伊藤由希子
東京学芸大学人文社会科学系経済学分野准教授/NIRA総合研究開発機構客員研究員
西山裕也
NIRA総合研究開発機構主任研究員

概要

 少子高齢化に伴い生産年齢人口が減少する日本では、高齢者の就業促進が喫緊の課題となっている。しかしながら、現行の高齢者雇用安定施策は、社会福祉的な観点のものが中心であり、高齢者の適性を引き出すためのものにはなっていないのが問題だ。現在の高齢者は身体機能、知的能力の水準が上昇していると言われているが、現実には65歳を境目として就業構造が大きく変化する「壁」に直面している。このような状況を改善するためには、高齢者の特性と仕事に求められる特性の関係を正しく理解することが重要となる。
 このような問題意識のもと、NIRAでは、「職業の特性と就業の可能性に対するアンケート調査」を行った。
 本モノグラフは、当該アンケート調査の結果を整理するとともに、分析する過程で見えてきた高齢者の特性と仕事に求められる特性の関係に横たわる3つのミスマッチの存在を明らかにする。第1のミスマッチは、職務活動におけるミスマッチである。現在の高齢者の就業は得意よりも不得意な活動に偏っている傾向が見られた。第2のミスマッチは個性・人柄および職務環境におけるミスマッチである。シニアの人格や個性を生かせる場は限られており、高齢者が不得手とする職務環境に当てはまる職業ほど高齢者の就業が多いという実態がある。第3のミスマッチは経験と知識におけるミスマッチである。長年にわたり蓄積された経験や知識はシニアの優位性が発揮できる特性であるが、日本の職業ではこれらを重要視する見方は総じて低調である。これらのミスマッチが解消に向かえば、高齢人材の就業のあり方も変わり、シニアが社会を支えるための原動力となり得る。

INDEX

1. はじめに

 少子高齢化が進み、生産年齢人口が減少傾向に入った日本にとって、高齢者の就業促進は、雇用政策における重要な課題の1つである。2013年に「高年齢者雇用安定法」の改正が行われ、年金受給開始年齢(60~65歳)までの継続雇用が法制化された。しかし、これは年金受給開始までの空白期間の生活を支えるという社会福祉的な観点から実施されてきたものである。ここでいう「社会福祉的」という意味は、生活を維持するための職を確保することが最優先であり、高齢者の適性を引き出し、活力ある社会を実現しようという意図は希薄だということである。しかしながら、今は高齢者の雇用機会を保証するだけではなく、シニア層が自分の能力や経験を最大限に発揮し、それが日本社会に還元されることが求められているのではないだろうか。

 一方、高齢者就業を取り巻く現実はどうか。仮に高齢者層が継続雇用制度に頼らず、いったんこれまで働いていた企業を離れて職を得ようとしたとき、その就業機会は限られている。多くのシニアは、個人の有する縁故以外には、地域のシルバー人材センターやハローワークでの募集に頼るしかないのが現状だ。昨今利用が拡大している転職サイトは、若者向けサービスが大多数を占めており、高齢者への募集は極めて少なく、高齢人材マッチングのプラットフォームは整っていない。現実に高齢者に提供される雇用環境は極めて限定的で、シニアが生きがいをもって働く環境が整っているとは考えにくい。

2. 65歳の大きな「壁」

 ここで、高齢者の就業の現状について大まかに把握しておきたい。総務省「労働力調査」(2015年度)によると、年齢階級別の就業率は、65歳を境に大きく低下する。60歳から64歳と、65歳から69歳の就業者比率は、男性で75.5%から52.2%に、女性で49.4%から31.6%に大きく下がる。男女とも、それまで働いていた人の約3人に1人が労働市場から退出し、就業者比率が最も大きく変化する。

 また、65歳を境に職業構成も大きく変化する。図表1に示すように、「生産工程従事者」、「事務従事者」、「専門的・技術的職業従事者」の比率が減少し、「運搬・清掃・包装従事者」、「農林漁業従事者」の比率が増加する。前者の3職業では、一定の職務経験・知識などを得た高齢人材が活躍できる場は、就業者数で見ても比率で見ても減少していることが分かる。

図表1 年齢階級別就業者の職業構成比(職業大分類)

(データ出所)2012年度総務省「就業構造基本調査」

 昨年(2015年)6月、日本老年学会は声明を発表し、近年、高齢者の身体機能、知的能力の水準が上昇しており、現在の高齢者(65~79歳)は10~20年前に比べて5~10歳は若返っていると表明した(注1)。この声明は、科学的な研究を踏まえてのものであり、個人差はあるものの、現在の高齢者には十分社会活動を営む能力があることを示している。もはや、65歳を「高齢者」の入り口として考えることが適切ではなくなりつつある。高齢者が5~10歳ぐらい若返っているというのであれば、65歳を境とした大きな「壁」や職業分野の変化は、どう評価すべきだろうか。多くは継続雇用終了に伴う退職などを機に職を変えることから生じていると思われるが、果たして、高齢者は、自分の職業特性に見合った就業の機会を得、その人材としての適性を生かすことができているのだろうか。

 こうした問題意識に立ち、本稿では、各職業で必要とされる特性と高齢者の特性とを照らし合わせ、高齢者の特性が生かされているのかどうか、また、生かされていないとすれば、どういう点に問題があるのか、について独自に実施したアンケート調査をもとに分析していくこととする。

