鈴木壮介
NIRA総合研究開発機構研究コーディネーター・研究員
前田裕之
NIRA総合研究開発機構「政策共創の場」プロジェクトプロジェクト・パートナー

リード文

少子高齢化によって、年金を負担する現役世代は減少し、年金を受け取る高齢者は増加する。専門家へ聞きたい内容について、一般の方からアンケートを取ると、以下のような質問が寄せられた。
・年金制度は今後も持続可能なのか
・自分はどれだけ年金を受け取れるのか、低年金に陥らないか
・年金制度の公平性は保たれているのか
これらの論点は、個人の属性、またそれに基づく考え方の違い等から意見が分かれている。本稿では、現在の年金制度を解説すると共に、双方の意見を紹介する。

キーワード:年金制度改革、持続可能性、低年金問題、公平性

INDEX

はじめに

 2021年9月における日本の65歳以上の人口は約3,460万人、総人口に占める割合は29.1%と過去最高となった。2040年には35.3%になる見込みである。

 少子高齢化は、老後生活を支える年金の支給水準に影響を与える。年金を負担する現役世代は減少する一方、年金を受け取る高齢者が増えるためだ。国民の間には、年金制度は今後も持続可能なのか、自分はどれだけ年金を受け取れるのか、といった不安が広がる。

 本稿では、まず、年金制度の基礎知識を整理する。次に、公的年金制度を巡る主な議論を、①持続可能性、②低年金問題、③公平性という3つの論点についてまとめる。その際、政府が検討している制度改正の議論も盛り込むこととする。最後に、年金制度の抜本的な改革についての識者の意見を紹介する。

 ただし、本稿は2023年3月20日時点での情報を基にしていることにご留意いただきたい。

1.年金制度の仕組み

 

 個人の属性ごとに加入する(できる)年金の種類や、年金の受給要件などについて説明する。

1-1.年金制度の体系

 人生の中で、自分や家族の加齢、障害、死亡など、自立した生活が困難になるリスクは多々ある。こうしたリスクに国民全体で備えるのが社会保険であり、年金制度も該当する

 年金制度は大きく「公的年金」と「私的年金」の2つに分類できる。

 公的年金には、20歳以上60歳未満の全員に加入が義務付けられている「国民年金(基礎年金)」と、雇用されている70歳未満の人が原則加入する「厚生年金」がある。いずれも、現役世代が支払った保険料を高齢者などの年金給付に充てる「世代と世代の支え合い」の考え方を基本に運営されている。とはいうものの、基礎年金の給付の半分は、政府の財源で賄われている。

 一方、私的年金は企業が独自に制度を設けたり、個人が任意で加入したりする仕組みであり、自分のために積み立てた資金を将来自分が受け取る自助努力が基本となっている。私的年金は大きく分けると確定給付型と確定拠出型の2種類がある。

 確定給付型は、加入した期間などに基づいてあらかじめ将来受け取れる金額を定めており、年金資産の運用責任は事業者が負う。一方、確定拠出型は、拠出した掛金額とその運用収益との合計額を基に給付額を決定する。年金資産の運用の責任は加入者本人が負う。すなわち、運用の結果によって将来受給できる年金額に変化が生じる。

 これらを図にすると、図1のようになる。

図1 年金制度の体系

 自営業者や学生といった第1号被保険者は1階部分の国民年金、会社員や公務員などの第2号被保険者は国民年金と2階部分の厚生年金への加入が義務付けられている。それより上階にある国民年金基金や個人型確定拠出年金は任意加入、企業年金も企業の福利厚生制度によるため、個々人によって加入状況は異なる。

 表2はこれら各種年金の概要をまとめたもの。

表2 年金の種類と概要

1-2.公的年金が支給される3つの要件

 公的年金が支給される要件は3つ(表3)。年金と言えば老齢年金を思い浮かべるかもしれないが、高齢者にならなくとも年金が支給される場合がある。支給要件が複数生じたとしても、原則として1つの年金の受給を選択することになる。

表3 公的年金の支給要件

2.持続可能性の問題

 

 現在の年金制度は持続可能なのだろうか。「100年安心」の制度であり、今後も公的年金は維持できると主張されるが、専門家の間には、現在厚生労働省が採っている手段だけでは持続可能性はないとの見方もある。

