大久保敏弘
慶應義塾大学経済学部教授

概要

 2021年1月、緊急事態宣言の下、新型コロナ感染症の感染者数が急増しており医療体制は逼迫し混乱が続いている。本稿では就業者実態調査を基に、国民がコロナ対策の現状をどう考えているのかについて、以下の3点を明らかにした。
 第1に、感染症への恐怖といった感情は、感染症対策を重視すべきという考え方に直結する。一方で、所得、業種、就業形態といった客観的な要素は、経済対策を重視すべきかに影響を与えている。特に飲食業・宿泊業では、所得がコロナ禍で減少し続けており経済的な打撃は大きいが、感染症対策の強化を望む傾向にある。飲食業・宿泊業で働く人は、経済対策の効果に限界を感じており、対面サービスによる感染症への恐怖感は大きく、徹底した感染症対策を重視する傾向にあるものと思われる。
 第2に、感染症対策の徹底を喚起するには、政府による丁寧な情報の提供や感情に届く説明が必要であり、これが一致団結した感染症対策につながる。さらに重要なのはテレワークの推進である。感染症対策を行いつつ経済を動かせるテレワークをもう1段階推進すべきである。
 第3に、コロナ禍での精神的な疲弊は大きく、自殺や精神疾患につながっている可能性が高い。男女問わず40代以下の人々の状況が深刻であり、SNSなどを駆使してプッシュ型のアプローチで自殺防止対策・社会対策を講じていく必要がある*

INDEX

はじめに

 感染症対策重視か経済対策重視か。日本のコロナ対策はこの2つの間で揺れ続けている。経済対策重視派は、経済的な被害を強調する。現在の日本は、セーフティーネットが十分でなく、非正規雇用労働者が多い。若年層を中心に貯金が少ない世帯も多いため、経済活動を止めればこうした人たちは困窮することになる。所得格差は増幅されて、自殺も増え、社会不安も増大すると考えられる。

 一方、感染症対策と経済対策は二者択一ではないという考え方もある。中国や台湾のように徹底した感染症対策でウイルスを封じ込め、経済活動を平常化させている国もある。2020年、中国は主要国で唯一GDPの伸び率がプラスになった。しかし、中国や台湾が行ったような徹底した感染症対策は、日本の人口規模や法・政治制度など考えると実施するのに困難が伴う。また今後のウイルス変異によっては現状の封じ込めがうまく機能しなくなることもありえる。スウェーデンのように、ロックダウンせずに緩やかな感染症対策によって経済を回そうとした国もあるが、感染者数、死者数が激増して深刻な状況に陥っている国も多い。海外の状況を見ても、感染症対策と経済対策は千差万別であり、専門家の間でも意見が分かれている。

 2021年1月、日本では緊急事態宣言が10以上の都府県に対して発令されたが、私権の制限や処罰を伴う厳しいロックダウンは行われていない。飲食店業界への時短要請、一般人への外出自粛要請は行われてはいるが、感染者数を十分に抑制できていないようだ。ここで今一度、コロナに対して個人がどのように感じ、どう行動しているのかを整理する必要がある。慶應義塾大学大久保敏弘研究室はNIRA総研との共同研究プロジェクトにより「第3回テレワークに関する就業者実態調査」を2020年12月に行った結果、さまざまな実態が浮き彫りになってきた(注1)

テレワーク率の推移:業種によって実施率に大きな違い

 テレワークは、人の接触を減らすことができるため、感染症対策の有効な手段として注目されてきた。直近では出社通勤が増えたものの、通勤とテレワークの組み合わせも多く、ベストミックスを探っている段階にあるようである。

 図表1はテレワーク率の推移を示したものである(注2)。コロナ禍以前の2020年1月時点では全国平均で6%、東京圏(東京都、神奈川県、千葉県、埼玉県)平均で10%程度だったが、2020年4~5月の緊急事態宣言の下で、テレワーク率は大きく伸び、全国平均で25%、東京圏では38%となった。緊急事態宣言の解除後の2020年6月には出勤が再開し、テレワーク率は低下した。感染症第2波が落ち着いた9月、さらに第3波が始まる12月では、6月の緊急事態宣言時に比べると低くなってはいるものの、全国平均で16~17%程度、東京圏では26~29%程度と、一定程度以上のテレワーク率を維持している。

