翁百合
日本総合研究所理事長/NIRA総合研究開発機構理事

概要
 2018年からの5年間でキャッシュレス決済は大幅に増加し、決済額ベースでは7割を超えるまでになった。政府のキャッシュレス推進策とコロナ禍での人びとの行動変容に加えて、この間に多くのプラットフォーム事業者が加盟店開拓やポイントを活用した積極的な顧客開拓を目指して競争したことが奏功したと考えられる。
 キャッシュレス決済額比率は、この間急速に普及したスマホで簡易に決済が行える、QRコード・バーコード決済およびタッチ決済(以下「コード決済等」)と、クレジットカード決済の利用拡大で上昇した。コード決済等は地域に関わりなく、どの年齢層・所得層でも広がったが、特に若年層に普及し、その現金決済志向を大きく変化させた。また、クレジットカード決済は若年層と低所得層の利用が進んだ上、Eコマースの広がりもあって、高齢層や高所得層にも浸透している。課題とされていた低所得層のキャッシュレス比率の低さは、この5年間でかなり解消されたと評価できる。他方、まだキャッシュレス比率が低いのは、医療・介護などの分野や個人送金であり、今後の一層の進展が期待される。
 人手不足が深刻化するにつれて、企業としても生産性向上が大きな課題となっており、キャッシュレス化は今後も進むことが予想される。一方で、キャッシュレス化とともに、セキュリティの確保や個人情報の適切な管理と活用が、民間事業者にとってますます重要な課題となっている*

INDEX

はじめに

 本稿では、2023年と2018年に実施した「キャッシュレス決済実態調査」に基づき、ここ5年間の消費者のキャッシュレス決済動向の変化を分析し、今後の課題について考察する(注1)

 2018年の調査を基に執筆したNIRAオピニオンペーパーNo.42(2019年2月)では、キャッシュレス化を国民全体に浸透させるには、次の3点が重要であると指摘した。①低所得層への普及、②郵便・医療介護といった公的色彩の強いサービスのキャッシュレス化の実現、③民間企業間での、付加価値の高いサービスを提供するための「競争」および個人間小口送金などのインターオペラビリティ(相互運用性)の高いサービスを構築するための「協調」の促進―である。利便性の高いデータ利活用社会を構築するためには、これらの課題への取り組みが不可欠である。

 その後、キャッシュレス決済にポイントを付与するといった政府の推進策に加えて、2020年以降のコロナ禍がキャッシュレス化を後押しすることになった(注2)。そこで、本稿ではキャッシュレス化の進展の状況やその背景を分析した上で、5年前に提示した上記課題が解消に向かっているかについて確認し、残る課題を指摘することとしたい。

1.低所得層と若年層で大きく進捗したキャッシュレス決済

 まず、図1の通り、コロナ禍(2020年1月~2023年5月)もあってキャッシュレス決済額比率は51%から71%に大きく増えた(注3)。内訳を見ると、その増加はクレジットカード決済、QRコード・バーコード決済およびタッチ決済(以下「コード決済等」という)でそのほとんどを説明できる(注4)

図1 2018年と2023年のキャッシュレス決済額比率の変化

(注)QRコード・バーコード決済およびタッチ決済は、2018年調査では「プリペイド式電子マネー以外のフィンテック決済」としてたずねたもの。数値は小数点第2位以下を四捨五入。
(出所)NIRA総合研究開発機構(2018、2023)「キャッシュレス決済実態調査」を基にNIRA作成。以下、図の出所は全て同じ。

 所得階層別に見ると、図2の通りキャッシュレス決済額比率は全階層で上昇したが、200万円以上の所得階層での増加が18%ポイント程度(除く「わからない」回答者層)であるのに対し、200万円未満の低所得層が24%ポイントも増えている。この結果、所得階層別のキャッシュレス決済額比率の差異が5年間でかなり小さくなってきた。

