大久保敏弘
NIRA総合研究開発機構上席研究員/慶應義塾大学経済学部教授

概要

 先進各国では地球温暖化・気候変動への対策が活発化しており、カーボンニュートラル、脱炭素社会実現への対策を講じている。多くの諸外国はグリーン産業への投資、税制優遇措置等を通じてグリーン経済の拡大を目指すが、同時に、グリーンジョブのスキルを持った労働者の育成にも取り組んでいる。日本も、従来型の「マクロ政策としての公共投資」だけでなく、「ミクロ政策としての人への投資」を進めることで、環境と働き方の好循環を起こす必要がある。
 就業者実態調査の結果からは、日本の就業者の31%がグリーンジョブをしていることがわかった。また、グリーンジョブに従事している就業者の労働時間に占めるグリーンジョブの時間は25%であった。グリーンジョブへの就業者割合が高い欧州の国と比べると、日本の同割合は低く、伸びしろは大きい。グリーンジョブは賃金が高く、働く人の満足度も高くはあるが、グリーンジョブに求められるスキルは高度である。
 グリーンジョブを推進するためには、グリーンジョブに求められる訓練メニューを明らかにし、グリーンジョブへの転換を希望する就業者が、適切な訓練を受け、必要なスキルを修得する支援が不可欠だ。政府には、就業者にリスキルの機会とインセンティブを与えることが求められる*

INDEX

1.日本におけるカーボンニュートラル、脱炭素社会実現の動き

 2015年に採択されたパリ協定を受けて、各国では地球温暖化・気候変動への対策が活発化している。代表的なものが、温室効果ガス削減のためのカーボンニュートラルの推進・脱炭素社会の実現である。

 こうした状況において、日本の取り組みは世界的に注目されている。これは、日本が過去の高度成長期における公害問題やオイルショックを経験したことで、巧みな環境規制や政策を行うようになり、その結果、企業が高度な環境技術や省エネ技術を持つに至ったからだ。

 だが、近年のデジタル経済の拡大に伴い、日本では電力消費が増加している。特に、東日本大震災後は化石燃料を主体とした発電が中心となり、それが温室効果ガス排出量の大幅な増加につながっている。また、環境対策は、省エネや温室効果ガスの排出削減だけではない。リサイクル、生物多様性、生態系保全、エシカル消費など、多岐にわたる分野があり、日本が取り組まなければならない課題は数多い。

 2020年10月、菅義偉政権(当時)は「2050年カーボンニュートラル」を掲げ、脱炭素社会を実現するための具体的なグリーン成長戦略を提示した。「環境と経済の好循環」のための新しい産業政策として、洋上風力・太陽光・地熱や水素、原子力、食料・農林水産業、半導体・情報通信、住宅、物流、自動車・蓄電池、船舶、航空機など14の重点分野を中心に補助金、税制改革、規制改革などの施策が進められる予定である。省エネを徹底し、水素や洋上発電などの再生可能エネルギーを拡充するとともに、次世代型太陽電池やカーボンリサイクルの分野でイノベーションを起こすことを目指す。さらに、環境投資のための金融市場の整備も進められるという。

 この戦略に応じた多くの自治体は2050年二酸化炭素排出実質ゼロを表明、多くの大企業もカーボンニュートラル宣言をするなど、環境対策への機運が高まっている。

 一方、EUや英国、米国も、2050年に向けたカーボンニュートラルを宣言し、環境政策を進めている。政策目標や方向性は日本と同じだが、具体的な戦略や取り組みは各国の実情に合わせて異なっている。

 例えば、EUは「欧州グリーンディール投資計画(EGD)」を定め、2030年までの温室効果ガス排出を1990年比で55%削減する目標を掲げている。この実現に向けた資金として1兆ユーロの投資の動員を目指す。また、英国は2021年に「ネットゼロ戦略」を策定。10分野について重点的な投資を行うことで、2030年までに900億ポンドのグリーン投資の誘発、イノベーションの促進、雇用創出44万人、温室効果ガス累計1.8億トン削減を目指す。EUや英国の戦略は、炭素排出量の大きい産業から転出する労働者のリスキリングを政府が支援して、円滑な労働移動を後押しするというもの。例えば、英国では雇用創出目標を設定している。その戦略は日本と概ね似ているが、「グリーンジョブ」の創出と推進を掲げており、日本の戦略とはやや異なる。

