大久保敏弘
NIRA総合研究開発機構上席研究員/慶應義塾大学経済学部教授
井上敦
NIRA総合研究開発機構研究コーディネーター・研究員
関島梢恵
NIRA総合研究開発機構研究コーディネーター・研究員

概要

 2020年初頭から新型コロナウイルス感染症が蔓延し、社会のデジタル化が急速に進んだ。コロナ禍を契機に加速するデジタル化の波に乗りきれるかは、日本経済の明暗を左右するのは間違いない。また、国際経済・グローバリゼーションの観点からは、テレワークを活用することで、ホワイトカラー労働者が国際競争の波に晒されるようになる。
 こうした認識に立ち、NIRA総研と慶應義塾大学経済学部大久保敏弘研究室は、「テレワークに関する就業者実態調査」を過去6回にわたって共同で実施し、データ分析を行った。その結果、テレワークで仕事効率を上げるためには、職場とICTでつながるだけでは不十分であることがわかった。評価基準や業務分担を明確にし、仕事に集中できる空間を確保しなければならない。またテレワークの利用機会は、職業はタスクを調整しても、企業規模や地域の差が残る。これらの均等を図るには、労働者のICTスキルを高めるとともに、企業組織や地方のデジタル環境、テレワークを可能とする就業制度の整備が必要である。さらに、テレワークは感染症対策として機能する可能性が高く、テレワークの活用で人流がある程度は緩和されたことも推察された。

INDEX

ポイント

感染症対策としての機能するテレワーク
 東京圏における人流変化とテレワーク利用の関係を分析すると、第1回目の緊急事態宣言の時期に都心の平日昼間の滞在人口が大きく減少する一方、都内の他のエリアでは滞在人口が増加した。つまり、テレワークの活用で通常は通勤者で密集するビジネスエリアの人流がある程度は緩和されたことが推察できた。さらなる研究の蓄積は期待されるものの、テレワークは今後も公衆衛生上の対策の1つとして有力視されるだろう。

テレワークの仕事効率向上に不可欠な仕事、働き方の刷新
 コロナ禍でのテレワークと仕事効率の関係を分析した研究では、テレワークで仕事効率が低下したとする結果が多くを占める。効率の変化をプラス面とマイナス面にわけて分析すると、仕事効率の低下には、仕事の裁量が少ない、リモートからオフィスにアクセスができないことが関係していた。一方、仕事効率の上昇には、評価基準や業務分担が明確であること、静かな部屋で仕事により集中できることが影響する。単に働く場所をリモートに移し、ICTでオフィスとつながるだけでは仕事効率の向上は期待できない。既存の仕事や働き方をアレンジするとともに、快適な仕事部屋を確保してテレワークのメリットを享受しやすい状態に変える必要がある。

テレワークの利用機会の均等に必要な ICTスキル向上、デジタル環境整備
 コロナ禍では、職場や職種、所得などによってテレワークの利用状況が大きく異なり、テレワークの利用機会の均等の課題が表面化した。例えば、男女間では、女性のテレワーク利用率は低い。その要因を分析すると、これは、職業やタスクが男女間で異なるためであり、性別以外の要因を考慮すると、女性の方がテレワークの利用率は高くなる。ここから、テレワークは女性にとって労働参加の重要なツールになることが伺える。また、1回目の緊急事態宣言時には、非正規労働者は正規労働者と比較して、テレワーク利用が進んでいなかったが、その後、20219月時点では両者の差は認められなかった。他方、個人のICTスキル、大企業と中小企業、大都市圏と地方の間では、職業はタスクを調整してもテレワーク利用率に差がみられ、労働者のICTスキルや、企業組織や地方のデジタル環境、就業環境整備の改善が、テレワークの利用機会の均等につながることがわかった。

日本経済の5つの課題
 テレワークを有効活用するには、日本経済の課題に政府が取り組むことが求められる。
 第1に個人のデジタルスキルの向上だ。デジタルスキルの蓄積は、企業組織単位ではなく、個人レベルで行われることが望ましい。個人への支援を通じて、社会全体のレベルアップを目指すべきである。第2に、再教育や労働調整の問題だ。日進月歩の科学技術に対応するためには、インセンティブを確保した再教育が必要である。第3に、雇用環境の整備だ。テレワークで有能な外国人頭脳労働者を取り込んだり、日本に居ながらにして海外でも仕事ができる雇用環境の整備が求められる。第4に、職場と居住、都市と地方を結ぶためのインフラ整備だ。デジタルインフラを日本各地で進め、東京一極集中の緩和、地方創生につなげるもとともに、地方や低所得者に対してデジタル格差が及ばないようにすることが重要だ。第5に、さらなるデジタル技術の推進を後押しするための研究体制の充実だ。産官学の垣根を超えて研究をする必要がある。

図表

1 テレワーク利用率の推移
2 都道府県別のテレワーク利用率の推移
3 仕事の効率(全体)
4 仕事の効率(職種別)
5 就業者実態調査から作成した職種別テレワーク可能指標とテレワーク利用率
6 自宅スペースの有無とテレワークの効率性
7 自動化・在宅勤務ボックスダイアグラム
付表1 通勤時間別でみたテレワーク利用率
付表2 就業者実態調査から作成した職種別テレワーク可能指数
付表3 テレワークの利用場所
1-1 東京都における平日の滞在人口の増減(左:昼 右:夜)
1-2 テレワーク利用率と平日昼の滞在人口の変化率との関係(東京圏、202045月)
2-1 テレワークの仕事効率を低下させると認識されている要因
2-2 テレワークの仕事効率を上昇させると認識されている要因
2-3 マイナス要因と主観的効率性
2-4 プラス要因と主観的効率性
付表2-1 テレワークのマイナス要因、プラス要因とテレワーク利用者の主観的効率性
3-1 性別でみたテレワーク利用率の差
3-2 雇用形態別でみたテレワーク利用率の差
3-3 緊急事態宣言発令時(1回目、202045月)の雇用形態別でみたテレワーク利用率の差
3-4  ICTスキル別でみたテレワーク利用率の差
3-5 企業規模別でみたテレワーク利用率の差
3-6 地域とテレワーク利用率
付表3-1 職業内のタスクの違いとテレワーク利用率の差
付表3-2 所得階層別のテレワーク利用率
付表3-3 記述統計
付表3-4 属性、特性間にみられるテレワーク利用率の差のまとめ
付表3-5 推定結果
付表3-6 管理的職業のICTスキルとノンルーティンスキルの程度
付表3-7 企業規模別でみたICTツール利用率、コロナ禍での就業規則の変更の実施率の差
付表3-8 地域別でみた ICT ツール利用率、テレワークにより仕事の効率性を維持できるという認識の差
4-1 産業別でみたテレワーク利用率
4-2 テレワークでの業務効率の上昇要因・低下要因
4-3 新型コロナウイルス感染拡大後の組織の変化
4-4 産業別、テレワークによる海外へのアウトソーシングの可否

調査概要

 「テレワークに関する就業者実態調査」は、テレワークに関する就業者実態調査は、新型コロナウイルスの感染拡大による、全国の就業者の働き方、生活、意識の変化や、業務への影響等の実態を捉えることを目的とした、NIRA総研と慶應義塾大学経済学部大久保敏弘研究室による共同研究である。

 詳細については、こちらからご確認ください。

研究体制

大久保敏弘  慶應義塾大学経済学部教授/NIRA総研上席研究員
加藤究    フューチャー株式会社シニアアーキテクト/NIRA総研上席研究員
神田玲子   NIRA総研理事・研究調査部長
井上敦    NIRA総研研究コーディネーター・研究員
関島梢恵   NIRA総研研究コーディネーター・研究員
鈴木壮介   NIRA総研研究コーディネーター・研究員

総論 デジタル経済とテレワークの進展

大久保敏弘
NIRA総合研究開発機構上席研究員/慶應義塾大学経済学部教授

要旨

 2020年初頭から蔓延した新型コロナウイルス感染症拡大は経済や社会を大きく変え、感染症対策や生産性維持のため、テレワークが推進された。本稿では、テレワーク就業者実態調査の結果に基づいて日本におけるデジタル化の現状を把握し、今後の日本経済の課題を議論する。

 調査結果によると、テレワークは都心部を中心に利用が高まったものの、第1回緊急事態宣言以降大きな伸びはなく、他の先進国と比べ低迷している。職種による向き不向きに加えて、コミュニケーションの変化や、職場や自宅の就業環境などに対して、準備不足の状態でテレワークに移行したことが背景にある。仕事の効率性が出勤に比べて低下することや、日本の企業文化も影響している。

 一方で、テレワークは感染症拡大の抑止にも一定程度の効果はあった。また、Zoomをはじめとしたコミュニケーションツールなど、様々なITツールが導入され、オフィスのデジタル化が進んだ。大企業を中心にデジタル投資が進み、今後生産性が向上すると思われる。

 さらに中長期的には経済を大きく変える可能性がある。テレワークを通じ、オフィスで行われていた仕事をタスクレベルで外部委託することで、企業外の優秀な人材をピンポイントで取り込むことができる。これによりオフィスワーカーの国際競争も激しくなる。生産性の高い優秀な人材は日本にいながらにして海外でも働くことも可能になる。労働者間の格差は広がり、就業形態にも大きな影響を与えるだろう。

1.はじめに

 近年、社会・経済のデジタル化が大きく進展しており、この変化は「第4次産業革命」とも言われる。仮想現実、3Dプリンター、人工知能、ロボット、ブロックチェーン、自動運転などの最先端の技術が、私たちの生活に組み込まれつつある。人の生活と比較的近い分野において多岐にわたって加速度的に技術革新が起きていることが、今回の産業革命の特徴である。しかし技術革新が進んでいるにもかかわらず、日本経済はバブル崩壊後、少子高齢化や労働力不足、地方の過疎化も加わり、「失われた20年(あるいは30年)」と言われる長期低迷から抜け出せずにいる。

 そうした中、2020年初頭から日本を含む世界はコロナ禍に見舞われることとなる。コロナ禍によって多数の死者が発生し、社会・経済は大きく混乱することになった。混乱をもたらしたコロナ禍は、一方でデジタル化を加速し日本を転換させる契機となるのではないかとも期待されている。

 例えば、感染症抑止や感染症蔓延下での生産性維持のため、多くの大企業が全面的なテレワークに踏み切った。テレワークを起爆剤として、遠隔会議やコミュニケーションツールが急速に普及している。これに伴って会計、営業、人事、生産、労務、採用業務などでもICTツールの導入が進み、経済のデジタル化が進んでいる。新型コロナ感染症蔓延という、ある種の外生的なショックがデジタル化を後押ししている。

 テレワークが社会に浸透するにつれて、様々な議論が起きるようになった。テレワークをどう活用すれば職務を十分に遂行できるのか、どういうICTツールを使えばいいのか、どうビジネスに有効利用できるのか、社内でどうコミュニケーションをとれば円滑に業務を進められるのか、子育てや家事などの日常生活とのバランスをどう取ればよいのか。テレワーク導入に関しての当面の課題に関してだけでも論点は多岐にわたる。

 さらに、中長期的な視点からの議論も重要だ。テレワークは社会に定着するのか、働き方や生活の改善につながるのか、企業の成長やイノベーションにつながるのか、遠距離通勤やテレワークによる地方移住は可能か、東京一極集中は緩和されるのか。

 国際経済・グローバリゼーションや日本経済の観点からは、経済のデジタル化が労働や職種そのものに与える影響も注視する必要がある。ITによって、これまで企業内部で処理されてきた業務が細分化され、外部委託や国際間分業によって執り行われることが可能となっている。これは後に述べる「第3のアンバンドリング」と呼ばれるものだ。ここ20~30年あまりの間、先進国では多くの生産拠点を海外に移転したため、低賃金国との国際競争の中で多くの工場労働者(ブルーカラー労働者)が職を失ってきた。今、経済のデジタル化の中で、オフィスワーカーであるホワイトカラー労働者もテレワークを活用した外部委託により国際競争の波に晒されている。加えて、ロボットなどによる自動化によって労働自体が機械に代替されつつある。

 こうした認識に立ち、NIRA総研と大久保敏弘研究室は、共同で「テレワークに関する就業者実態調査」を過去6回にわたって実施し、コロナ禍でのテレワークやデジタル化の動きを数量的に把握した。本報告書では同調査から導かれた結果を踏まえて、コロナ禍でのテレワークの動向及びその課題について、短期的な視点と中長期的な視点に分けて議論する。

 総論と位置付ける本章では、本報告書を貫く方向性と関連する分析を示す。まず、テレワークの定義とメリット・デメリットを整理し、その後、テレワークの利用状況について示す。次に、短期的な視点から、テレワークと人流抑制との関係について述べる。さらに、テレワークが仕事の効率に与えた影響及びその背景について考察を加え、テレワークが中長期的に定着する可能性があるかどうかを検討する。最後に長期的な視点から労働市場に与える影響を分析し、日本の政策課題を示す。

 続く第1章では、短期的な視点から、コロナ禍におけるテレワークが人流の抑制、あるいは、感染症対策の手段として有効に機能したのかを議論する。

 第2章では、テレワークを通じて仕事の効率がどのような影響を受けるのかなど、今後の働き方のあり方に関する中期的な視点を取り上げる。

 第3章では、今回のコロナ禍でのテレワークの利用状況にばらつきがあることを踏まえて、テレワークの利用機会の観点から分析する。

2.コロナ禍でのテレワークの進展

(1)テレワークとは何か

 2020年初頭からのコロナ禍をきっかけに、政府は感染症対策の一環としてテレワークを企業に呼びかけるようになった。一般的には、テレワークと在宅勤務はほとんど同じ意味として利用されている。しかし、本調査ではテレワークの利用状況を時系列に正確に把握するため、厳密に定義した。

 本稿における「テレワーク」とは、インターネットやメールなどのICT(情報通信技術)を利用した、場所などにとらわれない柔軟な働き方とし、通常の勤務地に行かずに、自宅やサテライトオフィス、カフェ、一般公共施設など、職場以外の場所で一定時間働くことを指す。ただし、移動交通機関内や外回り、顧客先などでのICT利用は含まない。また、回答者が個人事業者・小規模事業者等の場合には、SOHOや内職副業型(独立自営の度合いの業務が薄いもの)の勤務もテレワークに含まれる(注1)

(2)テレワークのメリット・デメリット

 テレワークのメリット、デメリットは何であろうか。ここでは、最近の議論をもとにまとめてみたい。主なメリットとしては以下が挙げられる。

 ①仕事や生活の満足度の上昇、通勤からの解放
 通勤時間がないことによる心身の負担の軽減、時間外労働や残業の減少による仕事満足度の向上。また、家事や育児の時間をしっかりとることができ、ワークライフバランスの向上にもつながる。

 ②仕事の効率の上昇
 時間や仕事内容の裁量が大きくなり、オフィスでの雑用や形式的な会議などから解放されるため、仕事に集中でき効率が上がる。

 ③企業のコスト削減
 例えば、オフィスのコストを低減できる。場合によってはオフィスの縮小により賃料を抑えることができる。特に都心部ではオフィス賃料が高いため、予約出社やオフィスでの座席を決めないフリーアドレスにし、オフィススペースを縮減することで賃料を抑制できる。

 このようなメリットが経済全体に波及していくと、様々な大きな変化につながるだろう。

 第1は、柔軟な働き方を可能とする組織体制への移行だ。ワークライフバランスが向上することで、女性の就業や活躍を促進したり、男性の育児や家事参加を促したりできるだろう。また、育児や介護を理由とした離職を防ぐことは、労働人口減少の歯止めにもなるだろう。こうした変化は、企業の生産性の維持・向上に寄与すると思われる。

 第2は、職場・居住地の分散だ。都市近郊や中小都市では住居とオフィス一体型の街が形成される。東京一極集中や都心中心部への過度な集中の是正にも一定程度、寄与するだろう。近郊や中小都市を中心に地方経済の活性化にも寄与すると考えられる。

 第3は、自然災害による被害を最小化だ。テレワークは自然災害などにおけるBCP(事業継続計画)としての機能を持つため、強靭な経済を作ることができる。

 第4は、ICT関連投資の増加である。テレワークを行うためには機材だけでなく、従業員のITリテラシーや専門性を高めるための人的投資や無形資産投資が必要になる。現在日本では欧米に比べてIT関連投資額が小さいが、企業投資が促進されれば、GDP全体の引き上げにもつながる。

 一方でテレワークのデメリットも数多い。主なデメリットとしては以下が挙げられる。

 ①コミュニケーションの悪化
 対面でないと伝わらないことがあるため、意思疎通がしにくく、同僚とのコミュニケーションがとりにくい。社内知識の伝播や新しいアイデアの創出はテレワークでは難しい。また、交渉や相談といったこともテレワークでは十分ではないようである。日本特有の行間や空気・雰囲気を読む文化や、組織における重層的な意思決定などが、このようなデメリットを助長している。

 ②組織運営が難しくなる
 業務の進捗の把握や推進、例えば従業員の教育や指導は対面でないと難しい。暗黙知の多い知識・情報集約的な仕事では特に効率が悪くなる。また、業務の勤怠管理も難しくなる。テレワーク勤務では従業員が見えないところでさぼる可能性もあり、契約を成果主義にするなど厳密な業務管理体制にする必要がでてくる。また、秘匿情報や顧客情報などをどう組織内で管理するかも課題になる。