図2 所得階層別のキャッシュレス決済額比率の変化

(注)グラフ右側の数値は所得階層別のキャッシュレス決済額比率の変化幅(%ポイント)を表す。

 年齢層別では、20代以外の年齢層のキャッシュレス決済額比率が20%ポイント程度の上昇であるのに対し、20代では29%ポイントも上昇している(注5)(図3)。このことが、上記の低所得層のキャッシュレス決済額比率の上昇にも寄与していると考えられる。

図3 年齢層別に見たキャッシュレス決済額比率の変化

(注)キャッシュレス決済額比率の年齢層別の平均。グラフ右側の数値は2つの時点の平均値の差の幅(%ポイント)を示している。

2.コロナ禍の影響を受けた5年間の特徴的な動き

 以下では、コロナ禍の期間(2020年1月~2023年5月)を含む、ここ5年間のキャッシュレス決済の広がりについて特徴的な動きを整理する。ちなみに「コロナ禍の前後で支払い方法が変わったか」という質問については、有効回答者の23%が「コロナ禍以前は主に現金で支払っていたが、現金以外で支払う方が多くなった」と答えている。まず、急速に普及し、この5年で満遍なくキャッシュレス化を促したコード決済等、次に決済額が最も拡大したクレジットカードの順番で、その動向や広がりの背景を分析する。

(1)コード決済等が若者層をはじめ全世代、全所得層で広がり、現金決済からコード決済等へ明確にシフト

 アンケート調査からキャッシュレス決済額比率の変化の内訳を見ると、現金決済の代わりに大きく伸びたのが、5年前にはほとんど広がっていなかったコード決済等である(前掲の図1)。コード決済は、ネット系では2018年10月に参入したPayPay、楽天ペイ、LINE Payなどが使われているほか、通信系では「d払い」などが使われている。

 内訳を年齢層別に見ると、どの年齢層でもコード決済等の決済額比率が上昇していることが確認できる(図4)。

図4 年齢層別に見たキャッシュレス決済額比率の変化(内訳)

(注)各決済手段の決済額比率の年齢層別の平均。コード決済等は、2018年調査では「プリペイド式電子マネー以外のフィンテック決済」としてたずねたもの。

 現金からコード決済等へのシフトの背景としては、①スマートフォンのコード決済等の使い勝手の良さ、②手数料の相対的な低さや手数料キャンペーンの実施などを受けて加盟店が増加したこと、③コード決済等で利用者がポイントを稼げること、④コロナ禍で店頭での接触を避けようとした消費者が多かったこと―などが考えられる。同時にまた、⑤利用者と事業者の双方から硬貨の取り扱いがコストと認識され始めたこともあるかもしれない。多くの銀行で硬貨預入に取扱手数料が導入され、現金決済時における硬貨の「お釣り」の扱いに若干煩わしさを感じるようになってきた可能性も考えられる(注6)。実際、50円以下の硬貨の流通枚数は2000年代以降減少傾向となっており、貨幣の流通高は2020年をピークに若干減少してきている(注7)

若年層は現金志向が大きく低下し、コード決済志向が上昇

 前掲の図4の通り、年齢階層別に見ると若年層のコード決済等の決済額比率の上昇幅が大きい。若年層は現金決済志向が低下する一方、コード決済等への志向が顕著であり、図5が示すように、特に20代は、5年前は現金決済志向が過半であったが、現在は2割まで大きく減った。この5年間で大きな意識変化があったことがわかる。実際、図6で見ると、18~29歳や30代はコード決済等を「よく利用している」人の割合が48~49%と約半分に達し、「ときどき利用している」と合わせると73~77%に上るなど高くなっている。もっとも、50代の人も68%がコード決済等を日常的に利用している。

図5 年齢層別に見た決済手段志向の変化

(注)商品やサービスの購入時に、どの決済手段で支払いたいかをたずねた結果。濃い青は、18年調査では「その他の現金以外の方法」、23年調査では「コード決済等」でたずねている。

図6 QRコード・バーコード決済の利用頻度(2023年)

