NIRA総合研究開発機構

概要

 本報告書は、20248月から9月にかけて北海道東神楽町とNIRA総合研究開発機構が共同で開催した住民ワークショップの内容をもとに、東神楽町への提案書として取りまとめたものである。「東神楽町2050ビジョンワークショップ」と題されたこのワークショップでは、東神楽町に住む中学生から20代までの若い世代が集まり、2050年に東神楽町はどのような町になってほしいか、そのためにどのような政策が求められるかを議論した。テーマは「キャリア教育」「デジタル教育」「公共交通」「魅力あるまちづくり」の4つである。2050年という少し離れた未来を参加者が想像することをサポートするツールとして、ChatGPTを活用した。例えば、ChatGPTには2050年の東神楽町の様子を画像で生成させたり、2050年にはどのような技術が登場しているかを予測させたりした。参加者はChatGPTからの出力を見ることで、未来志向の創造的なアイディアを出すことができた。
 本報告書はあくまでワークショップ当日に議論された内容を取りまとめたものである。後日、ワークショップ開催に至るまでの議論の過程や政治的な議論におけるAIの活用可能性に関する考察など、プロジェクト全体を総括した報告書も公表する予定である。

INDEX

若者発:東神楽町2050ビジョン

令和6924
(公財)NIRA総合研究開発機構

第1章 生成AIを使った若者発のビジョンづくり

1 東神楽町2050ビジョンの目的

 本ビジョンは、東神楽町に住む若者有志が2050年の未来を見据え、長期的な視点に立って東神楽町に求められる政策を提言するものである(注1)現在、東神楽町では、令和72025)年度以降の第9次総合計画の策定に向けた議論が進んでいる。その議論の場に、中学生を中心とした20代までの、次世代を担う若者の声を届けることが今回の取組の目的である。

 私たちが直面する人口減少や地球環境問題などの課題は、長期的な視点なくしては解決できないものである。政策を議論していると、とかく短期的な思考がその場の空気を支配しがちとなるが、そうした事態に陥るのを防がなくてはならない。政策立案に関わる人々が、未来を担う若者の声に耳を傾け、決断し、果敢に挑戦し続けることができれば、私たちの社会は持続的なものへと大きく前進するだろう。

 ここで集約された意見は、約25年後の2050年をターゲットとした時間軸を設定し、東神楽町に関する情報を事前に学習したAIChatGPT)も活用して議論を重ね、形成されたものである。若者が2050年という、将来の東神楽町、そして自分たちの姿を想像し、心のうちを誠実に言葉に表した結果である。

 今回の取組は試行的な段階にあるが、未来を変える確実な一歩となることを期待する。

2 東神楽町2050ビジョンの背景

 東神楽町は、大雪山連峰をはじめとする豊かな自然環境に恵まれ、旭川市や旭川空港にも近いという立地の良さもあいまって、非常に住みやすい町として知られている。「街の幸福度 自治体ランキング2022〈北海道版〉」(「大東建託いい部屋ネット」調べ)では第1位になった。

 東神楽町の人口は近年、ひじり野地区を中心に増加しており、2010年に9,527人であった人口は、2020年には10,402人となった。しかし、「東神楽町人口ビジョン」における推計によれば、2050年には人口が9,359人に減少し、65歳以上人口の割合はおよそ35%になると予測されている(図1)。人口減少や高齢化による産業構造の変化が予想され、2050年の東神楽町の住民の暮らしは、今とは大きく違うものになると考えられる。

図1 東神楽町の人口推計(「東神楽町人口ビジョン」より)

東神楽町の人口推計(「東神楽町人口ビジョン」より)

 もちろん、東神楽町の人口減少はいわゆる「消滅可能性自治体」に数えられるほど深刻なものではない。しかし、多くの住民が旭川市に通勤・通学し、買い物に出掛けており、東神楽町は同市の経済に大きく依存しているといえる。今後も住みやすい町であり続けるとは限らない。どうすれば住民が満足する行政サービスを継続することができるのか、そして東神楽町の住民であるという強い自己認識(アイデンティティ)や地元への愛着をどう維持していくかは、持続可能な東神楽町のあり方を考える上で重要な課題といえるであろう。

