融包摂(Financial Inclusion)という言葉は、日本ではあまり耳にしないが、国際的には良く知られた、解決すべき課題であった。先進国では遍く金融サービスが享受できる一方、新興国や途上国では金融サービスのためのインフラが整備されず、現金以外の決済手段、貯蓄手段を持たない人々が多かった。遠隔地に送金するのも大変だし、盗難のリスクも高い。しかし、スマホの普及により、新興国でも途上国でもデジタル決済が普及した結果、金融包摂の問題は解決に向かっている。
 ところが、今度は先進国側に、デジタル金融包摂とでも呼ぶべき新たな課題が発生している。金融機関の支店やATMが稠密に分布し、誰もが金融サービスを享受できる日本でも、高齢者を中心に、新しいデジタル決済に対応できない人々が存在する。決済は現金が当たり前で、貯蓄もタンス預金という人々は、政府によるポイントサービスも、決済事業者が提供する割引クーポンも利用できない。
 当面の間は、従来通りの決済・貯蓄を続けていれば、問題は顕現化しない。しかし、こうしたデジタル金融包摂からこぼれ落ちた人々は、今後予想される社会全体のデジタル化からも取り残される危険性が高い。様々な行政サービスや選挙、裁判などのデジタル化の検討が進む中で、こうした人々の存在がデジタル化推進のブレーキとなり、社会全体の効率化を妨げることが危惧される。
 技術で解決が可能な新興国、途上国の金融包摂と比べて、先進国のデジタル金融包摂は、人々の心の問題であるだけに解決が難しい。丁寧なサポートを行い、デジタル化への不安を解消することで、万人がデジタル化に前向きに対応できる世界を作っていく必要があるだろう。

原田悦子 モノ(人工物)利用における「民主主義」をいかに守るか

   

筑波大学人間系教授

 木田元「技術の正体」の帯に「自己運動をはじめた"怪物"とわれわれはどう向き合うか!?」とある。本文では技術に対し人間は「ただ酷使されているようにしか思われない」と述べ、返す刀で科学の応用が技術という誤解に対し、「技術が自己運動的に変化していくことを、後追いのように明らかにしていこうと努力をしているのが科学」とする。これに衝撃を受けたのは、自分の研究領域、人のモノ(人工物)利用の現場において、正に人の主権の危機を感じるためである。木田が原発を対象に展開した論考は今、情報技術において同一の事態を見せている。
 人が不条理に振り回される際の例に漏れず、現象はまず「弱い立場の人」に発現し、そこに超高齢社会の日本で人口の1/3を占める高齢者が含まれる(注1)。しかし情報化技術における人の主権の危機はそこに止まらない。一見技術を使いこなしている若年成人層もまた「何が起きているか」を明確には掴めずとも「使えればいい、動けばいい」という態度(スタンス)になっていないか。あるいは人の活動を縦割りしてシステム構築していく情報系システムの作り手達は「全容なんてわかりっこない」と不可知論に陥っていないか。こうして「人の主体性なしに」作られ、使われ、使い捨てられていく技術は、人の主権がない形での技術利用を「そういうもの」と文化・社会に植え付けられていないか。
 しかし希望はある。情報技術の強みは「何であれ表現形として構成可能」な点にある。ユーザであれ作り手であれ「人が人らしく主権を持って臨む」ことがモノ利用として最重要であるとの「民主主義」が共有されるならば、今の危機は多少なりとも回避可能ではないか。
 ここにも民主主義を希求する現場がある。

(注1)原田悦子(2019)「社会的受容という幻想とヒューマンインタフェイス研究の役割」『ヒューマンインタフェース学会誌』21(2)25–28.

待鳥聡史 政策目標を考えるために求められる総合知の復権

   

京都大学大学院法学研究科教授

 パンデミックへの対応に追われた過去3年は、基本的な政策目標が共有されていた期間でもあった。具体的な指標には様々な考え方があっても、感染症の蔓延を抑えつつ、財政制約を一時的に大きく緩和しても社会経済的弱者をまず守ることに異論はなく、優先順位づけの問題は相対的に小さかった。
 2023年には、政策決定もまた常態に戻るであろう。政策目標の次元でも異なる複数の立場が復活し、政策手段を含めた選択肢は大幅に増えるとともに、そこでどのような判断と優先順位づけを行うかを再び考えねばならないはずである。
 政策目標が共有され、手段の選択がもっぱら検討対象となるとき、強みを発揮するのは専門知である。学術研究による知見を基礎に、最も合理的な手段を提供できるためだ。新型コロナウイルスに対するワクチンや治療薬の開発は、その典型例であった。
 これに対して、政策目標と手段の双方が検討されるべきときには、専門知だけではなく、それを束ねながらバランスのとれた判断を行うための総合知が求められる。例えば、今後の社会や経済が2019年以前に戻ることを目指すべきか、新しい姿を志向すべきなのか。エネルギー価格をはじめとする物価高騰に直面して、地球環境問題への対応は先送りするのもやむを得ないのか。いずれも価値や目標次元での深い考察が不可欠となる。
 総合知の基礎には強固な専門知の体系が必須だが、日本の科学技術政策や高等教育政策の現状は、専門知志向が強すぎる感も否めない。気がつけば周回遅れにならないよう、世界を注視しておくことも大切になる。

長谷川敦士 いまこそビジョンの時代

   

株式会社コンセント代表取締役/武蔵野美術大学教授

 いま、社会ではビジョンが求められている。現状の最適化では、ビジネスも社会課題の解決も手に負えない状況となり、抜本的に新しい視点の方向性が必要とされている。
 ところで、ビジョンとはなんだろうか。実はその答えはビジョンという言葉自体がすでに持っている。「Vision」を辞書で引くとまず視力、視覚、視界、視野といった、まさに「見ること」が意味として記されている。そして、「組織が持つビジョン」という言葉が示すビジョンも実は同じ意味なのである。
 つまり、ビジョンとはその言葉通り「見える」ことである。言い換えれば、個人・組織が持っている「将来への見通し」がビジョンである。そしてその「見通し」がユニークであれば、組織の向かう先も独自性を持ったものになっていく。
 では、どうすれば、現状から飛躍したビジョンを「持つ」ことができるのか。それにはまず、適切な現状認識が必要となる。目先の課題認識に留まらず、広く社会的文脈や歴史的経緯を踏まえた上で課題をふまえる必要がある。
 その上で、将来の兆しに触れる必要がある。新しい価値観の兆しや、テクノロジーがもたらす可能性は、実際に体験してみたり、あるいはすでにその分野に踏み込んでいる人と対話を行って、実感としてとらえる必要がある。
 その上で試行を繰り返すことで、自分達なりの「あるべき姿」なり、「進むべき道」が見えるのである。それは決して絵空事ではなく、ある種の確信(confidence)を持って語ることができるだろう。
 企業でも行政でも、そして個人であっても、実践から「見える」ビジョンが、これからの社会では求められるのである。

楠木建 リーダーの教養

   

一橋ビジネススクール教授

 近過去にさかのぼると、興味深いことに気づく。いつの時代も人々が「今こそ激動期!」と言っているということだ。もちろん現在も「激動期」にある。「今こそ平常期!」という話は聞いたことがない。「100年に1度の危機」が10年のうちに何回も起きる。
 なぜか。あっさり言って、人間の社会がそういうものだからだ。限られた時空間にそれぞれに利害を抱えた人間が生きている。日本に限らず、どこの国もいつでも「激動」にさらされていることに違いはない。変化こそ常態だ。もし長期的に安定していることにでもなれば、その方が異常事態だろう。
 当然のことながら、人間である以上、誰も正確には未来を予知予測することはできない。どれほどの名経営者であれ、敏腕アナリストであれ、所詮は生身のヒトだ。世の人々は「未来はこうなる」という予測に流され、「今こそ激動期!」という言説を信じる。「世の中は一変する」「これまでの常識は通用しない」となり、「時代の変化に適応できない者は淘汰される」という類の危機感をあおる。
 「今こそ激動期!」と騒ぎ立てるばかりの人は、変化する現象を追いかける挙げ句、目を回してしまう。これではまともな意思決定はできない。ましてや実行はおぼつかない。世の中は絶えず移り動いていく。だからこそ、リーダーには変わらない軸足としての世界観と歴史観が求められる。どこにも正解はない。だからこそ、自らの思考で練り上げられた独自の価値基準が不可欠となる。教養と言ってもよい。
 教養なきリーダーが跋扈(ばっこ)している限り、国も企業も衰退する。今も昔もこれからも、教養こそがリーダーの一義的な資質だ。世の中の人々がリーダーの資質を見抜けるかどうか。そこに最大の課題がある。

井垣勉 分断する世界で求められる企業のリーダーシップ

   

オムロン株式会社執行役員 グローバルインベスター&ブランドコミュニケーション本部長兼サステナビリティ推進担当

 コロナ禍の終息が見通せない中で、国家やイデオロギー間の対立が顕在化し、世界の分断が加速している。安定した世界秩序を前提としたグローバル経済は見直しを迫られ、地政学リスクが人々の生活や企業活動に暗い影を落としている。
 世界の分断は、世界中にバリューチェーンを展開するグローバル企業に、「ステークホルダー間の主張や価値観の対立」という新たな課題を突き付けている。例えば、従来は、政治、宗教やセンシティブな社会問題に対して、企業は明確なスタンスを示さないことが好ましいとされてきた。しかし、SNSに代表される情報媒体が高度に発達し、あらゆる情報が瞬時に世界を駆け巡る現代においては、企業のあいまいなスタンスが、顧客や従業員を含むステークホルダーから批判され反発されるリスクとなってきた。また、対立し分断するステークホルダーに対しては、画一的なメッセージやステートメントでは通用しなくなっており、ステークホルダーが属する地域や文化的な背景などに配慮したきめ細かい対応が従来以上に求められるようになってきている。これからのグローバル企業は、多様な価値観を内包したローカルなビジネスとステークホルダーの集合体へと変貌していくと思慮する。
 変わりゆく企業とステークホルダーの関係の拠り所となるのが企業理念だ。企業が社会に存在する意義を示す企業理念こそが、多様なステークホルダーをつなぎとめる求心力となり、世界の対立と分断を乗り越える原動力となるのだ。企業には今、そのリーダーシップを発揮することが求められている。不透明な時代だからこそ、私たち企業には「社会の公器」という言葉の意味を再認識し、断固たる行動を取る必要がある。

松本紹圭 依存からの自由、脱カルトを指向するブッダの教え

   

僧侶

 2022年、安倍首相暗殺のいたましい事件を契機に、旧統一教会と政治の癒着、さらには、そのカルト性が生み出す問題の深刻さに世間の注目が集まった。
 私の見るところ、組織のカルト性とは、関わる人を他から孤立させ、その組織とのつながりを唯一の依存先にさせようとする力学の強度である。その視点からすれば、カルト化するのは宗教組織だけではない。高い理想を掲げて社員を熱狂へと導くベンチャー企業のパーパス経営しかり、あらゆる集団がカルト化しうる。SNSの広がりからエコーチェンバー効果やフィルターバブル現象が強化される現代では、なおさらだ。
 あらゆる依存(attachment)から自由になる道を説いたのが、他ならぬ釈迦牟尼ブッダだった。その意味で本質的に仏教は、脱カルトを指向している。依存から自由になるとは、依存しないということではない。存在は根源的に相互依存のうえに成り立つ。問題はむしろ、他に依存できぬまま自力の内に固執してしまうことだろう。依存しながらも執着をせず、変わりゆく状態に応じて新たな展開を迎え入れる、開かれた器でありたい。しかし、つながりにこそ生きる喜び(そして悲しみ)を感じる私たち人間にとって、一切の執着から離れる悟りの道は容易ではない。
 では、どう生きればよいのか。残された道は、唯一ではない複数の依存先の間でできるだけ正気を保ちながら、中道を探ること。2022年、この世を去った偉大な僧侶、ティック・ナット・ハンは「Human-being(人間)は、Inter-beingである」と説いた。他者との関わり合いによって正気を失う私が、正気を取り戻すきっかけもまた、他者との関わり合いなのだと思う。

2. グローバル社会の再構築

柯隆 乱世だから求められる大局観と世界観のあり方

   

東京財団政策研究所主席研究員

 ロシアのウクライナ侵攻からみえてくるのは、グローバル社会においてリーダーが不在でルールも機能しなくなったことである。あらゆる戦争は「正義」のもとで行われるものであり、ウクライナ戦争も同じである。それを止めるには、リーダーシップとルールが必要である。
 戦後の国際秩序は国連を中心として形成されているが、残念ながら今の国連は機能不全に陥っている。喩えていえば、今のグローバル社会は信号のない道路のようなものである。
 長い間、アメリカは世界のリーダーだった。しかし、今のアメリカが単独で世界をリードしていく力はもはやない。重要なのはG7が連携を強化し、集団で世界をリードしていくことである。そのために、グローバル社会のルールを整備し、ルールに基づいたグローバル社会を再構築していくことが重要である。
 なお、日本についてバブル崩壊後、30年失われたといわれている。それは事実だが、失われていないものがある。それは日本企業の技術力である。日本がかつての繁栄を挽回するのに必要なのは、大局観とグローバル社会を俯瞰する世界観である。足元に気を取られると、進路を間違えてしまうことがある。
 グローバル社会のルール作りに関与していくためには、日本社会のリーダーシップを強化しなければならない。そのためにエリート人材の育成に力を入れる必要がある。個人的に日本で30余年生活してきて、たくさんの選挙をみてきた。残念ながら、教育制度のあり方が一度も争点になったことがない。教育制度の改革が、日本の繁栄を取り戻す第一歩となる。

菊地信之 旧く新しい問題-資源安全保障、その意義、戦略目標

   

外務省経済局資源安全保障室室長

 エネルギー・食料安全保障は、2023年「世界と日本の課題」に入ろう。ロシアのウクライナ侵略は、エネルギー及び食料安全保障に深刻な影響を及ぼしている。食料がなくては生きていけず、エネルギーがないともまともな生活を送ることは難しい。故に、エネルギーも食料も、求めれば手に入るものでなくてはならない。SDGsが目指すところでもある。
 日本は、天然資源に恵まれず、7割が森林の国土は1億2000万人を養えず、外国から購入するしかない。そのためには国際通貨を稼ぐ必要がある。幸い、日本人は強い産業を興すことができ、先の大戦後も高度な産業を復活させた。しかし、売る物があるだけでは足りず、海外市場へのアクセスも必要。ブロック経済で市場から閉め出さたり、禁輸措置を課されては叶わない。
 嘗て、そのような事態に置かれた。勢力圏を創って対抗しようとしたが結果は散々であった。戦後は自由貿易の拡大に心血を注いできた。しかし、中国の台頭、コロナによるグローバリゼーションの陰り、ウクライナ戦争、これらの結果生じた世界はこれまでとは違ったものになった。資源確保のための「がっついた」外交が必要となった。戦略の構築、迅速な行動が求められる。
 資源安全保障は、グローバルな問題でもある。Leaving no one behindの思想の下、人類として取り組むべき課題だ。同時に、世界のエネルギー・食料情勢が悪ければ、日本のような大輸入国には不利となり、危機は高まる。国際社会を良くするに当たっては、人道支援や国際協調が重要なのは勿論だが、国家安全保障の問題としても捉える必要がある。2023年はG7の議長国として、強いリーダーシップを発揮する機会となる。

貞森恵祐 エネルギーのセキュリティと低炭素化の両方を目指せ

   

国際エネルギー機関エネルギー市場・安全保障局長

 2022年は石油、ガス、石炭、電力全ての価格が高騰する世界規模でのエネルギー危機の年となった。特に天然ガスは史上最高値を何度も更新した。ロシアが欧州へのパイプラインによるガス供給を絞り、欧州が世界中のLNGを買い集めた結果、アジアの途上国で真夏に電力供給が途絶するという事態すら起こった。欧州ではこの冬は何とかしのげそうな見通しであるが、2023年にはロシアが更に供給を絞る一方で中国のガス需要が通常の水準に戻ることにより、2023/24年の冬には更なる厳しい状況が予測されている。   
 このような厳しいエネルギーの供給セキュリティの状況、天然ガスと競合する石炭の消費が市場最高を記録するという状況もあって、エネルギー転換が遅れるのではないかという懸念を耳にする。天然ガス危機への対処にはロシア以外からのガス調達が重要な要素ではあるが、再生可能エネルギーや省エネ、ヒートポンプの加速など低炭素技術を早急に増やすことでロシアからの化石燃料への依存を下げるというREPowerEUが欧州の取り組みの中心となっており、米国でもInflation Reduction Actによる低炭素技術への支援が本格化する。日本のGX‐グリーントランスフォーメーションの進展も大いに期待される。日本が原子力、再生可能エネルギー等低炭素電源の稼働を増やせば、節約できる天然ガスを欧州等に振り向けて世界的な供給安定に貢献できる。
 他方で、天然ガスは当面はエネルギーのセキュリティと転換の重要な要素であり続ける。特にロシアからの天然ガス供給が今後大幅に減少していくことが必然となっている現状に鑑みれば、それを補う天然ガス資源開発の確保が必要となることに十分な留意が必要となろう。

橘川武郎 エネルギー危機とカーボンニュートラル

   

国際大学副学長・国際経営学研究科教授

 ロシアのウクライナ侵略は、すでに2020年後半から始まっていた世界的なエネルギー危機に拍車をかけた。エネルギー危機の深刻化によって化石燃料の価値が改めて再評価されたから、カーボンニュートラルへの流れに抑制がかかるという見方があるが、間違っている。危機が日本にもたらした本質的な教訓は、エネルギー自給率を向上させなければいけないということであり、そのためには、むしろ国産エネルギーの代表格である再生可能エネルギーの普及を急ぐ必要がある。つまり、カーボンニュートラルへの動きを加速させなければならないというのが、エネルギー危機に直面するわが国が導くべき教訓なのである。
 ただし、洋上風力のリードタイムが8年かかることからもわかるように、再生可能エネルギーを主力電源化するのには時間がかかる。それまでの移行期には、既存の電源である火力や原子力に頼る時期が続く。
 問題は、移行期の長さである。少なくとも10年はかかるだろうし、場合によっては、2030年代いっぱいにわたるかもしれない。その間には火力や原子力が重要な役割をはたすことになろうが、ここで強調しておきたいのは、それらはあくまで、「補完電源」に過ぎないことである。今の日本には、再生可能エネルギー主力電源化という大局的な方向性を堅持しつつ、補完電源である火力や原子力発電を上手に使いこなす柔軟な対応が求められている。

竹ケ原啓介 カーボンニュートラルに向けて重要性を増す統合的な思考

   

株式会社日本政策投資銀行設備投資研究所エグゼクティブフェロー/副所長兼金融経済研究センター長

 2050年カーボンニュートラル(CN)実現に向け、社会経済システムの大転換が待ったなしだと大方が同意する一方、ロシアによるウクライナ侵略によって、そのハードルは一段と高くなった。エネルギー安定供給への懸念の高まりは、ゴールへの直線的な到達を困難にし、移行経路の修正を強いる。限定的ながらEUタクソノミーが経過的なパフォーマンスを是認する方向を打ち出したほか、国内外で多排出産業向けのクライテリア提案が続き、ゴールだけでなく、その到達プロセスにも目を向ける現実的なアプローチへの意識が強まってきた。これは、かねてわが国が主張してきた「トランジション戦略」の方向性とも合致し、好ましい一方、ここに関心が集まることで要求水準が上がることに留意が必要だ。移行段階をモラトリアムと捉えることは許されず、あいまいさを極力排除した戦略の策定と実現が求められる。
 その際の重要論点の1つが、気候変動対策と他の社会課題との関係性である。化学産業のトランジション技術ロードマップにおいて、プラスチックリサイクルが燃料転換、原料転換(カーボンリサイクル)と並ぶ柱に位置付けられたように、循環型社会システムの構築など、他の政策対応が気候変動にシナジー効果をもたらすことは多い。同時に、両者の間にトレードオフが生じることも事実である。CNというゴールに向けた移行プロセスが注目されれば、この点への配慮が欠かせない。サーキュラーエコノミー、ネイチャーポジティブとの相互作用、個別企業の移行戦略が地域経済やサプライチェーンにもたらす雇用への影響などを鳥瞰し、正のインパクトを極大化し、負のインパクトを極小化する高度なマネジメントが求められる。

久納寛子 生産力向上と持続的食料システムの両立に地域の取組推進を

   

経済協力開発機構日本政府代表部参事官

 2022年は、農業関係者のみならず、一般消費者に至るまで、食料価格や食料の安定供給について思いをめぐらす機会が多かったのではないだろうか。2月以降ロシアによるウクライナ侵略に加え、夏には欧州、北米など北半球において歴史的な少雨と熱波が襲い、農業生産への直接的な影響はもちろんのこと、河川の水位低下により河川輸送にも支障が出て、エネルギーや食料を含むサプライチェーンにも影響が及ぶ事態につながった。
 こうした情勢下、11月には、6年ぶりに経済協力開発機構(OECD)農業大臣会合が開催された。同会合では、強じんで持続可能な農業・食料システムの構築に向けた課題と解決策について議論が交わされ、閣僚宣言には、持続可能な生産性の向上を促進し、気候変動の緩和と適応に関する解決策を提供できる研究、イノベーション、普及サービスに投資することなどが明記された。
 農林水産業は、世界の各地域における多様な気候条件・地域性のもとで営まれており、万能(one-size-fits-all)な解決策はない。気候変動への対応策として、炭素に価格を付け、排出者の行動を変容させる政策手法(カーボンプライシング)の導入を検討する国や、民間企業による自発的な取組を促進する国など、様々である。我が国においては、「みどりの食料システム戦略」に基づき、農業者、事業者、消費者が連携し、生産力向上と持続的な食料システム構築というチャレンジングな課題の両立を目指すこととしている。2023年は、各地域での実践をさらに推し進め、取組の輪を面的に広げていくことが重要である。

平澤明彦 食料安全保障のために、農地の維持に資する補助金を増やすべきだ

   

株式会社農林中金総合研究所理事研究員

 ロシアとウクライナという食料の輸出大国同士の戦争は、戦後、初めての事態だ。港の封鎖や制裁により穀物と肥料の生産国である両国からの輸出が減れば、戦争の当事者ではない第三国の食料供給に大きな影響がある。アフリカや中東などの低・中所得国は両国の安価な小麦を輸入している。コロナ禍で急増した飢餓人口が、戦争という人為的な理由でさらに拡大する事態は避けねばならない。従来、経済制裁下のイラクに対しても、人道的な物資、食料、薬品の提供は認めてきており、第三国に被害が及ぶのはもってのほかだ。幸い国連主導の交渉により事態は改善している。今回の教訓を活かして、今後は戦争中も自国の食料確保以外の理由で「第三国への食料提供を止めない」という規律に国際社会が合意し、それを明文化すべきである。
 日本の農業は、有事で輸入が止まったら、国民が最低限食べるだけの食料を供給する生産力すら不足しかけているのが現状だ。かつての東西冷戦構造下では、当時、食料が余っていた米国から、日本はその余剰分を必要なだけ買うことができた。しかし、この20年で状況は変化した。中国などの大きな買い手が増えて獲得競争が強まる中で、日本の購買力は相対的に低下し、日本の食料輸入の安定性は損なわれる懸念がある。
 それにもかかわらず、日本国内の生産基盤は、輸入に依存してきた結果、もはや、非常に脆弱になってしまっている。農産物の輸入自由化の流れに対して、農林水産省は付加価値の高い品目の生産を推奨し、「強い農業経営を増やす」というミクロな政策に重きを置いてきた。これは良い面もあったが、半面、脱落する人も多く、生産基盤が全体として縮小した。日本の食料安全保障の観点では農地面積の確保が重要であり、コメや飼料などカロリー貢献度の大きな品目を生産できる「土地利用型の農業」を支えていく必要がある。
 日本の農業がこれ以上深刻な事態に陥るのを避けるには、土地利用型農業で十分な収益性が得られるように補助金を増やすことだ。併せてコメの国内価格を下げて消費を促進できないか検討が必要だ。農業は元来、他産業に比べ生産性の向上に限界があるため、先進国は補助金で農家に所得補償するのが常である。安全保障環境は激変しており、不測時に備えて食料の安定供給を確保するために税金を使うのは、国民も合意するのではないか。

