井堀利宏
東京大学大学院経済学研究科教授
佐藤格
国立社会保障・人口問題研究所研究員
高田創
みずほ証券執行役員/グローバルリサーチ本部チーフストラテジスト
森信茂樹
中央大学法科大学院教授
伊藤元重
NIRA理事長/東京大学大学院経済学研究科教授
下井直毅
NIRA客員研究員/多摩大学経営情報学部准教授
太田哲生
NIRA総括主任研究員

概要

 経済低迷の長期化や急速な高齢化等を背景として日本の財政状況は悪化の一途をたどっており、それが国債市場に及ぼす影響への懸念が高まっている。また、震災を契機として、財政問題がどのように変容していくのかを検討しておくことも重要である。本報告書では、これらの問題についての論点整理を行うとともに、次世代に健全な財政を引継ぐために必要となる財政再建のあるべき姿や進め方について政策提言を行った。

INDEX

エグゼクティブサマリー

総論

伊藤元重
NIRA理事長/東京大学大学院経済学研究科教授

 経済低迷の長期化や急速な高齢化等を背景として日本の財政状況は悪化の一途をたどっており、それが国債市場に及ぼす影響への懸念が高まっている。また、震災を契機として、財政問題がどのように変容していくのかを検討しておくことも重要である。本報告書では、これらの問題についての論点整理を行うとともに、次世代に健全な財政を引継ぐために必要となる財政再建のあるべき姿や進め方について政策提言を行った。

(1) 震災からの復興と財政再建の両立
 震災からの復興を最優先で行うため、巨額の財政資金の投入が必要となるが、これにより既に厳しい状況にある日本の財政への負荷はさらに重くなる。復興資金の捻出と財政再建を両立させるため、以下の三つの方向での検討を行うべきである。

 ①既存歳出の見直し復興のための資金という緊急性の高い財政支出を可能にするため、マニフェストを含む既存歳出を大幅に見直す。

 ②復興債の活用日本の復興に少しでも関わりたいという国民の意識の結集を図るため、できるだけ多くの国民が復興債に資金を出していく誘因を持てるような仕組みを工夫する。

 ③復興税の導入復興財源を捻出するための一時的な措置に止まらず、日本の長期的な税のあるべき姿につながるような復興税を導入する。このため、消費税率の引き上げや炭素税(あるいは電力税)の導入などを行い、復興税としての役割が終了した後は、社会保障目的の消費税や環境目的の環境税などにシフトさせていく。

(2)国債価格暴落のリスクについての評価
 債務残高が高水準にあるにも関わらず、国債市場が安定しているのは、低成長やデフレを背景として、家計や企業の余剰資金が金融機関等を経由して国債市場に流れ込んでいることによる。財政問題は政府の長期的な歳入歳出のバランスの問題であると同時に、短期中期のマクロ経済問題、金融市場の問題でもある。今後の国債市場の動向を見通す上では、以下のような点を注視していくことが必要である。

 ①世界的なインフレへの兆候新興国を中心とした経済の過熱や一次産品価格の高騰等を背景に、先進国においても物価上昇への懸念が生じている。世界的にインフレ的な動きが顕著となり長期金利が上昇した場合に、日本にどのような影響をもたらすかに留意する必要がある。

 ②震災が国債市場に与える影響震災復興のための財政支出の増加により、国債市場は新たな負荷を受けることになる。また、震災の影響による供給制約や復興需要の増加によりデフレ状況が解消されていけば、長期金利にも上昇圧力がかかる。金利は将来の物価上昇の予想を織り込んで物価よりも早いタイミングで上昇するであろうことから、財政に与える負荷も大きくなる可能性がある。

 ③政府による財政健全化の意志と能力これまで提起されてきた財政健全化策が景気低迷のたびに頓挫してきた歴史は、政治や国民の財政健全化への意志と能力が決して強いものでないことを示唆している。国債価格が暴落するような事態に陥る前に、政治が財政健全化を実現するための政策展開を決断し、それを国民が支持するかどうかが問われている。

(3)財政再建のあるべき姿、進め方
 日本の財政再建のために与えられた時間は非常に限られていることから、早急に財政再建の道筋を示し、市場の信頼を獲得していくことが重要である。その際、社会保障分野の改革と税制の見直しが鍵となるが、特に以下のような点を重視していくべきである。

 ①社会保障における公的関与の選択と集中少子高齢化が進む中で、税財源を活用した公助の機能を最大限に発揮するためには、社会保障制度の思い切った重点化が必要である。その上で、国民による自助や共助を最大限に活用し、民間の経済活動を動員するための政策支援を行うべきである。

 ②モラルハザードを防ぐための制度設計医療や介護において、公的な支援制度が過剰な受診やサービス利用等のモラルハザードを起こさないように制度設計を行うべきである。

 ③次世代に健全な財政を引継ぐ将来世代に過度なつけを残すことにならないよう、社会保障改革や税制改革を迅速に行い、現世代のうちにできるだけ健全な社会保障制度や財政基盤を確立するべきである。

第1章 国債問題に関する論点整理-国債暴落不安は狼少年か?