 他方で、2050年になると、AIをはじめとするデジタル技術の進展や新しい交通手段の登場によって、住民の生活はさらに便利に、そして豊かになっていることが予想される。例えば、現在は実験段階である自動運転も、2050年には一般化し、バスが自動運転で運行している可能性もある。図2は、ChatGPTが生成した、2050年に無人運転バスが走っている様子の画像である。

図2 ChatGPTが生成した無人運転バスの画像

ChatGPTが生成した無人運転バスの画像

 本ビジョンにおける提言は、2050年になると人口減少や高齢化が進む一方で、東神楽町の政策の実現や人々の暮らしに役に立つ技術が進展しているという、両側面の状況を踏まえたものである。

第2章 東神楽町2050ビジョンワークショップについて

1 ワークショップの概要

 本ビジョンは、東神楽町とNIRAが令和68月に開催した「東神楽町2050ビジョンワークショップ」で議論された内容を基にしている。このワークショップは、総合計画策定委員会の場に若い世代の意見を届けるために開催したものであり、中学生から20代までの10名の住民が参加した。

 議論したテーマは以下の4つで、参加者に事前に実施したアンケートを踏まえて決定した。

キャリア教育
デジタル教育
公共交通
魅力あるまちづくり

 今回のワークショップの特徴の1つは、参加者が2050年という少し先の未来を想像しながら議論したところにある。参加者には「自分が大人になったときに東神楽町がどのような町であってほしいか」、「自分が将来子どもを持ったとすると、子どもにはどのような教育を受けさせたいか」といった観点から議論をしてもらった。

 もう一つの特徴は、議論の中でChatGPTを活用したことである。ChatGPTは、文字によるチャットが可能な生成系AIであり、入力された質問に答え、また、指定された条件に合わせて画像を生成することができる。参加者は中学生を中心とする若い世代であり、2050年の未来を想像してもらうといっても、社会情勢に関する知見も限られており、何の材料もなく想像することは簡単ではない。そこで、東神楽町の統計や風景画像といった情報をChatGPTに学習させた上で、東神楽町で将来普及している技術を予測させたり、将来の町並みの画像を生成させたりした。参加者は、ChatGPTから出力された画像やデータを参考にしながら議論を進めた。

2 ワークショップの進め方

 ワークショップは、令和689日(金)、同21日(水)の2回に分けて行われた。第1回のワークショップでは、参加者が各テーマについての問題意識及び提言を一人ずつ述べ、第2回のワークショップでは、さらに議論を深めるために、グループディスカッションを行い、具体的な提言案をまとめた。参加者は「キャリア教育とデジタル教育」をテーマとするグループと「公共交通と魅力あるまちづくり」をテーマとするグループの2つに分かれた。参加したメンバーとグループ分けは第1回も第2回も変わらず、継続的に同じテーマに取り組んだ。

 ワークショップの開催に先立ち、参加者に東神楽町の現状を把握してもらうため、資料を配布した。その中には、前章で述べた将来の人口推計とともに、東神楽町の教育あるいはまちづくりについて、ChatGPTによる「SWOT分析」の結果、つまり強みSstrength)、弱みWweakness)、機会Oopportunity)、脅威Tthreat)が含まれている。図34は実際に使用された資料の一部で、東神楽町の統計集などをChatGPTに読み込ませた上でSWOT分析を行い、その結果を平易な言葉に言い換えたものである。

 また、ワークショップでは、ChatGPTを使いながら2050年の未来をよりじっくりと想像してもらうための時間をなるべく多く確保した。ChatGPTには、政策提案の「アイデア出し」や、2050年の未来の職業や移動手段などを予測するといった役割を担わせ、ChatGPTの出力結果は議論のたたき台として役立てた。

図3 ChatGPTによるSWOT分析の結果(教育)

ChatGPTによるSWOT分析の結果(教育)

図4 ChatGPTによるSWOT分析の結果(まちづくり)

ChatGPTによるSWOT分析の結果(まちづくり)

 ワークショップのモデレーターは、第1回では古田大輔(株式会社メディアコラボ代表)が、第2回では竹中勇貴(NIRA)が務めた。第2回のグループディスカッションには、東京大学教育学部の大学生4名が討議の補助役として加わった。

