谷口将紀
東京大学公共政策大学院教授/NIRA総合研究開発機構理事長

概要

 政府が政策について情報発信をしても、政策の内容や意図はなかなか人々に伝わらない。NIRAフォーラム2025テーマ別会合「「理」と「情」に訴える情報発信」(2025年2月開催)では、政府の情報発信によって人々が政治をより信頼するようになり、増税のような不人気な政策でも納得するというサイクルが成立するための方策について議論した。
 政策への理解・信頼を高めるためにこれまで採られてきた手法として、人々との直接的な対話を積み重ねること、「本気度」を伝えること、不人気な政策でも実現できるように政治制度を設計することなどが挙げられる。
 今の日本では、SNSの普及をはじめとしたメディア環境の変化により、そもそも政策に関する質の高い情報が人々に届きにくくなっている。そして、人々が得た情報を基に合理的に行動しているとは言いがたい状況になっている。例えば、同じ政策に対しても誰が掲げているかによって態度を変えることがある。政治への非関与を志向する人も一定割合存在する。
 そこで、情報発信の際には「理」だけではなく「情」の側面に訴えかけることも求められる。政策の内容だけではなく、その政策がいかに人々の声を真剣に検討した上で形成されたか、いかに人々に恩恵をもたらすかといった、政策に関するストーリー、あるいは「ナラティブ」を、政策とセットで伝えることが有効である。


INDEX

NIRAフォーラム2025テーマ別会合「理で納得、情で共感」参加者

・小林哲郎  早稲田大学教授
・芹川洋一  日本経済新聞社客員編集委員
・高安健将  早稲田大学教授
・谷口将紀  東京大学教授/NIRA総研理事長
・谷本有香  Forbes JAPAN執行役員
・松本朋子  東京理科大学准教授
・山岸一生  衆議院議員
(敬称略・五十音順)

はじめに

政府の情報発信は一方的でわかりにくいことが多く、政策の意図や内容が十分に人々に伝わっていかない。また、政府や政治家との心理的な距離は不信感の源となり、政策の意図や内容が国民に十分に理解されないまま批判が広がるという問題が生じている。
政策を実現するには、人々の政策への理解と、政治家や組織への信頼が不可欠である。理解とは論理的なもの(=「理」)であり、信頼とは感覚的なもの(=「情」)ともいえる。NIRAフォーラム2025「テーマ1:理で納得、情で共感」では、どうすれば人々の「理と情」に訴えることができるか、政治家、ジャーナリスト、政治学者、社会心理学者など多様な分野の識者による議論を行い、とるべき方策を議論した(注1)

1.理解・信頼を高めるための政治手法

間接税を巡る歴代首相の成果

不人気政策への理解を高めるために、政治家には何ができるか。日本経済新聞社客員編集委員の芹川洋一氏は、不人気政策の代表例といえる消費税に注目し、大平首相と中曽根首相の時期に導入が試みられながらも失敗し、竹下政権期に実現した原因を分析した。

 大平首相は、高度経済成長が終わって今後日本の財政が厳しくなると予想される中で、消費増税が必要となることを的確に認識していたが、その必要性を国民に対して説明することが十分にできていなかった。

 中曽根首相は、1986年の衆参同日選の選挙期間中に間接税の導入はしないと宣言し、「この顔がウソをつく顔に見えますか」とまで言い切ったにもかかわらず、選挙後に売上税を検討したことにより、国民からの信頼を失った。

 竹下首相が消費税の導入に成功した要因は、辻立ちによる有権者との直接的な対話を積み重ねたこと、そして最大派閥であったり近い時期に選挙がなかったりといった政治的な環境が整ったことである。説明と説得による納得感、権力基盤に支えられた強い政権、そして、政治的信頼という条件が揃わなければ、負担の問題を扱うことはできない。

政治家の「本気度」と「足」

立憲民主党の衆議院議員山岸一生氏は、政策に対する理解をどうすれば得られるか、現役の政治家の立場から考えを提示した。

 立憲民主党は民主党時代からずっと「給付付き税額控除」を提案してきたが、全く理解が広がっていない。しかし、国民民主党の玉木氏が「103万円の壁」と言うと、一気に人々の間で話題となる。この違いは何に由来するか。それは、政策を実現するという「本気度」が人々に伝わっているかどうかである。