高田創   
みずほ証券執行役員/グローバルリサーチ本部チーフストラテジスト

 日本国債への不安、暴落説は過去10年以上にわたり語られてきたが、その割に国債市場は安定した状況が続いている。この背景には、1990年代後半以降のバランスシート調整やデフレの中で、中央銀行が量的緩和を行っても企業向けの貸出は減少し、金融機関における余剰資金が国債市場に向かったことがある。また、日本の財政赤字の規模は極めて大きいものの、経常収支の黒字が継続し、必要な財政資金を概ね国内で調達できることが、このような安定をもたらしたといえる。

 日本政府が大幅な債務超過状態にあるにも関わらず、金融機関が国債への投資を続けてきたのは、日本の租税負担率が国際水準と比して極めて低く、追加的に生じ得る収支改善能力を見込んでいることによる。しかし、実際に増税を実行できるかどうかについては不確実性が存在しているほか、国債残高が増加し、その消化能力の限度が市場に意識される中では、国債への不安を単純に「狼少年」として片づけることはできなくなってきている。

 このような中で国債の持続可能性を保つためには、「CCC」:Communication(市場との対話)、Creditability(中長期的再建の道筋を示す「国債版マニフェスト」)、Coordination(市場・政府・日銀の協調による「国債版三位一体」)を重視していくことが必要である。また、国債残高の調整は「国債暴落」のようなドラマによってではなく、成長シナリオによる償還原資の創出と財政再建によって着実に行っていくべきである。

第2章 失敗の歴史に何を学ぶのか-財政危機/破綻の主要事例と日本への教訓

太田哲生
NIRA総括主任研究員

 日本の財政状況が悪化の一途を辿る中で、危機管理的な観点から、万が一日本が財政危機/破綻に陥るとした場合の契機、影響、政策対応等について思考訓練を行うことには一定の意義がある。このため、内外における財政危機/破綻の主要事例の比較検討を通じて、日本への教訓を導き出すことを試みた。

 これによると、①日本の財政はこれらの事例と同様ないしそれ以上に歳出の膨張に対する歯止めを失っており、必要な改革が先送りされていること、②多くの事例において、経済や財政の持続可能性に対する市場の信認の喪失が危機発生の契機となっており、常にその維持・向上に努めることが重要であること、③国債保有が国内金融機関に集中している日本においては、財政危機/破綻は金融システム危機に波及するリスクが高く、金融機関のリスク管理の強化や国債保有の分散化を進める必要があること、④財政危機/破綻を通じた問題解決のコストは非常に高くつくことから、「秩序ある再建」を粘り強く続ける必要があること、⑤財政危機からの脱却の成否は国民の健全な危機意識と政治のリーダーシップのあり方如何にかかっていること、などが重要な教訓として挙げられる。

 これらの事例と現在の日本を単純には比較できないが、慢心すれば同様の失敗を犯す可能性は高い。これらの教訓を踏まえ、市場の圧力によってではなく、自律的に財政再建を進めていくことが重要である。

第3章 財政再建の進め方、考え方-シーリング設定と財政赤字課税

井堀利宏
東京大学大学院経済学研究科教授

 財政再建を進める上で効果的なシーリング設定のあり方を政治経済学の枠組みで検討するため、ハード予算制約とソフト予算制約の2つのケースを比較して、経済厚生に与える効果を分析した。これによると、ハードな予算制約にコミットした場合には、将来世代や財政再建に関心のある現在世代のみならず、関心のない現在世代にとっても有益になるケースがあり得る。他方、ソフトな予算制約の下で、関心のない個人等の数が多く、既得権獲得行動が非効率である場合には、既得権の増加により財政が大きく悪化することから、前者だけでなく後者にとってもマイナスとなり得る。これは、財政再建が成功するためにはシーリング設定のタイミングが重要であり、事前に設定したシーリングに極力コミットして、それを安易に見直さないことが重要であることを示唆している。

 さらに、財政再建を有効に進めるためには、財政赤字が拡大した場合、(一定期間後に)歳出削減や増税が実施されるという財政再建ルールを組み込むことも有益である。この下では、財政赤字の拡大に応じて課税等も増加することを経済主体が予測するので、既得権獲得行動が抑制されるほか、将来に負担を先送りすると増税圧力も大きくなるので、自発的に財政再建に協力する誘因が大きくなる。

