谷口将紀
東京大学公共政策大学院教授/NIRA総合研究開発機構理事長
宇田川淑恵
NIRA総合研究開発機構研究コーディネーター・研究員

概要

 平均寿命はトップクラスを誇り、美味しい食べ物にあふれ、道に落とした財布が戻る安全な社会である日本。自由に考え、移動できる環境や美しい自然にも恵まれている。しかし、世界幸福度ランキングでは、日本は上位には入っていない。では一体、上位国とは何が違うのか。
 この背景には、幸福度やウェルビーイングに関する国際ランキングには欧米中心の評価項目が用いられていることや、日本人特有の「謙虚」な回答傾向により順位が低く出やすいことが挙げられる。国際調査において各国の文化的な背景を見過ごすと、過度な一般化を示しかねない。必ずしも首位を目指す必要性はないものの、こうした状況を把握したうえで、ウェルビーイングの改善に向けて課題を理解することは重要となる。また、GDPなどの経済指標だけでは幸福度を十分に説明できず、社会的つながりや精神的健康、ワークライフバランスなど心理・社会的要因の重要性が高まっていることにも目を向ける必要がある。ウェルビーイング・幸福の定義や測定方法の妥当性を確認しながら、日本の現状と政策的課題を検討する。幸福度の向上のためには、ワークライフバランスの改善、実質賃金の引き上げ、政治・社会参画の促進などが重要であり、多様な幸福やウェルビーイングを尊重し共存できる社会の構築が求められる。

山のあなたに「幸」は住むのか?―日本と世界のウェルビーイング比較―
・第1章 日本人は「不幸せ」なのか―国際指標を読み解く―
第5章 日本人は「幸せ」なのか―「みんなのほんとうのさいわい」とは―

INDEX

図表

表1 OECD「より良い暮らし指標」を構成する11項目(下記太字は主観的指標)
表2 各調査の幸福度の測定方法の違い
表3 EIU「民主主義指数 2024年」(2025年公表)
表4 V-Dem研究所「民主主義レポート」(2025年公表)
表5 「参加的要素」の構成内容(2024年)
表6 OECD「より良い暮らし指標(BLI)」日本の各項目のランキング

はじめに

 平均寿命は世界トップクラスで、おいしい食べ物があふれ、道に落とした財布が戻ってくる社会。自由に考え、どこにでも行ける環境。ときに激しい災害に見舞われることはあっても、総じて気候は温暖で自然は美しい。それなのに、世界幸福度ランキングでは、日本の順位はなぜか今ひとつ。上位国と何が違うのか。――この疑問こそが、本プロジェクトの出発点であった。

 世論調査の中でも近年、内外の政策当局者に注目されているのが、人々のウェルビーイングに関する調査だ。日本では、内閣府の骨太方針において、2021年以降、政策目標として「Well-being(幸福度)の高い経済社会の実現」が掲げられている。また、海外では、ウェルビーイングの観点を政策に反映させている国もある。政策当局者にとっては、公共サービスや国民の生活水準向上を目的として、ウェルビーイングを予算編成などの政策プロセスに取り入れていくことには、日本でも大きな意義を持つ。

 また、近年は、論壇においても幸福をめぐり、多面的な視点からさまざまな主張が展開されている。たとえば、社会思想家の佐伯啓思は、日本人が普遍的な価値の規範としてきた米国において、「リベラリズム」という思想や「経済成長による富の増大」が現代の福音とはならないことを指摘した上で、日本人にとっての「幸せとは何か」を日本思想の側面から問い直す時期に来ていると指摘する(佐伯 2025)。

 こうした政策、また、思想的な側面から関心が高まる中で、ウェルビーイングを計測する試みが国内外で行われており、日本では、内閣府が「満足度・生活の質に関する調査報告書2024」を公表し、日本人の総合的な生活満足度が年々上昇していることが報告されている。

 一方で、国際比較が可能な調査としては、OECDの「より良い暮らし指標(Better Life Index)」やオックスフォード大学ウェルビーイング研究所等の「世界幸福度報告書(World Happiness Report)」、そして世界価値観調査などがある。これらの調査では質問の仕方に違いがあるものの、その多くが回答者個人の主観的な意見に基づき、各国のウェルビーイング、あるいは、幸福度や人生評価、生活満足度を数値化している(注1)。合わせて、各調査では、異なる切り口で幸福度に寄与する要素について分析を行っている。

 議論に入る前に、まずウェルビーイングおよび幸福の概念を整理しておきたい。1948年に発効された世界保健機関(WHO)憲章では、「人々の幸福(happiness)と平和な関係と安全保障の基礎」となる諸原則の1つとして健康を挙げ、その定義を“A state of complete physical, mental and social well-being, and not merely the absence of disease or infirmity”(注2)としており、その中でウェルビーイングという概念が用いられている。その後、WHO(2021)の用語集では、ウェルビーイングを「個人や社会が経験するポジティブな状態であり、健康と同様に、社会や経済、そして環境面での条件によって決定される日常生活の資源である」と規定している。さらに、それは、「個人や社会が意味や目的を持って世界に貢献する能力」を含むとされている。

 ウェルビーイングには、客観的、主観的によって2つに分かれる。客観的ウェルビーイングは明確な定義づけが難しいため、定義そのものよりも構成要素が何かが研究の対象となっており(Voukelatou et al., 2020)、GDPや物質的豊かさだけでなく生活の質も含まれる。

 他方、主観的ウェルビーイングは、人生を振り返った際に抱く思考である「人生評価」と、「感情的ウェルビーイング」という2つの側面から構成される(Kahneman & Deaton, 2010)。感情的ウェルビーイングは日常生活における感情の質を示すのに対し、生活満足度は「願望と達成の比較に基づく包括的な自己評価」とされ、達成が願望に近づくほどその満足度は高まる(Mason & Faulkenberry, 1978)。また、主観的ウェルビーイングを測定する別の枠組みとして、ポジティブ感情、ネガティブ感情、人生評価の3つの指標が用いられる(Andrews & Withey, 1976; Diener, 1984)。一部の研究では、幸福を「感謝・満足・愛などのポジティブ感情が、悲しみ・怒り・不安などのネガティブ感情を上回る割合」として捉える立場も存在する(Kalb, 2025; Ng, 2022)。