 政治家には、政策について頭で考える「理」と、情熱をもって何としてもやりたいという「情」に加えて、両者をつなぐ「足」が求められる。つまり、駅前に立って話をし、人々の声を聞いて回ることを通じて、政策を実現させるための熱量に変えていくことである。そして、いつでも話し合える、いつでも文句を言うことができるという状況を作る。そうすれば、全面的に賛成とはいかないまでも、納得をするところまでは持っていける。政治家にはそういう役割が求められている。

外国における政策への理解と政治的信頼

不人気政策への人々の理解を高める方策について、日本は外国から何を学べるであろうか。早稲田大学教育・総合科学学術院教授の高安健将氏によれば、国内外で共通する傾向として、政治家は手柄になることであれば自分の手柄として宣伝したいが(credit claiming)、批判されるようなことは避けたい(blame avoidance)。選挙で有権者と向き合わなければならない以上、政治家が不人気政策に取り組みたくないという構図は、国を問わず生じる。
その中で、高安氏は、欧米諸国において不人気政策を実施できるようにする仕組みを3つ挙げた。

 第1に、自律性の高い官僚機構や独立機関を設置して、そこが不人気政策を提案することである。例えば、EUでは企業や業界による市場競争を阻害するような行為の取り締まりは、欧州委員会や競争総局が担う。政治家は、選挙から切り離された官僚機構や専門機関の判断を尊重し、これらの組織と役割分担をしている。

 第2に、政治エリート間で合意を形成することである。政党間での合意があれば、政治家は、政治的な得点稼ぎを狙った行動を控えるため、論争的な政策でも実現しやすくなる。例えばイギリスでは、死刑の廃止について有権者レベルでは反対が過半数を超えていたが、二大政党が賛成をすることによって、死刑の廃止が実現することになった。欧州における移民の受け入れも、エリート間の合意によって進んだところがある。

 第3に、一定期間、政権が安定するという見通しが立つことである。政策の効果が見えるまでの時間が政権の側にあれば、負担増のような不人気政策でも実施される余地がある。選挙が一定期間なければ、不人気な政策でもやってみようという動きが起きるかもしれない。

その上で、高安氏は次のように総括した。

 不人気な政策には、不人気である理由がある。採用しようとする政策のリスクやコストを、政治エリート間でパブリックな場で議論していくことが、不人気政策に対する有権者の認識を高めることである。日本では、そもそも選挙を挟んで政策を議論することが本当に少ない。そこには選挙運動期間の短さや選挙中の報道のあり方も関係している。人々が政治に諦めをもつ状況は、民主政治にとってはきわめて危険である。これまで政治を導いてきた政治エリートを切り崩すのではなく、一般の人と政治エリートをどう結ぶかが重要な鍵を握る。

ここまでの議論で、不人気の政策を実現するために必要な様々な要因が指摘された。過去の消費税の導入の例からは、政治家による説明と説得、強固な政治基盤が必要であることが分かる。現役の政治家からは、「本気度」を足で伝え、納得してもらうことが鍵となることが指摘された。海外の例からは、政治とは切り離した組織を創設する、超党派で合意する、政権を安定させるといった制度的な工夫の重要性が浮かび上がった。

2.有権者の意識

政策に関する情報が人々に届きにくくなっている

政策に対する人々の理解・信頼を高めるためには、政治家が情報を発信するだけではなく、人々の側にそれが届いている必要がある。そこで重要になるのは、メディアの役割である。早稲田大学政治経済学術院教授の小林哲郎氏は、人々とメディアの関係についての知見を紹介した。

 スマートニュース・メディア価値観全国調査(注2)の分析を行った大森翔子の研究によれば、人々とメディアの関係はいくつかのタイプに類型化できる(注3)。その1つは、新聞やテレビといった伝統メディアをほとんど利用せず、主にSNSから情報を得ている「SNS中心型」である。このタイプには年齢の低い大学卒層が多く、政策に対して賛成も反対もせず「わからない」と回答する人の割合が多い。「SNS中心型」と比較するために、伝統メディアとネットニュースの両方を利用している「伝統メディア+ネットニュース接触型」のタイプを見ると、年齢の高い大学卒層が多く、政策に対して「わからない」と回答する人の割合は低い。同じ大卒であっても、若い世代は、メディア接触の類型としてはSNS中心型であると同時に、政策について明確な意見を持っていない。若い世代に政策に関する情報が届きにくくなっていることが分かる。

