土居丈朗
慶應義塾大学経済学部教授
鶴光太郎
慶應義塾大学大学院商学研究科教授
井伊雅子
一橋大学国際・公共政策大学院教授
小塩隆士
一橋大学経済研究所教授
西沢和彦
日本総合研究所上席主任研究員
柳川範之
総合研究開発機構(NIRA)理事/東京大学大学院経済学研究科教授

概要

 内閣府の試算によれば、2020年度の基礎的財政収支黒字化目標を実現するための要対応額は9.4兆円程度に上る(経済再生ケース)。経済成長だけでは財政健全化は実現できないことは明らかだ。金利が成長率よりも高いという堅実な想定の下、まずは、財政健全化という「長い道のり」の「一里塚」である基礎的財政収支黒字化という目標を堅持することが重要である。
 われわれの試算によれば、医療・介護・年金の各分野における個別具体的な改革策の実行により公費ベースで基礎的財政収支赤字を3.4兆円~5.5兆円程度削減することが可能である。なお不足する削減額については、例えば、消費税率2%前後の引き上げが必要となる。
 上記の社会保障支出削減と消費税率引上げの組み合わせはあくまで例示に過ぎないが、社会保障支出削減や消費税率引上げに反対するのであれば、他の具体的な支出削減あるいは増税項目や規模を明示することが責任ある議論を展開する上で不可欠である。
 もっとも、これらの社会保障改革は財政健全化の目的のためだけに行われるべきものではない。社会保障支出の過剰な支出の削減や効率化によって、逆進性の強い社会保険料負担の軽減を通じて経済成長や国民生活の質の向上にもつながることを忘れてはならない。

INDEX

「2020年度の黒字化」を実現する上での基本理念

 団塊世代が75歳に到達する2020年代初までという時間制約、異常な債務残高と堅実さに欠く政策対応、そして、金利上昇リスクの高まり。日本財政を取り巻く環境が厳しい今こそ、財政規律を確立するための道筋を、2020年度の財政目標の法定化という強い決意で示し、政府財政への信認を揺るぎないものとしなければならない。

「黒字化」を実現するための要対応額

 2015年2月12日に公表された内閣府の試算によれば、2020年度の基礎的財政収支黒字化目標を実現するための要対応額は、今後の経済成長率を最大限高めに見積もったとしても(経済再生ケース)、なお9.4兆円程度に上る。日本経済の実力にあったより慎重な経済見通しに立てば要対応額は更に7兆円程度増加する。つまり、経済成長だけでは財政健全化は実現できないことは明らかだ。これ以上望めぬほどかなり楽観的な名目成長率が続くと仮定することは、黒字化達成に向けてさらなる税の自然増収は期待できず、歳出削減と増税による税収確保を一体として改革することから政府は逃げられないことを意味している。しかしながら、現時点で、黒字化目標を達成するための具体策を、政府は何も示していない。

基礎的財政収支と債務残高比率の関係

 また、内閣府試算によれば、2020年度に基礎的財政収支が黒字化しない場合でも債務残高対GDP比率は緩やかに低下する姿となっている。これを捉えて、債務残高対GDP比率さえ低下すればよく、基礎的財政収支の黒字化目標に固執すべきではないという議論もあるようだ。

 しかし、債務残高比率の動きは、ひとえに、足元の名目金利が名目成長率よりも極端に低くなっていることを反映したものにすぎない。将来的にデフレ脱却が達成されれば、名目金利の水準も正常化することが見込まれる。金利が成長率よりも高いという堅実な想定の下、まずは、財政健全化という「長い道のり」の「一里塚」である基礎的財政収支黒字化という目標を断固堅持しなければならない。

「黒字化」を実現するための社会保障削減策

 第1弾(2015年1月19日)では、非社会保障支出の削減余地はかなり限られ、財政健全化のためには、まず、社会保障支出における過剰な支出の削減や効率化への追求に焦点を当てる必要性を説いた。

