柳川範之
総合研究開発機構(NIRA)理事

概要

 今のままでは、年金が大きな危機に陥ることは明白であり、高齢者の働き方についても、大胆な発想の転換が求められる。そのためにまず必要なことは、高齢者に対する見方を抜本的に変えることだ。そもそも、60代、70代を高齢者と位置付けるのは、もはや適切ではない。日本の平均寿命が延びていることは良く知られている。が、実は寿命が延びているだけではなく、60代、70代の体力は、昔に比べて確実に上昇している。気力も充実しており、就業意欲も高い。この意欲を最大限にいかし、元気でやる気を持って働き「75歳まで納税者になれる」社会を構築していくべきだ。それは、財政、社会保障にプラスになるばかりでなく、社会の活力を高めることにもつながる。しかし、高齢者の「雇用を促進する」と考えてしまうと、大きな間違いをおかす。もっと幅広い観点で、就業率を高めていく必要がある。また、60代、70代は他の世代以上に、多様性があることを認識することも重要だ。若いころと同じように高い生産性を維持できる人もいる反面、体調面に不安を抱えている人も当然存在する。ITの発達は、在宅でできる仕事の幅を大きく広げている。それぞれの体調や環境に合わせた働き方ができるような、制度および社会システムを構築していくことが必要だ*

INDEX

 先日発表された公的年金の財政検証の結果は、予想されていたとはいえ、衝撃的なものだった。財政検証では、いくつかのシナリオが提示されているが、それらのシナリオから透けて見えるのは、今のままでは、年金は大きな危機に陥るという事実である。政府が掲げた所得代替率50%の目標達成には、多方面での改革が不可欠なことは、いまや明白である。中でも高齢者の働き方については、抜本的な改革が急務であり、大胆な発想の転換が求められる。

もはや高齢者ではない

 その第1は、高齢者に対する見方を抜本的に変えることだ。そもそも、60代、70代を高齢者と位置づけるのは、もはや適切ではない。日本の平均寿命が延びていることはよく知られている。が、実は、寿命が延びているだけではなく、60代、70代の体力は、昔に比べて確実に上昇している。

 文部科学省が毎年実施している「体力・運動能力調査」の結果によれば、高齢者の体力は、近年、増加傾向にある。例えば、同調査の体力テストの合計点でみると2012年度の70~74歳の得点は、1998年度の65~69歳の得点を男女とも上回った。他の年齢階層でも同様の体力上昇傾向を示しており、この15年間で5歳程度若返っているという結果となっている(図1)。

図1 新体力テストの合計点の年次推移

(注1)図は、3点移動平均法を用いて平滑化してある。
(注2)合計点は、新体力テスト実施要領の「項目別得点表」による。
(注3)得点基準は、男女により異なる。
(出所)文部科学省「平成24年度体力・運動能力調査結果の概要」

 また、同調査における日常生活活動テストにおいても、高齢者と位置づけられてきた世代の活動レベルは向上しており、その傾向は特に75歳以上の女性において顕著である(図2)。

図2 日常生活活動テストの経年推移

(注)日常生活活動テスト(アンケート調査)で、日常生活に関する12項目の動作を全て実施可能と回答した人の割合の推移を示したもの。
(出所)文部科学省「体力・運動能力調査」のデータを元にNIRA作成。

 もう、60代、70代を「高齢者」と呼んで、支えられる側と一方的に想定すべき時代ではない。

 また、体力だけでなく気力も充実しており、就業意欲も高い。75歳まで、あるいは働けるうちはいつまでも働きたいと考える人は、内閣府の調査でも4割を超える。働くことで生きがいを見いだしたいと考えている人々も多いのだ。

 この意欲を最大限にいかし、元気でやる気を持って働き「75歳まで納税者になれる」社会を構築していくべきだ。それは、財政、社会保障にプラスになるばかりでなく、社会の活力を高めることにもつながる。

働くことイコール被雇用ではない

 しかし、だからといって、高齢者の「雇用を促進する」と考えてしまうと、大きな間違いをおかす。ましてや、企業に高齢者雇用を義務づけるべきではない。

 発想を転換すべき第2のポイントは、働くことイコール雇用されることという概念を変えることだ。もっと幅広い観点で、就業率を高めていく必要がある。

 実は、かつての日本では65歳以上の世代でも就業率は意外と高かった。それは農業や漁業等第1産業や小売店経営等に従事している場合、定年が無く元気なうちは働くというのが普通だったからである。