 さらに、前述のスマートニュース・メディア価値観全国調査のデータによれば、人々はお金を払って質の高い情報を入手しようとすることに対しても必ずしも積極的ではない。下図にあるように、「有料サービスを利用しないと得られない情報がある」「有料サービスを利用することで質の高い情報が入手できる」と回答する人は3割程度にとどまる。人々がコストを払って情報を入手しようとしないのであれば、不人気政策に関する情報を有料のメディアを通して発信しても人々には届かないだろう。

図1 有料のサービスを利用して質の良い情報を得ることに対する人々の意識

図1 有料のサービスを利用して質の良い情報を得ることに対する人々の意識

(出所)小林哲郎氏(早稲田大学教授)の当日資料。

この点に関して、芹川氏は、新聞業界の視点からネットメディアのマネタイズについて述べた。

 人々がお金を出すのは、資産運用や趣味に関する情報である。特に資産運用に必要な情報へのニーズは根強いことから、経済誌は一定の存在感を維持しているのが実情である。他方、政治に関する情報ニーズは低く、どうすればお金を出してもらえる情報を提供していくのかを考えなければ、もう業界として成り立っていかない。

小林氏からはその応答として、別の研究の成果が紹介された。

 その研究によれば、いきなりハードなニュースを見るのではなく、ストーリーベースの話を見るところから、有料情報に課金するようになる人が存在する。したがって、ストーリーベースの「情」の部分で共感を得るところからはじめて、そこから有料会員になってもらうという戦略が一案である。

自己利益や合理性で説明がつかない世論

メディアを通して情報が人々に届いたとしても、今度は人々がその情報をどのように受け止めるか、という問題がある。東京理科大学准教授の松本朋子氏からは、人々の合理性、認知能力の限界という観点から学術的な知見が提示された。

 人々が政策についての情報を十分に理解していることは、民主主義において不可欠であるが、実際にはそうなっていない。一言で政策について理解できていないといっても、いくつかのタイプに分けられる。1つ目は、単に情報を持っていないという「無知」である。これは主に若年層に当てはまる傾向である。2つ目は、不正確な情報であるにも関わらず、それを正しいと確信し、その信念に固執する傾向、すなわち「誤解」である。3つ目は、「党派的に動機付けられた推論(partisan motivated reasoning)」で、例えば同じ政策に対して、支持する政党が掲げているのであれば賛成するが、支持しない政党が掲げているのであれば賛成しない、といった態度である。このような認知の歪みは、人々が政策に関しての情報を十分に有し、合理的に判断することができなくなっていることに由来すると考えられる。

上記の議論は主に米国において発展してきたものであり、松本氏と共同研究者が米国人を対象にして実施した調査実験の知見も紹介した。

 所得が低い回答者に対して、所得再分配政策によって自身の所得が増加することを知らせても、左派政党を支持する人以外は、その政策を支持しない傾向があることが明らかとなった。さらに研究を進めたところ、公共事業など全員がサービスを享受できる場合には、支持政党に関係なく受け入れることが確認された。人々は党派性によって認知に影響を受けるが、工夫次第で党派性に関係なく情報を受け入れる可能性もあることを示唆する。

政治に対する無関心と非関与

政治に対する信頼の低さはしばしば問題となるが、小林氏が指摘するのは、政治不信でさえなく、「とにかく政治的なものと切り離されたい」「政治との間に何の関係もない」という意識を持った人が4割ほど存在するという事実である。

 政治を信頼しないという意識は、政治に関心があるからこそ生まれる側面がある。これに対して、政治に対して無関心な人々は、政治への不信も持たない。

 こうした人々は、自助努力志向が強く、政府に頼らず自分でやるべきという意識が強い。自分の世代にプラスにならない年金保険料を払う必要はないと考え、行政サービスの削減を支持する。同時に、自分の生活を守るという理由であれば、プライバシーや個人の権利の制約といった権威主義的な政策にも賛成する傾向がある。政治から切り離されている人々が(意図せずとも)特定の政治的な傾向をもって立ち上がってくると、政策に大きな影響を与える可能性がある。

「伝え方」に意味はあるか?