 われわれは、ここにその具体策を提示する。われわれの試算によれば、医療・介護・年金の各分野において下記のような個別具体的な改革策の実行により、社会保障の質を落とさずに公費ベース(注1)で、3.4兆円~5.5兆円程度基礎的財政収支赤字を削減することが可能である(表1)。

 これらは、容易に実現できるものではないが、政府が基本方針を示して国民に理解を求めれば実現可能な方策だ。

表1 社会保障の削減施策と削減額の例示

 
以下により、合計3.4兆円~5.5兆円程度の削減(公費ベース)が可能

1.医療提供体制の改革 (1)0.8兆円~(2)2.7兆円
(試算方法)1人当たり医療費(年齢補正後)が全国平均を上回る道府県での病床数の削減や入院受療率の低下等により(1)全国平均並み、あるいは(2)全国最低県並みに抑制できるとして試算。公費割合を掛けて算出。

2.ジェネリック医薬品の普及 (1)0.3兆円~(2)0.5兆円
(試算方法)後発医薬品の数量シェアが現状の50%程度から(1)80%、あるいは(2)100%になるとして算出。公費割合として38.6%(2012年度実績)を仮定。

3.調剤医療費の抑制・薬価の適正化 0.8兆円
(試算方法)調剤医療費については、調剤薬局技術料・過剰投薬の抑制により、7兆円程度(2013年度実績)が1割削減されると仮定。また、薬価については、薬価を毎年改定することで診療報酬全体の1.2%削減できるとして算出。公費割合として38.6%を仮定。

4.介護給付の効率化・自己負担引き上げ等 1.1兆円
(試算方法)介護保険費用のうち要介護2~5の自己負担(1割)は0.6兆円に相当。自己負担を2倍(負担月額上限を撤廃しつつ負担を2割へ引き上げ)にすることより0.6兆円のうち公費割合52%(2012年度実績)分の0.3兆円が削減できる試算。さらに、要支援1・2及び要介護1の介護サービスを全額自己負担とした場合の削減額は1.5兆円。これに公費割合52%を掛けた0.8兆円が削減可。また、これらは給付効率化でも同金額で代替可能。

5.公的年金等控除の圧縮 0.4兆円
(試算方法)65歳以上の年金所得者に対する最低控除額上乗せ分を廃止するものとして試算。

(注)上記は比較的早期に実行可能と考える施策の例示である。また、本試算結果は重複している部分もあり、幅を持って解釈されるべきものである。

試算方法の詳細はこちら(PDF)

(1)医療…診療の標準化と「施設から地域へ」

 日本の医療は、複雑な規制と制度が現場を縛っているというイメージがあるが、実は、医療の現場で何が提供されるかに関しては行政の政策的な介入が少なく、民間病院、国公立病院、大学病院が乱立し、自由競争を行う、世界でも類を見ない自由放任主義的な体制である。

 また、医療機関の診療科目の標榜は自由で、開業場所の制限もなく、過剰に導入されている最新の医療機器に伴う購入資金回収と利益を求めて患者の奪い合いが生じている。これは医療資源の地域偏在の原因でもある。それに加え、保険診療は基本的に出来高払いであるため検査や治療、投薬が過剰になっても実質的に歯止めがない。その結果、欧米諸国を圧倒的に上回る年間受診回数や病床数、長い入院期間という過剰医療が発生している。

 こうした過剰な医療を改善することは、医療の質を確保しつつ医療費削減につながる。例えば、具体的な方策としては、病院・診療所の再編、入院・外来診療の標準化による医療提供体制の改革(病床数の多い地域での病床数の全国平均並みあるいは全国最低県並みまでの削減を含む)、ジェネリック医薬品の普及、調剤薬局技術料・過剰投薬の抑制、薬価の適正化等が挙げられる。こうした取組の徹底により、公費でみて1.9兆円~4.0兆円程度の削減が見込まれる。