 なぜ、高齢者や職業の特性に着目するかというと、従前のような福祉的観点による高齢者就業ではなく、高齢人材の有する適性に見合った、高齢人材が活躍できる就業機会を開拓することが重要だと考えるためである。別の言葉でいうと、社会が一方的に高齢者の就業を企業側に義務的に強いるのではなく、高齢者が社会の中で活躍し、社会の生産性を高める役割を担うような、企業にもメリットがあり、「高齢者も支える」側に回れるような就業の実現を目指すものである。

3. アンケート調査

 高齢者の特性が各職業で生かされているかどうかを把握するには、まず、各職業の特性をさまざまな尺度で測る必要がある。ここでいう「職業特性」とは、「職業(名)」ではなく、「職業を構成する多面的な要素の一つひとつ」を指す。例えば、どれだけの知識や訓練(期間)が必要か、どのような職務活動が重要なのか、どのような人格や個性が適しているのか、どのような職務環境に直面しているのか、という情報である。これらは、実際の労働市場において、雇用されようとする者が、提示された職業に就業すべきか否かを判断する場合においては、非常に重要なものであろう。その反面、そのような情報は、雇用に関する統計では捉えることができず、現実には、雇用予定者が就業前に入手することが困難なものである(注2)。そのような情報を数値化して捉えることにより、高齢人材の特性と就業との関係を把握し、高齢人材の多様性にあわせた職業や働き方を提示することにつなげたい。

 そこで、本稿では、「職業を構成する多面的な特性」を捉えるためのアンケート調査を実施した。Web調査により、男女計6,488名の回答を収集した(注3)。調査対象は、壮年・中年期である35~54歳の男女の就業者とした。各職業の中核をなす世代が、自身の経験を踏まえて、その職業ではどの様な特性を重要と考えるかについて尋ねた。

 本アンケート調査における職業特性の指標は、米国労働省の「O*NET」と呼ばれる職業データベースに準拠した。同データベースは、就業者を対象に、その職業に必要または重要となる、職務活動、人柄・個性、職務環境、知識、経験を調査したものである(注4)。詳細な説明はここでは割愛するが、主な項目は以下のとおりである。

● 職務活動:情報の収集や分析、渉外活動、機械操作など、業務を遂行する上で実施することが求められる行動で、41項目から成る。
● 人柄・個性:リーダーシップや忍耐力、協調性など、業務遂行に影響を与える個人の特性で、16項目から成る。
● 職務環境:職場の気温や照明、競争への重圧、さらされる責任の重さなど、業務の性質を表す物理的・社会的な要素で、57項目から成る。
● 知識:経営学、物理・化学、語学など、業務を遂行する上で必要となる知識分野で、33項目から成る。
● 経験:各職業で成果を上げるために必要とされる職務経験で、O*NETでは、要求される教育・訓練レベルと合わせ、5段階の指標で表される。

 本アンケート調査においても、O*NETの調査手法に倣い、現在職業に従事する就業者に対して、職務活動、人柄・個性、職務環境、知識、経験の5つの領域の各項目について、自身が従事する職業でどれだけ重要と感じているかについての調査を行った。O*NETの評価項目数は多いため、本アンケート調査ではO*NETの評価指標の全体的な構造を損なわない範囲で項目数を簡略化した(注5)。さらに、本アンケート調査独自の試みとして、職業特性の項目のうち重要度が高いと回答したものについて、高齢人材がどれだけ適しているか、その適応性や実力発揮の可能性に関する当該回答者の認識を尋ねた。

 また、高齢人材がその職業に従事した場合、全般的にどの程度のパフォーマンスを発揮することが期待できるかについても尋ねた。現役の就業者の考え・認識が、結局のところ、高齢人材の就業の可能性を考える上で重要と考えるからだ。

4. 調査結果から明らかとなった3つのミスマッチ

 本アンケート調査の分析の結果、以下のとおり、大きく3つの特徴ある結果が示された。
順にみていくこととする。

(1)高齢者の職務活動におけるミスマッチ

図表2 職務活動における重要度と高齢人材の適応力への評価

(注1)全回答者の回答を集計(N=6,488)。
(注2)「職務活動の重要度」は、アンケート2次調査Q13における回答総数に対する、「決定的に重要である」および「かなり重要である」とした回答数の割合として算出したものである。
(注3)「高齢人材の適応力評価」は、アンケート2次調査Q15における各職務活動項目の回答数に対する、「十分に果たすことができる」とした回答数の割合として算出したものである。
(注4)図中の職務活動の各項目名は略称である(詳細はアンケート調査票参照)。
(データ出所)アンケート調査結果に基づき筆者作成。

 図表2は職務活動(12項目)における各項目の重要性の評価(横軸)と、その活動を65~74歳の高齢者が果たすことができるかどうかの評価(縦軸)を集計したものである(N=6,488名)。このうち、高齢者が十分に果たすことのできる特性として比較的高く評価されたのは、「協力・交渉」、「指導・教育」、「外国語」、「管理運営」といった職務活動である。他方で、評価が低かった活動は、「肉体的負荷のかかる作業」、「プログラミング」、「アイディアの創出」となる。

 また、職務を行う上での重要性については、「情報収集」、「情報分析」、「協力・交渉」の評価が相対的に高かった。

 これらのデータを見れば、「協力・交渉」(組織の内外の人と協力や交渉をすること)が、最も高齢者への評価が高く、職務上も重要であることがわかる。もし、高齢者の適性が就業に生かされているとすれば、「協力・交渉」の重要度が高い職業では、高齢者の就業比率が高まるはずである。

図表3 高齢者評価の高い職務活動「協力・交渉」の重要度と高齢就業者の構成比(職業別)