 人生評価や幸福感に関しては既に多くの実証的な研究が蓄積されている。例えば、収入が高いほど人生評価が向上することが明らかになっており、これは高所得者層にも当てはまる(Kahneman & Deaton, 2010)。感情的ウェルビーイングと人生評価はいずれも家計収入の増加とともに上昇する一方、収入が一定水準を超えると感情的ウェルビーイングへの影響は弱まることが指摘されている(Kahneman & Deaton, 2010)。また、日本の幸福学の第一人者である前野隆司は、1,500人の日本人に対して質問を行い分析したところ、4つの因子を満たす人ほど幸福度が高いと指摘する(前野 2022)。その4つの因子とは、「やってみよう!」という自己実現と成長の因子、「ありがとう!」というつながりと感謝の因子、「なんとかなる!」という独立と自分らしさの因子、そして「ありのままに!」という前向きと楽観の因子である。これらの因子は、他者との比較や競争に打ち勝つことで満たされるものではなく、社会における多様な人々とのつながりの中で醸成される自己実現や他者への感謝、自己肯定、楽観的思考などの内面的な価値が重要となる。

 さらに、国レベルでの分析では、高所得国間において1人当たりGDPと平均的な生活満足度の相関は低いことを示している(Matusiewicz, 2025)。GDPは社会全体の幸福を直接示す指標ではなく、幸福の変動を十分に説明できない場合が多い(Voukelatou et al., 2020)。また、経済成長が一定水準に達すると、幸福感の向上効果は限定的となり、社会的つながり、精神的健康、ワークライフバランスなどの心理的・社会的要因が生活満足度においてより重要性を増すことが報告されている(Matusiewicz, 2025)。

 幸福度に関する国際ランキングでは、北欧をはじめとする西欧諸国が幸福度の高い国に位置付けられている一方で、同じく先進国である日本の順位は低い。例えば、OECDの「より良い暮らし指標(Better Life Index)」では、41か国(OECD38か国+3か国)中、1位ノルウェー、2位アイスランド、3位スイス、4位スウェーデン、5位フィンランドの順位で、日本は30位に位置付けている(2025年6月時点)。2025年の「世界幸福度報告書(World Happiness Report 2025)」では、147か国中、1位フィンランド、2位デンマーク、3位アイスランド、4位スウェーデン、5位オランダで、日本は55位である。この調査結果を見る限り、日本において多くの人々が幸福であると感じていない、あるいは日々の生活に満足していないという印象を受けるかもしれない。たしかに、日本の経済状況を確認すると、1995年以降、豊かさの指標である「1人当たりの粗可処分所得(PPP換算)」の順位が低下しており、1995年のOECD29か国中9位から2023年はOECD30か国中20位となっている。

 以上を踏まえると、日本にとってウェルビーイングは重要な課題であり、しかも国際的にみて低水準にとどまっているとの前提から、その背景や対応策に関心が向くだろう。しかし、本稿では、もう1つ手前の論点に着目したい。すなわち、日本人は、他の先進国と比較して、調査結果どおりに「幸福度が低い」のか、その妥当性を改めて問うものである。各種調査が前提としている「幸福度」の概念は、各国共通に適用できるものなのか。また、幸福度の概念は共有されているとしても、その指標化方法が各国共通でありうるのかといった問題関心である。こうした指標の中でも、特に客観的な指標に着目しながら、日本が今後、前向きに取り組むべき課題を考察したい。

 以上の問題意識を踏まえ、本稿では次の3点を中心に検討を進める。まず、第1節では、ウェルビーイングや幸福度を測る国際調査の各指標の作成方法、その結果を概観する。第2節では、人々への意識調査に基づく主観的指標を国際比較する際の問題点を整理する。人々の意識の表明の傾向が国によって異なることを議論する。そして第3節では、客観的な指標に基づく国際比較の妥当性、日本にとっての政策的含意について考察する。

1.指標の作成方法とその結果

各調査の指標の構成内容の違い

 ここで取り上げる国際比較可能な指標は、大きく2つタイプに分かれる。1つは、複数の指標を用いて総合的にウェルビーイングの度合いを判断するものであり、もう1つは、主観的意識調査のみで人々の幸福度や生活満足度を判断するものである。前者の代表は、OECDの「より良い暮らし指標(Better Life Index,以下BLI)」であり、後者は、オックスフォード大学ウェルビーイング研究所等でまとめている「世界幸福度報告書(World Happiness Report, 以下WHR)」である。

 BLIは、主観的・客観的データである23要素を11項目の指標に合成し、項目ごとに判断を行う構成になっている(表1)。日本の各項目の順位は、高いものから、41か国(OECD38か国+3か国)中、「教育」14位、「雇用と収入」15位、「生活の安全」16位、「所得と富」と「環境の質」が21位であり、一方で低いものは順に、「市民参画」39位、「ワークライフバランス」37位、「健康状態」35位、「社会的支援」32位となる。これらを総合して、暮らしの質を計測している。

 これらの11項目の指標の1つに主観的な「生活満足度」がある。「全体として、最近の生活にどの程度満足していますか?」という問いに対して、0~10の11段階から選んだ結果xが数値化されている。生活満足度の数値は、日本は6.1で平均6.7よりも低く、41か国(OECD38か国+3か国)中30位と下位のグループに属する。なお、1位のフィンランドの数値は7.9だった。

 一方、WHRでは、過去3年間の主観的な人生評価の平均値を指数として採用している。10段のはしごの1番上は「最も良い人生」、そして1番下は「最も悪い人生」を表し、自身の現在の状況を11段階の中でどの段にあるかを尋ねている。過去3年間の人生評価の平均値で順位づけを行い、日本は147か国中55位である。

 また、WHRでは、主観的幸福度に寄与する要因を探る指標として、6つの項目データを合わせて公表している。「1人あたりGDP」「社会的支援」「他者に対する寛大さ」「健康寿命」「人生の選択における自由度」「政府への信頼」である。これらは、客観的あるいは主観的なデータを使って計測される。