二宮正士 日本の食料安保

   

東京大学大学院農学生命科学研究科特任教授/東京大学名誉教授

 ウクライナ戦争を契機に我が国の食料安全保障が、かつてなく脚光を浴びている。やっとという気持ちである。1965年に73%であった日本のカロリーベースの食料自給率は下がり続け、今や37%(2021)まで落ちた。カナダ233%、フランス131%、米国121%、ドイツ84%、英国70%、イタリア58%に比べ、G7の中でも日本は極端に低い(農水省2019)。実は、穀物自給率で見れば、人口超大国のインドや中国も100%前後の穀物自給率を達成している。片や日本は28%(農水省2017)に過ぎず、本当に脆弱といえる。
 日本の自給率が下がった最大の理由は食生活の変化と農産物の価格競争力にある。日本でのパン食や肉食を推進した米国の政策にもはまり、工業製品輸出の代わりに国産より遙かに安い農産物輸入を増やした。その結果、米、野菜、魚中心の食から日本では効率的生産が困難で自給しにくい食材中心の欧米型に変わってしまった。ちなみに、いま日本が消費している食料を、価格無視でも全て国産化するのは、農地、用水、生産者数のどれひとつとっても不可能である。そもそも化学肥料の自給率がほぼゼロという厳しい現実がある。
 では、どうすれば良いのか。一発回答は無いが。下水など廃棄物の肥料化技術、極めて自給率が低いコムギやダイズなどの日本での生産性を飛躍させる育種やロボット技術、資源を浪費し環境負荷も高い肉類生産を代替する新たなタンパク源生産システム、土地利用効率が極めて高く通年多期作可能な自然エネルギー型多階層植物工場、食品廃棄ゼロを実現する循環社会基盤など、圧倒的技術革新の積み重ねが必須である。もちろん人口減もここでは有利に働く。ただ、私が最も期待するのは、我々の食生活の修正である。地中海食に並ぶ健康食といわれる本来の和食文化に少しでも回帰することが、食糧安保にも効果的に貢献するはずだ。

西尾素己 ランサムウェアと真正面から向き合うべし

   

多摩大学ルール形成戦略研究所客員教授

 昨今のサイバー空間を最も混沌に陥れたのは、間違いなくランサムウェアギャングと呼ばれる身代金要求型マルウェアを用いて莫大な資金を集める攻撃グループの存在である。彼らはRaaS(Ransomware as a service)と呼ばれるプラットフォームを運営し、誰でも簡単にサイバー犯罪に加担できる状況を作り出した。また、攻撃グループは主にロシア系であることから、ロシアウクライナ有事における重要な資金収集ルートとなっているのではないかとの指摘も存在する。
 そんな中、2022年3月にある法律が米国で可決された。S3600(現Strengthening American Cybersecurity Act of 2022)は、米国の重要インフラ産業関連企業がランサムウェア攻撃を受けた場合には、攻撃を受けた事実と被害状況を72時間以内に監督官庁へ通告することを義務付けている。更に、ランサムウェアの脅迫に屈して、身代金を支払った場合には、支払った事実を24時間以内に監督官庁へ通知することも義務付けている。
 遡ること、2020年10月には、OFAC(Office of Foreign Assets Control)は米国内におけるランサムウェアへの身代金支払いと補填行為(サイバー保険など)を違法行為であるとするステートメントを公式に発表していた。2020年10月のステートメントを受けても、支払った事実を隠してさえいればお咎めなしという雰囲気が漂っていたが、S3600によって24時間以内の報告義務ができたことで、報告しなければS3600へ違反、報告すれば違法行為であると知った上で身代金を支払った事実を知られることになる状況が産み出された。
 つまり、身代金支払いによる解決は許さないというスタンスであることがわかる。これにより真正面からランサムウェア対策を取る必要性が高まっていると言える。

松原実穂子 ウクライナから学ぶサイバーセキュリティの教訓

   

NTTチーフ・サイバーセキュリティ・ストラテジスト

 2022年2月24日のロシアによるウクライナへの軍事侵攻以降、重要インフラ企業を守るためのサイバーセキュリティ対策の強化、情報共有や技術支援を含めた国内外の官民連携は、ますます重要になった。
 ウクライナは2014年のクリミア併合、2015年と2016年の真冬にロシアからのサイバー攻撃で発生した停電事件などから苦い教訓を学んだ。そのため、通信インフラの分散化と電力を含めた重要インフラのサイバーセキュリティ対策をこの8年間進めてきたのである。
 加えて、今回の戦争においては、米国や英国、エストニアなどの政府、マイクロソフトやアマゾンなどの大手IT企業が、ウクライナへのIT・サイバーセキュリティ支援を提供し続けている。サービスと製品を作り、運用している企業と、国の安全保障に責任を負う政府とでは、それぞれ持っているインテリジェンスが異なる。サイバー攻撃の手口と取るべき対策に関する知見を官民双方がタイムリーに共有し、補完し、助け合うことが大切だ。
 こうした官民の協力は平時から求められる。2021年5月のランサムウェア攻撃後、米東海岸の消費する燃料の45%の供給を担うコロニアル・パイプライン社の稼働が数日間止まった。1社を狙った金銭目的のサイバー犯罪であっても、サプライチェーンを伝わってドミノ式に他業種にも多大な影響が出れば、安全保障上の危機に繋がりかねない。
 いざという時に迅速に官民が連携して対応するには、平時から防衛省・自衛隊、重要インフラの監督官庁、重要インフラ企業間でサイバー攻撃について情報共有し、危機発生時の役割分担を確認するため合同演習を行っていくべきだろう。そうした取り組みが抑止力の向上に繋がる。

河田惠昭 わが国の国家安全保障は国難災害も対象とせよ!

   

関西大学社会安全学部特別任命教授・社会安全研究センター長

 わが国で最も重要なライフラインは電力である。ところが全国的に、通年にわたって電力の需要と供給がひっ迫状態にある。それは2023年の冬期だけではない。今や盛夏も含めて通年の状態となるだろう。なぜこのようになってしまったのか。それは政府が無策で2016年に電力の自由化を実施したからである。しかもこのとき、見落とした事情がある。それは、わが国は世界一の災害大国であり、かつG7に属する他の先進国では巨大災害など決して問題にならないということである。わが国では、国難災害につながる巨大地震は必ず起こる。これが外交努力などによって回避できる戦争とは違う国難である。代表的な国難災害は首都直下地震と南海トラフ地震である。国難災害が起こり、首都圏と中部圏などでは電力の広域長期停電は不可避である。起これば「相転移」現象が発生し、各種の複合災害と連滝災害がネットワーク状に全国に拡大して被害が未曾有になり、わが国が衰退する。必然的に、国民全員が現在より非常に貧乏になるということである。このことが理解されていない。
 国連のSDGs(持続可能な開発)の第1目標は「貧困をなくそう」である。これが17目標169ターゲットでもっとも重要なのだ。しかし、わが国は関係ないと誤解している。当初、先進国は「災害をなくそう」とし、英語のdevelopmentを“開発”と訳さず“発展”としたかったができなかった。国連加盟国の3分の1程度の国しか災害が頻発しないため、「災害をなくそう」では、全加盟国の賛同を得ることができないからだ。国難災害に真正面から取り組み、日本国憲法を改正して緊急事態条項を明記する。これがわが国の国家安全保障の第一歩だ。

鈴木康裕 社会保障における安全保障

   

国際医療福祉大学学長

 昨今、北朝鮮によるミサイル発射など、我が国の安全保障上の脅威にはこと欠かない。しかし、一見、安全保障とは直接関係するとは思えない社会保障の領域でも、実は密接に影響する事象が存在する。
 まず、新型コロナウイルス感染症(以下、「コロナ」という)に対する海外ワクチンへの依存である。幸いなことに、ウイルスに対する防御効果が極めて高いmRNAワクチンを、日本人口の数倍量、輸入することが可能であった。もし生産量が欧米の人口を上回らなかった場合、どのように「親日的」な大統領や首相であったとしても、日本に輸出することは困難であり、結果として、我が国におけるコロナによる死亡者数は膨大な数に上っていただろう。そうした事態を避けるためには、まずは国産ワクチンの開発・製造が重要だが、最も早く開発できるのが国産品とは限らないため、「日本と製造する」、「日本で製造する」という選択肢を海外メーカーと希求していく「プランB」も視野に入れる必要があろう。
 次に、個人防護具(感染予防に必要なマスクや手袋など)である。コロナが流行し始めた2020年の2月から5月くらいまで、街中から姿を消した。これは、性能価格比の優れた外国製に供給をほぼ依存していたところへ、製造工場の閉鎖などもあって輸出を停止したため、急増した日本国内需要との間に大きな需給ギャップを生じてしまったのである。このような現象を防止するためには、輸出国の多様化に加え、石油のように「数ヶ月間、輸入が途絶しても国内需要を満たせる量を国内に備蓄する」という国家政策が必要である。
 このように、武器や基地などとは一見無関係にも見える事象の中に、実は「安全保障」政策として極めて重要な事柄が混在することをご理解いただくことが、国民の「命と安全を守る」ことに大いにつながるのではないか。

3. ロシアの脅威にどう備えるか

松里公孝 ロシア併合後のクリミア

   

東京大学大学院法学政治学研究科教授

 ロシアによるクリミア併合(2014年)が露ウ戦争の原因の1つとなったことは周知のことだが、併合後のクリミアの現状は知られていない。要点をまとめると、
 ①併合時はロシア支配に懐疑的だったクリミア・タタール内で楽観論が広がった。合衆国の著名な政治学者ジェラルド・トールとジョン・オローリンが組織した世論調査によれば、クリミア・タタール回答者の中で「2年後に生活が良くなる」と答えた人は、2014年の50%から2019年の81%まで上昇した。これは、メッカ巡礼の割り当てを10倍化する、シンフェロポリに巨大な金曜モスクを建てるなどのタタール懐柔策をロシア政府がとったからである。また、ロシア併合によってブームとなった観光業、小建設業、都市近郊農業などはクリミア・タタールの得意分野なので、タタールはロシア支配の最大の受益者と言われる。
 ②併合時には移行期政権にすぎないと思われていたアクショノフ首相(現共和国元首)、コンスタンチノフ議会議長のタンデム体制が9年近く続いている。これは、アクショノフが危機対応に優れているからである。クリミアは、併合当初のウクライナからの水・電力供給停止から始まって、先日のクリミア橋の爆破に至るまで、依然として「優秀な経営者」よりも「チェ・ゲヴァラ」を必要としている。
 ③経済面では(COVID流行で海外に行けなくなったためだが)2021年の観光客数がソ連時代を追い抜くなど、ウクライナ時代よりも随分ましになった。しかしクラスノダルやロストフなどの豊かな地方を抱えるロシアの南部連邦管区においては、クリミアは、カルムイキヤに次いで、依然、びりから2番目の後進地域である。クリミア橋をはじめ、中央が税金を湯水のようにクリミアに注ぎ込んでいることをテレビで見ている住民の中には、アクショノフの行政・経済手腕に疑問を抱く人も多い。
 ④総合すると、ロシアに移って「思ったほど良くはならなかったね」と言う人が多いにしても、「こんなことならウクライナに戻りたい」と思う人は少ないというのが現状であろう。国際法に反するロシア併合を住民大多数が支持し、9年たっても「あの選択は正しかった」と思っている人が多い現状を、トールとオローリンは「クリミア難問」と呼ぶが、国際社会がこの難問を直視しない限り、クリミアをめぐる国際環境は改善されないだろう。

加藤美保子 非公式な同盟の浮上、日本は東アジアの紛争回避に責任を

   

広島市立大学広島平和研究所講師

 ロシア-ウクライナ戦争の過程で露呈したことの1つに、公式な同盟のコストや結束力の限界と、非公式な同盟とも言うべき、軍事的連携の活発化がある。「公式な同盟」に当てはまるのは、北大西洋条約機構(NATO)や集団安全保障条約機構(CSTO)である。侵攻当初から、露ウ戦争がエスカレートし、ロシア対NATO加盟国の戦争に拡大することが懸念されてきた。2022年末の時点で、露ウ戦争が地域紛争の体を保っている理由の1つは、プーチンが核兵器を威嚇に利用してきたため、アメリカ、NATOの首脳が慎重姿勢を迫られたことである。11月にポーランド東部にミサイルが着弾した際、バイデン大統領はミサイルがロシアから発射された可能性を否定し、集団的自衛権行使の危機を極めて慎重に乗り切った。
 一方、ロシアの勢力圏を形成するCSTOは、結束力の揺らぎを露呈した。これまで反政権運動が起きた際にロシアを頼ってきたベラルーシやカザフスタンは、ウクライナへの派兵要請を断ったと報道された。ロシアによるウクライナ東部・南部4州の併合を非難する国連総会決議に反対したCSTO加盟国はベラルーシ(とロシア)のみで、他の4国は棄権しており、併合を承認していない。11月のCSTO首脳会議では、9月にアゼルバイジャンとの軍事衝突で軍事支援を受けられなかったアルメニアが、機構の有効性に疑問を呈した。
 同盟国に頼れないロシアは、イランからドローンを、北朝鮮からは砲弾などの軍事支援を受けていると見られる。とりわけ北朝鮮は、弾道ミサイル技術を向上させる一方、これまで4回行われた対ロシア国連非難決議で全て反対を表明するなど、あからさまにロシア側に立つ姿勢をとってきた。中露、露朝は冷戦期のように相互防衛義務を含む条約を結んでいない。しかし非公式な同盟とも言える軍事的連携は、公式の同盟よりも実態の把握が難しく、また国連制裁や規範をかいくぐって取引が行われる可能性が高い。
 露ウ戦争が長期化すれば、アメリカのリソースは、ウクライナ支援や欧州の安定に分配される。東アジアでは、中露朝と米台韓日の間の緊張が高まるのではないだろうか。この中で、日本は日米同盟を安保戦略の要とし、抑止力を強化していく必要がある。しかし、実際の紛争では同盟は極めて慎重な対応を迫られる。日本は、抑止力の強化と同時に、武力紛争になり得る地域の緊張をコントロールし、紛争化を回避していく役割を担うことを内外に打ち出すべきではないか。そのための外交方針や経済戦略の議論が求められる。

油本真理 ロシアにおける「被害者ナラティヴ」とその行方

  

法政大学法学部教授

 ウクライナを侵略しているロシアは、自らの行為を「西側との戦争」と位置付けている。その背景にあるのは、大国であるロシアが西側陣営に軽んじられ、威信を傷つけられてきたという物語—「被害者ナラティヴ」—である。現実にはロシアが隣国に対して一方的に攻撃を仕掛け、その結果として国際的に孤立しているにもかかわらず、この物語はロシアの加害者としての側面を覆い隠し、今般の侵攻を大義ある戦争であるかのように見せている。
 これは一見すると荒唐無稽なプロパガンダのようだが、我々はこの物語が持つ「魔力」を過小評価すべきではない。こうしたナラティヴはロシアにおいて共有されている歴史観を巧みに取り込んでおり、人々の心をつかみやすい。また、その陰謀論的な性質上、このような物の見方を一度内面化するとそこから抜け出すことは容易ではない。
 ロシアが「西側との戦争」に勝利するというシナリオは既に現実味を失っているが、留意が必要なのは、たとえ今回の軍事侵攻が完全な失敗に終わったとしても、自分たちが被害者であるとの認識が継続する限り、「被害者ナラティヴ」が破綻することはないという点である。こうしたナラティヴが一定の魅力を保っている状況下では、人々の現状に対する不満や怒りは容易に西側に対する敵意へと変換される。ロシアが現在の国際秩序にとっての脅威であり続けるのか、我々はその動向を今後も注意深く観察する必要がある。

河本和子 敵味方構造の中でこそ自己の議論に対する検証が必要

   

一橋大学経済研究所ロシア研究センター専属研究員

 歴史上の、あるいは現在進行形の出来事について、観察者は、出来事に関する事実を集め、事実の間をつなぐ因果の要素を見出し、つなげるものをつなぎ、つなげないものを捨て、ひとつながりの像を作る。観察者の腕は、幅広く事実を集める能力と、事実をつなぐ要素に説得力を与える能力、そして何を捨てるか見極める能力に依存する。
 自己の思い込みに則った像を作れば、無能ないし扇動家との誹りをまぬかれない。ゆえに、誠実に考え抜くことが必要なのは言うまでもないが、ロシアによるウクライナ侵攻が進行中の現在、改めて感じるのは、自己の考え方を相対化し、自らが行った解釈を批判的に検証する能力の必要性である。
 冷戦が終わろうとする1980年代末に交換留学生としてアメリカに滞在中、ソ連が崩壊するという見立てを何度も聞いた。実際、後にソ連は存在しなくなるが、当時の私には崩壊の予言は疑わしく聞こえた。というのも、そうした議論には、ソ連がアメリカよりも劣った悪しき存在であるはずだとの思い込みと願望が濃厚に混ざっており、それ以外の根拠が薄弱だったからである。敵意は認知を歪ませうる。結果があっていれば良いというものではない。
 戦争は人を敵味方に分けるゆえに、その構造の中で考え、一方を支援して他方を攻撃する言説が当然に生まれる。それを回避する必要はない。しかし、構造の外に出て自己の議論を検証し、その質を高める努力を怠るべきではない。敵対構造の中にいるつもりはなくとも、いつの間にか入り込んでいるかもしれず、やはりチェックが必要である。自己検証に近道はない。良質の情報を幅広く摂取してよく考えることだ。つまり、私たちは勉強し続けなくてはならない。

田畑伸一郎 対ロ経済制裁以外にもできることはある

   

北海道大学スラブ・ユーラシア研究センター教授

 ロシアによるウクライナ侵攻に関連して、日本ができることについて考えてみたい。日本は直接的な軍事支援はできないが、ロシアに対する経済制裁の強化と、ウクライナとその周辺国に対する経済支援の拡大は行っていくべきであろう。ロシアに対する経済制裁のなかで特に有効なのは、石油・ガスなどのロシアからの輸入禁止とハイテク製品などのロシアへの輸出禁止である。前者については、脱炭素化とも連動させることを考えるならば、さらに進めることができるように思われる。後者については、日本からの中古車の輸出が急増し、一旦大きく減少した日本の対ロ輸出が増え始めていることが危惧される。
 ウクライナとその周辺国に対する経済支援については、さらに大きな余地があるように思われる。ウクライナの経済復興に対する支援は、いつになるか分からない戦争終結後ではなく、すぐにでも始めて行くべきではないだろうか。ウクライナ難民を受け入れている周辺国への経済支援についても、すぐに拡大すべきであろうと思われる。
 もう1つ日本ができることは、ロシア人との交流の拡大ではないだろうか。ロシア人のなかに実際にはこの戦争を支持しない者が多いことは、若い世代を中心に、国外に出る人が増えていることからもうかがわれる。ロシア人との様々な形での交流を通じて、「正しい」情報を伝えて、戦争を支持しないロシア人を少しずつでも増やしていくことは、戦争終結のために不可欠ではないだろうか。また、いつになるか分からないものの、必ずやってくるプーチン後のロシアとの関係再構築を視野に入れても、ロシア人との交流拡大は、必須であると思われる。

4. 中国はどこへ行くのか

高口康太 台湾有事の導火線は「技術」にあり、危機感強める中国

   

ジャーナリスト/千葉大学客員准教授

 台湾有事が注目を集めている。日本では、ロシアのウクライナ侵攻のように中国の軍事的冒険主義を警戒する向きが強いが、むしろ警戒すべきは経済、技術分野における米中対立の動向ではないか。
 「台湾有事が今すぐ起きるとは考えていないが、米国の制裁がエスカレートしている点が不安だ。中国共産党を追い込みすぎなければいいが」
 ある台湾人投資家の言葉だ。
 トランプ前大統領からバイデン大統領へと政権は交替したが、米国の対中強硬姿勢は続いている。いや、言葉ばかりが踊ったトランプ時代よりも、より打撃力が高まったかもしれない。なかでも2022年夏から強化された半導体規制には、中国のIT企業関係者らは「これは厳しい」と口をそろえた。
 新たな規制では先端半導体を手がける中国企業向けには半導体設備の販売が禁止されたほか、先端コンピューティングに使われるチップやスーパーコンピューター関連の部品は民間企業や研究機関向けであっても一律禁止、米国人及び米国永住権保有者の中国半導体製造禁止など多数の内容を盛り込んでいる。
 規制を受け、AIの開発には欠かせない最新鋭GPUの中国販売が禁じられることになったほか、アリババグループなど中国企業が台湾TSMCや韓国サムスン電子に委託して製造している半導体チップも性能を落とさざるを得なくなったと伝えられる。現時点では影響は一部にとどまるも、半導体の進化は日進月歩、規制の性能基準が引き上げられなければ数年後には中国は型落ちの計算能力しか持ち得なくなってしまう。
 2022年12月12日、中国政府は世界貿易機関(WTO)に提訴したが、果たして平和的な手段だけで解決できるのか。日本も米国の対中規制に同調を迫られるなか、軍事衝突を避ける知恵が求められている。

梶谷懐 ゼロコロナ政策を転換した中国社会のゆくえ

   

神戸大学大学院経済学研究科教授

 中国のゼロコロナ政策は権威主義体制の矛盾を露呈しました。2022年4月に上海など大都市がたびたびロックダウンとなり、内外の政治経済に影響が及んでいます。コロナ禍1~2年目に感染を抑え込んだ成功体験が足かせとなり、厳しいコロナ対策に抗議する動きが、習近平氏個人への批判にまで発展する異例の事態となりました。
 高口康太氏との共著『幸福な監視国家・中国』(NHK出版新書)で強調したのは、中国社会は実は功利主義的な統治理論と相性がいい、ということです。功利主義的な統治原則では、目的が正しければ手段は問わない。コロナ対策に関しても、一時期までは感染防止が絶対正しいとされ、手段の妥当性はさほど重視されませんでした。
 しかし、オミクロン株の流行でウイルス自体の危険性が弱まり、しかし感染力は高いものに置き換わったとき、目的の正しさについての前提が崩れてしまったわけです。ただ、そのことによって中国社会が大きく変わるとは思えません。抗議活動を受けて多くの都市で対策が大胆に緩和された結果、感染が爆発的に広がると共に、科学的根拠のないフェイクニュースも広がってしまいました。今後も感染拡大に伴う社会の混乱や人々の不安を抑える、という功利主義的な目的のために、市民が再び政府に強い対応を求める可能性もあると思います。
 日本にとっても、3期目を迎えた習近平政権が、今後どのように国際社会との協調の姿勢を見せるのか、という点は重要な意味を持ちます。それを見極めるためにも、中国のコロナ対策がどこに着地するのか、今後も注視していく必要があるでしょう。

