日下渉
東京外国語大学大学院総合国際学研究科教授

概要

 スペイン、アメリカ、日本の支配を経て、1946年に独立したフィリピンでは、民主主義の制度がエリートの支配と利益に利用される「エリート民主主義」が定着し、長年にわたり不平等を持続させてきた。それゆえ、自由と解放を希求する人びとが、強権的な手段で既存の自由民主主義の打破を訴える対抗エリートに惹かれるというネジレがある。
 マルコスSr.は、1972年に戒厳令によってエリート支配を中断し「中央からの革命」で人びとを貧困と不平等から救うと約束し、当初人びとはそれを受け入れた。だが1986年、経済破綻のなか、人びとは大規模な街頭デモ「ピープル・パワー」で彼を追放した。フィリピン人による自由と民主主義を希求は確かなものに思われたが、今日、既存の民主主義への不満が再び高まっている。2016年に当選したドゥテルテ大統領は、敵対する上院議員を収監し、「麻薬戦争」で数万人を超法規的に殺害するも、8割近い国民は彼を支持し続けた。2022年選挙では、独裁者マルコスの長男が過半数以上の票を得て圧勝した。なぜ21世紀のフィリピン人は、せっかく勝ち取った自由と民主主義に背を向けて、ふたたび強権的なリーダーを求めるようになったのだろうか。
 その背景には、深く根を下ろした不平等とエリート民主主義の下で周縁化されてきた人びとが、21世紀に高度経済成長とグローバルな労働市場への参入を通じて社会上昇への足がかりを得たことがある。ドゥテルテやマルコスJr.は、そうした人びとを擁護する指導者として自らを表象し、それと共鳴する言説がソーシャルメディアで支配的になった。こうした変化は、これまで蔑ろにされてきた国民の福利を前景化させる一方で、国家と社会に危害を加える「悪しき他者」の排除を正当化することで、自由民主主義を不安定化させている。

アジアの「民主主義」
第1章インド―権威主義革命と「世界最大の民主主義国」の行方―
第2章シンガポール―シンガポール政治の変容と将来:緩やかに進む民主化への道―
第3章パキスタン―ポピュリスト政党後の政党連合政権、軍部の影響力―
第4章フィリピン―グローバル化とフィリピンの政治変動―
第5章タイ―タイの今とこれから―

INDEX

はじめに

 フィリピンは、アジアにおける民主主義の先進国といえる。1898年、アメリカはフィリピンの侵略を開始すると同時に、民主制度を導入していった。参政権を土地や外国語能力を持つ者に限定する一方、1899年には地方選挙を、1907年には後の議会に相当するフィリピン議会選挙を開始した。普通選挙制度は1935年に男性を対象に導入され、1937年に女性にも拡大された。後者は日本の1945年よりも早い。1972年からフェルディナンド・マルコスSr.の独裁が始まるも、1986年に民衆蜂起「ピープル・パワー革命」によって民主化を達成した。一般民衆が国軍に対峙して独裁者を追放した劇的な民主化は、衛星放送で全世界に配信され、権威主義体制の下で苦しむ世界中の人びとを鼓舞した。

 だが、フィリピンの民主主義は、当初から不平等とエリート支配と結びつけられてきた。政治と経済を牛耳るエリート一族が、国家の資源や制度を悪用して個別利益を追求する一方、貧しい有権者に資源を配分して集票するクライエンテリズムで支配を強化し、不平等な構造を持続させてきたのである。それゆえ、自由と解放を希求する人びとが、既存の自由民主主義の打破を訴える権威的なリーダーに惹かれるというネジレがある。最初に、そうした人びとの期待を引き受けたのは、「中央からの革命」で人びとを貧困と不平等から救うと約束した独裁者マルコスSr.だった。だが、経済破綻や一族の腐敗によって権力を追われた。

 そして21世紀に入り、既存の自由民主主義よりも、強いリーダーの統治を求める有権者の投票行動や言説が再び顕著になっている。2016年選挙で当選したドゥテルテ前大統領は、「麻薬戦争」で公式には約8,000人、実際には2万を超える人びとを超法規的に処刑したとみられる。コロナ禍では、世界最長とも言われる厳格なロックダウンを実施し、10万人以上を逮捕、数千人を拘留、少なくとも2名の防疫違反者を射殺した。また対立する最高裁長官を辞任させる、あるいは上院議員を逮捕する、批判的なメディアのライセンスを剥奪するなど、議会・司法・メディアとの水平的なアカウンタビリティを破壊した。にもかかわらず、世論調査によれば、8割近くの国民がドゥテルテを支持し続けた。

