金丸恭文
NIRA総合研究開発機構会長/フューチャー株式会社代表取締役会長兼社長グループCEO
柳川範之
NIRA総合研究開発機構理事 /東京大学教授

概要

 SNSの発達により、人々の声を直接聞けるようになった。しかし、人々の関心は断片化され、わずかな時間に入手した情報に影響されている。NIRAフォーラム2023「テーマ4:SNS時代の政策決定メカニズム」では、こうしたネット環境が世論形成に及ぼす影響、伝統的なメディアの役割、そして人々の声を適切に政治に届ける方策について、討論を行った。
 SNS上の意見は社会の意見から大きく乖離し、人権侵害や虚偽情報による制脳的な事態が懸念される。日本の社会の「空気」を乗っ取られないようにすることが重要だ。虚偽情報に対抗するには、様々な公的情報がオープンで常に検証可能な形になっていることが不可欠であり、省庁を横断する統計機構の整備を進め、統計データの充実を図ることも必要だ。一方、伝統的なメディアは、刺激的な単純化した記事で読者を集めようとしてさらに信頼を失うという悪循環になっている。個人の嗜好によらず、知っておくべき情報を、正確に、またタイムリーに伝え、国民のリテラシーの向上や政策立案に貢献できるよう、ビジネスモデルを変えていくことが求められよう。
 人々の声を政策に反映するには、データに基づき、きめの細かい国民像を描くことが肝要である。市場や検索データなど様々な情報を活用して、サイレントマジョリティを含めた人々の声を吸い上げ、政策に反映する。そのためには、政策決定のプロセスを理解し、人々の問題意識を官僚や政治家に咀嚼可能な形で伝える「ソーシャルセクター」の充実が不可欠である。

INDEX

NIRAフォーラム2023「テーマ4:SNS時代の政策決定メカニズム」参加者


・安宅和人 慶應義塾大学教授
・井伊雅子 一橋大学教授
・岡野寿彦 NTTデータ経営研究所主任研究員
・金丸恭文 NIRA総研会⾧/フューチャー代表取締役会⾧兼社⾧
・大林 尚 日本経済新聞社編集委員
・須賀千鶴 経済産業省商務情報政策局情報経済課⾧
・瀬尾 傑 スローニュース代表取締役社⾧
・瀧 俊雄 マネーフォワード執行役員CoPA Fintech研究所⾧
・中空麻奈 BNPバリパ證券グローバルマーケット統括本部副会⾧
・林いづみ  桜坂法律事務所パートナー弁護士
・林 和弘 文部科学省科学技術・学術政策研究所データ解析政策研究室⾧
・柳川範之 NIRA総研理事/東京大学教授
・山口真一 国際大学准教授
・山路達也 ビンワード代表取締役
・山本英生 NTTデータ金融イノベーション本部ビジネスデザイン室イノベーションリーダーシップ統括部⾧
(敬称略・五十音順)

 SNS(ソーシャル・ネットワーキング・サービス)の発達により、伝統的なニュースメディアに接する機会が減少している。ソーシャルメディアのコンテンツに接する機会は増えたが、人々の関心は断片化され、注意をひくわずかな時間に入手した情報に影響されることになる。


 こうしたネット環境の中で、世論形成はどのような影響を受けるのか。また、人々の声を適切に政策決定に生かすには、メディアをどのように活用していくことが望ましいのか。


 NIRAフォーラム2023「テーマ4:SNS時代の政策決定メカニズム」では、SNSにおけるバイアスやフェイクニュースへの対応、伝統的なメディアの役割、そして人々の声を政治に届ける方策について、討論が行われた(注1)

実際の社会と大きな乖離があるSNS上の意見

 国際大学准教授の山口真一氏が提起したのは、SNSにおけるバイアスの問題だ。データ分析を基に、次のような問題があることに言及し、SNS上の意見を世論と捉えることの危険性を指摘した。

 SNSでは言いたいことのある人だけが発言するため、意見分布に大きな偏りが出る(図1)。さらに、皆の関心が高いテーマほどSNS上の意見は偏る傾向がある。また、SNSでは一部の人間の声が大きくなりやすい。議論が盛り上がっているように見える話題でも、ごく一部の人たちの投稿に過ぎないケースが多い。

図1 憲法改正に関する社会の意見分布とSNS上の投稿回数分布

(出所)山口真一(2022)『ソーシャルメディア解体全書』(勁草書房)、25頁。

 SNSの問題としてエコーチェンバー(自分と似た意見だけに接することで視野が狭くなる現象)やフィルターバブル(利用者の意見に近い情報が優先的に表示され、他の情報が目に入らなくなる現象)が指摘されるが、利用者と考えの異なるニュースをランダムに表示するとそれらの記事も読まれて、意見が穏健化するという研究結果も出ている(Ro'ee, 2021(注2)。つまり、SNSのアルゴリズムが人々の意見に最も強く影響していることが示唆される。