図表1 テレワーク率の推移

 図表2は主な業種別のテレワーク率の推移を見たものである。業種によるテレワーク率には格差が依然としてあり、テレワークの向き不向きの差が大きいことがわかる。情報通信業は一貫して高い利用率であり、飲食・宿泊業、医療・福祉は一貫して低い。こうした傾向は時系列で見て変化がない(注3)

図表2 主要業種別テレワーク率の推移

 図表3は勤務先が東京圏におけるテレワーク利用者のテレワーク頻度を時系列的に見たものである。2020年6月以降、テレワークの日数が減っており、週5日以上が減少し、週1日以下が増えている。こうしたことから、出勤頻度は徐々に増えてきており、テレワークを継続しつつ出社も行い、そのベストミックスを模索していることがうかがえる。テレワークには利点もあるものの、やはり出勤しないとできない仕事も数多くあり、6月以降、勤務体制を調整しているようである(注4)

図表3 テレワーク利用者のテレワークの利用頻度

(注) 勤務先が東京圏のサンプルに限定した集計結果を示している。

飲食・宿泊業を中心に減り続ける所得―経済対策の効果

 図表4は第1回から第3回本就業者実態調査の所得の増減パターンを主要な業種についてまとめたものである。所得変化のパターンに対する各業種における就業者の割合を示している。本就業者調査は同一サンプルを追跡しているところに特徴があり、同一の就業者の所得の増減を追跡できる。調査では過去の調査時点と比較して所得が「増加した」、「減少した」、「変化なし」のうちいずれかを回答してもらっている。

図表4 主な業種別の所得の時系列変化と就業者の割合(%)

(注)15業種の産業分類のうち、3期とも減少している割合が高い8業種について、所得変化の就業者の割合を示したものであり、列の計数を足すと100となる。

 2020年1~3月、3~6月、6~12月ですべて「変化なし」と答えている人は、飲食・宿泊業を除き、およそ半数を占めている。しかし一方で、半数弱の人はいずれかの期間で「減少した」と答えており、例えば、1~3月で変化なく、3~6月で減少している人の割合は比較的高く、各業種で10~18%ほどである。さらに1月から12月まで一貫して減少し続けている人の割合は6~27%程度となっており、同じ業種内でも所得の変わらない人と減少し続けている人とに分かれており、所得に格差が生まれつつあるようである。

 業種間で違いは顕著である。1月から12月まで一貫して変化がなかった人の割合は飲食・宿泊業にいたっては19%にすぎない。一方、一貫して減少し続けている人は27%を占め、1~3月で変化がなかったが、3~6月で減少し、さらに6~12月でも減少したと答えた人は8%に及ぶ。「GoToキャンペーン」など経済対策の主な対象となった業種でありながらも、1回目の緊急事態宣言後の6~12月で所得が増加に転じたという人はごく僅かであり、所得の減少の止まらない人が数多くいる。肯定的に捉えれば、このような経済対策の効果は所得悪化の幅が縮小した、あるいは負の影響が緩和した程度だったと言えるだろう。

経済対策か感染症対策か―業種、就業形態や所得による意見の差

 2020年11月末から12月にかけて、感染症の第3波が押し寄せる中、政府は「GoToキャンペーン」といった経済対策重視から一気に感染症対策重視へとかじを切った。「勝負の3週間」として自粛要請が出され、感染症対策の徹底が呼びかけられた。

 この時期に筆者らは本就業者実態調査を行い、全国の就業者を対象にさまざまな角度から感染症対策や経済対策について意見を聞いた。もちろん感染症対策も経済対策も両方重要だが、あえてどちらを重視すべきかを尋ねて、人々がどのように感じているのかを明確化しようと試みた。

 図表5は、経済対策重視か感染症対策重視かを聞いた結果である。「勝負の3週間」の時期にも関わらず、「感染拡大の抑止より経済活動の活性化を優先する政策の推進」について、「どちらでもない」と答えた人が40%ほどいる。さらに、経済対策重視(「重視」と「やや重視」の合計、以下同)を望む人が30%弱ほど、感染症対策重視(「重視」、「やや重視」の合計、以下同)は20%弱ほどであり、経済対策重視のほうが感染症対策重視よりも高い割合となっている。

図表5 経済対策重視か感染症対策重視か

(注)「感染拡大の抑止より経済活動の活性化を優先する政策の推進」に賛成か反対かをたずねた設問で、「賛成」を「経済対策重視」、「反対」を「感染症対策重視」として集計。

