土居丈朗
慶應義塾大学経済学部教授
鶴光太郎
慶應義塾大学大学院商学研究科教授
井伊雅子
一橋大学国際・公共政策大学院教授
小塩隆士
一橋大学経済研究所教授
西沢和彦
日本総合研究所上席主任研究員
柳川範之
総合研究開発機構(NIRA)理事/東京大学大学院経済学研究科教授

概要

 2020年度の基礎的財政収支黒字化は、財政健全化という「長い道のり」の「一里塚」でしかない。長期的な財政健全化を達成するためには、社会保障の財源を消費税によって確保することで社会保障の受益と負担の均衡を目指すことが基本となる。また現在の社会保障制度は、非効率かつ不公平であり、高齢社会にふさわしい制度とはいえない。その意味でも、団塊世代が全員75歳に達する2025年度までに社会保障改革を実施すべきである。
 2025年度までの社会保障改革のあり方における考え方は以下の4つの柱にまとめられる。第1に、受益と負担の均衡を通じた社会保障制度の持続性を確保することである。第2に、世代間の格差を縮小することである。第3に、年齢・世代の違いだけに注目するのではなく、その人が所得・資産などの面で困っているか、困っていないかを見極め、「困っている人」を集中的に支援することである。最後に、「困っている人」を減らし、「困らない人」を増やしていくことも必要となる。
 これらの4つの柱を軸に提示する7つの目標を、社会保障改革の実現により、2025年度までに達成することを提案する。

INDEX

2025年度までに社会保障改革を実行せよ

 NIRA有識者提言「社会保障改革しか道はない」(第1弾および第2弾)で最も強調した点は、2020年度の財政健全化目標である基礎的財政収支の黒字化は必ず達成しなければならないこと、また、そのために具体的な項目や規模が明示された歳出・歳入改革を策定しなければならないことである。

 財政の現状を見ると、社会保障支出はほぼ一貫して上昇し、高水準に達しているのに対して、非社会保障支出の対GDP比は、OECD諸国と比較して最低水準となっており、その削減余地は限られている。財政健全化の「本丸」は、社会保障における過剰な支出の削減や効率化である。そこで、第2弾提言では、医療・介護・年金の各分野における個別具体的な改革策の実行により公費ベースで基礎的財政収支赤字を3.4兆円~5.5兆円程度削減できるとする試算を示した。

 しかし、2020年度の基礎的財政収支黒字化は財政健全化という「長い道のり」の「一里塚」でしかない。最終的な財政健全化目標である利払いを含めた財政収支の黒字化を達成するためには、まずは、社会保障の財源を消費税によって確保することで社会保障の受益と負担の均衡を目指すことが基本となる。一方、社会保障改革は財政健全化の目的のためだけに行われるべきものではないことも明らかだ。現在の社会保障制度は、効率性や公平性を欠いており、高齢社会にふさわしい社会保障制度とはいえない。

 そこで、われわれは団塊世代が全員75歳に達する2025年度までを改革の実行期間と定め、その期間に実施すべき社会保障改革を提示する。これが第3弾の提言の狙いである。2025年度までの社会保障改革のあり方における基本的な考え方は以下の4つの柱にまとめられる。

第1の柱:財政・社会保障制度の持続性を確保する

 2025年度までの社会保障改革を考える上での第1の柱は、受益と負担の均衡を通じた社会保障制度の持続性を確保することである。

 わが国は、全体の人口が減少する中で、少子高齢化が今後さらに進み、高齢者の数が増えることによって社会保障給付が増加することが見込まれている。厚生労働省の推計によれば、2012年度から2025年度にかけて社会保障給付の財源である税・保険料の基盤となるGDPは約27%の伸びにとどまる一方、社会保障給付費は約36%も増加するとされている。

 つまり、現行制度を放置すれば、社会保障分野における受益と負担の不均衡は悪化する一方である。こうした状況に歯止めをかけ、社会保障制度の持続性を確保するためには、社会保障・税一体改革時に明示された、消費税の社会保障財源化の枠組みを維持・進化させていくべきである。必要な社会保障給付を確保しつつ、その財源は将来世代に付けを回すことなく、今を生きる世代が老若を問わず負担する消費税によって、安定的に確保する。これこそが、社会保障の受益と負担の均衡への道筋である。

 それと同時に、今後累増していく利払費も直視しなければならない。政府は2020年度以降に債務残高対名目GDP比の安定的な引き下げを目指すとの目標を掲げている。中長期的には名目長期金利が名目経済成長率を上回って推移する蓋然性も高いことから、基礎的財政収支について一定の黒字幅を確保する必要がある。