 このほか、主観的幸福度を調査しているものに「世界価値観調査(World Values Survey, 以下WVS)」がある。WVSは社会文化的、政治的な価値観を幅広く問う世論調査で、質問項目には世界共通の質問と、各国が独自に作成した質問の両方があり、共通の質問に主観的幸福度を尋ねるものが含まれている。「全体的にあなたはどのような状態だといえますか」との質問に、6つの選択肢から答えるものである。

 このように、各調査によってその目的や指標の構成は異なり、人生あるいは生活満足度についての質問もそれぞれ違いがある(表2)。調査ごとに質問の形式や回答の選択肢に違いがあるものの、いずれの調査でも日本は、ウェルビーイングや生活満足度が諸外国と比較して低い水準となっている。

2.主観的な指標の問題点

 本節では、主観的な指標である日本人の幸福度や生活満足度について国際比較を行う上での課題を整理する。もっとも、日本人にとって幸福とは何か、また、欧米と日本とで幸福を希求する意識は異なるのか、という論点がある。この点については、第5章で水島治郎が問題提起していることをあらかじめ指摘しておく。

 ここでは、日本人の幸福感そのものの分析ではなく、幸福感の国際比較をする際に留意すべき点について、次の4点に分けて論じる。

1.日本人の回答傾向
2.主観的意見と客観的事実の不一致
3.西欧と日本の文化差、ライフスタイルの違い
4.外国との距離感

1.日本人の回答傾向

 国際調査での日本人の回答傾向の特徴として、個人の意見を問う質問に対して立場を鮮明にすることを好まず、中間的な回答を選ぶ傾向があるとされている(田崎・申 2017; 前田2016; 吉野・大﨑2013)。この傾向は、他の東アジア諸国と共有するものといわれているが、田崎・申(2017)による日米韓の3か国比較の調査では、特に日本において曖昧な回答を好んで選択する人が最も多いとの指摘がある。

 このような傾向には、日本の社会・文化的な特徴が深く影響しているといわれる。個人主義に見られる過度な自己主張を避ける「集団的な価値観」を共有する傾向(田崎・申 2017)、また、意識的、あるいは無意識的に自分の身の回りと自分自身が「同じ」で「平均的」であることを望む、すなわち、「相対的な一様性」(吉野・大﨑 2013)の傾向である。

 こうした日本人の特徴を踏まえ、幸福感の度合いを確認すると、経済的豊かさを実感しやすいであろう高度経済成長期でさえ、日本の数値は低い水準であった。否定的、批判的な回答傾向があるフランスや、楽観的な回答傾向のブラジルやインドなどに比べ、総じて日本人は程度を控えめに回答する傾向があるという(吉野・大﨑 2013)。

 また、こうした世論調査の中でも特に面接法においては、日本では回答者の「ホンネ」よりも、「タテマエ(社会的に望ましいとされるもの)」が表明されやすいという指摘もある(吉野・大﨑 2013)。

 日本に限らない一般論としても、幸福度や満足度の評価・分析については課題が指摘されている。例えば、世界の幸福度調査を長年研究してきたホフステードは、各個人や各国民のパーソナリティが幸福感に影響を与えるため、意識調査は外部環境の変化や違いに関わらず、国民間や個人間で差が出ると結論付けている。そのため幸福感の調査は、政府の政策立案には不向きとの指摘もある(吉野 2014)。こうした個別的な状況による影響や、文化的背景、そして意識調査における個人差など、表面的な数値や記述では捉えきれない複雑な側面が存在する。このように、意識調査では見えにくい潜在的な特徴があることを、国際比較においては特に留意すべきであろう。

2.主観的意見と客観的事実の不一致

 中間的回答の傾向とも関連するが、客観的なデータから把握できる状況と、主観的な意識が示す状況とに乖離がみられる場合がある。例えば、日本での安全に対する考え方をみると、2010年版のWVSでは、最近の近所の治安について「あまり安全ではない」「全く安全ではない」と答えた割合が、日本は57か国中23位と中位にとどまったが、実際の日本は、殺人発生件数(2013年)が57か国中56位と治安の良い国である(竹本 2016)。

 日本における体感治安と実際の殺人発生率の相関の低さは、他の調査でも確認できる。OECDの調査では、OECD38か国に3か国(ブラジル、ロシア、南アフリカ)を加えた41か国中、日本は殺人発生率が低い方から4位であったが、体感治安を測る質問に「居住地で夜間に1人で歩いても安全だ」と回答した割合は20位と低位であった(注3)。夜道を歩くのが「危険」というとき回答者の脳裏に浮かぶ犯罪の内容が、日本と諸外国では異なっているのかもしれない。

 同様に、健康に関する項目をOECDBLIで確認すると、日本で自身の健康状態が「良い」「非常に良い」と回答した人の割合は、下から2番目の40位と低い結果となっている。しかし、よく知られているように、日本の平均余命(平均寿命)は41か国中1位である。たしかに平均寿命が長くても、病気に苦しむなどの要因から幸福度が低下する可能性はある。しかし、健康寿命で比較しても、やはり日本は他国に比べて長い。2019年の世界保健機関(WHO)調査によると、健康寿命の1位はシンガポール(73.8歳)、2位は日本(73.6歳)、次いで、韓国(72.5歳)、スペイン(71.7歳)、そしてスイス、イスラエル、ルクセンブルク(71.5歳)の順だった。これら健康寿命上位国について、上記OECDの(自己申告にもとづく)健康状態データと照らし合わせると、スイスとイスラエルでは健康状態を「良い」「非常に良い」と回答した人の割合が、41か国中それぞれ6位と14位で多い一方、韓国で健康状態が「良い」「非常に良い」と回答した人の割合は最下位の41位と、健康寿命と主観的健康状態には乖離がある。

3.西欧と日本の文化差、ライフスタイルの違い

 次に、人々の満足度に影響を与える要素について検討する。「生活満足度」と「他者に対する寛大さ」に関係があることについては、すでに、複数の研究で明らかにされている(Park et al. 2017; Allen 2018)。「思いやりのあるコミュニティは、自分の行動が他者にどのような良い影響を与えたかを明確に実感できる機会を提供することで、寛大さを促す可能性がある(世界幸福度報告書 2025, p39)」として、自分ではなく他者に対して金銭を使う行為が、自らの主観的満足度を高めることにつながるというものだ。WHRの結果では、「他者への寛大さ」と「自由さ」は、人生評価に間接的に影響すると報告している。寛大さを示す行動や人生を自由に選び取れる環境が、自身のポジティブな感情を高め、結果的に人生評価の上昇につながるとされる。