津上俊哉 世の中悪いことばかりでない

   

日本国際問題研究所客員研究員

 2022年はひどい年だった。ロシアがウクライナに軍事侵攻し、世界経済では40年ぶりにやって来たインフレを各国が利上げで迎え撃ったせいで、今年は不景気とインフレの年になりそうだ。
 私の持ち場である中国では習近平氏への権力集中が進んで、まるで歴史のフィルムを巻き戻すように息苦しい政治体制に逆戻りしつつある。
 しかし、「禍福はあざなえる縄のごとし」で、希望が持てる出来事も2つあった。
 1つは10月の米国中間選挙で民主党が善戦し、トランプ氏が目指した「赤い波」(赤をシンボルカラーにする共和党の大勝利)は起きなかったことだ。理由は他にも人工中絶問題とかがあったらしいが、我々が教わってきたアメリカの民主主義やフェアネスの考え方が修復困難なほど変質した訳ではないと知らされた気がして、ほっとした。
 もう1つは、中国で続いたゼロ・コロナ政策の非合理さにたまりかねて、各地で住民が抗議行動を起こしたことだ。「監視社会」化が進み、言論統制、行動監視も日増しに厳しくなる中、「中国人は従順な羊の群れと化したか?」と感じていたが、暮らしや健康など譲れない利益が危機に晒されると、勇敢な抗議活動を始める中国人の気骨は変わっていなかったと感じた。
 政府が防疫方針を180度転換したのは、経済がゼロ・コロナ政策のせいで尋常でない苦境に陥っていることを重く見たからだという説もあるが、抗議運動が無関係だったはずはない。中国人は未だ困難の中にあるが、今回の出来事は大切な「体験」になったはずだ。
 2023年が始まった。昨年から続く問題は解決された訳でなく、新たな問題も持ち上がりそうだが、「世の中悪いことばかりでない」ことに思いを致して新しい年に向かいたい。

関志雄 少子高齢化が進む中国-日本から学ぶべき経験と教訓

  

野村資本市場研究所シニアフェロー

 中国では、一人っ子政策の実施と平均寿命の延伸を背景に、少子高齢化は進んでいる。その一方で、総人口に占める15-59歳の生産年齢人口の割合は、2007年の69.2%をピークに2021年には64.3%に低下している。
 日本の後を追う形で、中国は少子高齢化の段階に入っており、現在の人口の年齢構成が1990年前後の日本に近い。日本の経験が示しているように、少子高齢化は労働力の減少と貯蓄率(引いては投資率)の低下を通じて経済成長率を抑える要因となる。成長率を維持するためには、出生率と労働参加率に加え、生産性を高めることが求められる。
 出生率と労働参加率の向上について、日本は出産奨励や、定年延長、そして女性の雇用促進に努めてきた。その中で、出産奨励は出生率の低下に歯止めをかけるに至っていないが、女性の雇用促進と定年延長は一定の効果を上げている。一方、中国では女性の労働参加率がすでに高く、それ以上上昇する余地が限られており、産児制限の緩和と定年延長が労働力不足を解消するための最も重要な政策手段となる。
 生産性の向上については、イノベーションの加速と産業の高度化がカギとなるが、日本の場合、構造改革が挫折した結果、経済の低迷は長引いている。日本の轍を踏まないために、中国は更なる改革開放を進め、民営企業の活力を生かすと同時に、海外からの技術導入を通じて、後発の優位性を発揮しなければならない。しかし、国内では公有制への回帰、対外関係では米中経済のデカップリングが進む中で、政府の産業政策の重点がむしろ国有企業と自主開発能力の強化に置かれているため、成長率の低下に歯止めをかけることは困難を極めると予想される。

田中修 現代中国を日本の1980年代と対比してみる

   

拓殖大学大学院経済学研究科客員教授

 日本と中国を対比するとき、しばしば資本主義と社会主義、民主主義と権威主義の二分法でとらえがちであるが、現代中国は日本の1980年代と似ている部分が意外に多い。例えば、①当時の中曽根内閣は、規制緩和と民間活力の活用、内需拡大を政策の旗印に掲げていたが、習近平指導部も規制緩和・インフラ投資への民間資金の導入、内需拡大を進めている。②当時日本は、金融の自由化・国際化が進展し、東京が国際金融センターとなることが期待されていたが、中国でも現在金利の市場化・人民元の国際化が進められ、上海の国際金融センター化を目指している。③当時日本は、東京・大阪等で大規模な再開発事業が実施されたが、中国も現在「都市更新」が提起されている。④当時日本は、高齢化の進展により年金の持続可能性が議論されていたが、中国でも今後高齢化により年金財政の赤字化・年金基金の枯渇が懸念されている。⑤当時日本は、大蔵省が財政再建を強く訴えていたが、中国でも財政の持続可能性の維持・政府債務の抑制が主張されている。⑥当時、中曽根首相は「大統領的首相」を目指し、首相の権限の強化を図ったが、習近平国家主席も自身への権力の集中を進めている。
 だが、全てが同じわけではない。当時日本は「1億総中流」と言われていたが、李克強首相は2020年5月に、中国は低所得者がまだ6億人いると公表した。また中国は都市化が進行中であり、都市・農村の格差が大きい。さらに当時の世界情勢は、ソ連・東欧の社会主義陣営が崩壊しつつあったが、現在危機にあるのは西側の資本主義・民主主義である。単純な二分法ではなく、双方の共通点・相違点をしっかり見極めた冷静な議論が求められる。

林幸秀 ボリュームで圧倒するも中国のハイテクはこれから

   

公益財団法人ライフサイエンス振興財団理事長

 中国の科学技術は、その圧倒的なボリュームにより世界を牽引している。2018年から2020年までの科学論文生産において、中国は総数だけでなくトップ10%論文数、トップ1%の論文数の全てにおいて世界トップである。また、世界一流の学術誌に掲載された論文数をカウントしたNature Indexでも、中国は米国を凌駕している。これを支える研究開発費では、米国が約71.7兆円で世界1位、中国が約59兆円で2位と近づきつつあり(2020年)、研究者数で見ると、世界1位は中国で228.1万人(2020年)、2位は米国で158.6万人(2019年)と米国を上回っている。
 しかし、ハイテク開発やイノベーションについては、まだ中国は米国や欧州と互角とは言い難い。例えば新型コロナのワクチン開発であるが、中国で開発されたワクチンはmRNAワクチンではなく従来型の不活化ワクチンで、有効率が低かった。また「中国製造2025」で、半導体の自給率を2025年までに70%に引き上げることを目指したが、その後の米国などの経済安全保障政策の影響もあって、目標より大きく後退している。
 中国の科学技術の今後の懸念は、経済の行方である。米国との貿易戦争やデカップリング、ロシアのウクライナ侵攻による欧州の景気後退、世界的なエネルギー危機など、中国経済を取り巻く国際環境は非常に厳しい。国内的にも、生産人口の減少、不動産バブル崩壊の懸念、強権的な新型コロナ対策への不評といった難問が、中国経済の足を引っ張る可能性がある。中国が、この様な経済の状況に直面して、これまで通り米国や欧州諸国などに伍して科学技術を発展させられるかどうか、その場合日本への影響はどうか、注意深く見守っていく必要がある。

5. 真価問われる日本の対外政策

園田耕司 米中対立が生み出す台湾海峡危機

   

朝日新聞元ワシントン特派員/米ジョンズ・ホプキンス大学高等国際関係大学院(SAIS)国際公共政策学修士課程(MIPP)在籍

 欧州でウクライナ戦争が起きる一方、アジアに目を向ければ中国による台湾侵攻が現実味を持ち始め、米国のペロシ下院議長の訪台をきっかけに「第4次台湾海峡危機」とも呼ばれる事態が起きた。今後も米中間の緊張は続き、新たな台湾海峡危機が起きる可能性がある。
 最初に重要な点は、中国の習近平国家主席の台湾統一に向けた決意を過小評価するべきではないということである。習氏が自身に台湾統一という歴史的使命が課されていると信じるならば、武力行使をしても統一したいという誘惑に駆られ、政治的リスクを冒す可能性は否定できない。一方、冷静に論じられるべきは、中国は台湾上陸作戦を行う軍事能力を今のところ持ち合わせていない、という点である。ただ、武力行使できないわけではない。ワシントンの安全保障専門家の間で、最も現実味の高いシナリオとみられているのが、台湾に対する海上封鎖である。その際に偶発的な衝突が起きてエスカレートを重ね、最終的に全面的な戦争へと発展するリスクがある。
 バイデン米大統領は、米軍を台湾に派遣する意思があることを繰り返し明言している。ただし、既存の「あいまい戦略」を見直したとは言わず、歴代政権の「一つの中国」政策は変わっていない、と強調。台湾海峡のステータス・クオを維持しようという戦略だ。とはいえ、ワシントンの政策が、冷静な政治判断のもとで常に安定しているわけではない。2023年は次期大統領選に向け、民主、共和両党の党派対立がさらに激化。両党は中国への強硬姿勢ぶりを競い、それは「対中弱腰」批判を恐れるバイデン政権の外交政策として表に現れてくるだろう。
 留意するべきは「第4次台湾海峡危機」ともいわれる事態は、過去3回の「中国vs台湾」の構図ではなく、「中国vs米国」の構図で初めて起きた点にある。米国は「一つの中国」政策を維持し、中国に決して武力行使の口実を与えないように自制した行動をとる必要があるだろう。

川島真 日本は明確な対中・露政策理念の策定を

   

東京大学大学院総合文化研究科国際社会科学専攻教授

 2022年、岸田文雄政権はロシアのウクライナ侵攻に際して極めて大きな決断を行った。「力による現状変更」への対抗を明確にし、対露経済制裁に加わったのである。その結果、ロシアは平和条約交渉を打ち切った。
 安倍政権では、中露を別々に扱っていた。安倍総理とプーチン大統領との間の交渉が結果的に成果を上げられなかったことを批判する向きもあるが、中国に対しては十分大きな牽制になっていたであろう。しかし、岸田政権は中露を「一枚岩」だとし、中国もロシア同様に「力による現状変更」を行う存在だとしたようだ。このことの是非は別にして、結果的に日本周辺では中露の海軍艦船や戦闘機が以前よりも共同で行動したりしている。北朝鮮も加えれば、日本の安全保障政策は、中露、北朝鮮という3つの正面を相手にすることになった。2022年12月に公表される安保三文書でこの3正面への対処法が記されるのであろうが、いずれにしても、ポストウクライナも視野に、日本としてこの3つの正面といかなる関係を形成するのか、しないのかということを明確にしなければならないだろう。
 アメリカはインセンティブを与えてでも既存の秩序に組み込むという対中エンゲージメント政策に終止符を打った。では日本はどうなのか。その対中政策と、対露政策、対北朝鮮政策はいかに関わるのか。2023年、アメリカ大統領選挙を翌年に控え、この新たな安全保障環境にいかにたち向かうのかということを、腰を据えて考える時が到来していると言えるだろう。その際、日本がこれらの国の隣国であるということを忘れてはならない。単に他の先進国と歩調を合わせるだけでは、「平和」という根本的な基礎を喪失する可能性もある点に留意が必要だろう。

細川昌彦 ウクライナ侵攻による国際秩序の変革に直面する日本

   

明星大学経営学部教授/元経済産業省中部経済産業局長

 ロシアによるウクライナ侵攻という衝撃的な事実によって冷戦後の国際秩序が大きく揺らいでいる。ロシアがエネルギー供給を武器に欧州などを揺さぶった結果、世界の原油・天然ガスを巡る秩序が揺らいでいる。産油国を巡る国際政治力学も米中の綱引きなど流動化している。
 インパクトはエネルギー分野だけではない。ロシアに対する西側諸国による経済制裁は中国にも大きな影響を与えている。将来の台湾侵攻を想定して、こうした厳しい禁輸への備えを加速している。共産党大会を経て3期目を迎えた習近平政権は「自強自立」を掲げ、半導体をはじめとする戦略産業の国産化を加速している。そしてそのために必要な技術入手の標的とする外国企業に秋波を送っている。
 一方、中間選挙を経た米国のバイデン政権は対中強硬の議会に押されて、かつてない半導体の対中規制強化を打ち出すとともに、同盟国において半導体のサプライチェーンを囲い込もうとしている。まさに先端ハイテク分野での部分的なデカップリング(分断)が進もうとしているのだ。
 こうした激動の中で、日本が採るべき立ち位置は明確だ。経済安全保障の新法を制定したり、半導体産業ではかつてない規模での戦略を具体化したりしている。問われているのは政府だけではない。日本企業も巨大な中国市場の前に、こうした中国との間合いの取り方が問われている。

植田健一 内外問わず自由な経済取引が今こそ必要だ

   

東京大学金融教育研究センター長・大学院経済学研究科兼公共政策大学院教授

 1944年、ブレトンウッズ会議では、戦後の国際貿易・金融の自由化を進めることが決められた。それには、1930年代に起きた各国による為替切下げと国際貿易・金融取引の制限という近隣窮乏化策が、1929年以来の世界大恐慌を深刻化させ、また、ブロック経済化により戦争開始のコストを下げた、という反省があった。
 1930年代各国国内でも、ソ連の共産主義、日独伊の国家社会主義だけでなく、アメリカでさえも幅広く経済活動に政府が関与するニューディール政策が採られ、回復の遅れをもたらした(Cole and Ohanian 2004)。どの国でも、大恐慌の中、配給、補助金、価格統制などを民衆が少なくとも当初は望んだという状況もあったようだ。それに対し、ハイエクが、生活の糧を政府に頼れば為政者の失政に反対できなくなる、まるで奴隷と同じだ(ハイエク1944)と、世相を糾弾した。
 2008年頃起きた世界金融危機から完全に抜け出せないまま、コロナ禍による経済危機が2020年に起きた。どちらとも、各国政府はできる限りの政策対応をした。もちろん、未曾有のショックに痛み止めとして一時的に大きい政策を打つのはある程度必要だ。しかし、それに味をしめ、補助金や価格統制など、利益団体が永続的に求めていないか。また、政府の失政に対し、政府に頼っている人々はノーと言えなくなっていないか。
 経済低迷の不満を、往々にして外国(人)のせいとしてそらし、貿易制限、移民排斥、戦争まで始めるのは、1930年代が辿った道だ。現在、国際貿易・金融に関する制限が、1945年以来はじめて増加している(IMF 2022)。内外問わず自由な経済取引は、経済成長のみならず、世界平和をもたらす基盤でもあるという、先人の知恵を今一度噛みしめたい。

木村福成 経済安全保障と経済の両立とアジア経済外交

   

慶應義塾大学経済学部教授/東アジア・アセアン経済研究センター(ERIA)チーフエコノミスト

 このところ地政学的緊張はますます激化し、経済安保をめぐる動きも急である。昨年(2022年)10月に米国が打ち出した先端半導体関連品等の輸出規制により、相手側の弱体化を意図するオフェンシブなサプライ・チェーン・デカップリングは新たな段階にはいった。12月には我が国も、経済安全保障推進法のもと11の特定重要物資を指定し、供給途絶に備えるためのディフェンシブなデカップリングも一歩進んだ。
 それでもまだ、デカップリングは世界経済全体を覆いつくすことにはならず、結局は部分的なものにとどまる公算が大きい。貿易・投資管理の外にある経済は活発に動いている。日本のメディアばかりに触れていると、グローバリゼーションの時代はもう終わって世界中が大不況に見舞われているかのような印象を抱いてしまうが、そんなことはない。2022年、確かに中国経済は不調であったが、それ以外のアジア諸国ではベトナム、フィリピン、マレーシア、インドネシア、インドなどコロナ前以上の経済成長率を達成した国も多い。機械産業を中心とするファクトリー・アジアは世界における相対的な位置をむしろ高めている。
 経済安保についてはしっかり手当てつつ、政策手段をできるだけ明確にし、貿易・投資管理も効率的に運用して、不必要な遵守費用や不確実性が生じないようにしなければならない。また、貿易・投資規制の外側にある経済については、ルールに基づく国際貿易秩序をできる限り広く維持し、経済活力が損なわれないよう努力していくべきである。
 G7における地政学的議論のみを追っていたのではバランスを失する。対ASEAN経済外交は、日本にとってpsychological balancerとしての役割を果たしうる。

田中秀和 世界とアフリカ、日本とアフリカのこれから

   

レックスバート・コミュニケーションズ株式会社代表取締役

 これまでアフリカは「支援先」として認識されてきた。しかしそれも近年変化しており、大きな経済成長を成し遂げる可能性を持った大陸として見られるようになった。それにより、インフラ事業やスタートアップ投資などをはじめとした分野、あるいは自国企業の大陸への進出を強めるため、多額の外国直接投資(FDI)が行われるようになった。70年代は約8億ドルを越す程度だったものが、近年では約800億ドルを記録している。
 近年の投資額の増加の背景には中国の存在が大きいが、その中国も投資の方向性を変えており、現在では資源やインフラを中心とした投資からサービス業や技術分野での投資へと舵を切っていると言われている。
 また欧米諸国のアフリカへの関心も高まっており、近年多くの大統領が相次いでアフリカを訪問するなどし、アフリカとのより良い関係性の構築に取り組んでいる。
 日本も様々な取り組みを通してアフリカとの関係性を深めているが、その筆頭の取り組みであるTICAD(アフリカ開発会議)が2022年は開催され、そこでは300億ドルの官民投資が宣言された。これまで多くのアフリカの関係者がもっと日本からの民間部門への投資を願ってきたが、それが形になったといってもいいのではないだろうか。そして、この多額の投資で特に人材と成長の質への貢献を投資の柱としていると日本政府は発表した。
 これまで日本は、アジア諸国を中心に大きなサポートを行い多くの国々が目覚ましい経済発展を実現してきた。それと同じ戦略でアフリカとも関わるということだ。アフリカは大きな可能性を秘めているが、それを最大的に発揮するのにはもう少し時間がかかるのではないだろうか。その過程の中で日本の担う役割も大きく、アフリカからの期待も大きい。

瀬口清之 日本人サポーターのごみ拾いと世界秩序形成

   

キヤノングローバル戦略研究所研究主幹

 今回のワールドカップでも日本人サポーターによる試合後のゴミ拾いが注目を集めた。過去の大会においてもこの行動は再三話題になっており、毎回世界中から高い評価を得ているのは実に素晴らしいことである。
 このごみ拾いはルールで決められたものではなく、サポーターの自発的な行為である。もしこれをルール化すれば、サポーターにそのような義務はないと反発を買うだろう。ルールではない自発的な行為だからこそ賞賛される。その本質は「利他」である。
 「利他」は他者への思いやり(仁)、おもてなし(礼)の心がベースである。最近は「神対応」と表現されることもあるが、東洋思想では聖人、君子、仏の道である。だからこそ人々は感謝し、感動する。
 ルールで決められたことを遵守するのであれば「利他」とは言えない。罰則を受けないためにルールを守る行為は「利他」の性格が薄れ、むしろ保身の意識に近い。
 2022年はコロナ感染に加え、ウクライナ、台湾などを巡り世界秩序が不安定化した。世界秩序の安定を目指す場合、一般にルールの遵守を重視することが多い。しかし、厳格なルール設定に固執するほど「利他」から離れ、むしろ利己主義の発想から自国・自社・自分に有利なルールを設定しようとする。そんなルールに縛られた秩序の下では人々の心から感謝と感動がなくなり、ぎすぎすした対立が生まれやすくなる。世界の現状はその証左である。
 もちろんルールがなければ秩序形成は難しい。しかし、ルール遵守一辺倒ではなく、モラルに基づく自発的な秩序形成が重視されれば、人々の間に思いやりやおもてなしの心が芽生え、ウクライナも台湾も感染症予防も別の道があったのではないだろうか。

森下哲朗 言葉の壁を克服することが日本の成長の鍵

   

上智大学グローバル化推進担当副学長・法学部教授

 社会が大きく変化する中、日本で、そして、世界で、新たな知や人々との繋がりが求められている。資源に恵まれず、人口が減少している日本にとっては、新たな知や世界の人々との繋がりは殊更重要である。新たな知を創造することによってグローバル社会に貢献し、多くの国の人々と繋がることによって新たな価値を生み出すことが、今後の日本の成長の鍵である。
 そのために重要なのは言葉である。どれだけ良いアイデアを持っていても言葉でそれを伝えることができなければその価値を活かせないし、様々な言葉でやり取りされる多くの情報を読み取ることは深い考察のために必須である。繋がりを深めるためには言葉で語り合うことが重要であるし、言葉が通じればより積極的にコミュニケーションを取りやすい。
 日本の更なる成長のため、言葉の壁の克服に徹底的にこだわってはどうだろうか。まず、日本全体の英語やその他言語での発信力・コミュニケーション力をより一層高めることが重要である。使える英語力を持つ人の増加は勿論重要であるが、官庁等のウェブサイトでの英語での情報が制限されている現状も改められる必要がある。同時に、日本語の教育力を高めることも重要で、他国から来た人がよりスムーズに日本語を習得できるようになれば、日本社会に馴染んでもらいやすい。
 言葉の習得のためのトレーニング方法の更なる発展や、テクノロジーの活用も大切であるが、それ以上に大切なのは母語の違いを言い訳にしないという覚悟である。決意をもって取り組めば状況を変えることができるはずである。そのために、大学が果たすべき役割も大きいと考えている。

櫛田健児 日本に必要な世界の現状把握と、部分最適化ではない未来ビジョン

    

