江口匡太
中央大学商学部教授

概要

 近年の情報通信技術の発展もあり、雇用されない働き方が増えていると言われる。個人で仕事を請け負い報酬を得る個人事業主(フリーワーカーと呼ぶ)である。しかし、フリーワーカーは実質的には雇用された労働者と同じ働き方をしているにも関わらず、労働法が定める保護の対象から外れている。例えば、フリーワーカーは雇用保険に相当する制度がなく、仕事がなくなれば直ちに困窮する恐れがある。とりわけ、介護離職のように、イノベーションを伴わない環境で離職者が増えれば、フリーワーカーは深刻な生活上の危機に直面するだろう。ただ、フリーワーカーに雇用された労働者と同じ制度を適用すると深刻なモラルハザードを起こす可能性が高く、即効性のある制度を作ることは難しい。このような現状では、公正な経済取引が実現できるように、フリーワーカーが団体交渉できるような環境作りを進める必要がある*

INDEX

 

問題意識
企業に雇用されずに、個人で働く人(フリーワーカー)が増えると予測されているが、従来の労働法の網の目から漏れており、制度の構築が求められている。

分析
介護離職のように、イノベーションを伴わずに雇用された働き方から押し出される人が増えた場合、雇用されるか否かに関わらず、働く人にマイナスの影響をもたらす。とりわけ、その影響はフリーワーカーでより深刻になる。

見解
雇用された労働者を対象とした制度を、そのままフリーワーカーに適用することは困難である。まず、フリーワーカーが団体交渉できる環境を作り、安心して働ける環境と公正な経済取引を実現することが重要だ。

労働者と事業者の間の働き方

 現在の中心となる働き方は雇用契約によるものだ。労働者は労働サービスを企業に提供するために雇用され、その対価として賃金を得る。近代以降の歴史は、経済成長とともに従業員として企業に雇用される働き方が一般的となった歴史と言える。現代の先進国では、雇用されて働く者が圧倒的多数を占め、その割合は9割にも及ぶ(図1)。個人経営の店舗が大型チェーンに代わっていたように、雇用されて働くことに疑問を感じない状況になっている。

図1 G20の主な国の自営業(Self-employment)比率(2018年)

注:濃い色はG7諸国。雇用主、経営者、個人事業主、共同経営者、会社役員、無賃家族従業者を含む。
出所:OECD(2020), Self-employment rate (indicator).doi: 10.1787/fb58715e-en (2020年2月25日アクセス)。

 一方、近年の情報通信技術の発展によって、これまで直接雇用の労働者にさせていた業務が、外部の企業や個人にアウトソーシングされるようになってきている。従来の業務のなかで、労働者を直接雇う必要がなくなってきた。こうした技術変化以外にも、高齢化がますます進むにつれ、介護離職を余儀なくされる人が顕在化している。これまでのように職場に通勤して、同僚と長時間勤務、必要とあらば転勤も受け入れるという働き方をスタンダードにするのは無理が来ているともいわれる。大内(2019)は、こうした社会の変化を踏まえ、フリーワーカーが一層増えるだろうと指摘している(注1)

 大多数の人が雇用される現在の働き方が今後大きく変わるかどうかはわからないが、フリーワーカーのように社会環境の変化にあわせて、個人が自由に働き方を選べること自体は良いことである。しかし、企業に直接雇用されていないため、労働法上の労働者とはみなされず、雇用労働者に保障されていた働く者の権利が保障されないという問題をはらんでいる(注2)

フリーワーカーの保護は難しい

 雇用された労働者が保護される理由の1つは身体的従属性が大きいためである。労働基準法上の労働者とは、使用者の指揮・命令下にあり、業務遂行上の自由度が小さく、かつ、その業務遂行に関する諾否の自由が小さい環境で働く者のことであり、工場の製造ラインに張り付いて行う作業や店舗での接客業務などがその典型例である。食事や休憩の時間も制限されるため、労働法で各種規制や保護規定が定められてきた。

