企画に当たって

柳川範之

企業を超えた社会全体の構造改革を

規制を見直し、経営者マインドへ働きかけよ

柳川範之

NIRA総合研究開発機構理事/東京大学大学院経済学研究科教授

KEYWORDS

実質賃金、労働生産性の上昇、幅広い構造改革、具体論の掘り下げ

 「賃上げ」という言葉がキーワードになり、政策の大きな目標になって久しい。もちろん、働く側の立場なら賃金上昇によって所得が上がっていくことはうれしいことだが、経済全体で賃金、特に実質賃金を引き上げていくことは、なかなかに容易なことではない。今回の「わたしの構想」は、各分野の専門家の方々に、実質賃金を引き上げていくうえで重要と考える点について、貴重な指摘をしていただいた。まずすべての方々が異口同音に指摘していたのは、労働生産性の引き上げが必要だという点である。持続的に実質賃金を引き上げていくためには、労働生産性が上昇していくことが不可欠となる。それでは、何をすることが、労働生産性の上昇につながるのだろうか。

大企業の投資を促進し、働くインセンティブを高める

 伊藤恵子・千葉大学大学院社会科学研究院教授は、大企業の投資促進が、実質賃金上昇のカギだと指摘する。日本では大企業の無形資産への投資が増えていない。そのため、人的資本や組織改革に向けた投資が増えていないことが労働生産性の上昇を妨げていると主張している。その裏側には、労働者のスキルを企業内や労働市場で評価する仕組みが確立していない構造があるという。また、中小企業の投資も、伸びている企業をもっと支援できる制度に改めていくべきだと主張している。

 横山泉・一橋大学大学院経済学研究科教授は、労働生産性を引き上げるためには、企業の供給力を強化し、中長期的成長を促すことが不可欠だと指摘する。そのためには、働くことのインセンティブを高める制度設計をすることが重要であり、「年収の壁」の見直しなど労働供給の抑制を招く制度的・慣習的要因をなくすことが必要と主張している。また、非認知能力まで判断できるような総合適性検査等を有効活用する等によって、仕事と労働者のミスマッチを是正することが大切だと述べた。

企業のリスクテイク促進、研究開発者のマネジメント見直しを

 野間幹晴・一橋大学大学院経営管理研究科経営管理専攻教授は、生産性を上げるための方策として、企業がリスクテイクする構造をつくっていくことの重要性を指摘している。そのためには、企業の流動性を高めることが必要だとして、企業の新陳代謝が起きにくい現状の問題点を挙げている。加えて、企業のリスクテイクをしっかり支える方向で資本市場を整備すべきだとする。さらには、企業側だけではなく、労働市場の流動性を高める必要性や、経営者のアニマルスピリッツを高める仕組みづくりの重要性も強調している。

 吉岡(小林)徹・一橋大学大学院経営管理研究科経営管理専攻准教授は、企業内において、研究開発、特に研究開発者のマネジメントが高度化できていない点を問題視している。非連続的なイノベーションを引き起こすためには、少数の精鋭人材が活躍する必要があるとして、研究人材の実働と活躍の場を増やして、「ハイリスクに挑戦する経営」をしていくことが重要だと述べた。さらには、政府が企業の退出と再挑戦を後押しすることもイノベーションを引き起こし、生産性を引き上げるうえで必要だと指摘している。

 安川健司・一般社団法人日本経済団体連合会イノベーション委員長/アステラス製薬株式会社代表取締役会長は、研究開発だけでなく、それを素早く社会に実装するための環境づくりの重要性を強調する。社会実装を活性化させるための異業種間および組織横断的連携が重要であり、そのためには縦割りを排した組織改革によって研究マネジメントの見直しを大胆に行う必要があるという。それを実現するためにも、よりフレキシブルな雇用慣行を築き、「産学往還」を当たり前にする必要があると主張する。さらには時流に合わない規制や、収益化に消極的な大学の姿勢が生産性の向上を妨げている可能性があるとする。