第2の柱:世代間格差を縮小する

 受益と負担の不均衡を見直していく上で、忘れてはならないのは世代間格差の問題である。わが国の社会保障制度は、高度成長期に形作られたため、勤労世代に負担を負わせて高齢世代に給付するという賦課方式的な形で運営されている。このため、世代間で受益と負担について大きな格差が生まれている。世代別の社会保障等の受益額を見ると、60歳代、70歳代以上に集中している一方、負担額では、40歳代、50歳代の現役負担が相対的に大きくなっている。また、日本は欧米に比べ高齢者施策に偏り、家族施策、現役施策の割合が低くなっている。

 人口減少・少子高齢化社会においては、全体の人口が減る中で、勤労世代の人口が減り、高齢世代の人口が増えるため、勤労世代の1人当たり負担はますます増え、高齢世代の純受益(受益マイナス負担)に比べると、若い世代の負担超過がますます増えてしまう。社会保障をめぐる世代間の受益と負担の格差がさらに拡大すれば、これを目の当たりにする将来世代は、社会保障制度に対し強い不信感を抱き、負担を拒むことすら起きかねない。つまり、世代間格差の放置は社会保障制度の持続可能性を大きく損なう一大事である。したがって、社会保障制度の持続性維持のためには、世代間格差を縮小し、国民が制度に対し信頼を寄せ、受益と負担の関係に対して納得感を持てるような改革を行う必要がある。

第3の柱:「困っている人」に必要なサポートを

 さらに、社会保障給付の改革を検討する場合、「困っている人に必要なサポートを」という原則を大きく掲げるべきであろう。社会保障給付は、単純に削減すればよいわけではなく、国民生活のセーフティネットとしての役割は維持しなければならない。社会保障給付によって保障される国民生活の質を維持・向上させつつも、過剰に費用がかかっている部分を効率化したり、社会保障にとって真に有用ではない支出を削減したりすることに躊躇してはならない。必要以上の給付は行わないとする制約の下での「給付の十分性」の達成が求められている。

 現行制度は年齢・世代を基準にして負担と給付の仕組みを設定しているため、「困っていない人」も支援し、真に「困っている人」への支援が不十分になっている面がある。そこで、社会保障改革を進めるに際しては、高齢層・現役層といった年齢・世代の違いだけに注目するのではなく、その人が所得・資産などの面で困っているか、困っていないかを見極め、「困っている人」を集中的に支援するという姿勢が重要となる(図1)。

 そのため、高齢層にも所得に応じた税負担、自己負担をお願いし、制度を維持するために各世代が負担を分かち合うべきである。また、現役世代、高齢者世代にかかわらず、低所得・低年金層の所得保障を強化する必要がある。

 これらは、公平性の観点から見ても必要な対応策であり、また、無用な世代間対立を招かず、「シルバー民主主義」の制約を回避することもできる。しかも、少子高齢化によって次の世代に残す富がますます少なくなっている現在、社会保障の重点化・効率化は将来世代の経済的便益を守るという観点からも強く要請されるところである。

図1 社会保障改革の方向性

第4の柱:「困らない人」を増やす

 最後に、「困っている人」を減らし、「困らない人」を増やしていくことも必要だ。就業促進による貧困防止の取組にシフトしていくことができれば、国民に大きな「痛み」が伴うことなしに、給付を大幅に節約することが可能になる。高齢者は健康状況にもばらつきは大きく、病弱では就業もままならない。そのため、「疾病予防」の考え方がかなり重要になってきていることを指摘しておきたい。寝たきりになる高齢者を減らし、健康寿命を延ばすことができれば、生活の質を落とさずに、生きがいのある人生を送ることもできるだろう。このように、就労促進による貧困の防止、予防医療による疾病重篤化の防止といったように、事後的救済から「予防」という視点を十分取り込んで社会保障制度の設計を行うべきであろう。

7つの目標を軸に改革を進める

 社会保障の改革は、財政のために必要なだけではなく、社会保障そのもののためにも不可欠なことだという認識は、広く国民に共有されるべきポイントだろう。問題の解決を困難にしているのは、抜本的な改革には時間がかかり、中長期的な覚悟を持って臨まなければならない点だ。そもそも社会保障分野の支出削減は、国民に「痛み」を強いる場合が多く、そのため政治的にも大きな抵抗が生じやすい。それだけに改革の実行に当たっては、強い政治的決意と同時に、実行を後押しするための工夫が必要となる。

 そのため、社会保障改革の実現に当たり、2025年度の目標をマクロ的に定め、それにできるだけコミットすることを提案する。社会保障分野のように、利害が対立する局面が多くあり、細かい個別問題で改革の合意が非常に取りづらい場合、個別問題ごとにそれぞれの事情を勘案しながら支出削減を進めようとすると、結局前にまったく進まない恐れが大きい。その場合に、マクロ的目標設定にコミットすることが制約となり、改革の推進力となり得る。