第3章 東神楽町2050ビジョンの政策提案

1 政策提案の4つの柱

 令和6年度までの現在の東神楽町第8次総合計画は「笑顔あふれる花のまち みんなで築こう活気ある東神楽」をスローガンにしている。果たして、2050年の東神楽町は笑顔があふれ、活気ある町になっているのであろうか。若者が住み続けたいと思う町であり続けているのだろうか。

 2050年に、今の若者の夢がかなえられ、東神楽町民としてのアイデンティティを持ち、生きがいを感じられる町であるために、何をすべきか。ここでは、若者にとって関心の高い4つのテーマ、キャリア教育、デジタル教育、公共交通、魅力あるまちづくりを取り上げ、それぞれについて(1)現状の課題、(2)提案、(3)具体的施策を示す。

第1の柱「キャリア教育」

 現在のキャリア教育は、自分たちの将来を具体的に想像する機会になっていないという問題がある。そのため、生徒には将来のキャリアについての明確なビジョンや多様な選択肢を提供するとともに、通常の教科においてもキャリアとの関係を意識できる教育にすることを提言する。

第2の柱「デジタル教育」

 教育現場における、デジタル化への対応の課題が浮き彫りになった。AIも活用しながら、生徒一人一人の個性を把握し、それに寄り添った指導を実現することを提言する。

第3の柱「公共交通」

 移動が不便で、仲間と集える居場所が不足しているという問題がある。新しい交通手段の開発・普及に取り組むとともに、サイクリングロードやバス停を地域コミュニティづくりの場として整備することを提言する。

第4の柱「魅力あるまちづくり」

 「東神楽らしさ」を感じられる町づくりが求められる。旭川空港に近い立地を生かして、東神楽町に拠点を置く生活をサポートすることや、花や農産物を生かしたイベントの開催を行うことなどを提言する。

2 キャリア教育

2-1 若者が提起した東神楽町の課題

 文部科学省が掲げるキャリア教育の目標は「社会的・職業的自立」であり、単に就職に役立つ知識やスキルを身に着けるだけではなく、働くということを通じた社会参画の意識を育むことも含まれている。東神楽町の教育行政においても、生徒が「学びがい」や「生きがい」を感じることがキャリア教育の主要な要素に位置づけられている。しかし現場では、いくつかの課題が見られる。

 中学校におけるキャリア教育は、目前の高校進学が話の中心となりがちで、生涯にわたる長期的なキャリアを考える機会が少ない。職場体験も実施されているが、体験内容が単純作業にとどまっているために働くことの意義を考える経験につながらず、東神楽町以外の職業を体験することも困難である。

 また、普段の学習内容や学校生活が将来のキャリアにどう結び付くかについて実感を得られずにいる。例えば、学校で勉強する英語にしても、仕事上では、より実用性の高い語学の習得が求められているのではないかなど、目指す職業に必要とされる知識やスキルが何かが分からずにいる。また、学校生活においても、校則による行動や服装の制約が過度であり、生徒の積極的な関わりや自主的な判断を妨げている場合がある。

2-2 提案

 1に、生徒に将来のキャリアについての明確なビジョンを与える機会を増やすことである。地理的、時間的な制約を超え、職業についての多様な知見や経験を生徒が蓄積できるようにすることで、将来の職業選択の幅を増やす必要がある。そのため、デジタル技術を活用し、地域では体験できない職業についての情報収集や疑似体験ができるようにする。具体的には、VRARといった「仮想現実」の技術を活用し、オンライン職業図鑑を使って様々な職業に触れるとともに、その職業に就くための過程や必要なスキルを学べるようにする。さらに、職業体験などの経験を他の学校や自治体とも広く共有する。

 2に、キャリア教育を普段の学習と結び付けることである。現在のキャリア教育は、「総合的な探求の時間」の授業などで「特別な時間」として行われているが、通常の教科指導でもキャリアとの関係を意識できるようにする。これにより、働くことを遠い未来の、今の自分とは無関係の話ではなく、今の自分の学びと密接に関わる「自分ごと」として捉えられるようにする。