 これに対して、自営業や個人事業主の場合は雇用された働き方とは様相が大きく異なる。例えば、翻訳家、ミュージシャン、弁護士などの士業、塗装などの職人、個人の運送業など、個人で仕事を請け負う、雇用されない働き方である。仕事の相手や仕方などを自由に選択でき、また、仕事自体を他者に委託することもできるなど、裁量の余地が大きく、身体的な従属性は小さい。個人の自由な意思で行われる経済活動であるため、労働法の規制は原則適用されない。

 しかし、以前と比べて身体的従属性によって雇用の境界を定めることがそぐわなくなってきた。典型的な労働者と事業主の中間のような働き方が増えてきている。例えば、裁量労働制や在宅勤務に見られるように、雇用労働者ではあるが、その仕事の仕方が労働者の裁量による部分が大きい場合だ。実際、クラウドワーカーの様に、身体的従属性は小さいが、その特徴が経営者というよりも労働者に近い働き方が増えてきている。とすると、雇用関係にないだけで実質的には労働者と同じ者が、雇用労働者と同じように保護されないことになる。例えば、病気やケガで働けなくなった場合、労働災害保険にしても雇用保険にしても雇用されていたことが前提となっており、フリーワーカーは救済されることはない。

 実際、近年顕在化したのは身体的従属性よりも、ワーキングプアという経済的従属性の問題であった。身体的な従属性が低くても、低報酬であれば長時間労働せざるを得ず、健康被害を受ける可能性は高まる。低報酬の非正規雇用に焦点があてられがちだが、これは雇用されているか否かに関わらず起きる問題である。わが国の各種の社会保険制度が期限の定めのないフルタイムの正規労働者を想定して構築されてきたため、有期もしくはパートタイムの非正規労働者が制度の網の目から漏れていることがよく議論されるが、非正規であっても雇用された働き方である以上、労働法の定める各種の保護規制や社会保険の対象となる。これに対して、フリーワーカーの場合、健康を損なって仕事ができなくなれば、労働災害保険も雇用保険もないため一気に困窮してしまう恐れがある。

 このように、フリーワーカーの保護の必要性は大きいものの、フリーワーカーの休業時の生活保障を雇用労働者と同じようにすることは難しい。なぜなら、就業と休業の選択が働く人の裁量に大きく委ねられるからだ。雇用労働者であれば、就業と休業は明確に識別できるが、フリーワーカーではその境界は働く者に委ねられ、しかも発注者も第三者も把握することができない。雇用労働者と違って、事故が勤務中に起きたかどうかもわからない。労働時間はもちろん、就労の実態もきちんと把握できないため、過剰に保障を受けるモラルハザードの問題が深刻になりやすい。雇用労働者を対象とした各種の制度をフリーワーカーにそのまま適用するのは困難な点が多い。

雇用政策が与えるフリーワーカーへの影響

サーチ理論が示唆するもの

 今世紀に入り働き方をめぐる議論が様々な立場からなされたが、その議論が雇用の在り方に焦点を置きがちだったのは、正規と非正規とを問わず、雇用労働者が就業者の大多数を占めることだけが理由だったのではない。雇用されない働き方は事業主として扱われ、むしろ起業と関連付けられることが多かったのだ。そのため、雇用されていないだけで労働者に近いフリーワーカーのような存在は関心の外にあったと言ってよい。

 バブル崩壊以降、いわゆる終身雇用の維持が難しくなると、労働市場の流動性を高める必要性が強く語られるようになった。労働移動を円滑に実現するためには離職に伴う経済的損失は小さい方がよいから、セーフティーネットを充実させる必要がある。しかし、雇用された労働者をめぐる環境や政策が変化したとき、それは雇用されない働き方にどのような影響を与えるのか、あまり議論されてこなかった。

 それでは、雇用労働者の雇用期間が短くなり、また、それに対するセーフティーネットとして雇用保険を手厚くした場合、フリーワーカーにどのような影響を与えるのか、サーチ理論を用いて考えてみよう。