(注1)「職務活動の重要度」は、アンケート2次調査Q13における回答数に対する「決定的に重要である」および「かなり重要である」とした回答数の割合を各職業について算出したものである。
(注2)点線は、各職業の回答者数により重み付けを行った上で算出した直線近似を示す。
(データ出所)職務活動の重要性(横軸)はアンケート調査結果、各職業の65歳以上の構成比(縦軸)は総務省「労働力調査」(2015年度)に基づき筆者作成。

 しかし現実には、図表3にあるように、管理的職業を除くと「協力・交渉」の重要性が高い職業(横軸)ほど高齢就業者の比率(縦軸)は小さくなることが明らかになった。つまり、高齢者が有する「協力・交渉」の特性は、生かされていないことがわかる。

 

図表4 高齢者評価の低い職務活動「肉体的負荷」の重要性と高齢就業者の構成比(職業別)

(注1)「職務活動の重要度」は、アンケート2次調査Q13における回答数に対する「決定的に重要である」および「かなり重要である」とした回答数の割合を各職業について算出したものである。
(注2)点線は、各職業の回答者数により重み付けを行った上で算出した直線近似を示す。
(データ出所)職務活動の重要性(横軸)はアンケート調査結果、各職業の65歳以上の構成比(縦軸)は総務省「労働力調査」(2015年度)に基づき筆者作成。

 一方、高齢者への評価が最も低い結果となった「肉体的負荷のかかる作業」についてはどうか。高齢者の適性が反映されているのであれば、肉体的負荷のかかる作業が重要な職務活動となるほど、高齢就業者の比率は低くなるはずである。ところが、図表4にみられるとおり、現実には逆の傾向を示しており、肉体的負荷のかかる作業に高齢者が相対的に多く就業していることがわかる。


 以上の2つの職務活動項目について言えば、高齢者への評価と就業の状況はいわば逆の関係にある。つまり、高齢者への評価が高い職務活動を重視する職業ほど高齢者の雇用機会は少なく、高齢者への評価が低い職務活動が重視される職業ほど高齢者の雇用機会は多い傾向にあることが確認された。これが1つ目のミスマッチである。

 次に職業別にみてみよう。ここでは、特定の職業(日本標準職業分類大分類)について、12項目の職務活動の重要度と、その活動を果たすことへの高齢者に対する期待を比較する。

 

図表5 農林漁業従事者における職務活動の重要度と高齢者の適応力への評価

(注1)農林漁業従事者の回答を集計(N=112)。
(注2)「職務活動の重要度」は、アンケート2次調査Q13における回答数に対する「決定的に重要である」および「かなり重要である」とした回答数の割合を農林漁業従事者について算出したものである。
(注3)「高齢人材の適応力評価」は、アンケート2次調査Q15における各職務活動項目の回答数に対する、「十分に果たすことができる」とした回答数の割合を農林漁業従事者について算出したものである。
(注4)図中の職務活動の各項目名は略称である(詳細はアンケート調査票参照)。
(データ出所)アンケート調査結果に基づき筆者作成。

 まず、就業者に占める高齢者の比率が最も高い農林漁業を取り上げる。図表5にあるとおり、重要だと思われる職務活動(横軸)ほど、高齢者が十分に果たすことが期待できないとする傾向(縦軸)が強くなっている。つまり、この職業は、高齢者には総じて活躍が難しい職業といえる。しかし、統計上は就業者に占める高齢者の割合は高く、当該職業の就業人口に占める65歳以上割合は47.3%を占める(2015年労働力調査)(注6)

 

図表6 管理的職業従事者における職務活動の重要度と高齢者の適応力への評価

(注1)管理的職業従事者の回答を集計(N=969)。
(注2)「職務活動の重要度」は、アンケート2次調査Q13における回答数に対する「決定的に重要である」および「かなり重要である」とした回答数の割合を管理的職業従事者について算出したものである。
(注3)「高齢人材の適応力評価」は、アンケート2次調査Q15における各職務活動項目の回答数に対する、「十分に果たすことができる」とした回答数の割合を管理的職業従事者について算出したものである。
(注4)図中の職務活動の各項目名は略称である(詳細はアンケート調査票参照)。
(データ出所)アンケート調査結果に基づき筆者作成。

 次いで、同じく高齢者の比率が高い管理的職業従事者(図表6)はどうか。管理的職業に従事するにはある程度の職務経験が求められるため、高齢者の構成比率は他の職業に比べて高くなる(就業人口に占める65歳以上割合27.8%:2015年労働力調査)。管理的職業ではおおむね、高齢者が適性をもつと評価される「協力・交渉」の重要性が高く評価され、他方、高齢者の適性が低く評価された「肉体的負荷のかかる作業」の重要性は低く評価されており、前述の農林漁業従事者に比べれば重視する職務活動と高齢者の適性とがより対応している。しかし、「外国語」、「管理運営」、「指導・教育」のように、高齢者の適性が評価されつつも、必ずしも重要性が高く評価されていない職務活動項目もみられる。もっとも、これらの項目について、他の職業と比較して最も重要視している職業は管理的職業である。つまり、高齢者に対する評価が高い職務活動に対して重要性を最も高く評価しているという観点から、管理的職業は、他の職業よりも高齢者の適性が生かせる職業であると言えよう。

 ところで、「外国語」、「管理運営」、「指導・教育」の3項目については、管理的職業以外の職業での重要性の評価は低く、「決定的に重要」または「かなり重要」と回答した割合は全職業平均でそれぞれ6.9%、12.2%、16.2%であった(図表2参照)。このことから、管理的職業を除く職業では、これら3項目の長所を生かせる就業機会は限定的であることは事実だろう。高齢者にとっては、「宝の持ち腐れ」ともいえる状況である。このような「宝の持ち腐れ」の状態を高齢者自身がどう自覚し対処するか、そして、雇用環境として何が改善できるかという問題も問われる(注7)