 2022年大統領選挙では、かつての独裁者マルコスSr.の長男が、有権者の過半数以上からの支持を得て大統領選挙に圧勝した。父の独裁期を「黄金期」とみなす言説が支配的になるなか、一族による人権侵害や不正蓄財を批判する声はかき消された。マルコスJr.大統領は、父の統治にならって物価を下げ、国家主導で発展を実現すると約束するも、高いインフレ率や食糧・エネルギー問題によって庶民の生活は打撃を受けている。だが、彼は依然として高い支持率を維持し続けている。

 グローバルな自由民主主義の後退は、フィリピンでも楽観できない状況にある。ただし、フィリピンでは、権威的なリーダーが選挙制度を制限しようとする動きは見られない。むしろ、選挙において多数派から圧倒的な支持を得たポピュリストが、少数派の自由や人権を侵害する「非自由民主主義」が生じている。なぜ21世紀のフィリピン人は、30年前に勝ち取った自由民主主義に背を向けて、強権的なリーダーを支持したり、かつての独裁期を理想化したり、人権を軽視するようになったのだろうか。本章では、その背景には、新たな経済構造のもとで台頭してきた新興層がナショナルな福利を要求し、フィリピンの社会と政治に根源的な変化を求めていることがあると論じる。

1.フィリピンの民主主義:政党システムの溶解

エリート支配の起源

 1521年に始まるスペイン統治下では、18世紀以降、プランテーション経済による不平等な土地所有が拡大した。そして、1898年、自由と民主主義の名のもとにフィリピンを侵略したアメリカは、選挙制度を導入してエリート層の抵抗を懐柔する一方で、集権化された強力な官僚制を設立しなかった。その結果、大地主ら地方エリートが選挙を通じて公職に就き、国家の資源や規制権限を奪い合い、個別利益を追求する寡頭エリート支配の民主主義が成立した(川中 1997)。大多数の貧しい住民は、現地エリートとの垂直的なクライエンテリズムのもとで生存維持をはからざるを得なかった。

 第2次世界大戦に伴う混乱は、このエリート支配を動揺させた。日本軍が侵攻すると、各地のエリートは抗日ゲリラを結成した。だが、貧農らにも武器が拡散すると、既存のエリート支配に抵抗的な態度をとる武装集団も発生した(荒 2021)。そして戦後の1946年4月に選挙が再開され、同年7月にアメリカから独立を与えられると、大地主以外からも、暴力の行使、高等教育、法律家の資格を通じて対抗エリートが政治的に台頭してきたのである。ドゥテルテ家やマルコス家も、こうした対抗エリートに属する。ただし、当時の選挙は、国民党と自由党の二大政党制によって争われたため、対抗エリートは政党内で地主系の伝統的エリートと協働せざるを得なかった(図1)。

図1 伝統的エリートと対抗エリートの競合と協働

(出典)川中(1997:111)をもとに筆者作成

揺らぐエリート支配

 1972年に戒厳令を布告したマルコスSr.は、議会を廃止し、地方首長らを直接任命することで、自らを頂点とする集権的なクライエンテリズムのネットワークを築いた。だが1986年の民主化によって、独裁期の反省に基づき、大統領の再選を禁じた選挙制度が導入される(表2)。民主化後、これまで6回の政権交代があった。そのうちのひとつは、2001年、スキャンダル疑惑にまみれたエストラーダ大統領が、中間層らの「ピープル・パワー2」で追放されたことに伴う超憲法的なものであった。だが、それ以外の5回は、いずれも選挙を通じて行われてきた(表3)。選挙制度を通じた政権交代という意味での民主主義は定着したといってよい。

表2 フィリピンの選挙制度

(出典)筆者作成

表3 歴代政権年表

(出典)筆者作成

 民主化に伴う選挙制度の復活は、エリート民主主義をも復活させたが、その支配は戒厳令以前よりも不安化した。まず、クライエンテリズムが弛緩した。エリートが資源を供与し、貧しい有権者を動員するという従来の戦略が、地方選挙ではまだ有効でも、全国レベルの選挙では通用しなくなってきたのである。その背景には、都市部や海外への移動が増加したこと、経済成長が多くの人々の生活を底上げしたこと、メディアの発展により人びとが自ら情報を得て発信できるようになったことがある。