(注)数値は小数点以下を四捨五入。

コード決済等は日常の買い物や外食などで大きく増加

 この5年間の決済動向を消費項目別に見ると、キャッシュレス決済額比率が30%ポイント程度増加したのは「食料品」、「外食」、「教養・娯楽・スポーツ・ペット」、「日用品」、「タクシー代」、「化粧品」、「書籍」などである(注8)。これらのうち、たとえば「食料品」、「外食」は、図7の通り、2018年には過半であった現金決済の代わりに、コード決済等が大幅に伸びたことがわかる。コード決済等が可能な店舗が増加し、日常的なリアル店舗での買い物などでコード決済等が定着したことが、キャッシュレス化の促進に寄与したといえる。

図7 食料品と外食の決済手段比較(2018年と2023年)

(注)直近の支払いをどの決済手段で支払ったかをたずねた設問で、「支払っていない」人を除いて回答の割合を示した。コード決済等は、2018年調査では「プリペイド式電子マネー以外のフィンテック決済」としてたずねたもの。

コード決済等は所得にかかわらず普及

 図8は、コード決済等について、所得階層別、性別に見た決済額比率の変化を示したものである。これを見ると、どの所得層においても、コード決済等による決済額比率は上昇している。すなわち、コード決済等の普及は、5年前に問題として指摘した低所得層と高所得層のキャッシュレス化の水準の差異を広げることなく、全ての所得層におけるキャッシュレス化の進展に貢献したといえる。

図8  所得階層別・性別に見たコード決済等の決済額の比率の変化

(注)コード決済等の決済額比率の各属性別の平均。

(2)クレジットカード決済は、低所得・高所得層と若年層・高齢層で広がり

 次に、決済額比率の伸びが最も大きかったクレジットカード決済について、どのような属性の人が利用しているのかを分析していく。

 図9は、年齢層別、所得階層別、性別に見たクレジットカード決済額比率の変化である。まず、年齢層別では、20代~30代の若年層、60代の高齢層でクレジットカード決済額比率の上昇が目立つ。ここでは図を省略しているが、利用頻度で見ても、20代ではクレジットカードを「よく利用する」人の割合が41%(2018年)から56%(2023年)へと大きく伸びている(他の年齢層の伸びは6~11%程度)。

図9 年齢層別・所得階層別・性別に見たクレジットカード決済額の比率の変化

(注)クレジットカード決済額比率の各属性別の平均。

 また、所得階層別では、200万円未満の層の伸びが大きく、次いで高所得層の伸びも大きい。もっとも、200万円未満の低所得層のキャッシュレス決済額比率の伸びは、図8(前掲)および図9で見るように、クレジットカード、コード決済等がともに寄与しているが、両者を比較するとクレジットカードの伸びの方がやや大きい。性別に関して男女差はほとんど見られない。

 中でも、若年層や高齢層の利用の広がりは、加盟店の増加やコロナ禍の行動変容もあり、前掲の図7の通り、日常の外食や食料などにおいて、少額のクレジットカード決済が普及したこともその要因であろう。また、クレジットカード決済でもポイントが稼げることや、若年層については現金の扱いの煩わしさなども理由として考えられる。実際20代の74%の人の現金所持額は、1万円以内という調査結果となっている。

 以上のように、クレジットカード利用の拡大を説明するのは、①コード決済等と同じく若年層の利用が広がったこと、および②高齢層のほか、低所得層や高所得層も利用するようになったことの2つの要因であると考えられる。②については、コロナ禍ではEコマースが大きく広がった(注9)。これによってもクレジットカード決済による買い物は大きく伸びたと考えられる。

(3)地域間のばらつきはやや縮小したが残存

 地域別のキャッシュレス決済額比率を見ると、どの地域でも大きく上昇している。地域間のばらつきはやや小さくなっているが、首都圏などと比較すると、中国・四国、京阪神を除く近畿、九州・沖縄等の差はまだ残存している(図10)。