 米国では、2022年にインフレ抑制法が成立。財政赤字を減らした上で、それを原資として気候変動とクリーンエネルギーのために3,690億ドルを投じるとしており、これは米国史上最大規模の気候変動投資となっている。

2.「人への政策」の必要性

 菅政権の「2050年カーボンニュートラル宣言」は、岸田政権にも引き継がれ、各省庁はグリーントランスフォーメーション(GX)政策を進めている。GX政策の目標は環境と経済の好循環であり、経済成長に焦点が当てられているように思われる。GX債を原資とする補助金を配り、民間投資の呼び水とする。その波及効果によって経済全体の成長を促すという点については、昔ながらの大規模公共投資と同じ発想である。また、グリーン産業やグリーンイノベーションを目指す企業への補助など、特定産業や企業をターゲティングして補助金や税制優遇をする政策は、従来型の産業政策の色が強い。つまり、GX政策の根幹は、従来と同様の「マクロ政策としての公共投資」と言える。

 しかし、カーボンニュートラルという大きな目標を実現するには、こうしたマクロ政策だけでは不十分だ。冒頭でも述べたように、日本の産業・企業の環境技術は高く、環境対策はかなり進んでいるし、グリーンRDやグリーンイノベーションのための政府支出も既に行われてきた。その上で、経済成長に加えてカーボンニュートラルという高いハードルを超えるには、より踏み込んだ施策が必要になる。

 そのための重要な視点は、「実際にカーボンニュートラルを推進するのは現場」だということだ。英国の「ネットゼロ戦略」では、就業者を支援してグリーンへの取り組みを促進しようとしているが、同様の施策が日本でも求められる。

 近年、日本では働き方に注目が集まっている。人口減少下で労働力不足が深刻化していることもあり、長時間労働の是正、ワークライフバランスの向上、働き方改革、女性活躍などへの対策が進められている。こうした最近の流れを活かしながら、従来型の「マクロ政策としての公共投資」だけでなく、同時に「ミクロ政策としての人への投資」を進めることで、環境と働き方の好循環を起こす。そうした方が、経済成長にとってより効果的なのではないか。

 そこで注目されるのが「グリーンジョブ」である。グリーンジョブの定義は国際機関や政府によってさまざまであるが、本稿では、米国労働統計局(BLS)の定義を基に、「環境に有益な、あるいは天然資源を保全するような商品・サービスを提供する仕事」や「生産プロセスを環境にやさしくしたり、天然資源の使用量を少なくすることに関係する仕事」とする(注1)。後述するように、グリーンジョブは、働き甲斐があり、賃金も高く、なおかつ環境にも貢献できる仕事として、諸外国では大きな注目を集めている。

3.グリーンジョブの実態調査

 しかし、日本ではグリーンジョブはまだなじみのない概念であり、大規模な就業者調査は今のところほぼ行われていない。そこで2021年にNIRA総研と大久保敏弘研究室は、「第5回テレワークに関する就業者実態調査」を共同で実施し、グリーンジョブについて就業者に質問した(注2)。対象は日本国内に住む日本人就業者10,348人である。質問票には、米国労働統計局(BLS)の「グリーンジョブ」の定義を参考にし、その内容を明記した上で、以下の設問を設けた。


設問1 あなたの仕事はグリーンジョブに該当しますか。グリーンジョブの分類(以下参照)ごとに、お答えください。(それぞれ1つずつ)

※グリーンジョブとは、以下の仕事を指します。
・環境に有益な、あるいは天然資源を保全するような商品・サービスを提供する仕事
・生産プロセスを環境にやさしくしたり、天然資源の使用量を少なくすることに関係する仕事

[グリーンジョブの分類]
 1.環境関連の法令順守(コンプライアンス)、教育・訓練、社会の認識の向上
 2.リサイクル・再利用、温室効果ガスの削減、公害の削減・除去
 3.天然資源の保護(有機農業、持続可能な林業、土地管理、土壌、水、野生生物の保護、雨水管理に関連するものも含まれます)
 4.エネルギー効率の向上
 5.再生可能資源からのエネルギー生成