 さらに、民主化後の新憲法のもと、大統領の再選がなくなり、複数の有力候補への党籍変更(勝ち馬乗り)が常態化したことで政党システムが溶解し、きわめて流動的な多党制が形成された(Kasuya 2008)。例えば、次の選挙で有力大統領候補がA党から出馬すると、そこに多くの議員が党籍転籍して集まってくる。だが次の選挙で、違う有力候補がB党を新設すると、そこに多くの議員が集まってくるといったことが繰り返されている。既成政党の「乗っ取り」や新党の結成が相次ぐので、政党を単位に政治分析を行うのは難しい。

 政治的な争点や対立軸を理解するうえでより重要なのは、有力候補者のパーソナリティと言説である。いわば、何がフィリピンの問題の根源で、誰が打破すべき敵で、いかに変革を実現するかを語る道徳言説(ポピュリズム)が、政治的な派閥と対立軸を形成するのである。たとえば、エリート支配に苦しめられてきた「貧者への優しさ」、腐敗を排する「高潔さ」、社会と政治の混乱を正す「規律」といった言説である。そして、こうした言説が広範な人々と共鳴すると、世論調査での支持率があがる。すると企業からの選挙資金も集まるし、勝ち馬に乗ろうと政治家が集まり、組織も拡大する。それゆえ、出馬時は資金的、組織的な基盤が弱くとも、選挙で勝利しうるのである(図4)。

「民主主義」の概念

 フィリピンでは、既存の民主主義がエリート支配に利用されてきたという歴史的な背景ゆえに、藤原(1988)の言葉を借りるならば、「制度としての民主主義」を超えて、より広範な社会的正義を目指す「運動としての民主主義」が正統性をもちやすい。例えば、「民主主義」はタガログ語では、demokrasyakalayaanと訳されるが、ともに理不尽な抑圧や困窮から「自由」や「解放」を含意する言葉になっている。また、「平等」と関連付けられることも多い(日下 2013)。

 さらに、こうした解放を目指す「運動としての民主主義」は、「未完の革命」言説とも結びつけられている。スペインやアメリカからの独立を目指したフィリピン革命も、1986年のピープル・パワー革命による民主化も、結果的にエリートやアメリカの裏切りにあい、民衆にとって真の「自由」を実現できていないとの悲痛な歴史感覚に根差している。

 だが、既存の民主主義に根差した腐敗や混乱は、自由や解放だけでなく、自由を制限する「規律」を求める声をも生み出してきた。アデル・ウェッブ(Webb 2022)によると、植民地時代にアメリカから民主主義を与えられて以来、フィリピンの中間層は現実の混乱に幻滅し、フィリピン人が民主主義を実施する能力に対して深い自己疑念を抱いてきた。そして、この国で民主主義を機能させるためには、自由を抑制する「規律」が必要だとの意識を長年にわたって抱いてきたという。いわば、民主主義を機能させる手段として「規律」が支持される社会的な土壌があるのだ。

2.21世紀の変化

新興勢力の台頭

 先進国を対象とする比較政治学では、経済構造が製造業から情報通信業に変化し、中間層が凋落し、格差が拡大してきたことが、権威主義的なポピュリズム台頭の背景にあると指摘されている(川中 2021)。しかし、フィリピンの場合、2000年代中頃から平均GDP成長率6%前後の経済成長が続いており、ゆっくりだが中間層も成長している。それゆえ、経済的な豊かさが増す文脈で、なぜ権威主義的なポピュリズムが支持されるのかを理解する必要がある。

 計量的手法を用いた研究によると、有権者によるドゥテルテとマルコスの支持を説明する要因として、地域および言語/エスニシティ要因が有意である一方、階層、学歴、年齢、ジェンダーなどは効いていないという(Dulay, Hicken, and Holmes 2022; Dulay, Hicken, Menon, and Holmes 2023)。たしかに、ドゥテルテは南部、マルコスは北部で圧倒的な支持を得ている。ただし、言語集団を基盤にした地域投票は古くからの現象であり、新しくない。またドゥテルテへの例外的な支持率の高さと持続、マルコスの地滑り的な圧勝は、地域や言語/エスニシティ集団を超えた広がりを持っている。こうした広範な支持を理解するには、地域以外の要因も視野に入れる必要がある。