政策が人々に理解されるかどうかは、その政策に関する情報をどのように発信するかによっても変わってくる。NIRA総合研究開発機構では、本フォーラムに先立って「相手の意見を否定する手法は説得効果を持つか」をテーマに調査実験を実施しており、NIRA総研の竹中勇貴研究員がその結果を紹介した。

 この調査実験では、まず、回答者に財政規律とMMTのどちらを支持するかを尋ねた。その後、回答者をランダムに2つのグループに分け、一方のグループにはMMTを肯定する文章を見せ、もう一方のグループには財政規律を否定する文章を見せた。どちらもMMT派の立場から説得しようとする文章だが、自分の意見を積極的に主張するのか、相手を否定するのかが異なる。

 その結果、MMTを支持する文章を見たグループの中で、財政規律支持からMMT支持に意見を変えた回答者は2.8%にすぎなかったのに対し、財政規律を否定する意見を見たグループにおいては5.1%の人がMMT支持に意見を変えた。

 他にも、ライドシェアや解雇規制など、様々なパターンで同様の調査をしており、結果は必ずしも明確ではない部分もあるが、上記の結果は、同じ立場からのメッセージを伝える際に、自らの意見を積極的に主張するよりも、相手の意見を否定する方が効果的であることを示唆する。

民主主義は、政治家や政治制度によって支えられているだけでなく、人々の政治への関心や政策に対する意識を前提とする。しかし現実には、政策の情報が人々に届きにくくなっている、あるいは、届いたとしても、人の合理性や認知能力の限界、あるいは、無関心層の増大によって、情報提供が信頼につながりにくい状況にある。また、近年では、人々の意識がSNSによって大きく左右されるようになっている。

3.信頼される政治のために

長期的なビジョンの必要性

人々の認知バイアスに関する前節の議論を受けて、高安氏は、世論を人々の利益や合理性をもとに説明することは不可能なのか、自分が持っている利益をベースとして今日の政治はもう語れなくなっているのか、と問いかけた。政治家の行動は、第1節で述べたように選挙での勝利などの目標を合理的に追求して行動するという前提でまだ分かるところがあるが、人々の意識はそうではないという違いを高安氏は指摘した。
小林氏松本氏は、これに応答して、有権者の合理的な判断と長期的なビジョンの関係についてコメントした。

 確かに有権者が自らの利益に基づいて合理的に行動できているわけではない。今の日本には長期的な政策ビジョンが欠けており、人々にとって何が正しい方向なのか、どうすれば不利益を避けられるかが分からない。政治家に投票する際、その政治家によって実際に不利益を被る段階まで至れば、次は投票する政治家を変えるという、合理的な判断ができる。しかし、逆にいえばその段階にまで至らなければ合理的な判断をすることが難しい。かつては、投票した政治家の政策によって不利益を被り、痛みを感じる前の段階において、党派性などを政策の方向性の手がかりとして使いながら各自が正しいと思う投票先を判断していればよかったが、大きなビジョンを政党が示していないことで、今はそれが難しくなっている。現状では、自身が選んだ政治家によって明確な不利益を被ったときに、次の選挙で別の人を選ぶことができるか、そこが合理性の試金石となるだろう。

松本氏も、長期的なビジョンを提示することの重要性を指摘した。

 人々がいう「わからない」は、概念的に2つに分けられるという。1つは、上記の党派的に動機付けられた推論のように、政策の内容だけ言われてもどの政党による政策かが示されないと判断できないという意味での「わからない」である。もう1つ、政策の長期的な効果が読めないという意味での「わからない」が、最近の日本政治に登場しているのではないか。

