大内伸哉
神戸大学大学院法学研究科教授

概要

 人工知能(AI)やロボット技術などの新技術の発達は、雇用の代替と創出を通じ、人材の再配置を加速させる。AI化時代に失業のリスクを回避するには、仕事の専門性や特定性を高め、職務型の働き方にシフトしていかざるを得ない。AI化が進むグローバル競争の下では、これまで配転権を用いて解雇を避けてきた日本企業も、従来の正社員制度や長期雇用を維持することは難しくなる。これは、雇用の流動化の進行が不可避となることを意味する。
 今後は、これまでのような特定企業の雇用維持を重視する政策ではなく、職業訓練の充実や、知的創造性を求める働き方に対応した労働時間制度などの政策を整備していくことが求められる。中でも、職業訓練の充実が重要だ。
 また、ICTの活用によって、働く場所と時間が自由になり、特定の企業との従属関係をもたない自営的就労を選択する者が増加する。このような働き方は労働法の適用外だが、今後の経済成長の重要な要素となるという点に鑑みれば、自助努力を基本理念としつつも経済的に自立できるよう、法体系を見直す必要がある。
 本稿で取り扱うこれらの政策は、これまでの労働法が目的としてきた労働者の保護という従来の枠にとどまらず、新たに取り組んでいくべき政策領域である。*

INDEX

 NIRAオピニオンペーパーNo.25「AI時代の人間の強み・経営のあり方」では、AI(人工知能)の導入が進むなかでの雇用政策のあり方について方向性を示した。本稿では、この点をさらに詳細に論じていくこととしたい。

1 雇用の流動化に対応した政策の必要性

ポイント

・ AIの発達は、これまでの技術革新と同様、雇用の代替と創出をもたらし、人材の再配置を引き起こす。
・ AIの発達は、企業内での仕事の再編成を必要とし、結果、人間のすべき仕事が減少する。
・ 日本の正社員の働き方は、職務(ジョブ)型へと移行し、雇用保障は大きく減少する。

 技術革新には、雇用の代替という効果と、雇用の創出という効果とがある。雇用の代替は労働者に失業をもたらす可能性があるが、その一方で、新しい雇用も生まれてくるので、労働者が、機械に奪われた雇用から、新たに生み出された雇用へと移動すること(再配置)を実現できれば、失業のリスクを回避することができる。

 実際に失業が生じるかどうかは、雇用システムとも関係する。日本型雇用システムの下では、正社員の職務は限定されず、企業には配転権があったため、技術の発達に対応するための人材の再配置は企業内でおこなうことができた。むしろ、例えば企業内で特定の職務が不要となったとき、配転権を行使して解雇を回避しなければ、解雇権の濫用となるので(労働契約法16条を参照)、企業内での再配置を試みることは企業にとっての義務でもあった。こうして日本企業は、技術革新が進んでも、優秀な人材を企業内に抱え込みつづけ、職業訓練をとおして再活用(再配置)して競争力を維持することができた。しかし、人工知能やロボット技術を中心としたこれからの技術革新に対しても、同じような手法により対処が可能と考えることは難しい。

 近年、非正社員(非正規労働者)の比率が上昇している背景には、技術の発達により、仕事が単純化・軽易化し、正社員にさせるにはコスト高となるようなものが増えてきたという事情がある。ここでは正社員と非正社員の間で仕事の振り分けがなされていたのだが、人工知能やロボット技術の発達が進むと、今度は、それまで人間(正社員、非正社員)にさせていた仕事が、機械にどんどん振り分けられていくようになる。たしかに、仕事を機械と人間との間でどのように振り分けるかは、各企業の経営判断にゆだねられる。しかし、機械にさせたほうが、人間がやるよりも効率性が高い仕事がある限り、少なくともグローバルな競争にさらされている業種では、企業経営者は機械の導入を逡巡(しゅんじゅん)することはできない。その意味で、仕事の再編成は、個々の企業の経営判断を超えて、技術の発達に依存することになる。

 仕事の再編成がなされると、人間は主に、機械により代替されない仕事、あるいは機械を活用する側の仕事に従事することとなろう。これらの仕事は、通常、非定型的なものであったり、新たな技能を必要としたりするなど、専門性・特定性が高いものであり、労働者にはこれらの仕事をこなせるだけの技能をもつことが求められるようになる。

