柳川範之
NIRA総合研究開発機構理事/東京大学大学院経済学研究科教授
森田朗
津田塾大学総合政策学部教授
岩本康志
東京大学大学院経済学研究科教授
小塩隆士
一橋大学経済研究所教授
鈴木準
大和総研政策調査部長
田宮菜奈子
筑波大学医学医療研究系教授/ヘルスサービス開発研究センター長
福井唯嗣
京都産業大学経済学部教授

概要

 2020年代に後期高齢者となる団塊世代、30年代後半に高齢者となっていく団塊ジュニア世代、そして減少の一途をたどる現役世代。確実に訪れる劇的な高齢化の進行は、わが国に重大な課題を突きつけている。われわれはこの現実の影響を直視するために、特に人口構造の変化に着目し、2041年度までの社会保障に係る費用の将来推計を行った。
 現在進行中の政策を織り込んで推計した結果、社会保障給付費のGDPに占める割合は21.5%から24.5%へ上昇することが示された(名目額では116.2兆円から190.7兆円へ)。高齢化の影響により医療と介護の費用の増加は大きなものとなるが、特に介護の増加幅は大きい。減少を続ける現役世代には、支える対象の増加と支える側の減少が相まって、大きな負担がのしかかることになる。さらに医療は、人口要因に加えて急激な高度化にも留意が必要だ。
 厳しい財政運営が続く中、社会保障制度が直面する問題が喫緊の政策課題であることは言うまでもない。今後確実に高齢化が進行していく中で、給付・負担構造の見直しや、さらなるリスクに直面する人々への対応など、課題は多岐にわたる。いま突きつけられている現実的な将来像に目を向けて、確実に政策を推し進めることが急務である。*

INDEX

 わが国では今後、確実に少子高齢化が進行していく。2025年には後期高齢者となる団塊世代、30年代後半には高齢者となる団塊ジュニア世代、減少の一途をたどる現役世代。避けることのできない人口構造の変化により、社会保障は大きな影響を受ける。この現実を直視するためにも、社会保障費用の推移を中長期的に描き、それに基づいた対策を講じることが急務である。しかし、厚生労働省が2012年に社会保障税一体改革に向けた議論の中で社会保障に係る費用の将来推計を示して以降、推計は更新されておらず、8年後に迫った2025年以降の姿を描いていない。そこでわれわれは、少子高齢化による人口構造の変化に着目し、2041年度までの社会保障に係る費用を推計した(注1)

社会保障給付費の将来見通し

 社会保障給付費は、対GDP比で見ると2016年度の21.5%(名目額116.2兆円)から、2041年度には24.5%(同190.7兆円)へ、3%ポイント上昇する(注2)(図1参照)。これは、消費税率で6%分の税収に相当する。

 内訳を見ると、医療給付費は、65歳以上の人口比率が大幅に高まることを反映し、2016年度の対GDP比7.0%から、2041年度には8.5%に上昇する(注3)。介護給付費は、2016年度の対GDP比1.8%から2041年度には同3.9%へ、倍以上となる。これほどの上昇は、今後65歳以上の高齢者の人口比率が高まるだけではなく、その中でも介護サービス利用量が特に大きい80歳以上の人口比率が高まっていくためである。医療と介護を合わせると、2016年度の対GDP比8.7%から2041年度には12.4%へと上昇する。

 また年金給付費は、2016年度の対GDP比10.4%から、2041年度には同9.8%へと若干低下する。これは長期的な年金財政維持のために、現役人口の減少や平均余命の伸びに合わせて年金の給付水準の引き上げを自動的に抑えるマクロ経済スライドにより給付額が抑制されるためである。

 子ども・子育て関連経費は、2016年度の対GDP比1.4%から2041年には同1.3%となる。現在進行中の政策により充実化が図られ、その後は子ども人口の減少を加味するとほぼ同水準となる。