 確定拠出年金などのように自分で拠出(負担)した金額が自分に返ってくる(積立方式)年金の場合、制度維持の問題は発生しない。しかし、世代と世代の支え合いを基礎とする公的年金は負担者と受給者が異なる(賦課方式)。少子高齢化が進んで保険料を納める現役世代が少なくなると、財源となる保険料収入も減少して給付額に満たなくなり、制度を維持できなくなる。

 2004年、厚生労働省は、公的年金制度の長期的な維持を目指した仕組みを導入した。

2-1.政府の2004年の大規模改革

 厚生労働省が導入した手段は以下の4つである。
 ①上限を固定した上での保険料の引き上げ
 ②基礎年金国庫負担割合の1/2への引き上げ
 ③積立金の運用による収入の増加
 ④年金の給付水準を調整する仕組みの導入(マクロ経済スライド)

①上限を固定した上での保険料の引き上げ

 国民年金に加入する人の保険料は、全員一律の金額である。2004年の制度改革で、当時13,300円だった保険料を引き上げ、将来の保険料の上限金額を17,000円とすることを決定した。その後、順次引き上げ、2022年度の保険料は月額16,590円だ。

 他方、厚生年金保険料は、毎月の給与や賞与に厚生年金保険料率を掛けた金額となる。現在の料率は2004年の改革で上限として設定した18.3%(注1)となり、2004年当時の13.5%から5%近く上昇したことになる。なお、厚生年金保険料は労使折半のため、従業員の実際の負担率は9.15%となる(注2)

②基礎年金国庫負担割合の1/2への引き上げ

 基礎年金の給付には、国庫負担として国の税金を使っている。従来、基礎年金の給付費における国庫負担割合は1/3だったが、2009年4月以降1/2に引き上げた。

③積立金の運用による財源の増加

 保険料のうち年金の支払い等に充てなかった分は年金積立金として積み立てている。この積立金を、GPIF(年金積立金管理運用独立行政法人)が市場で運用し、その運用収入を年金給付に活用することによって、将来世代の保険料負担が大きくならないようにしている。2022年3月末時点でのGPIFの積立金残高は約196兆円。

④年金の給付水準を調整する仕組みの導入(マクロ経済スライド)

 保険料等の収入と年金給付等の支出の均衡が保てるように年金の給付水準を調整する仕組み。具体的には、賃金や物価から算出する年金給付額の改定率から、現役の被保険者の減少と平均余命の伸びに応じて算出する「スライド調整率」を差し引くことによって、年金の給付水準を調整する。

 ただし、デフレ時など改定率がマイナスの場合には、マクロ経済スライドによる調整は行わない。そのため、制度導入後、2015年度までマクロ経済スライドを発動してこなかった。その後2019年度と2020年度に発動したが、2022年度は改定率がマイナス(デフレ)のため、マクロ経済スライドを発動していない。

 基礎年金部分は2047年度、厚生年金部分は2025年度に終了するとしている(2019年の財政検証時点)。

2019年の年金財政検証

 厚生労働省は、上記4つの手段に加えて、5年毎に、年金制度が維持可能かどうかの検証(財政検証)を行っている。

 直近に行った2019年の財政検証では、経済成長と労働参加について楽観的なケースから悲観的なケースまで6つのケースに分けて所得代替率(注3)を計算した。所得代替率とは公的年金の給付水準を示す指標で、年金を受け取り始める時点(65歳)における年金額が、現役世代の手取り収入額(ボーナス込み)と比較してどのくらいの割合かを表す。試算の結果、次回の年金財政検証までに下限に設定している50%を下回ると見込まれる場合には、マクロ経済スライドの終了など所要の措置を講じることになっている。

 検証の結果では、経済成長と労働参加が進むケースⅠ~Ⅲでは将来にわたって所得代替率は50%以上を維持できるとし、経済成長と労働参加が一定程度進むケースⅣ~Ⅴでは2040年代半ばに所得代替率が50%まで低下するとみる。経済成長と労働参加が進まないケースⅥでは、2052年度に積立金がなくなると想定している

図4 2019年の財政検証結果

(出所)厚生労働省社会保障審議会年金部会(2019)「2019(令和元)年財政検証結果のポイント」

2-2.政府の取り組みでは十分でないとする意見

 上記で示した厚生労働省の施策だけでは年金制度を持続できないとの意見もある。その理由の1つは、検証で想定する経済前提や金利水準が楽観的ではないかというものだ。ここでは、持続可能性は少ないとする識者たちが主張する対策を紹介する。