 図2のように、雇用労働者とフリーワーカーのそれぞれの労働市場があるとしよう。どちらの働き方を望むのかは、働く者の自由であり、得られる報酬を見ながら自由に選べる環境を想定する(注3)。仕事を発注する企業側も同様で、労働者を雇用して仕事をさせたい場合は、図2の上の労働市場で求人を行い、アウトソーシングしたい場合は下の市場で業務を請け負う働き手を探すことになる(注4)。現実を極めて単純化したモデルだが、影響の概要を知ることができる。

図2 雇用労働とフリーワーカーの労働市場

雇用の短期化と雇用保険による影響

 (1)長期雇用が失われ、短期間で離職するようになると、フリーワーカーとして働く人は増えるが、その報酬は減少する。雇用労働から押し出された人がフリーワーカーとしての働き方を選択するので、フリーワーカーの供給が増え、待遇が悪化するからである。一方、雇用労働者として働きたい人にとっても環境は悪化する。その理由は雇用期間が短くなり失業状態にとどまる人が増えるためである。

 (2)雇用保険については、フリーワーカーが「失業」しても雇用保険の対象にはならないことを改めて留意する必要がある。この状況の下で、雇用労働者が失業時に受け取る雇用保険給付が手厚くなれば、フリーワーカーとして働くよりも雇用される働き方の魅力が増し、雇用労働者として働きたい人の割合は増える一方、企業としては雇用保険料の負担が増えるので雇用労働の需要は減る。雇用労働の供給が増え、需要が減るので雇用労働者の失業率は上昇する。

 (2)の環境変化はフリーワーカーの待遇を改善する。なぜなら、相対的に費用が低くなったフリーワーカーへの需要が高まると同時に、フリーワーカーとして働こうとする者が減るためである。フリーワーカーは仕事を見つけやすくなり、報酬も上昇するが、それはフリーワーカーを選択する人が減少する結果として現れる。ただ、マクロ的には失業率が高まるので、経済厚生が高まる可能性がないわけではないが、その可能性は小さい。

 以上から終身雇用の崩壊や介護離職など、雇用労働者の雇用期間が短期化すると、雇用労働者とフリーワーカーの両方にマイナスの影響をもたらす可能性がある。雇用の短期化が新たなイノベーションと適切な再分配を伴うならば経済厚生を高めるが、そうした利益の上昇機会を伴わないのであれば経済厚生にはマイナスである。介護離職は後者の典型的なケースであり、とりわけ、雇用される働き方ができない人にとって、非就業時の保障のないフリーワーカーとしての働き方は生活上の危機をもたらすだろう。

 雇用労働者にとって、雇用保険は生活保障という点で重要な役割を果たすが、雇用保険を手厚くすれば、雇用される働き方が魅力的になる分、フリーワーカーとして働こうとする人は減る。この点で雇用労働者だけを対象にした雇用保険制度は、働き方に対して中立的ではないが、雇用労働者向けに整備されてきた制度をフリーワーカーに適用しにくいことの裏返しでもある。

団体交渉のルール作りを

 本稿の内容をまとめると、1)介護離職のようにイノベーションの伴わない雇用の短期化は雇用労働者とフリーワーカーの待遇を下げる。2)雇用労働者を対象にした雇用保険を充実させると、雇用される働き方がより魅力的になるため、フリーワーカーになろうとする者を減らす。フリーワーカーの供給が減る結果、フリーワーカーの待遇は改善する。3)フリーワーカーには雇用労働者と同じ対策をすることは難しい、ということになる。

 有効なフリーワーカー対策がないのはどの国でも共通のようであり、大変悩ましいが、そんななかOECD(2019)はフリーワーカーが団体交渉できる環境づくりを提言している。もちろん、どのような団体交渉が可能なのか、それがきちんと機能するのか、労働組合の組織率が長期減少傾向であることを考えると疑問も大きい。また、個人とはいえ事業主にカルテルを認めることにもなりかねない。

 しかし、そもそも労働組合自体がカルテルであり、労働者に団体交渉権はおろか団体争議権まで認めること自体に否定的な考えもあるなか、それでも労働者の権利として確立され今日に至るのは、深刻な経済的従属性から労働者を守るために必要と認識されているからである。このように考えれば、雇用関係に関わらず、普通に働いて健康的な生活を維持できる環境作りをしていくことが必要であろう。