図1 社会保障給付費の将来見通し

(注)金額は名目額、カッコ内は対名目GDP比を示している。「その他」は、「社会保障費用統計」の給付費から医療・介護・年金・子育てを除いた額を各年の対GDP比で一定とおいている。
(出所)厚生労働省その他公開資料、および内閣府「中長期の経済財政に関する試算(2018年1月23日)」を用いて推計。

現役世代にのしかかる負担

 高齢者の増加と現役世代の減少のさらなる進行は、保険料・税収入を支払いに充てる賦課方式的な財政の仕組みを基本とする社会保障制度において、「支えられる側」の増加と「支える側」の減少を意味する。それは、現役1人当たりの負担の急速な増加につながる。

 医療・介護給付費の増加は、現行の制度を適用すると、約半分は本人および事業主の保険料収入で賄われ、残りは消費税収を財源とした公費となる。医療の保険料負担は、対GDP比で2016年度の3.7%から2041年度には4.3%となる(なお協会けんぽの保険料率で見ると、10.0%から11.4%への上昇)。一方、介護保険の負担増は医療よりも大きく、保険料負担分の対GDP比は2016年度の0.8%から2041年度には1.7%と、2.2倍になる。公費負担の増分は、2016年度の対GDP比3.5%から2041年度には5.5%へ、2.0%ポイント上昇する(表1参照)。これは消費税率換算で4%分の税収に相当する。

表1 医療・介護の公費負担と保険料負担の推移

(注)医療・介護保険財政モデルに基づく、保険対象給付に対する負担の推計値(医療は国民医療費の中の医療保険対象となる医療費に対する負担であり、図1とは範囲が異なる)。公費負担は、協会けんぽ、国民健康保険、後期高齢者医療制、介護保険の給付費に対する国・地方の負担、後期高齢者医療制度支援金、介護保険納付金に対する国・地方の負担からなる。変化率は四捨五入の関係で表記された値とは必ずしも一致しない。
(出所)図1と同。

人口構造の変化による影響に焦点

 長期推計が示されると、どこまでそれが「当たっている」ものなのかに関心が集まる。しかし本推計の目的は「当てる」ことではなく、今後の政策をよりよい方向に変えていくための議論の土台を提供することにある。現状をベースとした場合の大きな方向性や、蓋然(がいぜん)性の高い将来像を描き出すことを意図している。そのために、本推計では特に人口構造の変化の影響に着目した。

 医療・介護費用の推計には、岩本康志と福井唯嗣によって開発された「医療・介護保険財政モデル」を用いた。年齢階層別の1人当たり医療・介護費用に人口を乗じることで、中長期的な人口構造の変化による影響を見ようというのが、基本的な考え方である。経済の前提は、内閣府「中長期の経済財政に関する試算(2018年1月23日)」で示された2つのシナリオのうち、足元の潜在成長率並みの経済成長を想定するより堅実な「ベースラインケース」を採用した。ただしこの試算は2027年度までなので、それ以降は2027年度の経済前提を当てはめた。

 医療は、第3期医療費適正化計画等の効果が確実に生じるものとして推計した。計画では費用の抑制が想定されているため、2023年度までは医療費の対GDP比はさほど上昇しない見通しだが、それ以降は一般物価水準と実質賃金の上昇がサービス価格に反映されると考え、単価の伸び率が名目賃金成長率に等しいと想定した。そのため、人口構造の変化のみが対GDP比の推移に反映されている。

 介護は、一体改革の議論で示された厚労省推計に基づくサービス利用の充実と、長期入院の高齢患者の介護サービスへの移行の効果を織り込み、2025年度以降は医療と同様の単価の伸び率を想定した。

 年金は、財政検証と同じく公的年金給付を基礎年金、被用者年金(厚生年金)、国民年金に分けて試算した。基礎年金と被用者年金は、年金受給者数と名目賃金の推計値をもとにスライド調整前の給付費を推計し、それに2014年度財政検証で想定されているスライド調整率をベースとしたカット率を乗じて調整後の給付費を試算した(国民年金は人口減少率を反映して試算)(注4)。経済前提は、医療・介護と同じである。