 ここで着目すべきは、近年の選挙における有権者の多数派の特徴である。フィリピンの有権者には若年層が多く、18歳から39歳が2016年選挙で56%を、2022年選挙では52%を占めた。社会階層については、2022年選挙をめぐる世論調査のデータによると、富裕・中間層を示すABC層は8%、D層で74%、もっとも貧しいE層は17%だった(Pulse Asia 2022)。ここから、選挙戦の行方を決定する多数派は、若年層のD層だと分かる。もちろん、この社会集団が急に増加したわけではない。しかし、私の考えでは、彼らの特徴が過去20年から30年で大きく変化したことが、近年の選挙結果に大きな影響を与えている。

 彼らの多くは、2000年代中頃から本格化した高度経済成長と、グローバルな労働機会の拡大を経験してきた。海外就労者は、2000年の84万人から2019年には220万人に増えた。貧困世帯からも、家事手伝いや建設労働だけでなく、高等教育を通じて看護師・介護士、船乗り、ホテル・レストラン従業員などの資格を取って海外で就労する者が大量に出てきたのである。国内でも、海外就労者からの送金に支えられてサービス産業が急成長し、新たな就業機会を手にする人びとが増えた。とりわけ、北米企業のコールセンターは世界一の規模を誇り、今日その就業者数は100万人にものぼる。

新興層の不安と不満

 ただし、こうして新たな就労機会を得た人びとは、生存維持レベルの貧困状態は脱しても、安定した中間層にまでは辿り着いていない。2004年から2019年で平均GDP成長率は8%を記録するも、安定した大量雇用を生み出す製造業の不在、財閥による労働力の買い叩き、サービス産業の底辺労働といった経済構造ゆえに、日収15ドル以上の中間層は微増にとどまる(World Bank 2020)。このことは、日々の勤労にもかかわらず、思い望む社会上昇を果たせず、フラストレーションを抱えた層が大量に存在することを示している。

 しかも、グローバルなサービス産業における労働は、厳格な職務規定やマニュアルを義務づけ、新自由主義経済に伴うリスク、不安定に個人で対処していくことを強いる。新時代のフィリピン人は、グローバルな基準と需要を満たす規律化された「人的資源」たることを要請されるだけでなく、「陽気で優しいフィリピン人」として、顧客や雇い主のために自らの心を商品化する「感情労働」に従事する者も多い。しかも海外就労者のなかには、十分な市民権が保証されず、不安定で危険な労働に従事するなかで、深刻な人権侵害にあったり、心身の健康を損なったりする者も少なくない。

 従来の世代は、たとえ貧しくとも、インフォーマル経済や零細農業において、労働時間や内容を自分で決めることができた。だが今日の新興層は、不安定とリスクに満ちたグローバルかつ新自由主義的な労働環境のなかでチャンスを掴むために、自らの自律性を犠牲にしてでも、勤労、規律、自己責任といった新自由主義的な価値を内面化するよう迫られているのである。

 ただし、彼らには社会の弱者や敗者という認識はなく、むしろ規律・勤労を通じた社会上昇という向上心(アスピレーション)を抱いている。いわば、多様な社会集団に属する人びとを近年の選挙戦でひとつの投票ブロックにまとめ上げているのは、未来に思い描くアスピレーションと現実に対するフラストレーションの共有である。

社会と政治への影響

 こうした経済構造の変化に伴う新興層の台頭は、社会や政治にも影響を与えている。かつて生存維持レベルの貧困層が多数派だった時は、「貧困を生き抜く相互扶助」という規範が社会関係を形作った。政治的には、エリートが貧困層に資源を配分し、後者が前者に投票するというクライエンテリズムが強固だった。社会の近代化に伴ってクライエンテリズムが弛緩しても、貧しい有権者の多くは、1998年に大統領に当選した俳優出身のジョセフ・エストラーダのように、「貧者への優しさ」を語るポピュリストを支持した。

 しかし、2000年代中頃からグローバルなサービス産業での就労機会が増えたことに伴い、「個人の規律と勤勉による成功」という規範が支配的になってきた。今や多く人びとが、ローカルな相互扶助の社会関係から部分的に切り離され、グローバルな労働市場における新たな不安定やリスクに個人で対峙しつつ、日々努力している。だが彼らは、自分たちの努力が十分に報われないのは、機会の平等を与えず、安全も保障しない非効率で腐敗した国家とそこに寄生する「腐った社会秩序」のせいだとの苛立ちを深めている。そして「日々頑張っているまっとうな人びと報われる社会」と、それを実現する「まともに機能する国家」を希求するようになったのである(日下 2023a)。

