足羽教史
インクリメントP株式会社管理部渉外担当部長
鈴木謙介
関西学院大学社会学部准教授
山内康英
多摩大学情報社会学研究所教授

概要

 本書は、『人類文明と人工知能I―近代の成熟と新文明の出現―』に続く、シリーズ第2弾である。先の報告書では、われわれが対峙する近代社会は、旧いものの成熟と新しいものの出現が、同時に生起している「重畳」と、とらえるべきであることを示した。
 では、それは、どのような状況で、何を引き起こし、われわれはどう対応すべきか。ここでは、デジタル化を象徴するプラットフォームに焦点をあて、産業、社会、国家の領域ごとに取り上げる。
 まず、これまでの産業化をけん引してきた日本企業が、世界的なプラットフォームの覇権争いに加われないまま、競争力を失いつつある。競争力を維持するためには、日本の文化の強みから生まれる経験価値を生かしたプラットフォーム戦略を模索する必要がある。 
 また、情報技術を駆使したUberやAirbnbなどのシェアリングエコノミーは、社会に恩恵を与える反面、人々に雇用喪失の不安をもたらし、ポピュリズムの新たな温床になる可能性を秘めている。格差の拡大や雇用の流動性の増大への対応が急がれる。
 さらに、国民国家の役割は、市場がグローバル化する中で、強化される。その思想的な主柱となるのが、修正された新自由主義である。自由な市場経済と強い国民国家への指向は、競争を通じてプラットフォーム型企業や科学技術の進化を促し、社会のソーシャル化を後押しする。それは、いずれ16世紀西欧の啓蒙に始まる近代化の達成をもたらすだろう。

INDEX

エグゼクティブサマリー

魅力ある経験価値をいかに提供できるか
 巨大IT企業Google、Apple、Facebook、Amazon(GAFA)が成功した要因は、プラットフォーマーの地位を確立したことである。近未来には、あらゆる地域、あらゆる市場で、「多重プラットフォーム化」が進む。各企業は、プラットフォームをどのように制するかという戦略が引き続き重要となるだろう。
 プラットフォームを成功させる秘訣は、たとえ無料でもできるだけ多くの参加者を集めることである。そのためには、魅力ある「経験価値」の提供が参加者を惹きつける鍵となるだろう。わが国には、長い歴史を経た独自の豊かな文化がある。その強みを生かした経験価値を探求することが、戦略的で付加価値の高いプラットフォーム・サービスを構築するヒントとなる。

格差の拡大に対処せよ
 シェアリングエコノミーに対して人々が抱いている「雇用の喪失」や「低賃金化」という不安は、一定程度は現実とならざるを得ない。「民泊」サービスなどに代表されるシェアリングエコノミーは、効率的な資源配分を可能にするとされるが、実際には、例えば宿泊業では高級ホテルと低価格な民泊へといった2極化が進む可能性が高い。既存の専業サービスが撤退を迫られるとき、技術が生み出す新たな雇用にあずかれるのはごく一部である。
 格差拡大への対処には、雇用や居住地の流動性を高めることが考えられるが、流動化を無制限に求めれば、人々にさらなる不安をもたらす。新しい技術による雇用や経済成長を促すためには、格差の拡大や流動性の増大を一定程度にとどめる社会保障制度が必要である。

近代が続く限り国民国家は存続する
 国民国家は、金融危機などの世界市場の混乱に対して関与することのできる唯一の主体である。その役割は、市場経済がグローバル化し、資本主義が拡大・深化するにつれて、強化される。自由な市場経済と強い国民国家というこの組み合わせは、20世紀後半に登場した新自由主義によってもたらされた。サッチャー政権が新自由主義として経済的自由主義の復権をめざした背景には、英国社会の社会民主主義的な既得権益を打破する強い政治権力を必要としたことがある。その後、新自由主義は、2008年にはじまる世界大不況を契機に、国際金融規制を強化しつつ、同時に、各国の事情を踏まえた国ごとに異なる規制の構築を認めるものに修正され、今日では修正新自由主義として、自由な市場経済と強い国民国家を共存させる新たな政治経済的枠組みになっている。他方、こうした修正新自由主義が目指す、グローバルで競争的な世界市場の形成は、プラットフォーム型企業の誕生や人工知能などの科学技術の急速な進化を促し、社会のソーシャル化を後押しする結果となっている。人工知能の開発を通じた人間の理性の拡大は、16世紀西欧の啓蒙に始まる近代化の最終的な達成を予期させるものである。ハーバーマスなどコスモポリタン自由主義者の主張によれば、このような近代化の達成はカントが意味する世界公民的な連帯による国民国家の統合をもたらすが、その時期は依然として不明である。

目次

第1章 デジタル技術革命の時代に日本が勝つ情報戦略-日本企業は経験価値を追求せよ-
1 危機的というべき日本の近未来
2 競争力を失った日本企業
3 日本企業の競争優位を何に求めるか
4 経験価値の持つポテンシャルとは
5 経験価値の源泉となる日本文化
6 プラットフォームが覆い尽くす近未来の市場

第2章 シェアリングエコノミーがもたらす不安 -「社会的ギャップ」の拡大への対処を-
1 シェアリングエコノミーを覆う不安
2 シェアリングエコノミーの理論的背景と社会観
3 シェアリングエコノミーに対する批判
4 不安の源泉としての「社会的ギャップ」
5 無限の流動性に対処する

第3章 国家化Ⅱの政治経済学と国家化Ⅲの展望 -新自由主義のグローバルな展開とEU統合-
1 はじめに
2 公文の近代化ビジョン
3 国民国家の解消に関する諸説と国民国家の普及
4 新自由主義の登場と英国衰退論の転換
5 新自由主義のグローバルな展開と国家の役割
6 国家化Ⅲの今後の展望

図表

図表1-1 センシュアス・シティ・ランキング
図表1-2 関係性の4指標と、身体性の4指標
図表1-3 社会経済の消費者側におけるのICT貢献、効果およびサービス
図表3-1 近代化の3大局面間の相互作用/重畳関係
図表3-2 全陸地面積に占める国家の面積の推移
図表3-3 2011年現在の主権国家の成立年次
図表3-4 西欧近代における認識論的根拠の推移


研究体制(50音順)

(研究会委員)
公文俊平 多摩大学教授・情報社会学研究所長(座長)
足羽教史 インクリメントP 株式会社管理部渉外担当部長
鈴木謙介 関西学院大学社会学部准教授
山内康英 多摩大学情報社会学研究所教授
(NIRA総研)
神田玲子 理事・研究調査部長
榊麻衣子 研究調査部研究コーディネーター・研究員

引用を行う際には、以下を参考に出典の明記をお願いいたします。
(出典)足羽教史・鈴木謙介・山内康英・NIRA総合研究開発機構(2018)「人類文明と人工知能Ⅱー近代の成熟と新文明の出現ー」NIRA研究報告書

ⓒ公益財団法人NIRA総合研究開発機構

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