 こうした変化は、日本型雇用システムにも大きな影響を及ぼすことは必至である。日本型雇用システムは、長期的な雇用の保障を基礎として、年功型賃金の下でジェネラリスト的に働いていた正社員と、臨時的・短期的な就労を前提に、従事する職務の市場賃金で働いていた非正社員という二重構造をもっていたが、今後は、正社員に対しても企業は職務を中心に、それに従事する技能をもつ者を雇用する(あるいは、後述する4でみるように市場で取引する)という行動をとるようになり、もはや従来型の正社員を多くは必要としなくなるだろう。

 特に新規採用の段階では、その後の企業内での育成を前提としないで、ある職種における能力の高い者が即戦力の「プロ」として採用されるようになる。そこでは現在のような新卒一括採用ではなく、企業において特定の技能をもつ人材の需要が生じたときに、その需要を充足する人材を市場から調達するというような採用形態(通年採用ないし随時採用)がとられるようになろう。

 このような変化は、日本でも欧米流の職務型(ジョブ型)の働き方が一般化していくということを意味しており、こうなると実は今日の労働法上の課題の多くが解決される可能性がある。例えば、職務中心の働き方で、賃金も職務給になると、今日の正社員と非正社員との格差や、性差別や国籍差別などの差別問題が解消されやすくなる。同じ仕事に従事していても賃金体系が異なるので同一賃金にはならないという、これまで格差を正当化してきた理由があてはまらなくなるからだ。

 その一方で、特定の職務に従事するために雇用されるとなると、企業の配転権は制限されるので、技術革新などでその職務が不要となった場合、あるいは労働者がその職務についての遂行能力や適格性が欠けることになった場合には、解雇が認められやすくなる(解雇権の濫用(らんよう)となりにくくなる)という面もある(労働契約法16条参照)。企業が配転権を行使して解雇を回避する必要性がなくなるからだ。

 要するに、人工知能やロボット技術などの新技術の発達により、日本型雇用システムは職務型(ジョブ型)に変容し、それにより、さらなる技術革新があった場合に失業の危険性が高まるのだ。このことは、日本企業がどんなに従来の正社員制度を維持し、長期雇用を保障する意図をもっていても、グローバル競争の下ではそれを実現することが難しくなり、雇用の流動化の進行が不可避であることを意味する。

 これまでの日本の労働市場政策は、雇用保険制度における雇用調整助成金に典型的にみられるように、特定企業での雇用の維持を重視する政策(雇用維持型政策)を軸としていた。しかし、上述のように雇用の流動化の流れが不可避的だとするならば、それに備えた職業訓練の実施、労働市場のマッチングの向上(職業紹介サービスの効率化、労働者派遣のいっそうの活用など)、解雇された場合や積極的に転職先を探す場合の所得保障(解雇の金銭解決、雇用保険制度の見直しなど)といった雇用流動型政策を整備、充実させていく必要がある。なかでも重要なのが、次にみる職業訓練だ。

2 職業訓練政策の見直し

ポイント

・ AIの急速な発達は、企業内訓練での対応を困難とし、企業外訓練の重要性を高める。
・ AIによる経済成長は、成長産業への人材の供給ができてこそ可能となる。
・ 職業訓練では、最新技術に対応できる専門的な訓練に加え、不断の技術変化への適応力を涵養(かんよう)する基礎教育、自発的な訓練に取り組む意識改革に力を入れるべきだ。

 上述のように、これまでの日本型雇用システムでは、技術革新の雇用への影響は、企業内での再配置という形で対処されてきた。このことは、人材の再配置のために必要な職業訓練は、個々の企業の手によって実施され、政府など企業外での職業訓練政策の役割は相対的に小さかったことを意味する。

 しかし、今日の人工知能やロボット技術などの発達のスピードは、かつての技術革新と比べものにならない。企業内において、正社員の職業訓練をとおした再配置により、どこまで対応できるかを考えると、極めて心もとない。しかも、グローバル化の深化で、国外や国内の企業間での競争はますます激化する。こうなると、企業は時間をかけて社員の職業訓練をする余裕をもちにくくなる。

 さらに第4次産業革命が進行し、産業構造が大きく転換していくなか、経営資源を成長部門に集中させていく戦略をとる企業が激増することが予想され、前述1でも論じたようにその過程で新たな分野で生産性を発揮できない労働者の雇用調整がなされざるを得ない場面も出てこよう。