 こうした状況において、政策に人々の声を反映するためには、積極的な世論調査など多様な手段を用いる必要があるだろう。また、オープンなSNSだけでなく、専門家の視点を入れて建設的な議論が行えるフォーラムのような場を作るべきではないだろうか。

「制脳権」を巡る知能化戦争が始まっている

 慶應義塾大学教授の安宅和人氏は、膨大な量の虚偽情報が、安全保障上の脅威にもなってきていることを指摘する。

 最近ではAIによる虚偽情報の生成という厄介な問題が起こっている。ディープフェイク(AIによって生成された虚偽の画像)技術によって、存在しない人物によるスピーチ映像が作られてSNSで爆発的に拡散されるといったことも行われるようになってきた。また、AIによるチャットサービスは、もっともらしい情報を次々に生成する。AIによる虚偽情報は、安全保障の面からすでに大きな問題となっている。虚偽情報は拡散させやすく、他国で行われる選挙への介入にも使われる。かつての戦争は物理レイヤーで行われていたが、それがサイバーレイヤーに及び、次には人の心のレイヤーにまで及ぼうとしている。このような状況は、「制脳権を巡る知能化戦争」とも表現される。虚偽情報の蔓延、インフォデミックに対抗するためには、ファクトチェックが不可欠だ。ジャーナリズムも、こうした制脳的な動向を監視する必要があるだろう。虚偽情報によって我々の社会は混乱しやすくなっており、それはもはやSNS上だけに限った問題ではない。特に日本は論理やファクトよりも、社会の「空気」が大きな意味を持つ。この「空気」を誰かに乗っ取られないようにすることが重要だ。

信頼性をいかにして高めるか

 セッション参加者からは、ネットなどにおける情報の信頼性をどう高めるかについて意見が出された。

 スローニュース代表取締役社長の瀬尾傑氏は、フェイクニュースに対抗するには政府の信頼が不可欠だとする。例えば、厚労省の調査でも政府を信頼しているほど、新型コロナのワクチンを接種する傾向があった。公的データや公文書が常にオープンで国民から検証できるようになっていないと、陰謀論を押さえ込むことはできない。

 公的な統計データの不足を指摘するのは、一橋大学教授の井伊雅子氏だ。総務省に統計局はあっても、省庁を横断する「統計省」がない。日本の統計機構は分散されている。また、NTTデータ金融イノベーション本部ビジネスデザイン室イノベーションリーダーシップ統括部長の山本英生氏は、金融機関向けのビジネス構築を行っている立場から公的データの問題点を指摘する。金融機関はさまざまな官公庁に対して報告書を出す必要があるが、官公庁によって必要な内容やフォーマットが異なるため、データの整合性がとれず、無駄な作業が生じているという。結果として政府も欲しいデータを欲しいタイミングで入手できずにいる。政府も民間の視点に立ってデータの一元化を進める必要があると要望した。

 桜坂法律事務所パートナー弁護士の林いづみ氏が言及したのは、表現の自由と人権のバランスだ。表現の自由に偏重してしまうと、それが別の人の人権を侵すことにもなりえる。国家などによる暗黙的な検閲は避けなければならないが、現在の野放し状態は放置しておくべきではないとする。BNPバリパ證券グローバルマーケット統括本部副会長の中空麻奈氏は、ネット炎上等の行為が匿名性によって増幅されている面があるのではないかと懸念を表明した。

転換を迫られる既存ジャーナリズム

 瀬尾氏は、ジャーナリズムの現状について説明を行った。世界的に見てもSNSが政治に与える影響は大きくなっている。ウクライナ紛争でも武器のひとつになっているように、戦争の行く末をSNSが決めるといっても過言ではない。その一方、既存マスメディア、特に新聞は格段に影響力を落としている。10年後になれば現在の50代は引退し、40代以下はほとんど新聞を読まなくなるのは確実だ。一般人からの信頼性も揺らいでいる。「ジャーナリストが権力を監視している」と考えている一般人は、日本では13%に過ぎない(ちなみに、新聞記者の90%は「ジャーナリストが権力を監視している」と考えている)。新聞はビジネスの体力が下落したためきちんとした調査報道に取り組みにくく、ITやAIなどテクノロジーや科学の専門分野についてもきちんとした取材を行ったり、データに基づいた記事を書いたりする人材が不足している。そして、刺激的で単純化した記事で読者の注目を集めようとしてさらに信頼性を失うという悪循環になっている。

 こうした状況を変えていくのは容易なことではない。刺激的な見出しでPVを増やして広告収益を増やすビジネスモデルを変えていかなければならないし、ユーザー側のリテラシーを高める努力も必要だろう。また、専門分野についてアカデミズムや産業分野の人材を取り込んでいくことも重要だ。