図10 キャッシュレス決済額比率の地域差の変化

(注)キャッシュレス決済額比率の地域別の平均。首都圏は、東京、千葉、埼玉、神奈川の4都県。近畿は京阪神を除く。

 残存する地域差の背景を探るため、さらに分析したのが図11である。ここでは、キャッシュレス決済額比率と居住地域を含む個人の属性との関係を分析し、地域間の予測値の差を示している。2018年は中部を除く全ての地域で、キャッシュレス決済額比率が首都圏と比べて有意に低かった。2023年は中部に加え、北関東、京阪神で有意な差が見られなくなり、北海道・東北も差が小さくなっている。しかし、中国・四国、九州・沖縄では依然として有意な差がある。居住地域による個人属性(世帯所得、就業形態、学歴など)の違いを考慮してもなお、中国・四国、九州・沖縄は首都圏と比べてキャッシュレス決済額比率が有意に低いことが確認された。

図11 地域別に見たキャッシュレス決済額比率(予測値)

(注)2018年、2023年それぞれのデータにおいて、キャッシュレス決済額比率を性別、年齢層、世帯の所得階層、性別と年齢層の交差項、年齢層と世帯の所得階層の交差項、就業形態、大卒ダミー、地域に回帰。推定結果に基づき、地域以外の変数については各地域の平均値と仮定して、地域別の予測値を計算し、95%信頼区間とともにプロットした。2018年のデータに合わせて2023年のサンプルの年齢を20~69歳に限定している。

 図12は、クレジットカード決済額比率を被説明変数として、図11と同様の方法で推計した結果を示している。北海道・東北や近畿(京阪神を除く)は首都圏との差が縮まったことがわかる。ただし、中国・四国、九州・沖縄では首都圏との差が残存している。

図12 地域別に見たクレジットカード決済額比率(予測値)

(注)クレジットカード決済額比率について、図11と同様の方法で分析。

 これに対して、図13で見るように、この5年間で新たに普及したコード決済等の決済額比率は、どの地域も首都圏と有意な差がない。コード決済等は地域差をもたらすことなく、キャッシュレス化を全国的に推し進めたといえる。

図13 地域別に見たコード決済等の決済額比率(予測値)

(注)コード決済等の決済額比率について、図11と同様の方法で分析。

 以上の分析結果から、クレジットカード決済ができない店舗が地方でより多いといった理由で、キャッシュレス決済額比率の地域差がまだ完全には解消されていないと考えられる。だが、コード決済等は地域差をもたらすことなく、キャッシュレス化を全国的に進めたといえる。

3.ポイント利用の分析

 ここまでの分析でクレジットカード、コード決済の増加が5年間で顕著であったことがわかった。その背景の1つと考えられるのが、現金決済にはないポイントの利用である。この5年間を振り返ると、後発のサービスであるPayPayが2018年10月に参入し、顧客を増やしてネットワーク効果を得ることで競争上有利に立とうとした。そのための施策として、加盟店開拓を一気に進めつつ、大々的なポイントのキャンペーンを行って多くの顧客を確保し、「ポイント経済圏」を広げてきた。こうした動きの中で、激化したプラットフォーム事業者間の競争がキャッシュレス化を後押しした側面があると考えられる(注10)

高所得層でポイント利用が増加

 図14は、5年間の変化を年齢層別、所得階層別、地域別に見たものである。図14の通り、ポイントサービスを「よく利用している」人の割合が、20代の若年層、1,000万円以上の高所得層、関東や近畿で増加している。これらは今までの分析結果とも整合的である。

図14 ポイント利用の変化

 多くの人が、個店のポイントだけでなく、PayPayや楽天などのプラットフォーム事業者の共通ポイントをよく利用しており、何種類のポイントサービスを利用しているかという質問に対しても「2~4種類」と回答した人が多かった。リアル店舗やECモールなどで、ポイントの稼げる決済手段を組み合わせて買い物をしている消費実態が浮かび上がる。

 図15は、ポイント利用頻度(0:全く利用しない~3:よく利用している)を被説明変数として個人の属性との関係を分析し、キャッシュレス決済額比率を変えたときのポイント利用頻度の予測値を所得階層別に示した。キャッシュレス決済額比率とポイントサービスの利用頻度が連動していることが確認できる。加えて、キャッシュレス決済額比率が同じであっても高所得層の方がポイントの利用頻度が高いことがわかる。高所得者ほどより積極的にポイントを活用し、大きな割引を享受しようとしている可能性が高いが、このことは、高所得層ほど企業のポイント経済圏に取り込まれている傾向があるという解釈も可能である。