カーネギー国際平和財団シニアフェロー

 日本の「コロナ鎖国」が終わり、2年以上ぶりに海外を訪問する人が増えてきた。ここシリコンバレーにも日本のビジネスパーソンや学生が訪れる頻度がゼロから再び上がってきた。そこで印象的なのは、デジタル時代の今、世界の情報は手に入るはずなのに、いつの間にか日本国内の情報網が国内留まりになっていて、外に出る日本の人々が変貌した世界の姿に驚くことである。ニュースや通常の情報収集手段では色々なところの現状を把握できていなかったり、日本では「当たり前」とされていることが世界とはだいぶ異なる感覚になってきていることである。これは今後、日本を大きく苦しめる可能性が高い。
 また、今後の日本には明確で具体的な未来ビジョンを描くことが必要であり、そのためには様々なところの現状把握と視座に触れることが大事だと考えている。現状の部分最適化を進めても大きな未来ビジョンは描けない。
 情報や感覚の「鎖国」になっていることで世界の流れから日本が外れていくと、結局は世界で日本のものやサービスが売れず、国内産業がディスラプトされる危険性が高まる。例えばEVへの移行は日本国内で本当に起こるのかどうかということを疑問視する声が多方面から上がっているが、ロンドンのタクシーは昨年(2022年)の夏の時点ですでに3分の2がEVとなっていて、シリコンバレーでは高級住宅地ではない場所でも3割近くの家にテスラが停めてある。すでにEVの世界となっているのだ。「ガソリン車よりも充電に時間がかかるからEVは不便」と考えられていることが多いが、実は職場の近くに充電設備があると、6時間ぐらいの充電時間は仕事中なので全く気にならない。スーパーやレストランの隣に設置されている高速充電設備があると、30分や40分かかるのがちょうど良いぐらいで、生活にストレス無く入ってくる。むしろガソリンスタンドに行くのは寄り道であり、楽しい経験でも無いので、苦になる側面以外無いように思えるようになってしまう。自宅での充電は特別な設備の設置工事は必要なく、ゆっくり充電する人が多く、自宅で全く充電しない人も多いのでアパート暮らしの人も大勢テスラに乗っている。こういう感覚は日本のみにいると伝わらず、その先に待っているのは自動車産業のディスラプションである。世界から見たら鉄道網の劇的な発達や都市の再開発が進んでいる日本は「インフラが作れる国」に見えるので、日本では「充電設備が足りないのでEV化に踏み込めない」という自動車メーカーの論調を聞くと、「誰かが作ってくれるのを待っているのか?」と疑問になる。世界からの信頼を集めてきた日本勢は、瞬く間に世界の先端に置いていかれてディスラプトされそうな勢いで、今の活動を最適化していくだけでは大きな未来ビジョンにはつながらない。
 また、インフレが2%程度の日本では、実感として5-7%以上になっている他の先進国の感覚がなかなか伝わらない。アメリカでは若者はどんどん転職して給料のベースを上げていかないと収入がインフレについていかず、数年で3割から4割跳ね上がる家賃に全くついていけない世界である。貯金は持っていてもどんどん減るので不動産や他の価値を保持するものに変えていかなくてはいけない。デフレが続いた日本ではこれからこの波が来るかもしれないし、海外展開する日本企業はこういう現実と向き合って従業員をマネージしなくてはいけない。
 逆に、少子高齢化と過疎化の波にさらされている日本には色々なところにチャンスがある。こういう前向きな発想は国内からは驚かれるかもしれないが、外から見ると分断が少ない日本の社会はさまざまな技術や取り組み、サービスの実用化に非常に適している。
 開国した今、どんどん海外に足を運んで色々な異なる社会や経済のロジックを吸収し、今後の日本の未来ビジョンを作っていける人々に期待したい。

6. 危機に立つデモクラシー

今井貴子 なぜ今、オポジションなのか


成蹊大学法学部教授

 オポジション、英和辞典を引くと最初に「反対」「抵抗」と出てくる。それが「野党」を意味すると即答できる人はそう多くないかもしれない。直訳すると反対党。「野党は政権の批判ばかりしている」と揶揄されている日本にあってはますますウケが悪そうである。
 だが、このオポジションこそが、議会政治、普通選挙権と並ぶ近代民主政治の3大発明の一角として特別な位置づけがなされてきた、といったらどうだろう。公然たる異議申し立ての自由の保障は、デモクラシーの揺るぎなき生命線なのである。批判や反対によって政治的腐敗を牽制し、権力者に説明責任を果たさせ、偏狭さによる悪法の成立を防ごうとする、ここにオポジションの存在意義がある。批判とは、オポジションに課せられた責務であり、その責務を全うする発言機会と影響力がどれほど制度化されているかが、その国のデモクラシーの強さを表すといってよい。
 2022年、有事という言葉がにわかにリアリティをもつようになった世界情勢のなか、岸田内閣は、またたくまに防衛費を対GDP比2%にまで急増させ、戦後安全保障政策を大転換させる方針を示した。この決定的な転機にいったいどれほど内実のある議論の応酬があっただろうか。野党はどれほどその責務を果たしただろうか。そしてなにより、足もとにある「静かな有事」、すなわち確たる財政的裏付けが求められる少子化問題にどう取り組むのか。2つのセキュリティ、すなわち安全保障(national security)と社会保障(social security)は国という車の両輪である。「静かな有事」とは、2009年麻生自民党政権下の国民会議の報告書に明記された認識であるが、依然として少子化に歯止めはかかっていない。
 少子化は、人びとの生きづらさの結果であり、人口オーナスとなって、GDPの内実、つまり経済成長の社会的基盤を掘り崩す。次世代にどのような日本を引き継ぐかを論じようとするなら、まず不可欠なのは、異論に開かれた政治過程を重んずるデモクラシーを実践することであり、それなくして持続可能で豊かな社会は実現し得ないとする見識ではないだろうか。



逢坂巌 戸別訪問解禁でデモクラシーの深化を

   

駒澤大学法学部准教授・アイルランド国立大学ダブリン校(UCD)客員教授

 昨年(2022年)春からアイルランド共和国にて在外研究をしている。中学生で訪ねて以来、40年ぶりの再訪である。我々がバブルと「失われた30年」を過ごしていたこの間、ヨーロッパの最貧国であった同国はIT産業の欧州の中心となり、1人当たりGDPや労働生産性などの経済指標のみならず、幸福度(国連)やジェンダー指数(世界経済フォーラム)でも日本を大きく引き離す。40年でアイルランドは豊かで自由な国へと大きく変わっていた。
 なぜ変われたのか。さまざまな要因があろうが、政治コミュニケーションの観点からは、公共的な課題をめぐるコミュニケーションのしつらえと気構えのよさが見える。現状を報じ、議論の場を作るジャーナリズムがよく機能している。公共放送RTÉでは政治家や当事者を招いた地味なインタビューが毎日おこなわれている。プロのジャーナリストたちの質問は勇敢で鋭いが、政治家や当事者も議論に積極的だ。
 議論といえば、15年前のアメリカ大統領選挙の視察以来、日本の選挙時の戸別訪問禁止に違和感を感じている。「選挙は候補者や政党が国民と対話するイベントでもあるのに、なぜ日本では人々が玄関先で生の声で議論できないのか」。昨年のスウェーデン総選挙の調査の際にも聞かれたが答えられなかった。選挙時に人の家を訪問することが罪になる、こんな「先進国」は日本ぐらいだ。今年はインターネット選挙が解禁されて10年。ネットの声が政治コミュニケーションに反映されるのはよいことだが、「生の声」でバランスをとる必要もあろう。戸別訪問は日本の政党政治を深化させるメディアでもありうる。1925年の選挙法改正で導入されたこの規制、100年を前に変える議論を始めたい。

網谷龍介 政治主導と官僚支配のあいだ


津田塾大学学芸学部教授

 民主的政治過程がうみだす政策の適切性に注目が集まっている。ある経済学者は、民主体制は権威主義体制よりも経済成長が鈍く、COVID-19による死者も多いと論じたが、権威主義体制のデータの信頼性を考慮すると関係は有意ではないとの反論が向けられ、議論となっている。また、知者の統治(エピストクラシー)の優位を主張した話題の書も近時翻訳され注目されている(ブレナン『アゲインスト・デモクラシー』勁草書房)。体制の区別やその優劣に関するこの種の議論は、政治的決定の仕組みに注目している。
 しかし決定に供される提案を準備する仕組み、そして決定を実施する仕組みもそれと同等以上に重要である。ある研究は、行政機構の質が政策的帰結に影響すると論じる。また市民の体制満足度は行政の質に依存する。実際、COVID-19は各国政府のキャパシティが政策選択を拘束することを露にした。
 では行政の質を担保する制度はどのようなものか。近年の比較研究は、民間の管理手法を導入する新しい公共経営(NPM)型改革の成果の両義性を明らかにした。ただし伝統的官僚制が優位にあるということではない。政治的統制と(時に権力に苦言を呈すための)組織的自律性の間での均衡が探られなければならないのである。例えば政治的任用中心の人事制度よりも、内部評価中心の制度が優れたパフォーマンスを示すとされる。また金銭的誘因による官僚の統制の強化は、内在的動機を失わせ質の低下をもたらすという。政治的統制強化はクライエンテリズムの蔓延にもつながりうる。

河野武司 黄金の3年は奴隷の3年?

    

慶應義塾大学法学部教授

 代議制民主主義を駆動させるエンジンの1つが選挙であることには論を俟たない。統治される者にとって選挙が統治する者をコントロールするための重要な武器に他ならないからである。しかし、2022年7月の参院選挙が終わった直後から日本では「黄金の3年」という言葉がメディアやネット上を賑わした。衆議院が任期途中で解散されない限り、次の参議院選挙までは国政選挙が予定されていないからである。しかしこのように選挙が暫く実施されないことをもってして「黄金の3年」と表現することに筆者は抵抗を覚える。統治する者にとってみれば、民意を気にすることなく彼らが日本の将来にとって必要と思う政策を展開できるという意味で黄金の期間なのだろう。しかし、統治される者にとってみれば、ルソーの言うように奴隷の状態に置かれる期間に他ならないからである。
 選挙で選んだ政治家の決断を、国民が常に受け入れることができるのであれば問題はないのかもしれない。しかし現実には、直近の国政選挙では話題にもならなかったような、しかも国民には簡単には受け入れがたい政策が、代表からいきなり提起される。例えば最近の防衛増税などである。その失敗から生じる損失やコストを負担するのは国民に他ならない。民主主義とは民意による政治である。国民に異議を申し立てる機会を奪う黄金の3年を是正する究極の手段は、一般法案に関する国民投票の制度であろう。日本は国民投票を実施したことのない数少ない国の1つである。すべての法案を国民投票にかけることは不可能にしても、例えば9分の4以上の国会における発議で年3回まで国民投票が実施できるという制度を導入してはいかがだろうか。

奥村裕一 実践デモクラシーのすすめ

   

一般社団法人オープンガバナンスネットワーク代表理事

 デモクラシーの後退が叫ばれて久しい。現行デモクラシーは、まず議会制による立法があり、社会の根幹のルールとなる法律をつくる。次にその法執行を行政が担い、それに対する監視を議会と(立法の監視機能もある)司法が行うという三権分立体制で進めてきた。しかし、立法プロセスは、数年おきの選挙でその時々の関心事項に振り回されて長期的な視野に基づく判断ができない、多様で詳細な民意が議会を通じてでは適切に反映されない、さらにデジタル時代の世論形成は意見集約のアルゴリズムをつくる巨大企業に支配されている、といった批判がある。これらの欠陥を補うための市民集会などの新しい仕組みの提案と試行が世界のあちこちで行われてはいる。
 しかし、共通しているのは制度を作る段階での意見集約の精緻化や公平化を求めての市民参加が焦点で、制度が実行される段階に市民の関与を求め責任も担う試みがまだ少ない。古代ギリシャの時代にあった執行も、国民が担っていくということで初めて責任のあるデモクラシーが進むと考えると、公共サービスの一端を市民も手掛ける「実践デモクラシーのすすめ」を訴えたい。これが制度的に実現して初めて、デモクラシーへの信認を根底から取り戻すことができると思う。その端緒はオバマ大統領の提唱したオープンガバメント三原則の①「オープンデータ」②「意思決定への国民参加」③「実行段階での国民との協働」の最後がこれに相当し、実践あるのみだが、このためには国民も実践デモクラシーに携わる生活と時間が必要で、ワークライフバランスを見直し、ワークライフソーシャルバランスが取れる生活のあり方を社会全体で追求する必要がある。

古田大輔 ワクチンデマからウクライナへ-情報戦にどう対処するか

   

ジャーナリスト/メディアコラボ代表

 ロシアによるウクライナ侵攻で、国際政治は新たな局面に入った。同時に2016年アメリカ大統領選から2020年新型コロナウイルスとワクチンをめぐるデマへと、影響が拡大してきた偽情報・誤情報の問題もさらに複雑化した。ネットを活用した本格的な情報戦の始まりだ。
 発信者の意図を問わず、たんに間違っている情報を示す誤情報(misinformation)と異なり、偽情報(disinformation)は意図を持って操作された情報を意味する。ロシアは侵攻を正当化するために、様々な偽情報を発信してきた。「ウクライナはアメリカの支援を受けて生物兵器を開発している」などの主張は、ウクライナやアメリカ政府だけでなく、各国の報道機関やファクトチェック機関からも検証され、根拠がないなどと否定されてきた。
 ウクライナに関する誤情報・偽情報の検証結果を紹介するプロジェクト「#UkraineFacts」では世界の80を超えるファクトチェック機関が参加し、2023年1月13日現在、2743の偽情報を検証している。その中に日本の機関は入っていない。International Fact-checking Networkの認証を受けていることがこのプロジェクトの参加資格であり、日本には認証団体は1つも存在しないからだ。
 東アジアでは台湾をめぐって緊張が高まっている。台湾のファクトチェック機関は、中国からの偽情報の流入を警戒し、活動を強化している。日本では私が編集長を務める日本ファクトチェックセンター(JFC)が2022年10月に発足したが、欧米との比較だけでなく、アジア各国と比べても、偽情報・誤情報対策は遅れをとっているのが現実だ。

長田久雄 安心な高齢社会実現の基盤

   

桜美林大学大学院国際学術研究科老年学学位プログラム特任教授

 筆者は40年以上に亘り、心理学を中心とした老年学の研究と教育に携わってきた。老年学の領域では貴重な知見が蓄積されている。その成果を社会還元することは重要であるが、ここでは少し異なった観点、実証的研究を実践してきた立場から私見を述べさせて頂く。
 実証的研究では、新しく有用な知見が評価されるので、日々、研究者はこれを目指して鎬を削っている。研究の評価は、正しい根拠と適切な方法で研究が行われていることが前提であり、学術雑誌等で公表される知見は、専門家相互の厳密な検証を経ていることが成果の信頼の基盤となっている。素晴らしい結果が得られていても、正しい根拠や適切な方法に基づいた研究でなければ、成果が無に帰すことは言うまでもない。今日では、研究の倫理が厳しく問われ、学生を含め研究に携わる人の全てが、研究を正しく行い透明に成果を発表することに責任を持つことが求められている。
 高齢社会の目指す姿の1つに安心して暮らせる社会がある。自身が高齢者になって、安心して生活できる社会の前提が、立法、行政を含め社会を牽引する人々の営みが信頼されることにあると実感している。その達成のためには、発信される情報が、研究成果同様、根拠とともに明示されることが不可欠であろう。その実践は、実社会の政策や対策が研究より複雑で価値観も多様であるため、困難であることは理解できるとしても、信頼の基盤となる根拠の明示、適切な方法と手続きの使用、透明な公開など倫理の厳密な遵守は、研究に比べ実社会では不十分と言わざるを得ない。その改善が切望されよう。

林和弘 科学と社会を再構成する学会、雑誌、大学の創造的破壊に備えよ

   

文部科学省科学技術・学術政策研究所データ解析政策研究室長

 2020年代は17世紀のある一時期と似ているという話をよくする。1660年に学会(英国王立協会)が生まれ、その5年後の1665年に学術雑誌(Philosophical Transactions)が創刊された。この1660年代にはニュートンとライプニッツが微積分を発明し、数学と物理が融合し(数理物理学)、近代科学や産業革命に大きな影響を与えた。ロンドンでは1665−66年に腺ペストが流行り、大学に行けなかったニュートンが実家で思索にふけった結果として万有引力の法則を思いついたという話もある。学会と学術雑誌が生まれた経緯には諸説あるとされるが、当時の大学が硬直化したために、自由な議論を求めてカフェで集まったサロンが学会の始まりとも言われ、また、手紙の交換による先取権の確保が流行り、それを集約する形で学術ジャーナルが生まれたとも言える。すなわち研究メディア、研究コミュニティの創造的破壊が起きたとも言え、後に大学(研究機関)も再構成されることとなる。
 この歴史の観点から現代を捉えると、COVID-19を機に、大学や学会の硬直化が再び問題視され、学術ジャーナルと査読のあり方も問われ直している。他方、学術系SNSやプレプリントによるより自由で迅速な情報交換が始まった。あるいは、AI(情報学)と既存の科学の融合や、文理融合が進み新しい研究と連動する産業が生まれ、さらにはロボットによる研究の自動化が進展して、そのコードが再現性の高い研究メディアの可能性として注目を浴びている状況でもある。すなわち、研究者間や社会と知識を共有する手段が変革すると、新しい科学と社会が生まれる。そして、研究メディア、研究コミュニティ、および、研究機関が再構成される可能性は非常に高く、この潮流に適応したものが生き残ると考える。

7. 少子高齢化対策と財政健全化

小塩隆士 「全世代」に将来世代を含めよ

   

一橋大学経済研究所教授

 全世代型社会保障を構築するという場合の「全世代」には、若年層から高齢層までを含む、今を生きる世代を考えることが普通である。全世代型社会保障とは、年齢を軸にして若い世代が高齢世代を扶養するという仕組みを改め、すべての世代が負担能力に応じて社会保障を支える、という発想であり、それはそれでもちろん望ましい。しかし、負担の増加は誰もが嫌だし、給付の削減もできれば避けたい。だから、社会保障を全世代型に再編するとしても、負担の増加や給付の削減はほどほどにされる可能性が高い。いわゆる「シルバー民主主義」という概念を持ち出すまでもなく、民主主義は今を生きる世代の利益の最大化を目指す仕組みだからだ。
 この仕組みは、負担を将来世代に先送りする意思決定につながりやすい。負担をどんどん先送りしても、人口が順調に増加している限り、1人当たりで見れば、分母が膨らむので無限の将来にはゼロに近づく。だから、将来世代に迷惑はかからない。しかし、出生率の長期低迷に示されるように、私たちは人口の再生産からすでに手を引いている。そうなると、今を生きる全世代の幸せの追求は、将来世代の幸せを引き下げることになる。
 民主主義が人々の幸せの追求に貢献し続ける前提は、人口増加である。その前提が崩れている。私たちがこうした民主主義のいわば生物学的限界を意識し、将来世代の幸せもしっかり考えるのであれば、全世代には、今を生きる世代だけでなく、将来世代を含める必要がある。

小林慶一郎 持続性のための新しい世代間倫理の構想を

    

慶應義塾大学経済学部教授

 世界的なインフレ、気象災害の多発、ウクライナ侵略による核の脅威の高まりなど、私たちが直面する政策課題は、長期的な持続性の問題に直結している。財政や通貨価値、地球環境、核兵器管理などの分野で、世代を超えた時間軸での持続性をどのように維持するかが問われている。
 世代を超えた時間軸の政策課題を、現在世代だけが意思決定する政治システムで解こうとすると、問題を次世代に先送りする誘惑に抗することができない。財政の健全化、地球温暖化など世代間問題への取り組みが遅れることは、現代人が将来世代の利益を十分に考慮に入れた倫理観や公共哲学を身に着けていないことの自然な結果であるとも言える。
 迂遠なようだが、世代を超えた持続性に価値を置く新しい「世代間倫理」または新しい「社会契約」を構想するべきではないか。そのような野心的な取り組みとして、2022年に出版された廣光俊昭著『哲学と経済学から解く世代間問題』を挙げたい。
 哲学者サミュエル・シェフラーは、思考実験として「自分の死後に世界が滅びる」と仮定したら人はどう感じるか、と問いかけた。自分の死後に世界が滅びるなら、いま自分がしている仕事や活動の大半が無意味に思われ、人生に価値を見出せなくなる。「世界が自分の死後も持続すること」がいまを生きる自分の人生に価値を与える、とシェフラーは論じた。廣光は、これを引用し、「世界の持続」は将来世代と現在世代に共有される価値であるとした。そこから世代間に「公共的互恵性」が成立する。こうした発想に基づく新しい社会契約論が、持続性の問題に対処するために求められている。

瀧俊雄 市場機能に耳を傾け、未来を歩む力を作る

   

株式会社マネーフォワードCoPA

 軍事侵攻やインフレの高進など、混乱の時代が訪れている。このような状況で危惧すべきは「都合よく世界を見る」リスクではと考えている。
 日本は、少子高齢化だけは着々と進行する中、これからの経済を支える新産業を生み出せていない。そのため、伝統的経済から新しい経済へとヒトとカネが動くことが、いままでになく重要となってきている。そのために必要なのは市場機能である。
 ヒトの動きは、労働市場における給与という価格シグナルで調整される。変化が激しく、正解も読めない時代にあっては、より高い経済成長期待により資金調達をした会社が、より高い給与を払うというシグナルにより、人的資本の移動を促すほかない。格差と労働の市場化がもたらすストレスをうまく吸収しながら、流動的な経済を作り出すことが求められている。
 カネの動きでは、金利機能の復活が重要である。長年、日本では金利がシグナルとして機能しないことで、現在と未来の間の資源配分が歪められてきたほか、そもそもの意思決定力が鈍くなり、反知性主義を生み出すような副作用もあったのではないか。2022年に英国で金融市場のシグナルを無視した政権が即座に交代したことなどは、肯定的に評価されるべきイベントである。日本の金利の正常化に向けた流れも、経済全体がより正しい情報に基づいて判断をするために重要といえる。
 世の中を都合よく見続けることはできない。市場が発するシグナルを受け止めて、未来を歩む力を少しでも増進していく勇気が、これからの経済ではより求められている。

岩本康志 成長戦略に頼らない成長を実現する

   

東京大学大学院経済学研究科教授

 少子高齢化が進展するなかで、コロナ禍によって出生数は大幅に低下し、将来の人口をめぐる環境への一層の悪影響が懸念される。国民の生活水準を維持するには、労働生産性の上昇によって従属人口指数の上昇を相殺することが不可欠である。しかし、日本経済の成長率はむしろ長期的に停滞し、世界での相対的地位は低下し「衰退途上国」と言われている。すると「成長戦略が必要だ」と政府の対応を求める流れが定番だが、はたしてこれでいいのだろうか。
 政府が経済成長を支援することは間違っていないが、成長戦略が功を奏してできあがるのは成長戦略に依存する程度に強い経済である。しかし、経済成長の主役は民間部門であって、目指すべきは政府の助けがなくても成長する強い経済である。
 さらに成長戦略の実績は、成功しているともいいがたい。政府がターゲットを選定して育成を目指すのが成長戦略での典型的な手段だが、政府に成長機会を見抜く目がなく、すでに機会を取り尽くした分野に後から参入するだけになる。成長戦略は現在、岸田首相が唱える「成長と分配の好循環」の起点に位置づけられている。過去の失敗から教訓を得ず、同じことを繰り返すと、同じ失敗を繰り返すことになる。
 近年はポピュリズム、政治主導、官僚バッシングによって官僚の政府離れが起こり、政府の政策立案能力が低下し、政策が劣化している。これ自体は大きな問題ではあるが、せめてこの不幸な事態を前向きに活用するとすれば、民間部門はこれを見て「政府には頼らない」と腹をくくるべきときである。それによって、政府の成長戦略に頼らないで成長する強い経済を目指す、本当の「成長戦略」が実現する。

大場昭義 リスクに対処する財政的裏付けはあるか

   

一般社団法人日本投資顧問業協会会長

 コロナパンデミックに翻弄された世界と日本。その渦中にロシアによるウクライナ侵攻が現実化し、世界と日本のリスクは拡散、かつ深刻度を増している。感染症のみならず、その他にも安全保障、サイバーリスク、食糧自給・エネルギー危機、気候変動・地震など自然災害、政府債務増大による財政危機、少子高齢化の進行、研究力や高等教育の劣化など広範囲に及ぶ。リスクの所在が幅広く、しかも緊急度が高まったことが最大の特徴といえる。こうしたリスクに対処するためには財政的な裏付けが欠かせない。裏付けがなければ安全保障面では抑止力・防衛力強化の具体策が描けず、また災害対策、高等教育や研究力の劣化にも対処できない。
 その点からすると、日本が深刻なのは「失われた30年」ともされる経済低迷の長期化だろう。2022年のわが国GDPの世界シェアは円安の進行もあり4%台前半に落ち込む可能性が指摘されている。GDPシェアのピークは1994年の18%であり、日本経済の存在感は急速に低下する深刻さだ。
 GDPは付加価値の総和だから、価値創造力の劣化は価値創造主体である企業の劣化と言い換えることもできる。かつては世界をリードする日本企業は目白押しだったが、今や時価総額で世界の上位に位置する日本企業は見当たらない。その結果、豊かさの指標ともされる1人当たりGDPもシンガポールや香港の後塵を拝し、もはや日本はアジアの先頭にはいない。賃金も長期低迷が続き相対的貧困化が進行中ともいえる。
 財政的な裏付けに目途をつけるには、日本企業が企業家魂を発揮し価値創造力復活に本気で取り組まねばならない。昭和モデルを脱し知価社会を見据えたイノベーティブな企業経営への転換が急がれる。