国民像をアップデートする

 筆者の1人である柳川は、政府はデータに基づいてきめの細かい国民像を描くべきだと考えを述べた。

 かつてマクロ経済に関するデータと言えば、1人当たりのGDPくらいで、経済政策もそれに基づいて作るしか方法はなかった。実際には存在しない「平均の人」を仮定し、それを国民と呼んでいたのだ。だが、技術革新によってより細かいデータを取得できるようになり、得たデータを平均化するのではなく、元の分布状態のまま処理できるようになった。今後は、政策を立案する際に、まずきめの細かい国民像を描くことが求められる。そのためには、きちんとしたデータをどう取得するのか、統計をどう整備するのかということが課題になってくる。

 また、テクノロジーによって、人々の声を直接聞けるようになったことも大きな変化だ。以前であれば、政府に声を届けられる国民は「少し声の大きい人」に限られており、そうした発言力を持った人々の代表がメディアであった。だが、今では例えばクラウドファンディングのように大勢の人々から少額の寄付を集めて大きな声にすることも可能になってきた。

 その一方、現状のSNSにはバイアスやファイクニュースが入ってくる。自らは積極的に発信しないサイレントマジョリティの声を吸い上げ、政策に反映できる仕組みが必要とされている。

既存メディアの利点と、NHKのあり方

 林いづみ氏は、今やSNSのトレンドは、日本のテレビ番組の方向性を左右して情報拡散されていることを指摘した。SNSには直接触れていない高齢者も一日中テレビをつけっぱなしにしていることで、SNS発のバイアス意見・虚偽情報に洗脳されるようになってきている。

 一方、既存メディアに新しい役割を期待する声も聞かれた。NTTデータ経営研究所主任研究員の岡野寿彦氏は、若年層もウケ狙いの記事に踊らされるばかりではなく、信頼できるニュースソースを積極的に求めている印象があるという。また、中空氏は、新聞の強みとしてユーザー自身の嗜好に合わない情報についても見出しだけは目に入ってくることを挙げた。ユーザー自身は選択していないが、知っておくべき情報をユーザーにどう伝えるか。これは、現在のSNSが抱える課題解決のヒントになるかもしれない。

 日本経済新聞社編集委員の大林尚氏は、Financial Timesの買収を契機として、編集局内にデジタルファーストの意識が浸透したと述べた。掴んだニュースやニュースに即して発信すべきオピニオンは朝夕刊の〆切りを待たず、日経電子版に掲載するなど、デジタルファーストへの転換を進め、政策立案についても新聞が意義ある役割を果たせるのではないかと述べた。

 重要な既存メディアとして参加者の話題に上ったのがNHKだ。瀬尾氏は、NHK対民放という構図で考えるのではなく、民放の地方局がNHKのリソースを使うなど、NHKが公共の多様性にどう貢献していくかという観点で議論を行うべきだと提言する。文部科学省科学技術・学術政策研究所データ解析政策研究室⾧の林和弘氏は、NHK番組制作への市民参加の意義を強調する。双方向性や即時性、新しいメディアへの対応を活かした番組・科学プログラムの制作によって、専門性を持った市民から自発的な科学コミュニティが生まれる可能性に期待を示した。こうした市民参加の仕組みは、国民のデータリテラシー向上にも繋がってくる。

政府と人々の間にあるギャップを埋める

 経済産業省商務情報政策局情報経済課長の須賀千鶴氏は、政策立案者と国民の間にあるギャップを埋める仕組みが必要だと指摘する。

 意外かもしれないが、政治家も官僚も人々の声を聞けるものなら聞きたいと本気で思っている。しかし現実には、一般的な人々の問題意識と政策形成の間には、大きなギャップが横たわっている。このギャップを解消するための重要キーワードの1つが「ソーシャルセクター」である。これは人々が感じている問題意識をうまく汲み上げてまとめ、官僚や政治家に咀嚼可能な形で提案してくれる人や組織を指す。これまで日本では、こうしたソーシャルセクターの層が薄かったが、最近では希望も見えてきた。官公庁を辞めた優秀な若手官僚たちがソーシャルセクター的な役割を担うようになってきている。彼らは政策立案の経験者なので、どうすれば法案を通せるかも理解している。こうしたソーシャルセクターと政府がうまく連携することができれば、人々の幅広い問題意識を政策に活かしやすくなるだろう。