[選択肢]
 a.該当する
 b.仕事の一部が該当する
 c.該当しない

設問2 あなたの仕事全体のうち、グリーンジョブの仕事に費やす時間の割合をお答えください。

①グリーンジョブの割合

 アンケート調査結果からは、就業者の31%が何らかのグリーンジョブをしている(「該当する」、または「仕事の一部が該当する」と答えた)。その内容は、環境関連の法令の順守・教育・訓練が86%、リサイクル・温室効果ガス削減・公害の削減が68%、エネルギー効率の向上が55%、天然資源の保護が50%、再生可能資源からのエネルギー生成が46%と続く。グリーンジョブをしていると答えた人は、これらのうち複数の項目にわたって従事している人もいる。環境関連の法令の順守・教育・訓練やリサイクル・温室効果ガス削減・公害の削減に従事する割合が高いことから、リサイクルなどの循環環境型社会や厳しい環境対策に対応しようという意識が日本社会全体に浸透していることがうかがえる。

 次にグリーンジョブを行っている人のうち、就業時間の50%以上でグリーンジョブを行っている場合を「ダークグリーンジョブ」、50%未満の場合を「ライトグリーンジョブ」として分割したところ、ダークグリーンジョブは17%、ライトグリーンジョブは83%だった。グリーンジョブの多くはライトグリーンジョブに当たる。

 また、男女別に見ると、グリーンジョブの比率は男性38%に対して女性22%であった。グリーンジョブにおける女性の割合が低いことは、他のOECD諸国と同じ傾向である。グリーンジョブを行っている人のみに限定すると、ライトグリーンジョブでは男性83%に対して女性は82%、ダークグリーンジョブでは男性17%に対して女性18%と大きな差はなかった。

 以上の結果をまとめると、就業者の31%がグリーンジョブをしている。その多くは労働時間の50%未満をグリーンジョブに充てており、職務の一部として行っているライトグリーンジョブが多い。また、男性に比べて女性のグリーンジョブの割合は低い。グリーンジョブを行っている人に限定すると、ダークグリーンジョブ、ライトグリーンジョブの割合は、男女間で大きな差はない。

 参考までに、本調査におけるグリーンジョブとは定義が異なるため厳密な比較はできないが、OECD加盟国平均では、労働時間のうちグリーンジョブに充てている時間が10%以上の就業者は約18%である(注3)。一方、本調査のデータでは、労働時間のうちグリーンジョブに充てている時間が10%以上の就業者の割合は16%とOECD平均並みとなった。ただし、OECD加盟国の平均値は国によって大きな違いがあり、ルクセンブルク、リトアニア、エストニア、ラトビア、スウェーデン、ノルウェー、スイスは25%を超える一方、カナダ、米国、ギリシャは15%を下回る。グリーンジョブの割合が高い欧州各国と比べ、日本はその割合が低く、伸びしろは大きいだろう。

②グリーンジョブへの労働時間の割合

 次に、グリーンジョブへの労働時間の割合を確認すると、就業者全体の平均で8%、グリーンジョブを行っている人のみでは25%であった。また、女性について見ると、グリーンジョブへの労働時間の割合は6%、グリーンジョブを行っている人のみでは26%であった。グリーンジョブへの労働時間の割合は女性のほうが男性よりもやや低い。しかし、グリーンジョブを行っている就業者のみのグリーンジョブへの労働時間の割合は男女間で大きな差がない。

③職種別グリーンジョブ

 次に職種別のグリーンジョブを見る。表1はグリーンジョブを行っている人の割合である。どの職種でも少なからずグリーンジョブを行っているが、その割合は大きく異なる。グリーンジョブを行っている人の割合が高いのは、研究者、管理的職業従事者、農林水産技術者で、それぞれ半数以上を占める。また、建築・土木・測量技術者や経営・業務コンサルタント、経営・金融・保険専門職業従事者なども高い。一方、グリーンジョブを行っている人の割合が低いのは、美術家・デザイナー、家庭生活支援、事務用機器操作員、飲食物調理・接客従事者であり、それぞれ20%以下である。また生産工程従事者や運送・清掃従事者も低い。