 現在でも、有業者に占める自営業主の割合は、高齢期ほど高く、70~74歳の層で就業している人の3分の1が自営業主である(図3)。定年の無い自営業は、高齢者の活躍の場として、非常に重要なものとなっている。

 しかし、65歳以上の年齢層の有業率については、1960年代以降、緩やかながら低下傾向にある(図4)。今後の日本も、もっと雇用されない働き方を積極的に考えるべきであろう。

図3 年齢階層別の有業者に占める自営業主の割合

(出所)総務省統計局「平成24年就業構造基本調査」のデータを元にNIRA作成。

図4 年齢階層別有業率の推移(男女合計)

(出所)総務省統計局「平成24年就業構造基本調査」のデータを元にNIRA作成。

 実際、近年60代の起業は増えてはいる。

 日本政策金融公庫総合研究所(2014)によると、開業時の年齢を見ると、長期的に60歳以上の割合が高まっているとしている。しかし、その一方で、50~59歳の割合は、2005年以降低下傾向が続いている(図5)。また、開業率は、日本は米国と比して、低水準である(図6)。もっと早い50代も含めて、より一層起業がしやすい環境をつくっていく必要があろう。

 その際には、社会的貢献も視野にいれる、いわゆる社会的起業を重視していくべきだ。さまざまなアンケート結果を見ても、年齢があがるに従って、単に所得を得るためだけではなく、何らかの形で社会や地域に貢献したいと考える比率は高くなる。

図5 開業者の開業時年齢階層の比率の推移

(出所)日本政策金融公庫総合研究所「新規開業実態調査」のデータを元にNIRA加工。

図6 開業率・廃業率の国際比較

(備考)厚生労働省「雇用保険事業年報(年度)」、U.S. Small Business Administration “The Small Business Economy : A Report to the President(2012)”により作成。
(出所)内閣府「平成25年度年次経済財政報告」

多様性を重視した政策運営を

 第3のポイントは、60代、70代は他の世代以上に、多様性があることを認識することだ。高齢者とひとくくりにしていたのでは、実態を見誤る。若いころと同じ仕事を続けても高い生産性を維持できる人もいる反面、体調面に不安を抱え、今までと同じような働き方が難しくなる人も当然存在する。

 また、今の65歳以上の年齢層では、就業経験が無い「未就業者」の割合が他の年齢層と比較して高い。2012年実施の就業構造基本調査に基づけば、25~64歳の未就業者数の同年代の人口に対する割合が2.6%であるのに対し、65~69歳で7.0%、70~74歳で11.7%となる。特に女性の未就業者割合が高く、25~64歳が3.7%であるが、65~69歳で11.5%、70~74歳で18.8%となっている。65~69歳の女性のうち、およそ50万人弱が未就業者なのである。このような就業経験のない人々でも、社会貢献も含め、さまざまな活躍の場が与えられるように、教育・訓練の場、能力向上の場も拡充していく必要がある。

 このように、それらの多様な状況に対するきめ細かい対応を、規制や政策も含めて考えていくことが喫緊の課題だ。ITの発達は、在宅でできる仕事の幅を大きく広げていくはずだし、毎日フルタイムという勤務形態にこだわらなければ、働けるという人たちは相当数いる。もっと、それぞれの体調や環境に合わせた働き方ができるような、制度および社会システムを構築していくことが必要だ。

表1 年齢階層別の人口に占める未就業者の割合(千人)

(注1)未就業者数は、平成24年就業構造基本調査 全国編に基づく。
(注2)未就業者の割合は、未収業者数÷人口×100(%)として年齢階層ごとに算出。人口データは、総務省人口推計2012年10月1日現在(確定値)に基づく。
(出所)総務省統計局「平成24年就業構造基本調査全国編」、総務省「人口推計2012年10月1日現在(確定値)」を元にNIRA加工。

柳川範之(やながわ のりゆき)

総合研究開発機構(NIRA)理事。東京大学大学院経済学研究科教授。博士(経済学)(東京大学)。専門は金融契約、法と経済学。

引用を行う際には、以下を参考に出典の明記をお願いいたします。
柳川範之(2014)「75歳まで納税者になれる社会へ」NIRAオピニオンペーパーNo.11

脚注
* 本稿は、6月21日付け週刊東洋経済「経済を見る目-75歳まで納税者になれる社会へ」に掲載されたものをもとに加筆・修正等を加えたものである。

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