 ③メンタルへの悪影響
 テレワークを続けると孤独になり、メンタルヘルスが悪化する傾向にある。これにより仕事の効率も下がるだろう。

 ④テレワーク環境整備のコスト
 テレワーク環境を整えるのに一定程度の費用がかかる。住居に仕事スペースが必要になるほか、通信環境のためのPC、通信費や電気代などのコストがかかる。

 このようなデメリットを払拭しようとすると、企業の負担は大きくなる。企業は従業員のICT環境を整備するための投資が必要になるほか、今以上に従業員のメンタルヘルスの維持や向上、従業員への就業に関する綿密な契約や取り決め、さらには仕事の現場におけるきめ細やかな指導や相談、手厚いサポートなどを行う必要がある。大企業であればコスト負担に耐えてテレワークを推進することも可能だが、多くの中小企業にとっては負担が重い。したがって、企業間格差が深刻になるだろう。

(3)「テレワークに関する就業者実態調査」でみるテレワークの進展

 2020年まで日本におけるテレワーク導入の主目的は働き方改革やBCPであり、普及率は低かったが、コロナ禍を契機に社会に大きく広がった。日本におけるコロナ禍でのテレワークの利用状況については、すでにいくつかの機関で調査が行われている(注2)。それらの調査結果では、テレワーク利用率はもっとも高い水準で32%(パーソル総合研究所、2020年4月の第1回目の緊急事態宣言下)、その後は、概ね10~30%の範囲で推移していることが明らかとなっている。

 NIRA総研と大久保敏弘研究室との共同で行ってきた「テレワークに関する就業者実態調査」から得られたテレワーク利用率も、他の機関の結果と概ね同程度の水準で推移している。図1はテレワークの利用率を全国平均と東京圏(東京都、神奈川県、千葉県、埼玉県)について時系列で示したものである。コロナ禍以前の2020年1月時点では全国でわずか6%に過ぎなかったが、2020年4~5月の第1回の緊急事態宣言の際に大きく上昇し25%にまでなった。緊急事態宣言解除後、若干下がり、それ以降は17%前後で推移している。また、東京圏では全国平均よりも利用率の水準は高いが、時系列的には全国平均と同様の動きである。直近では28%前後で推移している。

 もっとも、テレワーク利用率が向上したといっても、他の先進国と比べると著しく低い。2020年初期の緊急事態宣言下の米国では30%以上の就業者がテレワークをしており、欧州でも30%以上となっている(注3)。ただし、欧米諸国ではしばしば法的な拘束を伴う強力なロックダウンや都市封鎖が行われてきたが、日本では法的な拘束がなく(罰金や処罰などなく)、あくまでも要請にとどまった点は注意を要する。

図1 テレワーク利用率の推移

全国(2020年1~3月:n=10,516、4~6月:n=12,138、9~12月:n=10,523、2021年1~4月:n=9,796、7~9月:n=10,644、12月~2022年1月:n=10,113)
東京圏(2020年1~3月:n=3,467、4~6月:n=4,049、9~12月:n=3,514、2021年1~4月:n=3,261、7~9月:n=3,539、12月~2022年1月:n=3,333)
(注)緊急事態宣言は東京都に発令されていた期間を示している。

(4)地域による違い

 テレワークの利用状況は地域によっても異なる。図2は都道府県別にテレワーク利用率の推移を見たものである。東京圏では利用率が高く、また伸び率も高い。京阪神でも高いものの東京圏ほどの伸びはない。これは産業構造や企業組織における空間的な分布よる影響が大きい。

 一つの理由は、オフィスワークがメインの本社や営業所が東京に集中している一方で、テレワークに向かない生産拠点が地方に集中していることにある。テレワークに向くサービス業、特に通信情報業も東京圏に集中している。

 さらに、都市の構造、特に通勤も影響している。通勤時間が1時間前後以上での公共交通機関利用者は、テレワーク利用率が顕著に高い傾向がある(付表1)。東京圏特有の公共交通機関による長時間通勤、朝夕のラッシュアワーの一斉出勤・帰宅といった都市構造や通勤スタイルがテレワーク利用に大きく影響していると言える。

図2 都道府県別のテレワーク利用率の推移

(注)nは2022年1月時点のサンプルサイズを示している。軸からグレー、青、点線枠の白の順に積み上がっているのは、2020年1月時点より2020年4~5月時点の利用率が高く、その後、2022年1月時点では減少したことを示す。また、第1層が青になっている県(例:秋田県)では、2020年1月時点よりも、2022年1月時点の水準が低くなっていることを、また、第2層が白になっている県(例:岩手県)では、2020年4~5月時点の水準よりも、2022年1月時点の水準が高くなっていることを示す。

3.感染症対策としてのテレワーク

 そもそも日本における2020年以降のテレワーク普及は、公衆衛生上の観点から政府主導で実施された政策であり、非医薬品介入・公衆衛生的介入(non-pharmaceutical intervention)に当たる。これは感染症に対する治療法が確立しておらず、薬やワクチンもない状況で行われる公衆衛生上の対応である。それでは、テレワークの推進は実際のところ、人流抑制や感染症予防にどの程度があったのだろうか(注4)。第1章では、感染症予防としてどの程度効果があったのかについての既存研究のサーベイを紹介している。その上でNIRAと大久保研究室では、東京の中心部におけるテレワークと人流との関係についてデータ分析を行った。

 初めて緊急事態宣言が発出された2020年4月は、港区、千代田区、中央区を中心に滞在人口が大きく減少した。一方、都内でも中心部以外のエリアは、滞在人口が増加した。その後、緊急事態宣言が解除された後も、滞在人口はドーナツ状に増減したことが明らかとなった。こうした人流の変化は、テレワークの普及と一定程度、整合的な動きである。すなわち、コロナ禍でテレワークの利用者が増えたことで、従来は通勤者が密集していたエリアの昼の滞在人口が減り、居住者が多いエリアの昼の滞在人口が増えた。

 もっとも、人流には働く人だけでなく通学や買い物の人々の行動も含まれるので、テレワークだけの効果ではないことに留意しなければならない。政府や東京都が強く呼びかけた外出自粛や3密回避などの要請、飲食店を中心とする営業自粛や営業時間の短縮の効果も大きい。さらに、新型コロナへの恐怖感から、人びとが自主的に外出や公共交通機関の利用を控えるようになるといった行動変容も影響していると思われる。加えて日本の場合、無料PCR検査が普及していなかったことも滞在人口に影響している可能性がある。

 これらの要因を加味する必要はあるが、東京近郊において人流がコロナ禍で大きく変化した一つの要因として、テレワークの普及による通勤や働き方の変化があったと考えられる。

4.仕事環境とテレワークの効率性

(1)テレワークの効率性

 コロナ禍で広まったテレワークは感染症対策が最大の目的であったものの、経済活動を維持する手段としての側面もある。ここでは、就業者実態調査に基づいて、テレワークが仕事の効率性に与えた影響とその背景について探る(注5)

 就業者実態調査では通常の出勤時(コロナ禍ではない状態での出勤)の効率を100とした時の仕事の効率性を、テレワークを利用している人と利用していない人の両方に聞いた(注6)。なお、仕事の効率は就業者の主観的なものである。

 図3のヒストグラムは、仕事の効率性の分布を、テレワークを利用した人は青で、利用しなかった人を白で示している。テレワーク利用者の仕事効率は40%が通常の出勤と同じ(100)、45%は下がり(100未満)、平均は88程度となっている。一方でテレワークを利用しなかった人は58%が通常の出勤と同じ、34%が効率は下がったと答えている。平均は85程度になっている。つまり、半数弱の就業者がテレワークの有無にかかわらずコロナ禍で効率を下げている。特に、コロナ禍以前と同じ効率であると答えたテレワーク利用者は、利用していない人よりも17.5%ポイント低いことがわかる。テレワーク利用者のほうが通常勤務の効率性を維持できていないと考える人が多いと言える。

図3 仕事の効率(全体)

テレワークを利用しているn=1,861、テレワークを利用していないn=8,487

(2)職種別にみたテレワークの向き不向き

 ほとんどのテレワーク利用者の効率性が、通常の出勤とほぼ同じ、あるいは低下する結果となったのは、今回のコロナ禍では職種がテレワークに向くか向かないかにかかわらず、半ば強制的に行われたためではないだろうか。

 図4は、職種別にみた仕事の効率性の分布である。テレワークを利用しているかどうかで、仕事効率に変化がないとする人を比較する。

 管理的職種や情報処理等の技術者では、仕事効率が変わらないと回答している人の割合が、テレワーク利用者の方が利用していない人と比べて、それぞれ12.7%ポイント、14.8%ポイント低下する。

 他方、一般事務従事者や商品販売等従事者では、それぞれ21.0%、16.8%とやや高くなる。

 つまり、管理的職種や情報処理等の技術者の方が、一般事務従事者や商品販売等従事者に比べて、テレワークで働いても効率の低下が少ない。これらの違いは、職種別にみたテレワークの向き不向きが表れているものと考えられる。したがって、管理的職種や情報処理等の技術者の方が相対的にテレワークに向いていると言えるだろう。このように職種によりテレワークによる仕事の効率性は大きく異なる。

図4 仕事の効率(職種別)

 Dingel and Neiman(2021)は、職種によるテレワークの向き不向きを「在宅勤務可能指数」として提示した。アメリカ労働省が提供する職種情報(O*NET)を基に職種別にリモートで仕事ができるのかを指数化している。結果によると、情報通信業や事務系の多くの職種ではリモート勤務が可能である一方、医療、介護、農林水産、輸送、建設・鉱業、製造工程従事者などではリモート勤務が難しい。留意点として、これらはリモート勤務つまり在宅勤務が可能かどうかであり、前述の本調査のテレワークの定義とは一致しない。しかし、我々の就業者実態調査の結果によれば、実際のテレワークの利用状況とも概ね整合的である(Okubo,2020)。

 この指標は職種内容の情報を使ったにすぎず、実際のテレワークの利用状況とは異なる。そこでOkubo(2021)では、2020年4月の第1回緊急事態宣言下でのデータを基に、本就業者実態調査の中で就業者がテレワーク可能と認識しているかどうかの指標を作成した(注7)(付表2)。この指標はテレワーク利用可能性の高さを表すものであり、高い職種ほど、テレワークの利用によっても仕事の効率が落ちにくい職種と解釈できるであろう。同指標とテレワーク利用率との関係をみると、正の関係があることがわかる(図5)。つまり、テレワークの利用による仕事の効率の低下が比較的軽微な職種の人ほどテレワークを利用しており、他方で、仕事の効率が低下してしまう職種の人は利用していないという結果になっている。就業者自身あるいは経営者が、効率性という観点から合理的な判断に基づき、テレワークを利用するかしないかを決めていると考えられる。

図5 就業者実態調査から作成した職種別テレワーク可能指標とテレワーク利用率

(3)職場や自宅の環境

 効率性に影響を与えるのは、職種固有の性質だけではない。コロナ禍でテレワークを要請されて、テレワーク環境が整わないまま行っていた、あるいは同僚と十分な打ち合わせや分担が不明確なままテレワークを行った人も少なからずいただろう。準備不足の状態でテレワークに移行したために、多くの人が効率を下げた可能性がある。

 加えて、テレワーク可能なスペースの問題がある。仕事内容や職種のみならず、テレワークを行う場所が大きく生産性に影響していることも調査で明らかになった。調査ではテレワークの利用場所を聞いた(複数回答可能)。付表3のように回答割合が高かった項目は、「自宅の書斎・自身の部屋」69%、次いで、「書斎・自身の部屋以外の自宅のスペース」28%となった。テレワーク利用者の多くの人が自宅をテレワーク利用場所として活用していることがわかる。一方、「会社(あるいは会社契約)のサテライトオフィス」は4%、その他の自宅外の利用場所も4%以下と、ほとんど利用されていない。そこで、テレワークの場所と前出の仕事の効率性の関係についてみると(表6)、自宅の部屋(「自宅の書斎・自身の部屋」、「書斎・自身の部屋以外の自宅のスペース」の両方、あるいは、いずれか)を利用できる人は、仕事の効率性の平均が90前後であるが、自宅の部屋を利用できない人は、仕事の効率性の平均が大きく下がり65となる。自宅にテレワークスペースがないと効率性が大幅に低下することがわかる。

表6 自宅スペースの有無とテレワークの効率性

 長期的な視点でテレワークを推進するカギの一つは快適な環境である。自宅でテレワーク用スペースを確保できれば、持続的にテレワークを勤務に組み込めるだろう。しかし、スペースがない場合、自宅外のスペースを近隣に見つける必要が出てくる。現況では、都心部にはテレワーク専用スペースやテレワーク可能な公共スペースが多くできつつあるが、都市郊外や地方中小都市では未だ少ない。テレワークが定着するかどうかは、郊外におけるテレワークスペースの整備にもかかっている。

5.グローバリゼーションと今後のテレワークの進展

 次に、テレワークを取り巻く状況を大局的な視点、特に国際経済の視点から議論し、現状と今後の展開や課題を明らかにしたい。現在国際貿易論で注目されている大きな研究テーマはグローバリゼーションである。1960年代以降、貿易や投資の自由化とともに世界全体の貿易や投資は増加してきた。また多くの国がGATT=WTOの自由貿易体制に入り、貿易の拡大を推進するようになり、経済のグローバル化が進んできた。

 その後、1990年代後半以降に新しいグローバリゼーションの波が押し寄せ、国際貿易は深化した。ICTの発達に伴い、以前は一カ所の工場で全て行われていた生産工程が国際間で分業され、アジアを中心に最終財のみならず中間財や部品などが多く貿易されるようになった(「第2のアンバンドリング」)。これは、「フラグメンテーション」と呼ばれる。例えば、労働の豊富な低賃金国に労働集約的な工程が分業され、比較優位に基づく国際間工程分業が行われるようになった。特にアジア地域では国境を越えて生産工程の分業が起こり、サプライチェーンが形成され中間財や部品の貿易が活発になっている。これに伴って日本国内では多くの労働集約的な製造工程が海外へ移転した。工場労働者、つまりブルーカラー労働者の仕事が国際競争にさらされ減衰したのである。

 さらにグローバル化が進むと次の段階に至る。近年、ICTが高度に発展しデジタル化することで、企業内部、特にオフィスで行われていたタスク(業務)が細分化され外部に委託されるようになってきた。国際間で業務が分業されるのだ(「第3のアンバンドリング」)。例えば、ある社内業務を海外に住むフリーランスにテレワークで発注することも珍しくなくなっている。国内外問わず、社外の有能な労働者にピンポイントで業務を委託するのである。テレワークによってオフィスワーカーは外部委託に置き換え可能となる。ブルーカラー労働者に続いて、会社組織に守られてきたオフィスワーカー、いわゆるホワイトカラー労働者も国際競争にさらされるようになる。

 最近の研究はICTの進展が所得配分や雇用に大きな変化を生じさせていることを示しており(Autor,2015)、このような動きを裏付けている。

 さらに、デジタル化は職種の自動化をもたらす。Frey and Osborne(2013)は職種情報(O*NET)を基に雇用の「自動化確率指数」を計算し、約半数の職種は人工知能やロボットによって仕事が自動化されることを示した。そして、多くの職種は消滅の可能性があると指摘した。

 なお、実際には職種が完全に代替され消滅するよりも、むしろ多くの職で労働を大幅に削減できる可能性が高い。先の就業者実態調査によれば、勤務先のコミュニケーションツール、人事・生産・会計・営業管理、勤怠管理、電子決済、RPA(Robotic Process Automation)、仮想オフィスなど各種ICTツールの導入状況は着実に増えてきている。2021年9月時点でICTツールの利用率は35%ほどまでに上昇しており、コロナ禍が企業のデジタル化を早めていることがデータからも見て取れる。

 図7はDingel and Neiman(2021)で報告された米国の在宅勤務可能性指数を日本版に計算し直し(小寺(2020))、自動化確率指数(野村総研・フレイ・オズボーン(2015))を軸にしてボックスダイアグラムを作って各職種をプロットしたものである(注8)。自動化確率が高い職種では人工知能やロボットが人の労働を代替あるいは補完でき、省力化による労働の削減が進む。一方、在宅勤務可能指数の高い職種では地理的な制約なく遠方で働くことが可能になり、同時に海外に住む有能な人材を業務ごとにスポット登用できるため、就業競争が激しくなる。逆に、有能な労働者は国境や在住地にとらわれず働くことができる。そこで、この表を便宜上、中央値で4つのカテゴリーに分割した。

 職種1:自動化が進まず在宅勤務もできないため、労働集約的に現場で働く。
 職種2:自動化が進むものの在宅勤務ができない。自動化や省力化が進みつつも現場で働く。
 職種3:自動化が進まないが在宅勤務が可能。省力化できないが、在宅勤務や社外への業務委託が進む。
 職種4:自動化が進み、在宅勤務も可能。人の仕事が減り、さらに在宅勤務や社外委託も進む。

