谷口将紀
NIRA総合研究開発機構理事長/東京大学教授

概要

 NIRA総研が2023年2月4日に開催したNIRAフォーラム2023では、テーマ1として「熟議民主主義」について議論した。考え方に大きな世代間格差が存在する少子化政策について合意に達するには、人びとの間での熟議が不可欠である。どうすれば熟議を経た政策決定の仕組みができるか。
 1つは、新しい視点からの「アジェンダ設定」である。例えば、子育て支援では「人口減少」に直結する問題を設定し、従来の「現世代内」の問題設定でなく、「将来世代も視野に入れた」設定に変化させることが重要である。アジェンダ設定能力を持つ代表的なアクターとしてメディアがあるが、そこでの人材の成熟も不可欠である。
 もう1つは、「熟議プラットフォーム」の再構築であり、IT技術の寄与も期待される。兵庫県加古川市では、インターネットプラットフォームを活用した熟議の実践例がある。このような熟議は、国全体レベルの政策課題の場合には難しい面もあるが、地方自治体主導での熟議が国政レベルの議論につながる可能性もある。
 他方、政治が安定的で政権交代がほぼ起きず、行政が現場から得られる生きた情報を政治にぶつける力が弱まっているといった現状の日本の統治システム自体が、熟議による政策決定を阻んでいる懸念もある。

INDEX

NIRAフォーラム2023「テーマ1:熟議民主主義」参加者


・秋山咲恵  サキコーポレーションファウンダー
・上田健介  上智大学教授
・大西祥世  立命館大学教授
・奥村裕一  オープンガバナンスネットワーク代表理事
・嶋田博子  京都大学教授
・芹川洋一  NIRA総研研究評価委員/日本経済新聞社論説フェロー
・曽我部真裕 京都大学教授
・高安健将  成蹊大学教授
・多田 功  加古川市役所企画部政策企画課スマートシティ推進担当課⾧(当時)
・谷口将紀  NIRA総研理事⾧/東京大学教授
・田村哲樹  名古屋大学教授
・野中尚人  学習院大学教授
・古田大輔  ジャーナリスト/メディアコラボ代表取締役
・三神万里子 ジャーナリスト
・山崎史郎  内閣官房参与兼内閣官房全世代型社会保障構築本部総括事務局⾧
(敬称略・五十音順)

 近年、政治参加を求める市民の声が世界的に高まっている。様々な社会問題に対する健全な世論を形成するには、人びとが互いに意見を交わすことが期待される。NIRAフォーラム2023「テーマ1:熟議民主主義」では、人びとによる熟議の成果を、議会を通じて公式な意思決定の場につなげ、政策に反映させるための仕組みづくり、ひいては新しい民主政治の在り方について議論した(注1)

新たな視点からの「アジェンダ設定」と「熟議プラットフォーム」の再構築

 社会保障政策の目的は、個人の生活上にあるリスクに対して、連帯し支えることである。その最大の問題は「お金を出す人たちが、本当に納得して出してくれるのか」ということだが、人びとが負担することを納得した上で合意し、連帯しているようには見えない。特に子育てや少子化政策に対しては、考え方に大きな世代間格差が存在する。合意に達するには、人びとの間での熟議が不可欠だ。どうすれば熟議を経た政策決定の仕組みができるかを考えなければならない。

 介護保険制度、子育て支援といった社会保障政策に携わってきた内閣官房参与兼内閣官房全世代型社会保障構築本部総括事務局長を務める山崎史郎氏はこのように問題を提起した。山崎氏は、自らの経験に基づき、介護と子育てという社会保障政策における2つの事例を取り上げる。

 介護保険制度の整備は、様々なステークホルダーが複線的、つまり様々な場所で政策に関する熟議を重ね、国民的合意に至ったいわば「成功例」である。そもそも介護保険の背景にある高齢化問題は、「遡上型世代間問題」であり、誰しも将来老いて経験することが予想できる、アジェンダ設定がしやすい問題である(注2)。それゆえ、人びとは当事者意識を持ちやすく、「共感」、「責任感」、「使命感」といった意識が醸成された。