 図表6は、図表5を所得階層別に見たものである。所得階層が高いほど、経済対策重視の割合が顕著に高くなっており、900万円の所得層までは所得と比例している。一方で感染症重視と答えている人はどの所得階層でも一定程度おり、所得とは連動していないようである。総じて、所得が低いほど、経済対策重視の人の割合が低くなり、感染症対策重視という人の割合が相対的に多い傾向にある。「どちらでもない」と答える人はどの所得階層に関係なく40%ほどを占めている。また注意しなければならないのは「わからない」と答える人の割合は所得が低いほど高くなっていることである。200万円未満の層では19%を占める。低所得層ほど現場労働や対面サービス業に従事していることが多く感染リスクが高まるため、こうした人たちは早期に経済を再開させることを望んではいない。その一方で経済的な問題もあるため、ではどうすればよいかとなると答えに窮する、というアンビバレンスな状況になっているのかもしれない。

図表6 経済対策重視か感染症対策重視か(所得階層別)

 次に就業形態で見る(図表7)。就業形態の違いによって、経済対策重視か感染症対策重視かの割合には大きな差がある。非正規労働よりも正規社員や管理職、自営業主(従業員あり)のほうが経済対策を重視する傾向にある。会社や事業を維持する責任のある立場の人ほど、利益確保や賃金維持のため経済対策重視を好む傾向にあると言える。

図表7 経済対策重視か感染症対策重視か(就業形態別)

 さらに業種別に集計した(図表8)。感染症対策は業種を問わず、20%弱の一定程度の人が重視すべき(「やや重視」を含む)と答えている。一方、経済対策重視と答えた人の割合は業種により違いが見られる。テレワークのしにくい現場労働や対面サービス業が20~25%程度と相対的に低く、特に医療・介護、飲食・宿泊業は最も低い。これに対し、情報通信業などテレワークのしやすい業種は30%程度の比較的高い割合である。この傾向は経済対策に関して「やや重視」を除いた経済対策「重視」のみで見るとさらに顕著である。

図表8 経済対策重視か感染症対策重視か(業種別)

 現場労働や対面サービス業は、飲食・宿泊業をはじめとして、図表4で見たように収入が大幅に減っており、政府の経済対策のメインターゲットにもなっている。それにもかかわらず、経済対策を重視しないのは、1回目の緊急事態宣言による現場の混乱・打撃を経験したせいかもしれない。飲食・宿泊業では27%もの人が一貫して所得を減らし続けており(図表4)、政府の経済政策の効果に限界あるいは疑問を感じているのかもしれない。また、現場や対面サービスでは常に感染症リスクを伴うことから、感染症対策の重要性を身近に感じていることもあるだろう。一時的な経済対策よりも感染症対策を徹底して行い、早期に通常の経済に戻ることを望む傾向にあるようだ。

飲食業・宿泊業における意見:同業種内でも立場による違い鮮明に

 図表8で見たように、経済対策重視の人の割合が一番低いのが飲食業・宿泊業である。これをさらに就業形態別に見ると、図表9のようになる。就業形態により大きな違いがあることが分かる。経済対策重視(「やや重視」を含む)の割合が高いのが、自営業主(従業員あり)(37%)と自営業主(従業員なし)(28%)である。これは非正規・正規の経済対策重視の割合(ともに20%)を大きく上回る。一方、感染症対策重視の割合が高いのも自営業主(従業員あり)(38%)であり、逆に低いのが正規の12%である。もともとのサンプルサイズが小さいことに注意を要するが、自営業主(従業員あり)は経済対策重視(37%)と感染症対策(38%)ともに高く、拮抗しているのが特徴的である。自営業主で従業員ありの場合、従業員への賃金や家賃、仕入れ先への支払いなど日々の経営責任は重く、経営の維持のためには仕事を1日も止めることはできない。このため早急の経済対策を強く望む。しかし一方、感染症対策を徹底して行った上で1日も早く本格的に営業再開したほうがいいという声も大きい。このように、意見が拮抗しており、飲食・宿泊業の経営者の苦悩がうかがえる。また、感染症対策重視の人の割合は正規を除いてそれぞれ20%以上の高い割合を占めている。これは前述のように対面サービスのため、常に感染症リスクを伴うことから感染症対策の重要性を身近に感じていると思われる。

