NIRAオピニオンNo.84 2025.07.24 伝わる政策、信頼できる政府をつくる人々と政府の意識をつなぐ政策共創 この記事は分で読めます シェア Tweet 谷口将紀 東京大学公共政策大学院教授/NIRA総合研究開発機構理事長 概要 NIRA総研は、2025年2月1日にNIRAフォーラム2025「伝わる政策、信頼できる政府をつくる―人々と政府の意識をつなぐ政策共創―」を開催した。 政治の現場では日々、政策の意思決定が行われているが、その意図が十分に伝わらず、国民の誤解や不信を招くケースがある。本フォーラムでは、政治と人々のコミュニケーションのあり方、政治への信頼回復という視点から、政策実現に向けた具体的な方策について議論を深めた。 議論では、一面的な事実が繰り返し報道されることで人々がバランスを欠いた認識を持ち、誤解や偏った理解が広がるリスクが指摘された。長期的な信頼獲得と政策実現には、政策の複雑さを包み隠さず、本音で率直に伝えることが重要であり、そのためには、政策決定の正当性と質を担保する丁寧な思考と、それに基づく丁寧な議論や説明が不可欠である。 さらに、情報環境がネット中心に移行する中で重要になるのが、発信のデザイン力の強化である。「誰に、どのように、いつ」情報を届けるかという戦略的な設計次第で、人々の政策理解や政治への信頼は大きく左右される。さらに、情報の蓄積・整理、タグ付けや出典明示により、政治家の発言や政策を検証可能にする仕組みを整えることも必要だ。デジタル技術で国民の意見を幅広く収集・可視化する「ブロードリスニング」を推進し、人々が政策形成に参加していると実感できる環境づくりも求められる。 こうした良質な情報空間での議論と熟議を経た意見形成が、政治への信頼を回復し、民主主義の基盤を強化する鍵である*。 PDFで読む (902.4KB) INDEX 1.政策を届けるコミュニケーションの再設計 一面的な「事実」による誤解と政治家との直接対話の重要性 丁寧な思考と説明が長期的な信頼と政策の実現を支える 発信のデザイン力を高めて政治への関心を取り戻す 市民に向き合う政治やメディアの姿勢 日本の政治コミュニケーションを戦略的に見直す 2.情報空間の移行と政治コミュニケーションの再設計 情報空間の変化とコミュニケーションを支える信頼構築 政治家の姿勢が信頼構築の根幹 ブロードリスニングから熟議へ 3.最後に:政治コミュニケーションの進化と信頼構築へ NIRAフォーラム2025登壇者・金丸恭文 フューチャー代表取締役会長兼社長/NIRA総研会長・齋藤健 衆議院議員・竹下隆一郎 TBS特任執行役員・谷口将紀 東京大学教授/NIRA総研理事長(モデレーター)・長野智子 キャスター・ジャーナリスト・柳川範之 東京大学教授/NIRA総研理事(敬称略・五十音順) 1.政策を届けるコミュニケーションの再設計 NIRA総研は、2025年2月1日にNIRAフォーラム2025「伝わる政策、信頼できる政府を作る―人々と政府の意識をつなぐ政策共創―」を開催した(注1)。政策の現場では日々、課題解決に向けた検討と意思決定が行われている一方で、政府の政策が正しく伝わらず、誤解や不信を生むケースが見られる。何が課題で、なぜそれに取り組む必要があるのか。どのような解決策があり、なぜこの政策が選ばれたのか。政府が政策の意義を説明しても、「政府の政策は既得権益の塊だ」「国民の懐を痛めずに済む魔法のような策がある」といった耳当たりの良い声にかき消され、政策の真意が人々に届いていない。他方、政策への理解とは別に、政治家や政党そのものへの信頼が支持を支える現実もある。人々の間に「この政治家が言うことなら信頼できる」という意識があれば、困難な政策決定でも受け入れられやすい。これらの2つの回路、つまり、「政策をどう伝えるか」と「政治家への信頼をどう再構築するか」が民主主義の基盤を支える鍵となる。