 一方で、子育て支援は、「下降型世代間問題」であり、男性や企業は「無関心」であることも珍しくない。子育てを終えた世代にとっては、子育てに従事した時代背景が異なることから、「共感」、「責任感」、「使命感」が醸成されにくい。このため、世論は盛り上がりに欠け、熟議がなされず、人びとの考えが上手く集約されなかった。少子化は人口減少に直結し、日本の根幹を揺るがす深刻な問題だが、対策について国民間の合意がなされず、状況は一向に改善しないというジレンマに陥っている。

 この例を踏まえ、山崎氏は以下のように提唱する。

 政策決定の仕組みにいま求められているのは、新たな視点からの「アジェンダ設定」と「熟議プラットフォーム」の再構築であり、これらをどう行うかを考えなければならない。

 「アジェンダ設定」については、子育て支援では、あえて「人口減少」に直結する問題を設定する。たとえば、労働力・消費者人口の減少や社会保障の持続性にアジェンダを設定することで、従来の「現世代内」での問題設定でなく、「将来世代も視野に入れた」設定に変化させることが重要である(図1)。

図1 「熟議」に基づく政策決定につなげる方策案

(出所)山崎氏作成資料よりNIRA総研が抜粋、編集

 「熟議プラットフォーム」の再構築については、業界代表が集まる審議会や、政党・政治家の選挙向け政策、また個人の意見を発信するSNS等といった既存のプラットフォームを脱して、識者による長期視点、経済界・労働界の集合、世代間、男女共同参画、地方創生といったプラットフォームを複数設けて、様々な問題点を洗い出し、議論を重ねるべきである。

人びとが社会問題について「共通認識」「当事者意識」を持つために

 山崎氏のプレゼンテーションを受けて、サキコーポレーションファウンダーの秋山咲恵氏は関係者間で問題意識を共有する過程の重要性を指摘する。

 経営者の視点からも、熟議について、人びとが議論に参加しその上で決まったことである、という認識が持てることは長所である。しかし、熟議のプロセスは時間的な効率も考慮しなければならず、明確なアジェンダ設定とファシリテーターの存在が不可欠である。さらに、人びとに、議論の前提となる、様々な問題についての共通認識を持たせなければならない。

 この「人びとの共通認識」について、参加者から様々な意見が寄せられた。オープンガバナンスネットワーク代表理事の奥村裕一氏は、山崎氏と秋山氏の発言の共通項は、「当事者意識をいかに芽生えさせるか」という問題であると解釈する。奥村氏自身は、政策形成のプロセスへの参加に加えて、人びとに政策サービスの実行の一部を少しでも担うことによる傍観者ではないコミュニティ参加意識の醸成も政策の建設的な改善や見直しにつながり長期的な成功に重要だと指摘する。

 ジャーナリストの三神万里子氏は、当事者意識を喚起する例として、若年層が自らより上の世代に現状を訴えかけた事例を紹介する。ある企業で20代の社員が役員を説得する際に、「これを通さないとあなたたちの企業年金を払えません」というような発言で、高齢世代にも危機感を持たせたという。さらに、共通認識の醸成のためにはデータによる可視化が重要であることを説く。

 ジャーナリスト・メディアコラボ代表取締役の古田大輔氏は、NIRA総研の熟議・熟考型調査モデレーターの経験を踏まえ、世代間で様々な問題に対する当事者意識の違いがあるのは当然のこととして、客観的な統計データの提供による共通認識の形成が重要だと指摘する。

アジェンダ設定に必要なメディア、団体、人材の成熟を

 人びとが社会問題について考える際には、適切なアジェンダが設定、提示されていることが望ましい。そのアジェンダの設定能力を持つ代表的なアクターとしてメディアがある。議論の中では、メディアへの期待と懸念が指摘された。