 3に、グローバルな視点に立った異文化理解を実用的なスキルとして習得できる機会を増やすことである。2050年には、どのような職業に就いたとしても、外国人と接する機会は今より増えていると予想される。そこで、現在行われている台湾との交流事業を拡充することも含めて、より多くの生徒が異文化交流を経験できるようなイベントを開催する。

 4に、生徒が授業のみならず、学校生活全体により主体的に関われるようにすることである。キャリア教育の目的は、社会に積極的に参画し、コミュニティを自分たちで作り上げるという意識を醸成することにもある。そのため、学校の校則を時代の変化に即しつつ、かつ過度に制約的なものにならないようにするため、生徒自らが作成・見直しをできるようにする。

2-3 具体的な施策

〈キャリアの選択肢を増やす〉

VRARを使った職業体験
VRやARといった仮想現実のデジタル技術を活用して職業体験を行う。参加者がオンラインで学校の垣根を越えて集まり、その職業の第一人者との対話を通じてキャリア意識を醸成する。

・オンライン職業図鑑の充実と活用
個々の職業に就くために必要な知識やスキルまで盛り込んだ職業図鑑を作成してオンラインでアクセスできるようにし、東神楽町のウェブサイトやSNSで広報をする。

・キャリアに関する情報の共有
職業体験などキャリア教育の成果を学校内はもちろん、他の学校の生徒ともオンライン上で共有し、意見を交換する。

〈キャリア教育を普段の学習とリンクさせる〉

・日常的なキャリア教育
通常の教科の授業の中でも、勉強する内容が将来の社会生活・職業生活とどのように関連しているかに言及する場面を増やす。

〈グローバルな視点を育てる〉

・異文化交流イベント
中学校卒業までの早い時期に、言葉・文化・マナーが異なる人と交流する機会を設け、異文化への理解を深めるとともに、グローバルな視野を育てる。

〈社会性を身につける学校生活〉

・学校生活への関わり方の見直し
学校の校則を、時代の変化に即し、かつ過度に制約的なものにならないようにするため、生徒自らが作成・見直しをできるようにする。

3 デジタル教育

3-1 若者が提起した東神楽町の課題

 教育の情報化は全国的に推進されているが、東神楽町は周辺の自治体と比較してもデジタル化が大きく進展している。東神楽中学校ではiPad11台配布され、プロジェクター付きの黒板も設置されている。

 しかし、デジタル導入に伴う現場での課題も存在する。教員がデジタル機器の操作に不慣れであるために、授業が一時的に中断し、生徒が戸惑うことも多々ある。一方で、生徒はテストや家庭での自学自習の際に、紙と比べてiPadでは不便である、あるいは集中できないと感じる場面がある。

 さらに、ICTリテラシーについての知識が十分に教えられていないという課題もある。SNSアプリの使い方については技量や知識に個人差があり、習熟度の違いが学校での人間関係にも影響を及ぼしてしまう。また、授業では、インターネットの危険性についての話が多く、インターネットを前向きに活用する方法を学びたいという生徒のニーズに応えられていない。

3-2 提案

 1に、AIが一人一人の生徒に個性に合わせた最適な学びをサポートすることで、「塾いらず」の教育を実現することである。2050年のAI技術を活用して、授業やテストにおける生徒の行動や表情を分析して個性や習熟度を把握し、勉強を先取りしたい生徒とゆっくり学びたい生徒の双方に対応できるようにする。また、VRARの技術を使い、歴史的な事件をバーチャルで体験するなど、現実には不可能な体験を提供する「没入型授業」を行う。さらに、グループディスカッションの時間にAIを使用することで、生徒に新たな視点・知見を与えることで教育の質を上げる。

 2に、2050年に向けては、「読み・書き・そろばん」と同じレベルで「情報」の知識を得られるよう、デジタルリテラシー教育を充実させることである。どの成長段階でどのような技術を習得することが適切か、を把握するための取組を学校現場で進める。ネットリテラシー教育については、「○○をしてはいけない」という禁止事項の指導だけではなく、インターネットを活用するための前向きな活用法を教える。例えば、生徒が学校公式のSNSを運営したり、AIを使ってSNSでどのような発言をするとどのような影響があるのかをシミュレーションしたりといった、実践的な機会を設ける。さらに、ChatGPTによれば、2050年にはVRAR専門のデザイナーや、AIに関する倫理の専門家が生まれると予測される。こうした新たな分野における専門知識を学べる教育プログラムを実施する。