本フォーラムでは、政治と人々のコミュニケーションのあり方(政策の伝達・合意形成)、そして、政治に対する信頼の回復(政治不信からの脱却)という2つの視点を提示し、政策の実現に向けた具体的な方策について議論を深めた。基調講演では、衆議院議員の齋藤健氏が、法務大臣在任中の経験を踏まえ、政治の発信と信頼構築の在り方について次のように語った。 一面的な「事実」による誤解と政治家との直接対話の重要性 齋藤氏は、自らの政策決定に関する経験を踏まえ、人間は「事実」によって騙されることの危険性を指摘した。 例えば2023年に成立した入管法改正は、人口減少と労働力不足を背景に「外国人との共生社会の推進」と「不法滞在者への厳格な対応」を両立させる狙いがあった。しかしメディア報道では、非常に特殊で一部の困難な状況だけが繰り返し強調された。こうした状況の中で、行政側は個人情報保護のため個別案件を詳細に説明できず、「入管庁(正式:出入国在留管理庁)は厳しすぎる」といった一面的な印象が広まることとなった。 また、日本の難民認定率が低いとの批判についても、過去5年間で難民不認定を理由とする訴訟109件のうち104件で政府側が勝訴し、行政判断は裁判所からほぼ支持されている。しかし、この事実を国会や記者会見で説明してもメディアでは報じられなかった。 このように「一方的な事実」が積み重なると、人々はバランスを欠いた認識を持つ恐れがある。明らかな虚偽であれば容易に見抜けるが、一部の事実だけを積み上げて報道されると、むしろ判断を誤りやすくなる。現代のメディア環境では、特定の視点に偏った報道を政府側が効果的に是正する手段は乏しい。こうした状況を改善するには、メディアが多角的な視点で事実を報道し、人々がバランスの取れた情報に基づいて判断できる環境づくりが不可欠である。 さらに、ネット中心のコミュニケーションが主流となり、政治家個人の人間性や姿勢を直接知る機会が減少している。実際の政治の現場では、公約を掲げて選挙を戦ったとしても、政権を預かれば予測できなかった事態が次々と起こる。その際に重要となるのは、公約だけでなく、「この政治家なら信頼できる」という有権者との人間的な信頼関係だ。しかし、ネット中心の情報環境ではこうした直接的な関係は形成されにくく、人々がネット情報に頼って政治の判断をせざるを得ない状況には強い危機感を覚える。また選挙区の頻繁な変更で地域に根ざした信頼関係が断ち切られることも大きな課題だ。政治家と人々が直接対話できる機会を増やすだけでなく、選挙制度や政治活動の在り方を改めて検討することが求められる。デジタル化が進む時代だからこそ、人と人が接触する直接的なコミュニケーションの重要性は高まっている。 齋藤氏の講演を踏まえて、「政策をどう伝えるか」について議論が行われた。 丁寧な思考と説明が長期的な信頼と政策の実現を支える 東京大学教授の柳川範之氏は、まず、近年、メディアではシンプルなメッセージが求められており、丁寧に説明することが困難となりつつあることを指摘した。 政策決定の場では、多くの問題が複雑に絡み合い、単純に結論を導けないのが常だ。しかし、特にネット空間ではシンプルで明快なメッセージほど注目を集めやすく、複雑な条件を前提とした議論は敬遠されがちである。この風潮はネット空間だけでなく、現実の政策議論の場にも広がり、結果として十分な議論が尽くされないまま、表面的なメッセージの単純化が進んでしまっている。こうした状況に陥っているのは、政治の場において新たに登場した多様な伝達ツールを十分に活用しきれていないことが背景にある。 次いで、政治家が批判や炎上を恐れ、率直な意見を言いにくいことから、人々との間で信頼を維持し難くなっていることを指摘する。 政治家の発言力が低下しているのは、彼らが臆病になっているということだけではなく、齋藤氏が指摘したように、行政や政治家が知り得た個人情報など、制度上の制約によって公開できない情報が多く、大胆な発信が難しいという事情もある。