玉木林太郎 高齢者こそ持続可能な社会・経済のために声をあげよ

   

公益財団法人国際金融情報センター理事長

 総務省が出している国政選挙投票者の年齢別のデータを見ると、1990年の総選挙の投票中位点、すなわち投票した人を年齢順に並べて半分のところに来る人の年齢は48歳だった。それが30年後の2021年の総選挙・22年の参院選ではなんと58歳まで上昇している。言い換えると、今や日本の投票の半分は年金受給世代とその予備軍によるものだ。70代前半の有権者は20代前半の1.65倍いるのに加え、投票率が70代前半73%、20代前半34%だから70代前半の政治的発言力は20代前半の3.6倍ということになる。人口動態を見れば今後この投票中位点は60歳を超え、政治における高齢者の声は若い世代のそれをますます圧倒していくだろう。当然政治の側は高齢者の利益を代弁し支持を拡大しようとするだろう。
 ただし高齢者の利益であると高齢者が(そして政治家が)考えているものが本当に高齢者のためになるかは別問題だ。国民所得の伸び以上に年金を増額し給付金や公的信用による融資をばらまき続ければ、財政は一層窮迫し経済の新陳代謝は低下して国民経済は収縮への道をたどる。年金のマクロ経済スライドが明らかにしているように、高齢者の生活を支えている年金や医療・介護は現役世代の生み出している付加価値の一部の配分なのだから(年金は仕送りだ)。高齢者が変化に抵抗し経済がじり貧になっていけば、若者たちが貧しくなっていくだけでなく高齢世代も困窮していく。政治的な発言力がますます大きくなっていく高齢世代(とそれに続く世代)がこのことを理解し、経済・社会の持続可能性を高める改革にも進んで対応していくことが特に日本では必要だろう。
 『洪水はわが亡き後に来たれ』とは行かないのだから。

佐藤主光 「増税」の議論から逃げるべきではない

  

一橋大学大学院経済学研究科教授

 この国で増税を論じることはタブーになり始めているのではないか?2022年10月の政府税制調査会で「消費税率を未来永劫、現行の10%に留めることはできない」、新たな車体課税(自動車税等)として「走行距離に応じた課税も検討すべき」といった意見が出た途端、ネットでは「政府税調は怪しからん」との批判が噴出した。無論、政府税調も、コロナ禍・物価高の中での増税を求めているわけではない。当面は赤字国債の増発もやむを得ない。とはいえ、その償還財源を予め明らかにするべきだ。足元では新型コロナ対策、物価高対策、中長期的には高齢化に伴い社会保障給付費の増加など、歳出ニーズが高まる中、財源に関してはその議論さえも封印されている。
 しばしば「政府の借金は民間の借金とは違う」とされる。もっとも、それは政府が債務を返済しなくて良いことを意味しない。政府と民間が決定的に異なるのは、政府には「軍事権」と「課税権」があることだ。家計や企業のように比較的短期のうちに借金の返済が求められないのは、政府が長期に渡って課税権を行使して元利償還に充てられるからに他ならない。今後とも増税を一切認めない、つまり課税権を放棄した形での国債を発行し続けるのは、それ自体、持続可能ではなく、市場からの国債への信認を損ないかねない。2022年、英国では、トラス前首相が減税を表明した途端、財政赤字拡大への懸念で英国債の金利上昇・ポンド安に直面した。現在は低金利が続くわが国においても、(金融政策の転換などを契機に)いずれ市場が警鐘を鳴らし始めるかもしれない。市場からの圧力で増税に迫られる前に、政治=民主主義がイニシアティブを発揮するべきだ。増税の議論から逃げるべきはない。

小野崎耕平 いのちと次の世代を守るために-「異次元の負担増」に向けたロードマップを示せ

   

一般社団法人サステナヘルス代表理事

 2022年12月、岸田総理は、防衛費のGDP比2%への増額の財源約1兆円を、法人税、所得税、たばこ税の増税により確保すると表明した。閣内、与党内の調整不足も見受けられたが、次世代に対する責任を強調し、「我々が未来の世代、未来の日本に責任を果たすために、どうか御協力をお願いいたします」と率直に訴えた岸田総理の決断と真摯な姿勢を高く評価したい。
 一方で、増税に対する「街の声」は厳しい。医療・介護や少子化対策の充実、増税なら物価対策を、といった声も多く報道されていた。しかし、いのちを守る手段は医療や社会保障だけではない。
 先の大戦では、軍人軍属、民間人合わせ、300万人を超える死者を出した。東京大空襲では実に一晩で10万を超える人が命を落とした。ひとたび戦争が起きれば、普段の医療、公衆衛生関係者の努力もあっという間に吹き飛んでしまう。
 台湾海峡有事の可能性も含め、緊迫する東アジア情勢や日本を取り巻く安全保障環境を考えると、防衛費の増額はむしろ遅すぎた感すらある。重要なのはそれだけではない。上下水道や橋梁、道路などのインフラの維持や更新、教育や研究開発にも財源がいる。
 このようなニーズを満たすためには、本当は「異次元の負担増」が必要だ。少なくとも消費税は20%を、医療システム維持のためには保険料の倍増を目指したい。
 「街の声」に寄り添うだけでは、財源はいくらあっても足りない。「庶民の味方」でいるだけでは、結局のところバラマキ政策ばかりになってしまう。

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 コロナ狂騒曲とも言うべき助成金や補助金の嵐がようやく落ち着いたと思えば、今度は物価高対策だ。その報道を見た高校生にこう問われ言葉に詰まってしまった。
 「こんなにお金を使って、一体誰が払うんですか?」

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 大切ないのちを守るために、誰一人取り残さないために、日本国の平和と安全を守るために、そして「次の世代」のために、これ以上の先送りは許されない。時間がかかることも、政治的に難しいことも明らかだ。だからこそ、早く着手する必要がある。
 いまこそ「異次元の負担増」に向けたロードマップを示す時だ。

平島健司 ドイツの財政運営に学ぶ

   

東京大学社会科学研究所教授

 持続的な経済成長を実現するために、少子高齢化を克服し、脱炭素社会への転換を促そうとする取り組みが日本でも続けられている。財政健全化の目標がそこで放棄されたわけではないが、コロナ禍への対応やロシアのウクライナ侵攻がつきつける安全保障の強化というさらなる課題が目標の達成をいっそう困難にしている。ドイツの例に照らすと、日本が隘路に陥った原因の一端は国家財政の運営にありそうである。
 リーマン・ショック後に政府債務の上限を基本法(憲法)に新たに規定していたドイツでは、コロナ禍を例外的な事態として、連邦政府が規定を上回る借り入れを行い、財政的支援を敢行した。しかし、気候変動対策など将来投資を拡充した上で、早くも2023年には債務制限の原則に立ち戻ることが予定されている。また、ウクライナ侵攻に対しては、通常の予算の枠外に基金が速やかに設立され、自由への投資として国防力強化への転換がなされた。
 もちろん、インフレ対策の負担が今後に膨張するおそれがあるし、ユーロ圏の枠組みにおいては健全財政の原則だけでは解決できない課題もあった。しかし、新たな難題が次々に降りかかる中にあっても、気候変動対策や社会保障制度の改革を財政の持続可能性を堅持しながら粘り強く進めようとする姿勢は注目に値する。さまざまな政策課題への戦略的な取り組みを支える財政運営にしたたかな政治的意思を見て取ることができる。

山崎史郎 「少子化・人口減少対策」を国の政策の最上位に

   

内閣官房参与兼内閣官房全世代型社会保障構築本部事務局総括事務局長

 日本は、いよいよ本格的な「人口減少時代」に突入する。これまでの少子化は初期段階に過ぎず、“静かな危機”と言われた「少子化」がこれから牙を剥き始める。約7,500万人の生産年齢人口は、2040年までに約2割の1,500万人減る。2040年以降は、総人口が年間約100万人ずつ減っていき、100年後には5,000万人を切ると予測される。これは、100年前の5,000万人時代に戻るのとは全く違う。当時は、高齢化率5%の若々しい国だったが、将来の日本は、高齢者が人口の40%近くを占める「年老いた国」である。
 人口減少下で1人当たり生産性を向上させるべきは当然だが、スウェーデンの経済学者ミュルダールが指摘したように、人口減少が進むと、労働力のみならず、消費者も減少し、それが投資の減退を招くことで、進歩が止まり、結果として失業と貧困が増加するおそれが大きい。さらに、若年の労働意欲・生産性が低下し、広範な社会心理的停滞が起きるとともに、社会保障の機能が大幅に低下するなど、極めて困難な事態を招来しかねない。
 ミュルダールは、こうした事態を避ける「予防的社会政策」として、子育てを親のみの責任とせず、全ての子どもの出産・育児を社会が支援する「普遍的家族政策」を主張し、スウェーデンはこの考え方の下で、手厚い育児休業や保育制度を構築し、出生率回復を遂げた。ドイツも2000年代に、これをモデルに制度改革に踏み切り、成果をあげている。
 日本の現状は、これらの国より格段に厳しいが、一刻も早く「少子化・人口減少問題」を国が取り組むべき課題の上位に位置付け、普遍的な出産・育児支援をはじめ効果的と考えられる政策を総動員し、この危機的な状況から脱却することを目指さなければならない。

古閑由佳 待ったなしの少子化対策について共通の認識を持とう

   

紀尾井町戦略研究所株式会社上席コンサルタント

 出生数、合計特殊出生率の右肩下がりが続く中、コロナ禍のもと婚姻数も低下しているという。婚外子の少ない日本で婚姻数減少は少子化の観点からは痛手だ。
 出生数が120万を超えていた最後の年である1998年生まれの女性は2023年に25歳となり、厚労省の統計上、多くの人が第一子を出産している年齢層に突入する。待ったなしだ。これまでも少子化対策はされてきたが、まだ国民の間で共通の危機感を持つには至っていないと感じる。少子化や人口減により様々な負の影響が考え得るが、具体的な数字をもっての説明が少なく、危機感がピンとこないのかもしれない。国際競争力の低下も起きるだろう。少子化が「数ある政策課題の1つにすぎない」との認識になっていないかは懸念だ。
 少子化対策は諦めてはならないが時間もかかるので、国際競争力維持のためには並行して経済力に関する対策が不可欠だ。潜在成長率の要素たる労働投入と生産性向上の課題について一言ずつ。
 労働投入の課題の1つは、まだ必ずしも真に女性が働きやすい環境が作られていないことだ。ダイバーシティの名のもとお飾りで女性役員を置くのでは意味がない。女性が出産をためらう大きな要因の1つがキャリアへの弊害という調査結果もある。出産しても働きやすい環境があれば出生数の増加につながり得る。
 生産性向上においては、イノベーションを起こすスタートアップの重要性が注目され、2023年度与党税制改正大綱にも反映されたことは望ましい。私は仕事上、規制等の制度の壁にぶつかるスタートアップを支援する機会が多いが、制度ができた当時の最適が現在の最適とは言えない状況でも、現在の最適に合わせて制度が見直されるには相当の労力を要する。規制改革を推進する制度も用意されているが、そこでかかる時間は、限られた資金の中で従業員を雇いつつ事業化できる日を待つスタートアップの感覚からすれば途方もなく長い。せっかくのスタートアップの熱量を下げることのないよう、行える施策はまだありそうだ。

稲村和美 デジタル化で税・社会保障一体改革の推進を

   

前尼崎市長

 コロナ禍が加速させた大きな社会変化のひとつがデジタル化だ。電子決済、オンライン会議、リモートワークなどが一定の浸透をみせている。一方で、とりわけ、定額給付金の給付事務において、マイナンバー制度が迅速な手続きを実現するどころか、その不十分さゆえに多くのトラブルを引き起こしたことは記憶に新しい。国際的にみても、わが国がIT活用で大きく後れを取っていることが改めて浮き彫りになり、政府が異例のスピードでデジタル庁を設置したように、ポストコロナ社会を見据えた喫緊の課題となっている。
 しかし、デジタル化は手段であって目的ではない。業務改善やサービスの抜本的変革を目指すDX(デジタルトランスフォーメーション)の必要性が語られてはいるが、肝心の目的やビジョンについての議論は進んでいるだろうか。
 コロナ禍への支援として給付事業の実施が取り沙汰されるたびに、事務経費の大きさやスピードの遅さに批判が集まるとともに、立場による人々の分断が顕著になり、多くの人に公正と受け止められる再分配のあり方が実現していないことを痛感する。デジタル化を強力に進めるならば、合わせて、給付付き税額控除制度の導入等も視野に、少子高齢化やライフスタイルの多様化に対応した税・社会保障制度の一体改革とマイナンバーの活用について本腰を入れて議論を進めるべきだ。そしてもちろん、そのような取組の推進には、徹底的な情報公開と対話にもとづく透明性確保、すなわち公権力への信頼の構築が不可欠なのは言うまでもない。
 コロナ禍を単なるピンチに終わらせないよう、政府の骨太な取組を期待したい。

近藤絢子 子育て世帯向け給付に所得制限は必要なのか?

   

東京大学社会科学研究所教授

 近年、子育て世帯向けの様々な給付制度ができている。それ自体は良い変化だと思うが、その多くに所得制限が設けられており、年収900万円を超えたあたりから様々な給付が受け取れなくなる。このため制限に引っかかる「高所得世帯」の不満が高まってきている。
 すべての子供に平等な権利が与えられるならば、親の所得で給付の有無が左右されるのはおかしい、というそもそも論に加えて、所得制限の閾値ギリギリにある世帯の勤労意欲を削いでしまうという問題もある。
 例えば、東京都の高校の学費援助の所得制限は世帯年収910万円である。高校の学費として年間約46万円の給付が、この所得制限を超えるとゼロになる。年収が900万から920万に増えると手取りの可処分所得は26万減るのだ。年収が増えると手取りが減る逆転現象は、所得制限を超えないように就労を制限するインセンティブをもたらす。子育て世代で比較的高所得を得ているのは働き盛りの高技能労働者であり、この層に「稼ぎすぎると損」という感覚が拡がってしまうことのもたらすマクロ経済に与える悪影響は看過できないように思う。
 国や地方自治体の財源が有限である以上、経済的に必要性の薄い世帯への再分配は極力減らすべきではある。しかし、個別の給付それぞれに所得制限をかけるのではなく、所得税の一部としてまとめて累進的に取り戻すような仕組みはできないものだろうか。所得税の税率と控除額は税引き後の所得が不連続に変化しないよう設計されているし、あくまでも親の所得に対してかかる税金ということで、子供の権利の平等にも抵触しないはずだ。

見世千賀子 多文化市民の育成に向けた外国人生徒の積極的支援を

   

東京学芸大学先端教育人材育成推進機構准教授

 少子高齢化社会において、外国人児童生徒は、将来の日本社会を担う貴重な存在である。国は、日本語指導を中心に施策を行っているが、多様な言語的文化的背景を活かし、社会に積極的に参画する多文化市民の育成として、より充実させる必要がある。
 学校では、いま、日本生まれ育ちの外国ルーツの児童生徒が増加している。日本語での日常会話には問題ないが、教科書を読んで内容を理解したり、まとまった文章を書いたりすることに課題があり、学習に必要な言葉の力が日本語も母語も年齢相当に十分でない子どもが少なくない。言葉の力は、思考力や人間性の基盤となるものである。就学前段階から、かれらに対する日本語や母語を含む言葉の力を伸ばす教育の充実が求められる。
 中学校では、高校進学に向けた対応が必須となる。現在の日本では、外国籍生徒は、高校を卒業すれば、在留資格「家族滞在」から就労制限のない在留資格「定住者」か「特定活動」へ変更でき、安定した生活基盤が築きやすくなる。しかし、日本語能力が十分でない生徒に、一般入試のハードルは高く、外国人生徒の特別の定員枠をもつ高校もあるが、対応は自治体間で差がある。また、入学後に日本語や教科学習の適切な支援が受けられず、留年・中退をするケースもある。高校では卒業後の進学・就職等、多様な進路に向けたキャリア支援も必要である。高校での外国人生徒の教育体制の整備は、喫緊の課題である。
 外国人生徒も日本の生徒も、多文化・グローバル社会の市民性の育成と、生徒の希望に沿うより良いキャリア形成に向けて、幼保・学校・産官学・地域社会等、日本社会全体で連携し、格差なく取組むことが求められる。

8. 人口減少時代の国土計画と人間中心のまちづくり

中川雅之 人口減少下の国土計画

   

日本大学経済学部教授

 日本は、財政再建、経済成長の実現、脱炭素社会への転換など様々な課題の解決を迫られている。その実現にあたって最も大きな障壁となっているのは①人口減少、少子高齢化などの短期的には解決が困難な人口問題、②気候変動に伴う大災害の頻発化、中長期的には必ず発生するだろう大地震、様々な感染症によるパンデミックなどのリスクの増大であろう。
 産業構造がアイデアの創発に基づく知識集約産業に移行する中で、経済成長を維持するためには、人々のフェイス・ツー・フェイス・インターラクションが重要な役割を果たすことはかねてから指摘されてきた。また、それが人々の孤独を癒し生活の質を向上させるためにも非常に重要であることに、我々はパンデミック下で改めて気づかされた。
 人口減少が避けられなくとも、困難ではあっても集積することは可能である。しかし、我々は東日本大震災後の復興に代表されるように、人口減少地域を生みなおすような政策的介入、地方創生といわれる人口減少地域を維持するための大規模な政策介入を行ってきた。
 我々はかつて国土計画という政策手段を用いて、人口増加、高い経済成長下の大まかな国土の空間的なイメージを共有することができていた。人口減少下、低経済成長下における国土の空間的なイメージは、「いま人の居住する空間を全て維持しない」という大きな抵抗をもたらすものになるかもしれない。しかし、そのような人口減少時代の国土計画がなければ、日本が抱える諸課題の解決は画餅に帰するのではないだろうか。

矢作弘 ポストパンデミックの「都市の『かたち』」

   

龍谷大学研究フェロー

 都市学は、前世紀後半期以来の、都市の積弊を清算する新しい「都市の『かたち』」を語り始めた。キーワードは、地球環境に止まらず、経済的、社会的に「持続可能な社会を構築する」である。公共交通で移動し、職住接近を歓迎し、コンパクト/高密度に暮らす。20世紀末の欧州に発した都市思想である。
 逆にスプロール開発は、移動を車に依存し、低密度の土地利用に走る。大規模商業施設やビジネスパークを郊外開発し、周縁に戸建て住宅を連棟して建てる。環境負荷が大きい。それが批判された。その立ち位置からコンパクトシティ論や、米国発のニューアーバニズム運動が注目された。
 ところが今般のパンデミックでは、都市の高密度/公共交通が「感染拡大の元凶になった」と指弾された。米国では、パンデミック初期のロサンゼルスは、ニューヨークに比べて感染がゆるやかだった(後に逆転)。それを早とちりし、郊外大好き派は、保守主義の論客J. コトキンを陣頭に「今般の都市危機では、車で移動し、希薄に暮らす郊外暮らしに軍配が上がった」と論じた。日本でも、高密度/コンパクトシティ批判があった。
 高密度は都市の効率を高める。都市学の公理である。実際のところ高密度/公共交通が感染を加速した、という疫学的な証拠はない。むしろ人種/所得格差、及び都市政府が迅速に動いたか――その差が感染の拡大を左右した。ポストコロナ禍の都市学は、この間に得た「都市の『かたち』」をめぐる共有知を再確認し、土地浪費型のスプロール開発を喧伝して時代の針を逆転させる、反動的な都市学を糾弾する覚悟を持たなければならない。国連も2022年10月、公共交通と高密度な土地利用を重視する環境報告を発表した。

関治之 テクノロジーファーストではなく人間中心のまちづくりを

   

一般社団法人コード・フォー・ジャパン代表理事

 変化の激しい社会環境に、デジタル活用を通じて対応するための組織変革(デジタル・トランスフォーメーション:DX)が必要であるという認識が社会で共有され、さまざまな地域でデータ活用やAI活用、センサーやドローンの活用などの取組を見ることが増えてきた。しかしながら、テクノロジーの導入によって何を目指すのかが置き去りになっているような事例を目にすることも増えてきている。
 テクノロジーを中途半端に使うことで、本来解決すべき地域の課題から目をそらしてしまう危険性がある。そもそもの地域課題は最適化によって解決するようなものでは無いからだ。たとえば、地域の交通課題の解決には自動運転車の導入で簡単に解決するものではなく、既存のタクシーなどの事業者や公共交通機関、シェアリングサービス事業者、オンデマンド交通などといった様々なステークホルダー間の調整が必要だ。
 デジタル時代や将来のまちの姿に合わせて地域の事業を再編したり、公助で行っていた取組を共助で行うようにステークホルダー間の調整をしたりといったことが求められる場合も多く、そのためには住民目線で地域の将来を考える必要がある。テクノロジーではなく、人間中心のビジョンを作る必要があるのだ。
 そのようなビジョンは自治体や事業者主体では考えられず、地域の市民が主体的にまちづくりに参加することが必要だ。データを活用して現状を把握し、それを元にまちづくりについて考え意見を言う機会を作っていく必要がある。
 Code for Japanではバルセロナ生まれの住民参加型プラットフォームDecidimの導入を各地で行っているが、意思決定プロセスを共有し、多様な住民の参加の機会を作ることは有益だと感じている。
 デジタル活用自体を否定しているわけではない。自治体や企業は、派手なテクノロジーの言葉に踊らされずに、正しい目的のために有益に活用してほしい。

小黒一正 「東京一極集中」是正の神話と出生率の底上げに必要なもの

    

法政大学経済学部教授

 少子化が深刻さを増すなか、政府は「こども家庭庁」を設置するが、出生率の底上げに本当に必要なものは何か。誤解の1つが、地方創生と出生率の関係だろう。人口減少に歯止めをかけるため、東京一極集中の是正が目標の1つになっているが、仮に東京の人口をゼロにしても出生率の増加はごく僅かだ。
 この確認は簡単で、日本全国を「東京都」と「東京以外」の2地域に区分しよう。出生率はこの2地域の女性が生涯に生む子どもの数で決まるが、「日本の将来推計人口(平成29年推計)」等によると、女性人口(20-44歳)は日本全体で約1,700万人、東京都は約235万人、東京以外の女性人口(20-44歳)は約1,465万人だ。2019年の東京都の出生率は1.15で、東京以外の地域における出生率の平均をZとすると、全国平均の出生率は「1.15×235÷1,700+Z×1,465÷1,700」(♯)と表現できる。2019年の全国平均の出生率は1.36のため、これが♯と一致する条件はZ=1.394だ。
 以上は、出生率が地域に依存して決まる場合、東京の人口をゼロにしても、日本全体の出生率は1.36から1.394までしか上昇しないことを意味する。
 むしろ子育てしやすい街づくりが重要で、都内の一部地域でも出生率が上昇している事実が重要だ。平成20-24年と比較し、平成25-27年の出生率が増加した上位50の区市町村では、中央区や千代田区など東京都内の区市が5つもランクインした。都市再生特区の政策等で、都心の湾岸部にファミリー向けマンションや保育所などの供給が増加したことが寄与した可能性が高く、事実に即した対策が必要であろう。