3.直近の選挙:近年の大統領選挙

「ピープル・パワーの物語」の失墜

 新興層の台頭は、民主化とその後の政治を道徳的に導いた「ピープル・パワーの物語」の正統性を浸食してきた。この物語は、マルコス独裁の反省に立ち、暗殺されたベニグノ・アキノJr.元上院議員のような愛国心を持ち、自由民主主義の制度と価値、そして市民の参加に基づいて発展を目指すというものである。こうした言説は、独裁下での苦しみと民主化闘争を共有する伝統的エリートとリベラル派市民によって語られてきた。そして2010年選挙では、腐敗にまみれたグロリア・マカパガル・アロヨ元大統領への反発から、この物語が活性化し、アキノ夫妻の長男で反腐敗の道徳政治を訴えたベニグノ・アキノ3世を大統領に当選させた。

 しかし、2016年以降の選挙では、「ピープル・パワーの物語」の失墜が顕著である。その理由のひとつは、ソーシャルメディアを通じて、いままで周縁化されていた人びとの声が溢れ出し、正統性を得るようになったことである。もうひとつは、2010年代中頃から、政治家らを顧客とする「荒らし会社」(troll company)が、インフルエンサーや偽アカウント使用者と連動してオンライン・プロパガンダを展開し、選挙戦で暗躍してきたことである(日下 2020)。その結果、もはやリベラル知識人は言説空間で知的・道徳的主導権を独占できなくなっている。

「義賊の物語」

 今日、「自由」と「民主主義」よりも、優しさと厳しさを併せ持つ家父長の統治と、規律を持って従う国民の結合を理想とする言説が支配的になっている。ドゥテルテは、国民をしつけ、「悪しき他者」を懲罰する「規律」を強調した。この言説が広く支持された背景には、多くの人びとが、日々の勤労にもかかわらず、既存の不平等と腐敗の構造ゆえに、自らの努力が報われていないと不満を溜めてきたことがある。彼らは、ドゥテルテが既得権益を握るエリート層と、社会を混乱に陥れる犯罪者らを懲罰してくれれば、自分たちの努力が報われる社会が訪れると期待したのである。

 また、ドゥテルテの暴力が多数派に容認された背景には、彼をアウトローの義賊的リーダーと表象する言説がソーシャルメディアで流通し、共感をもって受け入れられたことがある。義賊は、温情と暴力でもって、法の外側で民衆にとっての正義を実現していくものと期待される。フィリピンでは、かねてより、エストラーダら大衆映画で義賊を演じた俳優が、政治家として成功してきた。政治に義賊が求められるのは、「法は所詮エリートのために過ぎず、法を畏れぬアウトローでないとこの国は変えられない」との信念が広く共有されてきたためである。既存の民主主義や法の支配がエリートに悪用されてきたことが、義賊に「未完の革命」のエージェントとしての正統性を与えてきたのである(日下 2018; 2020)。

2022年大統領選挙

 2022年大統領選挙では、当初ドゥテルテの長女サラが、世論調査で独走し、最有力候補となった。しかし、彼女は大統領候補をマルコスJr.に譲り、自らは副大統領候補になった。その調整を行ったとされるのが、アロヨ元大統領である。サラがこれを受け入れた理由には諸説あるものの、父親の取り巻きの影響力のもとで大統領になるのを嫌ったからかもしれない。以前よりサラは、父親の取り巻きとは一線を画し、自分のチームを組織化してきた。すぐに大統領になっても父親の派閥に囲い込まれるくらいであれば、アロヨの力も借りつつ、自身の全国ネットワークを構築し、6年後を狙った方がよいと判断したのかもしれない。

 大統領に就任したマルコスJr.は1957生まれで、オックスフォード大学で哲学・政治・経済の学士号を取得したと主張するも、実際には落第していた。ペンシルバニア大学のMBAにも入学するが、中退している。帰国後は父親の任命で、1980年に23歳でイコロス・ノルテ副州知事、26歳で同州知事に就任するも、1986年の民主化に伴ってハワイに亡命する。1991年に再び帰国すると、下院議員、州知事、上院議員を歴任したが、2016年の副大統領選挙では惜敗している。政治家としては地味で、誰もが知る実績を挙げるのは難しい。選挙戦の演説では、両拳を握りしめ、「連帯」、「助け合い」、「愛情」という言葉を延々に繰り返すだけで、内容は空虚であった。

