小峰隆夫
法政大学大学院政策創造研究科教授
中川雅之
日本大学経済学部教授
長谷川敏彦
日本医科大学医療管理学教室主任教授
山本清
東京大学大学院教育学研究科教授
伊藤由希子
NIRA客員研究員/東京学芸大学人文社会科学系経済分野准教授
辻明子
NIRA研究調査部リサーチフェロー
豊田奈穂
NIRA研究調査部ジュニアリサーチフェロー

概要

 近年、医療をめぐる課題がしばしば話題にのぼる。その背景にはさまざまな要因があるが、医療供給体制が構造的問題を抱えていることが一因と考えられ、現在の急性期医療中心から機能分化された医療機関の連携を軸とした医療供給システムへの転換が必要である。本報告書のキーワードである「まちなか集積医療」は、そうした問題を認識したうえで、①地域における病院の機能分担・連携、②まち中心部への医療機関の集積、を特徴とし、「医療」と「まちづくり」の融合から課題を解決しようというものである。とりわけ人口10~30万人程度の地方中小都市に照準を合わせ、いま地域こそが医療問題を解決する主体であるとし、中心市街地を活用した「まちなか集積医療」を提言する。

INDEX

エグゼクティブサマリー

 医療問題を全国一律の方法で解決することは不可能である。人口オーナス(労働人口の割合が減少する状況)が加速する地域で、望ましい水準の医療を確保・維持するためには、住民・医療機関・行政が「協調」して、効率的で質の高い供給体制を選択する仕組みが重要である。本報告書は、人口10~30万人程度の地方中小都市に照準を合わせ、いま地域こそが医療問題を解決する主体であるとし、中心市街地を活用した「まちなか集積医療」を提言する。

1.「まちなか集積医療」とは何か

 複数の慢性疾患を抱えた高齢者に、必要とされる多様なケアを継続、連続して提供するには、現在の急性期医療中心の医療システムを、機能分化された医療機関の連携を軸とした医療供給システムに変える必要がある。「まちなか集積医療」は、こうしたシステムによって可能となる医療のトータルケアを地域で完結させることを目指すものである。

 「まちなか集積医療」は、次の2要素によって特徴づけられる。

 -地域における病院が機能を分担し、連携する
 医療機関が急性期ケア、回復期ケア、長期ケアなどの各種ケアを、継続、連続して患者に提供するため、かかりつけ医機能を軸として、地域の専門化した医療機関が相互に分担・連携して、患者本位の医療を提供する。

 -医療機関がまちの中心部に集積する
 利便性の高いまちの中心部に、地域の機能分化・連携した主な病院が立地する。

 まちなかへの医療機関の集積により中心市街地の人口密度が高まれば、地域の活性化や行政サービスの効率的な提供につながる。

 医療を全国均一な医療サービスの提供という医療の「分散」の発想から、医療の「まちなか集積」へと医療政策の発想の転換が求められる。

2.「まちなか集積医療」を支える基本的な政策の考え方

●医療とまちづくりを融合させる
 住民人口が大きく減少しがちな地方部では、自然のメカニズムに任せていると、医療サービスの高コスト化が進み、住民の福祉水準の低下につながることは明白である。そこで、計画的に、空洞化が深刻となっている地方中小都市の中心市街地に医療機関を集積することにより、医療の効率化と住民の利便性を向上させる。そのためには、医療とまちづくりを融合させ、20年後の将来を見据えた都市ビジョンを念頭に置いた戦略的まちづくりが必要となる。

●住民の住居選択意識に働きかける
 「人々が住んでいる場所はそのままとして考える」という前提も見直す必要がある。医療施設の集積が実現すると、一部の人々にとってはアクセスが不便になることを覚悟しなければならない。これに対処するには、交通手段を充実させるということが必要となるが、更に進んで、住民が居住地を移動するということも考える。

 すなわち、住民に医療サービスを合わせるのではなく、住民が医療サービス供給体制に合わせて住居を選択することになる。

3.「まちなか集積医療」の実現に向けた政策提言リスト

●政策提言1 新しいまちづくり政策:20年後の将来を描く都市ビジョンの活用従前の市町村単位、規制を中心とした政策から、対象地域の広域化、柔軟性のある都市ビジョンの策定へと転換する。

<具体的な施策>
①市町村単位の都市計画・都市施設整備の実施体制を、都市圏単位に拡大する。
②民間の開発行為の禁止等、強い公的関与により維持される従来の線引きを見直し、特定の都市ビジョンの下でのインフラ整備や都市サービス提供への公的支援のコミットメントとしての「都市サービス境界」(注1)を設定する。
③「都市サービス境界」内では公共部門が公共施設の整備・管理に責任をもつとともに、境界の外においては、インフラ費用の負担を前提とした民間事業者による自由な開発を許容し、市場の動向を都市ビジョンに反映させる。

●政策提言2 まちづくりと医療政策の融合:求められる中心市街地における医療集積質の高い医療サービスの効率的提供と地域の活性化を同時に実現するために、医療をまちの中心部に配置する。

<具体的な施策>
①二次医療圏を単位に、まちづくりと医療政策を一体的に進める。
②まちなかに病院、高齢者住宅、介護施設などのクラスタリングを促進するため、病院の現地建替え、商業施設からのコンバージョンなどを促進する事業制度、これらの施設の立地を促進するための税制上の支援措置などを講じる。
③「都市サービス境界」以遠の空間においては医療サービス供給に関する公的関与から中長期的に撤退する。
④「まちなか集積医療」へ道路、公共交通機関などによってネットワークとしてつながり、アクセスを確保できる空間を特定し、住民に対して情報を提供する。