 秋山氏は、少子化問題に対する共通認識を形成する上では、多様性・ダイバーシティといった考え方を持つことが重要だが、近年のSNSを含めた多様化するメディアの広がりは、人びとが自らの関心事項にしか目を向けない状況を生み出し、共通認識を形成する上でマイナス要素になりうることを懸念する。また、古田氏は、メディアのアジェンダ設定の影響力を認めながらも、子育てをしながら編集長などの高いポジションを務めているメディア業界者が多い諸外国と比較して、そのような人の少ない日本の現状を考えると、日本のメディアのアジェンダ設定能力には疑問があると述べる。

 熟議におけるアジェンダ設定には、大きな影響を持つことが期待されるアクターであるメディアや自治体、NPO団体の人材の成熟が不可欠である。様々な分野で活躍する、比較的若い人材を登用し、決定権を与えることが鍵となることを古田氏は示唆する。

参加型⺠主主義プラットフォームを活用した兵庫県加古川市の実践例と期待

 「熟議プラットフォーム」の再構築には、IT技術の寄与も期待される。オンラインプラットフォームを用いた熟議を経て、人びとの意見形成を行った取り組みは、地方レベルでユニークな実践例がある。

 兵庫県加古川市では、参加型⺠主主義プラットフォーム「Decidim」を導入し、政策形成過程に活用している。加古川市役所企画部政策企画課スマートシティ推進担当課長の多田功氏は、Decidimを用いることで、自治体における様々なトピックについて、オンライン上で人びとが意見を出し合うことができると指摘する。例えば、加古川市では、市内での刑法犯認知件数を減少させ、安全・安心のまちづくりを実現することを目的に、「見守りカメラ」を市民との合意形成のもと街中に取り付け、さらに今後、AIを活用した高度化見守りカメラの設置が検討されている。これらのトピックスについて、Decidim経由で意見を募集する。Decidimでの意見募集は、単純に個人が意見を述べるのみのパブリックコメントのようなものとは違い、意⾒に対するフィードバックコメントも可能である。さらに、加古川市ではDecidimを中心としたオンラインでの議論と、対面でのオフラインでの議論を融合させる取り組みを相互連携して行うことで、政策実現に結び付けている。

 Decidimのような、インターネットプラットフォームの活用と対面イベントを融合させた熟議の取り組みには、様々な効果が期待できる。

 名古屋大学教授の田村哲樹氏は、政策形成に積極的に携わることの難しい若年層を取り込む方法として有効だろうと期待を示す。加えて、人びとにはそれぞれの考え方があり、1つの意見に合意するということは、自分の意見を「手放す」ことが必要になる場合もあると強調する。その点を考慮すると、熟議によって、人びとが自身の考えを練り直すのに、Decidimのような相互にフィードバックの可能なプラットフォームに期待できるという。

 さらに田村氏は、山崎氏の「複線型熟議プラットフォーム」にも関連して、熟議が行われる場は1つでなく、分業的に様々なところで重ねられるという点からも、オンラインでの議論と、対面でのオフラインでの議論を融合させる取り組みは評価できると述べる。

図2 Decidimについて

(出所)多田氏作成資料よりNIRA総研が抜粋、編集

参加型⺠主主義プラットフォームのバージョンアップを

 インターネットプラットフォームを用いた熟議は、期待が大きい一方で、懸念も存在する。

 NIRA総研研究評価委員で日本経済新聞社論説フェローの芹川洋一氏は、プラットフォームを用いた熟議は地方レベルであれば容易であるが、社会保障制度など国全体レベルの政策課題の場合には難しいのではないかと指摘する。さらに、現在、Decidimのようなプラットフォームで論じられるトピックは、地方自治体レベルの身の回りで起きている争点であり、市民の参加ハードルも低い。また、意見が分かれやすい争点についてはどのようにチャレンジするのかといった問題があることを京都大学教授の曽我部真裕氏は示す。

 学習院大学教授の野中尚人氏は、加古川市のように人びとにとって身近な政策の賛否ではなく、制度体系といった抽象度の高い話や、様々なステークホルダーが存在する複雑な構造を持つ公共財について熟議を経た意思決定する際には、決定するまでにどのようなプロセスがあるのが望ましいか、熟議のプロセス自体を考える必要があることを指摘する。