 このように、財政再建プロセスを財政ルールで拘束することが重要であるが、これが有効に機能するかは、決定された縛りにどこまで政治家や有権者が従うかに依存する。将来世代に配慮した長期的な視点を重視する政策を実施できるかが問われている。

第4章 財政再建を成功させるための財政規律のあり方-諸外国の事例と日本への含意

下井直毅
NIRA客員研究員/多摩大学経営情報学部准教授

 民主主義の下では財政支出の拡大や減税といった財政赤字の拡大圧力がかかりやすいことから、財政再建に対する強いコミットメントが必要となる。このため欧米主要国は、予算編成過程に適切な財政規律を盛り込むことなどからなる予算制度改革を行ってきた。

 財政規律には「ルール」によるものと「裁量」によるものがあるが、1990年代においてはルール設定型の財政運営が主流となった。すなわち、「キャップ制」や「ペイアズユーゴー原則」のような財政ルールの導入が行われたほか、EU加盟国においてはマーストリヒト条約に基づき財政赤字や債務残高のGDP比に上限が設定され、財政健全化に大きな効果を発揮した。

 日本においても、1997年の財政構造改革法や2001年以降の「骨太の方針」により財政健全化目標が設定されたが、いずれも景気の急速な悪化により目標は撤回された。民主党政権により策定された「財政運営戦略」においても、基礎的財政収支の黒字化や政府債務残高GDP比の引下げといった財政健全化目標やペイゴー原則等の財政規律が明記されているが、それを実現するための具体策については十分に示されていない。望ましい財政規律の条件として、「目標の透明性」、「景気変動に対する柔軟性」、「実効性の確保」の3点が挙げられるが、同戦略については特に「実効性の確保」の面で抜本的な補強を図ることが必要と思われる。

第5章 社会保障・税一体改革の視点-年金改革は個人の自助努力支援と組み合わせて

森信茂樹
中央大学法科大学院教授

 社会保障・税一体改革を行う上では、社会保障の中身の拡充と財政再建という2つの課題の整合性をどう取るかが重要であり、社会保障制度の効率化を併せて進めていく必要がある。欧州諸国における年金制度改革は、公的年金の改革と併せて企業年金や個人年金といった私的年金の拡充・改革を行ってきており、わが国においてもこれらを参考に、個人の自助努力を前提とした新たな制度の導入を検討するべきである。

 具体的には、公的年金・企業年金を補完し、自助努力による老後の資産形成を支援するため、個人単位による年金積立金非課税制度(日本版IRA)を創設することを提言する。これは、国民が国や企業に依存せず、自助努力で資産形成を行うことを節度ある税制優遇措置により支援する制度であり、これにより公的年金・企業年金の不足分を補うとともに、企業倒産の影響やポータビリティに関わる問題の解消、企業間や世代内の不公平の解消等を図る効果が期待される。年金税制については、貯蓄に対する税制として簡潔・明瞭で、制度導入時に減税が生じないので財政負担が軽い等のメリットを有するTEE型(拠出時課税、運用時・給付時非課税)とするべきである。

 限られた公費を有効に活用するため、日本版IRAの導入などの私的年金制度を充実させることにより、国民負担増を軽減し、世代間の不公平を緩和することが必要である。

第6章 財政・社会保障改革に関するシミュレーション分析

佐藤格
国立社会保障・人口問題研究所研究員

 社会保障の中身の拡充と財政再建の整合性をどう取るかという問題を定量的に検証するため、マクロ計量モデルを用いたシミュレーションを行った。その際、現実的に実現可能な消費税率の引き上げ幅には一定の上限があることから、その範囲内(ここでは短期、中長期でそれぞれ10%、15%と仮定)で財政再建と最低保障年金の導入を行うための選択肢についても検証を行った。

 これによると、2020年度に国・地方政府の基礎的財政収支を均衡化し、さらに政府債務残高GDP比の水準を引き下げるという「財政運営戦略」の目標を達成するためには、2020年度にかけて消費税率をそれぞれ16%程度、22%程度にまで引き上げることが必要である。したがって、消費税率の上限の下で財政再建を行うためには、相当な規模での追加的収支改善努力が必要となる。

 同様に上限の範囲内での消費税率引き上げによる増収分を財源とする最低保障年金の給付水準について試算を行ったところ、所得に関係なく一律に給付した場合には、現行の基礎年金の給付額をかなり下回ることが示された。他方、最低保障年金に大規模なクローバックを導入するケースでは、満額支給対象者に対しては現行の基礎年金を上回る給付水準となり得ることが示された。

 このように現実的に実現可能と考えられる税負担の範囲内で財政再建や最低保障年金の導入を行うことはそれほど容易なことではなく、追加的な収支改善や給付の重点化を併せて行うことが必要である。