 以上はフリーワーカーの労働者としての側面に注目したが、事業主という側面からも団体交渉を認める必要性は小さくない。フリーワーカーが個人として仕事を請け負う際に、プラットフォーマーが作ったルールの下で半ば一方的に請負契約を結ばされ、不利な立場にあるとも言われる。近年、コンビニをめぐる本部と店舗オーナーとの関係性が見直されつつあるように、公正なビジネス環境を作るためには、経済力に差のある当事者同士が正当に交渉できる場が必要である。団体交渉の制度化に向けてルールの整備を進める時期にきているのではないか。

コラム サーチ理論とは

 サーチ理論では、男女が互いにパートナーを探すように、求職者(失業者)と求人者(企業)が労働市場で職(人)探しており、一定の確率でマッチングが成立する環境を想定する。また、男女の関係と同じく、様々な理由で関係が解消(離職や解雇)する。関係が解消した後は、再び失業者と企業は職(人)探しをする。サーチ理論によって、摩擦的失業の存在が理論的に基礎づけられると同時に、入職と離職という労働者のフローの流れが分析できるようになり、労働経済学の基本理論の地位を占めるようになった。

 標準的なサーチ理論では、報酬の水準はマッチングが成立した際のお互いの立場の強さによって決まる。労働者が離職しても、景気が良く次の仕事が見つけやすければ、労働者の立場は強くなるので、報酬の水準は高めに決まるが、反対に次の仕事が見つけにくければ低くなる。サーチ理論でも労働の需要と供給の大きさが報酬に影響を与える。

参考文献

大内伸哉(2019)「『フリーワーカー』に対する法政策はどうあるべきか」『NIRAオピニオンペーパー』No. 44,2019年3月
OECD(2019) “Employment Outlook 2019: The Future of Work”

江口匡太(えぐち きょうた)

中央大学商学部教授。専門は労働経済学、応用ミクロ経済学。東京大学大学院経済学研究科博士課程修了(博士(経済学))。筑波大学システム情報系社会工学域准教授などを経て、2013年より現職。人事管理制度、労働者保護規制や解雇規制の理論的な分析を行う。最近の主な論文に"Employment Protection Legislation and Cooperation", Labour, vol.32, pp.45-73 (2018, 単著)。
eguchi*tamacc.chuo-u.ac.jp(*を@に変える)

引用を行う際には、以下を参考に出典の明記をお願いいたします。
(出典)江口匡太(2020)「
フリーワーカーに対する環境整備が必要」NIRA政策研究ノートvol.1

脚注
* 本稿は、NIRA総研の研究会「個人自営業者の就労をめぐる政策課題に関する研究」での議論をもとに、筆者の独自の意見をまとめたものである。
1 フリーワーカーとは企業に雇用された労働者ではなく、個人で仕事を請け負い、また、事業主として従業員を雇っていない者をいう。雇用されていない点では事業主であるものの、大規模な資本や設備を必要とせず、従業員を雇っていないという点で経営者というより労働者に近い。自営業という言葉からイメージされる従来の個人事業主とは異なった新しい働き方を強調した大内(2019)によるネーミング。近年増加しているクラウドワーカーも含まれる。
2 いわゆる「労働者」は日常的には雇用されるか否かに関係なく働く人の意味で使われることが多い。雇用された働き方と雇用されない働き方を明確に区別するために、正規・非正規を問わず、雇用されて働く者のことを本稿ではあえて雇用労働者と表現する。
3 労働者の技能や能力に差がなく、直ちに市場を移動できる場合、少しでも条件のいい働き方を選ぼうとするので、最終的にはどちらの働き方を選んでも理屈の上では同じ利益が得られることになる。
4 企業にとっても利益の高くなる方を選択しようとするので、最終的には労働者を雇用しても、フリーワーカーに仕事を請け負わせても利益に差がなくなるように市場は作用する。

ⓒ公益財団法人NIRA総合研究開発機構

※本誌に関するご感想・ご意見をお寄せください。E-mail:info@nira.or.jp

研究の成果一覧へ