長期的なビジョンの必要性に関して、Forbes JAPAN Web編集長の谷本有香氏は以下のように問題提起を行った。

 企業経営者と話す中で、日本がどういうビジョンを持って進んでいきたいか、よく分からないと言っていることが多い。どんなリスクをいつ取ればいいのか分からない、政治の世界で変更があった際に誰もカバーしてくれないという問題が存在している。日本のように小さい政策ばかりが出てきて、全部を総花的に実施する、あるいは玉虫色になっている状況が、政治と人々のコミュニケーション不足の原因になっているという。

信頼できる政治家の条件

政治家が信頼されるためには、どのような条件が必要だろうか。芹川氏はまず、アリストテレスの『弁論術』から、人を動かして説得するために必要な要素として、エトス(人柄)、パトス(感情)、ロゴス(言論)の3つを挙げた。

 歴代の首相をこれに当てはめてみると、エトスは小渕首相や村山首相、パトスは小泉首相、ロゴスは野田首相である。

 その上で、信頼できる政治家像をまとめると、「将来構想力」「発信力・説得力」「判断力・決断力」「統合力」「実行力・チーム力」の5つとなる。将来どうするかという先見性や見識を持ったリーダーの代表は、大平首相である。発信力・説得力という意味では小泉首相、判断力・決断力については中曽根首相を挙げることができる。統合力に優れていたのは竹下首相、チーム力に優れていたのは安倍首相であった。

信頼できる政治家像について、谷本氏は、業績を出している企業経営者の中で、何が信頼と不信頼につながっているか、という観点から論じた。

 重要なのは、「知行合一」である。企業経営者と同じように、政治家には一貫性が重要であり、この人がずっと言っていることが同じであるかということを国民は見ている。

 例えば、自分が富裕層ではなく、富裕層に対する税制の優遇があったとしても、その富裕層からトリクルダウンしたお金で将来的に自分にも利益があるという結果を見通すことができれば、その税制を受け入れられる素地ができるのではないか。いつどこで裏切られるか分からない、どこでどういった形で党の戦略や施策が変わってしまうのかというような疑念が根底にあるからこそ、信頼が生まれにくい。

 今の時代においては、完璧な人など誰も求めていない。昔はキムタクのようにたった1人のカリスマが存在していたが、Z世代・α世代の人は、おのおのが誰も知らない人を推している。それはなぜかというと、キムタクにはなれないがこの人にはなれるかもしれないと、自分を投影するからである。インキュベートされる弱点を見せていくこと、共感を呼ぶような、助けたいと思わせる人になっていくことが、今の時代の新しい政治家のありようである。

不完全だがリアル感のあるメッセージ

本セッションでは、政策に対する理解、政治への信頼を高めていくための要因として、ストーリー、ナラティブといった要因の重要性も指摘された。
谷本氏は「対話」にはフィードバックが必要であることに言及した。

 政治家はよく人々との「対話」としてSNSでの発信や座談会といったことを行うが、それだけでは不十分である。対話をした結果、どのような行動変容を起こして、その結果として何が起こったかをフィードバックするところまで含めて「対話」である。

 企業におけるPRでは、私たちはこんないいサービス・プロダクトがあるという広告は訴求力がなく、むしろ逆効果になっていることもある。そうではなく、未完成だがお客様の声を聞きながら一緒に作っていきましょう、という広告の方が効果的である。政治も同じことであり、政治家がきれいなものをアピールするほど、そこに「うさん臭さ」、そしてウソや誇張であるという印象が感じられてしまうという。

山岸氏は、政治が信頼を得づらい、行き詰っているという状況は、社会や経済が急速に変わっているにもかかわらず、政治家自身が自分たちの行動様式をブラッシュアップできていないことにあると述べる。

 かつては、政治家が利権の調整をして、票やお金を得るという一種のエコシステムがあった。しかし、これからはそのモデルを逆転させて、「怒られてナンボ」と政治家自身が思わなければならない。すなわち、不人気政策であっても言葉を尽くして理解してもらうという精神が必要である。

 ここで大事になってくるのが「ストーリー」や「ナラティブ」である。その人がどういうバックグラウンドを持って、どういう声を聞いて、こういう施策を作って、でもそれをやってみたらうまくいかなかったからこう変えましたというところまで含めて、人々に見せていく。