以前は「トップが決めたことだから信頼する」という関係性が成立したが、現在では「私たちはこれをやっています」「これはやりません」と、コンプライアンスに基づく具体的で透明な行動を示さなければ、信頼を維持できない社会になっている。 政治は、政策の複雑さを包み隠さず、本音で率直に伝えることが重要だ。同時に、その発言内容の正当性と質を担保する「丁寧に思考」と「丁寧な議論・説明」が不可欠であり、こうした姿勢こそが、長期的な信頼獲得と政策実現を可能にする。 発信のデザイン力を高めて政治への関心を取り戻す フューチャー株式会社代表取締役会長兼社長でNIRA総研会長の金丸恭文氏は、政府の情報発信には単に「伝える姿勢」に加えて、「誰に、どのように伝えるか」というデザイン力が不足していることに焦点を当てた。 政策は本来、長期的な視点で議論されるべきだが、単年度予算の制約により短期決定が常態化している。そのため、本来なら十分な議論を要する政策でも、時間に追われてプロセスが不透明なまま決定がなされることが少なくない。特に規制改革など、従来の利害関係に関わる難しい政策ほど、その実現には国民の幅広い支持が不可欠だが、時間との戦いとなり、国民への発信が不十分になっている点は改善点である。 政治への信頼構築には国民の関心の高さが前提となるが、日本では若年層を中心に政治への関心が低く、投票率も停滞している。さらに、情報収集手段の世代間ギャップへの対応の遅れも問題だ。特に若年層が主に利用するYouTubeやLINEなどのSNSを政府は十分には活用できておらず、伝達手段のミスマッチが生じている。また、得た情報の正確性を確認する人は日本では19%と米国の52.5%より低く、情報を鵜呑みにしやすい土壌があることも懸念される。 若者層など届けたいターゲットに最適な方法で政策情報を伝えるためには、情報をデザインして届ける取り組みを積み重ね、世代や関心に応じた効果的な発信の仕組みを再設計する必要がある。 市民に向き合う政治やメディアの姿勢 キャスター・ジャーナリストの長野智子氏は、齋藤氏が基調講演で指摘した、メディアが「一方的な事実」を発信することでバランスを欠いた認識が形成される危険性について、次のように応答した。 テレビは視聴率を優先し、第一報を大々的に報じるが、関心が薄れると続報や検証報道は行われない。齋藤氏が指摘した難民認定裁判の続報や、犯罪事件で無実が判明した人物への訂正報道は限定的で、視聴者には初期の印象だけが強く残る。 かつてはテレビ局には速報担当の「前方部隊」と検証担当の「後方部隊」が存在し、ニュース報道のバランスを保っていた。しかしリーマンショック以降、コスト削減で「後方部隊」である検証番組は姿を消し、報道のコンプライアンスを支えていた「速報と検証のバランス」が崩れた。その結果、刺激的で一面的なストーリーが展開される現状に至った。自分達のストーリーに合わない事実は、取り上げられないこともあるだろう。 続いて、長野氏は、自身のラジオ番組に寄せられた意見を紹介し、メディアや政治家が市民と真摯に向き合う姿勢が重要だと強調した。 リスナーからは「政治家やメディアは多角的な情報を提供しているか」「政治家は一般目線でわかりやすく説明すべき」「政治家は偉ぶらず等身大の姿を見せるべきだ」といった声が寄せられている。こうした意見は、発信する側の姿勢そのものを問い直すものである。社会にはさまざまな困難を抱える人々がいるが、政治やメディアはその「声なき声」に十分耳を傾けているだろうか。権力に近づき内部情報を得るのではなく、人々と政治をつなぐ努力をする記者はどれほどいるだろうか。政治家は問題解決に悩み格闘する等身大の姿を見せているだろうか。今必要なのは、人々の立場に立った、多様な声を拾う双方向のコミュニケーションである。 日本の政治コミュニケーションを戦略的に見直す TBS特任執行役員の竹下隆一郎氏は、日本の政治コミュニケーションの戦略的再構築に関連して、発信成功のカギは、情報のストラクチャー(構造)をどう設計するかであると主張した。議論の順番や資料提示のタイミングなどを適切に設計しなければ、どれだけ価値のある内容であっても、人々に届かないと指摘する。 