 以上から、あらためて本アンケート調査における職務活動に関する全体的な傾向を整理すると、高齢者への評価が高い職務活動(「協力・交渉」など)は、その重要性が高い職業ほど、高齢就業者の比率は低かった(ただし、管理的職業を除く。)。対照的に、高齢者への評価の低い職務活動(「肉体的負荷のかかる運動」など)は、その重要度が高い職業ほど、高齢就業者の比率は高くなる傾向にあった(ただし、管理的職業を除く。)。全体的に高齢者の就業は「得意」に偏るよりも「不得意」に偏っているというミスマッチの存在が、本アンケート調査の分析から確認された。

(2)高齢者の個性・人柄および職務環境におけるミスマッチ

図表7 人柄・個性における重要度と高齢人材の適応力への評価

(注1)全回答者の回答を集計(N=6,488)。
(注2)「人柄・個性の重要度」は、アンケート2次調査Q16における回答総数に対する、「決定的に重要である」および「かなり重要である」とした回答数の割合として算出したものである。
(注3)「高齢人材の適応力評価」は、アンケート2次調査Q18における各人柄・個性項目の回答数に対する、「65~75歳の人のほうが適している」および「年齢による差はない」とした回答数の割合として算出したものである。
(データ出所)アンケート調査結果に基づき筆者作成。

 次に、高齢者の個性・人柄および職務環境についてみてみよう。全般的に、高齢者の個性・人柄、そして職務環境など仕事上の重要な項目に関しては、高齢人材(65~75歳)は、40歳と比較して大きく劣ることはなく一定の適性があると評価されていた。

 図表7は、仕事における人格・個性の特性項目の重要性(横軸)と、高齢人材の適性評価(縦軸)の関係を示している。どの項目でもおおよそ6~7割の回答者が「高齢者の方が適する」、ないし、「年齢で変わらない」と判断している。そして、重要性が高いと評価された項目(責任感・倫理観・協調性・落ち着き)ほど、高齢者の適合性も高い評価となっている。

 

図表8 高齢者評価の高い人柄・個性「協調性」と「責任感」の重要度(職業別)

(注)各人柄・個性項目の重要度は、アンケート2次調査Q16における回答数に対する「決定的に重要である」および「かなり重要である」とした回答数の割合を各職業について算出したものである。
(データ出所)アンケート調査結果に基づき筆者作成。

 高齢者に対する評価が高い「協調性」、「責任感」の2つの項目をそれぞれ縦軸、横軸におき、職業別の関係をみると、図表8のように、現に高齢者比率の高い「管理的職業従事者」のほかにも、「サービス職業従事者」、「専門的・技術的職業従事者」、「販売従事者」なども高齢者の人格や個性が適合している職業であることがわかる。しかしながら、「専門的・技術的職業従事者」と「販売従事者」については、活躍する高齢者の比率は、全職業の平均を下回っている。(就業人口に占める65歳以上割合は、全職業平均が11.5%、「管理的職業従事者」が27.8%、「サービス職業従事者」が13.5%、「専門的・技術的職業従事者」が6.1%、「販売従事者」が9.4%:2015年労働力調査)。高齢人材にとっては、人格や個性といった適性の発揮の場が限られているといえる。

図表9 職務環境における重要度と高齢人材の適応力への評価

(注1)全回答者の回答を集計(N=6,488)。
(注2)「職務環境の適合度」は、アンケート2次調査Q19 における回答総数に対する、「非常に当てはまる」および「当てはまる」とした回答数の割合として算出したものである。
(注3)「高齢人材の適応力評価」は、アンケート2次調査Q20における各職務環境項目の回答数に対する、「65~74歳の人の方がうまく適合できる」および「年齢による差は無い」とした回答数の割合として算出したものである。
(注4)図中の職務環境の各項目名は略称である(詳細はアンケート調査票参照)。
(データ出所)アンケート調査結果に基づき筆者作成。

 図表9は、職務環境の各特性項目についてその適合度(横軸)と、その職務環境に対する高齢人材の適応性に関する評価(縦軸)との関係を示している。クレームやトラブルの処理(図表9中「トラブル対応」)、他者の安全への責任(同「安全責任」)、共同作業や調整など多くの環境特性に関して、おおむね7割以上の回答者が、「高齢者が適応できる」と評価している。特に、裁量の大きい環境(同「裁量大きい」)と、マニュアルにのっとって仕事をすることが重要となる環境(同「マニュアル」)という、2つの対極にある職務環境で、ともに高齢者の適応性が高く評価されている点は、注目すべきだろう。

 一方で、「ケガの危険」や「肉体的負荷の強い環境」、「屋外作業や寒暖の差がある環境」に関しては高齢者の適応力への評価は低い。しかし、これらの環境が当てはまると回答した人は、全体の2割程度に過ぎず、通常の業務を行う上では大きな問題とはなりづらい。

図表10 高齢者評価の低い職務環境「ケガの危険」の適合度と高齢就業者の構成比(職業別)

(注1)「職務環境の適合度」は、アンケート2次調査Q19における回答数に対する「非常に当てはまる」および「当てはまる」とした回答数の割合を各職業について算出したものである。
(注2)点線は、各職業の回答者数により重み付けを行った上で算出した直線近似を示す。
(データ出所)職務環境の適合度(横軸)はアンケート調査結果、各職業の65歳以上の構成比(縦軸)は総務省「労働力調査」(2015年度)に基づき筆者作成。