(2)介護…要介護認定の精緻化と軽度者から重度者へ

 介護給付は、社会保障給付の中で2020年代に向けて最も増加率が高い。今後、団塊世代の要支援・要介護者が急増すると予想され、軽度者への介護サービスは、重度化を防ぐ意味では重要だが、実際にはその効果についての検証が十分になされていない。科学的エビデンスを蓄積して、真に重度化を防ぐサービスに重点化することがさらに必要である。そのためには、要介護認定の精度を高め、介護サービスの質を標準化することが求められる。

 介護にまつわる財政負担の増加を国民に求める前に、介護給付の出し方を工夫して絞ることによって、負担増の度合いを抑制しなければならない。例えば、要介護2~5の介護給付の1割を効率化して抑制(または自己負担を現行の1割から2割へ引上げ)し、要支援1・2及び要介護1の給付を真に重度化予防に効果的なものだけに限定(または介護サービスの全額自己負担化)を行えば、公費ベースで1.1兆円程度の削減が可能となる。

(3)年金…老後の所得保障強化と世代間での財源分担

 年金制度に関しては、制度の持続可能性、給付の十分性の両面から見た抜本的な改革が必要である。

 制度の持続可能性を高めるためには、①物価・賃金の伸びが低い場合でもマクロ経済スライドが発動される仕組みにして、現役世代に過度な負担を求めない給付水準に調整を行うこと、②標準的な支給開始年齢を67~68歳まで段階的に引き上げて、将来の若年世代の負担が重くならない水準にすることが必要となる。さらに、③世代間格差の是正のためにも、公的年金等控除の廃止等を通じて、高収入の年金受給者にも所得に応じた税負担をお願いし、公的年金制度を維持するために各世代ができるだけ偏りなく負担を分かち合う態勢を強化する必要がある。

 安心できる老後の生活を保障するには、低所得・低年金層の所得保障を強化することが欠かせない。困っている人を年金で集中的に支援する姿勢が重要である。そのためには、被用者年金のさらなる適用拡大のほか、公的年金支給開始前の3~5年程度を対象にした「つなぎ年金」や、目減りする公的年金給付を補完する「上乗せ年金」など、私的年金の充実等による柔軟な対応がこれまで以上に必要となる。

 これらの改革のうち、2020年度までに実行可能で公費の削減に寄与するのは、例えば、公的年金等控除の圧縮が挙げられ、0.4兆円程度の削減額が可能となる。

長期的に目指すべき健全財政

 これまで見てきたような厳しい改革を実施した場合にでもなお、不足する削減額については、増収でまかなうしかない。経済再生ケースの9.4兆円程度の要対応額を前提とすると、機械的に試算すれば、上記のように社会保障支出を3.4兆円~5.5兆円程度削減する場合は、例えば、消費税率2%前後の引き上げ(注2)が必要となる。

 ただし、消費税率の引き上げが直ちに満額の税収増をもたらすわけではないため、2020年度に消費税を引き上げる場合には、追加的な支出削減が必要となる。例えば、欧米諸国と比較すればなお水準の高い公共事業を2兆円前後削減することを覚悟する必要がある。

 上記の社会保障支出削減と消費税率引上げの組み合わせはあくまで例示に過ぎない。社会保障支出を維持したいなら、その分は消費増税で賄うべきものである。社会保障支出削減や消費税率引上げに反対するのであれば、他の具体的な支出削減あるいは増税項目や規模を明示することが責任ある議論を展開する上で不可欠である。なお、現在導入が検討されている消費税の軽減税率については、低所得者の負担軽減対策としては効果が低いこと、税収が減少さらなる増税が必要となること、などから反対である。

 内閣府の試算によれば2020年度に基礎的財政収支均衡が達成されたとしても、18兆円程度の財政赤字が依然として残る。基礎的財政収支の均衡は財政再建の第一歩に過ぎない。長期的な財政健全化を達成するためには、社会保障の財源を消費税によって確保することで社会保障の受益と負担の均衡を目指すことが基本となる。そのためには、支出の効率化を絶え間なく続けていくとともに、2020年度以降においても消費税率を数年毎、例えば、前回の引上げの影響を懸念する必要がないと考えられる3年毎に数%(例えば2~3%)ずつ引き上げていく必要がある。