 3に、教育における「人とデジタルの共存のあり方」についての探求も重要である。2050年には、AIが人間の教員を完全に代替できるという考え方が登場する可能性もある。その中で、人間中心のデジタル社会を形成するため、教育におけるAIと人間の役割分担のあり方を科学的に探求する場を設ける。

3-3 具体的な施策

〈デジタル技術の活用〉

AIによる個別学習サポートシステム
AIが授業での生徒の行動やテスト中の表情などを分析することで、教員の指導をサポートするとともに、生徒の個性に合わせた最適な学びを支援する。

VRARを使った「没入型授業」
VRやAR技術を用いて、人体の内部に入り込んで構造を学んだり、歴史上の出来事が起こる瞬間にタイムスリップして過去を体感したりする授業を行う。

・グループワークのメンバーとしてAIを導入
グループディスカッションにAIが参加し、AIの独自の視点から、新しいアイデアや知見をリアルタイムで提供する。

〈デジタルリテラシー教育〉

・将来必要となるデジタルスキルを見越した教育プログラム
VR・ARを専門とするデザインや、AIを使う際の倫理を学べるようなプログラムを提供する。

・学校公式SNSを生徒が運営する
学校の公式SNSアカウントを、生徒どうしで議論しながら運営する。

AIを使ったSNS運用の練習
生徒が何らかの文章を入力すると、それがSNSで発信された場合の相手の反応や「炎上するリスク」などをシミュレーションできるAIを使用する。実際に手を動かしながら、どのような投稿をするとどのような結果となるかを学ぶことができる。

〈人とデジタルの役割分担〉

・「人とデジタル」アドバイザリーボード
刻々と発展するデジタル技術にキャッチアップするためには、どの成長段階で、また、どのような形で導入すればよいのかを科学的に探究するアドバイザリーボード(助言機関)のような組織を設置する。

4 公共交通

4-1 若者が提起した東神楽町の課題

 人口減少や担い手不足を背景に、日本の地域公共交通は維持が厳しい状況にあり、東神楽町も例外ではない。2050年に向けた移動手段の確保が、最優先の課題である。特に、東神楽町は、冬は雪が深く積もり移動が困難となるが、若年層は冬でも自由に移動したいという希望を強く持っている。

 マイカーを持たない若年層は、バスやタクシーを利用することが多い。しかし、バスは本数が少なく、1時間以上待つこともあるなど不便を感じている。また、バス停は狭く、ときにごみが捨てられているという環境面の問題もある。一方、タクシーは台数が限られ、運転手の確保が難しい状況にある。

 若い世代は、自転車での移動は体力的にそれほど苦ではなく、サイクリングロードを利用することも多い。しかし、サイクリングロード沿いに休息や勉強する場所がなく、「居場所」が不足している。また、電動キックボードを使おうと思っても、充電できる場所が少ないという課題もある。

 冬になると、雪によって道の端が見えず、田畑に転落してしまう事故が発生することがあり、安全性の確保も重要な課題である。

4-2 提案

 1に、新しい交通手段の普及に向けた「インフラ・ルール」を整備し、中高生が利用できる新しい移動手段を開発することである。2050年には、ゼロカーボン(脱炭素)社会の実現のため、電動自転車や電動キックボードといった新しい交通手段、そしてそれらを支える技術が広く普及していると予測される。直線的な道路が多く、自動運転に適した条件を備える東神楽町には、全国に先駆けて自動運転を実装する先進的な自治体となるポテンシャルがある。具体的には、自動運転に必要な道路上の設備や充電スポットを整備するとともに、中高生が利用できる独自の交通手段の開発と普及を進める。また、タクシーの営業規制を見直し、地域独自のルールとして、新たに登場する移動手段の免許資格の対象に中高生を含める。