 この考えに立つと、日本人の生活満足度やポジティブな感情を高めるには、「他者への寛大さ」を引き上げればよいことになる。確かに日本では、「寛大さ」に関する回答の数値が他の項目に比べ著しく低い。

 しかし、この点についても留意が必要だ。第1、「他者への寛大さ」を計測するのは極めて困難である。WHRが採用するギャラップ(Gallup)社の調査における「他者への寛大さ(Generosity)」は、「過去1か月以内に慈善団体へ寄付したか」という質問に対する回答を、各国の1人あたりGDPで数値化したもので、寄付行為に関する社会・文化的背景に強く影響を受ける。キリスト教徒が多い国では、毎週教会に行くたびに当たり前のように寄付が行われる。宗教以外の日常生活でも、寄付文化が根付いている。

 これに対して日本では、「歳末たすけあい募金」や「災害支援募金」はあるものの、日常的に寄付を行う習慣を持つ人は多くない。だからと言って、日本人は「他者への寛大さがない」とされることには、違和感が残るであろう。日本では、多くの人は隣人の信じる宗教には関心を持たないし、同僚や友人が自分とは異なる政党を支持しているからと付き合いを断つことも多くはない。

 他者への寛大さについて前野隆司(2022)は、個人主義を志向する欧米と集団主義的な日本との間で、他者への優しさの構造に違いがあると指摘する。それは、寄付行為のような主体的で自覚的な利他行動を良しとする欧米に比べ、日本での利他行動とは周囲を気遣ったり、迷惑をかけないよう振舞うことで、無意識的に表出するという。集団主義的であるがゆえに生じる優しさは自覚がしにくいが、利他行動が存在しないわけではない。こうした背景を確認すると、他者に寛大な人ほど寄付をする、という前提自体が共有されていないのである。

 さらに、文化心理学者の内田由紀子(2025)は、自己研鑽を通じて競争に打ち勝ち、成功の機会を獲得することを理想とする「獲得志向的幸福観」が根付く欧米に比べ、日本人にとっての幸福の基盤は、他者との関係性を通じて得られる安心や信頼にあるとして、「協調型幸福社会」と表現する。(なお、第5章で水島は、「協調的幸福感」について、内面的な調和感覚や共食・孤食と孤独感(loneliness)などの観点から分析を展開している。)そして、日本人の心性は、協調性を根幹として、グローバル競争や市場経済の進展に伴い強化された「個人の自由」・「独立性」といった価値が併存すると指摘した。

 一方で、佐伯啓思(2025)は、リベラリズムの思想や成長主義の限界に達しつつある現代日本の幸福観とは、大きな幸福を追求するのではなく、人生における理不尽さや困難を受け入れたうえで、諦念のもと日々の生活を楽しむ生き方にあると述べる。

 このように、国際調査において各国の文化的な背景を見過ごすと、過度な一般化を示す調査になりかねない。この点については報告書でも、ボランティア活動などの寄付以外に寛大さを示す行為があることにも触れており、コミュニティの中で他者の善意を期待できる安心な環境が、個人の人生評価を高めるとしている(世界幸福度報告書2024, 第2章)。幸福度の解釈においても、数字をうのみにするのではなく、指標の作成方法に文化的な違いが反映されているかどうか、慎重な検討が必要である。

4.外国との距離感

 次に、主観的指標の国際比較における課題として、意識を測る際の「物差し」が国によって異なるために、結果に影響を及ぼすことが指摘できる。意識調査の中には、他者を想起させ、他者と自分を比較させるような質問がある。

 例えば、「一般論として、たいていの人は…と思いますか」という質問(注4)に答えるとき、回答者は日本人全体のことを把握しているわけではないから、普段接触している人々やメディアに見られる「平均的」イメージを思い浮かべる(吉野・大﨑 2013)。そのため、同じ質問であっても、回答者の置かれた環境によって参照される「一般人」は異なる。同様に、先に述べた「日本の治安」「あなたの健康」についても、どの国、あるいはどのような人々と比べるかによって、良し悪しの判断が左右されうる。

 NIRA上席研究員・慶應義塾大学教授の渡辺靖氏は、客観性も踏まえた俯瞰的な視点に立つために、「複数の参照点(レファレンスポイント)」を得る重要性を主張している(2023)。例えば、危機的な状況を伝えるにあたっても、国内の状況を伝えるだけでなく、より広い視点から複合的に物事を捉えるような情報を提供することの大切さと説く。

 その参照点が、各国間で異なれば、主観的な回答の国際比較は困難となる。国による尺度の違いに関連して、ノンフィクションライターで拓殖大学国際学部教授の野村進氏は、日本の特徴について下記のとおり指摘する。

社会生活の指標とされる失業率、犯罪率、医療の質と費用、平均寿命、教育水準、物価上昇率といった点で、日本は世界の中でかなり良好な部類に属する。水道水がそのまま飲めることも、夜道を安心して歩けることも、電車が時刻通りに来ることも、海外では当たり前ではない

 このような客観的な評価は、日本人に広く認知されていない。その理由の1つに、メディアが十分に伝えていないことだと野村氏は述べる。客観的な評価や複数の参照点を得るには、グローバルな知識や視点をメディアや教育現場で伝える機会を増やすことが必要となるだろう。

3.客観的な指標をどう考えるのか

 次にウェルビーイングの客観的指標について考察を進める。OECD調査でも明らかなように、BLIには日本の数値が低いものが存在する。たとえば、「市民参加」「ワークライフバランス」「報酬」の項目である。これらは、計測方法に問題がある指標と、日本社会の課題として是正すべき指標とに分類できる。

1.計測に問題がある指標:「市民参加」

「規制策定におけるステークホルダーの参画」と「投票率」

 計測する方法に問題がある指標としては、「市民参画」がある。OECDのBLIにおける「市民参画」の指標では、各国の「投票率」、及び「規制策定におけるステークホルダーの参画」という2つのデータを合成した値で、順位付けをしている。日本は、投票率が低い水準にあり(41か国中38位)、また、規制の策定時にステークホルダーが関与しない傾向がある(41か国中35位)ことから、「市民参画」のレベルは、OECD諸国で下から2番目の39位とされた。