改革を誰がどのように実行するのか、具体論の掘り下げを

 このような議論から浮かび上がってくるポイントは大きく分けて2つあるだろう。1つは、実質賃金を持続的に上昇させていくためには、労働生産性を引き上げていく必要がある。が、そのためには、狭い意味で、労働者の能力向上を目指すだけでは不十分だという点である。識者の方々が指摘しているように、そこには、企業側の課題あるいは経済全体のマインドや制度的課題が存在する。したがって、企業全体のマインド、社会全体の規制、市場環境といった、より幅広い構造を変えていく必要がある。

 もう1つのポイントは、どのように実行するかが、やはり重要なカギだという点である。改革の方向性や変えていくべき形が明確になったとしても、それをどう実行するのか、誰がどのようなプロセスで動かすのかが明確でないと変革はなかなか進められない。その意味において、実質賃金引き上げという、一見すると企業の課題とみえるものであっても、政治的な実行力をいかに高め、必要な変革をどう引き起こしていくかという、現実的な具体論の掘り下げの重要性が、識者の方々の議論から明らかになったといえるだろう。

識者に問う

実質賃金の低迷を巡る現在の政府の対応をどう考えるか。日本の実質賃金の上昇に向けて必要な取り組みは何か。

伊藤恵子

先端技術、人的資本への投資で、中長期の生産性を高めよう

伊藤恵子

千葉大学大学院社会科学研究院教授

KEYWORDS

中長期の労働生産性、大企業の投資促進、無形資産

 日本の国際的プレゼンスの低下に強い危機感を持っている。足元の政策議論は減税や給付など短期策ばかりだが、心配なのは明日の日本ではなく、10年、20年先の日本の成長だ。そのためには、先端技術や人的資本に投資を行い、中長期の労働生産性を高められるのかが最大の課題だ。労働生産性を上げなければ、実質賃金は上がらない。

 「骨太方針2025」には賛同するが、大企業の投資を促進させる方策が欠けている。大企業は従業員数では全体の3割だが、国のGDPでは大きなシェアを占める。大企業が積極投資して成長しなければ、経済のパイは大きくならず、中小企業や非市場型サービスの賃上げも進みにくい。大企業の手元資金をいかに投資に向かわせるかが、賃金の今後にも関わる。

 欧米でも物的投資は増えていないが、日本がとりわけ大きく異なるのは、無形資産への投資だ。日本企業は、情報化や研究開発への投資停滞に加え、この30年、人的資本や組織改革に向けた投資を怠り、むしろ減らしてしまったことは大いに反省すべきだ。その背景には、労働者のスキルを企業内や労働市場で評価する仕組みが確立されていないことがあるのだろう。OECDの国際成人力調査(PIAAC)でも、日本は教育で得たスキルを仕事で生かせていない人が多い、との結果がある。海外で学んだ知見を生かせずに転職してしまい、その事態をみた企業が人的投資に躊躇ちゅうちょすることが起きている。獲得したスキルを職務で生かし、その仕事が正当に評価され、報酬に結びつく仕組みがなければ、人的資本投資は進まない。

 中小企業にも、制度設計で工夫すればやれることがある。現行制度では、企業が成長して「中小」の定義から外れると支援を失うため、中小にとどまる誘因になりかねない問題がある。中小企業への支援は、従業員数や資本金の規模基準ではなく、伸びている企業を支援できる制度に改めるべきだと考える。また、新規の研究開発は大企業より中小企業やスタートアップの方が取り組みやすい。開発や実用化が遅れがちな医薬品・自動運転・デジタル/AIでは、特区を活用して新技術を大胆に試せる環境を整え、そこに中小企業も参画して成長できる土壌をつくることも有効だろう。アジアの企業や外国人の参画を促すのも重要だ。

 これまでは過去の遺産でやってこられたが、技術は急速に変化しており、いつまでも遺産では食べていけない。今こそ長期的視点で抜本的改革を着実に実行するときだ。

識者が読者に推薦する1冊

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ダロン・アセモグル、サイモン・ジョンソン〔2023〕『技術革新と不平等の1000年史』上・下、鬼澤忍・塩原通緒(翻訳)、早川書房