 このように、これからの日本企業は、技術革新に対して、企業内での職業訓練をとおして再配置し、雇用を維持するという従来のスタイルを継続することが難しくなっていくことが予想される。このことは、技術革新によって新しい産業が生まれ、そこに雇用が創出されても、人材の供給がスムーズに行かない可能性があることを意味する。人材の供給のためには、企業間をまたぐ人材の再配置や将来の人材への教育が不可欠となるが、企業内の職業訓練に期待することができないなか、企業外での新たな職業訓練の体制がまだ十分に整っていないからだ。

 これから必要となるのは、将来の技術に備えた職業訓練をおこなうという戦略的な視点である。そのためには科学技術の発展の予測(ロードマップ)およびその実装化の可能性や時期について、それぞれ科学者や産業界の意見を聴取しながら、具体的な教育・訓練計画を立てていく必要があろう。最新技術に対応できる専門的な技能の習得だけでなく、不断の技術変化への適応力(adaptability)を涵養する基礎的能力の習得も重要だ。そこには、AIと寄り添って働くために必要な能力も含まれる。

 これからの働き方は労働集約的なものから、労働分散的で個人ベースのものにシフトし、どのような職業に就きながら人生を送るかについて、個々人の選択肢が広がっていく。特にICT(情報通信技術)の発達により、4で後述するように個人が時間や場所を選ばずに自営的に働くスタイル(テレワーク、クラウドワークなど)が大きく広がっていく。こうした自営的就労により個人が経済的に自立していくためには、個人としての成長の基礎となり知的創造性の醸成につながりうるリベラルアーツ(哲学、倫理、歴史など)、さらに職業活動の基礎となる能力(ICTを使いこなす情報リテラシー、契約等に関するリーガルリテラシー、ファイナンスの知識などのファイナンシャルリテラシー)の習得が必須となり、これらも基礎教育の中に含まれる必要がある。これに加え、職業能力は他から与えられるものではなく、自ら主体的に身につけていかなければならないと自覚させる意識改革も必要だ。

3 知的創造的な就労に適合的な労働時間規制改革

ポイント

・ AI時代に人間のなすべき仕事は、知的創造性が重要となる。
・ これまでの労働法は拘束的な働き方を前提とした保護規制を講じてきたが、これは知的創造的な働き方には適合しない。
・ 新たな働き方に対応する労働時間制度として、ホワイトカラー・エグゼンプションを導入すべきだ。

 ロボットは、人間の身体的活動の大部分を代替するようになり、人工知能は、人間の知的活動を次々と代替するようになる。そのため、人間のやる仕事は、機械では対応しにくい非定型的な活動のものが中心となり、そうした活動の生産性は労働者の知的創造性と強く関係する。とりわけ第4次産業革命後の産業社会では、IoT(モノのインターネット、Internet of Things)により収集される膨大な情報(ビッグデータ)を、人工知能を用いて処理し、その結果を利活用するビジネスが大きく広がることが予想されている。これらのビジネスで、どこまで付加価値を高めることができるかは、人間の知的創造性による部分が大きい。こうした知的創造性を重視する働き方をするための環境は、ICTの発達により働く場所や時間、情報へのアクセスについての制約がなくなるなか、急速に整いつつある。

 実は知的創造性が求められる働き方は、労働法が想定する働き方とはかなり異なる。労働法が想定していた働き方とは、工場などの特定の事業場に結集して一斉に就労し、上長の指揮監督の下、場所的、時間的に拘束されるというものだ。労働法は、そうした働き方にみられる従属状況から労働者を解放することを目的として、雇い主に対してさまざまな規制を課してきた。その代表が、労働時間規制であり、例えば就業規則において始業時刻と終業時刻を記載することが義務づけられ(労働基準法89条1号)、実労働時間の上限が設定され(同法32条)、その労働時間を超えて働かせる時間外労働については、三六協定(労働者の過半数代表と使用者との間の協定)の締結・(行政官庁への)届出と割増賃金の支払が義務づけられ(同法36条および37条)、休憩時間は1日の労働時間の途中に一定時間以上、一斉に付与することが義務づけられ(同法34条)、休日も1週1日(または4週4日)の付与が義務づけられる(同法35条)などだ。