 他方で、上智大学教授の上田健介氏は、地方自治体主導で身近な政策に関する熟議を進めることが、やがて国政レベルの議論につながる可能性を挙げる。地方自治体レベルで人びとが熟議を行う際に共有される情報、形成される共通認識が、それぞれの自治体の枠を超えて情報提供されるようになれば、やがてその輪が広がり、国政レベルまで届くことも期待できるのではないかと述べる。

 加古川市で実践を重ねる多田氏は、現場でのアジェンダ設定は難しく、また、熟議への参加者の不満がゼロというわけではないと前置きした上で、それでも、オンライン、オフラインを問わず人びとが同じ土俵で語り合い、立場を超えて共通認識を深める重要性を強調する。こうした仕組みをオープン化することで利益誘導なども見えやすく、それらを正しやすいことにも言及した。

統治システムの再考を

 良質な知恵が出てそれを政治が実行するという過程に至るには、合理的な政策案について知恵を出し合う立案段階も含めた政策決定において熟議のプロセスが必要であると、山崎氏は強調する。しかし、現状の日本の統治システム自体が、熟議による政策決定を阻んでいる可能性も懸念される。熟議が政策決定の仕組みに取り入れられるには、日本の統治システム自体の問題を避けては通れない。

 この点に関して、芹川氏は、日本では政治が不安定な時ほど、改革が進んだという事実があると指摘する。過去を振り返ると、消費税導入後の2回の引き上げや、社会保障と税の一体改革は、政権が危うい状況の時に実現している。この発言を受けて野中氏は、現状は政権交代がほぼ起きず、野党の力が弱いと現行制度の見直しが進みにくいことを強調する。閣議を見ても、大臣のレベルでの熟議がそもそも十分になされていない。このような状況で、人びとが熟議を行うプロセスを国レベルの政策決定に取り入れることは難しく、日本の統治システム自体の見直しが必要であると指摘する。

 また、奥村氏は、三権分立の民主主義の中で政策の実施を担う行政の立ち位置を認識して、熟議を含めて、行政が行う政策企画も政策実施の現場から得られる生きた情報を行政がきちんと吸い上げ、政治にぶつける力が弱まっている可能性に言及し、政治と行政の良い意味での緊張関係が構築されることが望まれると述べた。

熟議の仕組みを民主主義に取り入れる

 様々な社会問題に対処するには、人びとの合意の上での政策形成が必要である。そのためには、人びとが現状を認識し、様々な立場や考え方があることを理解した上で議論を重ね、着地点を探る「熟議」を経た政策形成が求められる。

 熟議を政策形成に取り入れるには、適切なアジェンダ設定とそれを担うアクターの育成、人びとの共通認識と当事者意識の醸成、複線型そしてIT技術を活用したプラットフォームの導入、議論の対象が地方か国かというレベルやリソースの問題といったあらゆる点を考慮しなければならない。さらに日本の統治システムにも熟議を阻む要因があり、変えてゆく必要がある。民主主義における熟議の重要性については認識が広がっている。数少ない地方での実践例にとどまらない、様々なアクターが連携した「複線型」の取り組みが期待される。

谷口将紀(たにぐち まさき)

NIRA総研理事長。東京大学大学院法学政治学研究科教授。博士(法学)(東京大学)。専門は政治学、現代日本政治論。

引用を行う際には、以下を参考に出典の明記をお願いいたします。
(出典)NIRA総合研究開発機構(2023)「少子化政策に関する合意形成は可能かー参加型⺠主主義プラットフォームの構築ー」NIRAオピニオンペーパーNo.69

脚注
1 NIRAフォーラム2023「テーマ1:熟議民主主義」は2023年2月4日に赤坂インターシティコンファレンスにて開催された。
2 世代間の問題や互恵性は、下の世代が上の世代を支援するために負担するという「遡上型」と、上の世代が下の世代を支援するために負担するという「下降型」に分類することができる。(参考文献:『哲学と経済学から解く世代間問題―経済実験に基づく考察』(廣光俊昭、日本評論社2022年)

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