 子ども・子育て関連経費は、一体改革時の厚労省推計をベースに実績値を制度ごとに得て、該当する子ども人口の減少を反映して試算した。一体改革後の「少子化社会対策大綱」等を加味し、17年末に示された「新しい経済政策パッケージ」の子育て関連政策を可能な範囲で織り込んだ。なお、こうした子育て環境整備により出生率が上昇する可能性もあるが、ここではその点は考慮されていない。

給付と負担の見通しに基づく議論が必要

 本推計により、人口構造の変化による影響だけでも消費税率に換算して6%分の給付規模の拡大と、現役世代の負担増が見込まれることが示された。現状でも国・地方の基礎的財政収支は恒常的に巨額の赤字を抱えている(2016年度対GDP比▲3.0%)。加えて、将来的に人口要因で増加する医療・介護給付の半分程度が公費で賄われることも鑑みれば、負担の見直しは避けられないだろう。

 特に注目すべきは介護であり、高齢者の中での高齢化が進行することで、費用の増加幅は医療よりも大きなものとなる。医療費の効率化と比べて介護費用に関する具体的な議論は進んでこなかったが、今後はもっと制度のあり方等に関心を向けるべきだ。

 また医療に関しても、近年の高額薬剤の開発や高度化の進展は目覚ましく、さらなる加速も予想される。本推計では、これまでの実績をもとに医療の高度化による医療費の増加をある程度見込んでいるが、急激な医療の高度化により費用が上振れする可能性もある。

 加えて、年金制度の課題として給付水準の低下の問題を指摘しておきたい。マクロ経済スライドによる給付水準の調整は、年金財政維持のために必要であるが、過去デフレ下においてほぼ発動できなかった結果、基礎年金の調整期間が長期化し、将来の給付水準の低下が見込まれている。そのため、現役時代の所得が低く老後の生活費に充てる資産も不足する高齢者については、生活保護の対象となる可能性も懸念される。稲垣誠一氏の推計によれば、2040年時点で未婚・離婚の高齢女性の約4割が生活扶助水準以下の収入となることが示唆される(注5)。被用者年金の適用拡大等、高齢者の貧困化予防のための政策的議論も必要だ。

提供体制の見直しと生産性の向上

 さらに、医療や介護の質を落とさずに支出を抑えるために、提供体制の見直しについて議論を進めることも重要だ。地域差もふまえ、医療機関の経営統合、提供体制の見直し、情報通信技術活用による生産性向上・コスト削減などに、官民を挙げて積極的に取り組む必要があるだろう。

 また、本推計が前提としている一体改革時の厚労省の推計では、単身世帯の増加等による介護サービス利用の増加を一定程度想定しているものの、今後高齢化が進む中で、家族等による私的なケアはより重要な社会的役割を担うことになる。現在、私的な介護等に費やしている1人当たり年間総時間は、2016年は18.1時間であるが、2040年には36.6時間になると見込まれ、介護家族の精神的な負担や生活水準の低下なども、政策課題の1つとなるだろう。

 厳しい財政運営が続く中、社会保障制度が直面する問題が喫緊の政策課題であることは言うまでもない。わが国が経験する人口構造の変化は、社会のあり方を大きく変えることにもつながりうる。これまでの給付と負担の構造の見直しや、さらなるリスクに直面する人々への対応など、課題は多岐にわたる。いま突きつけられている現実的な将来像に目を向けて、政策を進めることが急務である。

コラム 経済成長で問題は解決するか


 「ベースラインケース」による推計結果に基づいて議論したが、内閣府「中長期の経済財政に関する試算(2018年1月23日)」では、高成長を実現する「成長実現ケース」も示されている。2027年度時点の名目経済成長率は、ベースラインケースでは1.7%となる一方、成長実現ケースでは3.5%となる(2027年度の名目GDPは、前者668兆円に対し、後者758兆円)。