 具体的には、社会保障改革の実現により、以下の7つの目標を、2025年度までに達成することを提案する。

<2025年度に向けた7つの目標>

第1の柱:財政・社会保障制度の持続性を確保する
目標1:社会保障の受益と負担の均衡を目指すとともに、非社会保障費の削減や消費税以外の税による財源確保によってプライマリーバランスの黒字化を実現し、債務残高対GDP比率を安定的に引き下げる。その結果、2025年度までに債務残高対GDP比を、現在の195%(2015)から170%以下の水準とする。

第2の柱:世代間の格差を縮小する
目標2:社会保障給付に占める現役世代(59歳以下)への支出割合*を5.5%(2012)から米、英、独、仏、スウェーデン5カ国の平均並みの10%に引き上げる。

関連施策-子育て対策、両立支援、マクロ経済スライドの完全実施、
公的年金等控除の圧縮


第3の柱:必要な人に必要なサポートを行う
目標3:65歳以上の相対的貧困率を19%(2009)からOECD平均並みの12%に、また、18~25歳の相対的貧困率を19%(同)からOECD平均並みの14%に引き下げる。

関連施策-定年から支給開始年齢までの3~5年程度を対象とした「つなぎ年金」、
および公的年金を補完する「上乗せ年金」の創設、高齢者就業率の引き上げ


目標4:要介護3~5の給付重点割合を64%(2012)から要介護3~5の割合である80%に引き上げ、軽度者から重度者への給付の重点化を図る。

関連施策-軽度者の重度化予防および予防医療の実施、ボランティアによる支援


第4の柱:「困らない人」を増やす
目標5:70~74歳の就業率を、現在の水準から男女ともに40%ポイント程度引き上げる(男性は31%(2012)から1980年当時同じ平均寿命であった65~69歳の水準である70%へ、女性は17%(同)から男性とおおむね同じ率を引き上げて60%へとする)。

関連施策-年金の支給開始年齢の引き上げ、定年から支給開始年齢までの3~5年程度を
対象とした「つなぎ年金」、および公的年金を補完する「上乗せ年金」の創設


目標6:在宅(介護老人保健施設、老人ホームを含む)での死亡率を22.2%(2013)から、例えば欧米の在宅死亡率の水準である50%程度に引き上げ、希望する人が在宅で看取られながら最期を迎えることができるようにする。

関連施策-「施設から地域へ」の医療体制の転換。
例えば、プライマリ・ケア専門医(総合診療専門医)の制度確立、病院再編


目標7:被雇用者が被雇用者にふさわしい社会保険制度に加入できるようにするべく、約30万事業所ある厚生年金の未適用事業所(適用調査対象事業所=厚生年金保険・健康保険の適用を届け出ず、保険料の納付を免れている可能性のある事業所)を早急にゼロにし、その上で、制度改正によってさらなる加入を進める。

関連施策-一層の執行強化、低所得者層に給付付き税額控除の導入、
厚生年金の適用範囲の拡大


* 家族支援のための支出割合

(注)関連施策の詳細については、NIRA研究報告書「社会保障改革しか道はない」(2015年5月公表)の各論を参照されたい。

土居丈朗(どい たけろう)[共同代表]

慶應義塾大学経済学部教授。博士(経済学)(東京大学)。専門は財政学、公共経済学、政治経済学。

鶴光太郎(つる こうたろう)[共同代表]

慶應義塾大学大学院商学研究科教授。博士(経済学)(オックスフォード大学)。専門は比較制度分析、企業統治、雇用システム。

井伊雅子(いい まさこ)

一橋大学国際・公共政策大学院教授。博士(経済学)(ウィスコンシン大学マディソン校)。専門は医療経済学、公共政策。

小塩隆士(おしお たかし)

一橋大学経済研究所教授。博士(国際公共政策)(大阪大学)。専門は公共経済学。

西沢和彦(にしざわ かずひこ)

日本総合研究所上席主任研究員。専門は社会保障制度改革、税制改革。

柳川範之(やながわ のりゆき)

NIRA理事。東京大学大学院経済学研究科教授。博士(経済学)(東京大学)。専門は金融契約、法と経済学。

引用を行う際には、以下を参考に出典の明記をお願いいたします。
(出典)土居丈朗・鶴光太郎・井伊雅子・小塩隆士・西沢和彦・柳川範之(2015)「社会保障改革しか道はない(第3弾)」NIRAオピニオンペーパーNo.16

ⓒ公益財団法人NIRA総合研究開発機構

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