 では、どのような職業でより多くそのような環境にさらされるのだろうか。ここでは、ケガの危険の伴う環境に着目する。図表10は、職業ごとに、ケガの危険の伴う職務環境が当てはまると回答した者の比率(横軸)と、65歳以上の就業者の比率(縦軸)との関係を示している。けがの危険を伴う職業ほど、高齢者の比率が高まっている様子が見て取れる。

 図表9で見てきた通り、高齢者の適応性の評価が低い職務環境は少なかった。そして、そのような職務環境に当てはまると回答した比率も少なかった。しかし、その一部の高齢者の適応が難しいとされる環境項目に着目して分析してみると、図表10の例のように、その環境が当てはまる職業ほど高齢者の就業比率は高いというミスマッチが際立っている。

 以上から、全体的な傾向を整理しよう。まず、回答者である壮年・中年層は、高齢者について職務に必要な人格や個性については就業上の支障はなく、また、職務環境への適応能力も高く評価しており、これらの観点からは就業が十分可能とみていることが明らかとなった。しかし、多くの職業で高齢者の就業は低調であり、高齢者の適応が難しい職務環境ほど、高齢者就業は多いという結果が得られた。これが2つ目のミスマッチといえるだろう。

(3)高齢者の経験・知識の蓄積とその重要性に対する評価のミスマッチ

 3つ目のミスマッチは、経験や知識が全般的にみて軽視されており、年齢に伴い蓄積される高齢者の優位性が評価されにくいことだ。

 経験や知識は、基本的に獲得するためには長い年月を要するものであり、年齢を重ねるにしたがってその蓄積量は相対的に増加するものと考えられる。また、認知心理学では、こうした過去の学習や経験によって形成された知識や判断力、習慣による問題解決に関係する能力は「結晶性知能」と呼ばれており、70歳以降も衰えにくいということが知られている(植田ら(2007))。つまり、経験や知識が要求される職業は、高齢者が優位性を発揮できる可能性が高い職業といえる。では、本アンケート調査では、この経験や知識に対して、回答者はどのような反応を示したのか、以下で見てみよう。

 まず、経験について、各職業において、「通常の業務をこなすにあたっての経験の要不要」を尋ねた結果を図表11にまとめた。全体では32.3%が「経験は問わない」と回答し、全般的に業務遂行において経験はそれほど重視されていない傾向が見受けられる。特に、高齢者の就業比率が高い「運搬・清掃・包装」および「農林漁業」では、その職業従事者の半数以上が「経験は問わない」と回答し、実際に多くの高齢者が就業している職業では「これまでの経験」が必要とはされていないことが見て取れる。

 一方で、「同じ職業の経験が必要」とする回答者が半数を超える結果となった経験が重視される職業は、「管理的職業」、「専門的技術的職業」、「建設・採掘」であるが、このうち高齢者の就業比率が高いのは「管理的職業」のみであり、「専門的技術的職業」に関しては、全職業の平均的な高齢者比率を大きく下回っている(就業人口に占める65歳以上割合は、全職業平均が11.5%、「管理的職業」が27.8%、「専門的・技術的職業」が6.1%、「建設・採掘」が11.7%:2015年労働力調査)。

図表11 業務をこなすための経験の要不要(職業別)

(注)全回答者の回答を集計(N=6,488)
(データ出所)アンケート調査結果に基づき筆者作成。

 高齢者が就業を希望する場合、「これまでの経験を生かして働きたい」という意向が強い(注8)。しかし、本アンケート調査の回答者の反応からは、全般的に経験の有無を重視しておらず、経験を要すると評価されている職業へは高齢者の就業機会は限られていることが明らかとなった。

図表12 専門知識の要不要と高齢者の就業比率の関係(職業別)

(注1)全回答者の回答を集計(N=6,488)
(注2)点線は、各職業の回答者数により重み付けを行った上で算出した直線近似を示す。
(データ出所)専門知識は不要とした回答比率(横軸)はアンケート調査結果、各職業の65歳以上の比率(縦軸)は総務省「労働力調査」(2015年度)に基づき筆者作成。

 次に職業で必要とされる専門知識について見てみよう。図表12は、職業別に、専門知識は不要と回答した者の比率(横軸)と65歳以上の就業者の比率(縦軸)を示したものである。右に行くほど専門知識が不要と評価された職業となるが、「管理的職業」を除き、高齢者の就業比率が高い職業ほど、専門知識が必要とされていないことがわかる。

 経験や専門知識というのは、一般には就業年数とともに蓄積されるものであり、年齢は不利になるどころか、逆に有利に作用する要素のはずである。にも関わらず、高齢者の経験や知識を生かす場は限られており、現に多くの高齢者が就業している職業では経験や知識は不要とされていることが明らかとなった。これが、3つ目のミスマッチである。

 また、そもそもの問題として、日本の壮年層・中年層は、経験や知識をあまり重視していないという点も指摘できよう。これは、米国の同様の調査と比較すると極めて顕著に表れる傾向だ。本稿のコラム(本ページ下部)にある通り、米国人の就業者に対する調査では、業務で必要とされる専門知識について、「かなり重要」または「決定的に重要」であると判断されている知識分野は、どの職業をみても、少なくとも平均して3つ以上ある。一方で日本の就業者の約3分の1は自身の職業において、専門知識は不要である、と回答している。経験に関しても、O*NETデータに基づけば、「業務関係の技能や知識、職務経験を就業前に有していることは必要ではない」とされている職業は942職業中46職業しかなく、ほとんどの職業で何らかの職務経験または当該職業に関連した教育・訓練を受けていることが求められている。その一方、日本の就業者の3分の1を超える回答者が、自身の職業において「経験は問わない」と回答している。