表1 職種別にみたグリーンジョブの割合

 環境基準の厳しい昨今、環境関連の法律や規制の遵守は管理的職務従事者に強く求められ、多くの管理的職業従事者がグリーンジョブを行っている。また、エネルギー生成や排出削減のための技術開発を行う研究者や技術者が、日々グリーンジョブに励んでいることがわかる。一方で、飲食業接客サービスや家庭生活支援サービスは対面サービスがメインであり、自然環境との関連は薄い。肉体労働や現場仕事もルーティンワークや定型仕事が主でありグリーンジョブ比率は低い。美術家・デザイナーなども環境と関係が薄いためグリーンジョブ比率は低い。

 次に、グリーンジョブへの労働時間の割合を職種別に見る。表2は男女別のグリーンジョブへの労働時間の割合とその男女差(女性−男性)である。上にランクされるほど女性のグリーンジョブへの労働時間の割合が男性よりも相対的に高いことを示している。

表2 職業別にみたグリーンジョブへの労働時間の割合

 女性のほうが男性よりもグリーンジョブへの労働時間の割合が顕著に高い職業がある。法律家、建築技師、情報処理、経営コンサルタントなどである。例えば、女性法律家のほうが環境関連の法律順守のための仕事に多く従事している可能性がある。また女性コンサルタントのほうが、より環境や地球に配慮した経営の提案や有機栽培、リサイクルやエコ、食品ロスの削減などを含めた経営アドバイスをしている、女性建築家のほうがコンパクトでエコや省エネを配慮した自然に優しい建築を設計しているといったことも考えられる。これらの職種におけるグリーンジョブは女性に向く、あるいは女性が従事することでグリーンジョブへの労働時間の割合が高くなる可能性もある。

 一方、男性のほうがグリーンジョブへの労働時間の割合が顕著に高い職業もある。研究者、農林水産業技術者などである。これらの職業では排出削減やリサイクル、エネルギー生成のための技術開発や技術管理・現場業務などを行っている。例えば、理工系の男性が技術職として省エネ技術やバイオマス、新エネルギー開発を行っていたり、技術を生かして商品開発をしたりして、現場労働で従事している可能性が高い。

 以上をまとめると、グリーンジョブ従事者の割合は職業間で大きな違いがある。技術者のみならず、建築・技士やオフィスワーカー、特に管理的従事者やコンサルタント、金融保険業はグリーンジョブの割合が高い。一方、対面サービスや現場労働者は低い傾向にある。また、職種別の労働時間に占めるグリーンジョブの割合は、男女間で違いがある。

4.グリーンジョブを行っている人の賃金や仕事満足度は高いのか?

 図3はグリーンジョブの割合と賃金の関係を職業別に見たものだ(注4)。ここから正の相関があることがわかる。なお、学歴別にグリーンジョブの割合を見ると、大学卒以上の就業者のグリーンジョブ割合は37%であるのに対し、そうではない就業者のグリーンジョブ割合は25%と、学歴による違いがある。グリーンジョブの賃金は高く、より多くの教育を必要とすることがうかがえる。

図3 職業別にみたグリーンジョブの割合と年収(2020年)の関係
(クリックすると拡大します。)

op73_date03.PNG

 次に仕事満足度との関係を見る。図4より、グリーンジョブの割合と仕事満足度は正の相関があることがわかる。

図4 職業別にみたグリーンジョブの割合と仕事満足度の関係
(クリックすると拡大します。)

op73_date04.PNG

(注)ここでの仕事満足度とは、「全く満足していない」場合を0、「非常に満足している」場合を10として、0~10の11段階から回答者が選択した回答結果の職業別の平均値である。

 ここでは因果関係は特定できないものの、これは近年、ILOや諸外国で報告されている傾向と同じである。例えば、OECD(2023)によると、OECD全体では、グリーンジョブの賃金プレミアムは非グリーンジョブに比べて20%高く、賃金プレミアムはほぼすべてのOECD諸国に存在する。その理由として、より高いレベルの教育と経験が必要であることや、必要な技能、資格、経験を備えた労働者の供給不足の可能性が指摘されている(注3)。日本の状況は、言い換えれば、労働市場や企業・職場で労働者の環境行動やグリーンジョブが評価されており、グリーンジョブ社会への素地はできているとも言える。今後はどうグリーンジョブを増やしていくかが焦点となる。