 そこでわれわれも、高い成長率を前提としたケースでも推計をした。2027年度以降は、内閣府試算に基づいて導出した賃金成長率が2027年度の値で一定であると仮定し、それに労働力の減少を反映して名目経済成長率を推計した。その結果、成長実現ケースでは、2041年度の給付費合計は対GDP比で23.6%となり、ベースラインケースの24.5%より1%ポイント低いが、2016年度からは2.1%ポイント上昇する。

 当然ながら、この結果は推計の前提に大きく影響される。しかしここで示したように、高い経済成長が実現したとしても、医療・介護の負担が下がるか否かは自明ではない。高成長のもとでは一般物価水準や実質賃金が上昇し、一般物価水準の上昇はGDPとともに医療・介護サービスの価格を上昇させ、また実質賃金が上昇すれば医療・介護サービスの人件費も上昇するからだ。この点をふまえると、成長によって負担の上昇が避けられるとは限らない。

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森田朗(もりた あきら)

津田塾大学総合政策学部教授

岩本康志(いわもと やすし)

東京大学大学院経済学研究科教授

小塩隆士(おしお たかし) 

一橋大学経済研究所教授

鈴木準(すずき ひとし)

大和総研政策調査部長

田宮菜奈子(たみや ななこ)

筑波大学医学医療系教授/ヘルスサービス開発研究センター長

福井唯嗣(ふくい ただし)

京都産業大学経済学部教授

柳川範之(やながわ のりゆき)

NIRA総研理事/東京大学大学院経済学研究科教授

引用を行う際には、以下を参考に出典の明記をお願いいたします。​
(出典)柳川範之・森田朗・岩本康志・小塩隆士・鈴木準・田宮菜奈子・福井唯嗣(2018)「人口変動が突きつける日本の将来-社会保障は誰が負担するのか-」NIRAオピニオンペーパーNo.34


脚注
* 推計の詳細については、NIRA総研HPで公開するウェブ版を参照されたい。推計は医療・介護については岩本、福井が、それ以外は主にNIRA総研の尾崎、川本が担当した。
1 2041年までの推計とした理由は、医療・介護に関する政策立案のサイクルを考慮したためである。2018年度からの第3期医療費適正化計画は従前の5年から6年の期間となり、3年サイクルの介護保険事業計画と同期させて、医療と介護の施策の一層の連携を図ることとなった。この政策サイクルに合わせ、適正化計画が4回(24年間)経過した最終年である2041年度を本推計の終期とした。
2 給付費総額は「社会保障費用統計」の社会保障給付費をベースとし、2027年度までの経済前提は、内閣府「中長期の経済財政に関する試算(2018年1月)」におけるベースラインケースを用いている。2027年度以降は、中長期試算の最終年度の賃金成長率と物価上昇率が維持されるものと仮定する。なお賃金成長率は、岩本康志と福井唯嗣による「医療・介護保険財政モデル」によって推計した。
3 なお本推計の医療費は国民医療費ベースであり、生活保護の医療扶助も含まれている。また、患者や要介護者の自己負担は含まれていないことに留意する必要がある。
4 公的年金給付費の推計に当たっては、「東京財団版長期財政推計ツール(β版、Ver. 6.2、2016年6月3日更新)」の年金パートの推計方法を参考とした。ただし、年金受給者数は2014年度財政検証で示された推計値をベースとしている。なお、ここでは公的年金給付のほか、社会保障費用統計ベースのその他の年金給付(恩給など)を別途推計し、年金給付費に加えている。
5 稲垣誠一「高齢女性の貧困化に関するシミュレーション分析」『年金と経済』第35巻3号:pp.3-10、2016年。

©公益財団法人NIRA総合研究開発機構
発行人:牛尾治朗
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