 職種3では社外、国内外からの有能な人材との競争にさらされる。さらに職種4では、自動化や省力化で人の仕事が減ると同時に、リモート勤務により他地域や海外の有能な人材が流入するため、競争が激化するだろう。こうした変化は労働者間の格差を拡大する。中でも職種4では「労働の大転換」が必至だ。一般事務、会計事務、営業職、金融保険専門職などのオフィスワーカーが職種4に属す。これらの総労働人口における割合は30%以上を占めている。今後、デジタル化とテレワークの進展で激しい国際競争にさらされ、多くのオフィスワーカーは別の職種への転換か、技能の高度化を余儀なくされる。会社組織に依存することなく、自らデジタル技術を使いこなし、仕事の生産性をあげることが求められるだろう。

   図7 自動化・在宅勤務ボックスダイアグラム(クリックすると拡大します。)

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 この分析では次の点に注意を要する。第1に、2つの指数はあくまでも職種特性の情報から作った指数であり、実際のテレワークの利用やデジタル化の進展を反映したものではないということ。このため、実態とやや乖離している職種もある。第2に、今後デジタル化が進み、職種特性自体が変わってくる可能性が高い。例えば、医療従事者は職種1に属すが、拡張現実や仮想現実、ロボットを用いたリモートでの手術や診療も可能になってきている。電子カルテによる患者情報を共有できる自治体もでてきており、オンラインを通じた高度な医療が離島や過疎地域で受けられるようにもなってきている。自動化とリモート勤務が同時に可能になってきたということだ。医療従事者は職種4になりつつあるし、他の職種も今後のデジタル化により職種特性自体が大きく変わってくるだろう。

6.日本経済の5つの課題

 グローバル化、そして自動化の流れは、今後加速度的に進行していくと考えられる。労働市場においては、あらゆる職種が変化し、同時に国内外の競争に晒されることになる。こうした状況においては、各就業者も組織に依存することなく、個人としての技能を高めていく必要があるだろう。どの職種でも個人として活躍するためにはテレワークのメリットを最大限に活用することが求められる。テレワークを持続的に推進し、個人の技能を高めるためには、政府による様々な施策が重要と思われる。特に前述のようなグローバル経済とデジタル化の進展(人工知能やロボット技術の推進)を意識して、長期的かつ大局的な観点で、テレワークを進めていく必要があると思われる。このようなグローバリゼーションの下で日本経済について、ここでは5つの課題を取り上げる。

 第1に、個人のデジタルスキルの向上についてである。デジタル化をいち早く進められるのはどうしても大企業が中心になってしまう。大企業は、テレワーク環境を整備することで、海外から有能な人材を取り込み、海外進出によって大きく成長できるだろう。他方、小規模・個人事業や起業家も、規模が小さい故にデジタル化がしやすく、アイデアと実力さえあれば、世界につながる活躍も可能だ。その一方で、中小企業は、デジタル投資を行う余裕もなく、取り残されることになる。昨今、中小企業向けに、中央政府や自治体をはじめとしたデジタル化のための各種補助金や支援プログラムなどが数多く施行されている。しかしながら、それらの多くは、一定額の補助金支給や、期間限定の相談事業であり、限定的な効果に留まるだろう。周知も不十分である。テレワークを普及させるには、こうした補助金よりもむしろ、個人自らが積極的にデジタル化に取り組むような仕組みが必要である。デジタルスキルの蓄積は、大規模なシステムが必要というわけではないことから、企業や組織単位ではなく、個人レベルで行われることが望ましい。そのため、例えば後述するようなリカレントや再教育などの環境整備により、社会全体のレベルアップを目指すべきである。

 第2に、再教育や労働調整の問題だ。グローバル化や自動化の波によって、従来のオフィスワーカーの仕事は減少し、ホワイトカラーの事務職は海外人材との競争にさらされる。短期的に影響が大きいのはホワイトカラー事務職だが、どのような職種においてもデジタル化に追走できるスキルの向上は不可欠だ。日進月歩の科学技術に対応するためには、一度スキルを修得すれば済むわけではなく、就職しても再教育を受けられるような土台作りが必要である。例えば、データ人材や高度技能養成の再訓練が必要になり、大学でのリカレント教育が求められる。また、データサイエンス教育や統計学・数学など理数系科目も理系文系学部を問わず必須となるだろう。これにともなって、大学教育の改革も必要となる。一方で、リカレント教育を受けるかどうかは個人の選択であり、教育のコストが発生する。個人の判断に任せた場合、社会で必要とされる最適な水準の教育を受講することになるとは限らない。そのため、個人が積極的に学習するようなインセンティブを確保することを政策的に支援することも重要になる。

 第3に、雇用環境の整備だ。現在は、労働力不足を補うために、外国人労働者に頼ってきている。しかし、デジタル化とリモート勤務が進むと一転し、労働力不足を緩和できる可能性がある。テレワークを推進することで有能な外国人頭脳労働者をリモートで取りこむことができるし、人工知能の活用でも問題を克服できる。海外からの雇用を確保しやすい環境を整えるためにも、企業側はテレワークを想定してのジョブ型雇用、職域や仕事内容を契約で明確にするようなジョブ・ディスクリプションの促進などの雇用や就業規則の改革が必要になるだろう。また、逆に日本国内でも優秀であれば、在宅可能な職種(図7の職種3及び4)においては、日本に居ながらにして海外でもスキルを発揮して仕事ができる。兼業や副業として所得を得る機会も広がる。海外で稼ぎ日本で消費する人材が増えれば、日本経済の拡大にもつながる。

 第4に、職場と居住、都市と地方を結ぶためのインフラ整備である。本来在宅勤務が可能な職種(図7の職種3及び4)を中心に多くの仕事でデジタル化が進み、テレワークを取り入れた働き方になるだろう。今回の動きが、東京一極集中の緩和や災害リスクの軽減、そして、地方創生につながることが期待されるが、そのためには、まず、郊外や地方でのテレワーク拠点の整備や居住一体型のまちづくりなどインフラ整備が必要になる。東京に集中していたイノベーション拠点やビジネス拠点としての強み、集積の利益をどう維持するかも課題になる。さらに、デジタルインフラを日本各地で進め、例えばフリーWi-Fiなどの提供などを通じて、地方や低所得者に対してデジタル格差が及ばないように施策することも重要である。

 第5に、さらなるデジタル技術の推進を後押しするための研究体制の充実だ。デジタル技術の革新に伴い、職種特性が大きく変わる。図7で分類した各職種を巡る仕事の状況は変化していくだろう。政策的にうまくデジタル化を推進できれば、少子高齢化や地方の過疎化など多くの日本の諸課題を一気に解決できるはずだ。この動きを実現していくためには、大局的に日本経済の諸課題をどう克服していくかという視点でデジタル技術の革新を進めていくことが重要だ。このためには、デジタル化した経済はどうなっているのか、日本経済はどう変わっていくのか、適正な賃金水準とは何か、など未解明な点が多くあるので、しっかりデータに基づいた研究をすることが必要である。例えば産官学連携や企業と学術の協働でデジタル化がどう企業や個人、生活に影響与えるかといった大規模調査を行わない大規模データを生成するなどし、産官学の垣根を超えて研究をする必要がある。

参考文献


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付表1 通勤時間別でみたテレワーク利用率

付表2 就業者実態調査から作成した職種別テレワーク可能指数

(注)Okubo (2021) のAppendix Table 3を日本語訳し、順序を入れ替えたもの。

付表3 テレワークの利用場所

第1章 感染症対策としてのテレワーク

関島梢恵
NIRA総合研究開発機構研究コーディネーター・研究員

要旨

 本章では、テレワークの感染症対策としての有効性を探るため、人流抑制と感染減少の関係を分析した先行研究を概観するとともに、日本の人流データや就業者実態調査のデータなどを用いて、東京圏における人流変化とテレワーク利用の関係性を分析した。まず、世界各国で行われた人流抑制のための政策介入後にコロナ感染が減少したことを示す先行研究は少なくない。しかし、因果関係の識別は困難であり、十分な有効性を確認するまでには至っていないと考えられる。次に、コロナ禍の東京圏では、第1回目の緊急事態宣言の時期に都心の平日昼間の滞在人口が大きく減少し、都内の他のエリアでは滞在人口が増加していたことを示した。これには、テレワークの普及による就業者の通勤移動の変化が、ある程度は関係しているものと考えられる。さらなる研究の蓄積は期待されるものの、テレワークは今後も公衆衛生上の対策の一つとして有力視されると示唆される*

1.人流抑制と感染減少

 コロナ禍において、テレワークは人との接触を減らす感染症対策として政府が推奨し、急速に普及した。そもそも「社会的距離(social distancing)」という考え方は、公衆衛生上の対策(nonpharmaceutical interventions, NPIs)の一つと位置付けられる(注9)。インフルエンザの予防策などとしても世界中で用いられてきたが、その効果の大きさについては疑問があり、エビデンスも限られていた(注10)。しかし、新型コロナという未知の感染症に対して各国はさまざまな対応策を総動員することとなり、自宅待機や学校閉鎖、集会制限、海外渡航制限など、人との接触を減らす政策がとられた。2020年にロックダウン政策、すなわち必要な国内移動以外のすべてを禁止するという最も厳格な措置を行ったオーストラリア、フランス、イギリスでは、従業員の47%がテレワークを行ったという(OECD, 2021)。

 これらの対策は、感染拡大の防止にどの程度効果があったのだろうか。感染症対策としてのテレワークに期待された人との接触の抑制が実際の感染減少にもたらす効果について考えるため、これまで世界で蓄積されてきた研究を概観したい。

 まず、人の移動が減少した地域において、実際に感染の減少は報告された。GoogleとAppleが提供するモビリティデータを用いた欧米の分析では、人の移動の減少が観察されるようになった2週間から5週間後に感染率が大きく減少し、ヨーロッパでは20~40%、アメリカでは30~70%の感染率の減少が起きたことを明らかにしている(Cot et al., 2021)。コロナ禍初期における中国のシミュレーションでは、移動度の抑制が感染拡大のスピードとピーク時の発生件数を抑えることが示された(Zhou et al., 2020)。また、さまざまな人流抑制策の中で、感染の再生産数Rを下げる有効な方法はロックダウンだと主張するシミュレーション結果もある(Flaxman et al., 2020)(注11)。ただし、こうした研究は人流データと感染データとの相関をとるといったことにとどまっており、人流の減少が感染の減少をもたらすという因果的効果を結論付けることはできない。

 因果関係の識別を試みた研究として、人流抑制のための政策介入に注目した分析がある。アメリカでは州レベルで自宅待機命令の実施を判断し、発動したため、政策介入の有無やタイミングが州によって異なった。これを外生的ショックとして利用し、自宅待機命令のある州における流行の倍加時間の伸びや発症数の減少を明らかにしている(Mark et al., 2020、Castillo et al., 2020、Gao et al., 2020、Fowler et al., 2021など)。

 しかしながら、こうした研究も以下に挙げるような課題を克服できておらず、因果関係や十分な有効性について見解が分かれている。第1に、政策介入を利用した分析であっても因果関係の識別は難しい。まず、人流抑制の対策がとられるのは感染拡大が深刻な時期であり、同時にさまざまな対策も組み合わせて対応が図られてきた。その結果から人流抑制策のみの効果を特定することは容易ではない。また、人びとは感染拡大の状況をみて用心し、手洗いやマスクを徹底するなど行動を変えたと考えられる。そうした市民の意識・判断の変化は外出控えにも表れるとともに、感染の減少にも影響するため、人流抑制の効果を過大に推定するというバイアスがかかる。実際、ロックダウンになる前から人の移動が減っていたことは指摘されており、コロナ禍初期に人々が感染リスクの高い場所への出入りを自発的に減らしたことを示す研究(Christopher et al., 2021)もある。また、自宅待機命令の影響は大きくないとする研究(Bhuma et al., 2021)もあり、効果の程度は慎重に分析する必要がある。

 第2に、分析に使われているデータの質にも注意が必要である。コロナ禍初期は検査体制が不十分だったなどの混乱もあり、国や地域によっては発症日や死亡数、死亡日等が曖昧に集計されていた可能性がある。そうした測定誤差のために正確な分析ができていないことが懸念される。人流抑制について、感染率の減少に加えて重症化や死亡者数の減少への効果も認める研究結果と、死亡の減少までは説明できないとする研究結果(Savaris et al., 2021など)が混在している背景には、こうした要因も考えられる。

 第3に、地域間の比較や国際比較では、人々の社会規範や感染症への考え方に違いがあり、NPIへの反応などが異なる可能性に注意しなければならない。例えばアメリカの個票データを分析したClinton et al.(2021)は、自宅にとどまり社会的な移動を減らそうとする個人の意思を説明する上で、公衆衛生上の懸念よりも党派性が重要であることを示しており、州間の比較においても重要な要素だと指摘されている(Krishnamachari et al., 2021)。さらに、感染率や死亡率と社会規範の強さに密接な関係があるとする研究(Gelfand et al., 2021)もあり、Schmidt-Petri et al.(2022)は、日本とドイツがともに厳しい規範と逸脱に対する罰則がある文化でありながら感染率は大きく異なることについて、社会経済的な属性などをコントロールした上で、観察される個人の行動の差では感染率の差を説明できないことを明らかにしている。研究の比較や国際比較をする上で、社会規範や意識といった観察しにくい要因や、観察できていない異質性と感染状況との関係といった研究の進展も不可欠だと考えられる。

 他にも、スマートフォンの利用者から集めるモビリティデータに対してサンプルの代表性の懸念が指摘されていたり、人の移動の減少がもたらす空間的な波及効果を考慮した研究が少ないといった課題もある。

 なお、NPIの中でもテレワークに着目してドイツにおける感染への影響を分析したAlipour et al.(2021)は、コロナ禍のテレワーク利用率ではなくコロナ禍以前に行われた就業者調査から在宅勤務可能指数(注12)の地理的分布を推計し、地域における在宅勤務可能指数の1%ポイントの上昇が4.5%の感染率の減少に相当することを明らかにしている。さらに、ドイツの封じ込め政策と在宅勤務可能指数にはある程度の代替関係があることを示し、経済活動を維持しながら感染リスクを低減できる点でテレワークは有効なNPIであると主張している。ただし前述のように、国や地域によってNPIへの反応の度合いやテレワーク利用への意識に違いもあると考えられるため、必ずしも普遍的な帰結とはいえないだろう。

 人流抑制について現時点の評価を概観すると、まだ研究の途上であることが否めない上に、マクロで集計されたデータから定量的な効果を厳密に測定し、数値の高低を議論することは困難だといえよう。特定の地域に限定してでも、人の移動パターンなどを含めてより精緻に分析することも必要だと考えられる。また、経済社会への影響と比較衡量し、感染対策としての妥当性を検討する必要もあるだろう。次節では、日本の東京圏に焦点を当て、就業者実態調査を用いて、就業者の居住地や通勤先とテレワーク利用の実態を整理しながら、コロナ禍の人流変化をみていく。

2.日本における人流変化とテレワーク

 日本政府はロックダウン政策こそとっていないものの、緊急事態宣言をはじめ、感染拡大を防ぐためのさまざまな行動制限を要請してきた。中でもテレワークは、経済活動を行いながら人流を抑制する手段として推奨され、新規に導入する中小企業主には政府が助成金を出すなど支援してきた。実際、NIRA総研と大久保敏弘研究室が行ってきた「テレワークに関する就業者実態調査」では、第1回目の緊急事態宣言時に東京圏のテレワーク率が38%まで上昇するなど、大きな変化がみられている。ここで日本におけるテレワーク率の増加と人流変化との関係について、国土交通省の「全国の人流オープンデータ」も用いて確認する。

 まず、コロナ禍初期における東京都の人流の変化をみると、初めて緊急事態宣言が発出された2020年4~5月に、港区、千代田区、中央区を中心に平日昼の滞在人口が大きく減った(図1-1)。この3区では、2019年の同時期・時間帯と比べた人口滞在変化率が55%近く減少した。23区でも江東区や台東区などは20%程度の減少で、中野区や世田谷区、杉並区、江戸川区などは16~35%ほど増加していた。さらに周辺の市は、微減したエリアもあるものの、調布市や三鷹市をはじめ大半の地域で滞在人口が増加している。都内中心部のエリアのみで極端に人流が減少するドーナツ状の変化が起きたことがわかる。こうした変化は平日の夜ではほとんど観察されず、人びとが通勤や通学、その他の昼間の外出を自粛していた様子が表れたものと思われる。

図1-1 東京都における平日の滞在人口の増減(左:昼 右:夜)

(注)2019年の同月の滞在人口からの変化率。昼は11-15時、夜は1-5時の平均。
(出所)「全国の人流オープンデータ」(国土交通省)1kmメッシュのデータを基に筆者作成。

