宇野重規
NIRA総合研究開発機構理事/東京大学教授

概要

 人々は今日、高い生産性をもつ都市に惹きつけられる一方、より愛着の抱ける「ローカル」な場所への志向を強めている。それでは、都市化の趨勢(すうせい)と「ローカル」志向は矛盾するのか。本稿ではむしろ、両者を結びつける新たな働き方の可能性として、「フリーランス」に注目したい。
 現在、地域に暮らしつつITを使って都市の企業を相手に仕事をする個人事業主が増加する一方、新幹線通勤を含め、拡大する東京圏で働く人々が珍しくなくなっている。これらの事実は、大都市へのアクセスとローカルな結びつきを同時に追い求めようとする人々の出現を示している。
 さらに、長寿化が進むことで、ライフステージの各段階で働き方や暮らし方を変える可能性が広がる一方、1つの組織に拘束されるよりは、複数の組織とコミットすることを望む人々が増えている。「フリーランス」という働き方は、そのような人々のニーズに対応した働き方でもある。
 そのような人々は地域において、ネットワーカーとしての役割を果たすことも期待される。自らの生き方を主体的に選択したいと願い、さらに自ら進んで社会を支えようとする自負と責任感をもつ人を「中核層」と呼ぶならば、フリーランスはまさにその新たな供給源となりうる。*

INDEX

都市化の時代

 かつてインターネットが普及しはじめた頃、これからはどこに住んでも世界とつながることができるとしばしばいわれた。現実にどの場所に居住するかは、あまり意味をもたない時代が到来したのだと解説されたものである。

 しかしながら、そのような予測は一面的であったといわざるをえない。たしかに世界の多様な地域とそこに暮らす人々は、IT技術によって緊密に結びつけられた。とはいえ、人々はむしろ、かつてないほど特定の土地や場所への関心をもつようになっている。

 一方で人々は、都市での生活を選びつつある。都市のもつ高い生産性とそれがもたらす可能性が人々を惹きつけているのである。例えば、都市経済学者のリチャード・フロリダは「クリエイティブ都市」を論じ、先端的な経済発展がメガ地域で展開されていることを主張している(『クリエイティブ都市論』)。同じくエンリコ・モレッティは都市への頭脳集積こそが、国の繁栄を決定すると説く(『年収は「住むところ」で決まる』)。

 彼らの主張によれば、旧来型製造業の都市に暮らすか、あるいはイノベーション都市に暮らすかで、人々の生き方や収入までが決まってくる。アイディアのある人と出会い、自らもイノベーションの主体となるためには、都市で活動することが不可欠だというのである。

 都市化は世界的なトレンドでもある。国連の調べによると、2014年の時点で、世界人口の54%は都市に居住するようになっている(World Urbanization Prospects)。いまや都市に暮らす人々が、それ以外に暮らす人々を上回っているのである。このような趨勢は現在も続き、2050年にはその数値は66%に及ぶという。現在、世界にはメガシティ(人口1,000万人以上の都市)が36存在するが(2016年4月現在)、世界最大のメガシティはいうまでもなく、東京である。

新たな「ローカル」志向

 他方で人々は、自分とより密接な内面的結びつきをもち、そこで活動することによって誇りや安心感をもてる場所や空間を求めるようになっている。なかには、いったんは大都市で生活したものの、故郷の町、あるいはそれ以前はつながりのなかった地域を選び、Uターン、Iターンする人も少なくない。

 彼ら、彼女らにとって重要なのは、「自分にとっての居場所」であり、「自分がそこで欠かせない存在であると感じられる空間」である。そのような意味において、現代日本では、「ローカル」な現場を志向する人々が増えているといえる。

 背景にあるのは、人生の長寿化かもしれない。カリフォルニア大学とマックス・プランク研究所の研究によれば、2007年に生まれた先進国の子どもの平均寿命は100歳を超える(Human Mortality Database)。子どもの2人に1人は100歳まで生きるのである。とくに日本の子どもは、50%の確率で107歳まで生きると予測されている。今日もなお平均寿命は延びつつあり、健康に生きられる期間も長くなっている。人はいまや、100年に及ぶスパンで自分の人生を構想していく時代を迎えようとしている。

 かつてであれば、人が移動するのは進学や就職に際してであり、それ以外の時期に移動することは多くなかった。しかしながら今日、人生は長くなり、その各段階で働き方を変えることが珍しくなくなっている(リンダ・グラットンら『ライフ・シフト』)。ライフステージに合わせて、都市から都市へ、都市から地域へ、逆に地域から都市へと移動する可能性も増大している。

 それでは、東京をはじめとする都市化の趨勢と、地域との結びつきを重視する「ローカル」志向とは矛盾するものなのであろうか。本稿では、両者が結びつくことは矛盾ではなく、むしろ新たな可能性を指し示していると主張したい。