図15 世帯所得別ポイントサービスの利用頻度(予測値)

(注) 2023年のデータにおいて、ポイントサービスの利用頻度(0:全く利用しない~ 3:よく利用している)を性別、年齢層、世帯の所得階層、就業形態、大卒ダミー、地域、キャッシュレス決済額比率に回帰。推定結果に基づき、所得以外の変数については各所得階層の平均値と仮定して、所得階層別の予測値を計算し、95%信頼区間とともにプロットした。

4.キャッシュレス化の今後の展望と課題

キャッシュレス化はかなり進展、残る課題は何か

 我が国では、政府が2014年からキャッシュレス化を成長戦略に位置づけてきた。2019年の消費税率の引き上げ時には、前述の通り、ポイントを付与するなどの施策を行った。このようにキャッシュレス化を進めた目的は、①データを活用するビジネスの発展、②事業者の生産性向上、③消費者の生活利便性の向上と、④海外の観光客も含めた消費の活性化にあった。

 コロナ禍があったことも寄与して、2018年は5割程度であったキャッシュレス決済額比率は、7割まで伸びており、上記の目的はかなり達成しつつあると思われる。5年前の調査時に特に問題として指摘した、低所得層(主に若年層)におけるキャッシュレス決済活用の低さも、ほぼ解消されてきたといえる。残る大きな課題は2つである。

 第1の課題は、キャッシュレス化が遅れている分野が残っていること。まだ現金決済が過半で活用されているのは、「医療・介護」、「理髪料・パーマ・カット」、「郵便・運送料」、「仕送り・小遣い・家族への贈与」といった個人送金、「お布施などの冠婚葬祭関連費用」である(図16)。「医療・介護」、「理髪料・パーマ・カット」は40%程度まで、「郵便・運送料」は30%強までキャッシュレス決済が増加したが、さらに拡大が望まれる。一方、5年間でほとんど変化がなかったのは、後者2つである。「お布施などの冠婚葬祭関連費用」はキャッシュレス対応をしているケースも見られるが、文化的なものでもありここでは考慮の外とすると、やはりキャッシュレス化の今後の課題として大きいのは、個人間送金といえる。個人間送金のキャッシュレス比率は20%強にすぎない。

図16 項目別のキャッシュレス決済額比率の変化

(注)クレジットカード決済額比率の各属性別の平均。

 もっとも、近年になって仕送り等の個人送金についても様々な動きが出てきた。PayPayなどのコード決済等で簡易な方法の送金が可能となったほか、銀行間の10万円以内の少額の個人宛送金システム「ことら」が2022年10月に始まった。システムに加入した銀行や信用金庫などの顧客が利用できる。加入先も増加し、2023年11月段階で全国211の金融機関が加入している。送金は無料であり、取扱額も大幅に増加している(注11)

 2019年2月の筆者によるNIRAオピニオンペーパーNo.42では、今後望まれることとして「事業者間の協調」も指摘した。スウェーデンなどからはかなり時期が遅れたが、小口送金の分野においても、事業者間の協調が本格化し始め、インターオペラビリティ(相互運用性)の向上が少しずつ実現してきたといえよう。これらの動きが加速して個人間送金のキャッシュレス化や相互運用性を向上させることは今後も重要である。

 なお、所得税や住民税なども利用者の割合ベースで見るとほぼ75%以上がキャッシュレスとなっているが、他の税項目の納税も含めて一層の拡大が期待される。

 第2の課題は、利用者の不安解消である。現金をまだ活用している人の理由を探ると、「使いすぎ」の心配が42%と最も高く(特に40代から50代に多い)、「セキュリティ」の心配も13%(特に60代以上の高齢層に多い)となっている。ただし、使いすぎの不安については、5年前の57%から、またセキュリティの心配も5年前の35%から大きく低下した。この5年間に、多くの人がキャッシュレス決済に慣れたこともあり、徐々に懸念は低下してはいる。それでも、こうした懸念に対して、今後は民間企業がAPI連携を活用して使いすぎを利用者に警告する、セキュリティ対応を一層強化する―といった対策に取り組むことが期待される。