識者に問う

実質賃金の低迷を巡る現在の政府の対応をどう考えるか。日本の実質賃金の上昇に向けて必要な取り組みは何か。

横山泉

働くインセンティブ、企業の生産性を高め、賃上げに循環させよう

横山泉

一橋大学大学院経済学研究科教授

KEYWORDS

働くインセンティブ、労働供給を歪めない仕組み、仕事と労働者のミスマッチ

 国民からの理解と信頼を得られない限り、政府はどんな政策を打っても期待通りの結果を得ることはできない。物価高騰が続く中、人々の関心は遠い先の年金ではなく、「明日の手取り」に向けられ、税や社会保険料の支払いへの抵抗感が増大している。こうした状況で「社会保険への加入で将来受け取る年金給付は増額される」と政府が伝えたところで響かず、人々は目先の保険料負担を重く感じ、被扶養者の「第3号」にとどまることを選択する。労働力の確保が喫緊の課題となる中で、これでは彼らの労働供給を十分に確保できない。

 また、政府は「賃金を上げる」ことを方針として強く打ち出しているが、賃金上昇は企業にとって直接的なコスト増大であるため、賃金を上げるには併せて労働者の生産性も上がる必要がある。だが企業が中長期的に成長していなければ、生産性の向上自体が実現不可能だ。その意味でも供給力を強化し、成長につなげることが重要だ。その方法をいくつか紹介する。

 第1に、働くことのインセンティブを高めるために、「国の支え手を支える」制度設計にすることである。例えば、米国のEITC(注)のように働く個人にこそ給付が払われるという仕組みにしたり、所得減税や、所得税の最高税率を小さくすることで、働き手として頑張る個人が、このまま日本で働くモチベーションをencourageすることが必要である。

 第2に、労働供給の抑制を招く制度的・慣習的要因をなくす。諸々もろもろの「年収の壁」の見直しを通じて、働くインセンティブを最低でもがない、労働供給をゆがめない仕組みとする。

 第3に、仕事と労働者のミスマッチの是正だ。魅力ある企業ほど従業員とのミスマッチが起き、パフォーマンスが発揮されない傾向があることがYokoyama et al.(2024)で示された。つまり、誰もが知るような大企業ほど、内定をもらって、企業風土などが自分に合わないと内心自覚しつつも「辞退するのはもったいない」と内定を承諾する人が相当数いるのである。その結果、就職後、彼らの生産性は低くなる。その場合、内定を出す企業の方が、むしろマッチングを十分に考慮して内定の判断を行う必要がある。そのためには、情報の非対称性をなくすような、非認知能力まで知ることができる総合適性検査などの有効活用が必至である。

 不況下でも景気対策に終始せず、中長期の成長力の強化を行っていくためにも、まずは現在の労働力や潜在的労働力の有効活用に加え、中長期的な供給力強化が重要と考える。

 (注)税額控除に加え、控除しきれない額は給付を支給。その結果、一定所得までは賃金率増加と同等の効果を持つ。

(参考)
 Izumi Yokoyama, Takuya Obara, Arisa Shichijo Kiyomoto, Kaichi Kusada, Kazuma Edamura, and Tomohiko Inui, “Endogenous Decisions on Acceptable Worker-job Mismatch Level and the Impact on Workers’Performance,Japan and the World Economy, Volume 72, 101283, 2024.

 Reo Takaku and Izumi Yokoyama, “What the COVID-19 School Closure Left in Its Wake: Evidence from a Regression Discontinuity Analysis in Japan,” Journal of Public Economics, Volume 195, 104364, 2021.

識者が読者に推薦する1冊

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小野浩〔2024〕『人的資本の論理―人間行動の経済学的アプローチ』日本経済新聞出版

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実質賃金の低迷を巡る現在の政府の対応をどう考えるか。日本の実質賃金の上昇に向けて必要な取り組みは何か。

野間幹晴

企業がリスクテイクし、成長期待の高い投資をする環境を

野間幹晴

一橋大学大学院経営管理研究科経営管理専攻教授

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企業の流動性、資本市場の整備、人材の流動性、アニマルスピリッツ

 日本では、政府の補助金政策により、企業の新陳代謝が低下している。最低賃金の引き上げは、最低賃金を支払えない企業の退出を促すという点で評価できる。他方、政府が行っている賃金引き上げの要請では、生産性を上げ、競争力を強化することは困難だ。先に金銭的なギフトを与えて労働者に生産性の向上を促すやり方は「ギフト理論(贈与交換理論)」と呼ばれる。しかし、生産性が向上しない限り、継続的な賃上げは実現しない。課題の本質を見極め、次の3つの政策を進めることが求められる。