 ナラティブを人々に見せようとする際には、複数のナラティブの中でどれに説得力があるかを競争していくことになる。自由でリベラルな民主主義社会を守るというナラティブも、権威主義的な社会を作るというナラティブもフラットに競争にさらされる。このナラティブ競争に勝ち抜きながら、同時に、権威主義ではなく平和や人権や開かれた民主主義社会を守っていくという政治の方向性を両立させていくのは、そう簡単ではない。

ナラティブの1つとして、芹川氏からは、伊藤忠商事にならって政治における「かけふ(稼ぐ・削る・防ぐ)」精神が指摘された。

 「かけふ」とは、すなわち、懐を豊かにすること、無駄を削ること、そして安全保障である。政策が人々の懐を豊かにするために、削らざるを得ないところは出てくる。しかし、国民生活の安全安心は守らなければならない。国民に対しては、そういった将来を見せながら、削らなければいけないところを国民に見せる、そして削ることが稼ぐことにつながるということを国民に伝わるようにする必要がある。

4.まとめ:理で納得、情で共感

近年、人々の行動・意識は、合理性や自己利益の追求では説明がつかなくなってきている。そもそも自分の利益を把握しているか定かではない、自らを利するはずの再分配政策であっても党派が異なると支持しない、政治的非関与が権威主義的な政策への支持につながるなど、理解が難しい現象が多くなっている。これは、選挙における支持調達という行動原理によってそれなりに説明可能な政治家の行動とは対照的である。政治家が人々の「理」に訴えかけて納得感を得ることは不可欠ではあるものの、それは簡単なことではない。

政策への理解や政治家への信頼を高める方策は、人々の合理性の限界を踏まえた上で考察する必要がある。そこで重要になるのは、人々の「情」にどう訴えるかである。本セッションで提示された多様な観点の中で、参加者から共通して言及があったのは、政治エリートが提示する「ナラティブ」のあり方である。提供する情報や伝え方を工夫することで、合理性の限界を乗り越えて受容されるメッセージにすることができる。

ナラティブが有効なものとなるためには、少なくとも以下のことが必要である。(1)今の負担が将来的に自分の利益にもなりうることが明確に示された、「長期的なビジョン」であること。(2)人々の声を単に聞くというだけではなく、それをどのように行動に移し、どう政策につなげたかまでのフィードバックがセットとなる「大きな」ものであること。(3)完璧ではなく、人々とともに考えていく余地を残す、「不完全な」ものであること、である。その上で、(4)人々にナラティブを伝え、ボトムアップで信頼を築き上げていくための「足」が求められる。

谷口将紀(たにぐち まさき)

谷口将紀(たにぐち まさき)

東京大学公共政策大学院教授。NIRA総合研究開発機構理事長。博士(法学)(東京大学)。専門は政治学、現代日本政治論。著書に『現代日本の代表制民主政治』(東京大学出版会、2020年)など。

引用を行う際には、以下を参考に出典の明記をお願いいたします。
(出典)谷口将紀(2025)「「理」と「情」に訴える情報発信NIRAオピニオンペーパーNo.83

脚注
* 本稿のとりまとめは、NIRA総合研究開発機構研究コーディネーター・研究員の竹中勇貴が協力した。 * 本稿のとりまとめは、NIRA総合研究開発機構研究コーディネーター・研究員の竹中勇貴が協力した。
1 NIRAフォーラム2025テーマ別会合「理で納得、情で共感」は2025年2月1日に赤坂インターシティコンファレンスにて開催された。 1 NIRAフォーラム2025テーマ別会合「理で納得、情で共感」は2025年2月1日に赤坂インターシティコンファレンスにて開催された。
2 調査の概要は「スマートニュース・メディア価値観全国調査」を参照。 2 調査の概要は「スマートニュース・メディア価値観全国調査」を参照。
3 大森翔子(2024)「人々はメディアをどのように利用しているのか」池田謙一・前田幸男・山脇岳志(編著)『日本の分断はどこにあるのか:スマートニュース・メディア価値』pp.73-103. 勁草書房.

3 大森翔子(2024)「人々はメディアをどのように利用しているのか」池田謙一・前田幸男・山脇岳志(編著)『日本の分断はどこにあるのか:スマートニュース・メディア価値』pp.73-103. 勁草書房.

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