 2に、公共交通を住民同士の交流の場として捉え、東神楽町のコミュニティづくりという観点から整備することである。公共交通は、移動を便利にするためだけではなく、地域のコミュニティ形成にも役立つ。それは、若者が東神楽町に愛着を持ち、将来にわたって長く東神楽町に住みたいと思えるようなまちづくりにもつながるであろう。そのため、サイクリングロードを通勤・通学の手段として、より多くの住民が利用したくなるよう、カフェや休憩所といった居場所を設置し、また、サイクリングロードから市街地に移動しやすくするなど経路の工夫をする。さらに、利用者に合わせて運行経路や時間を柔軟に変えて運行する「デマンド交通」を、便利な交通手段として捉えるだけではなく、住民同士が直接的・間接的に交流する機会として捉え、利便性と居場所の両方を兼ね備えた交通手段として整備する。

4-3 具体的な施策

〈新しい交通手段とそれに伴って必要となるインフラ・ルール〉

・自動運転に必要な装置の整備
自動運転の車が走っている道路の位置を認識するために必要な機器を道路に沿って設置する。

・充電スポットの拡充
電動スクーターや電気自動車の充電スポットの数を増やす。例えば、「はなのわ」や「アルティモール」に設置することで、他の用事をしている間に充電ができるようにする。

・中高生が利用できる新たな移動手段の開発・普及
企業と連携し、中高生でも利用できる新たな交通手段の開発・普及を進める。例えば、雪に特化した「電動そり」などがある。

・新たな交通手段に適合的なルールの整備
タクシーの営業規制を見直し、東神楽町のタクシー業者が東神楽町以外でも営業できるようにするとともに、町外のタクシー業者が東神楽町内の移動を担えるようにする。さらに、自家用車を活用したライドシェアを推進する。

〈コミュニティとしての公共交通〉

・サイクリングロードにおける施設の整備
サイクリングロードを町役場周辺の市街地まで延伸し、サイクリングロードの沿道にカフェなど食事や休憩ができる場所を作る。雪が積もる冬にはサイクリングロードをクロスカントリーの練習場として使えるように整備する。

・コミュニティスペースとしてのバス停の活用
利用者の多いバス停を中心に、暖房器具やごみ箱を設置して居心地をよくするとともに、他の町民との交流がしやすいテーブルや座り心地のよい椅子を設ける。

・デマンド交通
バス停の場所に関係なく、利用者の行きたい場所に柔軟に向かうデマンドバスを導入する。

5 魅力あるまちづくり

5-1 若者が提起した東神楽町の課題

 東神楽町が令和64月に実施したアンケート調査によると、東神楽町に対する住民の満足度は全体として高く、東神楽町に住み続けたいと考えている人が多い。しかし、2050年にかけて人口が現在の10,402人から9,359人に減少し、高齢化が進むと予測されている。その中で「東神楽町」で育ち、住むことの誇りが失われれば、将来、町を離れる若者が増えていく可能性がある。

 東神楽町に対しては「全国的に通じるような町」であってほしいという思いはあるが、名物や観光名所のようなコンテンツを売り出している周辺の自治体に比べて、「東神楽町と言えば何か」をあまり明確に打ち出していないように感じられる。

 例えば、東神楽町のアピールポイントとして「花のまち」があるが、町内の施設や道路で花を見ることのできる場所は限られており、花まつりでも必ずしも「花のまち」であることが宣伝されている印象はない。さらに、冬の時期はそもそも花を見ることが難しくなる。また、東神楽町を代表するインフラとして、「森のゆ ホテル花神楽」から忠別川沿いを通り東神楽町全体を横断し、旭川市につながる大規模なサイクリングロードがあるが、十分には活用されていないのも課題である。

5-2 提案

 1に、東神楽町の恵まれた環境や豊富な資源を生かし、東神楽町らしさを感じられるまちづくりを実現することである。東神楽町は、旭川空港に近いという立地や付加価値の高い農作物など、イノベーションの可能性を秘めた要素を持っている。東神楽町を旭川市の「郊外」と位置付ける従来の発想では、同市の人口減少、コンパクトシティ化の影響を感受せざるを得ない。むしろ旭川空港に視点を据え、人口30万人超の旭川市を「後背地(ヒンターランド)」と発想を転換することも一案である。空港近くにテレワークができるコワーキングスペースを設置し、旭川空港を東京や旭川市へのアクセスの近い便利な場所とすることで、旭川市の経済力を活用するのである。また、米を使った日本酒の製造や花の品種改良などにより、付加価値の高い産業の創出を目指す。