 しかしICTを活用し、知的創造性が求められるこれからの働き方は、これらとは異なる。まず企業からの拘束性が弱い働き方なので、労働者を解放するための保護規制の必要性も小さい。むしろ労働時間、休憩、休日などの規制は、労働者が知的創造を目指して働くことに対して阻害的でもある。

 現在の法律でも、企業が業務の遂行方法を大幅に労働者の裁量にゆだねる場合には、労働時間のみなし制を導入することが認められている(裁量労働制。労働基準法38条の3および38条の4)。この制度の下では、実労働時間はカウントされず、労使で決めた時間だけ労働したものとして法的に扱われるので、法規制の適用除外と同等の効果が生じうる。しかし、これらの制度は適用範囲が一定の専門業務と企画業務に限定され、導入のための手続要件も厳格だ。現在、これを改めるための法改正の動きもあるが、弥縫(びほう)策に近い。より抜本的に知的創造的な働き方に対応した労働時間規制の改革が目指されるべきで、その具体的内容は、労働時間、休憩、休日などの規制はせずに本人の自己管理にゆだね(いわゆるホワイトカラー・エグゼンプション)、年次有給休暇(労働基準法39条)のように本人が希望に応じて休息をとる制度のみ適用するというものだ。

 こうした制度については、割増賃金制度がなくなるので、「残業代ゼロ」となるといった批判もある。しかし割増賃金は、一般労働者に対する関係でも、長時間労働の促進要因となるなど労働時間規制の手法としての妥当性に疑問があるし、知的創造性を求められる労働者の賃金は、時間から切り離して成果によって測るのが最も適切であり、そこに割増賃金の支払を法律で義務づけることは余計な介入となる。

4 自営的就労も視野に入れた法整備

ポイント

・ これからはICTやAIを活用した自由な働き方、とりわけ自営的就労が大きく増加することが予想される。
・ 自営的就労は労働法の適用外だが、自営的就労のこれからの重要性に鑑みると、政府が一定のサポートをすることも必要だ。
・ セーフティネットは、雇用労働者に手厚い現行の仕組みを見直すことが必要だが、その際には自助を基本理念に据えるべきだ。

 ICTを活用して場所的、時間的に自由な働き方、とりわけテレワークやモバイルワークのように、労働者が働く場所を選択できる働き方においては、企業からの指揮命令関係は希薄となり、労働法上の分類でも、労働契約・労働者に該当しない可能性が高くなる。

 また上述のように企業内における仕事の再編成が進み、人間に担当させる職務の専門性が高まる一方、そうした人材はネットをとおしたマッチングが比較的容易となるので、企業としては、あえて労働契約を結び組織内に抱え込まなくても、業務請負のような契約で発注し(クラウドソーシングなど)、一方、働き手のほうも、特定の企業と労働契約を結ばずに、自営的に働くことを希望する者が増えていくことが予想される。

 こうして、個人が企業ないし個人と請負契約などの非労働契約を結んで働くという自営的就労は、特定の企業との間での使用従属関係なしに独立して働くので、これまでの労働法の発想では、特に保護の必要性がないと考えられてきたものとなる。

 ただ自営的就労のなかにも、さまざまなパターンがある。例えば特定の企業との間で取引を継続する場合には、働き方は独立的であっても、そこにある種の経済的な依存関係(経済的従属性)が生まれ、法的にも保護の必要性が生じてくる可能性もある(なお、就労の実態からみて実質的に使用従属関係があると認められれば、現在の法律上も、労働者として扱われ、その法的な地位は雇用労働者と同じとなる)。また、そうした経済的な依存関係がなくても、個々人が自営的就労により職業活動をいとなむうえで必要な技能は、基本的には自ら習得すべきものとはいえ、そこに政府によるサポートが考えられてもよい。すでに述べたような職業訓練政策は、このようなサポートの1つになる。

 自営的就労は、自己選択・自己責任であると突き放す考え方もありうるが、このタイプの働き方が、国の経済成長にとって重要な要素となるということを考慮に入れると、放任政策は妥当ではなかろう。そもそも労働法も、その歴史をみると、第1次産業革命後に広まった工場制機械工業において、劣悪な就労環境の下で働く大量の労働者を保護することが、資本家・経営者が継続的に健康な労働力を確保するために必要で、それが国の経済成長にも役立つという認識のなかで、誕生したものであった。労働者の保護の必要性があるというだけでなく、経済政策的な観点からも労働法は存在していたのであり、同様のことは自営的就労者(インディペンデント・コントラクター)にもあてはまるはずである。