①マクロ経済スライドの名目下限措置撤廃

 上述の通り、デフレ時など改定率がマイナスの場合には、マクロ経済スライドによる調整は行われない(名目下限措置)。2004年の改革時点ではデフレは一時的なものと見られていたが、現実は反する結果となった。これが原因で所得代替率が高いまま推移し、過剰給付が続いている。そこで、措置を撤廃することで、給付水準を確実に引き下げ、年金財政の健全化を図る。

 2014年の財政検証時に名目下限措置を撤廃しようという試みはあったが、年金額の支給額が減額になることで国民の反発を買うのではないかという政治的な判断が働き、結局は合意に至らなかった。その後の2019年の財政検証時には議題にすら上がらなかった。

②支給開始年齢の引き上げ

 支給開始年齢を引き上げ、給付の開始時期を遅らせる。総給付額が少なくなるため、年金財政への負担は軽くなる。しかし、国民の理解が得られにくいうえ、就労長期化等との兼ね合いもあるため、定着するにはかなりの長時間かかることが見込まれる。

 この主張に対して、政府からは、世代間の不公平につながるという反論がある。2004年の改革以降、保険料収入や積立金などの財源に見合う程度の給付を行っている。支給開始年齢を引き上げると将来世代1人当たりの生涯給付額が減額、その分現在の高齢者が給付として受け取ることになるためだ。

3.低年金問題

 

 年金制度は持続可能であると同時に、受給者の生活を支えるために給付の十分性が求められる。給付が十分であるかどうか、厚生労働省が参考にしている基準は前項で示した「所得代替率」だ。しかし、実際に個人が将来受給できる年金額は、納付期間や、厚生年金保険料の支払額によって大きく変わる。年金受給額が少なければ、高齢者の貧困を招き、生活保護受給者が増加する。本項では、どのような人が低年金受給者になりやすいのか取り上げる。

3-1.国民年金のみ受給者

 国民年金のみの受給者は、老齢基礎年金を満額受給したとしても月額64,816円(2022年度)。1人当たりの生活費に鑑みると、年金のみを頼りに生活することは非常に難しい

 また、20歳から60歳までの40年間の保険料を全て納めれば満額受給となるが、実際に満額受給できる人は少ない。国民年金の納付率は73.9%(2021年度)であるが、加入者のうち約4割が保険料の免除や猶予の対象である。免除されている人などを含めると、納付率は41.4%まで下がる。

 国民年金のみの受給者には、パートやアルバイトなどの非正規労働者やフリーランスも多く含まれる。その中には、将来生活保護の対象となる可能性のある人々もいる。これでは老後の生活を支える年金制度としての機能を十分に果たしているとは言えない。

3-2.厚生年金受給者

 厚生年金に加入していても、低い年金額しか受け取れないことがある。厚生年金の受給額は、加入している期間と納めた保険料を基に決まる。現役時代に高所得であればより高額の保険料を納め、高齢者になった時により多くの年金を受給できる。現役時代に低所得であれば低貯蓄になり、高齢者になった時の年金も少ない。

 低年金リスクが特に懸念されているのは女性である。雇用環境や賃金は依然として男女間の格差があり、保険料を支払う能力が低いとされるためだ。実際、2020年度における厚生年金受給者の平均年金月額(基礎年金額を含む)は、男性は約16万5千円、女性は約10万4千円であった。また、2018年において、65歳以上の男性の相対的貧困(注4)率16.3%に対し、女性の同比率は22.9%との調査もある。単身の女性も増えており、将来、配偶者の年金に頼れないことから、今後も相対的貧困率が上昇する懸念がある。

3-3.まとめ

 マクロ経済スライドが発動し、年金の支給額を抑制する仕組みが働くことで、年金は財政的に維持されるかもしれないが、一部の人々の生活が成り立たなくなる可能性が高まる。

 現在、政府部内では、厚生年金の適用拡大が検討されており(後述)、現在第1号被保険者に該当している人も、厚生年金に加入できるように道を作ろうとしている。被雇用者が厚生年金に加入できれば、将来受け取れる年金額は増加するだろう。