 このように専門知識や経験を軽視する(またはその重要性を意識しない)ことは、高齢者の有する潜在的価値を認識できなくなるばかりでなく、現在職を得ている現役世代の長期的なキャリアプランをも難しくするものとなりかねない。労働市場における自分の有する経験や専門知識といった価値を認識できないために、自らを過小評価してしまうことにつながってしまう恐れがある。労働の流動性を阻害する1つの要因とも考えられよう。

図表13 専門知識の要不要と職務活動「情報収集」の重要度の関係(職業別)

(注1)全回答者の回答を集計(N=6,488)
(注2)「『仕事で必要な情報を継続して収集すること』の重要度」は、アンケート2次調査Q13の当該項目における回答数に対する「決定的に重要である」および「かなり重要である」とした回答数の割合を各職業について算出したものである。
(データ出所)アンケート調査結果に基づき筆者作成。

 ところで、「知識」に関連が深い職業特性のうち高齢者への評価に影響を与えうるものとしてもう1つ考慮すべき要素が、職務活動における「情報収集」である。図表13は、「(職務活動として)情報収集が重要」と回答した者の比率(横軸)と「専門知識は不要」と回答した者の比率(縦軸)の関係を、職業別に示したものである。専門知識が不要と回答している職業(縦軸上方)ほど、情報収集が重要と回答する比率は低下しており、専門知識の重要性と情報収集活動の重要性が非常に近い関係にあることが見て取れる。

 一口に情報収集と言ってもその活動内容は、経験や専門知識を土台としてさらに知見を積み上げていくもの(例えば法律の知識を基に法律改正事項を理解する等)もあれば、全く新しい分野の情報を入手することを求められる場合もある。前者はいわゆる結晶性知能が働く職務活動であり、前述したとおり高齢人材も能力を発揮しやすい活動であると考えられる。一方、後者の活動は、認知心理学では流動性知能として知られる能力が働く職務活動である。流動性知能は、新しい場面への適応が要求される問題解決と関連が深い能力とされており、加齢に伴う身体の衰えと同じように、年齢が上がるにつれ衰えるとされている(植田ら(2007))(注9)

 本アンケート調査の結果では、この「情報収集」に対し、高齢者が適応できるとした回答者は全体で38.7%にとどまる。この活動における高齢人材に対する評価の低さが、経験と知識が必要とされる「専門的・技術的職業」のような職業で、高齢者の就業比率が低くとどまる一因となっている可能性は否定できない。そして、この評価は、本アンケート回答者が想定した情報収集活動として、経験や専門知識を土台とするものよりも、新しい分野の情報を入手することをより強く求めていることの表れである可能性もある。仮にこれが正しいとすれば、高齢人材側には、流動性知能の低下を予防し、新しい分野の情報を収集する活動で高い評価を得られるように努力することが求められるだろう。また、高齢人材を活用する側においても、高齢人材に対して割り振る業務は、全く新しい分野の情報ではなく、経験や専門知識を土台とした情報収集を中心にするなどの工夫をすることで、より高齢人材の能力を活用することが可能となるだろう。正しく高齢人材の特性を捉えれば、より高齢人材の能力を生かせる可能性が高まるのである。

5. 結論

 以上で見たとおり、高齢者就業を巡っては、高齢者の特性と現在の就業の実態の間に3つのミスマッチが存在することが、本アンケート調査から明らかになった。
 
 1つ目は職務活動のミスマッチである。現在の高齢者は、力を発揮することができる職務活動を重視する職業で多く就業しているわけではなく、むしろ、高齢者には不向きとされる職務活動を重視する職業に多く従事している。これは、高齢者の就業が、得意なことよりも不得意な職務活動に偏っている傾向があることを意味する。

 2つ目は職務環境および人柄・個性のミスマッチである。高齢者の職務環境への適応能力は、基本的には高く評価され、また、職務に必要な人格や個性についても就業上の支障はないと評価されている。しかしながら、ここでも、高齢者の就業は、その特性を生かしたものとなっておらず、むしろ高齢者の適応が難しいとされる職務環境となっている職業での就業が多いという実態があった。

 3つ目は、働いている人自身が、自らの職業における経験や専門知識の重要性への認識・評価が総じて低く、年齢に伴う経験や知識の蓄積が全体的に軽視される傾向にあるというミスマッチである。これは高齢者の特性というよりも経験や知識への認識の問題であるが、現実として、現在の高齢者の就業は、高齢者が優位性を発揮しやすい経験や専門知識を生かすことを意図したものにはなっていない。

 これらの3つのミスマッチが解消に向かえば、現状の高齢人材の就業のあり方も大きく変わり、社会を支える労働力としての期待も高まるのではないだろうか。高齢者も、よりいきいきとした働き方を実現することができるだろう。なお、職業活動および職務環境や人柄・個性のミスマッチについては、本稿の分析結果をもって、「高齢者とはこういう存在」と決めつけ判断することは問題の解決につながらない。本アンケート調査の結果は、あくまで壮年世代・中年世代の就業者が抱く高齢者に対する評価の平均像をまとめたものである。これに対して現実の高齢者は、過去の経歴等により、得意とする職務活動、職務環境そして人柄や個性には多様性がある。個々の高齢者がそれぞれ異なる特性を保持することを認識し、その特性に合わせて、多様な形態・多様な選択肢が提供されることが重要であることはいうまでもない。