●政策提言3 人口移動の円滑化:住民も転居する時代へ
 医療へのアクセスが低下する人々が、居住地を弾力的に移動できるような環境を整備する。また、転居を妨げている持ち家住宅の流動性を高める。

<具体的な施策>
①住宅履歴情報など、中古住宅の品質情報の蓄積を一層進めるとともに、修理・改築の履歴の記録を義務づける英国のHomeInformationPack法(注2)を参考にし、売買時の品質情報の質と量を充実させる。
②住宅価格インデックスなど、担保を設定した建物価格のマクロな変動を金融機関や投資家が観察し、それを評価しうる金融インフラの導入を行う。
③定期借家権の普及や、移住・すみかえ支援機構のように高齢者の持家住宅の賃貸化を促進する施策の一層の充実を図る。

政策提言4「まちなか集積医療」のガバナンス:「ヘルスケア・ボード(仮)」の創設二次医療圏域における医療資源の効率的配分・整備を、責任をもって行う組織を構築する。

<具体的な施策>
①「まちなか集積医療」のネットワークに参加する病院間の調整やマネジメントを行うための組織「ヘルスケア・ボード(仮)」を創設する。「ヘルスケア・ボード」は、医療関係者、保険者、行政機関、有識者、住民など多様なプレーヤーから構成される。
②「まちなか集積医療」のネットワークに加わる医療機関にはインセンティブとして、補助金の支給、減税、診療報酬加算などを実施する。
③都道府県は、医療サービス提供の最終責任者として、市町村間の調整を含め、戦略的な医療計画の作成、モニタリングの実施等を行う。
④広域的なまちづくり政策を推進する主体は、「ヘルスケア・ボード」と連携して20年先の将来を見据えたまちづくりと医療政策の融合を図る計画の策定、実施を行う。

まちづくりと融合した医療政策のイメージ図

目次

総論 「まちなか集積医療」の提言
小峰隆夫

各論
第1章 超高齢社会と医療システムの未来の姿
長谷川敏彦
第2章 医療サービスの地域配分に関する政策の評価
中川雅之
第3章 「まちなか集積医療」:医療資源の集積がなぜ戦略となりうるのか
伊藤由希子
BOX 自治体病院の経営方式と経営効率
山本清
第4章 高齢者の医療の近接性と人口移動
辻明子
第5章  「まちなか集積医療」の実現に向けた政策
中川雅之、豊田奈穂

図表

図表1 これまでの人口ボーナス、今後の人口オーナス
図表2 従属人口指数【(年少人口+老年人口)/生産年齢人口】の都道府県別推移
図表1-1 政策と事件の歴史的経緯
図表1-2 平均在院日数変化1985-2006年:日本(急性病院グループ)と日本
図表1-3 従来の入院医療の過程
図表1-4 新たな医療の過程
図表1-5 治療現場の転換と在院日数:急性期病院国際比較過去20年間
図表1-6 医療マネジメントの必要性
図表1-7 人口将来推計年齢別
図表1-8 高齢者に必要な5つのケア
図表1-9 総合診療医/老人医
図表1-10 急性期地域中核病院の機能パターン
図表2-1 地域ごとの医療サービス需給ギャップの発生
図表2-2 需給ギャップの変化要因(2000~2005年)
図表2-3 需給ギャップの変化要因(1990~2005年)
図表2-4 居住地選択モデルの推定結果
図表3-1 分析結果
図表3-2 病床数の医業収支比率(医業収益/医業費用)への影響
補表:基本統計量
図表3-1 まちの中心部の役割や中心部への希望
図表3-2 徒歩や自転車で行ける範囲に必要な施設・機能
図表3-3 病院施設(延べ床面積3000m2以上)の確認時期別立地状況(地方圏)
図表3-4 最寄りの医療機関との距離(世帯類型、住宅の所有別):2008年
図表3-5 65歳以上主世帯の医療機関遠方割合(自治体規模別):2003年
図表3-6 市町村中心部から三次救急機関へのアクセス(自動車利用)
図表3-7 過去5年間のうちに現住所へ転居した人の割合(%)(5年間):2000年、1990年
図表3-8 移動理由(複数回答)(%):2006年
図表3-9 世帯の1年間の転居率(%):家計を主に支える者の年齢階級、住宅種類別(2004-2008年)
図表3-10 虚弱化したときの転居意欲と関係があった項目
参考図表3-1 基本統計
参考図表3-2 結果1:虚弱化したときの転居意欲
参考図表3-3 結果2:住宅や住環境に関する優先度としての医療サービス
図表5-1 まちづくりと融合した医療政策のイメージ図
図表5-2 開設者別病院数(2008年)

研究体制

●研究会委員
小峰隆夫  法政大学大学院政策創造研究科教授
中川雅之  日本大学経済学部教授
長谷川敏彦 日本医科大学医療管理学教室主任教授
山本清   東京大学大学院教育学研究科教授

●NIRA
神田玲子  研究調査部長
伊藤由希子 客員研究員/東京学芸大学人文社会科学系経済分野准教授
辻明子   研究調査部リサーチフェロー
豊田奈穂  研究調査部ジュニアリサーチフェロー

引用を行う際には、以下を参考に出典の明記をお願いいたします。
(出典)小峰隆夫・中川雅之・長谷川敏彦・山本清・伊藤由希子・辻明子・豊田奈穂(2010)「「まちなか集積医療」の提言医療は地域が解決する-」総合研究開発機構

脚注
1 高密度な土地利用を認めて公共サービスの供給を行う空間的範囲のことで、ワシントンなどの州では市にその策定を義務付けているが、本報告書では境界の外であっても必要な費用負担を行えば開発を許容する緩やかなものを想定する。
2 英国では中古住宅の売買時に住宅に関する工事履歴書等の添付を義務付けている。

ⓒ公益財団法人NIRA総合研究開発機構

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