 しかし、ここには大きな問題が2つある。1つは、「規制策定におけるステークホルダーの参画」の測定方法が不明確な点である。OECDの定義によると、「規制策定におけるステークホルダーの参画」は「法律および政省令等を策定する際に制度的に取り入れられている、ステークホルダーの参画の水準」を数値で表したものとされる。2025年6月時点で、35位の日本の数値は1.4であり、1位のメキシコは3.2、2位のアメリカは3.1と差をつけられているものの、その理由が明らかにされていない(注5)。日本では、法律を制定するときには与野党双方の推薦に基づく参考人招致を行うのが通例であるし、政省令を定める際にはパブリック・コメントが行われる。規制当局がステークホルダーとインフォーマルな意見・情報交換を行うことも少なくない。こうした公式、非公式な制作過程がBLIの数値にどこまで反映されているかが判然としない。

 もう1つの問題は、「投票率」のもつ意味である。人々が高い政治関心を持ち、1票を投じるという行為を通じて積極的に政治に参画することは、もちろん有意義である。しかし、高い投票率は市民性の必要条件であって、十分条件または代替指標ではない。例えば、権威主義国の北朝鮮では、投票が義務付けられており、毎回ほぼ100%の投票率を達成している(Freedom House, N.D.)。民主主義国であっても、義務投票制を採用していれば、当然投票率は高くなる。国内対立が激しく、選挙結果が支持者の安寧を左右するようなケースでも投票率は高くなろうが、そのようにして得られた高得票率が、その社会の平和、人々の幸せを表しているとは考えがたい。鼓腹撃壌の伝説はともかく、低投票率は良くないと言えても、高い投票率が決して市民の政治参加や社会参画を示すものではではなく、投票率を「市民参画」の指標とするのは適切ではない。

EIU「民主主義指数」とV-Dem研究所「民主主義レポート」の計測の違い

 現に世界各国の民主主義の程度を調査していることで知られるスウェーデンのV-Dem研究所による「民主主義レポート」では、「投票率」は指標に取り入れられていない。また、EIUの「民主主義指標」では、投票率は採用されているものの、そのほかの複数の指標と合成し、政治参加の程度を評価している。

 V-Dem研究所が毎年公表している「民主主義レポート(Democracy Report)」では、6つの指標が作成されている。そのうち「参加的要素指数(The Participatory Component Index)」は、市民社会組織への参加、直接民主主義のメカニズム、地方と地域政府を通じた参加と代表の選定などの評価を通して、市民の社会参画や政治参加の度合いを示すものである(注6)。民主主義の参加型原則は、選挙によるものかどうかには関わらず、全ての政治プロセスに市民が積極的に参加することを重視した構成となっている(V-Dem Codebook 2025, p54)。

 一方、EIUの「民主主義指数」では、5つの主要カテゴリー(選挙プロセスと多元主義、政府の機能、政治参加、政治文化、市民的自由)の1つに、「政治参加」がある。「政治参加」は、1人ひとりが自分の意思で、地域や社会に関わる活動に関心を持ち、積極的に参加する度合いを示すものである。その指標は、「投票率」以外にも、政治への関心や女性・マイノリティの政治参加、法に則ったデモ参加への準備など、9つの要素から合成される。「民主主義指数」の総合スコアは、5つのカテゴリーごとに算出した指数の平均値を合計したものでとなり、167か国の国と地域の順位を決定している。

EIU「民主主義指数」とV-Dem研究所「民主主義レポート」のランキングの違い

 V-DemとEIUの総合的な民主主義ランキングでは、総じて日本は高順位にある。EIUの「民主主義指数」では167か国中16位(表3)、V-Dem研究所の「民主主義レポート」では「参加的要素指数」を除く5つの指標で179か国中5位~27位である(表4)。

表3 EIU「民主主義指数 2024年」(2025年公表)

表3 EIU「民主主義指数 2024年」(2025年公表)

(注)Economist Intelligence Unit(EIU)の2025年発行の報告書「Democracy Index 2024」から抜粋。
※ 調査結果に基づき、EIUが4つの政治体制別に各国をグループ化。計167の国と地域を対象。
1.民主主義(25か国)2.欠陥のある民主主義(46か国)3.ハイブリッド(36か国)4.権威主義(60か国)
(出所)NIRA作成。

表4 V-Dem研究所「民主主義レポート」(2025年公表)

表4 V-Dem研究所「民主主義レポート」(2025年公表)

(注)V-Dem研究所の2025年発行の報告書「Democracy Report 2025」から抜粋。
※ 調査結果に基づき、V-Dem研究所が「選挙民主主義」と「自由主義的要素」のスコアから、4つの政治体制別に各国をグループ化。(例:「自由民主主義」は「選挙民主主義」が0.5以上、「自由主義的要素」が0.8以上必要)計179の国と地域を対象。
1.自由民主主義(29か国)2.選挙のある民主主義(59か国)3.選挙のある専制主義(56か国)4.閉鎖的専制主義(35か国)
(出所)NIRA作成。

 しかし、総合指標を構成するカテゴリー別の順位に目を転じると、「政治参加」や「市民参画」に関する日本の順位は著しく低いことが分かる。

 EIUの「政治参加」のカテゴリーでは、日本の数値は6.67と、表4で取り上げた国の中では中国に次いで低い。「投票率」が低いこと以上に、先に述べた9つの要素(政治への関心や女性・マイノリティの政治参加など)の水準が低いためである。

 また、V-Dem研究所「民主主義レポート」における日本の「参加的要素指数」は0.56と低く、179か国中75位にとどまる(表4)。

 その理由の1つは、参加的要素指数の構成要素のうち、社会課題に取り組む非営利団体などの市民社会組織を評価する「市民社会参加指数」が0.68とやや低めとなっているためである(表5)(注7)。市民社会組織や女性の政治参画で後れを取っていることは、EIU・V-Demに共通した日本の課題である。