 しかし、現状では、高齢人材が従前の職場での管理的職業を続けるか、あるいは、知識・経験が必要なく肉体的負荷の強い職業に就業をするか、という二者択一的となっているのは問題であろう。もちろん、高齢人材「だからこそ」働ける(力を発揮できる)職業は必ずしも多くないだろう。しかし、高齢人材が相対的に優れている特性ないしは若年層との差が少ない特性を生かせる就業を実現することが必要である。

 それにしても、なぜ高齢者が不利となる職業で高齢者がより多く働いているのだろうか。考え得る1つには、労働市場での高齢者に対する需要が、きつい汚い危険などの理由により不人気であるため若年代層への求人では賄えない人手不足の分野の労働、特に、新規の教育コストが不要の単純な労働に偏る傾向にあるためと推測される。例えば、高齢者比率の高い「農林漁業」や「運搬・清掃・包装等」の職業は、経験も専門知識も必要ないと評価されており、教育コストが低く参入障壁が低い職業であると考えられる。高齢者自身も、仕事への参入障壁が低いことから、職務への適性があるかに関わらず、これらの職業において、雇用条件面で折り合う傾向があるのではないだろうか。

 また、もう1つのミスマッチである経験や知識に関する認識については、就業者が自身の経験や専門知識の優位性を具体的に認識していないために、自身が有する価値をうまく売り込めていないのはないかとも想起される。米国就業者の約8割が何らかの専門知識を重視している一方で、36.3%もの日本の就業者が「特定の専門知識は必要ない」と回答する状況は極めて残念な職業意識といえよう。おそらく、転職活動でもしない限り、自らの業務面での知識や経験を具体的に意識し、自己を売り込むための自己評価活動を行うことが、日本では比較的希薄であるためであろう。一方、OECDの国際成人力調査(PIAAC)(2013年:16~65歳対象)では、日本の「成人スキル(Adult Skills:読解力や数的思考力)」は、加盟国中第1位の水準にあると報告されており、客観的な指標では十分に高い能力を有している。自身の能力をそれほど卑下する必要はないだろう。今後は、PIAACと同様に、高齢者が有する能力についても客観的な評価ができる枠組みが必要と考えられる。

 これらの高齢人材の就業の「ミスマッチ」を根本から見直すためには、壮・中年層の世代から、自らの職能への意識を敏感にすることも大切である。「就社」して、あらゆる部署・業務を経験して、特段の職能や特定分野の知識を意識する必要のないまま定年を迎え、年金生活に入るという就業パターンは過去のものとなっている。自らの職業、業務の特性は何か、これまで築き上げてきた知識や経験の強みはどこにあるのか、高齢期にはどの様な経験を生かすのか、先々のキャリアプランを見据えた、一人ひとりの意識と能力の啓発がますます重要となる。

 就業者一人ひとりがそれら知識や経験を生かそうと意識することが、労働市場での働き方の多様性を高めることにもつながる。就業者が強い職業意識をもち、それを評価する仕組みがなければ、1度社を離れた人材は、専門知識がなくてもできる仕事・参入障壁の低い仕事に流れてしまう。人材の多くが参入障壁の低い仕事に流れれば、雇用する側も、そのような仕事を低い対価で提供することに甘んじる。一方、就業者が自らの職能をきちんと意識し発揮できれば、雇用する側も、その個々の生産性に見合った高い対価を提供することで、人材を確保しようとするだろう。そうすることによって、日本に年齢に関係なく活躍できる社会が到来する。そして、少子高齢化にある日本経済をより強固なものにするであろう。

コラム:日本と米国の職業意識の差ー日本は専門性への意識が低いー

 本アンケート調査の質問項目が米国の職業データベース“O*NET”の調査票を参考として作成されていることは本編で述べた通りであるが、その回答結果は、日米で異なる点が多かった。中でも特筆すべき点が、専門知識の重要性に対する意識である。本コラムでは、職業就業者の専門知識に対する意識の日米比較を行う。

 まず、米国の意識について確認しよう。米国O*NETでは、現役の職業従事者に対して、アンケート調査形式で、専門知識33分野の全てについて業務上の重要性を5段階で評価させている(注10)。集計結果は、100段階評価に換算され、公表されている。図表Aは各職業(細分類)の知識の重要性のスコアが75点(5段階評価で4ポイント)以上(注11)、および50点以上(5段階評価で3ポイント)以上(注12)となった知識分野の数をカウントし、米国の職業大分類別の平均を示したものであm201608_A.png その結果、「農林水産業従事者」、「清掃業従事者」、「生産工程従事者」(表中太字下線)を除いて、米国人の就業者は少なくとも1つ以上の専門知識について、「決定的に重要」と回答している。また、前述の3分類を含めて全職業で従事者は少なくとも3つ以上の専門知識について「かなり重要」と回答していることが分かる。

 日本の就業者に行った本アンケート調査では、回答者の負担を軽減するため、知識分野を取捨選択・統合し、22分野として調査した(注13)。1つ1つの知識分野に対して重要性の評価を行うことは求めず、業務上重要な知識分野3つを選択する方式を採った(注14)。また、「特定分野の専門知識は必要ない」という回答項目も設けた。図表Bは、各職業で重視される知識分野を回答の多かった順にまとめたものである。

m201608_B.png

 その結果、「事務従事者」「サービス職業従事者」「販売従事者」の4割以上、「生産工程従事者」の半数以上、そして、「保安職業従事者」「農林漁業従事者」「運搬・清掃・包装等従事者」の6割以上が「専門知識は不要」と回答した(表中の太字下線)。日本の就業者全体では、実に、6,488名中2,355人(36.3%)が「専門知識は不要」と回答しているのである。