 しかし、仮に厚生年金に加入できたとしても、低年金になる可能性は否定できない。厚生年金の支給額は現役時代の賃金に比例しているため、一般的に賃金が男性よりも低いとされる女性はその可能性が高い。男女間の賃金格差是正も求められる。

 このような年金格差、低年金問題を解消するためには、iDeCoなどを用いた自助努力、長寿化が進む中でのワーク・ロンガー(work longer)が必要になると説く識者は多い。

4.公平性の問題

 

 公的年金は約80年前に発足した制度であり、発足当時と現在とでは状況が変わっている。負担者同士、もしくは受給者同士での公平性を期すため、随時制度改革を実施しているものの、いまだに争点は多い。本項では公平性の観点から争点となっている①専業主婦(主夫)が該当する第3号被保険者制度、②60歳以降の勤労者が該当する在職老齢年金制度について取り上げる。

4-1.第3号被保険者制度

 1985年の年金改革以前、国民年金は全員加入の制度ではなく、民間サラリーマン等の妻(専業主婦)は夫の年金で保障することとされ、国民年金への加入は任意であった。しかし、国民年金に任意加入していない妻が離婚した場合には年金を受給できないという問題や、任意加入するか否かによって世帯としての年金水準に差が生じるという問題があった。この問題を解決するためにできたのが、第3号被保険者制度である。

 第3号被保険者とは、第2号被保険者(会社員や公務員)に扶養されている20歳以上60歳未満の配偶者で年収が130万円未満の人のことをいう。保険料は、配偶者が加入している厚生年金などが一括して負担し、仮に20歳から第3号被保険者に該当していれば、国民年金保険料を直接負担しなくても65歳以降に約78万円(2022年度)の基礎年金の受給資格を得る。年収130万円を超えると自分自身で社会保険に加入しなければならなくなり、年金保険料の負担義務が生じる。それゆえ、「130万円の壁」と呼ばれている。ただし、2016年10月以降は厚生年金の適用範囲が拡大し、第3号被保険者の数は減っている(注5)

 以下、本制度に反対する意見(=廃止すべき)と、賛成する意見(=維持すべき)の根拠を整理する。

<制度反対派の意見>

①女性のライフスタイルが変化し、専業主婦が減って共働き世帯や単身世帯が増えた。自営業者や被用者・従業員を含む勤労者は保険料を直接負担しているのに対し、専業主婦は保険料を払っていない。個人負担がないにもかかわらず基礎年金が給付されるのは不公平だ。
②第1号被保険者の配偶者は、第3号被保険者同様自分の収入がなくても保険料を直接負担している。
③パート労働の専業主婦(主夫)の中には第3号被保険者から外れないよう、年収を規定水準以下に収めるために労働時間を調整する人もおり、その人たちの就労を妨げている。

<制度賛成派の意見>

①片働き世帯と共働き世帯の世帯年収が同じだった場合、共働き世帯は基礎控除を2人分受けられるなど税制等による違いで片働き世帯の方が手取りは少なくなる。第3号被保険者制度の廃止はこの差を助長する。
②第3号被保険者制度を廃止してしまうと、自身の病気やケガなどで、就業したくてもできない事情を抱え、保険料を支払えない人たちが年金を受給できなくなる。そのような人たちが年金を受給できるように保険料を負担させるというのもおかしな話だ。
③離婚時には第3号被保険者期間に第2号被保険者が支払った厚生年金の半分が無条件に配偶者の持ち分となる。これは、夫婦2人で「共同負担」していると言え、第3号被保険者が負担をしていないというのは間違いだ。

<まとめ>

 まず、反対派は第3号被保険者1人、賛成派は第3号被保険者の世帯、という具合に焦点の当て方が異なるのが特徴的だ。その他、反対派の意見③や賛成派の意見②のように、全く異なる視点からの意見も出ている。

 一方で「平等」を理由にしている点は共通している。しかし、反対派は応益負担の考え方から第3号被保険者も年金保険料を支払うべきだという平等を主張するのに対し、賛成派は税制なども含めた年金以外の事象も踏まえた結果の平等を主張しているといった違いがある。

 ただし制度賛成派の中には、厚生年金の適用拡大による第3号被保険者制度の縮小に賛成している識者もいる。廃止ではなく厚生年金の適用拡大が現実的な賛成派・反対派の折衷案となろう。適用拡大の基準については現在も検討がなされており、議論内容については後述する。