「マルコス黄金期の物語」

 マルコス家には、父の独裁期における不正蓄財や人権侵害といった負の遺産がある。それを払拭し、マルコスJr.を大統領に当選させたのは、「マルコス黄金期の物語」である。もともと地方や貧困地域では、「マルコス独裁期の方が物価も安く、子どもたちは深夜に外出しないなど社会に規律があって良かった」という声はあった。ただし、それは家族や仲間内で語られるだけで、政治的な力も持たなかった。

 しかし、2014年頃からソーシャルメディアを通じて、真実と虚構を織り交ぜつつ、マルコス家の実績を誇張するオンライン・プロパガンダが展開されてきた。その世界観によると、アキノ家やその派閥は、「自由」や「民主主義」を標榜しつつ、世襲の既得権益を強化する強欲な偽善エリートである。他方マルコスは、自らの勤勉さとその能力で大統領にまで上り詰め、エリート支配に挑戦し、人びとに富を与え、フィリピンを発展させた。だが、彼は偽善エリートらによって祖国から追放され、汚名を着せられたまま客死し、フィリピンは暗黒時代に戻ってしまった。しかし今、悲劇の英雄マルコスの末裔が、強欲なエリートに囚われたフィリピンの人びとを救うべく再び立ち上がったというのである。

 「マルコス黄金期の物語」が、戒厳令期における国家主導の開発を強調したことは、リスクも成功も個人に帰される新自由主義を生きる人びとにとって魅力的に映った。さらにコロナ禍に伴うグローバルな労働のリスクや経済疲弊は、勤労者へのケアを国家に求める声を高めた。いわば、人びとは、新自由主義の現実への反動として、勤勉に努力する者が安心して身を委ねられる家父長的な国家とリーダーを「マルコス黄金期の物語」に見出したのである(日下 2022)。

「国民」の条件と排除

 21世紀に入り、グローバルな労働市場で新たなリスクや不安定に直面する人びとが増えたことで、国家による国民への福祉やケアを求める声が高まった。植民地期以来、エリートの個別利益が優先され、国民の福利が蔑ろにされてきたことを考えれば、彼らの希望と要求は、根源的な変化をフィリピン政治に突きつけている。

 そうした声に応答するかのように、2010年以降、歴代大統領は社会政策を拡充させてきた(高木 2019; 2020; 原 2022)。2010年に全国的に導入された条件付き現金給付プログラム、2012年のリプロダクティブ・ヘルス(性と生殖に関する健康)法、2017年の国立大学の無償化、海外就労者の保護政策などがそうである。財政的にも、経済成長によって税収が増加し、2012年に議員裁量経費の「ポークバレル予算」に違憲判決が下されて中央省庁に予算が集まるようになったことも、ナショナルな社会政策を促進したと考えらえる。

 ただし、こうした社会政策は、規律化された生産的な国民を推奨し、規範化し、構築していく点で、新自由主義の統治性と共犯関係にある。例えば、条件付き現金給付プログラムは、貧困女性を対象に、子どもを毎日登校させ、定期健診を受けさせ、賭博や飲酒などを避けることを条件に、現金を給付する。つまり、貧困削減という目的のために、社会経済構造の変革ではなく、現金をインセンティブに貧困層の生活様式を道徳化するという手段がとられているのである。リプロダクティブ・ヘルス法も、女性の権利促進を謳う一方で、貧困層に責任ある家族計画を推奨して、貧困人口の増加を抑制することを狙っている。国立大学の無償化や海外就労者の保護も、フィリピン経済にとって、もっとも重要な「人的資本」への投資に他ならない。

 他方で、国家にとって役に立たず、非生産的で治安を乱す人びとは、まさに「非国民」として暴力的に排除されていく。ドゥテルテ政権による麻薬容疑者の超法規的殺害や、コロナ禍における防疫違反者の厳罰も同じ論理で理解できる。さらに武装闘争を続ける共産党のシンパへの超法規的殺害も継続している。このように、新自由主義的な包摂と排除の論理に基づいて、国民への条件付き福祉と暴力が展開されていると考えられるのである。

4.対外関係:内政と外交の見通し

マルコス政権の現状

 マルコスJr.にとっての最優先事項は、何よりもマルコス家の栄光を取り戻すことである。それゆえ、かつて父親が行ったような国家主導の開発を志向することはあっても、権威主義的な失敗を繰り返すことはないはずだ。ただし、今日「マルコス黄金期の物語」を再現するには、構造的条件が大きく異なる。かつてマルコスSr.は、冷戦の文脈でアメリカや日本から支援を得て国家主導の開発を行った。しかし、マルコスJr.大統領には、前政権から財政赤字を引き継ぎ、世界的にエネルギーと食糧価格が高騰するなかで、そうした恵まれた条件はない。