政治家の発信では「言葉の力」が重要だ。例えばウクライナのゼレンスキー大統領は、Tシャツ姿とシンプルで明快なメッセージで世界に強い印象を与えた。これに対して、日本の政治指導者は国際社会での存在感が希薄だ。海外の人が日本の首相を具体的に頭で思い浮かべられないのは、戦略的コミュニケーションが不足しているからに他ならない。「言葉の力」とは、世界のひとの「マインドセット」を変えるためのものであり、文字、画像、映像、音声などあらゆる手段を使う力である。 情報は、人が聴いてくれれば伝わるわけでない。まずは、「シンプルなメッセージ」で伝える、次に「信頼できるメッセンジャー」が伝える、しかも、「適切なタイミング」に伝える。この3要素が不可欠だ。複雑で冗長な説明は伝わりにくく、核となるポイントを短く明快に表現する必要がある。また、受け手に信頼されている人物が発信すればメッセージの説得力は高まる。誰から言われるかで、人の認知は大きく影響される。最も難しいのがタイミングであり、物価高や増税など経済問題に関心を集まっている時期に選挙制度改革を訴えても、関心を引きにくい。 さらに、これらの条件を満たしても、認知バイアスの壁が存在する。人々は、自分の先入観に合致した情報を信じやすく、それ以外の情報を無視する傾向がある。例えば選挙区の話を聞いた瞬間に「何か汚らしいものではないか」といった先入観を持つ人には、選挙制度改革の意義が伝わりにくい。この壁を越えるためには、情報提示の順序やストーリーの工夫で、受け手の共感を促す構造設計が求められる。政府、政治家は、こうした取り組みを積み重ねて情報をつくり、それを幾層にわたるレイヤーで発信していく必要がある。 政治家や政府や、政策についての丁寧な思考・議論を重ね、そして、人々に伝えるために丁寧に説明することが必要だ。そして、それが人々に届くようにするためには、情報を戦略的に再設計し、人々の政治への理解と共感を育むことを目指すべきだ。 2.情報空間の移行と政治コミュニケーションの再設計 では、政治家は、情報をどのようにデザインをして発信をすることが求められているのか。インターネット空間における政治コミュニケーションの設計が焦点となった。 情報空間の変化とコミュニケーションを支える信頼構築 近年の情報空間の変化について、竹下氏はテレビや新聞を中心とした「情報空間A」から、YouTubeなどインターネットを主軸とする「情報空間B」への移行を指摘した(図1)。 図1 近年の情報空間の変化 (出所)竹下隆一郎TBS特任執行役員 投影資料。 情報空間Aでは、マスメディアと視聴者が一定の契約関係を形成していたが、視聴者は自由に発信できる情報空間Bへ移動したため、情報の流れは双方向化・複雑化している。このため、受け手が主体的に情報を見つけられる仕組みや、情報の信頼性を高める新たな工夫が必要になっている。 YouTubeなどがリアルタイム消費の「フロー型」から、長期視聴を前提とする「ストック型」へと変化している。特に長期間視聴される「エバーグリーンコンテンツ」が増加しているため、「今の視聴者」だけでなく「未来の視聴者」を意識した長期的な発信設計が必要である。先の齋藤氏の入管法の話も、数年後に、再度議論になったときにYouTubeで検索してもらえるように設計をすることが大切だ。 柳川氏からもこれに関連した見解が示された。 情報を単に蓄積するだけでなく、検索や参照が容易になるような整理やタグ付けなど、情報の「ストラクチャー」を工夫する必要性がある。議論の経緯や前提条件を明記し、後から見返した際にも十分に議論がなされていたことが分かるようにする配慮も重要だ。これは、新聞の見出しのつけ方とも異なるものであり、情報のストック化の手法を検討する必要がある。 これに対して、齋藤氏からは、情報空間Bでは発言の一部が切り取られ、情報が歪曲されるリスクあること、また、長野氏からは受け手側のリテラシー向上が必要であることについての指摘があった。