4-2.在職老齢年金制度

 60歳以降に働きながら受ける老齢厚生年金を在職老齢年金という。通常の老齢「厚生」年金との違いは、厚生年金の基本月額(年額を12で割った額)と総報酬月額相当額(毎月の賃金と1年間の賞与を足して12で割った額)の合計額が47万円を超える場合、47万円を超えた金額の半分が厚生年金の基本月額から支給停止される点だ。ただし、老齢「基礎」年金は全額支給される。

 <例>
 厚生年金の基本月額15万円、総報酬月額相当額40万円の場合、
 支給停止額:(15万円+40万円-47万円)÷2=4万円
 そのため、在職老齢年金として受け取れる厚生年金額は15万円から4万円を引いて毎月11万円となる。

<制度反対派の意見>

給与所得のみが計算の対象となっており、運用益などの資産所得を対象としていない点は不公平だ。
②65歳を超えても働く人が増えている中で、働くと年金が減ってしまうこのような制度は高齢者の就労意欲を阻害する原因となる。

<制度賛成派の意見>

①元々老齢年金は収入の(少)ない高齢者の生活を保護する社会保険の制度である。収入があれば生活不安も和らぐはずであり、公的年金の支給額が減るのは当然である。
②一部の人への支給を減らすことで年金財政への負担も小さくなる。

<まとめ>

 年金制度の趣旨に鑑みると、生活不安のない高齢者の年金額を減らす、というのは至極まっとうな意見だ。しかし、少子高齢化が進む日本においては、高齢者も重要な労働力。制度を維持した場合、年金制度の枠を超え、日本経済全体を視野に入れると、マイナスの影響を与えかねないのも事実である。

 これらの意見の調和を図るため、2022年に支給停止基準額を28万円から47万円へと緩和した。47万円という基準が妥当なのかどうか、妥当でない場合は追加の緩和もしくは規制をする必要がある。

5.制度改革に向けた論点

 

 2025年の次期年金制度改革に向けた議論が始まっている。主に、①国民年金の保険料拠出期間の延長、②基礎年金と厚生年金のマクロ経済スライドの終了時期統一、③厚生年金の適用拡大の議論がなされると思われる。

 2024年に予定する財政検証に向け、厚生労働省の社会保障審議会の年金部会では制度の見直しを議論する。2024年末までに結論を出し、2025年の通常国会に法案の提出を目指す。想定される制度改革の主な論点は以下の3つだ。

①国民年金の保険料拠出期間の延長

 現状の納付年数は20歳から60歳までの40年だが、65歳まで延長し、その分給付を厚くする。段階的に延長するのか、一気に延長するのかどうかは決まっていない。

 5年で100万円程度保険料支払いが増えることから、ネット上などでは批判の声が多く上がっている。また、3号被保険者は負担が全く増えないうえに給付水準が上がる。第1号被保険者たちからの批判も免れない。

 しかし、男性の平均寿命が65.32歳だった60年前から、20歳から60歳まで納付という組み立てであり、男性の平均寿命が81.47歳(2021年)まで伸びた現在、おかしなことではないとの意見もある。

 いざ実施するのであれば、国庫負担金が単純計算で40分の45倍になるため、併せて税制改正も検討されるべきだろう。

②国民年金と厚生年金のマクロ経済スライドの終了時期統一

 現在のマクロ経済スライドは厚生年金の方が基礎年金よりも早く終了する予定。国民年金の方がマクロ経済スライドの期間が長くなるため、給付水準の低下が大きい。低下を緩やかにするため、相対的に財源が豊かな厚生年金から国民年金へ拠出する。その結果、マクロ経済スライドの終了時期が、厚生年金は後ろ倒し、基礎年金は前倒しとなり、一致する。

③厚生年金の適用拡大

 加入対象の範囲を広げ、給付の底上げや年金財政の安定化につなげる。現在は従業員が101人以上の企業のパートは厚生年金の加入対象で、24年10月に51人以上まで拡大する方針だ。基準となる賃金(130万円か106万円)を下げることは、国民年金のみ受給者との公平性が損なわれることから実施される可能性が低い。第3号被保険者から第2号被保険者になることで、被保険者の自己負担は増える可能性もあるが、将来の年金額は手厚くなる。一方で、厚生年金の保険料は労使折半であるため、事業主のコストは増えてしまう。事業主からの反対も大きい。具体的には、従業員が50人以下の企業に勤めるパートの扱いや、個人事業所のうち現在は加入義務がない飲食サービスや旅館などに焦点が当たっている。