図表9 飲食業・宿泊業における経済対策重視か感染症対 策重視かの割合(就業形態別)

(注)役員、および自営業手伝い・内職はサンプルサイズが小さいため、除いている。

経済的困窮への不安と、経済対策重視の割合は比例しない

 このように業種、就業体系や所得により、経済対策重視の人の割合が異なっていることが分かった。一方で感染症対策重視はどの層も一定程度を占めている。次にこの背景を見る。就業者実態調査では感染症の恐怖や感染症対策、経済的な困窮への不安について聞いている。これと経済対策重視か感染症対策重視かの回答を組み合わせると図表10のような結果となった。

 感染症への恐怖感が感染症重視の傾向と連動していることが分かる。感染症の不安をいつも感じている人の24%、ときどき感じる人の19%、まったくない人の9%が感染症対策重視(「やや重視」を含む)を答えており、感染症への恐怖感が大きいほど、感染症対策重視(やや重視含む)の比率が比例的に高くなる傾向にある。一方で経済対策重視は若干比例的であるものの大差ない。したがって、感染症の恐怖感と感染症重視の考え方とが直結しているようである。つまり、恐怖心という感情や主観が感染症対策重視に影響しているのである。

図表10 感染症への脅威と感染症対策・経済対策重視

 しかし、一方で経済的な困窮への不安の度合いと経済対策重視の比率とは比例していないようである。図表11は経済的な不安に関する結果である。経済対策重視(「やや重視」を含む)の割合は経済的不安を感じる人が29%、ときどき感じる人が28%、まったく感じない人が26%と大差ない。またむしろ逆に経済的困窮の不安を頻繁に感じる人ほど、感染症対策重視(「やや重視」を含む)を答える割合が大きい。経済的な不安を感じていても、これが即、経済対策重視という意識に直結していないようである。

図表11 経済的な困窮への不安と感染症対策・経済対策重視

 上述のように、経済対策重視か否かは人々の経済的な困窮への不安という感情的あるいは主観的な要因よりも、就業形態や業種や所得といった客観的な要因によるところが大きいと言えるだろう。

 このように感染症への恐怖と経済的困窮への恐怖とでは、非対称な傾向が見られるのが特徴的である。この知見は、どうすれば感染症対策に活かせるだろうか。

 政府は、12月の「勝負の3週間」や1月の緊急事態宣言で、感染症対策重視へと大きくかじを切った。にもかかわらず、感染者数は抑制できておらず、医療体制も逼迫している。原因の1つは、人々の間でコロナに対する恐怖心が薄れたことで、全員一丸となって感染症対策しようという危機感が共有されなくなったためかもしれない。だとすれば、まずは政府や首長自らが真剣な態度で、現況の深刻さについてもっと言葉を尽くして説明し、住民の感情に訴えるようにすべきだろう。感染症に対して幅広い層の人々が危機感を抱くようになることで、感染症対策も効果を上げられるようになる可能性がある。

日常生活での感染症対策の取り組み

 感染症対策か経済対策かの選好は異なるし、政府への意見もざまざまである。しかし、実際の日常生活での個々人の感染症対策はある程度一丸となってしっかり行われているようである。図表12は日常の感染症対策を聞いている。74%の人がマスク・手洗いなど徹底して行っている(「いつも」、「たいてい」、「ときどき」と回答)。概ね多くの人がこまめに感染症対策をしているようで、マスクや社会的距離をはじめとした対策は粛々と行われている。もともと日本では社会的な規範を守る文化があることの現れとも思われる。

図表12 感染症対策の取り組み

 こうした感染症対策はかつての「スペイン風邪」の流行にさかのぼることができるだろう。1918年から1920年にかけてのスペイン風邪の流行の際、政府が社会的距離やマスクの着用、人混みをさけるなどを徹底して呼びかけた。インターネットもテレビもない当時、分かりやすい言葉で人々に伝えるため、ポスターやカードなど作って家計に配布したり、街頭に掲示したり、各地方新聞で予防策を報道した。各府県でさまざまな独自の施策も多くなされた。これ以降、日本では人々のマスクの常用が進み、流行性感冒の感染症対策が根付いていった。今と似たような状況であり、科学技術が進んでも有効な手は、こうした一連の感染症予防対策である。また、政府や地方自治体が情報を丁寧に伝えることが、感染症対策を重視する上で重要な施策であることが歴史的にも分かる。上述のように正しい情報で恐れることが人々の感染症対策重視につながるのである。