 次にテレワークについて考える。テレワークが利用されるようになると、就業者が多く通勤するオフィス街などでは昼間の人口の流入が減り、ベッドタウンでは居住者がテレワークでとどまることで人口の流出が減ると考えられる。このことは以下のように説明できる。(1)ある地域を勤務地とみた場合に、他地域からそこへ通勤してくる就業者のうちテレワークに切り替える人が多いほど人口の流入は減る(勤務地ベーステレワーク率の増加)。その変化は、もともと他地域から多くの就業者が通勤してくる地域で顕著に表れる。一方、(2)ある地域を居住地とみた場合、そこから他地域へ通勤していく就業者のうちテレワークに切り替える人が多いほど人口の流出が減る(居住地ベーステレワーク率の増加)。その変化は、他地域へ多くの就業者が通勤していく地域で顕著に表れる。滞在人口の変化に影響する要因は他にもあるものの、例えば(2)より(1)の変化が大きい地域であれば、滞在人口の変化としてはマイナスになる可能性が高いと考えられる。こうした関係をデータで確認しよう。就業者実態調査では就業者に対し、コロナ前とコロナ感染拡大後の各期間におけるテレワーク利用の有無と、居住地と通常の勤務地を市区町村レベルでたずねており、各市区の勤務地ベーステレワーク率と居住地ベーステレワーク率の変化がわかる。通常時に他地域から通勤してくる就業者と他地域へ通勤していく就業者の数は、2015年の国勢調査を利用する。図1-2では横軸で(1)を、縦軸で(2)の値をとって東京圏の市区をプロットし、45度線を引いて(1)と(2)のどちらの変化が大きいかを示している。各プロットの色は実際の滞在人口変化率を表す。45度線より下に位置するのは、港区、千代田区、中央区といった都心の区が多い。オフィス街のためか、勤務地ベースでみたテレワーク率が特に高くなり、図1-1でも示したように、滞在人口の減少が顕著であった。一方、45度線より上に位置するのは居住エリアと思われる市区である。こうした地域では勤務地ベースのテレワーク率はそれほど高くなっていない一方、居住地ベースのテレワーク利用率が高くなった。実際に、滞在人口が増加したことも確認できる。

図1-2 テレワーク利用率と平日昼の滞在人口の変化率との関係(東京圏、2020年4~5月)

(注)テレワーク率は就業者実態調査を用い、2020年1月時点と2020年4~5月時点の差分をとっている。他地域への流出就業者(当地域に居住し、従業地が他地域である就業者)と他地域からの流入就業者(他地域に居住し、従業地が当地域である就業者)は2015年の国勢調査を用いている(ともに単位は人)。人口変化率のデータは図1-1と同じだが、範囲を東京都、千葉県、埼玉県、神奈川県の東京圏に広げ、サンプル数が10以上の市区をプロットした。

 緊急事態宣言に伴い「オフィスでの仕事は原則自宅で行う」、「どうしても出勤が必要な場合も、出勤者の数を最低7割は減らす」といった政府の要請があった中で、テレワークの利用率が押し上げられ、その分、通勤で生じていた人流が抑制されたと考えられる。人流の変化には通学や買い物などの外出も含まれ、人びとが感染を恐れて公共交通機関の利用を控えたなどさまざまな変化も影響するものの、テレワークの活用とともに、通常は通勤者で密集するビジネスエリアの人流がある程度は緩和されたとみてよいだろう。このことは今後、感染対策のために再びテレワークを強化することを検討する場合に、想定される人流の変化としても参考になると思われる。

 なお、前述のように、人流と感染の因果関係はまだ明らかではない。しかし、例えばイギリス政府のアドバイザリーグループは、「一般的に3分の1以上の接触が職場で行われ、多くの場合、長時間、高度にクラスター化されている」点や、「職場にいる高リスク者の保護」という観点からも、テレワークの有効性を指摘している。感染対策としてのテレワークの効果についてのさらなる研究の蓄積が期待されるとともに、テレワークは今後も公衆衛生対策の一つとして有力視されると考えられる。

参考文献


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第2章 テレワークによる仕事効率の変化

井上敦
NIRA総合研究開発機構研究コーディネーター・研究員

要旨

 本稿では「テレワークは生産性にプラスか?」という問題意識で先行研究を概観し、就業者実態調査のデータを用いて、テレワークの仕事効率の要因分析を行った。

 先行研究からは、テレワークの生産性は大きく分けて仕事の特性、仕事の環境、個人・組織の特性の3つの要因に左右されることを確認した。また国内研究では、コロナ禍でのテレワークと生産性の関係は負の結果を報告するものが大半であり、テレワークのプラス要因と生産性の関係を議論している研究はほとんど見当たらなかった。

 そこで本稿では、テレワークのマイナス要因、プラス要因のいずれにも注目し、仕事効率との関係を就業者実態調査のデータを用いて分析した。その結果、テレワーク利用者の仕事効率の低下と関係している要因は、仕事の裁量が少ない、リモートからオフィスにアクセスができない、自宅にインターネット環境がないことであった。一方、仕事効率の上昇と関係する要因は、評価基準や業務分担が明確であるといった仕事の特性、マイペースで仕事ができること、移動がなく疲れにくいこと、静かな部屋で仕事により集中できることであった。

 これらの結果から、単に働く場所をオフィスからリモートに移しICTでオフィスとつながるだけでは仕事効率の向上は期待できず、既存の仕事や働き方をアレンジし、また快適な仕事部屋を確保して、テレワークのメリットを享受しやすい状態に変えていかなければ、仕事効率の向上にはつながらないことが示唆された*

1.テレワークの生産性をめぐる議論

 「テレワークは生産性にプラスか?」―この問いは、個人の所得、企業の収益、一国の経済成長に関わることから、大きな関心が寄せられてきた。また、第3章で議論しているように、コロナ禍でテレワークの利用機会の差も顕著に表れており、この差が労働成果の違いを生むかという点からも、重要性が高まっているテーマである。ここでは、テレワークが生産性に影響を与える要因について、既存の研究成果からまとめる。次の3つのカテゴリー、すなわち仕事の特性、仕事の環境、個人・組織の特性に分けてみていく。

 1つ目の仕事の特性は、業務上のスキルや判断、行動の特徴である。チームでの共同作業や対面でのやり取りが必要となる仕事では、遠隔で働くことによって生産性に影響を与える可能性がある。2つ目の仕事の環境は、各自の執務環境である。テレワークを行う場所が仕事に適さない環境であると生産性は下がる恐れがある。例えば、自宅に仕事部屋がない、育児や家事のため仕事が中断される、リモートから会社のシステムにアクセスできない、といったことである。3つ目の個人や組織の特性は、勤続年数やテレワークの利用経験、企業規模、組織の制度などである。例えば、企業の文化やプロセスへの適応度が高いと考えられる勤続年数の長い労働者や、テレワーク経験がある労働者ほど、テレワークで生産性を維持しやすい傾向がある。以下では、これらに関連する研究を紹介する。

 まず1つ目の仕事の特性に関して、ここでは、コールセンター業務とIT系の専門職を対象とした研究を取り上げる。前者では、テレワークは生産性に対して正の効果がある一方、後者では負の影響があることが報告されている(Bloom et al., 2015; Gibbs et al., 2021)。Bloom et al.(2015)は中国の旅行代理店会社におけるコールセンターの在宅勤務希望者を、無作為に在宅勤務とオフィス勤務に振り分け、在宅勤務者には週4日の在宅勤務を求めた実験を用いて分析を行った。その結果、実験期間中の9ヶ月間、在宅勤務者はオフィス勤務者に比べて生産性が約13%向上した。その背景には、在宅勤務者は休憩や病欠が少なく労働時間が増えたこと、自宅の静かな環境により仕事の効率性が高まったことがある(注13)(注14)。またGibbs et al.(2021)ではアジアのITサービス企業の従業員で、認知的、協調的、革新的なタスクが多い専門技術職のデータを用いて、コロナ禍での在宅勤務の生産性を分析した結果、コロナ禍で在宅勤務に切り替わることで、生産性が8~19%低下したことが明らかとなった。その理由として、コミュニケーションコストの増加を指摘している。調整のための種々の会議への参加時間が増加した一方、上司との個人面談やコーチングを受ける時間、社内外の同僚との接触は減少し、また集中する時間(中断されることなく作業する時間)も減少した。これら2つの職種に関する研究からは、どのような特性の仕事かという職種やタスクの観点から、テレワークの利用を判断することの重要性が伺える(注15)

 2つ目の仕事の環境に関しては、日本の大手製造業4社のデータを用いたKitagawa et al. (2021)がある。そこでは、1回目の緊急事態宣言時(2020年4~5月)にテレワークを利用した人はしなかった人よりも生産性が低下したとの結果を得ている。4社に共通する生産性低下の要因として、「整っていない自宅環境」、「(社内外の)コミュニケーション不足」が指摘されている。職種別に詳しくみると、営業職では「必要な情報へのアクセスができない」こと、研究開発職では「社内でのみ使用可能な専用機械や情報機器の使用ができない」など、職種によって要因は異なる。そのため、テレワークの環境整備は、職種に応じて優先順位を定めて着手することが重要と指摘している。その他、仕事の環境に関して、前述したGibbs et al.(2021)では、子どもがいる従業員は子どもがいない従業員と比べて、在宅勤務の生産性の低下が大きかった。これはコロナ禍での学校閉鎖により子どもたちが家にいたために、仕事に集中できなかったことが影響している。

 さらに、仕事の特性と仕事の環境の両面に着目したものとして、タスクによっては、同僚や相手が同じ空間にいないことで生産性が下がることが報告されている。Dutcher (2012)では、米国の大学生125名を対象に実験を行い、被験者にはランダムな文字や数字の入力などの退屈な仕事と、ありふれた物の変わった使い方を思いつくという創造的な仕事が与えられた。それを研究室内で取り組むか、自宅で取り組むかは無作為に決定された。分析の結果、自宅で創造的な作業をした場合は生産性が11〜20%向上し、退屈な作業をした場合は6〜10%低下した。単純労働における同僚の存在の重要性を踏まえ(Falk and Ichino, 2006)、実験室で退屈な作業を行った被験者は、同じ部屋で他の被験者の入力音を聞くことができたため、生産性を維持できた可能性を指摘している。またKünn et al.(2020)は認知的要求が極めて高いプロのチェスプレーヤーを分析した結果、オンライン対戦の方が生産性が低下したことを発見している。その理由として、同じ空間に相手がいなくなり、プレッシャーが欠如した可能性を指摘している。Dutcher (2012)もKünn et al.(2020)も非常に珍しいタスクを対象としているため一般化は困難であるが、同僚や相手の存在が生産性に重要な役割を果たすという結果は、テレワークの利用を決定する上で欠かせない視点といえる。

 3つ目の個人や組織の特性については、Gibbs et al.(2021)では勤続年数の長い人ほど在宅勤務による生産性が高いとする結果を得ており、企業文化やプロセスへの適応度が高い勤続年数の長い従業員ほど、テレワークでもパフォーマンスを維持しやすいと考察している。また、子どもの有無に関係なく女性ほど在宅勤務による生産性の低下が大きく、この結果については、家事などの家庭内タスクが女性に多く課されているためではないかと考察している。コロナ禍の日本のデータを用いたOkubo et al.(2021)では、仕事効率が高いテレワーク利用者の特徴として、テレワーク利用開始時期が早くテレワーク経験が豊富であること、余暇、家事・育児、睡眠などの非労働活動に費やす時間よりも労働時間に費やす時間が多いこと、メンタルヘルスが良好であることを明らかにしている(注16)。また、仕事効率が高いテレワーク利用者の所属組織の特徴として、非常に小規模な企業か、大企業に勤めていること、柔軟な働き方を重視している一方、成果主義的な評価制度は重視していないことを報告している(注17)

 特に、コロナ禍でのテレワークと生産性の関係は、海外研究では正の関係も負の関係も報告されているが、国内研究では負の関係を確認した報告が大半である(Okubo et al., 2021; 森川, 2020a, 2020b; 小寺, 2020; Kitagawa et al., 2021)(注18)。総論でも指摘しているように、個人も組織もテレワークに対して準備不足のなかで、テレワークが始まったことが一因だろう(注19)

 いつくか国内研究を紹介すると、森川(2020a)では、2020年6月に実施したインターネット調査による個人データを利用して分析した結果、職場を100としたときの従業員の主観に基づく在宅勤務の生産性は全体平均で61、平時からテレワークしていた人は77、コロナ禍で始めた人は58であった。また森川(2020b)では、2020年8~9月に実施した企業調査で職場の生産性を100としたとき、平時から導入していた企業は82、コロナ禍で導入した企業は67であった。日本ではコロナ禍のテレワークは生産性を下げ、特にテレワークを未経験の労働者や企業でその傾向が顕著である。小寺(2020)では内閣府が2020年5月下旬から6月上旬に個人に対して実施した調査のデータを利用して分析した結果、テレワークと生産性は負の関係であった。生産性に悪影響を及ぼす要因として、テレワークとの親和性が低い職業、社内・社外間のコミュニケーション(社内での気軽な相談・報告が困難、取引先等とのやりとりが困難、画面情報のみによるコミュニケーション不足)、住居・家庭環境(仕事への集中が難しい住環境、家族への配慮が必要)の3種類を挙げている。

 このように国内のデータを用いて、テレワークのマイナス要因と生産性の関係を分析している研究はいくつか報告されている。しなしながら、テレワークのプラス要因と生産性の関係を議論している研究はほとんどない。そのため、テレワークによって生産性の低下を防ぐために対応すべき障害が分かっても、テレワークによって生産性の向上を促すための取り組みは必ずしも明らかにされていない。そこで本稿では、テレワークのマイナス要因、プラス要因のいずれにも注目し、仕事効率との関係を分析する点で先行研究に貢献する。

2.テレワークの仕事効率の変化に関する要因分析

(1)結果のポイント

 本節では、テレワーク利用者の主観的な仕事効率に着目し、どのような要因がどの程度関係しているのかを検証する(注20)

 分析の結果、テレワーク利用者の仕事効率の低下と関係する要因は、仕事の進め方の裁量が少ない、リモートからオフィスにアクセスができない、自宅に十分なインターネット環境がないことであった。一方、仕事効率の上昇に関係する要因は、仕事の特性として、評価基準や業務分担が明確であること、リモートでできる仕事が多いこと、仕事の進め方の裁量があることなどである。また、個人の特性として、マイペースで仕事ができる、移動が減り疲れにくいこと、自宅環境として、静な部屋で仕事により集中できることが挙げられる。以下、これらの分析内容について報告する。

(2)テレワークの仕事効率に関係するマイナス要因とプラス要因

 はじめに、テレワーク利用者がテレワークの仕事効率に影響を及ぼすと認識している要因は何かを確認する。就業者実態調査では、2021年9月時点のテレワーク利用者に対して、テレワークの仕事率性に影響を与える具体的な要因について質問した(注21)

 マイナス要因について(図2-1)、選択された割合が高かった順に、「リモートではできない仕事が多い」(23%)、「テレワークにより、同僚・部下とのコミュニケーションが不足しがちになった」(18%)、「コミュニケーション方法が、メール、チャット、ビデオ会議などになり、コミュニケーションがとりにくくなった」(18%)、「自宅には、パソコン、プリンター、机など、仕事をするための適切な機器・設備がない」(14%)となり、仕事の特性やコミュニケーション、自宅環境に関する要因が並んだ。

 一方、プラス要因は(図2-2)、選択された割合が高かった順に、「リモートでできる仕事が多い」(24%)、「テレワークにより、通勤や業務上の移動が減り、疲労しにくくなった」(23%)、「自宅では、静かな部屋で、仕事により集中できる」(17%)、「仕事の進め方について裁量が多い」(16%)となり、仕事の特性、個人の特性、自宅環境に関する要因が並んだ。

図2-1 テレワークの仕事効率を低下させると認識されている要因

(注)2021年9月時点でテレワークを利用している人に限定した結果。観測値数1,861。

図2-2 テレワークの仕事効率を上昇させると認識されている要因

(注)2021年9月時点でテレワークを利用している人に限定した結果。観測値数1,861。

(3)どの要因による影響が大きいか

 ではどの要因がテレワークの仕事効率に大きく影響するのだろうか。それを調べるため、前掲の図2-1、2-2のマイナス要因、プラス要因が、それぞれどれだけ仕事効率の低下、上昇に関係しているかを推定した。具体的には、どの要因も仕事効率に関係しないと認識しているテレワーク利用者の仕事効率を基準として、各要因が仕事効率に影響すると認識しているテレワーク利用者の仕事効率が平均的にどの程度異なるのか推定した(注22)。分析に用いた仕事効率は、通常の出勤時(コロナ禍ではない状態での出勤)を100とした時の2021年9月時点の主観的な仕事効率である(注23)。マイナス要因と仕事効率の結果は図2-3に、プラス要因と仕事効率の結果を図2-4に示した。

 まずマイナス要因をみると(図2-3)、仕事効率との関係が最も大きいのは、「仕事の進め方について裁量が少ない」ことである。その理由については検証が必要だが、離れていても上司から細かな指示を逐一受け、裁量がない状態が保持されると、従業員の心理状態の悪化などを通じて成果が悪化しているのかもしれない。続いて、仕事効率との関係が大きいマイナス要因として、「自宅などの社外から、社内のサーバー、オフィスの機器、サービスなどにアクセスできない」、「自宅には、十分なインターネット環境がない」ことが挙げられる。自宅や職場にICT環境が整っていなければ、テレワークでできる仕事は相当限られるためか、非効率になってしまうことがわかる。

 他方、チームでする仕事が多い、スケジュール不確実性が増したなどの仕事の特性に関する要因や、コミュニケーションの悪化に関する要因は、仕事効率の低下とほとんど関係していない。また、テレワークは管理者による直接的な監視ができないため、従業員がサボる機会を増やしてしまうという懸念があるが、「周囲に上司や同僚がいないと、気が緩んでしまう」ことは仕事効率の低下とほとんど関係していない。なお、この結果はコロナ禍でテレワークが利用され始めた2020年上旬からおよそ1.5年後の状況であり、長期的にテレワークが活用されたときにも、同様の結果が得られるとは限らないため、結果の解釈には留意が必要である。短期的にはテレワークの仕事効率と関係していなくても、長期的には大きな影響をもたらす可能性もあるだろう。