 このように歳出歳入両面から厳しい改革を継続的に行うことによってのみ、財政を健全な状態で次世代に渡せることを肝に銘じるべきである。

 もっとも、これらの社会保障改革は財政健全化の目的のためだけに行われるべきものではない。社会保障の過剰な支出の削減や効率化によって、社会保険料や自己負担は軽減できる。事業主の社会保険料負担や逆進性の強い社会保険料負担の軽減を通じて、経済成長や国民生活の質の向上にもつながることを忘れてはならない。

 後日、改めて中長期的な視点から望ましい社会保障改革のあり方、具体像について示すこととする。

コラム 医療費の削減を具体的にどう実現するか?


 医療分野の個々の政策・制度変更でどの程度の削減額が可能かについては、森山美知子広島大学教授らによる医療現場での地道な取組の成果が参考になる。そこからは、慢性疾患の重症化予防、透析導入の回避、発症・再発予防による入院予防の医療費適正化の効果が大きいことがわかる。
 例えば、広島県呉市で重症化予防として実施した、看護師による糖尿病性腎症者に対する疾病管理プログラムでは(国民健康保険被保険者を対象、年間70人)、年6.3千万円(医療費ベース、推計)の医療費削減の効果があった。同時に、重症化して透析治療に移行する者の数も減少した。また、要介護の最大の要因である脳卒中を発症した者(軽症者)に再発予防の保健指導を行った事例では、1年以内の再発率は5.5%から2.5%に抑えられた。さらに、広島県では「心臓いきいき事業」を実施し、多職種連携による医療チームが心不全の疾病管理を行うことで、重症心不全患者の再入院率を50%以下に減らすことに成功した。
 加えて、呉市では、同一の傷病名で複数の医療機関に受診しているなどの重複・頻回受診者(約200人)に対して訪問指導を行い、複数の診療や投薬を減らすことで年1.6千万円分の医療費を削減した。また、ジェネリック医薬品への切り替えが可能と思われる対象者に通知を送付したところ、通知開始後2年で約7割の対象者がジェネリック医薬品への切り替えを行うに至った。現在は約8割以上が切り替えており、薬剤費削減額は累計で6.5億円となる(医療費ベース、通知開始の2008年7月~2014年3月までの合計)。

本コラムの詳細はこちら(PDF)

土居丈朗(どい たけろう)[共同代表]

慶應義塾大学経済学部教授。博士(経済学)(東京大学)。専門は財政学、公共経済学、政治経済学。

鶴光太郎(つる こうたろう)[共同代表]

慶應義塾大学大学院商学研究科教授。博士(経済学)(オックスフォード大学)。専門は比較制度分析、企業統治、雇用システム。

井伊雅子(いい まさこ)

一橋大学国際・公共政策大学院教授。博士(経済学)(ウィスコンシン大学マディソン校)。専門は医療経済学、公共政策。

小塩隆士(おしお たかし)

一橋大学経済研究所教授。博士(国際公共政策)(大阪大学)。専門は公共経済学。

西沢和彦(にしざわ かずひこ)

日本総合研究所上席主任研究員。専門は社会保障制度改革、税制改革。

柳川範之(やながわ のりゆき)

NIRA理事。東京大学大学院経済学研究科教授。博士(経済学)(東京大学)。専門は金融契約、法と経済学。

引用を行う際には、以下を参考に出典の明記をお願いいたします。
(出典)土居丈朗・鶴光太郎・井伊雅子・小塩隆士・西沢和彦・柳川範之(2015)「社会保障改革しか道はない(第2弾)」NIRAオピニオンペーパーNo.14

脚注
1 ここでの公費ベースとは、国と地方の税等を財源とした支出を意味する。社会保険料を財源とした支出は含まない。
2 消費税率1%引上げで2~3兆円程度の増収を仮定。

ⓒ公益財団法人NIRA総合研究開発機構

※本誌に関するご感想・ご意見をお寄せください。E-mail:info@nira.or.jp

研究の成果一覧へ