経済対策と感染症対策をこえて―社会対策・自殺防止対策の必要性

 感染症対策か経済対策か、その両立かといった議論をこえて別の対策も早急に必要となっている。人々の心理、精神衛生の対策である。コロナ禍で人々の生活は一転しており、精神状況の悪化が深刻である。

 本就業者実態調査では2020年4月時点から精神状態を計測し続けている。さまざまな項目の精神状況を聞き「K6」という指標を用いて数値化した。数値が高いほど精神的な状況が悪化していることを意味する。厚生労働省が毎年行っている調査と同じ形式を採用している。図表13はK6の分布をヒストグラムで見たものである。厚生労働省による2019年時点と比べると2020年の12月時点では、かなり悪化している。特に数値の低いところでは軒並み割合が減っており、高い数値で軒並み増えている。精神状況の悪い人の割合が顕著に増加していることが分かる。

図表13 K6指標の分布(2019年と2020年との比較)

 さらに、コロナ禍の2020年においても本調査の時系列の結果では悪化が続いていることが分かっている。特に図表14に示したように男女問わず年齢層による顕著な違いがあり、看過できない問題となっている。自殺や精神疾患などとも相関している可能性が高い。

図表14 男女別年齢別のK6の分布(2020年12月時点)

 経済対策を行わないと自殺が増えるので経済対策が重要と訴える人も多くいる。たしかに経済状況の悪化や感染症の恐怖などが影響している面も多々あるかもしれないが、心理状態の悪さは所得や職業というよりもむしろ年齢による違いが大きいようである。全般的に精神状況は悪化しているが、特に男女問わず40代以下の層の悪化が深刻である。経済的に困難な状況に陥った人のみならず、広い人々を対象に政策が実施されなければならないだろう。男女問わず40代以下の層に対しては政府がSNSなどを通じて積極的にプッシュ型のアプローチを講じる必要があると言える。経済対策と感染症対策だけではなく、長引くコロナ禍ではこうした社会対策が極めて重要になっていると言える。

むすび:対策について国民的な議論が求められる

 本就業者実態調査では、コロナ禍における感染症対策と経済対策に関してさまざまな意識が明らかになった。感染症への恐怖といった主観的な要素は人々の感染症対策重視の考え方そのものに直結する。一方で、所得、業種、就業形態といった客観的な要素は経済対策を重視すべきかどうかに影響を与えているようである。特に飲食・宿泊業では、多くの人の所得がコロナ禍で減少し続けており、経済的な打撃は大きい。しかしながら、他の業種と比べて経済対策よりもむしろ感染症対策のほうを重視する傾向にある。政府の経済対策の効果に限界を感じており、対面サービスによる感染症のリスクや恐怖感のほうが大きく、徹底した感染症対策を重視する傾向にあるものと思われる。

 感染症対策重視を喚起するには、政府による丁寧な情報の提供や感情に届く説明が必要で、これが一致団結した感染症対策につながるだろう。さらに忘れてはならないのはテレワークの推進である。感染症対策を行いつつ、経済を動かせるテレワークを今一度見直し、もう1段階推進すべきである。2020年6月以降頭打ちになっているテレワーク率をもう少し上昇させることは可能だろう。もちろん、業種や職種による向き不向きは大きいが、デジタル化や仕事内容や工程の見直しなどを進めることでテレワークを推進できる。これにより多くの業種では感染症対策をしつつ、経済活動を着実に進めていくことができるだろう。

 こうした感染症対策や経済対策の一方で、コロナ禍での精神的な疲弊は大きく、特に若年層を中心に精神状況の悪化が顕著に見られる。これは所得や業種、就業形態というよりも年齢や性別によるところが大きい。男女問わず40代以下の状況が特に深刻であるので、幅広い層に対してプッシュ型のアプローチでしっかり対策をしていく必要があるだろう。

 さらに、このような経済対策や感染症対策、精神的なケアをする社会対策以外にも、並行して「ポストコロナ経済」をどうするのか、つまり、社会や経済の仕組みをどう変えていくのか、長期的なテーマについて国民的議論を活発化することが重要だろう。長期的な展望がクリアになってくれば、現状行うべき施策の指針も見えてくるだろう。