室田昌子 日常生活圏内での豊かな暮らしをめざす

   

東京都市大学環境学部環境創生学科教授

 自宅を中心においた身近な生活環境の重要性が指摘されている。パリの15分都市、ポートランドの20分圏ネイバーフッド、メルボルンの20分生活圏、バルセロナの10分圏界隈構想など、いずれも自宅を中心に日常生活で必要な機能が10~20分の範囲で入手できる都市を目指すものである。
 近代化以降、交通システムが発展し、さらに情報システムが普及することにより、地理的距離の重要性が大幅に下落し、グローバル化を前提に広範囲の移動や交流を前提とした都市づくりが進められてきた。近年、地理的距離が見直される背景として、環境負荷軽減や自動車依存からの脱却、コミュニティの希薄化、人間らしさや健康・QOL(生活の質)の重視がある。さらに最近年は、コロナ禍やデジタル化による自宅滞在の長時間化やテレワーク等のワークスタイル変化がある。
 日本でも、徒歩圏内における日常生活機能の強化については、大いに議論されている。高齢社会で安全で健康な生活を送るうえで、歩きやすく徒歩で暮らせるまちの重要性が指摘され、少子社会で安心して子育てのできる環境として、身近な地域での遊びや学びの空間や保育支援の整うまちの重要性が指摘されている。一方で、大型スーパーの出店等によりかつての近所の店は空き店舗化しており、近くの公園は荒廃化し、住宅地には空き家や空き地が目立ち、新たなニーズに対応できていない。
 日常生活サービスの提供は、地域密着型のサービスが求められ採算性が低い場合も多く、グローバル企業などは手が出しにくい。しかしながら、これらのサービスが提供できる事業体が十分に育っているわけではないことが大きな問題である。地域型の共益系サービスが提供できる多様な供給者が育つことが、日常生活圏内での豊かな暮らしを実現するうえで不可欠といえる。

大場茂明 全ての市民にアフォーダブル住宅を

   

大阪市立大学名誉教授

 適正な負担で良質な住宅(アフォーダブル住宅)を全ての市民に保障することは、住宅政策の目標であるが、その達成はたやすいものではない。たとえば、社会住宅の供給に長年注力してきたドイツにおいても、現在成長都市圏では著しい住宅不足に陥っている。活発な経済活動のもと、20~30歳代の若者を中心に人口流入の続くハンブルクでは、総戸数97万戸に対して空き家はわずか2,600戸(空き家率0.27%;2022年7月現在)にすぎず、住み替えもままならない。市民農園を転用までして捻出した公有地の提供によって州政府が住宅供給を行っているものの、社会住宅の入居資格を持たない中間所得層をも巻き込んだ住宅窮乏が深刻化している。
 翻って日本の現状はというと、世帯数を大きく上回る住宅が存在するものの、実需を反映しない投資対象となったり、老朽化等の理由で市場に乗せ得ない空き家が多数含まれていたりして、ストックが有効に活用されているとは言いがたい。それゆえ、持ち家志向の単線型助成とセーフティーネットとの組み合わせからなる従来の住宅政策を越えて、今こそ低所得層向けの対人助成の拡充、具体的には住宅手当のような家賃補助制度の導入により賃貸住宅セクターの質的向上を追求するべきである。
 有資格者が申請すれば必ず受給できるという点で、住宅手当は再配分政策として最も合目的性が高いものである。また、賃貸住宅経営の収益性とアフォーダビリティを同時に担保する手段としても家賃補助は有効である。それは、借家人に対する支援であるのみならず、零細家主の借家経営の安定化や優良ストックの維持にも寄与し、住宅事情の改善にも資することが出来よう。

横倉義武 かかりつけ医を考える

   

公益社団法人日本医師会名誉会長

 新型コロナ感染症での医療体制を考える中で「かかりつけ医」のあり方の議論が注目をされている。2013年に日本医師会と主要な病院団体は高齢社会における医療体制について提言を行い、その中でかかりつけ医の定義を「なんでも相談できる上、最新の医療情報を熟知して、必要な時には専門医、専門医療機関を紹介でき、身近で頼りになる地域医療、保健、福祉を担う総合的な能力を有する医師。」と定め、研修制度を開始した。毎年1万人近い医師が研修を受け、かかりつけ医として、それぞれの地域で活動を行なっていた。
 今回のCOVID-19によるパンデミックで、発熱した患者が受診できない状況が見られ、かかりつけ医の社会実装が課題として論じられている。
 我が国は1961年に、国民皆保険がスタートし、すべての国民が公的医療保障を受けられる制度となっており、保険証さえ持っていれば「個人の負担できる範囲の自己負担」により、最高水準の医療を受けられることになっている。 
 しかし、パンデミックの際は、感染症法により医療は行政主導の医療となり、検査や治療は保健所の許可のもとで行われ、更にマスク等の感染防護具も不足する中で、院内での感染拡大で診療を抑制せざるを得ない実情があり、かかりつけ医が何もしていないとの批判がおき、かかりつけ医の社会的実装が求められている。
 国民が医療に求めるのは、健康管理、診断・治療、リハビリを含む生活指導・介護であるので、1人の医師で全て完結できることは限られている。それぞれの地域における医療や福祉に関わる人々や施設が全体で支えていく「かかりつけ医機能」を発揮する社会づくりと情報の連携がかかりつけ医の社会実装につながっていく。人と情報をコントロールするハブ機能を持つかかりつけ医の研修・養成が求められる。

上田祐司 コロナの副産物、自然なライフスタイルを活かしていく

  

株式会社ガイアックス代表執行役社長/一般社団法人シェアリングエコノミー協会代表理事

 コロナによって、大きく私達の生活は変化を遂げた。
 感染を防ぐために、多くの経済活動に制約がかかり、その結果、いくつかのセクターで過去にないほどの経済的なダメージが発生してきた。
 ただ、その一方で、
・多くの方が、通勤をしない。満員電車に乗らない。
・リモートワークの働き方になり、地方に住むようになる。
・居住スペースを増やし、広々としたところで生活をする。
・田舎に居住し、農業や自然を楽しむ。
・家族と生活をする時間が増える。
・仕事場であるオンライン会議にも子供が登場しても、受け止められる。
・外食は減り、自宅で、手料理の味噌汁や焼き魚を食べる。
・服やかばんなどの華美なものや無駄な買い物をしない。
・全体として環境に優しい生活を送る。
というようなことが実現している。
 多くのセクターがこのようなライフスタイルを作り出そうと挑戦をしていたが、個人における所有欲や妬みの気持ち、また、経済における財務上の利益第一主義や人の欲望を最大化させるようなマーケティングがある中で、全く実現出来ていなかった事柄だと言えよう。
 これらは、まさにコロナの副産物であり、過度に行き過ぎていた資本主義社会に踊らされていた私達が、真の意味で、幸せを享受していることにほかならない。
 引き続きコロナが私達の生活に影響を及ぼしている中、これらの「人として非常に重要で根源的に見て正しい変化」をこれからも大切にするべきであり、前のような社会に戻そうとするべきではない。
 地域で、車を貸しあったり、子どもを預かりあったり、ご飯をおすそ分けしてもらったり、という、こういったコミュニティ型のシェアの社会を大切にするよう、皆がこのことを深く認識するべきであろう。

9. 持続可能な地方創生のさらなる取り組み

三日月大造 弱さこそ強さ。コロナを乗り越え「シン・ジダイ」へ

    

滋賀県知事

 私は、昨年(2022年)、コロナ禍が近々収束するとの見込み(願望⁉)の下、COVID-19は、「『卒近代』というパラダイムシフトをもたらすのではないか」、「卒近代」社会は、「『新しい豊かさ』を追求する社会」と述べました。ところが、長引くコロナ禍や現実のものとなった戦争、世界的なインフレなどによりパラダイムシフトは足踏みを余儀なくされています。
 最近、考えるようになったことがあります。それは、「弱さ」こそ「強さ」ではないかということです。人類が数多の危機を乗り越えることができたのは、見た目も、心も、つながりも、「弱さ」を自覚し、隠さず、補い合って、支え合って集団として「強く」なってきたからではないかと思います。今回の感染症対策において、リーダーが、自らの「強さ」を誇示するがごとく、強権的な手法をとった国々と、時には、自らの「弱さ」をさらけ出し、国民と正直な対話を行い、助け合う姿勢を示した国々とでは、収束後、大きな差が表れるのではないでしょうか。
 私は、知事として感染症対策の現場に立ってきました。県民の皆さんに、時には、「分からない」、「怖い」と吐露しながら、「びわ湖を真ん中に、子どもも大人も動物も、みんな仲良く支え合おう」と呼びかけてきました。その体験の中から湧きあがってきた考えです。
 この3年の間、私たちは、多くの「弱さ」に気づきました。
 今年こそ、Beyondコロナ。コロナを乗り越え、府県境や国境も越え、様々な物事を超越して、「シン・ジダイ」へ。
 「新」、「進」、「伸」、「芯」、「心」、「親」、そして、「真」の「時代」を「次代」のために切り拓き、「新しい豊かさ」を実感する社会を目指して、一緒に頑張りましょう!

蒲島郁夫 熊本が担う「5つの安全保障」

   

熊本県知事

 熊本県では、甚大な被害が発生した平成28年熊本地震、そして令和2年7月豪雨からの創造的復興を目指して、着実に取組みを進めている。さらに私は、その先の地方創生の姿として、熊本が持つ強みを生かして、「5つの安全保障」に貢献する将来像を描いている。
 1つ目は「経済の安全保障」。台湾のTSMCの本県への進出を機に、熊本の強みである半導体関連企業の集積をさらに進め、世界の半導体ニーズを支えることで、日本の経済安全保障の一翼を担っていく。
 2つ目は「感染症に対する安全保障」。熊本県も出資するKMバイオロジクスが新型コロナウイルスの不活化ワクチンを開発している。これが完成すれば、熊本から全国へ国産ワクチンを安定的に供給することができるようになる。
 3つ目は「災害に対する安全保障」。大規模災害の経験や教訓を生かし、災害対応のノウハウを積極的に国内外に発信していく。また、九州を支える広域防災拠点としての機能強化にも取り組む。
 4つ目は「食料の安全保障」。ロシアのウクライナ侵略の影響などにより、その重要性に関する国民の意識が高まっている。全国5位の農業産出額を誇る農業県として、日本の食料供給の役割を担っていく。
 5つ目は「地球環境の安全保障」。熊本県は、国に先んじて「2050年県内CO2排出実質ゼロ」を宣言。企業との連携や、県民運動の推進などにより、あらゆる分野でCO2削減の取組みを進めている。
 いずれも熊本のみならず、日本、そして世界が直面している課題である。熊本のポテンシャルを最大限に生かし、「5つの安全保障」に貢献するとともに、50年後、100年後の熊本の更なる発展につなげていく。

平井伸治 脱炭素社会へ-鳥取県版健康省エネ住宅「NE-ST」の挑戦

   

鳥取県知事

 日本の住宅は「夏をもって旨とすべし」と言われ、日射の遮へいや風通しが優先され、断熱性能は見過ごされてきた。しかし断熱性能は省エネだけでなく住まう人の「健康」と「快適」をもたらすという、発想の転換が肝要だ。
 鳥取県のCO2排出量は、産業部門よりも家庭部門のウエイトが高く、脱炭素社会実現には住宅分野でのCO2削減が不可欠である。そこで、冷暖房等のエネルギー消費を抑えながら、健康で快適に住まうことができる住宅を実現する県独自の省エネ基準の検討に着手した。
 基準の検討は県内の建築関係者など実務者との協働で進め、慶應義塾大学伊香賀教授のご指導を頂きながら、2020年1月に国の省エネ基準を大きく上回り欧米並み水準となる基準を策定した。そして、この基準を満たす住宅を「とっとり健康省エネ住宅『NE-ST』(ネスト)」として県が認定し、最大200万円の助成制度を設け普及を進めることとした。
 NE-ST普及には、県内の工務店、設計者、そして何より施主に受け入れられることが鍵だ。実務者と協働して策定したことにより、県内の7割の工務店がNE-ST施工業者登録を受け、NE-STを自社の標準仕様とする動きも増えてきた。施主からも冬でも薄手の部屋着で過ごせるなど、その効用に高い評価をいただいており、新築住宅の約3割もがNE-ST仕様となった。  
 住宅は生涯で1番高い買物。国の省エネ基準を上回るNE-STだが、多少コスト高でも、県補助金に加え健康向上や冷暖房費削減などのメリットに賛同の輪が広がり、本県住宅市場で確かな支持を得ている。
 「省エネ」は「我慢」を強いるものではない。「健康」で「快適」に住まう「スマート省エネ住宅」こそ、脱炭素社会へ飛躍する滑走路だ。

石山志保 「住み続けたい結のまち」の実現を目指す人口減少対策


大野市長

 令和3年度から開始した第6次大野市総合計画は、令和元~2年度にかけて市民と市が対話を重ねて計画づくりを行った。
 本市の喫緊の課題は人口減少対策であり、計画策定に当たり、人口減少社会にあることを直視し、SDGsをものさしにして検討を進めた。地域に与える大きなインパクトとして、中部縦貫自動車道県内全線開通や北陸新幹線福井・敦賀開業など高速交通網の整備を捉えた。令和2年1月からは新型コロナウイルス感染症拡大に直面しつつも検討を行い、デジタル化、脱炭素、ニューノーマルなど新時代への対応が全国的にも早く取り入れられた総合計画になった。
 令和12年の将来像「人がつながり地域がつながる 住み続けたい結のまち」を実現するために6つの基本目標が設定された。基本目標のそれぞれを端的に表す言葉である「こども」、「健幸福祉」、「地域経済」、「くらし環境」、「地域づくり」、「行政経営」は、大野市民の今及び今後の関心事を良く表している。と同時に、日本の地方における人々の関心事も表していると感じている。
 令和4年も感染症対策を続ける中で、秋頃から全国的な観光キャンペーンが再開された。人々の移動が行われ、本市においても3年ぶりに大型イベントを開催することができ、それぞれ多くの方々の来訪で賑わいを見せた。
 令和5年、本市内で中部縦貫自動車道大野油坂道路が、大野ICから勝原ICまでが3月に、九頭竜ICまでが秋に開通してくる。ウクライナ情勢や原油価格物価高騰等で先行き不透明な状況はあるものの、市民と市の協働で、ウィズコロナにおける経済活動の工夫、地域資源を生かした取り組みを進め、第6次総合計画を推進していきたい。

浅川博人 日本らしい社会インフラの技術革新を進めよう

   

三井住友トラスト基礎研究所PPP・インフラ投資調査部上席主任研究員

 近年、積極的に社会インフラの技術革新が進められている。その背景には、IoT(モノのインターネット)の発達により、社会インフラにデジタル技術を応用して機能を高度化できる環境になったことがある。デジタル技術の発達はグローバルな出来事だが、社会インフラを活用する現場はローカルな地域社会である。それぞれの国や地域は異なる社会課題を抱えているので、それを解決する新技術導入の手法やタイミングも独自のものとなるだろう。
 地域の社会課題に立脚した技術革新の一例が、モビリティ分野における自動運転サービスである。20224月に道路交通法が改正され、20234月以降は無人状態での車両の自動運転(特定自動運行)が許可制で認められることとなった。特定自動運行は、まず高齢化と働き手不足に悩む地域での無人輸送サービスを対象とすることが想定されている。全国各地で行われた幾多の実証実験を経て、先進技術を備えた新しいインフラが地域の社会課題を解決する道筋を見いだした事例といえるだろう。
 言うまでもなく、社会インフラも先進技術も、社会課題を解決するための手段にすぎない。これらの手段を活用するうえで大切なことは、各地域における足元の課題を素直に見つめて、解決策を考え抜くことである。その過程を経て、それぞれの地域らしい、そして日本らしいインフラの技術革新を事業化し、広く定着させていきたい。

北村亘 地方創生の「次のステージ」への準備に乗り出す絶好のタイミング

   

大阪大学大学院法学研究科教授

 現在、日本の市町村では現在の水準での行政サーヴィスの供給が難しくなっている。感染症対策も相まって、人工知能やロボティックス、情報通信技術の導入などの行政の高度専門化が必須の課題となっている。
 確かに、零細な市町村が単独で高度専門化に対応することは難しい。しかし、隣接していなくとも「やる気のある市町村」が結集すれば、費用を抑えて新技術を導入することはできる。ただ、市町村長の政治的な決断が決定的に重要となる。都道府県の支援があれば一層大きく進むだろう。
 さらに、日々高度化する技術や知識に対応するため、新しい人事制度も重要である。現状では、完全外注や任期付職員の採用でデジタル化が推進されていることが多いが、これでは庁内全体での政策展開にはつながらない。そこで、入庁10年目以上の福祉、教育、土木などの担当職員に、情報担当課や庁外に週1日だけでも勤務させて、専門家から学ぶ機会をもつことが全庁的展開への近道である。エフォート率で勤務管理される「併任」職員を確保する仕組みが必要である。
 同時に、業務実施での標準作業手続きの確立も重要である。経験豊かな職員の口伝頼りの実施は、柔軟な人事配置の足枷となる。現在の業務実施のままデジタル化しても庁内に統合不能なシステムが並存してしまう恐れもある。さらにいえば、同じ政策でも実施方法が異なることで市町村間の連携も困難となる。できるだけ標準化してからデジタル化すれば、その効果は大きい。
 以上の取り組みは、その気になれば着手できるものである。新年はアップグレイドした行政への第一歩の1年であって欲しい。

黒田成彦 日本の田舎こそが、SDGsを体現できる舞台だ!

   

平戸市長

 私たち政治・行政に関わる立場の者は、未来予測を立てて制度設計や財政運営を行う責務がある。それは過去の実績やデータに裏付けられた経験値をもとに、溢れくる幾つもの情報の波にアンテナを立てて荒波の航海に臨む船長のような覚悟が必要だ。
 2022年は、新型コロナウイルスがもたらした脅威と疲弊を乗り越え、また大国による国境の変更を試みる戦闘行為を目の当たりにし独裁政権の限界を認識させられる節目となった。
 一方、日本国内の人口減少が加速し、地方自治体は縮小する経済規模という課題に直面する中で、経済圏をこれまでの生活圏域内のみに求めるのではなく、「交流人口」「関係人口」という他地域との新しい往来の増強と情報共有促進による解決策を希求する動きが顕在化してきた。
 例えば日本国内には食文化ひとつ取り上げても全国津々浦々に多種多様な素材や魅力が存在し続けている。これは複雑な海岸線に囲まれ、山林が7割を占める国土から形成され育まれてきた営みの蓄積であり、総じて多様性を重んじる国民性と他地区を征服せずとも持続しながら食べていける平和な環境に恵まれたことの証左であると断言できる。これらの地域資源を存分に活用し、進化し続ける情報手段を駆使しながら、少ない人口であっても地域に根差したモノと価値が圏域を越えて評価し合うことによって、持続可能な地域振興の舞台で官民の力を結集していく時代の到来が、ついに目の前に出現したのだと実感する。
 ようやく年末年始に向けてインバウンド観光も活況を呈している。日本の田舎こそが、世界を魅了し、SDGsやダイバーシティという世界普遍の価値の源泉であると誇らしく思える幕開けになってほしいと願う。

林いづみ ダイバーシティ&インクルージョン
-今年はパラサポ「あすチャレ」に参加してみよう!

   

桜坂法律事務所弁護士

 映画“Best of Men”(2012年、BBC放送)は、実在の医師、ルードビッヒ・グッドマン博士が、イギリスのストーク・マンデビル病院において、第2次世界大戦で主に脊髄神経を損傷した青年たちの治療にあたる中、「失ったものを数えず、残されたものを生かす」と説き、画期的なリハビリ療法を取り入れて1948年、彼らのスポーツ競技会を開く(同病院の競技会が発展して1960年第1回パラリンピックとなる)物語だ。国立別府病院整形外科科長であった中村裕博士は、リハビリテーション研究目的で1960年にグッドマン博士の病院に留学して強い衝撃を受け、帰国後、61年に第1回大分県身体障がい者体育大会を全国で初めて開催、62年に自分の愛車を売って旅費を捻出してストーク・マンデビル競技会に2名の選手とともに参加するなど奮闘した結果、64年の第2回パラリンピックの東京開催が決定された。中村医師が1981年から始めた「大分国際車いすマラソン大会」は現在も世界最大、最高のレースとして毎年大分市で開催されている。
 実際、東京2020大会での、64年に続く2度目のパラリンピック東京開催は、日本におけるダイバーシティ&インクルージョン促進の起爆剤となるはずだった。COVID-19感染拡大リスクを理由に、無観客開催に追い込まれたことは残念至極だが、それでも、(放送時間はオリンピック競技に比べて圧倒的に少なかったが)テレビでパラ水泳、車いすテニス、車いすバスケット、ボッチャなどの各競技を視聴した国民や子供たちは、選手たちの姿に深い感銘を受けたのは間違いない。
 2023年の今は、1人1人が、あの感銘をダイバーシティ&インクルージョン行動に移す大事な時だと思う。百聞は一見にしかず。まずは身近な体験からだ。今年は、パラサポWEBを見て、「あすチャレ」に参加してみよう。

菊池武晴 幸福度ランキング1位福井の豊かさとは

   

福井工業大学環境情報学部経営情報学科教授

 2022年度も、一般財団法人日本総合研究所による幸福度調査で、福井県が第1位になった。これで5回連続である。私は長く東京で金融系シンクタンク勤務であったが、今年度から福井に転居したため、福井の豊かさを実感している。80項目による調査の詳細は同社書籍を参照頂くとして、ここでは主観を述べたい。
 3つの理由が挙げられる。
 1点目は、教育がしっかりしている(小中学校学力テスト第2位、体力テスト第1位)。昔から3世代同居が多く、冬の雪かきのため地域コミュニティが維持され、子供は年配者から躾や道徳を教わる。本学も礼儀正しく素直な学生が多い。
 2点目は、世帯収入が高いこと(全国第5位)。夫婦共働き、3世代で広い家に住むのが典型である。教育水準の高さと連動するが、繊維や眼鏡などものづくりの拠点である。真面目で優秀な人材が地域産業を支え雇用関連指標も高い。
 3点目は、自然の恵みである。海の幸山の幸が安価であることに加え、拙宅の周囲は田んぼであり、景色のよさから朝の散歩が欠かせなくなった。にわか雨が多いこと、降雪や雷など油断のならないこともあり、自然に敏感になる。そのことがストレス耐性を高めるのだろう。大学でも仕事量は東京時代と変わらないが、帰宅する道すがら、空を見上げると満天の星。マッサージ屋は近隣になくとも自然の癒しで必要がなくなる。
 福井は文化・娯楽施設は少ないため、その点の強化が課題とされている。一方で、デジタル化の進展により、オンラインの会議やセミナー・SNS等のお蔭で、都会との情報格差は縮まっているのも事実であろう。東京一極集中の是正が言われて久しいが、多くの人にこの豊かさを実感して頂きたい。