6.年金制度の抜本的な改革案

 

 年金制度を持続可能にするためには小手先の改革ではなく、抜本的な改革を断行するべきだと主張する識者は少なくない。ここでは、政府が年金制度改革の具体案として取り上げたことはないが、これまでに話題になった主な提案を示す。

6-1.基礎年金の全額税方式

 基礎年金部分の財源を、保険料方式から税方式へ移行すべきとする提案である。提案者の一人に、日本総研の西沢和彦主席研究員がいる。主な内容は以下となる。

 1階部分の基礎年金の財源は全額税金にする。給付額は、生活の最低水準を保障する金額とし、一定の年齢に達した全国民へ一律の金額を配る。

 2階部分の厚生年金は、負担と給付が報酬比例である現在の制度を維持する。ただし、被雇用者であれば正規・非正規の区別なく厚生年金に加入できるようにする。

 基礎年金の財源を保険料から税金へ移行するのには、保険料を支払わない未納や未加入による財源不足の問題を解消する意図がある。また、現行制度のように厚生年金保険料のみを支払って基礎年金と厚生年金を受給するという仕組みでなく、厚生年金制度のみで給付と負担が対応するという点もメリットだ。国民年金保険料がなくなるため、厚生年金の保険料率は12~13%へと下がると試算される。

 他方、これまで第3号被保険者など自身の所得がない場合には基礎年金のみの支給となる。基礎年金の支給額は、貧困ラインの水準を想定している。そのため、老後の生活が困難な人には毎年所得額を確認したうえで最低所得保障を上乗せするとしている。

6-2.所得比例方式

 基礎年金を廃止し、所得比例年金に一本化する方式である。これは、スウェーデンで実施された年金改革をモデルで、2010年頃に民主党が提案していた。主な内容は以下となる。

 1階部分の基礎年金を廃止し、2階部分の厚生年金は1つに統合する。
 全国民から所得に応じた保険料を徴収する。

 所得比例で課される年金保険料は、自営業者などの場合は本人が全額支払い、被雇用者の場合は企業との折半、無職などで所得がない人は、保険料がゼロとなる。

 給付は現役時代の平均所得と加入期間に応じて行う。年収が低い人は将来受け取れる年金額も低くなるが、そのような場合には税金を財源として最低保障の年金を支払う。

 この方式においては所得の捕捉が肝となる。捕捉が不正確の場合、実際には負担能力があるのに保険料を支払わずに最低保障年金を受給するフリーライダーが出る可能性があるからだ。これについては、マイナンバー制度を活用することで、技術的には対応可能である。

 他方、最低額の給付が保障されてしまうため、労働意欲減退の問題は避けられない。

表5 現行制度との比較

6-3.国の支援を受けた自助努力方式

 公的年金の給付金額の補完として、積立方式の私的年金制度を充実するもの。これは、ドイツで導入された積立方式の企業・個人年金(リースター年金)を参考にした提案となる。主な内容は以下となる。

 国庫補助と税制の優遇措置を与えた企業・個人年金制度を創設する。

 ドイツのリースター年金は、任意加入の制度であり、日本でいう確定拠出年金に相当する。日本の場合には税制優遇措置は行われているが、ドイツでは、税制優遇措置の他、国庫による助成金支給も行っており、いずれか有利な方が適用される。すなわち、高所得者に対しては税制優遇、低所得者に対しては手当による助成によって加入を促進している。

 ただし、私的年金に加入するメリットがあったとしても、全員が加入するとは限らない。特に低所得者は現在の生活を優先し、加入する割合は低くなると思われる。普及・拡大の観点からは、個人への働きかけのみならず、企業年金の活用も重要になるであろう。

7.年金保険料支払いと年金受給の関係

 

 前述の通り、公的年金は世代間の支え合いであり、社会保険である。本来なら年金保険料の納付額と受給額は損得計算をする対象ではない。しかし、何年受給すれば元が取れるのか気になるという声も多いことから、今までの年金保険料納付額と年金受給見込み額を確認できる方法を説明する。