 次にプラス要因と仕事効率との関係を見ていく(図2-4)。この関係性が大きい要因は、「仕事の評価基準が明確である」、「リモートでできる仕事が多い」、「仕事のスケジュールの不確実性が減った」、「仕事の進め方について裁量が多い」ことなど、仕事の特性に関する要因である。テレワークの仕事効率を高めるためには、ここで列挙した仕事の特性の要素を強くして、テレワークのメリットを享受しやすくする必要があることが見て取れる。特に裁量の有無は、仕事効率の低下と上昇の両方に関係する要因であることから、テレワークの仕事効率を大きく左右する可能性がある。また、「周囲に上司や同僚がいないほうが、マイペースで仕事ができる」、「テレワークにより、通勤や業務上の移動が減り、疲労しにくくなった」、「自宅では、静かな部屋で、仕事により集中できる」ことも仕事効率の上昇と関係している。総論でも言及しているように、仕事に集中できるスペースの確保はテレワーク利用者にとって不可欠であり、自宅に仕事スペースがない人に対しては、サテライトオフィスやコワーキングスペースの活用が仕事効率の観点からも重要になる。また、マイペースに働ける状況を組織が認めるなど、個人の事情を踏まえた働き方が効率性の向上にとって重要であることがわかる(注24)

図2-3 マイナス要因と主観的効率性

(注)2021年9月時点でテレワークを利用している人に限定した結果。観測値数1,861。図2-1、2-2のマイナス要因、プラス要因のいずれも仕事効率に関係しないと認識しているテレワーク利用者と比較した時の、主観的な効率性の差を示している。

図2-4 プラス要因と主観的効率性

(注)2021年9月時点でテレワークを利用している人に限定した結果。観測値数1,861。図2-1、2-2のマイナス要因、プラス要因のいずれも仕事効率に関係しないと認識しているテレワーク利用者と比較した時の、主観的な効率性の差を示している。

3.テレワークの仕事効率をいかに高めるか

 本章では、「テレワークは生産性にプラスか?」という問題意識で先行研究を概観し、就業者実態調査のデータを用いて、テレワークの仕事効率の要因分析を行った。先行研究からは、テレワークの生産性は大きく分けて仕事の特性、仕事の環境、個人・組織の特性の3つの要因に左右されることを確認した。また国内研究では、コロナ禍でのテレワークと生産性の関係は負の結果を報告するものが大半であり、テレワークのプラス要因と生産性の関係を議論している研究はほとんど見当たらなかった。そこで本稿では、テレワークのマイナス要因、プラス要因のいずれにも注目し、仕事効率との関係を就業者実態調査のデータを用いて分析した。その結果、テレワーク利用者の仕事効率の低下と関係している要因は、仕事の裁量が少ない、リモートからオフィスにアクセスができない、自宅にインターネット環境がないことであった。一方、仕事効率の上昇と関係する要因は、評価基準や業務分担が明確であるといった仕事の特性、マイペースで仕事ができること、移動がなく疲れにくいこと、静かな部屋で仕事により集中できることであった。

 興味深いのは、仕事効率の低下に関係する要因と上昇に関係する要因は必ずしも一致しない点である。リモートからオフィスにアクセスができないなど、ICTインフラが整備されていないことは仕事効率の低下と関係する。しかしながら、ICTインフラが整備されていることは仕事効率の上昇とはほとんど関係しない。これはテレワークによる仕事効率の低下を軽減する上でICTインフラの整備は重要だが、仕事効率の上昇を図るうえでは不十分であることを意味している。ICTの導入は、それを使いこなすことができて初めて効果を発揮するものと考えられるが、ICTの導入がテレワークの仕事効率にプラスと認識している人であっても、実際には仕事のなかに取り込めずあまり活用できていない、ICTを有効活用するスキルがないなど、ICTが本来持つポテンシャルを十分に引き出せていない可能性が考えられる。そのような状況があるのであれば、総論で議論されているように、個人のデジタルスキルを向上させ有効活用できるよう、再教育の環境整備が重要になる。

 また、仕事の進め方に裁量がないなど、仕事の特性がテレワークに向いていない場合、オフィス勤務時と同じ働き方では、テレワークのメリットを受けにくく、むしろ、仕事効率の悪化につながる恐れがある。単に働く場所をオフィスからリモートに移しICTでオフィスとつながるだけでは仕事効率の向上には結実せず、期待されている仕事を明確にして、裁量を高めるなど、仕事の特性をテレワークに適するようアレンジし、また、快適な仕事部屋を確保するなど、テレワークのメリットを享受しやすい状態に変える工夫を重ねることで、テレワークの仕事効率の向上が実現すると思われる。

参考文献


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森川正之(2020b)「新型コロナと在宅勤務の生産性:企業サーベイに基づく概観」RIETI Discussion Paper, 20-J-041.

付表2-1 テレワークのマイナス要因、プラス要因とテレワーク利用者の主観的効率性
(クリックすると拡大します。)

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(注)OLSを用いた分析。被説明変数は平時を100とした時の2021年9月時点の仕事の主観的効率性。各変数名の内容に該当する場合に1、そうではない場合に0をとるダミー変数。カッコ内の数字は頑健な標準誤差。***は1%水準、**は5%水準、*は10%水準でそれぞれ統計的に有意なことを示す。

第3章 テレワークの利用機会の均等

井上敦
NIRA総合研究開発機構研究コーディネーター・研究員

要旨

 本章では、「テレワークの利用機会は均等か」という問題意識で、就業者実態調査のデータを用いて、個人属性、企業規模、地域の間のテレワーク利用状況が異なるかを分析した。

 その結果、女性は男性よりもテレワーク利用率が低く、職業やタスクの偏りが固定化する限り、テレワーク利用率の男女差は残り続けることが示唆された。他方、職業、タスク、社会経済的背景の違いを考慮して比べると、女性の方がテレワークを利用する傾向が見られ、テレワークは女性にとって労働参加の重要なツールになることが伺えた。

 また、非正規職員と正規職員・役員間のテレワーク利用率は、1回目の緊急事態宣言が発令された202045月に差があり、当時、同一労働であっても、非正規であるためにテレワークの利用が認められにくい状況があったことが示唆された。しかし、20219月時点では同様の傾向はみられず、企業組織のテレワーク利用方針が短期間で改善していることもわかった。

 さらに、個人のICTスキルが高い人と低い人、大企業と中小企業、大都市圏と地方の間で、テレワーク利用率に差があり、労働者のICTスキルや、企業組織や地方のデジタル環境、就業環境整備の改善が、テレワークの利用機会の均等につながることが示唆された*

1.テレワーク利用のばらつき、利用機会は均等か

 新型コロナのパンデミックをきっかけに、テレワークで仕事をする人が急激かつ大規模に増加した。出社を前提とした従来の労働慣行が崩れ、我々は今、近代の働き方が大きく転換するかどうかの分岐点にいる。コロナショックがなければ、テレワークは時間をかけて社会に浸透し、社会としても徐々に受け入れることになったはずが、コロナショックが突如生じたことで、様々な課題が露骨に表面化した。その1つがテレワークの利用が職場や職種、所得などによって異なる「ばらつき」、つまり「利用機会の均等」の問題である(注25)

 総論で議論しているように、テレワークは職業やタスクによる向き不向きがある。現在の技術水準では、テレワークできない仕事が一定程度存在するという事実は受け入れざるを得ない。一方で、日本ではコロナ禍で外出自粛が求められた時期に、テレワークできない職種の人から不満が出たり、出社が必要な職員の負担が重くなるという状況が少なからずあった(注26)。また、非正規という理由でテレワークを認められない、在宅勤務を求めたら雇い止めされたといった不当な扱いも顕在化した(注27)。こうした過度な平等意識や不当な扱いはテレワークの推進を阻む障害である。解消しなければ、テレワークの利用は低迷し、コロナ禍前の働き方に逆戻りするだろう。日本経済にとっては、グローバル化、自動化が進む中で、テレワークのメリットをうまく取り込むことが重要だが、そのためには、組織の経営者と労働者が共有できるテレワークの利用方針を確立し、人々の認識や行動を変えていく必要がある。

 その際考えなければならない論点の1つが、労働者の業務内容、自宅や職場の環境は様々であり、テレワークできない人が存在することをどう評価するかである。人によって仕事内容や就業環境が異なることによる当然の結果として是認できるのか、あるいは、それだけでは片づけられない利用機会の均等の問題が潜んでおり是正されるべきなのか。この問いに答えることで、テレワークの利用機会の均等の課題が見えてくるだろう。本稿では、テレワーク利用の偏りを確認し、その背景にある要因を明らかにしたうえで、どこにテレワークの利用機会の均等の課題があるかを考察する。

2.テレワーク利用率の差に関する要因分析

 本稿では、注目する属性や特性間でテレワーク利用率に差があるかを確認する(注28)。具体的には、2021年9月の「テレワークに関する就業者実態調査」(以下、「就業者実態調査」)のデータを用いて、個人レベルとして性別、雇用形態、ICTスキルの有無、組織レベルとして企業規模、地域レベルとして都市と地方の間で、テレワーク利用率が異なるかを分析する。こうしたテレワーク利用の決定要因を明らかにした研究は国内だけでも蓄積されてきているが、あるグループ間でテレワーク利用率の違いが生じる背景を明らかにしたり、テレワークの利用機会の均等の観点から考察を加えているものは少ない。本稿では、こうした考察を加えることで、先行研究を補完する。

 就業者実態調査は、新型コロナウイルスの感染拡大による、全国の就業者の働き方、生活、意識の変化や、業務への影響等の実態を捉えることを目的とした、NIRA総研と慶應義塾大学経済学部大久保敏弘研究室による共同調査である。感染拡大当初の2020年4月より2022年4月現在までに計6回実施され、18,000人以上の日本全国の就業者が参加している。本調査はインターネットによる調査であり、2019年度の総務省『労働力調査』の結果に基づき、性別、年齢(6区分)、地域(5区分)に応じて割り付け、回収目標数が10,000となるよう調査を実施している。テレワークの利用状況は、テレワークの定義を定めたうえで、第1回から第6回調査まで一貫して同じ内容をきいている(注29)。また、性別、年齢などの人口統計学的属性だけでなく、詳細な仕事内容や自宅の仕事スペースの有無、企業の特徴など、テレワーク利用に関係し得る様々な特性を調査しているため、テレワークを多様な観点から分析したり、様々な外部要因の影響をコントロールした上で分析することが可能なデータセットになっている。

 本稿の分析では、2021年9月時点でテレワークを利用していた場合に1をとるダミー変数を被説明変数として、注目している属性や特性を表す変数に回帰するモデルを最小二乗法で推定する。しかしながら、テレワークは、職業やタスクなどによって向き不向きがあるため、注目している属性とテレワーク利用の間に正の関係が確認されたとしても、それは、その属性を持った人がテレワークしやすい職業についている、という職業選択やタスクの割り当ての傾向の違いを示しているに過ぎない可能性がある。そのため、注目している属性や特性間で、テレワーク利用の機会均等が図られているかを分析するには、単にグループ間の平均差を確認するだけでは不十分であり、職業やタスクなどテレワークに関係し得る他の条件が同じであっても、注目しているグループ間のテレワーク利用に差があるかを確認する必要がある。前述の通り、本調査では職業やタスク、人口統計学的属性だけにとどまらず、個人、企業の多種多様な特性を調査していることが特筆すべき1つの特徴であり、本稿では、職業、タスク、様々な社会経済的背景を表す変数を追加したモデルも推定する(注30)。職業には38種類の職業を表すダミー変数、タスクにはDe La Rica et al (2020)と同じ方法で作成したルーティンタスク、ノンルーティンタスク、マニュアルタスクの程度を表す3つのタスク指標、社会経済的背景には性別、年齢、雇用形態、学歴、収入、ICTスキル、通勤時間、自宅の仕事スペースの有無、企業規模、産業、地域を表す変数のうち、注目している属性や特性以外の変数を用いる。以上の変数が欠損しているサンプルを除くと、7,418人のデータが利用可能となった。記述統計は付表3-3、推定結果の詳細は付表3-4、3-5を参照されたい。

(1) 性別でみたテレワーク利用率の違い

 テレワークの利用状況は性別によって異なるのだろうか。まず単純な平均差を確認すると、女性は男性よりも7パーセントポイント低いことがわかった(図3-1(1))。この背景には、女性ほどテレワークしにくい職業についているという事実がある。同データで男女別に職業分布を見ると、テレワークを利用しやすい管理職、研究職、技術職は男性の割合が高く、飲食物調理・接客従事者、販売職、保健師・助産師・看護師、保健医療・生活衛生サービス従事者など、テレワークに不向きな対面サービス職やエッセンシャルワーカーは女性の割合が高い。

 次に、こうした男女間の職業分布の違いを考慮に入れて分析すると、その差は3パーセントポイントに縮まることがわかった(図3-1(2))。この結果は、同じ職業であっても、平均的には女性のテレワーク利用率は男性よりも3パーセントポイント低いことを意味している。さらに、男女間のタスクの違いを考慮すると、その差は1パーセントポイントに縮み、統計的に有意な差は見られなくなった(図3-1(3))。このことは、同じ職業であっても担当している業務が男女間で異なっており、女性の方がテレワークしにくい業務が多いことを示唆している。さらに追加的に、男女間の社会経済的背景の違いを考慮すると、むしろ女性の方が2パーセントポイント高くなり、統計的に有意な差がみられた(図3-1(4))。

 以上の結果からは、男女間での職業やタスクの偏りが固定化する限り、テレワーク利用率の男女差は残り続けることが伺える。一方で、様々な条件をそろえて比較すると、女性の方がテレワークを利用するという結果は大変興味深い。女性にとってテレワークは男性以上に労働参加の重要なツールになることのあらわれかもしれない。

図3-1 性別でみたテレワーク利用率の差

(注)第5回調査(2021年9月実施)の結果を用いた分析。観測値数は7,418。推定結果の詳細は付表3-4、3-5を参照のこと。

(2) 雇用形態でみたテレワーク利用率の違い

 次に正規職員・役員と非正規職員の間のテレワーク利用の違いについてみていく。単純な平均差では、非正規職員は正規職員・役員よりもテレワーク利用率が16パーセントポイント低い(図3-2(1))。しかし職業の違いを考慮するとその差が9パーセントポイントに縮まり(図3-2(2))、さらにタスクの違いを考慮すると5パーセントポイントまで縮まる(図3-2(3))。さらに追加的に社会経済的背景を考慮すると、統計的に有意な差はみられなくなる(図3-2(4))。

 この結果は、テレワークに不向きな職業、タスク、経済社会的要因が非正規職員に偏っており、これらの条件が同じであれば、両者の間のテレワーク利用率の差はほとんどないことを意味する。したがって、平均的には雇用形態のみを理由としたテレワークの利用機会に、不平等があるとは言えないだろう。

図3-2 雇用形態別でみたテレワーク利用率の差

(注)第5回調査(2021年9月実施)の結果を用いた分析。観測値数は7,418。推定結果の詳細は付表3-4、3-5を参照のこと。

 しかし1回目の緊急事態宣言が発令された2020年4~5月は状況が異なった。同時期のデータを用いて同じ分析を行うと、職業、タスク、社会経済的背景を考慮してもなお、非正規職員は正規職員・役員よりもテレワーク利用率が5パーセントポイント低く、統計的に有意な差が残った(図3-3(4))。実際のテレワークの利用状況の代わりに、同時期の企業の方針として、「テレワーク利用が認められているかどうか」という情報を用いても、非正規職員は認められていない割合が高かった。これらの結果は、同一労働であっても、非正規であるためにテレワークの利用が認められにくい状況が当時あったことを示唆している。厚生労働省が公表したテレワークのガイドラインでも指摘されているように、正規と非正規との不合理な待遇差は法律によって禁止されており、雇用形態のみを理由にテレワークの対象から除外することは法律に違反する可能性がある(注31)。正規と非正規の間のテレワーク利用の線引きは、早急に是正されるべきテレワーク利用機会の不平等であったといえる。一方、こうした雇用形態のみを理由としたテレワーク利用の不当な扱いの傾向が、2021年9月時点で見られなかったのは大きな改善であり、企業組織のテレワーク利用方針の見直しが進んでいることが伺える。

図3-3 緊急事態宣言発令時(1回目、2020年4~5月)の雇用形態別でみたテレワーク利用率の差

(注)第2回調査(2020年6月実施)の結果を用いた分析。観測値数は6,365。推定結果の詳細は付表3-4参照のこと。

(3) ICTスキルでみたテレワーク利用率の違い

 次にテレワークに不可欠なICTスキルとテレワーク利用率の関係について見ていく。単純な平均差ではICTスキルが高い人ほどテレワーク利用率が顕著に高い(図3-4(1))。職業、タスク、社会経済的背景を制御するとその差は縮まるが、それでもなお、上級レベル、中級レベルのICTスキルを持つ人は、テレワーク利用率が高く、統計的に有意な差がみられる(注32)(図3-4(2))。