補遺:「ポストコロナ経済」への兆候

 本就業者調査では、人々の意識や行動が徐々に変化してきていることが明らかになった。ポストコロナへ向けた変化は、着実に起こっている。今までの状況には戻らず、デジタル化を中心にした新しい社会や経済が訪れる可能性が高い。以下、いくつか調査で明らかになった兆候を紹介し、本稿を締めくくりたい。

 まず、日常生活でのデジタル化の進行だが、この1年で急速に進んでいるのが電子決済である。本就業実態調査ではさまざまな電子決済やデジタルサービスの利用状況を1年前と比較して尋ねている(図表15)。結果、特にPayPayなどフィンテックサービスによる決済が急速に進んでいることが分かった。このほか、ネットデリバリーやネットショッピング、シェアエコノミーに関しても利用の頻度と有無を尋ねており、ネットショッピングは幅広い層で浸透してきている。シェアエコノミーも利用拡大が今後期待される。

図表15 電子決済の利用頻度

(注)「現在と1年前それぞれにおける日常的な利用状況」をたずねた設問。2018年8月、2015年は参考値として、NIRA総研(2018)「キャッシュレス決済実態調査」における同設問の結果を示した。

 企業の行動にも変化が一部で出始めている。本調査では就業者の勤め先におけるオフィス縮小や移転の実施や計画の有無について尋ねた。図表16は東京圏(東京都、神奈川県、千葉県、埼玉県)における勤め先の企業規模別に見た結果である。

図表16 企業のオフィス縮小と移転動向(東京圏のみ。勤務先の企業規模別)

(注)勤務先が東京圏のサンプルに限定。設問では、職場や所属している会社・経営組織の「オフィススペースの縮小」と「オフィスの移転・統合」について、今後の状況や見通しも含めた実施状況をたずねた。

 縮小・移転しようとする企業の割合は決して大きくはないが、ある程度動きが出てきているようである。企業規模が大きいほどオフィスの縮小や移転を積極的に推進、あるいは計画している。特に従業員数500人以上の大企業では、30%前後の企業でオフィスの移転や縮小を実施あるいは検討している。大企業がけん引することでこうした変化が広がる可能性は高い。

 これまでにも東京一極集中是正の機運が高まったことがあったが、なかなか実行には至らなかった。今回の変化は上からの政策ではなく、内発的であることや大企業中心に広がっていることもあり、実行に移す企業がさらに増えていく可能性がある。ただし、企業が東京から完全に移転することはないだろうし、国の構造を変えるような大幅な変化はないだろう。企業が一部機能の移転やネットワーク型構造へのシフトを行う可能性はあるが、東京はイノベーションの中心地として今後も繁栄していくだろう。

 移住指向の高まりも出てきている(図表17)。質問ではテレワークを利用して遠隔地に移住したいかどうかを尋ねている。概ね30%ほどの人が肯定的であり、20%ほどは否定的である。特に「とてもそう思う」と答えた割合は若い世代で多く、10~20代では16%を占めており、若者を中心に移住にかなり肯定的である。今後、都心部と地方の2拠点でテレワークを使いながら生活したり、ワーケーションが進んだり、関係人口が増加したりと、都市と地方の関係が変わる可能性がある。2拠点で違う職に就く働き方や、会社や組織に縛られない人間関係、地域社会の形成もありえるだろう。デジタル化の流れをうまく活かすことで、多様な生き方、働き方への転換が進むのではないか。

図表17 遠隔地への移住の意向(年齢階層別)

(注)「テレワークによる働き方や生活に関するあなたの考え」をたずねた設問で、「テレワークにより、通勤を減らし、遠隔地の好きなところに住むことができる」に対する回答結果をまとめた。

コラム:K6について

 K6はKessler et al.(2003)で開発された尺度で、精神疾患をスクリーニングすることを目的として開発されたものである(注5)。日本語版はFurukawa et al.(2008)で開発されている(注6)。設問項目は、「神経過敏に感じましたか」、「絶望的だと感じましたか」、「そわそわ、落ち着かなく感じましたか」、「気分が沈み込んで、何が起こっても気が晴れないように感じましたか」、「何をするのも骨折りだと感じましたか」、「自分は価値のない人間だと感じましたか」の6つの設問から構成されており、5段階のスケールで回答する形式となっている。各設問の回答を「まったくない」(0点)、「少しだけ」(1点)、「ときどき」(2点)、「たいてい」(3点)、「いつも」(4点)で点数化し、単純合計によって得点を算出する。厚生労働省『国民生活基礎調査』にも利用されており、メンタルヘルスを測定する指標として広く利用されている。