 参加的要素指数の構成要素である「直接民主主義指数」の数値が0.02と著しく低いことも指摘できる(表5)。直接民主主義指数の算出に用いられる33項目のデータを確認すると、日本には「空白」あるいは「ゼロ」が目立つ。数値が確認できたものは、「憲法改正に関する国民投票」の2(順序尺度:2-0)と「国民投票義務化の脅威」の0.1(間隔尺度:1-0.1)のみであることが、順位を大きく落とした原因と思われる。

 このように各国の市民参画や政治参加などを評価する指標の構成は、調査によって違いがある。OECDのBLIでは、市民参画を「各国の投票率」と「規制策定におけるステークホルダーの参画」の2項目で評価しているが、政治参加や社会活動への人々の積極性を測定するには不十分である。少なくとも、「投票率」を代表的な指標として、「市民参画」を評価することは適切とはいえず、また、「規制策定におけるステークホルダーの参画」も信ぴょう性が低い。

 人々の市民性を把握するためには、V-Dem研究所やEIUのように、市民社会組織への参加やその環境、そして合法的にデモができる環境があるかなど、より多角的な側面から複合的に、かつ正確に指標を作成することが望まれる。

2.順位を上げるために取り組むべき指標

 一方、指標の採り方は正当であるにもかかわらず、日本の順位は低い、要するに日本社会が克服すべき課題もある。

 例えば、ワークライフバランス、所得、仕事と報酬に関しては、「雇用率(41か国中4位)」や「長期失業率の低さ(41か国中9位)」こそ良い値であるものの、「労働時間」や「余暇や生命維持(食事や睡眠)に必要な活動時間」などの項目は低位に位置付けられている(表6)。

①労働時間

 ワークライフバランスの指標に関しては、OECD平均と比較して、日本は長時間働いている人の割合が高く、また、1日あたりの余暇や生命維持に必要な時間が短いことが特徴的である。労働時間が長いと、必然的に余暇時間(家族や友人との付き合い、趣味、食事、睡眠等)が削減される。余暇時間の量と質は、人々の全体的なウェルビーイングにとって重要であり、心身の健康に良い効果をもたらす。

 ワークライフバランスの指標では、イタリア、デンマーク、ノルウェーのヨーロッパ諸国が上位3か国に位置し、メキシコ、コロンビア、コスタリカの中南米の国が下位3か国となる。イタリアは、余暇時間の長さで1位であり、OECD平均が15時間のところ、16.5時間である。一方、下位3か国では、余暇時間は13.5時間以下であり、週50時間以上の働く人の割合も、OECD平均が10%であるのに対し、最下位のメキシコは27%、コロンビアは23.7%、コスタリカは22%に上った。

 そして日本のワークライフバランスは、41か国中37位である。労働時間週50時間以上の割合は15.7%(36位)、余暇時間は14.1時間(37位)であった。長時間労働の是正など働き方改革が図られてはいるものの、その成果は諸外国に遠く及ばない。労働時間と余暇のバランスを改めて検討するとともに、ウェルビーイングを育むような余暇時間の使い方を意識的に考えていく必要があるだろう。

②家計収入(家計調整純可処分所得)

 家計収入である「1人当たり家計可処分所得(PPP換算)」も、日本はOECD平均より低い水準にある。1995年には、29か国中9位であったが、徐々に順位を下げ、2008年には33か国中15位、2023年には30か国中20位となった(注8)。高齢化による影響(年金生活者の増加)がマイナス要因として働いているが、それ以上に1人当たりの生産性の相対的低下が響いている。日本生産性本部によると、日本における1人当たりの生産性は92,663ドル(877万円)と、OECD38か国中32位となっている(公益財団法人日本生産性本部 2024)。

 もっとも、日本で1人当たりの生産性の伸びが低迷しているのは、1人当たりの労働時間が減少しているためという指摘もある。働き方改革の一環として労働時間が減少すれば所得が低下する。ただ、そうであっても、時間当たりの生産性を高めることができれば、1人当たりの所得を増やすことは可能である。今後は、ワークライフバランスの実現のために労働政策を重視する方針は維持しつつ、同時に産業政策的な側面を加味して、時間当たり生産効率に重点を置いた対策を講じていくことが求められるだろう。

③年間平均報酬

 雇用と報酬に関する指標では、日本はOECD諸国41か国の中で15位である。詳細に見ると、雇用率は77.27%で41か国中4位、長期失業率は0.78%で割合の低さは41か国中9位と、決して悪い数値ではない。一方で、年間平均報酬は41か国中22位と、他の項目に比べて振るわない。日本は、年間平均報酬の水準こそ他の先進国と比較して低いものの、より多くの人が就業できている環境にある。

 この背景には、戦後一貫して日本社会が雇用の安定性を重視し、経営者が解雇を極力避け、長期雇用の確保に注力してきたことがある。その一方で、この仕組みが人々の転職を阻害し、人材のミスマッチを招くなど、結果としてイノベーションを抑制してきたという側面も否めない。

 今後、生産性向上による持続的な成長を維持し、平均報酬の引き上げを図るには、リスキリングによる労働移動の促進も含め、雇用システム全体の見直しに早急に取り組む必要がある。

4.まとめ

 こうした問題意識を基に、「『幸せの国』の政治動向―潜在的なリスクは何か―」プロジェクトでは、識者から人々の幸福に関する各国の制度設計や意識、そして幸福について考える上で重要な概念である「希望」について、解説頂いた。

 第2章は、幸福度が高いとされるスウェーデンを取り上げ、その背景を探る。スウェーデンにおける「包摂」の精神を基盤とする社会は、100年の歳月を掛けて形成された。その過程では、19世紀末から各界のオピニオンリーダーが積極的に発信したことが大きく影響している。幸福感と豊かな社会が、市民社会の活性化によっていかに形づくられたのか。近年では移民政策の問題にも取り組むスウェーデン社会の特徴である、参加型の平等、共生社会、子どもの権利、人と環境の保護の4点を挙げながら、高橋恵美子が解説する。

 第3章では、スウェーデンと並んで幸福度が高いことで知られるオーストラリアを対象とする。人々のウェルビーイングを支えることを目的として積極的な取り組みが行われるオーストラリアでは、教育や雇用、子育て支援や様々な福利厚生、保険制度の充実だけでなく、社会的つながりの促進支援も特徴的だ。一方、社会経済的な問題を抱え、犯罪率が高い先住民の居住地域への対応が現下の課題となっている。また、投票義務化は人々の幸福には直結しないものの、ウェルビーイングの観点では人々の不満を軽減する役割を果たしているとリンゼイ・オーズは指摘する。