図3-4 ICTスキル別でみたテレワーク利用率の差

(注)第5回調査(2021年9月実施)の結果を用いた分析。観測値数は7,418。推定結果の詳細は付表3-4、3-5を参照のこと。

 この結果はテレワークをしやすい職種、タスク、経済社会的要因がICTスキルの高い人に偏っていることを意味する。例えばタスクの偏りを同データで確認すると、同じ管理的職業であっても高いレベルのICTスキルを持った労働者はテレワークを利用しやすいノンルーティンタスクの割合が高い(付表3-6)。因果関係はわからないため留意が必要だが、職業が同じでも、ICTスキルが高まるとそのスキルをいかそうとしてノンルーティンタスクが増えるなど、よりテレワークを利用しやすい状況に変わっていくのかもしれない。

 また図3-4(2)の結果からは、ICTスキル自体がテレワークの利用にとって重要であることを示唆する(注33)。テレワークの利用においてICTスキルの育成の重要性は論を俟たないが、ICTに不慣れな人でも使いやすいテクノロジーを導入するなど、テレワーク利用の技術的な障壁を下げる取り組みを進めることも、テレワークの利用機会の均等の観点からは重要な論点である。

(4)企業規模別でみたテレワーク利用率の違い

 テレワークの利用は企業特性によっても異なる。以下では、企業規模に注目してテレワーク利用の違いをみていく。

 企業規模別にテレワーク利用率を見ると、従業員500人以上の大企業のテレワーク利用率が顕著に高い。従業員1~4人の企業組織に勤める人と比べて、大企業に勤める人のテレワーク利用率は単純な平均差で19パーセントポイント(図3-5(1))、職業、タスク、社会経済的背景の違いを考慮しても7パーセントポイント高く(図3-5(2))、統計的に有意な差がある。

図3-5 企業規模別でみたテレワーク利用率の差

(注)縦軸は企業規模1~4人の企業に勤める人と比較したテレワーク利用率を示している。第5回調査(2021年9月実施)の結果を用いた分析。観測値数は7,418。推定結果の詳細は付表3-4、3-5を参照のこと。

 この結果は、職業、タスク、社会経済的背景が同じであっても、大企業に勤める人は中小企業に勤める人に比べてテレワークを利用しやすいことを意味している。この理由の一つに、企業組織のデジタル環境や就業制度の違いがある。例えば、同データでコロナ禍でのICTツールの利用や、テレワークを定着させるために必要な就業制度の変更を企業規模別に見ると、中小企業ほどこうした動きが乏しい(付表3-7)。企業組織のデジタル化の差異は、市場原理を前提とした企業の体力の問題でもあり、一概に中小企業と大企業のテレワーク利用の差をもって、テレワークの利用機会の均等が図られていないとは言い難い。総論でも議論されているように、中小企業におけるテレワークを普及させるには、企業に対する補助金よりもむしろ、労働者個人が積極的にデジタルスキルを修得するための教育環境や制度の整備を政策的に進めることが重要になるだろう。

(5)地域別でみたテレワーク利用率の違い

 テレワークの利用は地域間によって大きく異なる。地域別にテレワーク利用率を見ると、単純な平均差で「その他の地域」と比べて、東京圏は18パーセントポイント、京阪神は8パーセントポイントの差がある(注34)(図3-6(1))。職業、タスク、社会経済的背景の違いを考慮すると、その差は縮まるが、それでも統計的に有意な差は残る(図3-6(2))。

図3-6 地域とテレワーク利用率

(注)縦軸は「その他の地域」に居住する人と比較した、東京圏、京阪神に居住する人のテレワーク利用率を示している。第5回調査(2021年9月実施)の結果を用いた分析。観測値数は7,418。推定結果の詳細は付表3-4、3-5を参照のこと。

 この結果は、大都市圏ほどテレワークを利用しやすい職業、タスク、経済社会的要因が偏っていることを意味している。大都市圏に本社機能や情報通信産業、金融業などが集まっているのはその典型的な特徴といえよう。また車通勤が主流で人口密度が小さい地方に比べて、人口が密集し満員電車で通勤する大都市圏は、感染症対策としてのテレワークの必要性が高いことも起因しているだろう。

 しかし産業構造や通勤手段などによる影響を考慮してもなお、大都市圏のテレワーク利用率が高いのはなぜだろうか。その理由の一つに、地方のデジタル化の遅れがある。同データからは、ICTツールの利用率や、コロナ禍でテレワークの利用により仕事の効率性を維持できると認識している人の割合が、地方ほど低いことが確認された(付表3-8)。通信環境整備や企業組織のデジタル化の遅れにより、テレワークよりもオフィスで仕事をしたほうが、仕事の効率が良いと考える人が、大都市圏よりも地方で多いことが推察される。

 テレワークの利用機会の均等の視点からは、市場原理を前提にすると、人口密集地である大都市圏の情通通信インフラの整備、デジタル化が優先的に進むことは自然であり、不平等とは言えない。しかし今後、都心の企業に勤めながらテレワークと出社を組み合わせたハイブリッド型や、テレワークだけで仕事が完結する働き方が広まると、人々の居住地は勤務地ベースから生活ベースになっていくと予想される。地域経済の活性化をしていくためにも、地方の情報通信環境やテレワーク拠点を整備することは重要と考えられる。

3.テレワーク利用の機会均等を図るために

 本章では、「テレワークの利用機会は均等か」という問題意識で、就業者実態調査のデータを用いて、個人属性、企業規模、地域の間のテレワーク利用状況が異なるかを分析した。テレワークは、職業やタスクなどによって向き不向きがある。注目している属性や特性間で、テレワーク利用の機会均等が図られているかを分析するには、単にグループ間の平均差を確認するだけでは不十分であり、職業やタスクなどテレワークに関係し得る他の条件が同じであっても、注目しているグループ間のテレワーク利用に差があるかを確認する必要がある。就業者実態調査では、職業やタスクの詳細や、個人、企業組織の多種多様な特性を調査していることが特筆すべき1つの特徴であり、本稿では、職業やタスク、様々な社会経済的背景の違いを考慮した分析を行った。テレワーク利用の決定要因を明らかにした研究は国内だけでも蓄積されてきているが、あるグループ間でテレワーク利用の違いが生じる背景や、テレワークの利用機会の均等の観点から考察を加えているものは少ない。本稿ではこうした考察を加えることで先行研究を補完した。

 分析の結果、女性は男性よりもテレワーク利用率が低く、職業やタスクの偏りが固定化する限りは、テレワーク利用率の男女差は残り続けることが示唆された。他方、職業、タスク、社会経済的背景の違いを考慮して比べると、女性の方がテレワークを利用する傾向が見られ、テレワークは女性にとって労働参加の重要なツールになることが伺えた。また、非正規職員と正規職員・役員間のテレワーク利用率は、1回目の緊急事態宣言が発令された2020年4~5月に差があり、当時、同一労働であっても、非正規職員であるためにテレワークの利用が認められにくい状況があったことが示唆された。しかし、2021年9月時点では同様の傾向はみられず、企業組織のテレワーク利用方針が短期間で改善していることもわかった。さらに、個人のICTスキルが高い人と低い人、大企業と中小企業、大都市圏と地方の間で、テレワーク利用率に差があり、労働者のICTスキルや、企業組織や地方のデジタル環境、就業環境整備の改善が、テレワークの利用機会の均等につながることが示唆された。

 今後、さらなる技術進歩やグローバル化が進む中、テレワークを通じて、物理的距離にとらわれず高技能人材を国内外から採用し、生産活動を行うことは、企業の成長にとって重要な戦略になるだろう。有能な人材を取り込むためには、単にテレワークを導入するだけでなく、テレワークを生産性向上の実効的な手段として、企業組織が位置づける必要がある。冒頭で述べた過度な平等意識やテレワーク利用をめぐる不当な扱いなど、テレワーク利用を阻害する要因を除去するとともに、就業者のICTスキルを高め、デジタルインフラを日本各地に張り巡らすなど、テレワーク利用の機会均等を一層確保するよう努めることが重要になるだろう。

参考文献

Autor, D. H., & Handel, M. J. (2013). Putting tasks to the test: Human capital, job tasks, and wages. Journal of labor Economics, 31(S1), S59-S96.
De La Rica, S., Gortazar, L., & Lewandowski, P. (2020). Job Tasks and wages in developed countries: Evidence from PIAAC. Labour Economics, 65, 101845.
Kawaguchi, D., & Motegi, H. (2021). Who can work from home? The roles of job tasks and HRM practices. Journal of the Japanese and International Economies, 62, 101162.
Okubo, T. (2021a). Telework in the Spread of COVID-19. Keio-IES Discussion Paper Series, 2021-015.
Okubo, T. (2021b). Non-routine Tasks and ICT tools in Telework. Keio-IES Discussion Paper Series, 2021-017.
Kawaguchi, D., & Motegi, H. (2021). Who can work from home? The roles of job tasks and HRM practices. Journal of the Japanese and International Economies, 62, 101162.
石井加代子, 中山真緒, & 山本勲 (2020). コロナ禍における在宅勤務の実施要因と所得や不安に対する影響. JILPT Discussion Paper, DP20-SJ-01.
大久保敏弘・NIRA総合研究開発機構(2022)「テレワークに関する就業者実態調査について」 NIRA総合研究開発機構(2022)「テレワークの可能性を問う -実務家たちによる座談会-」
森川正之 (2020). コロナ危機下の在宅勤務の生産性: 就労者へのサーベイによる分析. RIETI Discussion Paper, 20-J-034.
森川正之 (2021). 新型コロナと在宅勤務の生産性:パネルデータ分析. RIETI Discussion Paper, 21-J-041.

補論 タスクとテレワークの関係

 総論では、職業によってテレワークに向き不向きがあることを確認した。では、職業が同じであれば、誰でもテレワークを同程度利用できるのかと問えば、答えは否である。同じ職業でも業務内容によって、テレワークの利用のしやすさが異なるためである。

 ここでは、Autor and Handel (2013)にならい、業務を、①ルーティンタスク、②ノンルーティンタスク、③マニュアルタスクの3種類に分けて考える(注35)。ルーティンタスクは明示的な手順に従った定型的なタスク、ノンルーティンタスクは抽象的な問題解決、創造的、組織的、経営的なタスク、マニュアルタスクは肉体的作業が求められるタスクを指す。例えば一般事務職と一言で言っても、タスクは多岐にわたる。契約書の作成、データ入力、印刷のようにルーティンタスクもあれば、会議での報告や議論、価格交渉のようにノンルーティンタスクもある。また、会議室の設営、在庫整理などのマニュアルタスクもある。

 では、どのようなタスクがテレワークに向くのだろうか。上記の3種類のタスクの頻度に基づき、低、中、高の3つのグループに分けて分析した。その結果、職業が同じでも、ノンルーティンタスクの割合が高いグループほどテレワークを利用し、ルーティンタスク、マニュアルタスクの割合が高いグループほどテレワークを利用しないことがわかった(付表3-1)。

付表3-1 職業内のタスクの違いとテレワーク利用率の差

(注)縦軸は該当するタスクの頻度が「低」のグループと比較したときの、「中」、「高」のグループのテレワーク利用率の差を示している。第5回調査(2021年9月実施)の結果を用いた分析。テレワーク利用の有無を各タスクのグループに回帰。職業固定効果(職業間のテレワーク利用率の違い)を考慮している。観測値数は10,348。

付表3-2 所得階層別のテレワーク利用率

(注)nは第5回調査(2021年9月実施)のサンプルサイズを示している。

  付表3-3 記述統計(クリックすると拡大します。)rp012204_appendix3-03.png

  (注)観測値数は7,418。

付表3-4 属性、特性間にみられるテレワーク利用率の差のまとめ

(注)OLSを用いた分析。被説明変数は2021年9月時点でテレワークを利用していると1となるダミー変数。第1列では職業固定効果、タスク変数、社会経済的背景変更を制御していない場合のグループ間のテレワーク利用率の平均差、第2列から第4列はこれらの変数群を追加した分析結果。職業固定効果は38種類の職業を表すダミー変数で考慮する。タスク変数にはDe La Rica et al (2020)と同じ方法で作成したルーティンタスク、ノンルーティンタスク、マニュアルタスクの程度を表す3つのタスク指標、社会経済的背景変数には性別、年齢、雇用形態、学歴、収入、ICTスキル、通勤時間、自宅の仕事スペースの有無、企業規模、産業、地域を表す変数のうち、注目している属性や特性以外の変数を用いる。括弧内の数字は頑健な標準誤差。***は1%水準、**は5%水準、*は10%水準でそれぞれ統計的に有意なことを示す。

  付表3-5 推定結果

rp012204_appendix3-05.png

 (注)OLSを用いた分析。被説明変数は2021年9月時点でテレワークを利用していると 1 となるダミー変数。括弧内の数字は頑健な標準誤差。***は1%水準、**は5%水準、*は10%水準でそれぞれ統計的に有意なことを示す。

付表3-6 管理的職業のICTスキルとノンルーティンスキルの程度

(注)管理的職業の各ICTスキル(4グループ)とノンルーティンスキルの頻度(3グループ)のクロス集計結果。第5回調査(2021年9月実施)の結果を用いた分析。観測値数は766。

付表3-7 企業規模別でみたICTツール利用率、コロナ禍での就業規則の変更の実施率の差

(注) 縦軸は企業規模1~4人の企業に勤める人と比較したICTツール利用率、および、コロナ禍での就業規則の変更の実施率を示している。第5回調査(2021年9月実施)の結果を用いた分析。観測値数は7,418。

付表3-8 地域別でみたICTツール利用率、テレワークにより仕事の効率性を維持できるという認識の差

(注)縦軸は「その他の地域」に居住する人と比較した、東京圏、京阪神に居住する人のICTツール利用率、テレワークにより仕事の効率性を維持できるという認識の割合を示している。第5回調査(2021年9月実施)の結果を用いた分析。観測値数は7,418。

第4章 テレワークの可能性を問う
―実務家たちによる座談会―

NIRA総合研究開発機構

座談会実施概要

 コロナ禍によって強制的に行われたテレワークが何をもたらしたのか、そして現場の課題は何か。テレワークをテーマに、大久保敏弘教授をモデレーターとして実務家4名による座談会を実施した。ワークライフバランスを見直している人もいれば、オフィスの再定義を迫られている企業もある。時間的にも空間的にも、テレワークは仕事のあり方を変えていく可能性がある。企業と就業者が共有できる新たな価値を生み出すために、今起こっている変化をポジティブな方向へとつなげるヒントを探していく。

実施日:20211124日(水)

参加者:相原大介   東レ・カーボンマジック株式会社 取締役副社長
    座間美都子  公益財団法人21世紀職業財団 事業推進部長
    田宮一夫   一般社団法人日本テレワーク協会 専務理事
    塚本恵    IT系企業を経て、現在は大手外資企業(メーカー)に所属

モデレーター:大久保敏弘  NIRA総合研究開発機構上席研究員/慶應義塾大学経済学部教授
編集者:鈴木壮介  NIRA 総合研究開発機構研究コーディネーター・研究員
(敬称略、五十音順)

はじめに

 企業の現場では、さまざまなテレワークモデルを試し、出社とテレワークのバランスや役割分担、管理や運用のベストプラクティスを見つけようとしている。その過程で浮かび上がってきた悩みや課題は何か、また、政府や自治体に対して何を期待しているのか。

 本稿では、企業の最前線で活躍する方々に集まってもらい、コロナ禍によって強制的に行われたテレワークがいったい何をもたらしたのか、そして現場の課題は何かについて語ってもらった。

 テレワークをきっかけにワークライフバランスを見直している人もいれば、オフィスの再定義を迫られている企業もあるだろう。時間的にも空間的にも、テレワークは私たちの仕事のあり方を変えていく可能性がある。企業と就業者が共有できる新たな価値を生み出すために、今起こっている変化をポジティブな方向へとつなげるヒントを見つけたい。

現場で混乱はなかったか


 2020年3月、新型コロナウイルス感染拡大防止のため、多くの企業で突如テレワークの導入が決まった。当時テレワークが可能と考えられていたのは管理職、事務職、専門職といったホワイトカラーワーカーに限られていた。従業員の健康上の安全を確保しつつ、業務を継続するためにテレワークの対象者はどう選り分けられたのか。当時の状況を実務家に振り返ってもらった。

塚本:世界中に10万人の社員を抱えるグローバル企業に勤めております。グローバルで仕事をする関係から、コロナ以前よりテレワークの制度もインフラも整っていましたから、在宅で勤務したい人は活用するという状況でした。

 日本にも2,000人を超える社員がいますが、そのうちの多くは工場の現場で働いています。当然ながら、工場のラインにいる人たちにテレワークは難しく、エッセンシャルワーカーとして、会社として万全の対策をとりつつ現場で働いています。他方、事務員はできるだけ在宅で勤務をするようにということで、テレワークが推奨されています。

 コロナ前のテレワークは、職種によって利用状況がまちまちでした。しかし、今回の経験を通じて、テレワークをやればできるのにやっていなかった人たちも取り組むようになりました。例えば、開発センターや、工場の事務担当の社員等です。今回、「全員がオフィスにいなければいけない」という固定観念を少し減らせたことで、テレワークを使う人たちの幅も広がったと思います。