大久保敏弘(おおくぼ としひろ)

慶應義塾大学経済学部教授。NIRA総合研究開発機構上席研究員。ミシガン大学修士課程修了、ジュネーブ大学及びジュネーブ国際開発高等研究所博士課程修了(Ph.D.国際関係学・経済学)。専門は国際経済学、空間経済学。

引用を行う際には、以下を参考に出典の明記をお願いいたします。
(出典)大久保敏弘(2021)「感染症対策か経済対策かー国民はコロナ対策の現状をどう考えているのか?ー」NIRAオピニオンペーパーNo.56

脚注
* 調査の実施およびデータ分析は、筆者のほかにフューチャー株式会社シニアアーキテクトの加藤究氏、NIRA 総研の井上敦、関島梢恵、増原広成が担当した。
1 「テレワークに関する就業者実態調査」は、新型コロナウイルスの感染拡大による、全国の就業者の働き方、生活、意識の変化や、業務への影響等の実態を捉えることを目的としたものである。12月に実施した調査は、2020年4月に行った第1回調査、6月に行った第2回調査に続く、第3回調査となる。2020年12月8日(火)~12月21日(月)に実施した。2019年度の総務省『労働力調査』の結果に基づき、性別、年齢(6区分)、地域(5区分)に応じて割り付け、株式会社日経リサーチの提携モニターを対象にインターネット上で調査を用い、回収目標数の10,000 サンプルとなるよう配信・回収を行った。回収数は10,523件うち、第1回、第2回調査からの継続サンプルによる回答9,201件(継続回答率:第1回調査、第2回調査の回答者14,247サンプルの64.6%)、第3回調査からの新規サンプルによる回答1,322件であった。十分なサンプルサイズと継続回答率は確保しているものの、モニター型インターネット調査という調査方法に起因するバイアスが含まれうる点は留意されたい。調査の詳細については、大久保敏弘・NIRA 総合研究開発機構(2020)「第3回テレワークに関する就業者実態調査(速報)」を参照のこと。
2 本調査での「テレワーク」とは、インターネットやメールなどのICT(情報通信技術)を利用した、場所などにとらわれない柔軟な働き方としている。通常の勤務地(自社および顧客客先、出先など)に行かずに、自宅やサテライトオフィス、カフェ、一般公共施設など、職場以外の場所で一定時間働くことを指す。具体的には、在宅勤務、モバイル勤務、施設利用型勤務などが該当する。ただし、移動交通機関内や外回り、顧客先などでのICT利用は含まない。また、回答者が個人事業者・小規模事業者等の場合には、SOHOや内職副業型(独立自営の度合いの業務が薄いもの)の勤務もテレワークに含まれる。なお、国土交通省の「テレワーク人口実態調査」や総務省の「通信利用動向調査」におけるテレワークの定義ではICTを利用した普段の勤務地とは別の場所で仕事をすることとしている。顧客先、外回りでの利用、移動中の交通機関、駅構内、空港内でのPCやモバイル端末利用も含まれており、テレワークの定義について、本調査と異なることに注意を要する。
3 Okubo, T. (2020).Spread of COVID-19 and telework: evidence from Japan. Covid Economics, 32, 1-25.を参照。
4 Okubo, T., Inoue, A., & Sekijima, K. (2020).Teleworker performance in theCOVID-19 era in Japan. Asian Economic Papers, 1-37.を参照。
5 Kessler, R. C., P. R. Barker, L. J. Colpe, J. F. Epstein, J. C. Gfroerer, E. Hiripi, M. J. Howes, S. T. Normand, R. W. Mandersheid, E. E. Walters, and A. M. Zaslavsky. (2003) “Screening for Serious Mental Illness in the General Population,” Archives of General Psychiatry, 60, 184-189.
6 Furukawa, T.A., Kawakami, N., Saitoh, M., Ono, Y., Nakane, Y., Nakamura, Y., Tachimori, H., Iwata, N., Uda, H., Nakane, H., Watanabe, M., Naganuma, Y., Hatah, Y., Kobayashi, M., Miyake, Y., Takeshima, T., Kikkawa, T. (2008) “The performance of the Japanese version of the K6 and K10 in the World Mental Health Survey Japan,” International Journal of Methods in Psychiatric Research, 17(3),152–158.

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