 第1に、企業の流動性を高めることだ。日本は、世界の中でも長寿企業が突出して多い。裏返すと、企業の新陳代謝が起きにくいことを意味する。その理由は、企業年金の受益者保護が強いからだ。2010年の日本航空の会社更生手続きでは、金融機関の債権の87.5%が放棄されたが、企業年金の減額は約4割にとどまった。欧米では、企業に代わって年金給付を保証する支払保証制度が主流となり、企業が市場から退出しやすい。

 第2に、企業のリスクテイクを支える資本市場を整備することだ。日本の資本市場では、上場企業でも赤字が続いていると、資金調達は容易ではない。米国では上場企業の約3割が赤字だが、赤字企業でも資金調達が可能である。プライベートエクイティや社債市場の質、量がさらに整備されることで、企業のリスクテイクが後押しされるであろう。

 第3に、労働市場の流動性を高めることだ。現行の解雇規制は労働者を保護する仕組みである。しかし、収益悪化時に人員調整が困難なだけでなく、新しい産業に人材が供給されにくい。労働市場の流動性を向上し、人的資本投資を促進する仕組みが重要だ。

 企業が取り組むべき課題もある。日本企業の企業価値低迷の真因は、成長に向けた投資が不十分な点にある。経営者のアニマルスピリッツを高める仕組みが欠かせない。そのためには、経営者報酬をTSR(Total Shareholder Return)に連動させるなど、株主との利害が一致したインセンティブ制度の導入が期待される。アニマルスピリッツにあふれる経営者が不可欠なことは、言うまでもない。

 政策による企業の新陳代謝の促進と、企業経営のリスク志向への転換が相まって初めて、日本経済が成長軌道に乗る。政府と企業の双方がそれぞれの責務を果たす必要がある。

識者が読者に推薦する1冊

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野間幹晴〔2020〕『退職給付に係る負債と企業行動―内部負債の実証分析』中央経済社

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実質賃金の低迷を巡る現在の政府の対応をどう考えるか。日本の実質賃金の上昇に向けて必要な取り組みは何か。

吉岡(小林)徹

経営者は研究開発者をマネジメントできているか

吉岡(小林)徹

一橋大学大学院経営管理研究科経営管理専攻准教授

KEYWORDS

企業のイノベーション活動の2極化、研究者のマネジメント、公的支援によるゾンビ化

 日本は、イノベーションを「している企業」と「していない企業」との2極化が明確になっている。新製品を出す企業の割合は2010年代にかなり低下してしまった。中規模以上の企業で、過去3年間に新製品を出したのは4社に1社にすぎない。特許を出した「発明者」の数はピーク時の約3分の2まで縮小し、しかも過半数が「発明活動に充てる時間は2割以下」と答える。発明者数が右肩上がりの米国とは対照的だ。

 実は、政府統計でみると、企業に所属する研究者の数は増加している。なぜ、それらの人材が実働できていないのか。問題はマネジメントの拙さだろう。研究開発者のマネジメントは高度化している。経営者は「イノベーションは大事」と口先では言うが、旧態依然のマネジメントにとどまり、実質的にはイノベーションに人を投じられていないのではないか。

 イノベーションに従事する人材を厚くすることに加え、非連続的なイノベーションを起こすには、それを実現し得る少数の精鋭人材が活躍する必要がある。「皆同じに」という横並びの組織風土では、従業員はリスキリングなどの自己研鑽けんさんにも消極的なままで、新しいことに挑戦する人の足をも引っ張ってしまう。企業はデフレ期のコストカット志向を改め、研究人材の実働と活躍の場を増やし、「ハイリスクに挑戦する経営」をしていくことが必要だ。

 政府も問題の本質を認識すべきだ。公的支援が「ゾンビ企業」の延命につながっていないか。ゾンビ企業を延命させると、せっかく企業がイノベーションを起こして新製品を出しても、ゾンビ企業の既存製品と競合して熾烈しれつな価格競争に巻き込まれてしまう。こうした価格競争はイノベーションを阻害し、産業全体の活力を失わせる。活発なイノベーションに必要なのは、程よい競争と新陳代謝が働く土壌である。これまでの産業政策の検証が求められる。