座間:当時はメーカーのコーポレート部門に所属していました。元々、会社には特定の事情のある人にテレワークを認める制度がありましたが、全社員を対象にしていなかったため、一部の部門で対象者を限定せずにテレワークを試行し評価をまとめましたが、制度化していませんでした。しかし、急遽、出勤人数を制限することになり、半ば強制的に多くの社員が在宅勤務をすることになりました。実際在宅勤務をしてみると、意外と問題なくできるという感想を持ちました。研究、分析、調査といった仕事はテレワークにとても向いていますね。

 通勤時間等も気にせずに働けましたが、その一方で、どうしても時間外労働が増えてしまう。労働時間の管理に気を使う必要性は出てきました。

ものづくりの現場では


 製造業でのテレワークは困難だといわれる。しかし、NIRAの調査結果からは、テレワークが難しいにもかかわらず、可能な限りテレワークを進めようとしている状況が見て取れる(注36)(図4-1)。

図4-1 産業別でみたテレワーク利用率

相原:製造業のものづくりの現場ではテレワークの導入は容易ではありません。工場のある会社に勤務する人には分かると思いますが、生産現場では必ずみんなが集まって朝礼を行います。朝礼でその日の作業の段取りやみんなの調子や顔色を見て確認し、安全に業務を進めるのです。基本中の基本である安全確認をテレワークで行うことは困難であり、製造現場のテレワーク移行は結構ハードルが高いと思います。

座間:思ったよりもテレワークは可能でしたが、他方で、テレワークには向かない職種がある、ということも分かりました。現在所属する法人は全部で30~40人程度の小さい組織なので、その中で総務の社員はさまざまな業務を担当しています。郵便、荷物の受け取り、施設管理やオフィスにしかない特殊ソフトの利用支援といった業務です。そのため、出勤する人が常にどうしても必要です。

 また、テレワークに向いた仕事、向いていない仕事があるのは当然のことなのですが、そうした違いを不公平だと思うメンタリティの方もいらっしゃいますね。

業務効率性はどのように変化したか

 

 仕事の場所を変えることは、業務効率性に対してプラスにもマイナスにも働く可能性がある。テレワークを導入した現場では、どのような変化を感じているのだろうか。

塚本:私どもの業界は、全体として2020年よりも2021年度のほうが景気はよい印象で、テレワークで効率が悪くなったという話はあまり聞きません。先ほど述べましたように、製造現場の社員や、お客さまのところにうかがってメンテナンスをするスタッフなどは、そもそもテレワークの対象になっていなかったので、それほど大きな混乱はなかったと思います。

座間:「テレワークをしなかったら、我々の事業活動は維持できなかった。」職員からはそのように聞いています。当法人では研修・出講等の業務がかなりの割合を占めていて、対面で人が集まれない、講師が現地に赴けないという状況では、オンライン化でなくては対応できませんでした。

 効率性の観点からは、通勤時間がなくなったことが大きかったですね。介護が必要な家族がいる、あるいは何かほかのことに時間を使いたいという人にも、テレワークは非常に好評でした。邪魔が入らず自分のペースで業務をこなせるようになる可能性が高い、そういう意味で、テレワークには一定のメリットがあると思います。

相原:弊社におけるテレワークでは、朝の始業時にどんな業務を行うのか部下と上司で連絡を取ります。終業時には、業務が終わった旨の報告をします。こうすることで、上司も部下もその日に行う予定だった業務ができたかどうかを確認できます。たいてい予定通りに業務は進まないわけですね。しかし、見える化することで、なぜ予定通りに業務が進まないのか、気づきが得られることがあります。気づきがあったら、上司から部下へメールやチャットで指示を出して、アクションを起こさせることが可能です。そうやって効率を上昇できるというメリットはあったと思います。

 その一方、我々は製造業ですから、ものづくりの現場のテレワーク導入は困難です。テレワークには、「知的」、「社員が自律的に判断する」、「業務の進行を管理しやすい」、「ITリテラシーが高い」といったイメージがあり、そのイメージに基づいて「テレワークを普及させるべき」、「テレワークができる仕事は、そうでない仕事に比べて知的で重要」と聞こえるような主張をする人もいますが、私はそれに対して違和感を覚えます。

 営業活動に関して言うと、コロナ禍で甚大な影響を受けました。弊社の営業活動は、いわゆるルートセールスではありません。同じ製品を毎年売るわけではないので、開拓的な活動ができないと大きな痛手になります。タイにある子会社工場を指導するために、私の会社の社員がタイに行ったり、タイ人が日本に来てものづくりを学ぶということも業務に含まれますが、この部分は非常に大きな影響を受けました。

業務効率性が変化する要因とは


 効率性に関する調査結果では、テレワークで業務効率が上昇する要因として、疲労の軽減、仕事の特性上テレワークが向いていることなどが挙がっている。一方、業務効率が低下する要因として挙がっているのが、テレワークに不適な業務であること、コミュニケーションの悪化など(表4-2)。実務家はテレワークによる業務効率性をどのように捉えたのだろうか。

表4-2 テレワークでの業務効率の上昇要因・低下要因

座間:私も、出勤することでしか得られないメリットがあると感じています。雑談は顕著な例です。これまで、特に管理職以上だと、自分から積極的に情報収集に動かなくても、肌感で他の部門、周囲の組織の状況がある程度分かりました。それがテレワークになるとできない。

 テレワークでは、本来の目的外のものと偶然に出会う、その中で何かが見つかる、そういうセレンディピティが得にくくなると強く感じています。現在の職場では今のところ業務に支障のない限りテレワーク可としているのですが、今後はある程度出勤を求めていくべきではないかと、議論しているところです。

 また、新しいやり方を教わらなくてはいけない状況では、往々にして何が分からないのかも分からなかったりします。そういうケースにおけるテレワークは、効率が非常によくないと感じています。

 あと、テレワーク環境の問題があります。若い人、単身の方で、自宅がテレワークに適した状態になっていないというのですね。自宅では仕事に集中しにくいということで、どうしても出勤したいと申し出て会社で仕事をする人も一部いました。机や椅子のほか、参考資料がたくさん必要な業務もあります。資料によってはデジタル化できなかったり、ネットで探索できないものもありますから、やはり会社で仕事をしたいということになります。

 ただ、そういった声が全てではなく、むしろ1人で仕事する方が効率がよいという意見もありました。一人ひとりの働き方の傾向が、テレワークがうまくいくかどうかに大きく影響した気がします。

従業員のテレワーク意向は


 2020年45月に発令された1回目の緊急事態宣言が解除されると、テレワークをしていた人が出社するようになった。しかし、テレワークを今後も利用したいと思っている人は相応にいるようだ。

塚本:事務系の社員や本社勤務の人たちの場合、日本国内で働いてはいても上司の4割は海外におり、テレワークが常態化しています。人によっては、出社しない方が通勤時間をとられることがないため、快適に感じているものもいるかと思います。

 2022年からは週に1、2回ほど出社してもらいたいと考えていますが、出社するインセンティブをどうつくるかが今の悩みです。

 田宮:テレワークが定着し始めてきていますので、在宅勤務に慣れた人にとっては、明日から毎日出社しろと言われると抵抗感が強いでしょうね(注37)

オフィスの意味を問い直す

 

 突発的なテレワーク対応を進める中、労使ともテレワークにはさまざまな長所、短所のあることがわかってきた。短所があるにせよ、企業は働き方改革の一つの手段として今後もテレワークを利用する可能性がある。であれば、オフィスの意味や働き方そのものを問い直す必要が出てくるだろう。

 コロナ禍になってから約1年経過後のアンケート結果では、約2割から3割の企業が経営の全面的な見直しや時差出勤の実施などを予定していると回答した(図4-3)。いかにテレワークを活用するか、自社にとってのベストプラクティスを実務家は見極めている。

図4-3 新型コロナウイルス感染拡大後の組織の変化

塚本:テレワークにメリットを感じている従業員は多いです。オフィスを常時開けてはいますが、実際に使っている人は今1割くらいです。2018年に、環境のよいフリーアドレスのオフィスをつくったのですが、今はがらんとしています。コロナ後みなが出社するようになった時、これまでよりも生産性が上がるオフィスとはどういうものかを考えているところです。オフィスの存在意義から考える必要があるように思っています。

田宮:職種や業務によって、テレワークができるところとできないところがどうしても出てきます。問題なのは、テレワークが三密回避という目的のために進められてしまったこと。本来テレワークとは、少子高齢化による労働人口の不足といった問題に対処するための手段だったはずです。

 今我々が普及促進しているのは、ハイブリッド型のテレワークです。全体の仕事の中で、在宅でできる領域もあれば、出社が必要な領域もあります。

 テレワークが在宅勤務主体となってくると、コミュニケーションという面でもいろいろな課題がありますね。先ほど相原さんがおっしゃっていた、始業時・終業時に報告を行って仕事の中身を見える化する方法は、コミュニケーションにおいては効果的でしょう。ただ、在宅勤務が長く続くと、チームの動きや、部門、あるいは組織全体の動きが見えなくなってしまうといった課題も報告されています。

 今後は、週○日在宅勤務、出社○日というハイブリッド型テレワークを行う人が少しずつ増えてくるのでしょう。そうなるとマネジメントする側には、全体ミーティングを行い、全員で情報共有する場をつくるといった施策が求められます。そういう動きをされている企業も、最近はかなり多くなってきました(注38)

 今、各企業がいろんなことにチャレンジしています。塚本さんがいわれたように、オフィスのあり方、出社する事の意味や目的、そういうものを改めて定義している企業が最近の事例では多いです(注39)

相原:テレワークではできない業務こそ、その産業における強みが存在するということもあるのではないでしょうか。テレワークすべきところはきちんとテレワークできるようにしておくべきですが、特に高度な熟練度を要するものづくりの現場では、テレワークでできる仕事だけやっていたら、当面は困らなくても、いずれその会社は潰れてしまうかもしれません。

 すべての会社がテレワーク至上主義に流れているとは思いませんが、日本的なハイブリッドで、柔軟な働き方はどういうものか、今回の研究でもその点に触れていただきたいですね。特に地方の製造業にいるとそう感じます。

塚本:私どもも、これからの働き方の1つとしてテレワークを活用していきます。IT企業の中には100%テレワークを打ち出しているところもありますが、弊社では対面とテレワークのグッドバランスをどのように構築して、一人ひとりのパフォーマンスを最大化していくかを考えていきたいと思います。

 コロナ禍の中、様々な人が多様な経験をして、一人ひとりが働きやすさについて考えるようになってきました。テレワークの活用や、オフィスのあり方を見直すことは、その一環でしょう。また最近は、副業の是非についてもよく聞かれるようになりました。テレワークだと副業もしやすくなりますから、そういったことを総合的にどう考えて施策に落とし込むかも考える必要があると考えています。

 一部の社員が求めるものが全員の求めるものと一致するとは限りません。みんな違う中で、会社としてはどうすればよいのか。今後は、社員ごとにある程度テーラーメイドの施策を行わないといけないのかもしれません。

相原:コロナ禍に対する緊急対応とは離れますが、テレワークやフレックスワークなどいろんな方策を使って柔軟な働き方を実現することは、地方の企業での人材確保のような点では、今後間違いなくポジティブに働いていくと思いますね。

労働力不足に対するテレワークの効果

 

 日本では、労働力不足が深刻化している。テレワークを利用すれば、遠方に住む人材を雇用したり、遠方の企業に業務を外注したりすることもでき得る。しかし、アンケート調査の結果を見ると、テレワークによって仕事をアウトソースできると答えている割合はまだ少ない。海外へのアウトソーシングとなると、その割合はさらに減少する(図4-4)。テレワークは、人手不足解消の有効な手段になり得るだろうか。テレワークによる雇用とアウトソーシング、2つの項目について実務家にうかがった。

図4-4 産業別、テレワークによる海外へのアウトソーシングの可否

田宮:パーソルキャリアが中途や新卒の求職者を対象にした調査結果を発表していますが、それを拝見するとテレワーク制度のある企業の方が上位に選ばれる傾向があります(注40)。今後、少子高齢化で労働人口が減っていく中、企業が労働者に選ばれるためにはテレワーク制度が重要になってくるでしょう。テレワークに関する課題としては、地方の中小企業での導入率や進捗率が低いことが挙げられます。

 また、テレワーク制度が整っている、あるいはテレワークを活用した就業の例などをPRしている企業では、採用枠の10倍、20倍の応募が来ているなどの事例もあります(注41)。働き方の自由度が高いことをアピールしている企業ほど、応募は増えていますね。

座間:最近、首都圏外のいくつかの企業の方と勉強会をする機会がありました。そこでは「テレワークとは何ですか」、「オンラインミーティングには慣れていません」といった発言が頻繁に出てきました。テレワークは元々三密回避で始まりましたが、地方ではそれほど人が密になっていないし、自動車通勤も多い。IT投資が進んでいないこともある。そうした地方の中小企業にとっては、なぜ今テレワークをしなければならないのか、今ひとつ理解しがたいようです。一時的にテレワークを始めた企業も、必然性を感じていないため結局元に戻ってしまったのでしょう。失礼ですが、そういう印象を受けました。

 重要なのは、コロナ禍でのテレワークを目的ではなく、変化のきっかけとして捉えられるかどうかなのではないかという気がしています。テレワークをするために、業務を整理して、オフィスの意味を考えるようになる。テレワークは、そうした気づきができているかどうかの踏み絵になっているのではないでしょうか。

 そこに気づいた企業はこれからどんどん変わっていくでしょうし、気づかない企業はずっと今のままでしょう。今後、企業の二極化は進んでいくだろうという実感があります。

相原:私が勤務するのは滋賀県の会社ですが、テレワークができるようになると採用活動も変わってきます。採用しようしても滋賀まで行くのは大変だからと断られたり、採用しても京都に仕事が見つかったからと転職されたりした方がいらっしゃいました。会社所在地のハンディキャップを補えるという意味で、テレワークというか、柔軟な働き方はプラスになると思います。

 日本全国にはよい中小企業もけっこうあります。EV化が進むと日本の自動車産業は縮小し地方の雇用は壊滅的なダメージを受けるという話がありますが、テレワークなどで地方の活性化ができるとよいですね。

塚本:私が以前働いていたIT企業では、アウトソーシングを実施していました。2000年代からHR業務はフィリピンに、経理処理は中国にアウトソースしていたのです。

 最近では、DFFT(Data Free Flow with Trust:信頼ある自由なデータ流通)や経済安全保障が注目されるようになり、海外、特にフリーランスへのアウトソーシングは以前より難しくなってきています。データ漏えいは企業にとって非常に大きなリスクですから、慎重にならざるをえません。

 "like minded countries"という言い方がありますが、同じ志を持つ国とデータ経済網をきちんとつくっていかないと、今後の経済活動が制限されてしまう可能性があるでしょう。

 最近は中国に対する警戒感が言われておりますが、実は他にも国家資本主義的な国は多々あります。そういった国々を日米等の自由主義陣営に引き込んでいく必要があるように思います。

 また、今後DXが進展するのにともなって、リモートで可能な業務はもっと増えていくでしょう。建機業界でも、国を超えて、マシンをオペレーションすることもできるようになっています。そういうことが世界中で日常的に行われるようになれば、人手不足問題も解消できてしまうかもしれません。

座間:私も同じ考えです。アウトソースをするにしても、信頼の置ける相手でないと重要なデータを渡せません。問題は、アウトソースするかしないかではなく、信頼置けるアウトソース先とどうやってつながるかです。

 小規模企業にとって、信頼できるアウトソース先を海外まで広げて探すのは大変な手間がかかります。その手間を考えると、アウトソースするより、従来通り社内で処理する方がよいという判断になってしまうでしょう。

田宮:BCPの観点からも、自社の重要なデータをどこにアウトソースするかはとても大きな問題です。

 データをどこに持つかと言うことも含め、日本はITに対する取組が欧米に比べて遅れていると言われています。大企業ならばIT人材も比較的潤沢ですが、全企業の99.7%を占める中小企業は、IT人材を育成したり、採用したりすることが難しい。

 そう考えると、遠隔地にいる人材を雇用するためにテレワークの制度を整えようという動きも今後進んでいきそうです。

 日本におけるここ1年のテレワークの普及は、三密回避を主要な目的としていました。しかし、これからは労働力確保の手段としてテレワークを考えていく必要があります。15歳から64歳までの生産年齢人口が総人口に占める割合は2020年の59.1%から、2040年には53.9%へと下がりますからね。減った労働人口をどこで補うか。その方法論の一つが、IT化、あるいはAI化です。業務の効率化・デジタル化はもとより、業務プロセスそのものを見直し、ここは自動化しよう、RPA化しようということになる。DX化の推進は、正に場所に捉われない柔軟な働き方の拡大であり、そのような動きがこれから出てくることになると考えています。

実務家から政府への要望


 都市と地方では格差があることや労働力確保の手段としてはまだ機能しきれていないことなど、テレワークの現状が明らかになった。これらの課題を解決するためには、企業の尽力はさることながら、国としての支援も必要になってくるだろう。実務家はどのようなことを政府に期待しているのか。

相原:地方では、ハード、ソフトの両面でデジタルリテラシーが遅れています。その遅れがさらなる格差につながり、採用面で不利になることは回避すべきと思います。地方は自動車通勤だからテレワークは不要と割り切るのではなく、BCP対応も含めてある程度のところまで国や自治体がテレワークをサポートしていただきたいと感じます。

