江川暁夫
総合研究開発機構主任研究員

概要

 アジア諸国が高い成長を続ける中、アジア各国で「中間所得層」が拡大し、これが新たな消費・購買層となると期待されている一方、所得再分配機能が弱いため、所得が高い人ほど所得の伸びも高い「成長の果実の偏在」もみられる。
 本稿は、NIRAの2012年度研究調査事業「アジアの経済・社会の発展を後押しする日本の新たな役割に関する研究」の一環として、将来も成長の果実の偏在が続く場合の中間所得層人口の拡大テンポへの影響と人間開発度の損失の程度を定量的に分析するものである。分析の結果、
 ①所得格差が2011年の状況から悪化も改善もなければ、中間所得層の将来人口規模は、これまでの推計を超える拡大を示すこと、
 ②成長の果実の偏在が今後も続く(所得格差が継続して悪化する)場合には、中間所得層人口の拡大ペースが大きく落ち込み、消費の伸びを抑制することとなる一方、
 ③所得再分配政策の効果は徐々にしか表れないため、息の長い取組が必要になること、
 ④そして、所得格差が現状から改善しない場合、将来の人間開発度は、中間所得層が拡大するほどには向上しないこと、が明らかになった。
 アジアの中間所得層の拡大は、当該国のみならず我々パートナー国にとってもチャンスをもたらすものであるが、所得格差の悪化が、消費の減退、社会の不安定化、低所得者層における能力向上機会の喪失をもたらせば、せっかくのチャンスを失いかねない。それは裏を返せば、アジア諸国が中間所得層の拡大と所得再分配政策等を通じた経済社会の安定的発展を両立できるよう、我々も協調していく必要があるということを意味する。

INDEX

目次

1. はじめに
2. 各国の所得分布の推計と中間所得層の将来人口の算出
3. 「成長の果実の偏在」と中間所得層の拡大テンポの減速
4. 所得格差の悪化を伴う中間所得層拡大と人間開発度
5. 結語
巻末付録1.所得分布関数の求め方について
巻末付録2:中間所得層、高所得層の規模の推計
巻末付録3:成長の果実が偏在する場合の中間所得層人口の推計手法について

図表

図表1 各国の所得分布関数(推計結果)
図表2 2020年には中間所得層が急拡大、2030年には高所得層が急拡大(推計結果)
図表3 所得格差は多くの国で悪化(ジニ係数の経年変化:2000~2010年)
図表4 所得格差が悪化した国では「成長の果実が偏在」していた(所得階層別可処分所得伸び率)
図表5 「成長の果実の偏在」が今後も続くと、2020年のジニ係数は大幅悪化
図表6 「成長の果実の偏在」のために、2020年にアジア全体で1.7億人が中間所得層になれない
図表7 ベトナムが経験したのと同じ所得格差改善が続くと、中間所得層はアジア全体で0.7億人追加
図表A 消費の伸びは中間所得層人口が増えたからでなく、GDPが増えたから
図表B 中間所得層人口の増加は、消費を少しだけ盛り上げる
図表8 アジア諸国の人間開発は進んだが・・・
図表9 HDIの伸びは所得の上昇が強く寄与
図表10 所得格差の改善が見られなければ、人間開発度(IHDI)は低くなる(機械的な計算による)
参考図表1 KS検定の結果(上記(4)のプロセスの結果:KS統計量)
参考図表2 所得分布関数のパラメータ
参考図表3 所得収斂仮説に基づく今後の成長経路の仮定
参考図表4 各国の一人当たり実質GDP成長率(2020年及び2030年:対2011年比(倍))
参考図表5 中間所得層・高所得層の人口規模の推計結果
参考図表6 クズネッツ曲線
参考図表7 成長の果実の偏在を伴う場合の各国の各所得層人口
参考図表8 格差是正を伴う場合の各国の各所得層人口

引用を行う際には、以下を参考に出典の明記をお願いいたします。
(出典)江川暁夫(2012)「アジア中間所得層の拡大を妨げる「成長の果実の偏在」」NIRAモノグラフシリーズNo.35

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