 一方、経営者個人が会社の連帯保証人となる「経営者保証」の見直しが行われたことは、廃業を容易にして企業の新陳代謝を促す上で歓迎できる。1度事業に失敗しても、教訓を生かして新たに挑戦できる環境があれば、企業の新陳代謝を促せる。

 政府の政策が企業の退出と再挑戦を後押しし、企業が研究開発の人的マネジメントの高度化を通じてリスクある事業に挑戦する。この2つが両輪となれば、研究開発投資がイノベーションに結び付く。

識者が読者に推薦する1冊

識者が読者に推薦する1冊

特集:進化するビジネスモデル―未来を切り開く戦略思考『一橋ビジネスレビュー』2025年夏号 Vol.73 No.1

識者に問う

実質賃金の低迷を巡る現在の政府の対応をどう考えるか。日本の実質賃金の上昇に向けて必要な取り組みは何か。

安川健司

異業種連携でイノベーションを起こし、社会実装を速める改革を

安川健司

一般社団法人日本経済団体連合会イノベーション委員長/アステラス製薬株式会社代表取締役会長

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異業種連携、組織改革、スピーディーな社会実装

 企業単位では、小さなアイデアを組み合わせ、また、既存の技術を新たな分野に転用することで、新規の商品を作ることが可能だ。わが国の企業の研究開発・技術レベルが必ずしも欧米に劣後しているとは思えない。ただ競争に勝つには、継続的にアイデアを創出し、素早く社会実装する環境が求められる。

 社会実装を活性化させる柱の1つが、異業種連携である。身近な好例に、東京医科歯科大学と東京工業大学を統合した東京科学大学の設置がある。「医工連携」、工学を医療・ライフサイエンスへ応用するという発想だ。弊社も電機メーカーと協業し、手作業に伴う「ばらつき」を排除することで細胞製造の正確性・再現性・成功確率の大幅な改善に取り組んでいる。

 企業内でも同様で、多機能が協働し、各部門を横串で貫くプロジェクトの成功こそが、社会実装へのカギとなる。そのためには、組織改革で研究マネジメントの見直しを大胆に行わねばならない。従来の縦割り部門のまま部門責任者の意見の調整に時間を要するようでは、開発が迅速に進まない。弊社では、意思決定をプロジェクトリーダーに1元化し、各部門の上長は人材の育成と供給に責任を持つこととした。また、雇用制度改革も重要だ。産業分野によっては、今や高度人材はすでに終身雇用ではなく、プロジェクト/プロダクトを起点に世界から最適人材を確保する時代となっている。大学も企業も、よりフレキシブルな雇用慣行を築くなど「産学往還」を当たり前にしなければ、優れた人材は海外へ流れてしまう。

 一方、スピーディーな社会実装という点で、政府と大学が抱える課題は大きい。まず政府には、世界標準と整合せず時流にそぐわない規制の見直しを求めたい。業界によっては日本の規制の下で研究開発が円滑に進まない場合、最先端の研究開発を海外で実施せざるを得ない。現行の科学的知見に照らし規制を迅速に撤廃・更新すべきだ。次に大学だが、数多くの優れたアイデアを生み出す一方、「営利は学問と相いれない」という価値観が根強いとの見方もあり、研究からのスピンアウトや収益化に消極的な姿勢がみられるのではないか。

 今、われわれに求められているのは、長期的・巨視的な観点から、日本の未来を描くことだ。少子高齢化・人口減少、そして資源に乏しい日本がいかに外貨を稼ぎ続けるか。そのための基盤となる産業政策を、企業、政治、大学が協働して、構築していかなければならない。

識者が読者に推薦する1冊

識者が読者に推薦する1冊

スティーブン・ピンカー〔2019〕『21世紀の啓蒙―理性、科学、ヒューマニズム、進歩』上・下、橘明美・坂田雪子(翻訳)、草思社

引用を行う際には、以下を参考に出典の明記をお願いいたします。
(出典)NIRA総合研究開発機構(2025)「実質賃金の引き上げ―必要な具体策は何か」わたしの構想No.80