5.どのようにしてグリーンジョブを増やしていくのか?
「人への政策」の推進

 カーボンニュートラルを実現するには、地球環境を保全し、資源利用や環境破壊を最小限にするための知見やスキルを有する人材が必要不可欠である。すなわち、「人への政策」が重要になってくる。先に述べたように、英国での「ネットゼロ戦略」ではグリーンジョブの創出と推進を具体的な施策の1つとしてあげている。就業者のグリーンジョブへの転換や、グリーンジョブを創出するのに必要なスキルの育成のためのインセンティブの付与や訓練プログラムの強化などが主眼だ。日本でも働き方改革やリスキリングに注目が集まっており、カーボンニュートラルを実現するためには、グリーンジョブの視点が必要不可欠である。環境行動と働き方をどのように両立させるかが今後課題になるだろう。

 日本全体でどうグリーンジョブを増やしていくのか。

 そこで、グリーンジョブの増加を2つに分解して考える。「グリーンジョブの数の増加」と「グリーンジョブの時間の増加」である。前者はグリーンジョブでない人をグリーンジョブにし、後者は既にグリーンジョブの人のグリーンジョブ時間を増やす、つまりライトグリーンをダークグリーンにするという意味だ。

 まず、グリーンジョブの数の増加について議論する。上述のように、グリーンジョブに従事する就業者は、他の就業者と比べて学歴が高く、求められるスキルも高度となる。そのため、失業等のリスクに晒される非グリーンジョブの就業者が、再教育を受けずにグリーンジョブに転換することは難しいだろう。こうした状況で数を増やすには、グリーンジョブへの転換を希望する就業者が、適切な訓練を通じて必要なスキルを修得できる環境を整えなければならない。たとえば、グリーンジョブに必要となる知見やグリーンジョブの労働市場のニーズに合う訓練のメニューを把握し、グリーン経済の拡大により影響を受ける就業者を支援することが求められる。

 グリーンジョブの場合、必要となる技術や知見は、領域によって大きく違うことから、国や地域のニーズに応じた育成や、労働の移動がなされなければならない。そのため、個々人へのインセンティブ付けやジョブマッチングが鍵となる。海外では、職務情報のデータから、既存のどのような職務からグリーンジョブへの移行が容易かを分析し、労働市場のマッチング機能の改善に役立てており、こうした取り組みも参考になろう。

 また、就業前の人的資源の活用も重要な視点だ。昨今の大学では、博士号取得後のポスドクにポストが用意されない、あるいは企業に就職できないという状況があり、就職は理系の研究者の死活問題になっている。グリーン経済に移行するための技術やノウハウを有する理系博士取得者を、民間企業が技術者として採用することを促進する仕組みが早急に必要なのかもしれない。

 さらに、前述したように、グリーンジョブには職種による男女差がある。女性のほうが男性よりもグリーンジョブに従事している割合の高い職業は、法律家、建築技師、情報処理、経営コンサルタントなどである。これらの職種ではグリーンジョブが女性に向く、あるいは女性が新たに従事することでグリーンジョブが促進される可能性がある。例えば、リサイクルや有機栽培など、女性の視点をいかすことで、グリーン市場が活性化される、新規のグリーン市場(例えばBio市場やエコハウス市場、シェア・レンタル市場、リサイクリング市場など)ができ、新たな消費ニーズを掘り起こすといったことが考えられる。そうなれば、さらなるグリーンジョブの増大にもつながる。一方で、男性のほうがグリーンジョブに従事する割合の高い職業は、研究者、農林水産業技術者、製造技術者、生産工程従事者、飲食業など肉体労働や技術系労働が多い。こうした男性が多い領域に、環境技術・グリーンイノベーションを支援する政策を取り入れることで、エネルギー効率改善の技術開発、製品開発に携わる研究者や技術者が増えていく可能性は高い。これらの分野で、男女の違いがなぜ生じているかは分析を必要とするが、もし、それぞれの利点が反映されているとするならば、現状の相違を生かしてグリーンジョブを増やしていくと、全体としてグリーンジョブの割合が高くなるのではないか。