 他方、2023年秋にはクレジットカード決済の一時的なシステムダウン、全銀ネットの一部取り扱い停止などの事態が発生したほか、個人情報の漏洩事件も多く起こっている。また、安心して使えるネット環境はキャッシュレス化の大前提であり、そのためには技術革新への対応も不可欠である。民間決済事業者やシステム運営事業者における専門人材の養成やBCP(事業継続計画)など緊急時対応も含めて、セキュリティの確保や個人情報の適切な管理はますます重要な課題となってきている。

 上記の課題に加え、クレジットカード利用に地域差が残存していることにも留意すべきだ。高額品の買い物にはクレジットカード決済は欠かせないため、取扱店舗等の普及が進むことを期待したい。

キャッシュレス決済の必要性は人手不足で一層高まる

 最後に、あらためてキャッシュレス化の必要性について述べておきたい。

 現金を利用するには、物流、運搬、保管、ATM装填、店舗などの「レジ締め」など多くの人手と時間を要する。今後、生産年齢人口が減少し、長時間労働が適正化されていく中、人手不足はこれまで以上に深刻になると考えられる。そのため、「お金」の取り扱いをいかに効率化するかが、企業規模を問わず、また金融機関のみならず、小売業やサービス業、病院などの様々な事業体の経営課題になることは明らかである。

 今後、キャッシュレス化は、事業者(一般事業者も金融機関も共に)の生産性向上のためにますます必要になっていく。各分野でのキャッシュレス化の促進、システムの安定運営やセキュリティ確保の徹底などが重要となろう。また、利用者が安心してキャッシュレス手段を使って利便性の高い生活を送れるようになるには、適切な個人情報の管理・活用が欠かせない。こうした取り組みは、データ利活用社会へと移行する上でも重要である。

 なお、世界的に社会のデジタル化が進む現在、我が国でも中央銀行デジタル通貨(CBDC)発行の実現可能性などが検討されている。仮にCBDCが発行されても、現金(紙幣と硬貨)の発行は需要に応えるかたちで続けられることがすでに明確になっている(注12)。ただし、日本経済の生産性向上の観点からは、もしCBDCが発行されれば、紙幣は徐々にCBDCにシフトし、将来的には紙幣発行の必要性が相対的に縮小していくことが望ましい。

 一方で、本稿で見た通り、民間消費のキャッシュレス決済額比率はすでに7割まで拡大している。CBDCを発行する場合には、そのスキームは間接発行方式で、民間の金融機関や決済事業者等が仲介する方向が検討されているが、既存のキャッシュレス手段との競合を避け、今後の日本の金融決済システムの高度化、デジタル社会におけるイノベーション発揮という目標に資するために、CBDCをどのように位置づけていくか、民間事業者とも議論を深める必要がある。

 金利ゼロで完全な匿名性があるアナログの現金とは異なり、CBDCはデジタルであるが故に設計の自由度が高い(注13)。CBDCがもし今後発行されるのであれば、当面は現金の補完という位置づけとなるが、将来的にはデジタルの特性を生かした通貨とすることが求められるであろう。

引用を行う際には、以下を参考に出典の明記をお願いいたします。
(出典)翁百合(2024)「大きく進捗したキャッシュレス決済―コード決済の普及で若年層の現金決済志向は低下―」NIRA総合研究開発機構