 第4章は、日本が持続可能な成長と社会の安定を実現するための方策を論じる。多様な価値観を包摂し、個々の希望を尊重する社会を構築することの意義を対話的な形で政策に組み込む必要があるとし、政治経済の視点から「希望」という概念を取り上げることの重要性を問うている。ここで言う「希望」とは、相反する力の狭間、個人と集団、社会と概念の間に存在し、困難や不平等、不正義のただ中にあったとしても、出会いの喜びや生きる喜び、総じて人々のつながりを通して見出すことができるものであると宮崎広和は述べる。

 第5章は、水島治郎が日本における「協調的幸福感」の視点から、日本の文学作品である『銀河鉄道の夜』を再解釈・分析することで、日本の近現代に通底する「幸せ」のあり方を提示する。欧米の個人主義が究極的には幸福感に帰着する一方、グローバル化が日本の幸福感にも影響を及ぼすことを指摘している。

 冒頭の疑問に立ち戻ろう。なぜ日本は幸福度ランキングで伸び悩むのか。本章の答えは2つある。

 第1に、こうしたランキングには、日本人が「謙虚」に回答しがちな主観的尺度や、寄付行為の有無といった欧米中心の評価項目が用いられており、いくら努力しても首位にはなりにくい、そして必ずしも首位を目指す必要はない側面がある。

 第2に、それでも現在より順位を上げることは可能であり、そのための課題は既に日本社会で認識されている。ワークライフバランスの改善、実質賃金の向上、さまざまな主体の政治・社会参画促進がその例である。

 長く健康に生きられること、おいしく食べられること、安全に暮らせること、自由を享受できること、自然を愛でられること。これらは多くの人にとって幸福の基本条件である。加えて、1人ひとりで異なる幸せやウェルビーイングのあり方を追求し、共存できる社会を築くことが、今の日本に求められている。そうした社会が実現すれば、幸福度ランキングは――評価方法の見直しも含めて――おのずと後から付いてくるだろう。

参考文献

宇野重規・重田園江・渡辺靖(2023)「政治不信は民主主義をどう変えるのか―社会に潜むネガティブな感情をつかむ―」NIRAオピニオンペーパーNo.74.
佐伯啓思(2025)「現世的かつ現実的な「日本思想」の可能性」『Voice』10月号 通巻574号 pp.38-51.
竹本圭祐(2016)「第3章 社会観 3.4.2 近所の治安(問57・問58・問60)」池田謙一(編)『日本人の考え方 世界の人の考え方―世界価値観調査から見えるもの』勁草書房, pp.139-150.
田崎勝也・申知元(2017)「日本人の回答バイアス―レスポンス・スタイルの種別間・文化間比較―」『心理学研究』第88巻第1, pp. 32-42.
NIRA総合研究開発機構(2025)「日本と世界の課題2025」
前田幸男(2016)「第3章 社会観 3.1 社会システムに関する意識」池田謙一(編)『日本人の考え方 世界の人の考え方―世界価値観調査から見えるもの』勁草書房, pp.103-114.
前野隆司(2022)『ディストピア禍の新・幸福論』プレジデント社.
吉野諒三・大﨑裕子(2013)「「主観的階層意識」、「満足感」と「信頼感」」『行動計量学』40(2) pp.97-114.
吉野諒三(2014)「『幸福度』は政策科学のために測定可能か?」『計画行政』37(2).
Allen, S. (2018). The Science of Generosity. Greater Good Science Center, University of California, Berkeley.
Andrews, F. M., & Withey, S. B. (1976). Social Indicators of Well-Being. New York: Plenum Press.
Balestra, C., R. Boarini and E. Tosetto (2018), “What Matters the Most to People?: Evidence from the OECD Better Life Index Users’Responses,” OECD Statistics Working Papers, No. 2018/03, OECD Publishing, Paris.
Diener, E. (1984). “Subjective Well-Being,” Psychological Bulletin, 95(3), pp.542–575.
EIU (2025) Democracy Index 2024.(最終閲覧日:2025年4月18日)
Freedom House (N.D.) Freedom in the World.(最終閲覧日:2025年7月18日)
Helliwell, J. F., Layard, R., Sachs, J. D., De Neve, J.-E., Aknin, L. B., & Wang, S. (Eds.) (2025) World Happiness Report 2025. University of Oxford: Wellbeing Research Centre.
Kahneman, D. & Deaton, A. (2010) “High Income Improves Evaluation of Life but not Emotional Well-Being,” Proc. Natl. Acad. Sci. U.S.A. 107 (38) pp.16489-16493.
Kalb, L. (2025) Building the Good Life: Finding Meaning and Purpose to Achieve Well-Being.(最終閲覧日:2025年8月5日)
Mason, R., & Faulkenberry, G. D. (1978) “Aspirations, Achievements and Life Satisfaction,” Social Indicators Research: An International and Interdisciplinary Journal for Quality-of-Life Measurement5(1-4), pp.133-150.
Ng, YK. (2022) “What is Happiness? Why is Happiness Important?” In: Happiness—Concept, Measurement and Promotion. Springer, Singapore.
OECD (2024) Better Life Index.(最終閲覧日:2025年4月7日)
OECD (2024) Health at a Grance 2023.(最終閲覧日:2025年4月7日)
OECD (2013) OECD Guidelines on Measuring Subjective Well-being, OECD Publishing, Paris.(最終閲覧日:2025年3月20日)
Park, S., Kahnt, T., Dogan, A. et al. (2017) “A Neural Link between Generosity and Happiness,” Nat Commun 8, 15964.
V-Dem Institute (2025) Democracy Report 2025: 25 Years of Autocratization ―Democracy Trumped?   (最終閲覧日:2025年4月18日)
Voukelatou, V., Gabrielli, L., Miliou, I. Cresci, T. Sharma, R., Tesconi, M. & Pappalardo, L. (2021) “Measuring Objective and Subjective Well-Being: Dimensions and Data Sources,” Int J Data Sci Anal 11, pp, 279–309.
WHO (2021) Glossary of Terms.(最終閲覧日:2025年8月5日)