 O*NETと本アンケート調査の調査方法・設問方法は異なり、また、日米では雇用の体系が異なるため、単純比較をすることは困難であるが、日本の就業者の専門知識に対する認識は、米国の就業者と比べて希薄であるということは間違いない傾向であろう。

参考文献

OECD(2013)「国際成人力調査(PIAAC)」
植田恵・佐藤美和子・長田久雄(2007)「第5章高齢者の心理3.知的側面の加齢変化-記憶・認知・知能の加齢変化-」
柴田博・長田久雄・杉沢秀博編『老年学概論―老いを理解する―』建帛社,pp.143-152.
総務省「就業構造基本調査」(2012年度)
総務省「労働力調査」(2015年度)
田原孝明・鎌倉哲史(2016)「中高年齢者の転職・再就職調査」『JILPT調査シリーズ』No.149 独立行政法人労働政策研究・研修機構
内閣府(2011)「高齢者の経済生活に関する意識調査」

伊藤由希子(いとう ゆきこ)

東京学芸大学人文社会科学系経済学分野准教授、NIRA総合研究開発機構客員研究員。東京大学経済学部卒。ブラウン大学博士(経済学)。東京経済大学経済学部専任講師を経て、2009年より現職。

西山裕也(にしやま ゆうや)

NIRA総合研究開発機構主任研究員。東京理科大学大学院機械工学専攻修了。バース大学経営学修士修了。運輸省(当時)、経済産業省、国土交通省、外務省等を経て、2012年より現職。

引用を行う際には、以下を参考に出典の明記をお願いいたします。​
(出典)伊藤由希子・西山裕也(2016)「職業特性と高齢者特性―現役世代への意識調査から見えてくるもの―」NIRAモノグラフシリーズNo.40


脚注
1 第29回日本老年学会総会における甲斐一郎理事長による声明に基づく。
2 これは、高齢人材に限らず、新卒人材、中途採用人材の就職・転職活動においても発生している問題である。
3 当該アンケート調査の結果の詳細については、付録「職業の特性と就業の可能性に対するアンケート調査」に詳しい。
4 さらに、就業者から収集した情報を元に、訓練を受けた職業評価の専門家により、各職業で要求される能力(52項目)やスキル(35項目)の評価が実施されている。
5 米国O*NETの職業評価指標のうち、知識、経験、職務活動、人柄・個性、職務環境については、就業者への質問紙調査によってデータ収集されている。またスキル、能力については、職業評価の専門家による評点となっている。本プロジェクトでは、O*NETの評価指標を、その特徴を損なわない範囲で簡略化した調査票を用いた。具体的には知識・経験22項目、職務活動12項目、人柄・個性10項目、職務環境10項目に集約した。
6 農林漁業従事者については、高齢になっても引退せずに働き続けるため高齢者比率が高いという側面もあるが、高齢期に新規に参入する就農者がいるのも事実である。就業構造基本調査に基づけば、2002年度の50-59歳の農林漁業従事者数は53.9万人であったが、2012年度の同じ世代である60-69歳は69.9万人と、約16万人増加している。
7 ただし、この分析結果は、必ずしもこれらの3項目が全く重視されていないことを意味するものではないだろう。この結果は、標本数の関係もあり本分析が大分類レベルで職業を比較・分析していることに起因する部分もあると考えられる。より詳細な職業分類でみれば異なる特徴が見えるだろう。例えば、事務従事者の中でも外国企業との交渉が必要な職業では「外国語」は最重要の職務活動の1つであろうし、「外国語」に適性を有する高齢者は力を発揮しやすいと考えられるが、それは今回の分析では見えてこない部分である。小分類や細分類の職業で分析すれば、これらの3項目を重視する具体的な職業が、より浮き彫りになるだろう。高齢者の長所を生かせる就業機会のさらなる拡大が期待できるようになる。今後、そのような小分類あるいは細分類での職業分析が可能となるような大規模な調査が行われることを期待したい。
8 内閣府「高齢者の経済生活に関する意識調査」(2011年)によると、65~74歳が「仕事を選ぶ際に最も重視すること」の選択肢(1つ選択)の中で「経験が生かせること」が最も多く回答の25.2%を占めている。
9 流動性知能は、30歳代から40歳代がピークとされている。
10 5段階の回答項目は、次の通りである。「1.重要ではない(no timportant)」(0)、「2.やや重要(somewhat important)」(25)、「3.重要(important)」(50)、「4.かなり重要(very important)」(75)、「5.決定的に重要(extremely important)」(100)。なお、()は100段階評価に換算した値である。
11 重要度75以上という回答が一定の分散の範囲で得られる場合のみ有効な統計として示される。たとえば、25%の回答者が「重要ではない」(0点)と回答し、残り75%の回答者が「決定的に重要」(100点)と回答しても、そのようなバラツキの大きい(分散の大きい)集計は、O*NETでは統計的に有効な数値が得られなかった(not available)として処理される。
12 同様に、回答にバラツキの大きい集計は除外される。たとえば、平均が「重要」(50点)以上であっても、49%の回答者が「重要ではない」(0点)と回答し、残り51%の回答者が「決定的に重要」(100点)と回答している場合、そのような分散の大きな集計は無効(not available)として処理される。
13 本アンケート調査では、米国O*NETにおける知識分野33項目を基本として、平均的に重要性の高いものを中心に類似の分野をまとめ、22項目に集約した。
14 アンケート回答者の回答負担を軽減するための措置である。

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