政策決定の場にいる当事者をどうやって支援するか

 筆者の1人である金丸は、政策決定のプロセスを理解した上で、その当事者達をどう支援するのかが重要になると説いた。

 現在の日本は、法改正がなかなかできないがゆえに、「変わらない国」になってしまっている。では、この法改正はどのようなプロセスで進められるのかといえば、与党である自民党の中でほとんど決まることになる。まず党内部会の議論である「平場」が開かれるわけだが、これらの場では必ずしも多数決で物事が決まるというわけではない。分野ごとの平場では、議員たちが意見をとことん述べ合い、最後は部会長が「一任ください」といって、議論をまとめて物事を進めていく。反対意見が多少あったとしても、幹部クラスが物言いを付けなければ、(3年生議員がなることの多い)部会長の判断で政策を推進できるということだ。手法の是非はともかく、これが日本における法改正決定のプロセスとなっている。

 我々が自分たちの声を政治に届けたいというのであれば、こうしたプロセスを理解した上で、平場に立つ議員たちを支援する方法を考えていく必要がある。そのためにも、クオリティの高いエビデンスやデータを用意したり、異分野の専門家が交流する場を設けるなどをして、議員に声を届けるようにするべきだろう。

サイレントマジョリティを可視化する仕組みが必要

 SNSでは極端な意見が表出しやすい傾向があるが、実際のところ、大多数の国民は中庸な意見を持っている。それでは、積極的な発言を行わない「サイレントマジョリティ」の意見はどうやって汲み上げればよいのだろうか。

 マネーフォワード執行役員の瀧俊雄氏は、「市場」の活用を提案する。例えば年金問題についていえば、所得代替率(年金受給時点での年金額と、現役世代の手取り収入額の比率)の先物を上場し、国民が将来的な年金の水準を予測して売買できるようにする。また、日本国債のCDS(破綻リスクを売買する金融商品)を上場すれば、それは日本経済の将来について国民がどう考えているかということの現れでもある。中空氏は、市場活用の可能性を評価しつつ、日本におけるサイレントマジョリティの問題点は自ら積極的に動かないことではないかと指摘した。

 安宅氏は、ビッグデータレポートを手がけてきた経験からサーチ履歴データに注目する。サーチ履歴にはSNS上の投稿などよりもはるかに各人の本音が現れるため、有効活用を考えるべきだという。

 林和弘氏は、シチズンサイエンス(市民参加型の科学研究)の取り組みを応用できないかと提案する。科学者と市民の対話において、ゲーミフィケーションなどによってリテラシーを点数化して向上させるといったことも行われる。そうした仕組みをソーシャルセクターの活性化に活用しようというのだ。

 日本の有権者、特に若年層が選挙に行かないことはさまざまなメディアで指摘されている。瀬尾氏は、選挙制度にもPDCAサイクルが必要ではないかという。国民の間で選挙制度について議論をし、有権者が達成感を得られる仕組みに変えていく。それによって国民の政治参加意識が高まり、政策決定のプロセスを健全化していくことが期待される。

今後の取組み

 セッションのテーマは「SNS時代の〜」だが、既存メディアは依然として高齢者層に強い影響力を持っている。データに基づいた報道の重要性は言うまでもないが、それはネット上だけで実現すればよいというものではない。既存メディアの改革にも繋げていくという視点が求められる。

 国民の声を政治に届けるという観点からは、日本にはソーシャルセクターが圧倒的に不足しているのが非常に大きな問題である。人々の声をキュレーションし、データに基づいてまとめ上げて、政治にインプットを行う役割が不可欠だ。この点については、今後NIRAとしてもソーシャルセクターとしてできることを考えていかなければならない。

 もう1つ考えなければならないのが、政策決定の場に声を届けるための現実的な戦略である。法改正を行うためには多大なコストがかかる上、政策が決定されるプロセスも国民からは見えづらい。「どんな」政策提案を行うかだけでなく、「どのように」提案するかということについても、科学的な視点を持って進めていかなければならない。

金丸恭文(かねまる やすふみ)

NIRA総合研究開発機構会⾧。フューチャー株式会社代表取締役会⾧兼社⾧グループCEO。規制改革推進会議、未来投資会議、成⾧戦略会議など、公職を歴任。

柳川範之(やながわ のりゆき)

NIRA総合研究開発機構理事。東京大学大学院経済学研究科教授。博士(経済学)(東京大学)。専門は契約理論、金融契約。経済財政諮問会議議員。

引用を行う際には、以下を参考に出典の明記をお願いいたします。
(出典)NIRA総合研究開発機構(2023)「SNS時代の政策決定メカニズムー世論形成におけるソーシャルセクターの役割ー」NIRAオピニオンペーパーNo.68

脚注
1 NIRAフォーラム2023「テーマ4:SNS時代の政策決定メカニズム」は2023年2月4日に赤坂インターシティコンファレンスにて開催された。
2 Ro'ee, L.2021. Social Media, News Consumption, and Polarization: Evidence from a Field Experiment. American Economic Review, 1113, 831-70.

ⓒ公益財団法人NIRA総合研究開発機構

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