 こうした制約の下、現マルコス政権は国家主導を実現する手段として、政府系ファンドの「マハルリカ・インベストメント・ファンド(MIF)」を設立した。2024年中に、5,000億ペソ(約92億ドル、1兆3,000億円)を政府系の銀行が拠出し、インフラ整備を中心とした広範な開発プロジェクトに活用していくことが予定されている。ただし、このファンドには、急スピードで設立されたため制度的な不備があるとの指摘や、腐敗の温床になる懸念が寄せられている。当初、経済テクノクラートとして評価の高いベンジャミン・ジョクノ財務相が、基金の理事長に就任予定とされた。だが彼はこれを固辞し、財務相も辞して中央銀行に下野した。代わって、下院副議長より転身したラルフ・レクト新財務省のもとで同ファンドは運用されることになった。

 内政では、2025年の中間選挙と2028年の大統領選挙に向けて、現マルコス大統領の従兄マーティン・ロムアルデス下院議長と、サラ・ドゥテルテ副大統領の間で派閥闘争が顕在化している(図5)。マルコスはサラとの対立を表立って示していないが、ロムアルデスに近いことは間違いない。ロムアルデスの派閥は、下院でサラの派閥に対する包囲網を強めてきた。また前政権下で離脱した国際刑事裁判所(ICC)への復帰や、ICCによるドゥテルテ前大統領の人権侵害に関する調査の容認も示唆している。これに対して、ドゥテルテ家は反発し、前大統領がミンダナオ独立運動の開始を宣言したり、ダバオ市長を務めるサラの弟のセバスチャンがマルコスに大統領辞任を要求したりしている。

図5 フィリピン内政関係図

(出典)筆者作成

対中・対米関係

 もとよりフィリピンの外交は、非一元的で脱中心化されている。外務省には元々親米派が多く、ドゥテルテ期には周縁化されたが、マルコス期に復権した。国軍にも親米派が多く、国内の治安対策だけでなく、南シナ海における対中対峙を重視するようになった。ただし、大統領に関しては、個人の信念・戦略によって外交政策が大きく異なる(高木 2022)。

 ドゥテルテ政権は、当初、伝統的な新米路線から親中路線に転換したとして注目を集めた。しかし、中国からの融資は先細り、ミンダナオ鉄道などのインフラ建設も滞る一方で、コロナ禍の最中にも中国による強引な海洋進出は続いた。おそらく、こうした状況への反発から、2020年春以降、ドゥテルテ政権も南シナ海における中国の所有権を否定した仲裁裁判所の判決を改めて強調するなど、対中牽制路線を強化した(日下 2023b)。

 現マルコス大統領は、選挙戦の最中、中国を「友」と呼び、アメリカによる領土問題への介入に否定的な発言を繰り返していた。しかし、政権が成立すると、露骨な親米路線への回帰と対中牽制を進めている。2023年5月、バイデン大統領との首脳会談後には、米比相互防衛条約(MDT)が南シナ海もカバーすることを初めて明言する共同声明を出す。さらに防衛協力強化協定(EDCA)に基づき、米軍がフィリピン国内で利用できる軍事基地を5から9に増やした。表向きには災害対策の一環とされているが、新設された基地はいずれも台湾と南シナ海を望む場所に設置されており、対中牽制であることは間違いない。

 こうした親米路線への転換は、おそらくバイデン政権がマルコス大統領を好待遇で取り込み、彼の対米不信を払拭することに成功したためだと考えられる。もとよりマルコス家も大統領個人も、アメリカに対する愛憎を育んできた。マルコスSr.の独裁政権は、冷戦の文脈でアメリカ政府の支持によって支えられた。だが、民主化運動の只中でアメリカの後ろ立てを失い、マルコス家はハワイへの亡命を余儀なくされた。しかも、一族はアメリカの裁判所で不正蓄財や人権侵害に関する事案で訴えられ、罰金の支払いにも応じていない。それゆえ、マルコスJr.は大統領に就任しても渡米できないのではないかとの懸念もあった。