齋藤氏の発言からみていく。 一度誤解が広がると訂正は困難で、有効な対抗手段も乏しいため、情報が蓄積されるほど誤ったイメージが固定化され、政治家への信頼が損なわれかねない。 また、長野氏からは以下の発言があった。 人々が偏見を抑えながら、多様な情報に主体的に接し、自ら判断する力を養わなければ、容易に誤情報に騙されてしまう。「政治家やメディア任せ」にせず、自ら積極的に情報の真贋を見極める姿勢が重要である。 これらの指摘に対して竹下氏は、公式な発信源を明示する「サイテーション」の整備や、参考文献・発信元情報の掲載、視聴者が主体的にアクセスできる仕組みの構築を提案した。自身で事実かどうかを検証できる環境があれば、偽誤情報によるマイナスの影響を一定程度抑えられる可能性はある。しかし、1つのフレームから動画が切り取られている問題は残るだろう。同じ動画であっても、それをどう切り取り、編集するかによって、政治家や政党の相場観が形成され、信頼感が棄損されたり、あるいは、ヒーローのイメージが生まれたりする。 政治家の姿勢が信頼構築の根幹 こうした情報空間の中で、政治家は、人々の信頼を得ることができるのだろうか。齋藤氏は、次のように応える。 政党間の競争や政策議論の場では「戦闘モード」になり、親近感を持ちにくい面があるかもしれないが、実際にはさまざまな意見を聞き、政党や選挙への影響以上に、日本社会の改善を目指して、1つひとつ悩みながら政策判断を行っている。こうした姿は人々には伝わっていないが、政治家としては理解していただきたいと思う。 これまで、政府の委員として政治家に直に接してきた金丸氏は、政治家をどう見ているのか。 政治家との議論を通じて、政治家自身の姿勢こそが人々との信頼構築の根幹を形成すると感じている。自己の損得や短期的な利益ではなく、長期的視点を持ち、一貫した信念を示す政治家の存在が、人々との信頼を支える。こうした未来志向の政治家は、市民との積極的な対話を通じて、市民とのフラットで健全な関係を形成すべきである。 金丸氏が感じているように、政治家とのコミュニケーションには直接対面することで初めて理解できる非言語的要素がある。政治家を知るには、直接交流の機会を増やせればよいが、それは物理的に限界がある。マスメディアのゲートキーピングを経ずに政治家の等身大の姿を伝えるインターネット活用が重要であり、様々なチャネルを通じて人々にアプローチすることで政治への信頼回復につながる可能性がある。これに関して、竹下氏は、人々の信頼を獲得するには、発信戦略としての発信者自身の「ポリティクス・オブ・アピアランス」も重要だと指摘する。 多様性や共生社会を訴える場に男性中心・高齢者中心の政治家ばかりが並べば、メッセージのリアリティが失われ、共感を得にくい。若者や女性、外国人など、多様な背景を持つ人々が政治の場に登場し、受け手が「自分たちを代表している」と自然に感じられるような発信が必要である。 この点は、長野氏の以下の発言とも呼応する。 政治そのものの多様性向上も重要な課題だ。OECD加盟国の多くが18歳から立候補できるのに対し、日本は25歳と高く、若者の代表が選ばれにくい。女性議員比率も衆議院で約15%にとどまり、多くの女性が自らの代弁者を見出しにくい状況だ。発信内容を改善するだけでなく、政治家自体の多様化もまた、政治への関心を育む上で不可欠である。日本で若者や女性議員が少ないことが、政治の発信力を弱めている可能性がある。 ブロードリスニングから熟議へ 一方で、国民の声は、どのようにして政府に伝えればよいのか。SNS上の声は、一部の人々の意見に過ぎないという指摘もある。竹下氏は、デジタル技術で国民の声を政策に反映させる「ブロードリスニング(広範な意見収集)」の重要性を強調した。 ネット上で寄せられる膨大な意見をAI技術で分類・可視化することで、人々の関心や議論すべき課題の優先順位が明確になり、建設的な政策議論が可能になる。