 2に、東神楽町の住民としてのアイデンティティを育て、東神楽町らしさを共有できる環境を整えることである。花や農産物を生かしたイベントの開催や景観づくり、販売所の開設などを行い、これらを通じて東神楽町の魅力を対外的に発信する機会を増やす。加えて、若年層が東神楽町を自分に成長する機会を与えてくれた場として捉え、将来にわたって積極的に関わりを持ちたいと思えるよう、歌やダンスなどの芸術活動や、VRARを使った先進的な仕掛けを取り入れ、若年層の感性に響く「場づくり」をする。これらのイベントを通じて、「花」「農産物」「歌やダンス」「デジタル」などの分野に関心のある町の内外の人々に東神楽町を知ってもらう機会を創出する。

5-3 具体的な施策

〈イノベーションを創造する場〉

・旭川空港近くのコワーキングスペース
旭川空港の近くやアクセスのいいところにコワーキングスペースを設置し、ベンチャー企業やスタートアップ企業が集積する場所とする。

・道の駅
旭川空港の近くに「道の駅」を作り、空港利用者が飛行機出発までの時間を過ごしたり、飛行機で到着してから一休みしたりできる場所を提供する。

・東神楽町独自の名産品の開発
東神楽町の米を使った日本酒や、東神楽町独自の品種の花を開発する。

〈東神楽町のアイデンティティ〉

・花のまち
旭川空港の周辺や空港から旭川市への道沿いなど、町外の人の目につきやすい場所に花を植える。花まつりでは、花の形に開く花火の打ち上げ、花をテーマにしたプロジェクション・マッピング、ドローンを使った花の形のライトアップを行う。施設の名称にも「東花楽(ひがしかぐら)」のように「花」の文字を盛り込む。

・東神楽町の農産物を売り出すイベント
東神楽町の有名な農産品であるアスパラガス、玉ねぎ、米などを地元の農家が持ち寄って料理(野菜カレーなど)を作る、農業体験や農作物をその場で食べられるといったイベントを開催する。

・デジタルと芸術の融合
東神楽町の地元のダンス・演劇を地域で発表する場を増やす。町の歌のような東神楽町の文化を広める機会を提供する。VRARを活用し、デジタル技術と融合したイベントを開催する。2050年の東神楽町をテーマに歌やダンスを交えたビデオを作成する。

おわりに

 本ビジョンの政策提言は、東神楽町の若者が2050年の自分や東神楽町を想像し、そこから現在にさかのぼって思考を巡らせ、東神楽町に必要な施策を提言したものである。そのため、提言の中には、現行の制度の中では実現が必ずしも容易ではないものも含まれる。しかし、政策当局におかれては、2050年に理想とする東神楽町をつくり上げるために、短期間での実現が困難であるとしても、今から動きはじめてほしい。本提案がきっかけとなって、現在の政策決定に深く関わる世代が、将来を担う若い世代の声に耳を傾け、世代を超えた議論が行われることを期待する。

引用を行う際には、以下を参考に出典の明記をお願いいたします。
(出典)NIRA総合研究開発機構(2024)「若者発:東神楽町2050ビジョン」

脚注
1 本ビジョンは、「東神楽町2050ビジョンワークショップ」における議論の内容をもとに、公益財団法人NIRA総合研究開発機構(以下、NIRA)が取りまとめたものである。なお、当プロジェクトは東神楽町とNIRAの持ち寄り型共同研究であり、NIRAは同町から研究費・委託費等の供与を受けていない。 1 本ビジョンは、「東神楽町2050ビジョンワークショップ」における議論の内容をもとに、公益財団法人NIRA総合研究開発機構(以下、NIRA)が取りまとめたものである。なお、当プロジェクトは東神楽町とNIRAの持ち寄り型共同研究であり、NIRAは同町から研究費・委託費等の供与を受けていない。

©公益財団法人NIRA総合研究開発機構

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