図表 国・地方政府の公債残高対GDP比の見通し

(注)マクロ計量モデルによるシミュレーション結果(第6章)の一部。

目次

総論 財政再建の道筋-震災を超えて次世代に健全な財政を引継ぐために-
伊藤元重

第1章 国債問題に関する論点整理-国債暴落不安は狼少年か?-
高田創

第2章 失敗の歴史に何を学ぶのか-財政危機/破綻の主要事例と日本への教訓-
太田哲生

第3章 財政再建の進め方、 考え方-シーリング設定と財政赤字課税-
井堀利宏

第4章 財政再建を成功させるための財政規律のあり方-諸外国の事例と日本への含意-
下井直毅

第5章 社会保障・税一体改革の視点-年金改革は個人の自助努力支援と組み合わせて-
森信茂樹

第6章 財政・社会保障改革に関するシミュレーション分析
佐藤格

図表

図表1-1 資金フロー概念図
図表1-2 バランスシート調整の段階プロセス
図表1-3 債務処理における負担の段階と処理原資の概念図
図表1-4 各国のISバランスの状況
図表1-5 日本のISバランス長期推移(対GDP比)
図表1-6 税負担率を上げた場合の国のバランスシートの変化
図表1-7 個人の金融資産と公債残高の推移
図表1-8 市場が抱く暗黙の3信認
図表1-9 国債管理政策の10の課題
図表2-1 世界各国の政府債務残高GDP比の長期的推移
図表2-2 財政危機/破綻を伴う主要な経済危機の事例(第二次世界大戦以降)
図表2-3 危機前後の主要経済指標の動き(終戦後の日本)
図表2-4 危機前後の主要経済指標の動き(ロシア)
図表2-5 危機前後の主要経済指標の動き(アルゼンチン)
図表2-6 危機前後の主要経済指標の動き(イギリス)
図表2-7 危機前後の主要経済指標の動き(スウェーデン)
図表2-8 危機前後の主要経済指標の動き(イタリア)
図表2-9 危機前後の主要経済指標の動き(欧州PIIGS諸国とドイツ)
図表2-10a 主要な財政危機/破綻事例の比較①
図表2-10b 主要な財政危機/破綻事例の比較②
図表2-11 財政危機、金融システム危機、通貨危機の間での相互作用
図表4-1 一般政府の歳出・歳入の対GDP比率の推移
図表4-2 概算要求基準(シーリング)の推移(1961~1998年度)
図表4-3 「財政運営戦略」の概要
図表4-4 主要先進国における主な財政規律
図表4-5 アメリカの財政状況(1985年-2010年、対GDP比)
図表4-6 イギリスの財政状況(1985年-2010年、対GDP比)
図表4-7 ドイツの財政状況(1991年-2010年、対GDP比)
図表4-8 フランスの財政状況(1985年-2010年、対GDP比)
図表4-9 イタリアの財政状況(1988年-2010年、対GDP比)
図表5-1 わが国の年金制度の概要
図表5-2 IRA型とRothIRA型の税引き後手取り額比較
図表5-3 先進国の年金税制比較
図表5-4 日本版IRA導入のイメージ図
図表5-5 各国の高齢者世帯の所得に占める私的年金の割合
図表6-1 ケース設定
図表6-2 名目GDP成長率と利子率の推移(基準ケース)
図表6-3 プライマリーバランス(中央政府+地方政府)対名目GDP比(%)
図表6-4 公債残高対名目GDP比(%)
図表6-5 消費税率(%)
図表6-6a 1人当たり基礎年金(最低保障年金)給付月額
図表6-6b 1人当たり基礎年金(最低保障年金)給付月額
図表6-7 各ケースにおける国民負担率の比較(%)
図表6-8 OECD主要国の国民負担率(2007年、%)
図表6-9 モデルの概要図
図表6-10a ケース設定2a
図表6-10b ケース設定2b

研究体制

<委員>(五十音順)
井堀利宏 東京大学大学院経済学研究科教授
佐藤格  国立社会保障・人口問題研究所研究員
高田創  みずほ証券執行役員/グローバルリサーチ本部チーフストラテジスト
森信茂樹 中央大学法科大学院教授

<NIRA>
伊藤元重 理事長/東京大学大学院経済学研究科教授
下井直毅 客員研究員/多摩大学経営情報学部准教授
太田哲生 総括主任研究員
神野真敏 主任研究員

引用を行う際には、以下を参考に出典の明記をお願いいたします。
(出典)井堀利宏・佐藤格・高田創・森信茂樹・伊藤元重・下井直毅・太田哲生(2011)「財政再建の道筋-震災を超えて次世代に健全な財政を引継ぐために」総合研究開発機構

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