矢ケ崎紀子 持続可能な観光振興を目指す

   

東京女子大学現代教養学部国際社会学科コミュニティ構想専攻教授

 日本人国内旅行は2022年にほぼコロナ禍以前の水準に戻り、訪日外国人旅行者数は増加している。国際航空運送協会(IATA)は23年に全世界の国際航空旅客数が19年水準の8割超に回復と見込んでいる。行動制限の反動の特需が落ち着き、旅行市場は本格的な回復となろう。今後は日本人国内旅行と訪日外国人旅行を両輪として観光振興を進めていくべきだ。前者には旅行実施率の向上や需要平準化が、後者には市場規模の拡大と地方分散が求められる。当面は人数ではなく、旅行消費額を重視し、旅行産業の立て直しのために収益を確保する必要がある。
 いくつかの改革が不可欠だ。良いモノを安く売るというわが国の御家芸はサービスの総体である観光分野でも発揮されているが、良いサービスは相応の値段がするという世界の常識に基づいて、旅行消費単価の向上に努め、事業者は次の感染症や自然災害等のイベントリスクに対するレジリエンスを獲得していくべきだ。DX推進も欠かせない。非接触型サービスの推進だけでなく、誘客・予約・決済・顧客管理までの流れを効果的・効率的に進めていくため、事業者はもとより、観光地域全体でDXに積極的に取り組まなければならない。旅行需要の平準化に多様なアプローチをすることも必要だ。
 観光分野がSDGsに貢献できる余地は大きく、環境配慮や女性活用等については世界トップクラスの実践例が豊富にあることが望ましい。適応できない事業者は退場し観光地域は廃れていくが、その分、意欲のある若者の参入を期待したい。
 観光地域は、雇用を確保し、旅行消費を域内循環させ他産業にも役に立つ観光ビジネスを振興し、地域住民の理解のもとで持続可能な観光振興を進めるべきである。

神田潤一 「地方×DX」で日本のレジリエンスと成長力を高める

   

衆議院議員

 COVID-19によって、経済や社会、またあらゆる組織のレジリエンスが問われた。私が執行役員を務めていたマネーフォワードでは、大半の企業よりも早く、2020年2月中には本格的な在宅勤務を開始したが、オンライン会議やチャットなどの活用で仕事の回転が速くなり、むしろ全体として効率性が高まった印象がある。
 この時の経験を踏まえても、危機対応に欠かせないのは「リーダーの素早い意思決定」、「新技術の活用」、そして「素早く変革できる柔軟な組織」であろう。
 現在は、感染症のパンデミックや自然災害、金融危機など、非常に大きなリスクが何年かに一度顕在化するようになってきており、それを前提にあらゆる物事に備える必要がある。台湾においてマスク配布やワクチン接種などを迅速に行えたのも、個人情報と紐付いたIDナンバーの仕組みをうまく活用できたからだ。日本の宮崎県都城市は定額給付金を全国最速で給付できたが、その背景にはマイナンバーカードの普及率が日本で最も進んでいたという事情がある。政府は、防災・減災の観点からも、危機感を持ってDXを進めていかなければならない。
 日本のレジリエンスという観点では、東京一極集中にもリスクがある。東京で何らかの問題が起こると、日本全体の経済や社会の機能が低下してしまう。DXにより地方の活力を高める、あるいは都市機能を地方に分散させることによって日本の成長力を高めることにも繋がるはずだ。地方は自然も豊かで生活の質は高く、IT活用で首都圏や都市部と同様の効率的な働き方ができるのであれば、地方の活力はずっと高まり、結果的に日本の成長力も向上する。2021年の衆院選で私は青森から出馬し、当選させていただいた。地方は都市部に比べて出生率が高く、地方の活性化は少子化の改善に資するという指摘もある。現在の日本において「地方こそが成長のフロンティア」であるとの認識を共有し、「地方×DX」の課題に取り組んでいきたいと考えている。

山本健兒 イノベーション創出のための地域環境づくり

   

九州大学名誉教授

 オーストリアのフォラールベルク州は農村的色彩の濃い、佐賀県程度の面積で人口40万人強の地域である。1980年代初めまで繊維産業に特化していた。しかし、金属・機械・電子機器製造等の様々な諸企業がそれ以前から徐々に生まれ、グローバリゼーション進展下で次々と「隠れたチャンピオン」へと成長することを可能にした場所である。
 2022年10月に同地を3年ぶりに訪問した際に、“Plattform V”という団体が2018年4月に誕生したことを知った。Vは州名、信頼、結びつける等のドイツ語単語の頭文字である。この団体は、同地の諸企業に共通する諸問題の解決のために企業の枠組みを超えて従業員どうしが情報・知識を交換して相互学習する場である。それによって新しいアイデアが生み出されて、これを参加企業が迅速に実行することが期待されている。乗用車依存社会からの脱却、デジタル化への対応、高い質のサービスを提供できる地域社会の形成が大きなテーマであり、これらをより具体的な個別テーマに細分したワークショップがいくつも立ちあげられ、企業横断的な相互啓発の場となっている。
 団体創設の発案者は地元の建設企業CEOであり、加盟企業は45社に上る。朝食会や対面でのワークショップの活動によって問題解決のためのアイデアを得たならば、これを実行に移すのは各人・各企業の自由に委ねられている。この団体活動によってイノベーション創出のための地域環境の魅力が高まり、各社従業員の才能を引き出すとともに才能ある若者をフォラールベルクに引きつけることが期待されている。
 COVID-19蔓延故に活動が停滞した時期もあっただろうが、それを克服して団体活動は活発化している。活動の成否を見極めるためにはさらに数年を必要とするであろうが、産業や企業を横断しての会合に従業員が積極的に参加することに賛同する企業が多数あるというフォラールベルク社会の特質から学べることはたくさんある。

高松平藏 広域地域の経済立地要因の再整備が課題か?

   

ドイツ在住ジャーナリスト

 コロナやウクライナ戦争でグローバルサプライチェーンの脆弱性が明らかになった。こういう問題を鑑みながら、欧州、特にドイツでの課題を考えたい。
 この2年で、安価な人件費のみを理由に製造拠点を選ぶリスクがよくわかった。欧州ではこれに呼応するかたちで、製造拠点を欧州内に置く動きもある。それは依然、人件費の安価な東欧に注目がいくが、工業用ロボットの普及の目覚ましいことを勘案すると、今後は脱労働集約型のスマートファクトリーが増え、中欧でも工場をつくるケースが増える可能性がある。
 そうなると、ドイツの地域経済振興でいう立地要因の発展が課題となるのではないか。
 立地要因とは都市が企業の事業拠点として魅力的かどうかを見る基準だ。すなわち道路や公共交通、エネルギー供給などの「ハード」インフラが揃っているか。教育機会の多さ、ショッピングや外食、文化・スポーツ、余暇などの高い生活の質のための「ソフト」が十分整っているかを問う。
 加えて2000年ごろから、ドイツをみると、近隣都市の連携「大規模都市圏」を構成している。この中で、スマートな製造、それに対応する流通、そして研究開発といったものをモジュール化することが重要だ。そのために必要な立地要因の追求が今後進むのではないか。さらには大都市圏の相互ネットワークの緻密化も大切な問いになるに違いない。ドイツの事情を加味すると、「インダストリー4.0」がより確かなものになってくるといえる。
 なお、大都市圏については、日本でも名古屋を中心に半径100キロ圏内を経済圏としたグレーター・ナゴヤ・イニシアティブなど良く似た取り組みがある。広域地域経済圏の視点は欧州以外でも意義あるものになるかもしれない。

10. 不確実性の時代におけるビジネス

大島誠 ブレない戦略と強烈に推進するリーダーシップが要

   

パナソニック コネクト株式会社エグセクティブ インダストリーストラテジスト

 私はパンデミック禍の約2年に3回渡米した。目的は、ロックダウン等の強烈な規制の中で、米国小売業はどのように対応しているかを徹底的に調査して、日本の流通・小売業にとって参考になる施策等の情報を取得することであった。当初ロックダウン下で多くの小売業が経営に行き詰まり倒産した。一方で、社会インフラでもある小売業は生活基盤としての役割を果たすべく、様々な工夫と対応でこのパンデミックを乗り切った小売業も多い。
 翻って、日本の小売業は、何か特別に対応をしたであろうか。私の見立てでは、それほど変わらなかったのではないかと考えている。「大変だ」という言葉が先行して、その場しのぎの対応をした企業が多いと思う。パンデミック禍以前から、進まないDX化と、その推進を妨げる多くの規則や保守的な運用が、パンデミック禍中で身動きの取れない結果となったのも事実であろう。
 渡米中、私は米国の大手小売業の経営者の生の声を聞いた。多くのトップは同じことを口にした。パンデミック禍でも慌てる事なく、以前に立てた戦略や投資を止める事なく推進すること。そしてその戦略や投資が正しかったかの判断は、このパンデミック禍に現れている。また、世界最大の小売業のウォルマートのCEOは「我々はソーシャル小売業」になると言った。競争/競合から脱却して、社会的な役割としての小売業の立場を表明したのである。米国小売業界が、パンデミック禍に関わらず毎年7~8%の成長を成し遂げているのも、このようなブレない戦略と実行力を持ったリーダーシップがあるからであろう。日本の企業も、古い考えを捨て、ブレない戦略を推進できるリーダーが舵を取るべき時代であると考える。

森川博之 デジタル時代のテトリス型経営に移行せよ

  

東京大学大学院工学系研究科教授

 これからの価値創造の中核を担うのは「つなぐ」人材だ。デジタル時代ならではの特徴として、関わる人やモノが増大するためだ。人に限らずモノも常時接続状態になり、デジタルが第1次産業から第3次産業まですべての産業領域をつないでいくためだ。
 例えばサプライチェーン(供給網)では、製造、在庫管理、配送、販売、消費などすべてに目配りしていかなければならない。次世代移動サービス「MaaS」では、住民、交通、制度、観光、商業、自治体など関係者が多岐にわたる。工場では全体の仕掛け品の流れ、全設備の稼働状況、サプライヤーや取引先も含めた広域での最適化が必要となる。全ての関係者をつないで全体最適を図っていくことが競争優位につながる。
 テトリスのパーツを見つけ、うまく取り込み、適切に回転させて、ぴったりと当てはめる力だ。パーツは、企業であっても、人であっても、技術であっても良い。AIや5GやIoTなどのテクノロジーも1つのパーツである。
 米グーグルのandroid OSもAIも、外に存在していたパーツを組み合わせたものである。米アップルも、多くは外から持ってきている。テトリスのパーツの1つ1つに共感し、つないで、巻き込む能力が価値創造につながる。
 企業価値の源泉が、「独り占めできない」という特徴を有する無形資産に変わりつつあることが背景にある。インターネットで一瞬のうちに知が全世界で共有される時代となり、誰もが無形資産のパーツに容易にアクセスできるようになったためだ。
 デジタルの技術面の特徴にこだわって「プロダクトアウト(つくり手優先)」となってはいけない。技術という1つのパーツだけでも価値はあるが、それを上手に組み合わせることで、価値はさらに高まる。
 デジタル時代の価値創造の主役は、利他と共感と信頼でもってつなぎまくる人材である。

眞鍋淳 人の能力、そして成果を正当に評価せよ

   

第一三共株式会社代表取締役社長兼CEO

 今回のCOVID-19で人々の「健康」こそが社会・経済の基盤であることが改めて認識された。また、少子高齢化の最先端を走る日本の課題は、高齢になっても活躍できるよう「健康寿命の延伸」であり、世界もいずれこの問題に直面する。
 デジタルトランスフォーメーションがもたらすこれからのSociety 5.0時代ではライフサイエンスも更に発展し、ヘルスケア環境は大きく革新される。生命を授かってから一生を終えるまでのライフジャーニーに亘って、「病気の治癒」から「未病ケア・予防」へ、「画一的な治療」から「個々人に寄り添った最適なヘルスケアソリューションの提供」へと変化し、医療の視点が医療提供者から患者さんを含めた生活者個人中心に移っていく。製薬企業においても治療薬やワクチンの提供だけでなく、Healthcare as a Serviceとして健康の維持・回復を目指す産業形態に再定義してトータルで貢献していく必要がある。
 この未来の実現のためには、社会全体でイノベーションを生み出す環境を整備する必要がある。COVID-19で日本の遅れが表出した健康・医療データ基盤の構築は喫緊の課題であるが、更に、中長期的な視点で戦略的に日本のイノベーション創出力を強化しなければならない。健康・医療分野のイノベーションは米国が圧倒的な地位にあるが、日本は米国に比べて研究者の能力やイノベーションの成果への評価が総じて低い。基礎研究を担うアカデミアへの支援も限定的であり、研究者数の伸び率は諸外国に比べ低迷している。イノベーションの源泉は人であり、優秀な研究者の育成には、イノベーションの成果を正当に評価する土壌が重要である。

三神万里子 製造業の重要性と日本型-DXとSDGsの企図を踏まえて

   

ジャーナリスト

 コロナ禍の2年で、中小製造業が変化している。リモート会議で海外営業が積極化、会議室はラボに変えて開発提案型企業に脱皮中だ。海外進出を担う幹部をLinkedInで国際公募し拠点を5か国に拡大した例もある。2025年以降の現役世代激減に備え、工場は県境を越え1カ所で遠隔監視・自動制御して労務費を大幅に圧縮、結果、エネルギー高も凌いでいる。
 軽量、小型、長寿命、循環型、省エネ、低騒音等を果たす高度部品は日本の牙城であり需要は世界で増す。品質を担保する装置、工作機械、分析機器も専門メーカーが川上から川下まで網羅的にある。こうした企業群は製品納入後、データをとり顧客にコンサルティングもする。実物と技術とデータが紐づくソリューションサービスをBtoBで毛細血管のように広げ始めているのだ。コンサルティングだけ分ける欧米勢とは異なる。
 一方、まだ多くの日本企業がSDGsとDXをCSRや社内改善の意で矮小化しているのは懸念だ。そもそも両者は不可分かつ実利的な話だ。資源争奪と人権侵害は紛争の種になりサプライチェーンを絶つ。温暖化は自然災害を巨大化し都市ごと破壊し産業進出を絶つ。ゆえにファンドがNGO等に金を出しサプライチェーンを調べて違反を告発、証拠データを求める訴訟が世界で増しているのだ。Tier1大手が調達額上位のサプライチェーン企業から順にコンサルティングに入り、成果報酬型で利益をフェアに配分しながらデータ共有体制を備える例もすでに出ている。企業にとっては、価格高騰など不測の振幅に対して痛点ターゲティングが即座にできるよう、日頃からデータをとるのが防御策にもなる。
 精緻さと、組織を横断した俯瞰力の両立が今後は望まれる。

石黒不二代 大企業からスタートアップへの投資を加速する


ネットイヤーグループ株式会社取締役チーフエヴァンジェリスト

 「失われた30年」を思う時、2つの経済主体がイノベーションを起こしていない事実を憂いてしまう。1つは、日本経済を牽引してきた大企業だ。もう1つは、スタートアップ。2020年に米国のGAFAMと呼ばれるプラットフォーマー勢が東証1部上場企業の時価総額を抜いたことで話題となったが、米国で経済成長の牽引役はスタートアップである。そして、米国のスタートアップのVC(ベンチャーキャピタル)からの資金調達額は、日本の40~100倍、この差が日本におけるプラットフォーマーやユニコーン創出のための大きなハードルになっている。
 母校であるスタンフォード大学は、かつて大学運営資金で、ハーバード大学他IVリーグやMITに遅れをとっていた。米国の大学の資金は、その大半がNASAなどの政府系資金で賄われていた。歴史が新しいスタンフォード大学への政府系資金は、伝統的大学のそれと比べると少ない。優秀な学生が東海岸の大学を目指す流れを変えたい。当時の工学部長が歴史的転換を促した。大学として初めて資金を企業に求めたのだ。産学協同の始まりだった。このイノベーションがスタンフォード大学をハーバードやMITに比類する大学に押し上げ、シリコンバレーが形成されていった。
 これと同様の転換を日本のスタートアップに促したい。日本のVCの歴史も同様に浅く、VC投資が今すぐ爆発的に増えるわけもない。敵わなければ、VCだけに頼らず、その資金を求める先があるはず、それはかつて日本経済を牽引してきた大企業だ。大企業の利益処分は、現在、内部留保や配当に大きく偏っている。この資金をスタートアップ投資に回すことで、大企業にオープンイノベーションが起こり、スタートアップの成長を加速する。まずは、資金の流れを作ることだ。

清水洋 研究開発型のスタートアップを増やし撤退障壁を下げる

   

早稲田大学商学学術院教授

 政府が5カ年計画でスタートアップを促進することを目指している。イノベーションという観点からすれば、大きな期待ができる。既存企業だけに任せていては、既存のビジネスを前提とした累積的なイノベーションが多くなり、ラディカルなイノベーションが次々と生み出されることは期待できないからだ。
 次のカギは、研究開発型のスタートアップをいかに増やせるかだ。研究開発は波及効果が大きい。新しい知識は次の知識(あるいはその先の新しいビジネス)を生み出すためのインプットになる。だから、次々と新しいスピンアウトが生まれてくる。ただ、スタートアップはコスト・スプレディングの余地が小さく、放っておくと研究開発まではできない。ここに政府が支援する合理性がある。
 ただし、スタートアップの研究開発への助成だけでは不十分である。スタートアップは手近な果実もぎになりやすい。どうしても、アプリケーションサイドに経営資源が配分されやすくなる。だからこそ、新しいビジネスの基盤となる水準の高い新しい知識を用意しておく必要がある。スタートアップがもげる手近な果実を用意することが大切だ。これがなければ、短期的に日本からイノベーションが生まれたとしても、それは、長期的な成長を犠牲にしたものだ。具体的にはジェネラル・パーパス・テクノロジーと呼ばれるさまざまな領域の生産性を向上させる技術開発とその水準の向上が大切だ。
 また、スタートアップの撤退障壁を下げることも重要だ。スタートアップが増えれば、失敗も多くなる。撤退障壁が高ければ、ゾンビ企業として滞留してしまう。撤退障壁が高ければ、新規性の高いビジネスへのチャレンジも減ってしまう。

早川真崇 VUCA時代の企業活動、連続性をもったリスク・クライシスマネジメントを

   

日本郵政株式会社常務執行役(グループCCO)・弁護士

 新型コロナウイルスパンデミックに続く、ウクライナ侵攻等は、世界が不確実性(VUCA)の時代に入ったことを象徴している。VUCA時代には、過去の体験をもとに最適解を出すことが困難な事態や課題に直面することがある。ビフォーコロナの企業は地震・集中豪雨等の自然災害を主なクライシス(危機)と捉え、BCP対策を主な課題としていた。アフターコロナのクライシス要因は、地政学的なリスク、サイバーテロ等、人為的なものを含み、これらが複合的に作用する場合があり得るため、予測や想定が困難な事態の発生を前提とした対応が求められる。
 企業コンプライアンスも、従前は、単発的な役職員の不適切な行為がクライシス要因となると想定するのは、困難であった。しかし、こうした行為が人権、ダイバーシティ、ESG・SDGs等の観点からグローバルスタンダードと乖離し、あるいは、企業の理念やパーパスと矛盾する場合には、レピュテーションが大きく損なわれ、クライシスに発展する。事態がリスクマネジメントの範疇を超えて、急遽、クライシスマネジメントとして経営や企業価値毀損への影響を極小化するための迅速な対応が必要となる。
 VUCA時代には、コンプライアンス・リスクの対象と思われる事象に関しても、平時から、制御可能であることを前提とするリスクマネジメントを実践しつつ、並行して、最悪の事態を想定し、クライシスマネジメントとしての感度(クライシス感度)を高めることが求められる。また、平時からクライシスマネジメントに移行した場合の態勢や手続を定め、具体的な事例を題材にシミュレーションを行うことが有用である。VUCA時代のサステナブルな企業活動には、こうした連続性をもったリスク・クライシスマネジメントが重要となる。

岡野寿彦 「戦略的不可欠性」とリスクマネジメント

    

NTTデータ経営研究所主任研究員

 米中技術覇権競争とデカップリング、新型コロナおよびロシアによるウクライナ侵攻で顕在化したサプライチェーンの脆弱性、データローカライゼーションなど緊迫する国際情勢と経済安全保障(政治と経済の不可分性の高まり)に起因して、日本企業のリスクマネジメントの真価が問われている。特に中国ビジネスについて、中国経済の減速とゼロコロナ政策によるサプライチェーンの不確実性への対策、さらには、台湾有事の可能性を踏まえたコンティンジェンシープランの策定も課題となっている。
 リスクマネジメントの要諦は「攻め」と「守り」の両立だと考える。「攻め」は、中国企業、さらには中国企業との競争に取り組む米国企業と伍して競い合える「戦略的不可欠性」を築くこと、すなわち、中国と米国にとって重要な領域における代替困難なポジションに立ち続けることだ。このためには、中国企業、米国企業の「強さ」と「弱さ」を政府との関係性や社会システムまで遡って分析して、組織のナレッジとして蓄積していくことが重要となる。加えて、トップダウンによる経営スピードとリスクテイク、アジャイルを特徴とする中国企業と、合意による意思決定、社員のロイヤリティと継続性、利害関係者への配慮を特徴とする日本企業との、異なるカルチャーを持つ企業間の「競争と提携」をマネジメントできる人材の育成が不可欠だ。
 「守り」は、米中の分断が不可逆であることを前提に、進出先によってサプライチェーン、アライアンス、ITを組み替えることも視野に入れた「地域戦略」である。世界の最適なリソースを活用し最も有望なマーケットで販売するグローバル戦略と、「地域戦略」によるリスク管理との間で現実解を見出し、本社と現地法人が一枚岩で実行していくことが経営に求められる。米国・欧州企業の中国戦略も踏まえた、中国に関する客観的、体系的な分析力の重要性が高まるだろう。

井上哲浩 心理的所有感に基づくCRM戦略視点からのCSV戦略目標達成の有用性

   

慶應義塾大学大学院経営管理研究科教授

 貧困、児童教育、環境問題などESGにおけるESの諸問題を、年の瀬そして年頭に、多くの方が留意されたであろう。1年を振り返るという機会や、感謝祭やクリスマスといった機会もあり、この時期なのかもしれない。ES問題の認識や対応行動に、この時期性が存在しているならば、そのことが問題ではないだろうか。なぜ我々は、常に認識し対応行動しないのであろうか。
 Porter and Kramer(2011)によるCSV(Creating Shared Value)は、今日、多くの人に知られている戦略目標の1つであるが、それ以前に、マーケティング分野においては、CRM(Cause-Related Marketing)がVaradarajan and Menon(1988)によって提唱されていた。両概念の明確な共通点と差異点について述べることを本稿では割愛するが、概して、ES問題に留意し持続可能な成長を達成する、という共通の目標を共有している。ESが企業戦略の投資対象の候補となり成長戦略の場の候補となっているが、CSVのような企業サイドの戦略的側面に焦点をあてるだけでは限界があろう。加えて、CRMのように顧客サイドの消費者情報処理過程にも焦点をあて、マーケティング戦略を構築することで、ES問題対応行動の可能性が高まり、ES問題の認識が常態化する可能性が高まり、CSV戦略目標の達成可能性が高まる、と考えている。
 特に、消費者情報処理過程における心理的所有感に基づくCRM戦略の有用性を述べたい。心理的所有感(例:Pech, Kirk, Luangrath, and Shu 2021)とは、端的に言えば、自分ゴト化である。ES問題を自分ゴト化として認識することで、行動可能性が高まり、認識が常態化する可能性が高まる、というのがロジックである。「公園でのゴミは持ち帰りましょう」という表現を、「あなたの公園、あなたのゴミは持ち帰りましょう」と「あなた」を付与することで、知覚関連性や知覚適切性が高まり、公園に対する、ゴミに対する心理的所有感が高まり、持ち帰り行動の可能性は高まるのではないだろうか。そのほか、知覚責任性、知覚効率性、知覚コスト便益などにより心理的所有感を高めることも可能である。