 もっとも自営的就労は、雇用労働とは異なり、対企業との間で従属性があるというものではないので、この働き方の特徴にあった政策が求められる。具体的には、国民が自営的就労を選択した場合に、経済的自立ができるようにサポートするという観点からの政策的介入がなされるべきだろう。そうした介入の例としては、契約の際の適切な情報開示、一定の不当契約条項のリストアップ、仲介業者に対する監視などが考えられる。

 同時に、現行法上の社会保障をはじめとするセーフティーネットの仕組み(年金、医療、失業、労災など)は、雇用労働者を優遇するものとなっているため、これを見直して、自営や雇用という働き方に関係なく、必要な生活上のリスクに対する保障のあり方を検討していく必要もある。もちろん、その際には、単にセーフティーネットを拡大するということではなく、これからの主流になる働き方が自営的就労で、それが本人の主体性や自立性・独立性を重視するものであることに鑑み、自助を基本理念に据えることが必要だ。

5 労働法の新たな領域

ポイント

・労働法は、これまで、技術革新を産業社会にもたらす負の側面の対策を担当してきた。
・これからの労働法は、技術革新が産業社会にもたらす正の側面に着目していくことが求められる。
・国民が、働き方に関係なく充実した職業人生を送り、幸福を追求できるようにすることこそが、労働法の目的とされるべきだ。

 技術が進歩することは、私たちの生活を便利にし、豊かにする。労働の現場でも、仕事の効率化が進むが、その反面、これまでの技能が使えなくなったり、失業が生じたりもする。つまり技術革新の産業社会への影響には正と負の両面があり、労働法や雇用政策は、従来もっぱらその負の面の対策を担当してきた。現在でも、新技術にうまく対応できない中高年層がこれから続出する可能性があり、そうした労働者たちに対する、いわば移行期の政策(即効性のある職業訓練、個人のこれまでのキャリアを活かしたきめ細かな転職先の紹介、所得保障など)は十分に検討しておかなければ社会的混乱が生じる。

 しかし、中長期的な観点から政策のあり方を考えた場合、労働法がこうした負の側面のみ担当するという役割分担は望ましくない。第4次産業革命の波にのって、日本の経済が成長していくためには、新たな技術を利活用したビジネスとそれを支える人材がいなければならない。人材の育成は、産業政策として必要であるだけでなく、国民に良好な就労機会を与えるというメリットもある。国民が良好な就労機会を得ることは、もちろん安定した収入の確保をとおした生活保障につながるという意味もあるし、さらには幸福の実現という精神的なメリットもある(これらはそれぞれ勤労権[27条1項]、生存権[25条]、幸福追求権[13条]といった憲法的な価値をもつものである)。労働法は、こうした正の側面においても、果たすべき役割があるはずなのだ。

 そのために必要なのは、対企業との関係で従属状況にある労働者(雇用労働者)の保護という従来の枠にとどまらず、政府が国民(雇用労働者に限られない)と向き合ってその職業キャリアの充実化を保障するために必要な法的施策の体系を構築していくことだ(キャリア権構想として論じられることもある)。本稿で扱った雇用流動型政策(職業訓練も含む)、ホワイトカラー・エグゼンプションの導入、自営的就労のサポートは、これまでの労働法ではほとんど扱われてこなかった政策分野だが、これからは積極的に取り組んでいくべき領域なのだ。

大内伸哉(おおうち しんや)

神戸大学大学院法学研究科教授。博士(法学)(東京大学)。専門は労働法と雇用政策。

引用を行う際には、以下を参考に出典の明記をお願いいたします。
(出典)大内伸哉(2016)「AI時代の雇用の流動化に備えよ」NIRAオピニオンペーパーNo.27

脚注
* 本稿は、NIRA総研における研究プロジェクト「AIと働き方に関する研究」での議論に基づき、筆者が専門とする雇用政策についてまとめたものである。研究会のメンバーは柳川範之NIRA総合研究開発機構理事/東京大学教授、新井紀子国立情報学研究所/情報社会相関研究系教授、および筆者で構成される。

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