地域に暮らし、都市で働く

 まず強調すべきは、地域に暮らしつつITを使って都市の企業を相手に仕事をする人の増加である。「フリーランス実態調査」によれば、現在、日本における広義のフリーランスは1,228万人に及び、労働人口の19%に達している。彼らの依頼額の54%が東京の企業であるのに対し、受注額の75%は東京以外に在住する個人である。過去1年間にフリーランスで仕事をしたことのある人が労働人口の34%にもなるアメリカと比べれば少ないものの、今後「フリーランス」という生き方への注目が高まることが予測される。

 もう1つ、注目すべきは東京への通勤者の増加である。現在、千代田区、中央区、港区の都心三区の人口増加が注目されているが、同時に東京都市圏全体で見て、30分以上かけて通勤している割合の増加が見られる。東京都区部に60分以上かけて通勤している割合は約50%を占め、新幹線通勤も珍しくなくなっている。

 実際、2014年度において、東北新幹線の小山駅や上越新幹線の本庄早稲田駅では、1日平均の利用客のうち定期を利用する者の割合が50%を超えている。その多くは新幹線を利用して、東京都市圏で働く人々であろう。東京都市圏は単に人口が増加するだけでなく、鉄道利用を通じて、実質的にはさらなる拡大を見せているのである(すでに言及したリチャード・フロリダは、名古屋までを含めた「グレータートーキョー」の可能性を説いている)。

 これらの事実は、単純な「東京─地域の二項対立」の見直しを迫るものである。人々はより多くの機会と可能性を求めて東京へのアクセスを維持しようとするが、同時に何らかの理由から東京の外で暮らすことを選んでいる。このことは、東京都市圏の凝集力の拡大と、地域社会におけるローカルな結びつきの両立を示しているといえるだろう。

 大都市へのアクセスとローカルな結びつきを同時に追い求めようとする人々が増えているとすれば、それはいったい何を意味しているのだろうか。考えられるのは、個人の働き方に大きな変化が生まれている可能性である。このような変化はいまだ潜在的なものにとどまり、日本社会の大勢を変化させるには至っていないが、その可能性は次第に無視しがたいものになりつつある。

フリーエージェント社会

 このような新たな働き方を考える上で鍵となるのは、「フリーエージェント」という考え方である。アル・ゴア副大統領の首席スピーチライターをつとめたことで知られるダニエル・ピンクは、2000年以降、人々の新たな働きかをめぐる話題作を次々に発表している。その第1作となったのが『フリーエージェント社会の到来』である。

 この本のなかでピンクは、かつてウィリアム・ホワイトが『オーガニゼーション・マン』(1956年)で描いた組織人間が、20世紀後半のアメリカ人の働き方のモデルであったとすれば、21世紀前半を象徴するのは、組織に縛られることなく、自分の未来を自らの手で切り開くフリーエージェントであると主張している。

 フリーエージェントとは、フリーランス、臨時社員、ミニ企業家からなる独立した労働者の総称である。このようなフリーエージェントが社会の主流となることを予測するピンクは、その背景として、テクノロジーの変化や組織の短命化といった社会の側の要因と、自由や自分らしさを求める個人の側の要因を指摘している。

 フリーエージェントは1つの組織に所属するよりはむしろ、複数の顧客やプロジェクトに仕事を分散することでリスクを回避する。その意味で、フリーエージェントは、組織へのタテの忠誠心よりは、ネットワークや信頼関係といったヨコの忠誠心を重視する。また彼ら、彼女らは、家庭やそこから近い場所で仕事をすることによって、仕事と生活のバランスをはかっている。

 このようなフリーエージェントが未来の働き方を示すものであるとすれば、現在において、人が1つの組織において人生を完結させることがますます難しくなっていることの反映であろう。

 「オーガニゼーション・マン」の時代において、組織は労働者に長期的に安定した雇用を保障し、労働者も組織への忠誠を誓うことで、その内部で長期的に自らの技能や経験を蓄積していった。これに対し、現在では長期的雇用の保障は難しくなるばかりであり、産業構造の変化が加速するなか、そもそもその組織がいつまで続くかもたしかではない。

 すでに言及したように、現在、人々の平均寿命は延び、人生を教育・仕事・引退という単純なイメージで捉えることはますます難しくなっている。人々は人生のなかで、そのステージに合わせて何度も変化していくことが求められているのである。生涯において複数のキャリアを追求することが当たり前になる以上、1人の人生が1つの組織のなかで完結することはまれとなる。人々は必然的に複数の組織と関係をもちつつ、長期的に自分の仕事を見直していかなければならない。