川口大司 2023年に賃上げは実現するか

    

東京大学大学院経済学研究科教授

 2000年代に入ってから日本では平均賃金が上がっていない。ウクライナ危機に端を発する食糧価格の上昇、原油価格の上昇に円安が加わり、コストプッシュ型のインフレで足元の物価上昇率は3.5%にまで達している。そんな中、賃上げに対する期待感が高まりつつあり、連合は2023年の春闘の賃上げとして5%を要求している。このような賃上げは実現できるのだろうか。
 私は5%の賃上げは到底実現できないだろうと考えている。その根本的な理由は企業にとって賃金を上げる理由が見当たらない人々が多いということに尽きる。人手不足が顕在化しているパート労働市場などにおいては、賃金が上がっているが、フルタイムの労働市場での賃金が上がらない。特に中高年男性の賃金が伸び悩む。これは「働かないおじさん」などと揶揄されるように、彼らがさぼっているからでも何でもない。単に経済構造が長期勤続による技能蓄積が望ましい形から、そうではない形に徐々に変化してきたからだ。結果として年功型の賃金体系が崩れつつあるのである。勤続年数が長い中高年男性は転職の機会も限られているので、賃金が上がらないからといって転職するわけにもいかない。就業者全体に占める中高年男性の割合は引き続き大きいため、この階層の賃金が伸び悩めば、全体の平均賃金も上がりにくい。
 労働市場全体の平均賃金は、短期的な人手不足を反映した賃金上昇と長期的な構造変化を反映した賃金停滞が合成されたものになる。過大な期待をいだけばそれが実現できなかった時の失望も大きいから、2023年の賃金上昇は限定的だと思っておいたほうがよいだろう。

菅沼隆 リスキリングは「お互いさま」-イノベーティブ福祉国家のリスキリング

     

立教大学経済学部教授

 岸田政権の「新しい資本主義」が「リスキリング」を掲げ、デンマークなど北欧福祉国家の職業訓練政策がモデルとして注目されている。私はイノベーションと高度の生活保障が両立しうる社会システムを「イノベーティブ福祉国家」と呼び、デンマークがそのモデル国であると指摘してきた。
 デンマークの経験から、日本でリスキリングを設計する際に留意する点を2点指摘しておきたい。1つは、企業内リスキリングと社会的リスキリングのバランスを取ること、2つに、すべての「働く者」にインクルーシブにリスキリングの機会を提供すること、の2点である。
 企業内リスキリングは、自社の従業員の技能を高めるので企業にとって歓迎できる。だが、社会的リスキリングは、社会的に必要な技能を高めるので、転職が増える。これは企業にとっては、避けたい事態かも知れない。しかし、社会的リスキリングにより個別の企業は新たに必要な技能を有する者を社外から獲得することができる。時間差を伴って企業にとっても有益なのである。そのような意味で「お互いさま」であることを認識することがリスキリング政策の成功の可否を握っている。
 リスキリングの機会はすべての「働く者」に開かれていることが重要である。ジェンダー、年齢・勤続年数の長短、経験の多寡、正規・非正規、あるいは被用者と自営業者に関係なく、すべての「働く者」にリスキリングの機会が保障されることである。イノベーションとは働く者同士、組織間、企業間のコミュニケーションが活性化することによって促進される。コミュニケーションとはまさに「お互いさま」である。インクルーシブなリスキリングによりイノベーション活動に参加する者の量と質が高まる。それはイノベーションの成果も社会的に分配することになり、社会的公正を達成することにもつながるのである。

辰巳哲子 学びに向かわせない職場になっていないか

     

リクルートワークス研究所主任研究員

 岸田首相は、成長分野に移動するための学び直しへの支援策として5年間で1兆円を支出すると表明した。しかし、いくら学び直しのメニューを整えたとしても、これまで学んでこなかった個人が突然積極的に学び始めるとは思えない。これまでの調査研究からは、いくつものエビデンスが見えてきている。
 大人の学び行動には(1)個人のキャリア観など働き方やキャリアに対する考え方と(2)職場の影響がみられるが、特に前者の影響は強い。学ぶのは、キャリアの中で「やりたいこと」がある、今の成長課題がわかっている、職場以外に自分の持ち味を発揮する第2・第3の場がある人だ。さらに、転職経験がある人のほうが学んでいる。一方で学ばないのは、「今の会社で定年まで働く」と考えている人だ。
 つまり、会社の外に目を向けて、自分のキャリアの主導権を自分で握っている人は学び、終身雇用を前提に自己のキャリアを会社にゆだねている人は学ばない。
 職場の特徴に着目すると、「変化を嫌う」「時間の余裕がない」「フィードバックがない」「異動時期など見通しが立たない」「学ぶ意味があるとは思えない」「やる気のない人が多い」職場であることが明らかになっている。
 企業の学習支援と言えば、これまで金銭や時間、研修の場の提供といった物質的な支援が主だった。しかし、上記の結果からは「どのように学ばせるか」ではなく、「学びたくなる職場はどのようか」と問いを変え、考える必要があるだろう。
 個人は「学ぶ意味」が分かっている時に学ぶ。そのために、仕事の中でやりたいことを明確にすること、成長課題をフィードバックすること、学んだことが使える場を作ること。従業員の学び行動のために組織にできることを今こそ考える必要がある。

11. Web3.0時代のAIとデータ活用

犬童周作 今こそDFFTの国際的な連携体制の構築を

   

デジタル庁審議官(国民向けサービスグループ次長)

 今、世界中がコロナ禍との共生・ポストコロナを模索している中、ウクライナ情勢、それに伴う世界的なインフレ等、複雑な構図の中での危機に直面している。
 コロナ禍は世界中で社会のデジタル化を加速させたが、価値の源泉がモノやサービスから「データ」に移行し、「データ」は石油と言われて久しい。2019年1月のダボス会議で、安倍元総理が信頼性のある自由なデータの流通、DFFT(Data Free Flow with Trust)を提唱し、同年6月のG20大阪会合でDFFTを明記した首脳宣言に合意した。
 その後もデータ流通を巡る技術進歩は著しく、最近ではAI活用の普及のほか、新たなフロンティアとしてWeb3.0やメタバース、DAO(Decentralized Autonomous Organization)が登場する等、いよいよDFFTの具体的な推進フェーズへの移行が喫緊の課題となっている。
 このような中、ウクライナ情勢は「データ」が経済のみならず、安全保障面にも大きく関わっていることを再認識する契機となった。ウクライナによるデータの海外移転に見られるようにサイバー・レジリエンスの確保の必要性に加え、無制限なガバメントアクセスやフェイクニュース、偽情報(Disinformation)の拡散への対策の必要性も顕在化した。
 特に、民主主義、法の支配等の価値観と整合しない権威主義国によるデータ保護主義に対しては、有志国によるDFFTの国際的な連携体制の構築が最大の解決策として求められる。同時に、グローバルサウスの諸地域に対し、インフラ協力(5G、海底ケーブル等)や課題解決型のデータ利活用、デジタルリテラシーの向上等と併せて、我々と同じ価値観の共有を図っていくことも重要である。
 今年、我が国はG7議長国。4月にはデジタル・技術大臣会合が群馬県高崎市で開催される。これを機に、G7諸国を中心にDFFTの国際的な連携体制を早急に構築していく必要がある。

眞野浩 データ経済のルール作り

     

EverySense,Inc C.E.O./一般社団法人データ流通推進協議会事務局長

 世界は、COVID-19禍による自粛一辺倒から復調へと歩み出している。一方で、ロシアによるウクライナ侵攻による紛争の長期化は、経済に限らず安全保障問題の再考を余儀なくしている。
 従来、石油、天然ガスなどの資源も、その物流も、有体物である財の移動や価値を中心に議論がされ、制度設計が行われ、国際間のルール作りがなされてきたが、これからは情報やデータという無体物に対するルール作りが必要となる。
 そこで、この新しいデータ主導社会では、データそのもの定義や、その取り扱いの制度、個人情報に限らずデータにより生じる様々な活動への影響を考慮した、ルール作り、制度設計が重要となる。すでに、欧州では、データ戦略を重点課題とし、関連法制の整備が進められている。また、我が国が提唱したDFFT(Data Free Flow with Trust)の概念、その実現のための具体的な制度整備なくしては、実現できない。
 一方、我が国においては、デジタル庁の創設とともに、包括的データ戦略が示されているとはいえ、ガイドライン、ホワイトペーパーの域にとどまり、従来の法体制を踏襲しているのが現状である。
 現在、欧州、米国、中国などでは、それぞれが異なる視点からデータに対する制度設計を進めているが、データが国境を超えて流通し活用されることを考える時、国際的な協調ルールと共通認識が重要となる。
 すなわち、データ主導社会に向けた国際的な合意形成は、世界的にも重要な課題である。このような課題に、国際協調として日本が率先して取り組み、リーダーシップを発揮するには、日本が目指すデータ社会へのルール規範を明確に示提案していくことが必要である。
 このためには、あらためて国際間での合意形成を進める人材、組織を強化することも重要な課題である。

佐々木隆仁 新型コロナウイルスで進む法務のDX

     

リーガルテック株式会社代表取締役社長

 新型コロナウイルスにより、ワークライフバランスが大きく変化しました。会食文化が減り、家庭での支出規模が増え、消費のトレンドも変化し、テレワークが一気に普及し、経済活動も家庭で行われるようになりました。在宅勤務やオンライン授業など、ホームコノミー(Home + economy)の共通点は、居住空間です。コロナ危機は、住居空間であった家を生産、消費が行われる社会経済空間へと変貌させました。ポストコロナ時代に到来する不可逆な変化のため、建築、物流、交通をどうするかという専門家Web会議が世界中で開催されています。専門家は、ポストコロナ時代、最大の変化がある空間に「家」を挙げています。
 新型コロナウイルスの影響で運輸、卸小売、飲食、宿泊、文化事業は対面業種を中心に大打撃を受けたのに対し、情報通信産業は好調に推移しています。デジタル技術を活用したサービスの拡大が注目されており、外部から利用できるクラウドサービスは、第5世代移動通信(5G)などの先端技術により、需要が更に高まることが予想されています。一番遅れているのは、法務部門のデジタル化だということが再認識され始めています。テレワーク中にハンコを押すためにわざわざ出社しないといけない社員が続出するなど、法務のDX化の遅れが大きな課題として注目されました。時間は、かなりかかりますが、裁判手続きのIT化も政府主導で少しずつ進んでいます。ピンチをチャンスに変えるためには、企業で最も遅れている法務部門のデジタル化に真剣に取り組むことが必要です。法務のデジタル化が進むことで、全体の業務効率の改善が期待できます。法務のDXがアフターコロナの時代に生き残るキーワードになるかもしれません。

竹村彰通 新型コロナとの共存にデジタル利用が不可欠

   

滋賀大学長

 世界の多くの国では、新型コロナの発生から何度となく感染の波におそわれる中で経験を蓄積し、コロナとの共存がある程度見えてきた。より感染力の強い変異株が現れると感染が再拡大し、それに対して休業要請や外出自粛要請などの施策がおこなわれた。幸い、より感染力の強い変異株は重症化率がより低い傾向があり、政府も強い感染防止措置をとらず一定の感染を許容するようになってきた。我々自身も、感染状況のデータを見ながら、自らの判断で行動を選択するようになった。そのような中で中国の対コロナ政策は特異であり、極端なゼロコロナ政策が長く続いた。この政策は当初の変異株には有効であったが、感染力の強いオミクロン株の拡大の中で放棄されることとなった。中国の例は、中央集権的な感染対策の有効性と限界を示すものであると考えられる。
 新型コロナの感染は、我々の生活にも大きな影響を及ぼした。大学においては、2020年春は多くのキャンパスが立ち入り禁止となり、授業もオンライン授業となった。企業においてもリモートワークが急激に進んだ。オンライン授業やリモートワークをおこなうためには、さまざま資料やデータをオンラインでアクセスできる必要があることから、DX(デジタルトランスフォーメーション)も急激に進んだ。これは必要に迫られた変化であったが、人々が新たやり方に慣れるにつれて、従前のやり方より生産的な面もあることが理解されるようになった。もちろん対面での接触の不足には問題もある。コロナ禍の中で、我々は対面とオンラインを使い分け、デジタル技術をそれに適した場面で利用して行くことになる。

谷口直嗣 メタバース活用の3つのキーポイント

   

Holoeyes株式会社取締役CTO/女子美術大学非常勤講師/iU客員教授

 メタバース活用で必要なものは「そこに行く理由」と「人に来てもらう理由」「アバターを使う理由」である。この3つが掛け合わさるとメタバース活用が促進されると考えている。3つの要素は互いにお互いの要素を含んでいるが、それぞれをブレイクダウンして説明をする。
 「そこに行く理由」であるが、メタバース空間内のコンテンツとメタバース空間で会える人、そこでしか出来ない体験が「そこに行く理由」となる。単純に現実を模した街があるだけだと「現実世界の劣化版」でしかなく、メタバース空間ならではのオリジナリティやインタラクション、音楽や映像の提供があると、それを求めて人は集まり、メタバース空間で現実では会えない人に会えるという事が活性化に繋がる。
 「人に来てもらう理由」であるが、メタバース空間はユーザーが作って他のユーザーを招くものが圧倒的に活性化している。メタバース空間を自分で作って公開する事は自己表現であり、そこに人を招いてファシリテーションする事が参加するユーザーの「そこに行く理由」と繋がる。
 「アバターを使う理由」であるが、現在のメタバースで使われているアバターは本人を模したアバターはほとんど使われておらず、キャラクターやクリーチャーなどなりたい自分の姿がほとんどである。私はこれを人間のソフトウェア化だと考えていて、年齢、ジェンダー、容姿などの人間のハードウェアを取っ払った思考や行動が表面化したものである。これはある意味人間の本質でのコミュニケーションが成立していると考えられる。今の所は一部の先進的なユーザーにのみ受け入れられている状況だが、一度体験すると代え難い体験となり一般に広がると考えられる。

松原仁 人間とAIとの付き合い方-将棋・囲碁を例として

     

東京大学大学院情報理工学系研究科教授

 最近のAIブームの中で将棋と囲碁は、2017年にAIが人間のトッププロ棋士に勝利した。AIがデータから自動的に学んで強くなる機械学習の技術を使った成果である。プロ棋士は将棋・囲碁というゲームが強いことによって収入を得ている。AIが仕事を奪うという表現がなされることがあるが、AIがプロ棋士よりも強くなったことによって、プロ棋士は仕事を奪われるのではないかと危惧されていた。
 しかし将棋と囲碁はともに、AIがプロ棋士より強くなってからもプロ棋士の業界は存続している。むしろそれ以前よりも盛んになっているほどである。プロ棋士は自分たちよりも強くなったAIを勉強道具として積極的に取り入れて研究するようになり、これまで人間のプロ棋士だけでは見つけることができなかった新しい良い手をいくつも見つけて対局で用いるようになった。プロ棋士同士の戦いが以前より高度になったのである。プロ棋士とAIが協力することによって将棋・囲碁のさらなる高みに達することができつつあると言える。また対局の途中の形勢判断をAIが行なうことで観戦しているファンも楽しみやすくなっている。
 AIが進歩している中で、人間とAIがどう付き合っていくべきかが議論されているが、この将棋と囲碁の例がよい参考になると思う。さまざまなところでこれまで人間だけでは登れなかった高みにAIの助けを借りて登ることができるようになると期待している。

森信茂樹 Web3.0(暗号資産、NFTなど)の税制を考える

     

東京財団政策研究所研究主幹

 Web3.0とは、ブロックチェーンの活用により、管理者のいない自律的に機能するネットワーク社会と言われている。分散型の技術を活用することによりユーザー同士が直接つながるので、個人間でのコンテンツの提供、デジタルデータの販売、送金などが可能になる。すでに、NFT(非代替性トークン)、DeFi(分散型金融)、DAO(分散型自律組織)などが大きなビジネス機会を提供している。さらにメタバース(仮想現実)ができ、その空間で個人や法人が参加して一大エコシステムが形成されている。GAFAに代表される巨大プラットフォーマーが、ユーザーを管理し囲い込むというWeb2.0の課題を乗り越えることができるとして、大きな期待が寄せられている。
 一方このような自律分散型の社会は、国家権力の行使が必要となる法制度や税制との相性がよくない。Web3.0に対応する法制度や会計制度、税制ができておらず(追いつかず)、わが国経済発展の可能性の芽を摘んでいるという指摘もある。国の立場からは、現実の取引により利益が生じている以上、課税しなければ不公平になるという危機感がある。
 この問題を解決するには、政府部内に明確な「司令塔」を置き、法制度、会計制度、税制の抜本的・総合的な対応策について議論・決定をすることが必要である。その際には、OECDで議論されている暗号資産の国際的な情報交換の枠組み(Crypt-Asset Reporting Framework: CARF)への参加を前提にしつつ、国際的整合性の伴う制度に変えていく必要がある。幸い、分散型といっても、現状では取引所や仲介業者が存在しており、そこをとっかかりに、世界標準の税制にしていくことが望ましい。スピード感が大切だ。

中村潤 組織の壁とIoTを考える-量子の時代に向けて

   

中央大学国際経営学部教授

 世界はSNSなどを通じて人と人とがインターネットにつながることができる時代となった。AmazonなどのB2Cプラットフォームは飛躍的に発展してきた。しかしながら、データの秘匿性や場合によっては安全保障の観点から、企業間連携となればそうはいかない。ロジスティクスの面でいえば、Physical Internetの議論でもあるように、コストの負担や収益配分などの利害が絡むと企業間連携は途端に進まない。梱包サイズの標準化も同様であり、いわゆる「組織の壁」がはらんでいる。
 一方で、量子コンピューティング、なかんずく量子アニーリング方式による最適化手法の研究が進んでいて、Q-STAR(量子技術による新産業創出協議会)でも新たなサービスの企画が期待されている。一企業の取扱商品のサプライチェーン最適化にとどまらず、業界内における例えば共同配送や、企業間連携による変数の増大と情報爆発に対する処理の高速化と最適化は、イノベーションを創出する興味深いテクノロジーインフラとなる。
 こうした技術と時代の流れに呼応するがごとく、真のIoTの世界を目指すには、2つ不可欠な要素があると考えている。1つは、ネットワークでの対量子暗号化対策に加えて、デバイス側にもより高度なセキュリティ対策が必要である。もう1つは、既存デバイス側の基盤やリレーから、いかにデータを抽出してクラウド化するかというノウハウである。センサーの種類やコスト面では受益者にメリットが多くなってきたため、より多くのThingsからのデータ取得が可能になってきた。2ナノに向けた政府主導の半導体の取り組みもさることながら、量子コンピューティングの進化に備えて、見逃してはならないことは沢山ある。

前川智明 Web3.0×AIで実現する「三方よし」

   

株式会社エクサウィザーズ執行役員AIプラットフォーム事業部長

 今やGoogleやAmazonが生活に欠かせないように、Webは世界を大きく変えてきた。こうしたWeb業界のビッグテックは依然として急成長を遂げており世界経済の発展を後押ししているが、一方で肥大化したビッグテックに富や社会的な権力が集中し、”強者一人勝ち”の社会構造になっている側面も否めなくなってきている。こうした”強者の一人勝ち”という歪みに対するアンチテーゼとして、近年Web3.0という言葉を耳にする機会が増えてきた方も多いのではないだろうか。
 Web3.0は多くの企業、そして社会が抱える課題の解決に大きな影響を与えうる概念であり、来たるWeb3.0時代に備えた準備をするかどうかで事業成長にも大きな差が出てくると筆者はみている。その一因がWeb3.0とAI(人工知能)の密接性である。
 AIもWeb同様、大きな社会的インパクトを生み出しうるテクノロジーだが、AIを利活用する際には「多くのデータを集めることでAIの質を高め、質の高まったAIの利用者が増えるとデータが増え、さらにAIの質が向上する」という正のループが存在する。これまでデータを一番多く有していたのがビッグテックを中心とした大手企業であり、ゆえに富も大手企業が寡占するという構造であった。一方、Web3.0の時代になれば構造が変わり、企業だけでなく個人もデータを提供することによって富を享受できる世界がやってきている。
 例えば、The Sandboxのように遊ぶことで仮想通貨を稼げるPlay to Earnの流行は、その世界の到来を示唆している。ゆくゆくは、消費者が自身の健康状態を積極的に開示することでリターンを得て、企業も膨大な健康データを生かした事業開発を早期に進めることができる世界がくるかもしれない。まさに「三方よし」がWeb3.0時代には訪れるのである。
 一部の大手企業だけが富を享受できる世界から皆に平等に富が分配されるパラダイムシフトは、競争環境のゼロリセットを意味する。日本にとっても大きなチャンスであり、Web3.0時代にAIをうまく活用しながら成長していくことで、再び日本経済が元気を取り戻してくれることを切に願う。

山本英生 量子時代の到来に向けた準備?

   

株式会社NTTデータ金融イノベーション本部ビジネスデザイン室イノベーションリーダーシップ統括部長

 量子コンピュータ(量子ゲート型)に関する期待が大きくなっている。国内外で様々な取り組みが公表されている。量子コンピュータは「量子重ね合わせ」や「量子もつれ」といった量子力学の現象を利用して並列計算を実現するコンピュータで、既存のコンピュータでは計算が難しい問題への応用が期待されている。ただ、実用的な量子コンピュータの実現に向けてはまだ時間がかかるというのが有識者のコンセンサスである。ユースケースのアイデアについての議論は始まっている一方で、具体的に何に使えるのか?どういうベネフィットがあるのか?という点については結論に至っておらず、継続して議論していくことが肝要であろう。
 ただ、量子コンピュータの実現を見据えて早めに動く必要がある事項が1点ある。それは耐量子計算機暗号に対する備えである。量子コンピュータが実用化された場合に、現状幅広く利用されているRSA暗号が危殆化することはすでに知られているが、量子コンピュータでも解読ができない暗号というのが耐量子計算機暗号というものである。この耐量子計算機暗号の標準化作業がNIST(アメリカ国立標準技術研究所)にて行われており、2022年7月に標準化される4つの方式が選出された。2024年迄に最終調整を完了し、標準として発出される予定となっている。
 この点を考慮すると暗号の切り替えということが量子コンピュータの実用化の時期にかかわらず準備が早い段階で始まるということになる。実際には暗号化製品のリリースを待つことになるものの比較的時間軸が短いという意識は持っておく必要がある。したがって量子コンピュータの実用化動向は横目で見つつまずは暗号対応の準備が必要となる。

引用を行う際には、以下を参考に出典の明記をお願いいたします。
(出典)NIRA総合研究開発機構(2023)「日本と世界の課題2023」

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