脚注
* 本稿におけるデータ分析は、NIRA総研研究コーディネーター・研究員の関島梢恵が担当した。
1 データの詳細については、NIRA研究報告書「キャッシュレス決済実態調査」(速報版、2023.9.29公表)と同(2018.9.28)、およびこれに基づいて分析を行ったオピニオンペーパーNo.42(2019.2.1公表)を参照されたい。
2 2019年10月の消費税率引き上げに伴う経済政策。対象期間において、対象の中小企業・小規模事業者で消費者がキャッシュレス決済を利用した場合にポイント還元を受けられるようにした制度。
3 キャッシュレス決済額比率は、アンケート調査でたずねた品目ごとの支払方法を用いて、世帯の年間所得階層別に支払方法の利用割合を集計し、2019年全国家計構造調査から得られる、世帯の年間収入階層別の品目ごとの1か月あたり平均消費支出額を乗じて、平均1世帯あたりの支払方法別の支出額を算出。全品目を足し上げて、現金以外の支払金額から年間所得階層別のキャッシュレス決済額比率を求めた後、全国家計構造調査の年収別の世帯数分布に従って加重平均を取ることで、全体のキャッシュレス決済額比率を算出した。詳細はNIRA研究報告書「キャッシュレス決済実態調査2023」(速報版、2023.9.29公表)を参照のこと。
4 コード決済等のうち、QRコード・バーコード決済が8.1%、タッチ決済が1.1%(2023年)。
5 全国家計構造調査は世帯主の年齢層別でも品目ごとの1か月あたり平均消費支出額の統計を提供しているが、本調査では回答者が必ずしも世帯主とは限らないため、全国家計構造調査の統計に基づくキャッシュレス決済額比率が算出できない。そこで、各回答者の品目ごとの支払いの有無、支払方法、世帯年収の情報と、全国家計構造調査の世帯の年間収入階層別の品目ごとの1か月あたり平均消費支出額を用いて、各回答者のキャッシュレス決済額比率を推計し、その値を回答者の年齢層別に集計するという手法をとった。地域別の集計も同様である。なお、集計の際、回答者の年齢・性別・地域・有職率を国勢調査(2020年)および労働力調査(2022年)の分布に合わせて補正しているが、全国家計構造調査の年収別世帯数分布に合わせた補正は行っていないため、年齢層別のキャッシュレス決済額比率の全体平均をとると、既報のキャッシュレス決済額比率と若干の誤差が生じる。以下、年齢層別や地域別でのキャッシュレス決済額比率の比較や回帰分析でも、この方法で算出した値を用いた。
6 硬貨の手数料は、たとえば、ゆうちょ銀行で、ATMでの預入は、現在25枚までで110円、50枚までで220円、100枚までで330円となっている。窓口であると、51枚~100枚までで550円、500枚までで825円、1,000枚までで1,100円、それ以上だと500枚ごとに550円の手数料を払う必要がある。
7 「第1回CBDC(中央銀行デジタル通貨)に関する有識者会議」事務局配布資料参照。
8 品目別の決済動向の全体は図16を参照のこと。
9 物販系のBtoCのEコマースは2019年対比で2022年は39.3%の伸びを示している(令和4年度電子商取引に関する市場調査報告書、2023年8月)。
10 ポイント経済については、翁百合(2019)「ポイント経済化について」日本総合研究所リサーチレポートNo2019-010参照。
11 「ことら」の川越社長は、「稼動後の累計送金実績は金額802億円、件数200万件(~2023年7月)であり、毎月15%以上のベースで取り扱いが増えている。取り扱いの大部分が同一家庭内での資金の振替に利用されていること、またそれ以外の送金については、5,000円以下の取り扱いが大半であることを踏まえると、全銀システムによる振込がことら送金にシフトしているのではなく、これまで現金でやりとりしていたものがことら送金にシフトしていると推察される」と述べている(2023年7月26日第15回「次世代資金決済システムに関する検討タスクフォース」の模様より)。
12 財務省「CBDCに関する有識者会議とりまとめ」(2023.12.13公表)参照。
13 現金(紙幣)という負債は、どのような厳しいインフレでもデフレでも、金利ゼロでしかない。そのことが金融政策を制約してしまう問題点があれば、将来CBDCによりその問題を克服できる可能性もある。

©公益財団法人NIRA総合研究開発機構

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