 ピンクのいうフリーエージェントや、長寿化時代の働き方を論じたグラットンらのいうインディペンデント・プロデューサーとは、まさにそのような時代の要請に応える働き方であろう。にもかかわらず、日本ではいまだ優秀な若者に安定志向が強く、公務員や大企業への就職を望むものが多い。フリーエージェントやインディペンデント・プロデューサーを社会的に支援する環境も整っていない。

 ちなみに、近年、話題になったもう1冊の本にリード・ホフマンらの『アライアンス』がある。この本の特徴は、自立したプレーヤー同士の期間を定めた提携関係として雇用を見ている点にある。企業と労働者は期間を定めたコミットメント関係を形成することで、企業は流動的な市場に対応し、労働者は自らの経験や能力を高める。より大きな自由を求める個人と組織の要求を、安定的に結びつけるための方策として考慮に価するだろう。

「フリーランス中核層」とネットワーク

 ピンクがフリーエージェントの1つのカテゴリとしているフリーランスに話を限定して話を進めたい。すでに指摘したように、東京以外に在住しつつ、東京の企業から受注して業務を行うフリーランスが増加している。彼らはある意味で、東京─地域の二項対立を乗り越え、新たな働き方のモデルを提示しているのではなかろうか。

 NIRA総研の「中核層調査」によれば、「自らの生き方を主体的に選択」したいと願い、さらに自ら進んで「積極的に社会を支えようとする自負と責任感」をもつ人を「中核層」とすれば、中核層は人口の約20%にも及ぶ(注1)。中核層は非中核層と比べ、年齢や居住地には大きな差は見られないが、自立志向を強くもち、社会参加にも前向きである。

 しかしながら、中核層として想定される3つの類型、すなわち、イノベーションを実現する「イノベーター」、有機的な連携をつくり出す「ネットワーカー」、社会の結節点となる「コミュニティ・ノード」のうち、もっとも少ないのがネットワーカーである。調査上の定義にもよるが、日本社会を信頼社会として発展させていく上で、ネットワーカーの必要が大きいことは間違いないだろう。

 その意味では、東京へのアクセスを維持した上で地域社会での暮らしを選ぶフリーランスは、強い自立志向をもち、かつ仕事と生活を両立して自由となる時間も多いという意味で、ネットワーカーの有力な候補となりうるのではないか。従来、地域を支える人材の多くは、その地域の出身者に限られがちであった。これに対し、現在ではUターン、Iターン者など、地域をいったん出た人材や、そもそもその土地と何の縁もなかった人材の果たす役割が大きくなっている。

 さらに、従来は、多くの人々の人間関係は企業や業界の枠内に限られがちであった。これに対し、今後の日本社会においてますます重要になってくるのは、そのような組織の枠を超えて、人と人、アイディアとアイディアを結びつけてネットワークを構築する人々であろう。そのような人々には、ヨコの信頼関係を重視しつつ、地域のなかに新たなコミュニティを構築していくことが期待される。

 地域に暮らしつつ、都市とのアクセスを保つ「フリーランス中核層」を増やすことによって、地域社会の発展を支える新たなネットワークを構築することは、2030年の日本社会を構想するにあたって、有力なヒントを与えてくれるのではなかろうか。

参照文献

リチャード・フロリダ(2009年)『クリエイティブ都市論─創造性は居心地のよい場所を求める』井口典夫 訳、ダイヤモンド社
エンリコ・モレッティ(2014年)『年収は「住むところ」で決まる─雇用とイノベーションの都市経済学』池村千秋 訳、プレジデント社
リンダ・グラットン、アンドリュー・スコット(2016年)『LIFE SHIFTライフ・シフト─100年時代の人生戦略』池村千秋 訳、東洋経済新報社
ダニエル・ピンク(2002年)『フリーエージェント社会の到来─「雇われない生き方」は何を変えるか』池村千秋 訳、ダイヤモンド社
リード・ホフマンら(2015年)『ALLIANCE アライアンス─人と企業が信頼で結ばれる新しい雇用』篠田真貴子ら 訳、ダイヤモンド社

宇野重規(うの しげき)

東京大学社会科学研究所教授。博士(法学)(東京大学)。専門は政治思想史、政治哲学。

本報告書の引用を行う際には、以下を参考に出典の明記をお願いいたします。
(出典)宇野重規(2017)「新たな働き方としてのフリーランス-都市と地域の対立を超えて」NIRAオピニオンペーパーNo.28

脚注
* 執筆にあたり、研究会メンバーである早川誠立正大学法学部教授より貴重なご意見、ご示唆をいただいた。感謝したい。
1 中核層・信頼社会のアンケート調査に関する研究(2016年3月~2016年9月)NIRA総研

©公益財団法人NIRA総合研究開発機構

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