引用を行う際には、以下を参考に出典の明記をお願いいたします。
(出典)谷口将紀・宇田川淑恵(2025)「山のあなたに「幸」は住むのか?第1章 日本人は「不幸せ」なのか―国際指標を読み解く―」研究報告書

脚注
1 代表的な質問例としては、「全体的に、あなたは最近の生活にどの程度満足していますか」などがある。 1 代表的な質問例としては、「全体的に、あなたは最近の生活にどの程度満足していますか」などがある。
2 日本WHO協会訳「健康とは、病気ではないとか、弱っていないということではなく、肉体的にも、精神的にも、そして社会的にも、すべてが満たされた状態にあることをいいます」 2 日本WHO協会訳「健康とは、病気ではないとか、弱っていないということではなく、肉体的にも、精神的にも、そして社会的にも、すべてが満たされた状態にあることをいいます」
3 OECDの報告(2018)では、「南米では教育、仕事、市民参加が特に重要である一方、アジア太平洋地域では個人の安全とワークライフバランスが非常に重要と考えている」という結果が出ている。 3 OECDの報告(2018)では、「南米では教育、仕事、市民参加が特に重要である一方、アジア太平洋地域では個人の安全とワークライフバランスが非常に重要と考えている」という結果が出ている。
4 20243月に実施したNIRA基本調査では、「一般論として、たいていの人は信頼できる」という質問を設けている。回答者は、「そう思う」、「どちらかと言えばそう思う」、「どちらともいえない」、「どちらかといえばそう思わない」、「そう思わない」の5つの尺度の中から1つを選ぶ。「一般論として、たいていの人は信頼できる」という意見に「そう思う」あるいは「どちらかといえばそう思う」を選んだ42%の回答者が賛成し、「そう思わない」あるいは「どちらかといえばそう思わない」を選んだ20%が反対した。 4 20243月に実施したNIRA基本調査では、「一般論として、たいていの人は信頼できる」という質問を設けている。回答者は、「そう思う」、「どちらかと言えばそう思う」、「どちらともいえない」、「どちらかといえばそう思わない」、「そう思わない」の5つの尺度の中から1つを選ぶ。「一般論として、たいていの人は信頼できる」という意見に「そう思う」あるいは「どちらかといえばそう思う」を選んだ42%の回答者が賛成し、「そう思わない」あるいは「どちらかといえばそう思わない」を選んだ20%が反対した。
5 この数値の根拠とされるOECDの「図表で見る行政2025(Government at a Glance 2025)」のデータベースにでは、「ステークホルダーの参画」の中で「法律」と「政省令」の2つの数値が確認できる。2つの数値の平均、または個別に見ても、1位のメキシコよりも高い数値を示している国がある(アイスランドやラトビアなど)。また、2位のアメリカに関しては、「政省令」の数値がラトビアと並び3.17でトップだが、「法律」の数値は欠損している。日本は、「法律」の数値が1.58でOECD平均の2.26よりも低いが、一方で「政省令」はOECD平均2.16よりも高い2.21だ。関連データを確認しても、BLIにおける「規制策定におけるステークホルダーの参画」の数値がどのように算出されているのかは不明である。なお、2025年6月後半にOECDのBLIチームに問い合わせフォームから2回、測定に関する照会をかけたが、返答は得られなかった。また、BLIのウェブページは2025年7月1日にリニューアルされており、現在は各指標の細かい情報などは確認ができなくなっている。 5 この数値の根拠とされるOECDの「図表で見る行政2025(Government at a Glance 2025)」のデータベースにでは、「ステークホルダーの参画」の中で「法律」と「政省令」の2つの数値が確認できる。2つの数値の平均、または個別に見ても、1位のメキシコよりも高い数値を示している国がある(アイスランドやラトビアなど)。また、2位のアメリカに関しては、「政省令」の数値がラトビアと並び3.17でトップだが、「法律」の数値は欠損している。日本は、「法律」の数値が1.58でOECD平均の2.26よりも低いが、一方で「政省令」はOECD平均2.16よりも高い2.21だ。関連データを確認しても、BLIにおける「規制策定におけるステークホルダーの参画」の数値がどのように算出されているのかは不明である。なお、2025年6月後半にOECDのBLIチームに問い合わせフォームから2回、測定に関する照会をかけたが、返答は得られなかった。また、BLIのウェブページは2025年7月1日にリニューアルされており、現在は各指標の細かい情報などは確認ができなくなっている。
6 なお、「民主主義レポート」では、民主主義における参加の定義は、選挙・非選挙を問わず、あらゆる政治過程への市民の積極的参加を強調し、現実的に可能な限り、市民による直接統治を好むものとしている。そのため、「参加的要素指数」を構成する「市民社会参加」は、NPO団体や組合などの市民社会組織への参加(特に女性)や参加する環境などを評価している。 6 なお、「民主主義レポート」では、民主主義における参加の定義は、選挙・非選挙を問わず、あらゆる政治過程への市民の積極的参加を強調し、現実的に可能な限り、市民による直接統治を好むものとしている。そのため、「参加的要素指数」を構成する「市民社会参加」は、NPO団体や組合などの市民社会組織への参加(特に女性)や参加する環境などを評価している。
7 そのほか、地方や地域政府に関しては、政府の存在有無や選挙制度の有無を測り、日本は地方・地域ともに満点に近い0.99となる。「市民社会参加」以外の指数は、日本の制度設計への評価となる。 7 そのほか、地方や地域政府に関しては、政府の存在有無や選挙制度の有無を測り、日本は地方・地域ともに満点に近い0.99となる。「市民社会参加」以外の指数は、日本の制度設計への評価となる。
8 「より良い暮らし指標」では、過去の順位について記録していないため、ここで挙げられる順位はOECDの「Household disposable income」(PPP換算)の指標に基づくものである。 8 「より良い暮らし指標」では、過去の順位について記録していないため、ここで挙げられる順位はOECDの「Household disposable income」(PPP換算)の指標に基づくものである。

©公益財団法人NIRA総合研究開発機構

※本誌に関するご感想・ご意見をお寄せください。E-mail:info@nira.or.jp

研究の成果一覧へ