 公的年金においては保険料納付額と受給額から損得を計算するという考え方は馴染まない。公的年金は、将来自分が年金を受給するときに必要となる財源を現役時代の間に積み立てておく「積立方式」ではなく、年金支給のために必要な財源を、その時々の保険料収入から用意する「賦課方式」で運営しているためだ。加えて年金は、親の扶養負担が寿命や兄弟の数などで変化したり、自身が想像以上に長生きしたりという誰が負うかもわからない大きなリスクを社会全体で支える社会保険。また、火災保険などのように保険商品は一般的に「支払う保険料>保険金」である。

 しかし、年金の負担が増える一方で、受給額が減ることが予想されており、老齢年金で元を取るにはどのくらいの期間受給すればよいのか気になる人も多いだろう。年金の受給額は給与(会社員の場合)や保険料の納付期間等によって変化するうえ、その計算方法も複雑であり、個々人で算出するのは難しい。

 そこで自身の年金の記録を確認するためのものとして、毎年誕生月に送付される「ねんきん定期便」がある(図6)。そこには累計の保険料納付額や、これまでの加入実績に応じた年金額の記載があり、現在の年金制度(給付水準)の下では何年間の受給で元が取れるのか、計算できる。

 また、表面右下の二次元コードを読み込むと、将来の年金受給額を試算できるページへと飛ぶことができる。

図6 「ねんきん定期便」のサンプル

(注)50歳未満の場合のサンプルであり、年齢によって様式は異なる。
(出所)日本年金機構(2022)「「ねんきん定期便」の様式(サンプル)と見方ガイド(令和4年度送付分)」

 老齢年金には繰上げ受給、繰下げ受給という制度があり、原則は65歳からの受給が始まるところ、希望すれば受給開始年齢を60歳から75歳まで変更することができる。利用した場合、変更した期間に応じて年金額が増減するため、この制度を使うと将来の受給額が変化する。

表7 繰上げ受給、繰下げ受給の概要

 自身の年金の損得の他、世代間格差が気になる人もいるだろう。少子高齢化によって負担と受給の関係が変化しており、現役期の保険料支払いと「平均寿命までの」現在価値を把握すると、ある世代以降は支払い損になるとの認識は現役世代の年金制度に対する不満につながっている。

 この考え方についても反論を述べる専門家がいる。「平均寿命」までに一生を終えるか、それよりも生きるかは結局個々人によるところであり、より生きた場合のリスクをヘッジするのが年金である。平均寿命は基準にはならない、とする見解だ。

参考文献


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引用を行う際には、以下を参考に出典の明記をお願いいたします。
(出典)NIRA総合研究開発機構(2023)「年金の基礎知識と制度改革の論点」政策共創の場No.2

脚注
1 実際に支払う保険料は年収のちょうど18.3%になるとは限らない。月々の給与にかかる保険料は、その年の4月から6月の3ヵ月間の給料の月平均額を1から32の等級に分けた「標準報酬月額」を基に算出される。等級は32が上限で、標準報酬月額が635,000円を超えれば、それ以上の収入があっても厚生年金保険料は変わらない。賞与については、税引き前の賞与の額から千円未満の端数を切り捨てた値の18.3%が保険料となる。1回の賞与につき150万円が上限とされ、それ以上賞与を得ていた場合でも150万円とされる。
2 厚生年金が国民年金の費用も負担するため、厚生年金加入者が国民年金保険料を「直接」納めることはない。
3 夫が平均的収入で40年間就業し、妻がその期間全て専業主婦であった世帯を標準世帯として、その世帯の年金受給開始の時点(65歳)の年金額(税・社会保険料込み)が、現役世代の手取り収入額(賞与込み、税・社会保険料除く)と比較してどのくらいの割合かを示す指標。2019年時点での所得代替率は61.7%。
4 その国の文化水準、生活水準と比較して困窮した状態。具体的には、世帯の所得が、その国の等価可処分所得の中央値の半分に満たない状態。
5 従業員数101人以上の企業(2024年10月以降は51人以上の企業)に務めている場合、①週の所定労働時間が20時間以上、②月額賃金が8.8万円以上(年間だと約106万円)、③2か月を超える雇用の見込みがある、④学生ではない、という条件を満たす短時間労働者は厚生年金の加入対象者となる。

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