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  • 無形資産投資の対GDP比(2024年)

    無形資産投資の対GDP比(2024年)

    注1)日本は2023年、インドは2022年の値を用いている。
    注2)無形資産には、①デジタル化情報(ソフトウエア、データベース)、②イノベーション財産(研究開発、その他の知財製品〔鉱物資源探査、芸術等〕、工業デザイン、新規金融商品)、③経済的能力(市場調査・ブランディング、運営モデル、プラットフォーム、サプライチェーン、流通網、企業内研修)が含まれる。
    出所)WIPO(2025)“World Intangible Investment Highlights 2025”のFigure 8より抜粋。

    付表

  • 無形資産投資の対GDP比(2024年)

    注1)日本は2023年、インドは2022年の値を用いている。
    注2)無形資産には、①デジタル化情報(ソフトウエア、データベース)、②イノベーション財産(研究開発、その他の知財製品〔鉱物資源探査、芸術等〕、工業デザイン、新規金融商品)、③経済的能力(市場調査・ブランディング、運営モデル、プラットフォーム、サプライチェーン、流通網、企業内研修)が含まれる。
    出所)WIPO(2025)“World Intangible Investment Highlights 2025”のFigure 8より抜粋。

    付表

  • 雇用者1人当たり付加価値の推移(2000年~2024年)

    雇用者1人当たり付加価値の推移(2000年~2024年)

    注)USドル、購買力平価換算。
    出所)OECD, Productivity database(入手経路:OECD → OECD Data Explorer → Economy → Productivity → Productivity database)

    付表

  • 雇用者1人当たり付加価値の推移(2000年~2024年)

    注)USドル、購買力平価換算。
    出所)OECD, Productivity database(入手経路:OECD → OECD Data Explorer → Economy → Productivity → Productivity database)

    付表

  • 企業の開廃業率(2022年)

    企業の開廃業率(2022年)

    注1)企業の開廃業率の算出方法は、国によって異なる点に留意が必要。
    注2)米国は2021年、ドイツとフランスは2020年の値を用いている。
    出所)文部科学省科学技術・学術政策研究所「科学技術指標2024」調査資料–341の図表5–4–11より直近のデータを抜粋。

    付表

  • 企業の開廃業率(2022年)

    注1)企業の開廃業率の算出方法は、国によって異なる点に留意が必要。
    注2)米国は2021年、ドイツとフランスは2020年の値を用いている。
    出所)文部科学省科学技術・学術政策研究所「科学技術指標2024」調査資料–341の図表5–4–11より直近のデータを抜粋。

    付表

  • イノベーションを実現した企業の割合

    イノベーションを実現した企業の割合

    注1)過去3年間にプロダクト・イノベーション(企業にとっての新規な製品・サービス・プロセス)を実現した企業の割合を示す。
    注2)定義は同一だが、国ごとに産業構造の違いがあるため、単純な比較ができない点は注意が必要。
    注3)データ出所:文部科学省科学技術・学術政策研究所「全国イノベーション調査2020」、欧州経済研究センター(ZEW)「Mannheim Innovation Panel」2021年版、アメリカ国立科学財団(NSF)「Annual Business Survey 2017」
    出所)吉岡(小林)徹氏提供。

  • イノベーションを実現した企業の割合

    注1)過去3年間にプロダクト・イノベーション(企業にとっての新規な製品・サービス・プロセス)を実現した企業の割合を示す。
    注2)定義は同一だが、国ごとに産業構造の違いがあるため、単純な比較ができない点は注意が必要。
    注3)データ出所:文部科学省科学技術・学術政策研究所「全国イノベーション調査2020」、欧州経済研究センター(ZEW)「Mannheim Innovation Panel」2021年版、アメリカ国立科学財団(NSF)「Annual Business Survey 2017」
    出所)吉岡(小林)徹氏提供。

ⓒ公益財団法人NIRA総合研究開発機構
神田玲子、榊麻衣子(編集長)、河本和子、山路達也
※本誌に関するご感想・ご意見をお寄せください。E-mail:info@nira.or.jp

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