 だが、バイデン大統領は、マルコスJr.の当選直後に祝電を入れて、外交特権による免責とアメリカへの自由な渡航を自ら保証するなど、彼を丁重にもてなした。2023年11月には、バイデン政権のアレンジメントのもと、マルコス大統領は37年前に国を追われ亡命した際に降り立ったハワイのヒッカム空軍基地を再訪し、国家首脳として最大限の歓迎を受けた。このことは、彼にとって、一族の傷つけられた尊厳の回復という象徴的な出来事であったに違いない。

 他方で、中国からは支援の出し惜しみと高圧的な海洋進出を受けてきたことから、マルコス政権が改めて対中接近をはかることはないだろう。中国の対フィリピン外交も一貫性がなく、通商部は経済協力を呼び掛ける一方で、人民解放軍は南シナ海でフィリピン船舶に放水、レーザー照射、衝突寸前の接近など嫌がらせを継続してきた。在フィリピン中国大使が、台湾で働くフィリピン人の安全のためにフィリピンは台湾独立に反対を唱えるべきだと発言したことも、海外就労者を人質にとるような傲慢な態度だと、人びとから大ひんしゅくを買った。ただし、民間レベルで中国からの投資は相次いでおり、たとえ政府間関係が冷え切ったとしても、経済関係の深化は継続していくはずだ。

内政と外交の絡まり

 次期大統領をめぐる内政の派閥対立は、外交にも波及している。サラが共産党を「国民の敵」に同定し、その影響力を削ぐためとして多額の機密費を要求したのに対して、ロムアルデスは中国こそが国民への脅威だと強調している。彼はサラの要求した機密費を南シナ海の国防予算に転換したり、同地域のパグアサ島を訪問するなど、サラを牽制しつつ、高まる反中世論を意識したアピールを強めている。

 ただし、ロムアルデスは狡猾にサラへの包囲網を強めているものの、国民的な人気という点ではサラの方が圧倒的に優位である。2023年12月に行われた世論調査では、「純満足度」(満足度から不満足度を引いた値)で、サラの61%に対して、ロムアルデスは28%だった(Social Weather Stations 2024)。

 サラが2028年大統領選挙で勝利した場合、父親の政権と同様、中国との経済関係に基づいて自派閥の利権強化を狙う動きが進む可能性もある。しかし、フィリピンにとって米中のいずれかだけにコミットするのはリスクが大きいため、両者の間でバランスをとっていくという路線に大きな変化が生じることはないはずだ。

まとめ

 21世紀のフィリピンでは、グローバルな新自由主義のもとで新たな雇用機会をつかみ、自助・規律で成功を目指す人びとが新たな多数派として台頭している。彼らは、不安定でストレスとリスクに満ちた労働に個人で対処する一方、既存の自由民主主義と「腐ったシステム」に成功を妨げられていると苛立ちを抱えている。それゆえ、現状打破を訴える対抗エリートのポピュリズムに共鳴してきた。ドゥテルテの「規律」は、「腐ったシステム」に既得権益を持つエリートや麻薬犯罪者を懲罰することで、「日々頑張っているまっとうな人びとが報われる社会」を実現するものと期待を集めた。「マルコス黄金期」の物語は、新自由主義的な労働の場で悪戦苦闘する人びとに、国民をケアする国家とリーダーの再来を夢見させた。

 こうした期待に応えるように、近年の大統領は福祉や社会政策を拡充させてきた。長らくエリートの個別利益が優先されてきたフィリピン政治において、これは根源的な転換である。しかし、そこには新自由主義的な包摂と排除の選別が働いている。包摂は国家の利益に寄与する「人的資本」への投資として、排除は非生産的で社会に危害を与える者への暴力として行われている。先進諸国では勤労を条件とするワークフェアへの導入という形で福祉の新自由主義的な再編が進んできたが、フィリピンでは福祉国家の成立以前に同様の現象が進んでいるのだ。

 今日、かつてなく多くの人びとが、フィリピン社会と国家の「生まれ変わり」を強く願っている。だが、新自由主義的な環境で規律化された勤労に従事することが、国家から福利を享受する条件であり続けるならば、人びとの希望がかなうかは不安定である。彼らの希望と現実との齟齬が、民主的な変化を駆動させていくのか、それとも権威主義的な反動に力を与えるのか、今後も注視が必要である。

参考文献


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引用を行う際には、以下を参考に出典の明記をお願いいたします。
(出典)日下渉(2024)「アジアの「民主主義」第4章フィリピン―グローバル化とフィリピンの政治変動―」NIRA総合研究開発機構

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