座間:テレワークで働く場所の自由度が高まるのはとてもよいことですが、その一方で情報漏えいのリスクも高まります。情報漏えいを防ぐためのリテラシーや技術はまだ専門性や個別性が高く、みながそうしたノウハウを共有できるところまでには至っていません。国に要望したいのは、リテラシーを高める制度や非専門家でも使えるツールの整備ですね。

 また、障害者に対するフォローも必要です。テレワークだと四肢や体幹に障害のある方でも働きやすくなる面はありますが、視覚や聴覚、発話の障害はオンラインミーティングなどでデメリットになります。テレワークのメリットばかりを強調するのではなく、そうした障害のある方へのフォローについても議論を深めていただきたいと思います(注42)

塚本:地方の状況に応じて多様な働き方ができるよう、自治体が補助金を出せるようになるといいですね。国はこうしたことに関しては地方に権限を委譲し、国にしかできない経済安全保障などに注力するのがよいでしょう。そうした方が日本全体の発展につながります。また、セキュリティの拡充は必要です。

田宮:ITに通じた人材を育成することも大事です。スマホを使う感覚で、ITに慣れ親しんでいただけるよう、ITリテラシー教育、リカレント教育などの後押しを期待していきたいと思っております。


 新型コロナウイルスの感染拡大以降、企業は従業員の安全確保と業務継続の両立について苦慮を重ねてきた。もっとも検討された施策であろうテレワークについて、向いている職種はなんなのか、業務効率性は落ちないのか。本稿ではこれらの問いに対し、実務家がどのような見解を持っているのか窺うことができた。

 実務家の中でも、テレワークに有用性があるかどうかは業種や職種によって意見が分かれるところではあった。しかし、テレワークの効用を完全に否定する意見は出ておらず、出社と組み合わせた「ハイブリッド」な働き方を今後は検討していくことになるだろう。テレワークは、ポストコロナ時代でも、企業が取り得る選択肢のうちの1つになりそうだ。

引用を行う際には、以下を参考に出典の明記をお願いいたします。
(出典)大久保敏弘編著(2022)「テレワーク、感染症対策から得た教訓とはーコロナ禍で見えた効果、課題、近未来ー」NIRA総合研究開発機構

脚注
* 本稿の執筆にあたり、大久保敏弘氏(慶應義塾大学経済学部教授)から多くのご指導を賜った。ここに記して感謝申し上げる。
1 調査や研究によって、テレワークの定義には差異がある。例えば、厚生労働省の「情報通信技術を利用した事業場外勤務の適切な導入及び実施のためのガイドライン」では以下のように定義をしている。「労働者が情報通信技術を利用して行う事業場外勤務。テレワークの形態は、業務を行う場所に応じて、労働者の自宅で行う在宅勤務、労働者の属するメインのオフィス以外に設けられたオフィスを利用するサテライトオフィス勤務、ノートパソコンや携帯電話等を活用して臨機応変に選択した場所で行うモバイル勤務に分類される」。このように厚生労働省の定義においても我々の定義のように単なる在宅勤務だけではなく、情報通信機器を用いることが条件となっている。また、場所も同様に在宅に限られない。しかし、厚生労働省の定義では、(我々の定義とは異なり)臨機応変に選択した場所でのモバイル勤務も含まれている。国土交通省が毎年実施している「テレワーク人口実態調査」では、「ICT(情報通信技術)等を活用し、普段仕事を行う事業所・仕事場とは違う場所で仕事をすること」としており、在宅勤務だけにとどまらず、出先などでの訪問先や顧客先での勤務も含まれる。また交通機関での移動中の通信機器の利用もテレワークに含まれている。国土交通省の定義は、我々の定義よりも、テレワークをかなり広範に捉えている。各調査におけるテレワーク利用率の数値に差異がある一つの理由は、テレワークの定義の違いと思われる。
2 例えば、労働政策研究・研修機構(JILPT)による一連の就業者調査や慶應義塾大学による日本家計パネル調査(JHPS・KHPS)コロナ特別調査、内閣府による調査、日本生産性本部による働く人の意識調査、日経スマートワーク経営調査、パソナ総合研究所による調査などがある。それぞれ調査項目や範囲が異なるものの、概ねコロナ禍でのテレワークの利用状況、生活、健康、ワクチン接種、行動、考え方、経済状況、就業状況、働き方、などに関して、家計あるいは就業者を対象に調査している。または企業に対して従業員のテレワーク利用状況を聞いているものもある。テレワーク利用率の結果に違いがあるのは、調査対象(例えば、個人事業主を含む就業者全般か企業勤務者かなど)や調査方法が違うことや、前述のように、テレワークの定義自体にも違いがあることも関係していると思われる。
3 Bick et al.(2020)によると米国では2020年2月に8%だったが5月には35%にまで上昇した。Eurofound(2020)によると欧州では37%の就業者が利用しており、Alipour et al.(2021)によると20~50%が利用。
4 詳細は第1章を参照のこと。
5 テレワークと効率性あるいは生産性の関係については、内外の研究者が実証研究に取り組み、成果も蓄積されてきている。第2章でその一部を紹介している。
6 詳細はOkubo et al.(2021)を参照。
7 第1回緊急事態宣言はコロナが正体不明の状況で市中まん延し始めたため、急遽、政府が発令し、強く外出自粛やテレワークを推進したものだった。したがって就業者は自身の職業や利用経験や利用環境の有無にかかわらず、特にその多くはテレワークの準備が整わないままに(社内外の仕事の分担や調整やテレワーク環境、テレワークの方法、さらにはテレワークでの勤務体制が整わないままに)、当時、正体不明のコロナウイルスに恐怖をもちつつ半ば強制的に行わざるをえない状況にあった。したがって、第1回の緊急事態宣言はある種の外生的なショックだったと言える。このため、多くの人がテレワークに関する障害や問題を痛感した。同調査では、「テレワークは、自分の職種や業務に合わない」ことが、テレワーク利用にあたって障害となるかどうかを聞いた。「まったく障害にならなかった」「あまり障害にならなかった」「どちらともいえない」と答えた就業者をテレワーク利用可能とし、職業別にテレワーク利用可能な就業者の割合を計算したものである。言い換えれば、無理をすれば何とかテレワークができる就業者の割合を示しており、第1回の緊急事態宣言の下での利用のように外生的に強制されたもとでの各職種における最大限のテレワーク利用可能性ともいえるだろう。
8 小寺(2020)、野村総研・フレイ・オズボーン(2015)で使用されている職業分類と本調査の分類は異なるため、本調査の分類に合うよう国勢調査の職業人口別割合で加重平均している。
9 NPIsは、アメリカ疾病対策予防センター(CDC)によると、ワクチン接種や薬の服用とは別に、パンデミックインフルエンザのような病気の蔓延を遅らせるために、人々や地域社会が取ることができる行動のことを指す。政府の政策的介入などトップダウンの対策と、自主的なボトムアップの対策の両方を含む概念とされる(Perra,2021など参照)。
10 Ahmed, Faruque et al.(2018)などを参照のこと。
11 再生産数Rは感染者が1人当たり平均で何人に感染させたかの数を指す。
12 彼らはコロナ発生前の在宅勤務の実施や在宅勤務の機会について就業者自身が答える行政調査を用いて、在宅勤務可能指数を構築する手法を使っている。
13 Bloom et al.(2015)の結果は仕事の成果を数値化、評価しやすい業務を対象とし、職業文化が日本とは異なる中国のフィールド実験から導かれたものである。そのため日本のホワイトカラー全般に必ずしも当てはまらないことに留意が必要である。
14 コールセンター業務を対象とした別の研究として、Emanuel and Harrington(2021)は米国でコロナ禍でのテレワークへの移行で生産性が7.5%向上することを発見している。コールセンター業務と同様に、共同作業や対面でのやり取りを必要としない業務として特許審査業務がある。Choudhury et al.(2019)は米国特許商標庁の審査官がどこからでも仕事ができるようになった制度変更(work from anywhere: WFA)を利用して分析した結果、WFAは在宅勤務よりも生産性が4.4%高く、仕事の質は低下しなかったことを発見している。
15 現場での対面のコミュニケーションの重要性を検証した研究として、緊急通報の対応業務を対象とした研究がある。Battiston et al.(2021)では英国の警察で働く緊急通報のコールハンドラー(電話を受け付けて、情報をシステムに入力)とオペレーター(コールハンドラーの情報を基に現場に警察を手配)の生産性を分析した結果、両者が別室に配置されているときよりも、同室に配置されている(特に近い場所にいる)場合、対面でのコミュニケーションが増え処理時間が短くなり、生産性が向上することを発見している。
16 Kazekami(2019)ではリクルートワークス研究所の「全国就業実態パネル調査」を利用して、コロナ禍前のテレワークと労働生産性の関係を分析した結果、適切なテレワーク時間は労働生産性と向上させるが、テレワーク時間が長すぎると労働生産性を低下させることを示唆する結果を得ている。
17 滝澤(2021)ではコロナ禍で日本生産性本部が実施した「働く人の意識に関する調査」データを用いて、比較的規模の小さい企業において、在宅勤務により効率が下がったと回答する割合が高くなる結果を得ている。
18 海外研究でコロナ禍でテレワークと生産性の負の関係を報告している研究として、本文で紹介したGibbs et al.(2021)、Künn et al.(2020)などがある。また、正の関係を確認している研究として、Barrero et al.(2021)、Emanuel and Harrington (2021)、Ozimek(2020)などがある。Barrero et al.(2021)では米国で在宅勤務を行った労働者の半数以上が、予想よりも在宅勤務の生産性が高かったことを発見している。Ozimek(2020)では、米国での調査により、管理職の56%がテレワークを「予想以上に良い」と認識しているとの結果を得ている。Etheridge et al. (2020)では英国の調査データを用いて分析した結果、平均すると在宅勤務者はコロナ禍前と同程度の生産性があったが、ばらつきが大きく、在宅勤務に適している産業や職種の労働者は平均して高い生産性であったことを発見している
19 アドビ株式会社が2021年4~5月に実施した日米英など主要7カ国を対象とした調査「未来の働き方に関するグローバル調査」の結果よると、「オフィス勤務よりテレワークの方が仕事がはかどる人」の割合は、日本は42.8%と世界平均69.1%を大きく下回り、最低だった。
20 前節を踏まえ、テレワークの仕事効率に関係する要因を仕事の特性、仕事の環境、個人の特性の観点から整理する。ただし、仕事の特性のうちコミュニケーションはテレワークにより大きく変化する要因であり、短期的にはあまり変化しない要因とは特性が異なると考えられるため、分けて議論する。同様に、仕事の環境についても、自宅と職場では整備すべきテレワーク環境が異なると考えられるため、分けて議論を進める。
21 具体的な設問は次の通りである。「あなたの時間あたりの仕事のパフォーマンス仕事の効率は、テレワークによって低下(上昇)しましたか。以下の低下(上昇)要因のうち、当てはまるものを選んでください」。回答者は表示されたマイナス要因(20項目)、プラス要因(20項目)から、それぞれ最大5つまで選択できる形式となっている。
22 分析に用いるサンプルは2021年9月時点のテレワーク利用者(n=1,861)である。テレワークの利用頻度によって、テレワークによる影響が異なると考えられるため、テレワークの利用頻度の違いを考慮した分析を行う。推定結果の詳細は付表2-1参照のこと。
23 仕事効率の設問文は次のとおりである。「新型コロナウイルスの感染拡大の出来事がなく、9月1週目に通常通りの勤務をしていた場合を想像してください。通常通りの勤務に比べて、時間あたりの仕事のパフォーマンス(仕事の効率)はどのように変化したと思いますか。通常通り勤務していた場合の仕事の成果を100とした場合の数字でお答えください。たとえば、仕事のパフォーマンスが1.3倍になれば「130」、半分になれば「50」となります。上限を「200」としてお答えください。」
24 プラス要因で、「テレワークにより、同僚・部下とコミュニケーションがとりやすくなった」「メール、チャット、ビデオ会議などになり、コミュニケーションがとりやすくなった」を選択したテレワーク利用者は仕事効率が低く、統計的に有意な差がある。この原因の検証は今後の課題だが、テレワークによってコミュニケーションが改善した人は、本調査では観測できていない仕事効率を下げる何らかの要因による影響を系統的に受けている可能性がある。
25 例えば所得階層別に見ると所得の高い人ほどテレワークを利用している。これは、所得が高い人ほどテレワークに向いている職業についている、仕事環境を自宅に整える余裕がある、テレワークに必要なデジタル環境の整った大企業に勤めているなどの傾向があらわれている(付表3-2)。
26 コロナ禍で強制的に行われたテレワークがもたらした現場での課題や工夫については、NIRA総合研究開発機構(2022)を参照のこと。同報告書では、実務家による座談会での議論が報告されている。
27 東京新聞(2021年5月30日)「コロナ禍で広がるテレワーク格差 在宅勤務求めた非正規、雇い止めも「まさに階級社会」と訴え
28 日本のデータを用いてテレワーク利用の決定要因を実証分析した研究として、Kawaguchi & Motegi(2021)、Okubo (2021a, 2021b)、森川(2020, 2021)、石井ほか(2020)などがある。これらの研究では、個人属性や仕事、職場の特性によって、テレワーク利用率がどの程度異なるかを分析している。
29 就業者実態調査の詳細は大久保敏弘・NIRA総合研究開発機構(2022)を参照のこと。同調査におけるテレワークの定義は以下のとおりである。「テレワーク」とは、インターネットやメールなどのICT(情報通信技術)を利用した、場所などにとらわれない柔軟な働き方とし、通常の勤務地に行かずに、自宅やサテライトオフィス、カフェ、一般公共施設など、職場以外の場所で一定時間働くことを指す。ただし、移動交通機関内や外回り、顧客先などでのICT利用は含まない。また、回答者が個人事業者・小規模事業者等の場合には、SOHOや内職副業型(独立自営の度合いの業務が薄いもの)の勤務もテレワークに含まれる。
30 職業間、タスク間のテレワークの向き不向きについては、それぞれ総論、本章補論を参照のこと。
31 厚生労働省(2021)「テレワークの適切な導入及び実施の推進のためのガイドライン」
32 ここでは、仕事に必要なICTスキルを、回答者のICTスキルと等しいと仮定して結果を解釈する。ICTスキルについての設問は以下のとおりである。「あなたの仕事では、通常どの程度コンピュータを使用できることが必要ですか。(ひとつだけ)」と尋ね、以下の選択肢1~4を提示している。選択肢1.初級程度(たとえばデータ入力や電子メールのやり取りなど、簡単な日常業務にコンピュータを使う)、選択肢2.中級程度(たとえば文書作成、表計算、データベース管理などにコンピュータを使う)、選択肢3.上級程度(たとえばソフト開発やコンピュータ・ゲームの修正、Java、SQL、PHP、Perlなどの言語を使ったプログラミング、コンピュータ・ネットワークの管理など)、選択肢4.仕事を行ううえでコンピュータを使う必要がない。
33 ICTスキルの高い人は、テレワークの希望頻度が高く、また、コロナ禍でのテレワークの利用により仕事の効率性を維持できるという認識が強いことも確認された。
34 東京圏には埼玉県、東京都、千葉県、神奈川県が入る。また、京阪神には、京都府、大阪府、兵庫県が入る。
35 各タスクの指標の作成はDe La Rica et al (2020)の同じ方法をとっている。
36 日本の労働者のうち、どの程度の割合が理論上在宅勤務可能であるかの試算(在宅勤務可能スコア)では、製造業が23%と低位な値となった。2020年4~5月、2021年9月時点では、製造業のテレワーク利用率が在宅勤務可能な23%を超えている。
37 テレワークから強制出社へと変更すると離職のリスクが高まる、との指摘もある。原因として、「出社することで組織への愛着が湧き、パフォーマンスが高まる」と考える経営層と、「テレワークを続けたい」とする働き手とのギャップが挙げられる。
38 アフラック生命保険では、都心の一部ビルにおいてハイブリッドワークを前提としたオフィスレイアウトへと変更しており、部署の特性に応じた什器の配置やフリーアドレスの導入を行った。
39 日経リサーチの調査では、出勤とテレワークを組み合わせた場合に、「自分は自社の経営ビジョンや理念に共感をもてる」「自分は仕事の中で役割を十分発揮して、重要な職位に就きたいと思う」「職場では、組織長から自社の経営方針や組織の目標・使命がわかりやすく説明されている」という設問に対して、出勤かテレワークのどちらか一方の従業員よりも「そう思う」「どちらかといえばそう思う」と回答した割合が多いという結果が出ている。
40 パーソルキャリアによる調査では、転職先を検討する際の条件として、「リモートワーク・テレワーク」が重要と回答した人は54.4%となった。
41 横浜市の向洋電機土木株式会社は2008年度にテレワークを導入。2018年度の採用は、新卒の応募者数は2008年度比で299人増の300人となり、中途の応募者数は同比596人増の600人に及んだ。岡山県の株式会社WORK SMILE LABOは、テレワーク導入により、岡山県内での希望就職先ランキングで上位の成績を収めている。
42 厚生労働省によると、障碍者の求人・求職は、都市部では求人が多い中でその充足率が低く、地方では求人が比較的少ない中で充足率が高い傾向にある。この乖離を埋めるべく、地方の就業希望者と都市部の企業をテレワークでマッチングする期待が高まっている。

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