 次に、既にグリーンジョブを行っている人のグリーンジョブへの従事時間を増やすことについて議論する。上述のようにグリーンジョブへの労働時間の割合は総じて低く、ライトグリーンジョブが多いのが現状である。グリーンジョブは一部行われていても、全般的にごく短時間の仕事にとどまっている。例えば企業のCSR活動を通じた仕事もあるが、かなり限定的だろう。経営層が個々の就業者のグリーンジョブ時間を増やそうとしても他の業務の妨げになり、逆に総労働時間の増大、仕事満足度の低下を招きかねない。したがって、ここでもグリーンジョブのための教育やリスキリングにより解決していくことが重要だろう。リスキリングによって就業者自身が環境行動を仕事に取り入れられるようになれば、グリーンジョブの時間が増え、ダークグリーンジョブへと繋がるだろう。また、ジョブへの取り組み方、特に仕事の進め方を変えることも重要だろう。地球環境問題は外部性を有することから、1個人、1企業の取り組みにとどまらず、企業間や地域の関係者とのネットワークを構築することで、地球環境の保全に対して、より効果的な取り組みに変えていくことが可能となるかもしれない。グリーンジョブの取組み方法を変えることで、単にグリーンジョブに割り当てられる労働時間のみならず、より高い効果を期待することもできよう。

 先述したように、日本では、グリーンジョブは賃金及び満足度がともに高い。ある意味、グリーン経済に移行する素地はできている。労働市場が硬直的でなければ、高い賃金へと労働が移っていくことで、結果として多くの人がグリーンジョブに就く可能性はある。市場原理に基づき、グリーンジョブへの労働転換を進めていけばよいと思われる。賃金は高く、満足度の高い仕事をしながら、温室効果ガス削減に貢献することができる。

 そこで重要な前提となるのが、雇用のミスマッチをなるべく早急に解決し、移行のスピードを高めることだ。そのためには、就業者にリスキルの機会とインセンティブを与える必要があると思われる。また、大学などの教育機関の後押しも重要となる。グリーンジョブのためのリスキルや職種の柔軟な転換などいわゆる「人への政策」はジョブの転換の促進につながり、環境と仕事の好循環を作り出すことができるだろう。こうして、グリーンジョブによる働き方と環境の好循環の創出は従来の「マクロ政策としての公共投資」と相まって、経済と環境の好循環を実現するだろう。

大久保敏弘(おおくぼ としひろ)

慶應義塾大学経済学部教授。NIRA総合研究開発機構上席研究員。ミシガン大学修士課程修了、ジュネーブ大学及びジュネーブ国際開発高等研究所博士課程修了(Ph.D.国際関係学・経済学)。専門は国際経済学、空間経済学。

引用を行う際には、以下を参考に出典の明記をお願いいたします。
(出典)大久保敏弘(2023)「脱炭素社会実現に向けたグリーンジョブの推進―就業者実態調査から見る現状と課題―」NIRAオピニオンペーパーNo.73

脚注
* 調査の実施およびデータ分析は、筆者のほかにフューチャー株式会社シニアアーキテクトの加藤究氏、NIRA総研研究コーディネーター・研究員の井上敦、関島梢恵、鈴木壮介が担当した。また、本稿ではグリーンジョブをめぐる政策的な議論やデータの集計に焦点を当てるが、Elliott, Kuai, and Okubo (2023)では、本データを基に精緻な計量分析やメカニズムの解明が進められている。Elliott, R.J., W. Kuai, T. Okubo (2023) “Green Wage Premium: Exploring economic advantages of green jobs”, mimeo
1 BLSが定めるグリーンジョブの定義のページ(“BLS Green Jobs Definition”
2 同調査はこれまで、20204月、6月、12月、20214月、9月、20222月、6月、12月、20233月に計9回実施された。調査は、日本全国の20,000人以上の就業者を対象に行われ、さまざまな業種、職種、地域で働く就業者の視点から、就業状況や生活状況、意識について調査をされた。詳細は調査報告書参照のこと。第5回調査結果:大久保敏弘・NIRA総合研究開発機構(2021「第5回テレワークに関する就業者実態調査報告(速報)」
3 OECD(2023), Job Creation and Local Economic Development 2023: Bridging the Great Green Divide, OECD Publishing, Paris,
4 大久保敏弘・NIRA総研による「テレワーク就業者実態調査」では各就業者に年収(賃金)と仕事満足度に関しても聞いており、ここではこれらを利用している。

ⓒ公益財団法人NIRA総合研究開発機構

※本誌に関するご感想・ご意見をお寄せください。E-mail:info@nira.or.jp

研究の成果一覧へ