例えば台湾では、AIを活用したデジタル民主主義によって市民が積極的に政策形成に参加している。こうした仕組みが広がれば、「自分達の声が政治に届いている」という実感が人々の間に生まれ、政治への信頼感も高まる。重要なのは「人々が聞く」ではなく「人々の声が聞かれている」と実感できる仕組みを整えることだ。 自身も、政治学者として「ブロードリスニング」という新しい動きを注視している。情報空間Bの真の可能性は、ネット上の意見を集約するだけでなく、人々が主体的に参加する熟議の形成にある。人々の意見を集約するのではなく、それを基に、合意を得るための熟議にどのようにつなげていけるかが課題の1つだ。 3.最後に:政治コミュニケーションの進化と信頼構築へ 本フォーラムでは、政治コミュニケーションの在り方に関して、情報空間の変化と情報の設計、政治家への信頼の構築などについて議論が交わされた。議論を通じて明らかになったのは、特定の「一方的な事実」が繰り返し報道されることで、人々がバランスを欠いた認識を持ちやすくなり、結果として誤解や偏った理解が広がるリスクがあることである。加えて、政治家自身の発信力が低下している現状も指摘され、政治家は政策を自ら責任を持って丁寧に説明し、情報を戦略的にデザインする必要があるとされた。特にインターネット上の情報空間においては、情報を単に蓄積するだけでなく、タグ付けや整理などを施すことで、政治家の過去の発言や政策をいつでも検証可能な仕組みにすることが、政治の透明性を高め、政治家への信頼構築につながると考えられる。また、政治家が政策課題に真摯に取り組む等身大の姿を示すことも重要である。さらに、デジタル技術を活用して国民の意見を幅広く収集・可視化するブロードリスニングを推進し、「人々の声が実際に聞かれている」と感じられる環境を作ることが求められる。こうした適切な情報設計を通じて、政策や政治家への理解を深めることは、民主主義の基盤を強化し、人々と政治との信頼関係を一層強固にするものである。今回の議論を通底していたのは、民主政治は制度だけで支えられているのではなく、情報の設計の在り方も、また重要な構成要素の1つであるということだ。情報の設計次第では、人々の政治への信頼が損なわれ、民主政治そのものが大きく棄損される恐れがある。それが一定の閾値を超えれば不可逆的な動きにつながりかねない。良質な情報空間で政策議論を深め、熟議を経た意見形成を可能にする環境整備こそが、政治家の発言力を高め、政治への信頼を取り戻す手段である。 谷口将紀(たにぐち まさき)東京大学公共政策大学院教授。NIRA総合研究開発機構理事長。博士(法学)(東京大学)。専門は政治学、現代日本政治論。著書に『現代日本の代表制民主政治』(東京大学出版会、2020年)など。 引用を行う際には、以下を参考に出典の明記をお願いいたします。(出典)谷口将紀(2025)「伝わる政策、信頼できる政府をつくる―人々と政府の意識をつなぐ政策共創―」NIRAオピニオンペーパーNo.84 脚注 *本稿のとりまとめは、NIRA総研主任研究員の井上敦、研究コーディネーター・研究員の宇田川淑恵が協力した。 *本稿のとりまとめは、NIRA総研主任研究員の井上敦、研究コーディネーター・研究員の宇田川淑恵が協力した。 1 NIRAフォーラム2025「伝わる政策、信頼できる政府をつくる」は2025年2月1日に赤坂インターシティコンファレンスにて開催された。 1 NIRAフォーラム2025「伝わる政策、信頼できる政府をつくる」は2025年2月1日に赤坂インターシティコンファレンスにて開催された。 シェア Tweet 関連公表物 なぜ、人々の声は政府に届かないのか NIRA総合研究開発機構 新たな国際秩序の形成と日本の政策ビジョン NIRA総合研究開発機構 「理」と「情」に訴える情報発信 谷口将紀 少数与党時代の財政リスク 柳川範之 ©公益財団法人NIRA総合研究開発機構※本誌に関するご感想・ご意見をお寄せください。E-mail:info@nira.or.jp 研究の成果一覧へ